モズライト

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Mosrite headstock 2.jpg

モズライトMosrite)はかつてカリフォルニア州ベーカーズフィールドに本拠を置いていたアメリカ合衆国楽器メーカー。

概要[編集]

1950年代前半に元リッケンバッカーの社員であったセミー・モズレーによって創設され、幾度の倒産を経ながらも1990年代まで活動。

モズライト系デザイン
  UNIVOX Hi-Flier phase3

同社製のギター(モズライト・ギター)は特有のデザイン、音質から多くのアーティストに愛用され、ベンチャーズや加山雄三の影響で特に日本で人気を博しグループ・サウンズ期にも活躍した。1968年5月には日本のファーストマン社がと正式なライセンス契約が結ばれ、Avengerモデルが発売された。Avenge(復讐者)のネーミングは、当時の日本ではモラレスES-300やES-500を筆頭に様々なコピーモデルが氾濫していたので、それらに対する「復讐」の意味があったと言われている。1970年代の後半から、パンクバンド、ラモーンズのギタリスト、ジョニー・ラモーンが愛用していた事もあり、今も多くの若者に支持されている。後に1980年代末にノースキャロライナ州ジョナスリッジに(この工場は火災による被害を受けている)、そして晩年はアラバマ州ブーンヴィルに移転し、モズレーが設立したユニファイド社が生産を行っていたが、1992年にモズレーが死去すると妻のロレッタ・モズレーが経営を引き継いだものの、1994年に倒産した。ちなみに、元ユニファイド社のスタッフやフィルモア側の証言によると、ロレッタ夫人は倒産後、ブーンヴィルの工場を引き払ってネバダ州に転居してしまった。

1960年代からモズライト代理店として営業して来た日本のフィルモア楽器がモズレーの死後、浮いた商標を再取得し、東海楽器製造及びアメリカ国内のギターメーカーに製造を委託してモズライトとして販売している。

前述のようにベンチャーズ全盛期にはセミー・モズレーとも親交のあった日本のファーストマン社(前述)が、モズライトの許可を得て日本製モズライトギター(モデル名:Avenger)を生産していたが、1969年に米モズライト社の倒産の煽りを受けて昭和44(1969)年 7月にヒルウッドに名称変更しギター製作から撤退した。その際、ファーストマン社の下請け会社であった黒雲製作所がAvengerやベンチャーズモデル等々の生産を続けていたため、商標使用の権利を巡って前述のフィルモア楽器が訴訟を起こしたが東京地方裁判所(平成19(ワ)5022)において双方共に正式な商標権を持たないことが確認された。

その後もロレッタ未亡人がモズライトの主権を主張し、京都府に工房を設け、かつてモズライトの工場に勤務しているクラフツマンを迎えてモズライトギターの受注生産を開始した。これにより現状ではフィルモア製モズライトと黒雲製作所製、そしてロレッタが設けた工房製の三種類があることになり、さらに2009年6月15日、ロレッタ・モズレー側が(株)フィルモア及びアメリカでのモズライトのディストリビューターである"Ed Roman Guitars"社を相手取り、「モズライト」の所有権を改めて明確にする事を求め、アメリカ合衆国連邦裁判所に対し提訴、正式にロレッタ未亡人がモズライトの版権を取得した。

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脚注[編集]