柴田倫世

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しばた ともよ
柴田 倫世
プロフィール
本名 松坂 倫世
出身地 日本 福岡県筑紫野市
生年月日 1974年12月23日(34歳)
血液型 AB型
最終学歴 慶應義塾大学法学部政治学科
所属事務所 アーキテクト
職歴 NTVアナウンサー
活動期間 1998年 -
ジャンル スポーツ・情報
配偶者 松坂大輔
公式サイト 所属事務所によるプロフィール
PDFファイル)
出演番組・活動
過去 スポーツうるぐす
ジパングあさ6』など
  

柴田 倫世(しばた ともよ、、1974年12月23日 - )は、日本フリーアナウンサータレント。元日本テレビアナウンサー。本名松坂 倫世。血液型はAB型

現在は株式会社アーキテクトによりマネジメントを受けている。夫は野球選手(米国MLBボストン・レッドソックス投手)の松坂大輔

目次

[編集] 来歴・人物

福岡県筑紫野市出身。1歳の時、歯科医だった父親が交通事故により死亡し、以後母一人子一人で育った。筑紫女学園高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。高校在学中、米国ミズーリ州へ1年間の交換留学がある。

1998年、アナウンサーとして日本テレビに入社し、主にスポーツ番組を担当していた。同期には鈴木崇司町田浩徳延友陽子がいる。

松坂とは彼がプロ野球西武ライオンズに所属していた当時取材をきっかけに交際を開始(当初は松坂の一方的な片思いであった)。紆余曲折を経て2004年11月に結婚を発表し、同年12月に入籍・同局を退社。2005年12月8日には第一子となる女児を出産。

退社後は2005年4月3日放送の『世界ウルルン滞在記スペシャル』(毎日放送制作・TBS系)で活動を再開、夫の遠征中などを見計らって芸能活動を続けていた。日本時間2006年12月15日未明、松坂がポスティングシステムでボストン・レッドソックスへ移籍することが決まったため、2007年家族3人で渡米し、米国での生活を開始。当分は、松坂のサポートと娘の育児に専念し、芸能活動は控え目になっているが、不定期に、女性雑誌「saita」(セブンアンドアイ出版)の表紙を飾っているなど、完全リタイアしたわけではない。

2007年10月28日MLBワールドシリーズでボストン・レッドソックスが優勝した際の記者会見で松坂の口から柴田が第二子を妊娠していることが明らかにされた。現地時間の2008年3月15日に2人目となる男の子を出産した。[1]なお、当初は3月末の出産が見込まれ、その時期には、ボストン球団が日本で開幕戦を行い、松坂も岡島とともに目玉として凱旋することが既に決まっていたため、松坂は前述の発表で「出産に立ち会いたいので早産気味になってほしい」との希望を示していた。その通りとなったことで、松坂は日本での開幕戦に帯同し、エース格の投手の故障も重なり、メジャーでは自身初となる開幕投手を務めた(日本人では野茂英雄以来2人目)。

[編集] エピソード

  • 慶大法学部ではプロ野球・読売ジャイアンツ高橋由伸外野手フジテレビアナウンサー西岡孝洋と同期(特に西岡とはアナウンサー・スクールでも同窓であった)。なお高橋・西岡は高卒後現役で慶大進学のため共に柴田より1歳年下である。
  • 松坂が2000年秋におこした道路交通法違反問題は、柴田の自宅マンションへ行く際におこしたものだった。そのため当時は柴田も松坂同様、視聴者の厳しいバッシングをあびる(事件概要は松坂の項目を参照)。
  • 前述にもあるが、交際は松坂の一方的な片思いから始まった。柴田はアナウンサーとして、松坂のモジモジした態度に「ちゃんと目を見て話しなさい!」と注意したこともある。
  • 偶然にも結婚会見翌日が土曜であった為、その日の『スポーツうるぐす』にはゲストとして松坂が登場・夫婦共演となり、話題を呼んだ。生放送の中で司会コンビの江川卓から祝福コメントを贈られた。柴田は番組エンディングにて「やりづらかったです」と恥ずかしさを必死に隠していた。

[編集] 出演番組

[編集] 日本テレビ時代

[編集] 出演テレビCM

[編集] 脚注

  1. ^ "松坂、夫人出産! 日本凱旋決定". スポーツ報知 (2008-03-16). 2008年3月16日 閲覧。

[編集] 外部リンク

先代:
豊田順子1994年1998年
スポーツうるぐす
女性サポートキャスター
2代目(1998年~2004年
次代:
鈴江奈々(2004年~2006年
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