高嶋ちさ子
| 高嶋ちさ子 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 高嶋知佐子 |
| 出生 | 1968年8月24日(44歳) |
| 血液型 | A型 |
| 学歴 | イェール大学音楽学部大学院修士課程アーティスト・ディプロマコース修了 |
| 出身地 | |
| ジャンル | クラシック |
| 職業 | ヴァイオリニスト、音楽プロデューサー |
| 担当楽器 | ヴァイオリン |
| 活動期間 | 1994年 - |
| レーベル | 日本コロムビア |
| 事務所 | ジェイ・ツー |
| 共同作業者 | 岡野博行 高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニスト |
| 公式サイト | www.j-two.co.jp/chisako/ |
| 著名使用楽器 | |
| ストラディバリウス「ルーシー(Roussy)」(1736年) | |
高嶋 ちさ子(たかしま ちさこ)、1968年8月24日 - )は ヴァイオリニスト。東京都出身。
目次 |
年譜 [編集]
- 1968年、東京に生まれる。父の高嶋弘之は東芝EMIの元ディレクターで、ビートルズを日本に紹介した人物。その兄が俳優の高島忠夫であり、高嶋政宏・政伸兄弟はいとこにあたるが、親戚関係はほぼ断絶している[1]。
- 6歳からヴァイオリンを習い始め、徳永二男、江藤俊哉、ショーコ・アキ・アールに師事した。青山学院初等部、中等部、桐朋女子高等学校音楽科、桐朋学園大学音楽学部卒業。
- イェール大学音楽学部大学院修士課程アーティスト・ディプロマコース修了。在学中にノーフォーク音楽祭、サラソタ音楽祭、バンフ音楽祭、パシフィック・ミュージック・フェスティバル等に参加。
- 1994年、マイケル・ティルソン・トーマス率いるマイアミのオーケストラ、ニュー・ワールド・シンフォニーに入団。
- 1995年、チェロ奏者・大藤桂子[2]と共にチョコレート・ファッションというユニットで東芝EMIからCDデビューした[3]。大藤とのコンビはほどなく解消し、セカンドアルバム以降は実質的に高嶋のソロ・プロジェクトとなる。
- 1997年3月、日本に拠点を移す。
- 1999年2月にソニー創業家一族の会社員と結婚。
- 2004年、1736年製ストラディヴァリウス「ルーシー(Roussy)」を入手。
- 2006年、プロジェクト「高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニスト」を立ち上げる。
- 2007年2月、第1子となる男児を出産。
- 2009年5月、第2子となる男児を出産。
活動 [編集]
音楽 [編集]
クラシックからポップス、ミュージカルナンバー、映画音楽までジャンルにとらわれない活動が特徴である。コロムビアミュージックエンタテインメントのJ-クラシックの一員として、岡野博行のプロデュースを受ける。ピアニストの加羽沢美濃をはじめ多彩な音楽家との共演もこなすほか、ヴァイオリンのみによるアンサンブル『高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニスト』では、リーダー役を務めている。
『高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニスト』は、グループ名と違い実際は14人のメンバーがおり疾病・事故などのアクシデントがあっても、必ず12名で演奏できる体制にしている。これは女子十二楽坊に倣ったものである。
世良公則がかつて出演していたNHK朝の連続テレビ小説『チョッちゃん』において、世良がドラマ本番で実際にヴァイオリンを弾いていたことを、テレビで観ていた高嶋が見抜き覚えていた。それが縁で、後々に二人がセッションを組むきっかけとなった。世良曰く、「俺も悪ガキだったけど、高嶋さんほどではなかった」と、苦笑いで語る[4]。
日本でデビューして各地でコンサートを開催しても、当初は何百人単位で埋まる座席が十数人しか客が来ず、「デビューしたばかりだから名も知られず実力もまだまだと分かっていても、精神的に辛かった」「この先、どうなるんだろう」と、不安・焦りと背中合わせだった。その当時の苦い想いもあり、また責任感もあり、一時期は依頼されたコンサートを全て引き受けていたが、ある日突然右腕の自由が利かなくなった。頸椎ヘルニアによると思われる状況だったようで、症状改善・回復後は仕事をセーブするようにしたと『わたしはあきらめない』で告白した。セーブしつつも、引き受けた仕事は真剣にベストを尽くす、としている。
テレビタレントとして [編集]
巧みな話術を生かして『芸術に恋して』の司会をはじめ、テレビ番組への出演も多い。番組放映開始直後からの出演歴である『踊る!さんま御殿!!』をはじめ、さまざまなトーク番組での歯に衣着せぬ発言でも知られる。チョコレート・ファッションのCDが売れず、キャバレーにキャンペーンで行ったとき、酔客たちはほとんど演奏を聞いていなかった。そこで「だれでもクラシックに興味を持ってもらえるようにしよう」と考え、現在のように面白く自分のことやクラシックのことを話すようになった。
チョコレート・ファッションの演奏曲が『金子柱憲・高田純次ゴルフの王道』で採用されたことや、高嶋が高田純次に声をかけてもらったことが縁で、ホリプロなど大手プロダクションからのオファーを断り、高田が社長を務める「テイクワン・オフィス」と契約した。一時はトークを本格的にやってみようと吉本興業の門を叩いたこともあるが「自分の本職である音楽で、仕事をしていくべきだ」との理由で、断られた[5][6]。
ドラマへの出演依頼も多々あるが「どうも性に合わないみたいで…」と、基本的には断っている。映画『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』の出演依頼では「なるべく台詞の少ない役でなら」と、渋々引き受けたと語る[6]。
トークの内容は、自身の強気な性格が引き起こすエピソードや、家族との絶え間ない口ゲンカの様子を面白おかしく話したものが多い。家族とは良くも悪くも言いたいことを言い合える仲であり、他人から見ると暴言とも取れるような発言[7][8][9]を行っているが、それが家族間の活力源になっている面があり[10]、一方で家族を大切にし思いやる発言や、家訓を重視する発言も行っている[7][11]。
11人のバイオリニストらと共に演奏を披露したあと、このグループを作った理由を聞かれると「『女子十二楽坊』を見て、これはいいなと思いまして」と語り、「クラシック界のつんく♂さんを目指してまして、ひとりに付き(収入の)10%くらいいただけるといいなと」という話で、ほかの出演者達を笑わせた[12]。
人物 [編集]
生い立ち [編集]
- 小さいころから好奇心旺盛で活発なイタズラっ子であった。高嶋のイタズラ話を聞いた明石家さんまに「何でそんなに悪い人なんですか?」と、呆れられたこともある[8]。
- 知的障害を持つ姉がおり、姉にひどい“いじめ”をする人々に抗議や仕返しをしているうちに気性が荒くなったという[13]。
- 小1のときには、クラスの男子全員を泣かしたこともある。ミッション系の小学校のため、夜寝る前にお祈りすることが決められていたが、小3のころはクラス全員が「明日はちぃちゃん[14]に意地悪されませんように」と、お祈りしてから寝ていたほどである。
- 小3のとき、ケンカのし過ぎで声が枯れ(嗄声)、医者から「3カ月大声を出さなければ治る」と言われた。しかし、3カ月もたずにケンカし、現在の声になった。その影響で、カラオケでは世良公則やもんたよしのりが得意のレパートリーであるという[8]。
- 学校の勉強が大の苦手で、運動(体育)が得意。中でも水泳が得意であり、「カッパのちぃちゃん」とも呼ばれていた[15]。そこで「将来はスポーツ選手になろう」と思って、小学生のころに祖母に相談したところ「スポーツ選手は、一生現役で活躍できるとは限らない。手に職をつけて、一生仕事ができるようなことを目標にしてみなさい」とアドバイスされ、ヴァイオリンで身を立てようと決意した[6][16]。
- 演奏家を志したほかの理由として、小学校から大学までの一貫校に在籍しており、成績が悪いと姉妹校へ進学希望時推薦されない可能性があったので、そうなったときでもほかの高校へ行けるようにするためにヴァイオリンを始めたとも語っている。小6の一時期、ヴァイオリンをやめたことがあったが、父親が仕事で接していたクラシック関係者に依頼して新たな先生を迎えたことが契機となり、再び取り組むようになった[10]。
- 父の従兄弟がモデル事務所をやっていた関係で、小学生のころに埼玉銀行のキャラクターモデルとして、緒形拳とポスターやカレンダーなどのグッズにて共演の経験がある[5][6][17]。高校時代はファッション誌の読者モデルをしていた。
- 桐朋女子高等学校音楽科時代の一時期、高嶋にとってヴァイオリンは「私を苦しめる存在」であったと語るくらい、猛練習を重ねても同級生のレベルにはほど遠いと思えるほどの感情を持ち、「ヴァイオリンをやめよう」とも考えたことがあったが、「やめる勇気はなかった」との心境にも陥り葛藤していた[16]。
- イェール大留学中から卒業後の一時期に所属していたマイアミのプロ交響楽団で演奏しているうちに、「ヴァイオリンを演奏する楽しさを実感し、充実していた」と語る[16]。
性格 [編集]
- 桐朋学園時代のあだ名は「悪魔」。イェール大学留学中は日本の知り合いがいないにもかかわらず、「デビル」とあだ名がついたことに、当人も驚いた。
- 普段の生活上でのあれこれを語る内容は手厳しいものがあるが、至極真っ当なことを的確に指摘。「常識を常識と感じない・他人に迷惑をかけても謝罪をしない風潮に、怒りを感じる(要旨)」と、自ら語る[15]。
- 乳幼児が泣くこと自体は、そう気にしない。その子供の保護者なりが「子供が泣いちゃって、すみません」と言ってくれたら、「まぁ、仕方ないな」と思う。高嶋の乳幼児への怒りの原因は、その子たちの親や監督者に起因するものが多い。「小さい子供が泣くのは当然」とばかりにあやすわけでもなく、喫煙やほかの親との雑談や携帯電話に夢中になって、新幹線車内で通路を我が物顔ではしゃぐ子供を注意しない大人に対し、不快感や怒りを感じると語る[15]。
- 基本的にストレスを感じることがない性格、あえて言えば暇になるのが嫌という程度と語っている[7]。
出産・育児 [編集]
- 妊娠7カ月となる2006年11月上旬まで、身重ながら、妊娠以前より受けた依頼を果たすため仕事を続けていた。日程が出産間近に予定されていたコンサートは約半年の延期となった。
- 本来は本人希望により、無痛分娩での出産予定であったが薬が十分に効かなかったため、最終的には自ら帝王切開を申し出た[18]。
- 最初のころは育児をすべて自分でやっていたが、それが原因で腱鞘炎になってしまった。その反省から、コンサートなどの仕事に影響が出ないようにするため、ベテランのベビーシッター2人と母親に頼み、手に負担が掛かる部分の育児をやってもらうようになった。子供は父親(ちさ子の夫)似で、あまり泣かない。高嶋の生活リズムに子供が合わせられている部分があるが、うまく適応していてそれほど手間が掛からない。子供にはチェロなど、ヴァイオリン以外の楽器をやらせたいと考えている[7]。
- 2009年1月16日 自身のブログで切迫流産の恐れがあり、医師から即入院を言い渡されるが演奏会があるため入院しないことを打ち明けている。魚拓
- 2009年1月16日 自身のブログでは「この土日は乗り切れる自信がなぜかあるのです。これは動物的な勘かな」と記したが、1月24日のブログで健康上の理由によって1月25日・2月1日の2つのコンサートを直前キャンセルすることを報告し、2月10日のブログで合計19コンサートのキャンセルを報告している。
その他エピソード [編集]
- 大の肉好きで野菜嫌い。焼肉が大好物の一つで、実家には「肉は赤いうちに食え」という家訓がある。妊娠中は食の好みが変わるとよく言われるが、高嶋の食習慣はまったく変わらず、逆に肉がますます食べたくなる傾向[7]で、多量の肉を半生状態で食べていたこともあって周囲の人間が母体と胎児への影響を心配して検査を勧めるほどであった[10]。妊娠中以外の一時期にも焼肉を週に8回食べていたことがあり「1日2食が焼肉ということもあった」が、それが災いして人間ドックで中性脂肪等のラボデータが高値の結果となった。このため、食生活改善・植物食材摂取(特に野菜類摂取)の一手段として、納豆を食べて植物食材を摂取するきっかけ作りをした[15][19]。
- 『さんま御殿』では何回も明石家さんまと顔を会わせているが、2004年ころまでさんまは「高嶋ちさ子」ではなく、「さち子」だと勝手に誤った名前で覚えていた。これを知った高嶋は「ひどい!!」と、さんまに抗議した。
- 夫は高嶋の友人から紹介してもらった男性で、高嶋は会ったときに一目惚れし「生まれて初めて、自分から積極的にアプローチをした」お相手だと語る。恋愛に関してはシャイな一面を持ち、それまで自分から告白をしたことがあまりなかったそう。高嶋は「どうやって電話をして話をしようか」などと、いかにして照れを隠し、自分の想いを伝えていくか、あれこれ悩んだと語る[5][6]。レイ・パーカーJr.のヒット曲である映画『ゴーストバスターズ』のテーマ曲の節回しで、「♪どうしてますかー?」と留守番電話に吹き込んだことがあったという[5][20]。
- TBSアナウンサー・安住紳一郎は「天は二物を与えずと言いますが、高嶋さんは見事に二物を得られて…。ただ、神様は性格をちょっと工夫してお与えになったようで」と語り、それを聞いた高嶋は「安住さんにそこまで言われるとは」と、応戦している[11]が、2008年に出演した『ぴったんこカン・カン』内の企画『ちょいワルオヤジのぶらり旅』際には、高田純次と石原良純に「安住さんは仕切りがうまくて、(一緒に仕事していて)気が楽ですよ」と、評価していることを語っている[21]。
- 松田聖子の大ファン。2004年年末『ザ・ベストテン』特別版にて松田聖子の伴奏を担当するため、わざわざほかの仕事をキャンセルした。
- 雨女を自称している。テレビ番組でナスカに行った際60年ぶりの大雨に見舞われ、「これ以上降ったら地上絵が消えてしまう」と言われた。
- 大のドラえもんファンで、コミックの一コマ目のセリフを聞いただけで道具の名前を当てる特技を持つ。
- 衆議院議員枝野幸男夫人やフリーアナウンサー木佐彩子と親しく交際している。枝野夫人とは、息子の絵画教室が一緒の縁で、週に一度昼食をともにする仲だという[22]。
出演 [編集]
テレビ・ラジオ [編集]
- 芸術に恋して!(2001年 - 2003年、テレビ東京) - 司会
- NDS presents 高嶋ちさ子 Gentle Wind(エフエム愛知) - 毎週金曜日21:30-21:55
- わたしはあきらめない(NHK)NHKアーカイブ[1]
- 歴史ドキュメンタリー『海を渡ったサムライ 朝河貫一』(2009年12月31日、BS朝日) - ナビゲーター
- おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!(2012年11月28日、BS日テレ) - ゲスト
- 他多数
CM [編集]
映画 [編集]
作品 [編集]
音楽 [編集]
- シングル
- THE CHARM OF ENGLISH MUFFIN(1996年3日20日)
- 黒ネコのタンゴ(1996年10月16日)
- アルバム
- CHOCOLATE FASHION 1(1995年5月24日)
- CHOCOLATE MIX(1995年9月27日)
- ENGLISH MUFFIN(1996年1月31日)
- 悪魔のロマンス(1996年12月21日)
- Colorful(収録曲の「Orange」のヴァイオリン)(1997年7月16日)
- RARE CHOCOLATE(1998年7月8日)
- CHISA & MINO(1999年7月17日)
- めざましクラシックス(2000年5月20日)
- ニュー・シネマ・パラダイス~Cinema on Violin(2000年9月21日)
- 風のとおり道(2000年11月18日)
- Lovin' You(2001年4月21日)
- めざましクラシックス 2(2001年6月16日)
- CHISA & MINO 2(2001年8月18日)
- CHISAKO! EARLY BEST!1995-1998(2001年10月17日)
- ANGEL'S DREAM ~IN PARADIUM~(2001年11月21日)
- Simba(2002年9月21日)
- めざクラ2003~高嶋ちさ子と仲間たち(2002年12月21日)
- ARIA高嶋ちさ子 ベスト・コレクション(2003年2月1日)
- AROUND THE WORLD~高嶋ちさ子&プラハカメラータ(2003年8月20日)
- めざましクラシックス・ベスト(2004年6月23日)
- freedom~chisako style music(2004年7月21日)
- CROSSOVER SELECTION(2005年11月2日)
- CLASSICAL SELECTION(2005年11月2日)
- CD EXTRA
- カルメンファンタジー (1996年3月20日)
- 哀愁のヨーロッパ〜EUROPE〜(1996年9月19日)
成績・賞歴 [編集]
- 1997年 コンチェルトコンペティション入賞
脚注 [編集]
- ^ 高嶋政伸と従兄弟の高嶋ちさ子 親戚関係は何年も断絶状態にNEWSポストセブン
- ^ 金スマ(TBS)2010年4月23日放送。当時の週刊誌に後藤久美子のいとこ・高嶋兄弟のいとこのユニットがキャッチコピーで表記。
- ^ アメリカにいるとき、「ただちに帰国するように」と説明なく連絡が入り急遽帰国したところ、父がデビューまでの段取りをすでに設定していたという。『いつみても波瀾万丈』において
- ^ 『いつみても波瀾万丈』世良公則の出演回(2007年8月12日放映)での、世良談より
- ^ a b c d 『ろみひー』出演時の本人談
- ^ a b c d e 『いつみても波瀾万丈』出演時の本人談
- ^ a b c d e 2007年5月29日『はなまるマーケット』(TBS系)に出演した際の本人談
- ^ a b c 『踊る!さんま御殿!!』出演時の本人談
- ^ 『おしゃれカンケイ』出演時の本人談
- ^ a b c 2008年11月23日放送『安住紳一郎の日曜天国』(TBSラジオ)出演時の本人談
- ^ a b 『ぴったんこカン・カン』出演時の本人談
- ^ 2007年12月28日『たけしの誰でもピカソ』出演時の本人談
- ^ 2010年放送『ザ・ミュージックアワー』(TBSテレビ)出演時の本人談
- ^ 「ちぃちゃん」とは、高嶋の幼少時の愛称
- ^ a b c d 2005年5月23日『サンクチュアリ/大人の聖域』出演時の本人談
- ^ a b c NHK『わたしはあきらめない』において
- ^ 2009年10月19日『はなまるマーケット』(TBS系)に出演した際の本人談
- ^ 『笑っていいとも!・テレフォンショッキング』出演時の本人談。
- ^ 栄養学での分類では、納豆は穀類に分けられ野菜類ではないが、あくまで納豆摂取をきっかけに食改善をしている、というニュアンスで語っている
- ^ このほかにも留守電に「ワシじゃ。『ワシ』と言っても鳥のワシではないぞ」など、さまざまな伝言を残し、当時は彼氏であった今の夫に「この前のメッセージは面白かったよ」などと評価してもらっていたとのこと
- ^ ただしこの発言を聞いた高田と石原は「安住さんなんか俺たちに比べりゃ大したことねえよなー」とも笑い飛ばしている
- ^ 2011年6月9日『はなまるマーケット』に出演した際の本人談。
外部リンク [編集]
- CHISAKO TAKASHIMA Official Web Site
- 高嶋ちさ子オフィシャルブログ
- 高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニスト 公式サイト
- 高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニストオフィシャルブログ
- 高嶋ちさ子 - 日本コロムビア
- 高嶋ちさ子 (chisako824) - Twitter