ヒスパニア

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ローマ帝国初期の行政区分

ヒスパニアラテン語: Hispania)とは、イベリア半島(現在のスペインポルトガルや、アンドラジブラルタルの領域)の古名である。なお、スペインの現代語での名称(英Spain、西España、仏Espagne、独Spanien、露Испанияなど)は全てこのヒスパニアを語源とする。

語源 [編集]

フェニキア語で「隠れた土地」や「ウサギの土地」を意味することばであるとされている。

歴史 [編集]

先住民族はイベリア人とされているが、ケルト人フェニキア人ギリシア人なども入植している。カルタゴ支配(植民地)を経た後に共和政ローマの支配下に入り、ヒスパニア・キテリオル(ラテン語: Hispania Citerior、イベリア半島北部)、ヒスパニア・ウルテリオル(ラテン語: Hispania Ulterior、イベリア半島南部から西部、現在のスペイン・アンダルシア州とポルトガル主要部に相当)の2つに分かれた。

ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスの時期にヒスパニア全土がローマの支配下へ入り、ヒスパニアは「ヒスパニア・タッラコネンシス」、「ヒスパニア・バエティカ」、「ルシタニア」へと再編された。

その後の歴史は

関連項目 [編集]