夢であいましょう

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

夢であいましょう(ゆめ-)は日本放送協会(NHK)のバラエティ番組昭和36年(1961年4月8日から昭和41年(1966年4月2日にかけ、毎週火曜日(のち土曜日)夜10時台に生放送された。

目次

[編集] 概要

日本のテレビジョン放送の黎明期における代表的なバラエティ番組として、『光子の窓』(NTV)や『シャボン玉ホリデー』(NTV)などと並び称されている。この番組の前身は昭和34年(1959年)放送開始の『午後のおしゃべり』(NHK)とされる。

司会中嶋弘子が番組冒頭で上半身を右に傾けてお辞儀をおこなうテレビ用挨拶は、視聴者の話題になった。番組オープニングタイトルは繊維会社で宣伝部に在籍していた吉村祥が担当し、毎回趣向を凝らした。

番組には毎回ごとのテーマが設けられて、これに沿ったショートコントで進行し、その合間に踊りやジャズ演奏、外国曲の歌唱などが挿入された。歌手コント出演や、コメディアンの歌唱などの企画は、後続のバラエティーショー番組の原型となった。

昭和40年(1965年)3月を以って初代ホステスの中嶋は結婚のため降板。番組終了までの1年間はレギュラーとして活躍した黒柳徹子が司会を務め、昭和41年(1966年)、フランキー堺をホスト役に据えた「夢をあなたに」に衣替えする形で終了した。

[編集] スタッフ

[編集] 主な出演者

など

[編集] 今月の歌

毎月1曲、永六輔作詞・中村八大作曲による「今月の歌」が作られ、ここからたくさんのヒット曲が世に生まれ出た。中でも坂本九の『上を向いて歩こう』は大きな反響を呼び数ヶ月にわたって放送、大ヒットした。アメリカでも"SUKIYAKI"のタイトルでヒットチャートに乗る成功を収めた世界中で流行し、日本を代表する曲となったことで知られる。

[編集] 代表作

  • 「上を向いて歩こう」(歌:坂本九、1961年8月)
  • 遠くへ行きたい」(歌:ジェリー藤尾、1962年)
  • 「おさななじみ」(デューク・エイセス、1963年6月)
  • 「こんにちは赤ちゃん」(歌:梓みちよ、1963年7月)

[編集] 現存する映像

  • 1962年1月13日放送「61年度今月の歌特集」
  • 1963年6月8日放送「上を向いて歩こう 特集」
  • 1963年6月22日放送「歌っていいなあ」
  • 1963年7月13日放送「風のバラエティ」
  • 1963年7月27日放送「夏の歳時記」
  • 1963年8月3日放送「氷のバラエティ」
  • 1963年12月7日放送「落語国紳士録」
  • 1965年2月6日放送「これがわたし」
  • 1965年6月19日放送「中村八大ですが・・・」
  • 1965年7月17日放送「テレビ以前」
  • 1965年8月21日放送「百年一昔」
  • 1965年8月28日放送「歌は涙か ためいきか」
  • 1966年4月2日放送「最終回」

以上13本がキネコで現存している。2007年11月にCS衛星放送スカイパーフェクTV!等の日本映画専門チャンネルで現存する13本が放送され、併せて構成作家だった永六輔へのインタビュー番組が放送された。

NHKアーカイブスの「公開ライブラリー」では

  • 1963年6月8日放送「上を向いて歩こう 特集」
  • 1963年6月22日放送「歌っていいなあ」
  • 1963年7月13日放送「風のバラエティ」
  • 1963年7月27日放送「夏の歳時記」
  • 1963年8月3日放送「氷のバラエティ」
  • 1963年12月7日放送「落語国紳士録」
  • 1965年6月19日放送「中村八大ですが・・・」
  • 1965年7月17日放送「テレビ以前」
  • 1965年8月21日放送「百年一昔」
  • 1965年8月28日放送「歌は涙か ためいきか」
  • 1966年4月2日放送「最終回」

の12本分を視聴出来る。

また「放送ライブラリー」では

  • 1962年1月13日放送「61年度今月の歌特集」

が視聴出来る。

ビデオ化もされており

  • 1962年1月13日放送「61年度今月の歌特集」
  • 1963年6月8日放送「上を向いて歩こう 特集」
  • 1963年6月22日放送「歌っていいなあ」
  • 1963年7月13日放送「風のバラエティ」
  • 1963年7月27日放送「夏の歳時記」
  • 1963年12月7日放送「落語国紳士録」
  • 1965年2月6日放送「これがわたし」
  • 1965年8月21日放送「百年一昔」
  • 1965年8月28日放送「歌は涙か ためいきか」

が収録されている。

[編集] その他