憲法記念日

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憲法記念日(けんぽうきねんび)は、憲法の制定(公布施行など)を記念する日。祝日に指定されることが多い。

日本の憲法記念日[編集]

憲法記念日(けんぽうきねんび)は、国民の祝日の一つ。日付は5月3日国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)では「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」ことを趣旨としている[1]1947年(昭和22年)5月3日に日本国憲法が施行されたことを記念して、1948年(昭和23年)に公布・施行された祝日法によって制定された。ゴールデンウィークを構成する日の一つでもある。

近年[いつ?]憲法改正論議が高まっていることにより、憲法記念日になると、改憲派護憲派がそれぞれ憲法改正に関する世論調査や講演会などを行っている。

新憲法の公布日・施行日をめぐる議論[編集]

日本国憲法の公布日および施行日については、その日をいつにするか議論があった。当時法制局長官であった入江俊郎は、後にこの間の経緯について次のように記している。

新憲法は昭和二十一年十一月三日に公布された。 この公布の日については二十一年十月二十九日[2]の閣議でいろいろ論議があつた。公布の日は結局施行の日を確定することになるが、一体何日から新憲法を施行することがよかろうかというので、大体五月一日とすれば十一月一日に公布することになる。併し五月一日はメーデーであつて、新憲法施行をこの日にえらぶことは実際上面白くない。では五月五日はどうか。これは節句の日で、日本人には覚えやすい日であるが、これは男子の節句で女子の節句でないということ、男女平等の新憲法としてはどうか。それとたんごの節句は武のまつりのいみがあるので戦争放棄の新憲法としてはどうであろうか。それでは五月三日ということにして、公布を十一月三日にしたらどうか、公布を十一月三日にするということは、閣議でも吉田総理幣原国務相木村法相一松逓相等は賛成のようであつたが、明治節に公布するということ自体、司令部の思惑はどうかという一抹の不安もないでもなかつた。併し、結局施行日が五月一日も五月五日も適当でないということになれば、五月三日として、公布は自然十一月三日となるということで、ゆく方針がきめられた。
公布の上諭文は十月二十九日の閣議で決定、十月三十一日のひるに吉田総理より上奏御裁可を得た。

入江俊郎『日本国憲法成立の経緯原稿5』、入江俊郎文書[3]

なお、この閣議における議論に先だって、GHQ民政局の内部では、「11月3日」は公布日として相応しくない旨を日本国政府に非公式に助言すべきであるとの意見もあった[3]。また、対日理事会中華民国代表も、1946年(昭和21年)10月25日ジョージ・アチソン対日理事会議長に書簡を送り、明治時代に日本が近隣諸国に対して2回の戦争を行ったことを挙げ、民主的な日本の基礎となる新憲法の公布を祝うため、より相応しい日を選ぶよう日本政府を説得すべきであると主張した。しかし、アチソンは、同年10月31日の返信で、「11月3日」が公布日とされたことに特に意味はなく、日本政府の決定に介入することは望ましくないと書き送った。

こうして、日本国憲法は、1946年(昭和21年)の「11月3日」に公布、1947年(昭和22年)の「5月3日」に施行となった。

「憲法記念日」をめぐる議論[編集]

1947年(昭和22年)5月3日、日本国憲法が施行され、皇居前広場では昭和天皇臨席の下、政府主催による「日本国憲法施行記念式典」が行われ、午後には帝国劇場憲法普及会芦田均会長)の主催による「新憲法施行記念祝賀会」が盛大に行われた[4]

翌年の1948年(昭和23年)、新憲法に基づく新たな国にふさわしい祝日を定めるため、「国民の祝日に関する法律」案の審議が行われた。同法の審議は、新憲法に基づいて設置された国会衆議院参議院で、それぞれ文化委員会において行われた[5]。当初、「憲法記念日」について、衆議院では施行日の「5月3日」、参議院では公布日の「11月3日」とする意見が多かった。参議院は先に審議を行った衆議院の意見を尊重して、「5月3日」を憲法記念日とする法案を可決した。

なお、日本国憲法の公布日である11月3日は、文化の日となっている。法案を審議した参議院文化委員会の委員長を務めた山本勇造議員(作家の山本有三)は、「この日は、憲法において、如何なる國もまだやつたことのない戰爭放棄ということを宣言した重大な日でありまして、日本としては、この日は忘れ難い日なので、是非ともこの日は残したい。そうして戰爭放棄をしたということは、全く軍國主義でなくなり、又本当に平和を愛する建前から、あの宣言をしておるのでありますから、この日をそういう意味で、「自由と平和を愛し、文化をすすめる。」、そういう「文化の日」ということに我々は決めたわけなのです。」と説明している[6]。ただ、「併し心持からすると、本当は我々は今も尚実際憲法記念日にして置きたいのでありますけれども…」とも述べている。

関連項目[編集]

各国の憲法記念日[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「年中行事事典」p295 1958年(昭和33年)5月23日初版発行 西角井正慶編 東京堂出版
  2. ^ この日、1946年(昭和21年)10月29日枢密院の本会議において「修正帝国憲法改正案」が全会一致で可決され、憲法改正の内容に関わる手続を終えた。
  3. ^ a b 国立国会図書館. “資料と解説「4-16 新憲法の公布日をめぐる議論」”. 日本国憲法の誕生. http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/04/002_44shoshi.html 2014年5月8日閲覧。 
  4. ^ 国立国会図書館. “資料と解説「5-3 憲法普及会「新憲法施行記念祝賀会プログラム」 1947年5月3日」”. 日本国憲法の誕生. http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/05/140shoshi.html 2014年5月8日閲覧。 
  5. ^ “きょうはなぜ「文化」の日?”. 朝日新聞. (2009年11月3日). http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200911030145.html 2014年5月8日閲覧。 
  6. ^ 参議院 (1948年6月18日). “第2回国会参議院文化委員会第7号”. 国会議事録. http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/002/1344/00206181344007c.html 2014年5月8日閲覧。