神田うの

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
かんだ うの
神田 うの
プロフィール
愛称 うのちゃん
生年月日 1975年3月28日
現年齢 36歳
出身地 日本の旗 日本神奈川県 川崎市中原区
血液型 O
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 169 cm / 41 kg
BMI 14.4
活動
デビュー 1989年
ジャンル ファッション
モデル内容 一般
他の活動 タレント、女優、ファッション・デザイナー
その他の記録
既婚者
モデル: テンプレート - カテゴリ

神田 うの(かんだ うの、本名:西村 うの(旧姓:神田)、1975年3月28日 - )は日本女優タレントファッション・デザイナー芸能事務所スペースクラフト所属。

目次

[編集] 来歴・人物

[編集] 生い立ち

東京都目黒区に生まれる。本名である「うの」は、持統天皇の幼名「鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ)」が由来であり、幼い頃はこの「ひめみこ」をとって両親や祖母から「ヒメ」と呼ばれて育つ。母親からアホと思われた事がなく賢いと評価されている。

父親の赴任に伴い、1歳のときにインドネシアジャカルタに移住。4歳まで同地で過ごしたのち日本に帰国し神奈川県横浜市栄区に居住した。

5歳のときにバレエをはじめる。谷桃子バレエ団に所属していた。

1985年神奈川県川崎市中原区へ転居し、川崎市立木月小学校へ転入。その後、川崎市立住吉中学校を経て1990年白鵬女子高等学校へ入学した。

同年、東京新聞が主催するバレエコンクールに入賞。さらに、フランスパリのバレエ学校「コンセルヴァトワール」に入学許可を得たものの全寮制だったため、先生たちの期待や希望にそむいてバレリーナになることを断念する。全日本バレエコンクール(中部)のジュニア部門1位、全日本バレエコンクール(東京)入賞。1992年、同高校卒業が最終学歴となった。

[編集] モデルからタレントに

子どもの頃から街を歩くたびに芸能事務所からスカウトされ、何枚もの名刺をもらい続けるが、家族に反対され実現ならず。本人も「芸能」には興味がなかったが、当時からファッション好きだった彼女は、モデル事務所からのスカウトに興味を抱き、親を説得。1989年、14歳でモデルとしてのキャリアをスタートさせる。広告などのモデルを経て、3年後の17歳のときに雑誌『プチセブン』(小学館刊)のモデルに。

19歳の頃から「学校では教えてくれないこと!!」や「笑っていいとも!」、「オールナイトフジ」、「タモリのSuperボキャブラ天国」等多数のバラエティー番組にも出演。

雑誌『uno!』1997年11月号で、阪神大震災について、発生時は自分と関係ない態度を取ってしまった事に心が痛んだと語っている。この際の発言が東日本大震災発生時に、「阪神大震災のときに何人死亡したか、かけをしていた」とクローズアップされてネット上の話題となった。これに対し、うのは自身のブログに「悲しすぎるネット被害」という記事を掲載して自らの思いを綴った。


[編集] タレントプロデューサーとして

1999年毛皮メーカーとのコラボレーションで「コスタ・モーダ・ウノ」ブランドを発表、その後サングラスブランド「U-NO」を発表し、現在ではストッキング・下着(Tuche' UK UNOKANDA トゥシェ・ユーケー)、和洋ウエディングドレス(Scena D'uno シェーナ・ドゥーノ)、ウェディングドレス(UNO et L‘ETOILE ウノ・エレトワール)、振袖(Scena D'uno Salala シェーナ・ドゥーノ サララ)、ジュエリー(DUNOA デュノア)、ゴールドジュエリー(Umpresse アンプレーゼ)、の自己ブランドのタレントプロデューサー。

2005年春には南青山に推定5億円ともいわれる豪邸(通称・パンスト御殿)を建てたことで話題になった。

2008年5月29日自身のブランドUNO KANDAを始める。パーティー・バッグ、ビジネス・バッグ、財布、パス・ケースを発表。

2009年UNO KANDA春夏コレクションより、グローブ・日傘のアイテムが増える。

[編集] 家族

父は旧通産省の元技官大分県出身。[1]。2人の弟がいる。長男・神田伸一郎は、東京農工大学卒。大学の柔道部部員同士であった浜谷健司と共に漫才コンビ「ハマカーン」を結成し活動。次男・神田昇二郎は、上智大学卒で現在会社員。なお大学在学中に短期間であったが俳優として活動していた時期がある。

[編集] 私生活

1998年11月5日、23歳のときに出会い、約8年の月日を経て現在の関係になったというパチンコチェーン店、不動産会社を経営する西村拓郎日拓リアルエステート株式会社社長)と東京都内の料亭にて結納を交わし、13日、報道陣に億単位の婚約指輪(約5カラットのダイヤモンド)を披露した。そして、2007年10月8日挙式した。新婚旅行の行き先はドバイ

2011年5月10日、妊娠5ヶ月であることをブログで発表。妊娠中も自身の美意識に沿った生活を続け、マタニティードレスとしてデザインされた服ではなく、日頃から愛用しているブランドの服を着用。腹部を圧迫しないチュニックやワンピースを選んでいた。靴も普段から履き慣れているという理由からハイヒールを愛用した。妊娠9ヶ月に入ってからヌード写真を撮影(2011年10月26日発売・『an・an』』に掲載)。 2011年10月22日12時35分、2960グラムの女児を出産したことを発表した。顔写真や名前は公表しない意向。

[編集] タレントとしての活動履歴

[編集] テレビドラマ

[編集] テレビ番組

他多数

[編集] 映画

[編集] CM

[編集] PV

[編集] 受賞歴

[編集] 写真集・書籍・雑誌

  • プチセブン
  • 『別冊ダンスマガジン バレエって、何?』(1993年10月、新書館
    初版本でレッスン写真の撮影モデルとして掲載
  • 『神田うののゆかた美人しましょ』(1996年7月、日本ヴォーグ社
  • 写真集『UNO』 撮影:宮沢正明 (1996年10月、朝日出版社
  • 写真集『GREAT NUDY UNO KANDA 2000』(たかの友梨ビューティクリニック 限定非売品)
  • 語録集『神田うの』(1998年8月、筑摩書房
  • エッセイ『うのはUNO』(2005年10月、ベストセラーズ
  • ムック『ウノダイアモンド』(2006年10月、アスコム)
  • ムック『うの式 幸せのつくり方 ウノダイアモンド』(2007年11月、アスコム)
  • エッセイ『ミセスUNO』(2009年11月、ベストセラーズ)

[編集] CD

  • JESUS!JESUS!(1994年)
  • アニマル Rock'n' Roll(「ミンクのMimi」名義)

[編集] クリエイターとしての活動履歴

  • グンゼ「Tuche」(トゥシェ)ストッキング&下着
  • クラウディア「Scena D'uno」(シェーナ・ドゥーノ)ウエディングドレス・和装
    「Scena D'uno Salala」(シェーナ・ドゥーノ サララ)成人式振袖
    「UNO et L'ETOILE」(ウノ・エレトワール)シェーナ・ドゥーノのセカンドライン
  • Gohshoジュエリー「DuNoA」(デュノア)「Umpresse」(アンプレーゼ)
  • UNO KANDAバッグ・財布・パスケース・日傘・アンブレラ・手袋

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ そのため、うの自身も大分を「第二の故郷」と記している。大好きな祖父と御先祖様 神田うのオフィシャルブログより

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス