アバルト
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アバルト(Abarth )は、1950~1970年代に主としてフィアットの自動車をベースに独自のチューニングパーツを組み込み、レースへの参加及び部品・自動車販売をしていた、イタリアトリノ市に所在した自動車メーカーである。また、2007年、フィアットより公式にアバルトブランドが復活し新型車が発表された。
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[編集] Abarth & C.時代
1908年オーストリアウィーン出身のカール・アバルトは、バイクのレーシングライダーとして活躍したのちイタリアに移住し、カルロ・アバルト(en:Carlo Abarth) と名乗りチシタリア(en:Cisitalia)の技術/モータースポーツ責任者を経て1949年に会社「Abarth & C.」をトリノ市コルソマルケ38に興し、自動車マフラー等のパーツを販売。それらの資金を元に主としてフィアットの小排気量車をベースにしたエンジン・チューンやレース車の製作を行った。
カルロ・アバルトの誕生月の星座であるサソリのエンブレム(スコルピオーネ)を装着した車は、「アバルトマジック」と呼ばれる限界のチューンを施され、小さいが猛毒を持つサソリの如く、ヨーロッパの数多くのレースで大排気量車に負けない活躍を見せ、ジャイアントキラー、ピッコロモンスターの異名を貰い、1950年から1960年代にかけての20年の間に113の国際記録とレースに於いて7400以上もの勝利を獲得しアバルトの名声は広まり伝説となった。
[編集] Abarth & C.時代の代表的車種
フィアット・600ベース
- 750ベルリーナ
- 850TCベルリーナ
- 850TCコルサ
- 850TCR
- 1000ベルリーナ
- 1000ベルリーナコルサ
- 1000TCベルリーナコルサ
- 1000TCR
- 750GTザガートクーペ
- 700ビアルベーロレコルトモンツァ
- 750ビアルベーロレコルトモンツァ
- 800ビアルベーロレコルトモンツァ
- 850ビアルベーロレコルトモンツァ
- モノミッレ
- 1000GTビアルベーロ
フィアット・500ベース
- 500ベルリーナ(シリーズ1、シリーズ2)
- 595ベルリーナ
- 595SS
- 595SSアセットコルサ
- 695ベルリーナ・アセッテコルサ
- 695SS
フィアット・850ベース(en:Fiat 850)
シムカベース
ポルシェ・356ベース
オリジナル
- 1000SP
- 1300SP
- 1600SP
- 2000SP
- 3000SP
- 2000スポルトスパイダー
- ベルトーネレコード500
- ベルトーネレコード750
- ベルトーネレコード800
- ピニンファリーナレコード500
- ピニンファリーナレコード750
- ピニンファリーナレコード1000
- ピニンファリーナレコード1100
[編集] フィアット買収後~現在
1971年、Abarth & C.はフィアットに買収され、そのモーター・スポーツ部門を受け持ち、世界ラリー選手権(WRC)向けにアバルト124ラリー、アバルト131ラリーの開発を行なった。
1981年、会社としてのAbarth & C.の活動は停止したが、フィアット内のレーシング部門としてのアバルトの活動が続いた。
フィアットの世界ラリー選手権(WRC)出場が同社の傘下になったランチアに移行した後も、1983年発表の037ラリー、1985年発表のデルタS4の2台の優れたグループB規定車両の開発にその手腕を発揮し、好成績をあげている。
1987年からのWRCの参加車両がグループB車両からグループA車両に移行後もその活躍は続き、1987年から1992年までWRC6連覇の偉業を達成した一連のランチア・デルタ・HFシリーズの開発も、アバルトが成し遂げた仕事である。
1997年、アバルトはフィアットのモータースポーツ部門、フィアット・アウト・コルセに吸収され表舞台には現れなくなった。
市販車においては、ラリーカーの市販バージョンのほか、1970年~1980年代にアウトビアンキ・A112アバルト、フィアット・リトモ・アバルト125TC、フィアット・リトモ・アバルト130TCなどを手がけた。高度なエンジンチューンが施されたこれらのマシンは、当時の同クラスの市販車としては卓越した性能を見せ、今でもファンが多い。
その後もアバルトを冠した市販車がフィアット・グループから出てはきているものの、1991年発表のフィアット・チンクェチェント・トロフェオ(車名にアバルトの名はないものの)を除いては、ターボを追加したり上位のエンジンを積んだりしたものに、アバルトブランドのエアロパーツやエンブレム・ステッカー等を追加したもので、アバルト本来のエンジン・チューンは施されていない。
2001年フィアットはアバルトの名を冠したスーパー1600クラス車両プント・アバルト・ラリー及びスティーロ・アバルト・ラリーを発表、以降ヨーロッパのラリー選手権に参戦した。開発はN・テクノロジー社が担当。
2005年、継続してプント・アバルト・ラリーにてヨーロッパラリー選手権に参戦。また、市販車のパンダを大幅にチューニングしたパンダ・ラリー・アバルトを使用したパンダ・ラリー・カップを開催。いずれも車体には大きくアバルトの文字、サソリが描かれていた。
2006年、フィアットはスーパー2000クラス車両グランデ・プントS2000アバルトでの参加を開始。ヨーロッパラリー選手権、イタリア国内選手権を制覇。
2007年、フィアットより、公式にABARTH&C.の復活がプレスリリースされた。これに合わせて市販車、グランデ・プント・アバルトのプロトタイプが発表され、その後9月にグランデ・プント・アバルト1.4ターボ(155ps)が発売された。フィアットとして参加していたインターコンチネンタル・ラリー・チャレンジ(IRC)ではワークス名をアバルトと変更し、名実共にアバルトとしてラリー活動を行うことになった。
2008年、3月、新型フィアット・500のベースの500アバルト1.4ターボ(135ps)がジュネーブモーターショーにて発表された。また、グランデ・プント・アバルト1.4ターボに装着するesseesse(Super Sport)キット(180ps)も本国にて発表された。5月、49台限定の500アバルトassetto corse(200ps)を発表。9月500アバルト1.4ターボesseesseキット(160ps)発表。
2009年、2月より日本国内のオフィシャルディーラーネットワークが構築され、同時にグランデ・プント・アバルト1.4ターボ発売。4月に500アバルト1.4ターボ発売。
[編集] フィアット買収後の代表的車種
フィアット車ベース
アウトビアンキ車ベース
ランチア車ベース
- ランチア・037ラリー
- ランチア・デルタS4
- ランチア・デルタ・HF・4WD
- ランチア・デルタ・HF・インテグラーレ8V
- ランチア・デルタ・HF・インテグラーレ16V
- ランチア・デルタ・HF・インテグラーレ・エボルツィオーネ
名は付いてないがアバルト(含フィアット・アウト・コルセ)が開発した車両
アバルト復活後の車両
[編集] 外部リンク
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