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武内 絵美(たけうち えみ、1976年11月22日 - )は、 テレビ朝日所属のアナウンサー(現在アナウンス部での役職は主任)。
[編集] 人物・略歴
- 同期入社は、進藤潤耶アナウンサー・富川悠太アナウンサー・中丸徹元アナウンサー(現在は社会部所属)・龍円愛梨元アナウンサー(社会部に転属後、2011年12月退社)
- アナウンサー採用試験の途中では母親を亡くしており、現在家族はテレビ朝日制作局に勤務していた父と既婚の姉がいる。
- TVスター名鑑のプロフィールの出身校の表記では「東洋英和女学院」とのみ表記されている。
- これまで、報道番組からバラエティーまであらゆるジャンルの番組を担当。特に世界水泳やオリンピック中継など、スポーツ番組で注目を浴びる。
- 2000年から2004年までは『ミュージックステーション』を担当し、2004年から2011年まで『報道ステーション』のスポーツコーナーを担当した。
- 『愛のエプロン』で、まずいものを食べたときに出す「眉間のしわ」が有名。番組中で自分が作った料理を自分で食べて「眉間のしわ」を出したことがある。
- なお、結婚後に武内の家に遊びに行った後輩、宇賀なつみによると『本当に素敵な奥様で、部屋もきれいでご飯も作ってくれた』と『報道ステーション』のコラムに掲載した。[1]
- ミュージックステーションで自身が担当する最後の日となった2004年3月12日の放送では、普段はオレンジマイク→ピンクマイクを使用していたが、稀に使用していた赤マイクもスタッフの計らいで金箔が編みこまれた。エンディングではタモリから花束が贈呈され、その時に思わず涙を流した。最後は「アーティストさん、TVを見ている皆さん、タモリさん、4年間本当にありがとうございました。」と言葉を詰まらせながらも最後のアシスタントを全うした。
- 『愛のエプロン』(深夜枠時代)では、同期の龍円アナと「カツカレー」作りで、アシスタントの座を争ったことがある。経緯は、武内が料理の腕を披露することになった際に、龍円が出演したことがきっかけである。当初、アシスタントという立場にある武内に期待が集まったが、接戦となった。同期同士ということもあって、「成績によってはアシスタント交代?」という話が飛び出したが、結果は武内が辛くもアシスタントの座を死守し、それまでのプレッシャーからか勝った喜びとともに涙を見せるシーンもあった。但しその時の結果は、同期の龍円と同じランキングで、後輩の前田有紀に僅差で負けた。
- 石橋貴明に「オールドたけうち」と呼ばれた。これは石橋が後輩アナで苗字の読みは同じである竹内由恵を「ニューたけうち」と呼んでいる事の対比である。
- 2010年5月25日、一般人の男性と結婚することを発表し、自身の34歳の誕生日である11月22日に正式に婚姻届を提出した[2]
- 2011年5月26日、妊娠5ヶ月であることを発表し[3]、同年8月中旬から産前産後休業に入ることとなり、報道ステーションのスポーツコーナーを後輩の宇賀なつみにバトンタッチすることとなった[4]。その後、9月30日に第1子となる長男を出産した[5]。武内自身は今後もテレビ朝日で仕事を続ける意向である。
[編集] 現在の出演番組
産休中のため、なし。
[編集] 過去の出演番組
[編集] 他局での出演
[編集] 関連項目
[編集] 脚註
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1 就任から半年間はスタジオサブ。
2 1987年10月 - 1988年3月まで『ニュースステーション』を兼務。
3 降板後、『ニュースステーション』の後継番組『報道ステーション』へ異動。
4 『ニュースステーション』のテーマ曲も担当。 |
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1 『ニュースステーション』から同時間帯続投。
2 『ミュージックステーション』から異動。
3 『報道ステーション SUNDAY』を担当。
4 『報道ステーション SUNDAY』を兼務。 |
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