日本橋兜町(にほんばしかぶとちょう)は、東京都中央区の地名で、旧日本橋区の地域内である。人口は530人[2]、郵便番号は、103-0026。
[編集] 概要
経済・ビジネスとしての色が強い街で、東京証券取引所を中心とした日本を代表する金融街である。ロンドンのシティ、ニューヨークのウォール街、香港の中環などと並ぶ世界屈指の金融センターの一つとなっており[3]、金融業界(特に証券業界)や、日本と世界の株式相場の代名詞ともなっている。
明治時代初頭に第一国立銀行や現在の東京証券取引所が開設された。やがて「シマ」と呼ばれる特殊な証券業者の密集地帯を形成していった。数多くの銀行や証券会社の本店や東京支店等が密集する。
[編集] 地理
日本橋地域の南部に位置する。
- 河川・橋
[編集] 歴史
「兜町」は平将門の兜を埋めて塚にした所を兜山と云ったところから由来しているという。その地に祀られたのが兜神社である。兜神社の縁起は平將門の兜が一番古い(伝承の中での起源)縁起であるが、他に兜神社の由来は源義家が奥州往きの途中に暴風に出会い鎧を沈めて竜神に祈って無事を祈った場所に、都への帰途兜を埋めて塚を築き埋めて神を祭ったという故事を縁起とするものもある。
かつては沼地だった兜町付近だが、江戸時代に入ると江戸城築城のために埋め立てが行われ、周辺は大名屋敷が立ち並んだ。兜橋、兜の渡しなどの地名ができた。
明治に入ると、明治維新の恩賞として、兜町周辺の土地を三井家等が受け取り、「兜町」と名づけられた。渋沢栄一を中心に、1871年に第一国立銀行本店が、1878年には東京証券取引所の前身である東京株式取引所が設立され、商業(金融)の街へと急速に発展していった。1923年の関東大震災により、辺りは焼け野原となるが、震災後は近代的な街並みに一変した。1982年1月1日に住居表示を実施した[4]。
[編集] 町名の変遷
| 実施後 |
実施年月日 |
実施前(各町ともその全域) |
| 日本橋兜町 |
1982年1月1日 |
日本橋兜町一丁目、日本橋兜町二丁目、日本橋兜町三丁目 |
[編集] 地域
- 公園
- 教育
- 機関
- 企業
[編集] 交通
- 鉄道
- バス
- 道路
- 首都高速道路・出入口
[編集] 脚注
- ^ “中央区の人口・世帯数”. 2011年9月10日閲覧。
- ^ 2011年9月1日現在、住民基本台帳による。
- ^ The Global Financial Centres Index 8 (PDF)
- ^ 同年1月29日自治省告示第6号「住居表示を実施した件」
[編集] 関連項目
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[編集] 外部リンク
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