中村吉右衛門 (2代目)

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にだいめ なかむら きちえもん
二代目 中村吉右衛門
Tatsujiro Namino cropped 2 Tatsujiro Namino 201711.jpg
文化功労者顕彰に際して
公表された肖像写真
屋号 播磨屋
定紋 揚羽蝶 播磨屋揚羽蝶
生年月日 (1944-05-22) 1944年5月22日(77歳)
本名 波野辰次郎
襲名歴 1. 中村萬之助
2. 二代目中村吉右衛門
別名 松貫四(二代目)
出身地 東京都千代田区
血液型 B型
初代松本白鸚
初代中村吉右衛門(養父)
藤間正子(初代中村吉右衛門の娘)
兄弟 二代目松本白鸚(兄)
波野知佐
当たり役
仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助
勧進帳』の弁慶
妹背山婦女庭訓』吉野川の大判事清澄
極付幡随長兵衛』の幡随院長兵衛
ひらかな盛衰記』逆櫓の樋口次郎
絵本太功記』の武智光秀
一谷嫩軍記』熊谷陣屋の熊谷直実
平家女護島』俊寛の俊寛僧都
義経千本桜』渡海屋・大物浦の渡海屋銀平
梶原平三誉石切』の梶原平三
松浦の太鼓』の松浦鎮信公
大老』の井伊直弼
天衣紛上野初花』の河内山宗俊
東山桜荘子』の木内宗吾
菅原伝授手習鑑』の武部源蔵、松王丸
傾城反魂香』吃又の絵師又平
籠釣瓶花街酔醒』の佐野次郎左衛門
祇園祭礼信仰記 金閣寺』の松永大膳

松貫四の歌舞伎台本
『再桜遇清水』(さいかいざくら みそめの きよみず)
『昇龍哀別瀬戸内・藤戸』(のぼるりゅう わかれの せとうち・ふじと)
『巴御前』(ともえ ごぜん)
『日向嶋景清』(ひにむかう しまの かげきよ)
『閻魔と政頼』(えんまと せいらい)

二代目 中村吉右衛門(にだいめ なかむら きちえもん、1944年昭和19年〉5月22日 - )は、日本歌舞伎役者。歌舞伎名跡中村吉右衛門」の当代。屋号播磨屋定紋揚羽蝶、替紋は村山片喰日本芸術院会員、重要無形文化財保持者(人間国宝)。身長178cm。ふたご座B型。

人物[編集]

1944年昭和19年)5月22日東京都千代田区出身。暁星高等学校卒業。早稲田大学第一文学部仏文学科中退。

堂々たる体躯、陰影に富む演技をもって歌舞伎立役の第一人者として活躍。義太夫狂言時代物世話物から新歌舞伎喜劇にいたるまで全てのジャンルで高い評価を得ている。

特に、後述するように、『勧進帳』や『義経千本桜』などでの武蔵坊弁慶役が十八番で、1986年NHK新大型時代劇武蔵坊弁慶』でも、主人公・弁慶役を演じた。また、テレビでの当たり役、フジテレビ時代劇シリーズ『鬼平犯科帳』で演じた主役・鬼平こと長谷川平蔵役の成功によって、お茶の間でもお馴染みの顔となった。

絵画やスケッチを描くのが上手く、画集を出版したほか、画廊で個展も開いている。加えて、クイズ番組等では博学ぶりを発揮している。

東京都、牛込区(現在の新宿区)牛込若宮町の初代吉右衛門宅(母の実家)にて誕生。出生名は「藤間久信」だったが、4歳のころに初代の家(波野家)に養子として入り「波野久信」に、その後昭和41年10月に二代目吉右衛門襲名と同時に「波野辰次郎(初代の本名と同じ名)」へと改名した。

いまや春の恒例行事となっている四国金丸座こんぴら歌舞伎大芝居復活に深い関わりをもつ。吉右衛門は第一回目に出演し、演出・脚本も担当した(プロデューサー的な役割は澤村藤十郎が担当)。その様子はNHK特集『再現!こんぴら大芝居』として1985年7月19日に放送された(2006年2月4日にNHKアーカイブスとして再放送)。

歌舞伎作者としての筆名は、松 貫四(まつ かんし)。これは祖先にあたる人形浄瑠璃作者・松 貫四(初代)名跡を踏襲したものである。

また、関西学院大学客員教授を務めており、日本芸術院会員にも推薦され、就任している。

2011年平成23年)、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され(認定の官報告示は同年9月5日付け)、2017年(平成29年)文化功労者となった。

2020年(令和2年)、コロナウイルス禍の中で3月から7月まで歌舞伎座の公演が中止となり、無観客で舞台映像を収録しインターネットで配信(須磨浦)。また、日本俳優協会・伝統歌舞伎保存会公式動画企画「歌舞伎ましょう」では、得意の絵を描く姿を動画で披露した。休演中は孫の丑之助のために脚本や書き抜きの手直しや、丑之助兄妹を描いた絵を残して「じじを忘れないようにしてもらおう」としたという。8月に歌舞伎座が再開され、9月に再び舞台に上がった際には「『ああ、生きていてよかった』と思いました。オーバーかもしれませんが、そんな感じがした初めての舞台ですね」と話し、子役が活躍する「近江源氏先陣館」を自分が動けるうちに丑之助とやりたい、それは念願だと語った(NHKラジオ深夜便:2020年12月30日放送・冊子2021年4月1日号より)。

自動車好き。16歳の誕生日に鮫洲で免許を取った。最初の愛車は中古のダットサン。マニュアル車が好み。

好きなアニメは『昆虫物語みなしごハッチ』『トム&ジェリー』。「みなしごハッチとかトムとジェリーとか見てる時は、何も考えずにいられる。ハッチを観ながら、”ああ今日も(母に)会えなかった”とボロボロ泣いたり」とリラックス法を問われ語った(人生レシピより)。

東京ディズニーランドには開園当初より通っており、クマのプーさんが一押しで、ほのぼのしていて好き、と孫と一緒に「プーさんのハニーハント」に並ぶ。またクマのプーさんが好きな理由を聞かれ「見ただけてホッとする。ほんわかする。安らぎを感じますね」とコメントした。

来歴[編集]

五代目市川染五郎(後の初代松本白鸚)の次男に生まれる。

母・正子は初代中村吉右衛門の一人娘。兄は二代目松本白鸚。甥は十代目松本幸四郎、姪は松本紀保松たか子

初代吉右衛門は一人娘の正子に婿養子を取ろうと考えており、なかなか嫁に行くことを許さなかったが、いよいよ結婚する際、正子は「男子を二人は産んで、そのうちの一人に吉右衛門の名を継がせます」と約束した。その通り二人の男の子が生まれ、約束に基づき、次男の久信は4歳で初代吉右衛門の養子となった。

1945年(昭和20年)3月、初代夫婦と母・兄、乳母の村杉たけらと共に空襲を避け、日光へ疎開。市電の事故に遭うも、乳母のおかげで無事であった。牛込区(現在の新宿区)若宮町の家は空襲で焼け、8月に終戦を迎え、10月に東京の久我山に転居。5歳の兄が近所の子供にいじめられて帰ってくると、庭ぼうきをひきずり、仇を討ちに殴り込みをかけに行くようなやんちゃな子供であった。

1946年(昭和21年)、渋谷区渋谷に転居。乳母は初舞台を踏み、学校に通い始めた兄に、お手伝いは歩き始めた妹に付ききりだったため、庭の木に次々と登り、一人あそびに興じていたが、隣の「キッチン・ボン」の女将さんに「役者になる子が怪我でもしたらどうする」と言いつけられ、木登り禁止にされた。

1948年(昭和23年)、中村萬之助を名乗って初舞台。この芸名は吉右衛門の祖先・萬屋吉右衛門にちなんだものだった。

「初舞台の口上で、初代が「この子を養子に迎えて跡を継がせる」と述べ、私は戸籍上も藤間久信という名前から祖父の波野姓に変わりました。小学校の名札の苗字も波野となり、「兄貴と苗字が違うんだなあ」と、養子になったことを実感したものです。」(ヘルシーライフインタビューより)

初代吉右衛門は、孫である萬之助を「坊」と呼び、銀座の資生堂、日比谷の東京會舘・プルニエなどの高級レストランや並木藪蕎麦、銀座新富寿しへ連れて行き、目に入れても痛くないほど可愛がったが、こと芝居となるとその性格は一変し、非常に厳しい師匠になり、ヤンチャな萬之助を一喝することもしばしばだった。

翌年萬之助は『山姥』の怪童丸の演技で毎日演劇賞演技特別賞を受賞。天才俳優として注目された。

市川團子(のちの市川猿翁 (2代目))、兄の市川染五郎との十代のトリオで、「十代歌舞伎」とよばれ、人気を博する[1]

1949年(昭和24年)、実父八世松本幸四郎の襲名披露公演に出演。

1951年(昭和26年)、渋谷区立常盤松小学校入学。その後千代田区麹町へ転居。1952年(昭和27年)、暁星小学校第2学年へ編入。

1954年(昭和29年)、祖父かつ養父・初代吉右衛門が死去。9歳の身で死に水を取り、初めてマスコミのカメラの前で焼香をし、告別式でいろは四十八組の鳶の頭が謡う木遣りを聴きながら「吉右衛門を継がなければ」との思いを意識した。最初の人生の転機であったという。

思春期の頃は、実の母が戸籍上は姉にあたり、実の兄は甥に当たるのでお年玉をあげねばならない、などの複雑さから、自己確立や、吉右衛門の名前の大きさのプレッシャーに悩む日々だった。

「初代のように、たった一代で人気と名声を築いた場合、その反動で反対勢力も強いんですね。つまりは「つぶそう」とする勢力です。僕もその影響を少なからず受けました。これは襲名する前のことですが、「中村吉右衛門という名前は〝止め名〟にした方がいいのではないか」と記事に書かれたこともありました。初代限りの名前として、今後誰にも継がさない方がいいと。いやあショックでしたね。僕は何のために役者になったのかと。ええ、ちょっぴりグレましたよ。連日、飲み歩いたり(笑)。」

18歳の頃、幼馴染のフランス人女性と恋に落ちた。その後彼女の帰国が決まり、役者を辞め、後を追ってフランスへ行きたいと思いつめる。思い切って父白鸚に話したが、父は反対もせず「何にでもなっちまいな」と背を向けた。「その時の後ろ姿のさみしかったこと。ああ、おやじは僕に期待してくれていたんだなと思いました。双肩に波野家(播磨屋)と藤間家(高麗屋)を担い、片方を兄、片方を僕に譲るために努力してくれていたんだと初めて気づいた。それまでの僕には何も分かっていませんでした」「その時に波野家と吉右衛門の名跡をちゃんと継いで、おやじの荷を軽くしてやらなければと思った」

1961年(昭和36年)、実父と兄と共に、松竹から東宝に移籍し、1966年(昭和41年)、二代目中村吉右衛門襲名。東宝では歌舞伎のほか、現代劇、ミュージカル、名女優の相手役なども務めたが、その後、1974年(昭和49年)、歌舞伎に専念したいという思いが募り、松竹へ復帰した。このまま東宝にいては、中村吉右衛門という名前を生かすことができないと、父と兄を残して東宝から松竹へ戻ることを決意したが、松竹へ復帰するも、現場では「新参者」として扱われる。同じ年頃の御曹司たちが次々と相応の役に挑戦していく一方で、脇役や年代に合わない老け役をつとめなければならないこともあった。しかし吉右衛門は腐らずに稽古をし、先輩たちの舞台を見て、役者としての修業をひたすら地道に積み重ねていったという[2]

歌舞伎では外祖父の初代吉右衛門と祖父の七代目松本幸四郎の両者の当たり役を継承。時代物では『仮名手本忠臣蔵』の由良之助、『勧進帳』『義経千本櫻』の弁慶平知盛、『菅原伝授手習鑑』の松王丸や武部源蔵、『平家女護島』「俊寛」の俊寛、『梶原平三誉石切』の梶原平三、『絵本太功記』の武智光秀、『松浦の太鼓』の松浦公、世話物では『籠釣瓶花街酔醒』(籠釣瓶)の佐野次郎左衛門、『天衣紛上野初花』(河内山)の河内山宗俊など。そのいずれもが口跡の良さと重厚な演技で存在感があるが特に時代物に本領を発揮する。また、新しい脚本の創作をはじめ1982年(昭和57年)には『勧善懲悪覗機関』(村井長庵)の復活上演を国立劇場小劇場で行っており、埋もれた作品の発掘にも力を入れている。

1975年(昭和50年)東京のホテルオークラにて結婚。夫人との間に4女をもうけた。娘たちには「とうたん」と呼ばれ、家庭内では箸の持ち方や行儀に厳しく、4姉妹の誰かがいつも怒られ、姉妹全員で頭を下げさせられるなど、怖い父親であったという。俳優としては尊敬し大ファンだという娘たちだが、一方で「世間知らず」で「お坊ちゃま」であるとの評もある。性格は忍耐強く、痛さや具合が悪くてもなかなか言わないので困る、すべての目標が高く、幼稚園の頃、遊びのテニスであっても自分たちを上達させようと本気になるので皆怖がっていた、初代を目標に置き、常に高みを目指していると語られている(二代目 聞き書き 中村吉右衛門より)。

1984年(昭和59年)7月、TBSのトーク番組「すばらしき仲間」を天保6年(1835)に建てられた現存する日本最古の芝居小屋「金丸座」で澤村藤十郎中村勘九郎と撮影した際に、3人の役者は芝居小屋に惚れ込み「是非この舞台を踏みたい」と宿泊先の琴平グランドホテル社長の近兼孝休氏に話したところ、ちょうど老舗旅館の相次ぐ廃業などで町の観光業に危機感を覚えていた近兼氏が「ここで歌舞伎を公演してもらえないか」と申し入れ、3人は快諾。[3]「こんぴら歌舞伎」が復活への道を歩み始めた。

しかし「金丸座」は重要文化財であり、文化庁との折衝、また演劇公演に関するノウハウが全く無い中での集客、さらに当時の琴平町は瀬戸大橋もまだ完成しておらず、東京から高松空港へはプロペラの飛行機だけ、鉄路では新幹線、在来線、宇高連絡船の乗り継ぎでやっと到着できるような場所であったため、近兼氏らの難問は山積。

しかし関係者の努力と熱意は松竹の全面バックアップ、JTBへの協力要請も得られ、ついに第一回『四国こんぴら歌舞伎大芝居』の開催を現実化させる。[4]

「国の重要文化財で上演するのだから、既成の演目ではいけない。金丸座のために作った作品を上演するべきだ」と金丸座側の要請があり、吉右衛門は初めて松貫四のペンネームを名乗り、以前古書店で買ってあった本で見つけた「遇曽我中村」を脚色。金丸座ならではの機構を活かす趣向も込めつつ、初めての作品「再桜遇清水」を書きあげ、演出も担当。町に500本の役者名や金丸座の名入りの幟をスポンサーを募って立てるよう要請し(結果1,000本もの幟が立った[5])、成功祈願のお練りや船乗り込みなどのイベントにも参加。町そのものにも江戸の雰囲気を演出した。

「再桜遇清水」は1985年6月に大阪中座の本興行で初演し、千秋楽の翌々日に金丸座に過密なスケジュールで乗り込んだ。

スタッフには大道具に金井大道具三代目社長の金井俊一郎氏、照明に日本照明家協会会長の相馬清恒氏と大ベテランの重鎮を揃え、吉右衛門の「当時に近い自然光での公演実現」などの要求に応えていたが、一方では1週間前までは駐車場の誘導をするつもりでいた、琴平町の商工会青年部の男性メンバーが急遽セリや回り盆の操作、高窓の窓閉めなど、普通であれば危険なため素人が触れないような舞台機構部分を、全くの素人が人力ボランティアで担当することとなり、青年部メンバーは深夜までの必死の転換自主稽古などをして備えたが、当初、演者側には彼らが機構の操作をしていることは知らされておらず、初日は段取りの悪さや、危険や舞台進行の失敗を案じるプロたちから大声で𠮟責が飛び、担当しているのが青年部のボランティアと知った吉右衛門は青年部へ謝りに行った[6]

NHK特集「再現!こんぴら大芝居」には金井氏がセリの担当者を固定メンバーにするよう指示しているシーンがあるが、現在の歌舞伎座でもセリの操作に関しては昔の慣習が残っており、大セリは熟練の操作盤担当者が担当し、小セリは狂言方がきっかけ出しをして大道具方が操作[7]しており、普通の演劇よりも専門性が高いものとなっている。

小屋が江戸時代のままの作りであるため、楽屋が現代の歌舞伎役者には広さや設備が十分ではなく、役者は出番が終わると顔(メイク)だけ落としてから走り、近くの宿のお風呂で手足のおしろいを洗い流したが、おしろいで排水口が詰まるなどのトラブルも発生。また、内容が怪談であったため、鬼火や花道上での裸火の使用があり、重要文化財であることもあって、消防車が何台も小屋の周りに待機した。この様子はNHK特集「再現!こんぴら大芝居」にて紹介され、全国的な反響を呼んだ。

公演は連日満員盛況となり、結果は大成功であった。「こんぴら歌舞伎大芝居」が地元琴平町と香川県に与えた経済効果は計り知れず、大底期にあった旅館の廃業を踏みとどまらせ、サービス業者の減少に歯止めをかける事に成功した。また、一連の取り組みが、全国の町おこしに与えた影響は計り知れないほど大きく、日本中の自治体関係者が視察に相次いで訪れ、その後、全国的に様々な自治体において、秋田県の『康楽座』や熊本県の『八千代座』等、古い芝居小屋が復活した。[8]「こんぴら歌舞伎大芝居」はその後もマスコミ等にも盛んにとりあげられ、1990年(平成2年)『国土庁長官賞』、2000年(平成12年)『第48回菊池寛賞』を受賞。2021年現在も継続的に公演・継承されている。また、金丸座は耐震対策工事と新型コロナウイルス対策に伴い、令和2年10月1日~令和4年3月18日までの予定で臨時休館中である。

「歌舞伎が子ども」と公言して初代中村吉右衛門生誕120年(2006年)より『秀山祭』[9]を精力的に開催するなどといった活動を続けている。吉右衛門はインタビューで「役者の芸というものは舞台に立っているその時その場にしか存在し得ないもので、いなくなれば消えてしまいます。けれどその功績まで忘れ去られてしまってはあまりも悲しい。お客様の心をこんなにもつかんだ、初代吉右衛門という役者がいたのだということをいつまでもご記憶いただき、一代で築き上げた播磨屋の芸というものを微力ながらもお客様にお見せすることが二代目としての使命です」と、秀山祭への思いを語っている。

末の娘(四女)が五代目尾上菊之助の妻となって[10][11]、2013年11月に第1子となる男児を出産[12]。2019年5月、尾上丑之助 (7代目)として初舞台を踏み[13]、吉右衛門は孫との共演を果たした[13]

2019年9月16日に出演予定だった歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」を体調不良(40度の高熱)のため休演したが[14]、同19日より復帰[15]

2021年3月28日、体調不良を訴え、病院に救急搬送される[16]。出演を予定していた「三月大歌舞伎」を休演[16]。入院して治療に専念し[17]、4月30日、「急性の心臓発作」と診断され[18]「五月大歌舞伎」は降板した[19]。5月6日、「七月大歌舞伎」(7月4日 - 29日)に出演すると「歌舞伎美人」で発表された[20]。第二部「御存 鈴ヶ森」で幡随院長兵衛役を務める予定であったが、6月1日、医師の診察などを協議した結果、7月以降も引き続き、当面の間療養に専念する必要があると発表し休演となった。[21]

社会的活動[編集]

  • 文部科学省中央教育審議会委員(第4期)
  • 文化庁『次代を担う子どもの文化芸術体験事業』巡回公演事業ワークショップ「歌舞伎の世界で遊ぼう」「実際に舞台をみてみよう」(2006年〜2012年)全国の小学校を巡り、歌舞伎を身近で楽しく体験してもらうため活動。おはなし、構成・演出・監修を担当。舞台で使う馬に先生や生徒が乗る体験、雨や雪、川の流れを表す黒御簾音楽を聴いて、効果音の音当てクイズ、休憩時間には吉右衛門自らが筆を執り教師に隈取りを施し、さらに「押し隈」の紹介なども。
  • 2021年現在、巡演は行われていないが、歌舞伎座ギャラリーにて上記の歌舞伎体験をできるコーナー[22]がある。
  • 巡回日程
  • 2006年11月6-24日:中国地方 2007年10月9-24日:北海道・東北[23]地方 2008年11月4-19日:東北・関東地方 2009年11月5-25日:近畿・四国地方
  • 2010年11月8-25日:九州地方 2011年11月4-22日:関東・中部[24]地方 2012年11月6 - 22日:中部・近畿地方
  • コロー 光と追憶の変奏曲」展(2008年6月14日 - 8月31日、国立西洋美術館神戸市立博物館) - オーディオガイド
  •  開館記念展〈I〉「ポーラ美術館コレクション展」プレイベント SBSラジオ公開録音第3弾「印象派エコール・ド・パリの楽しみ」[25](2010年8月21日、静岡市美術館) - パネラー
  • ルオーと風景」展オープニング記念トークショー[26]「中村吉右衛門が画をかたる―ルオーに魅せられて」(2011年4月23日、パナソニック汐留ミュージアム) - トーク
  •  グッチ×中村吉右衛門東日本大震災チャリティガラ[27](2011年5月25日、パレスホテル東京
  • 「初代中村吉右衛門展[28]・初代中村吉右衛門映画祭II[29]」講演(2011年8月2日、早稲田大学大隈記念講堂) - 講演 
  • グッチ×中村吉右衛門チャリティガラ「A Night to Support Children in Tohoku」[30](2012年5月25日、パレスホテル東京
  • 「クリーブランド美術館展」「人間国宝展」(東京国立博物館)・「世紀の日本画」展[31]東京都美術館)(2014年2月5日 - 4月1日) - 3展をつなぐ音声ガイドナビゲーター
  • 鎌倉鶴岡八幡宮 段葛竣工奉祝行事 通り初め・奉祝舞「延年の舞」奉納[32](2016年3月30日、鎌倉鶴岡八幡宮舞殿)
  • 「早稲田大学芸術功労者顕彰記念中村吉右衛門展・中村吉右衛門講演会―古典歌舞伎の芸と心[33]」(2016年8月4日、早稲田大学大隈記念講堂) - 講演

歌舞伎以外の舞台[編集]

[34]父・兄らとともに東宝劇団に約10年間移籍しており、東宝劇団は歌舞伎をメインにしていたが、当然ながらそれ以外の舞台(ストレートプレイミュージカルなど)の出演機会もあった。二代目吉右衛門となる萬之助の襲名披露は帝国劇場の杮落とし公演でもあり、東宝劇団の最初で最後の豪華な襲名披露公演となった。萬之助時代の1964年『さぶ』(原作:山本周五郎)では、兄演じる二枚目の主役・栄二に対し、朴訥なさぶを演じ好評を博した(同じく兄弟共演で1968年[35]1975年[36]にも再演)。襲名を控えた若きスターの売り出しに、東宝側も力が入った。現代劇での主演は1966年『赤と黒』(原作:スタンダール)、萬之助の初の「赤毛物」への出演。作家大岡昇平が初めての劇作の筆を執り、菊田一夫演出の話題作であった。萬之助はソレル役に備えて髪を赤く染め、パーマをかけて臨んだ。萬之助らは公演前にスタンダールの生家などを巡る一週間のフランス旅行へ行き、現地の下見も行ったという。

当時の毎日新聞には、劇場の客席のほとんどは若い女性で「萬之助が登場しただけで騒ぎ、芝居などそっちのけ。恋がたきのクロアズノア伯(二代目白鸚)とフェンシングのけいこをする場面で、萬之助と染五郎が互いに入れかわり、それぞれの顔がよくわかるようになると、とたんにキャーッ」と、女性ファンの熱狂ぶりに辟易気味な劇評が掲載されるなど、襲名前から人気が高まっていた。この時期はまた、テレビドラマ映画にも進出。山田五十鈴司葉子岡田茉莉子若尾文子岩下志麻太地喜和子乙羽信子杉村春子らとの共演や、新派公演へも度々客演し、初代水谷八重子の相手役(婦系図、金色夜叉ほか)を多く勤めた。吉右衛門襲名後の歌舞伎以外の舞台公演は『太宰治の生涯』、『風林火山』、『蜘蛛巣城』など。『巨人の星』が舞台化された際には星一徹を演じている[37]

展覧会・写真展
  • 中村吉右衛門スケッチ展[38](2005年5月10日-14日、銀座吉井画廊)朝日新聞連載の「吉右衛門が描く長崎旅情」「播磨屋画がたり」原画なども展示。
  • 中村吉右衛門写真展―SONORAMENTE[40](2014年8月30日-9月15日、グッチ銀座7階)
  • 早稲田大学芸術功労者顕彰記念 中村吉右衛門展[41](2016年6月7日 - 8月7日、早稲田大学坪内博士記念 演劇博物館)
  • 二代目 中村吉右衛門 写真展[42](2018年11月7日 - 12月9日、MIKIMOTO銀座4丁目本店7階ミキモトホール)

テレビドラマ[編集]

テレビドラマでは『有間皇子』(1966)、『ながい坂』(1969、山本周五郎作品)、『右門捕物帖』(1969、全26回)などにそれぞれ主演。

1970年代以降も歌舞伎および、テレビなどで活躍。1980年からはテレビで、時代劇『斬り捨て御免!』に主演(1982年まで3シリーズ製作)。

1986年にはNHK新大型時代劇武蔵坊弁慶』(全32回)で主役・弁慶を演じ、前年末の第36回NHK紅白歌合戦に審査員として出演した。

1989年、池波正太郎原作『鬼平犯科帳』4度目のテレビドラマ化にあたっては、かねてより原作者から直々に出演依頼があったものの長い間固辞し続けていたが、実年齢が平蔵と同じになったこともあり満を持しての出演となった。同年から2001年まで毎年、9シリーズと数本のスペシャル版を製作、その後2016年12月の最終版放映まで、全150本の長期人気シリーズとなり、吉右衛門にとって鬼平役が文句なしの当たり役となった(実父である初代白鸚も、初代版鬼平犯科帳で長谷川平蔵を演じた[43]。なお、池波は平蔵を描くにあたり初代白鸚の風貌をモデルとしたという逸話がある。また、吉右衛門も初代版(第2シリーズ10話「隠居金七百両」、15話「下段の剣」)では平蔵の息子、辰蔵を演じている)。

2003年にはテレビ『忠臣蔵〜決断の時』で、長年のラヴコールに応えてテレビで初めて大石内蔵助を演じ、重厚な演技を見せた。なお、テレビ時代劇の『忠臣蔵』物では、1989年のテレビ東京12時間超ワイドドラマ大忠臣蔵』(原作:森村誠一「忠臣蔵」)で徳川綱豊を演じている(大石内蔵助役は実兄の現・二代目白鸚)。

「弁慶」、「鬼平」などのテレビ時代劇での活躍や、歌舞伎での充実した仕事ぶりにより、幅広い分野で活躍する兄・白鸚に劣らぬ存在感を発揮しているが、兄と甥の幸四郎とは違い、テレビ時代劇以外の現代劇に出演した事は、襲名後はほとんどない。

年譜[編集]

受賞歴[編集]

出演作品[編集]

歌舞伎[編集]

二代目吉右衛門の当たり役として知られるものは以下のとおり。

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

バラエティ・教養・ドキュメンタリー[編集]

  • クイズアワー「私の秘密」(1966年7月18日、NHK総合) - ゲスト(中村萬之助時代)
  • きょうの料理
    • 「わたしの自慢料理」(1976年12月18日、NHK)
    • 「中村吉右衛門の”伴内バーグ”」(1985年2月16日、NHK):知佐夫人と出演。
  • ジュニア大全科(1982年9月16日、NHK教育)「本との出会い」(4) -星の王子さま~中村吉右衛門-
  • すばらしき仲間」(1984年、TBS)共演:澤村藤十郎、中村勘九郎 当時埋もれていた旧金毘羅大芝居を来訪し紹介。
  • NHK特集「再現!こんぴら大芝居」(1985年7月19日、NHK)NHKアーカイブス[57][58]
  • 連想ゲーム(1986年3月26日、NHK) - 解答者。NHKアーカイブス公開ライブラリーにて視聴可能。
  • わくわく動物ランドスペシャル(1986年4月2日、TBS) - 神奈川県横浜市の放送ライブラリーにて無料視聴可能。
  • 青春プレーバック(1986年4月19日、NHK)「中村吉右衛門」 -時今也夢開蝶船出-
  • ひるのプレゼント(1986年10月20日、NHK)「立居振舞人間学」(1) -立つ-
  • 今夜は最高!(1987年8月8日放映回、日本テレビ) - ゲスト。タモリの人気コントキャラクター「大魔神子」の二代目に立候補。歌と踊りを披露。
  • テレビエッセー 私のひとつ(1989年1月21日、NHK)「24本の色鉛筆」
  • 日曜特集・新世界紀行 世界最長の大河 ナイル大紀行1-3(1989年2月19日、TBS) - 語り。DVDあり、神奈川県横浜市の放送ライブラリーにて無料視聴可能。
  • 日立 世界・ふしぎ発見!TBS) - 初期・中期の準レギュラー。
博学ぶりを発揮し、黒柳徹子らレギュラー陣から「親分」と愛称される。2018年9月1日放映(第1486回)に21年ぶりに出演。
  • なるほど!ザ・秋の祭典スペシャル(1989年10月2日、フジテレビ) - 神奈川県横浜市の放送ライブラリーにて無料視聴可能。
  • 日本の伝統芸能 -歌舞伎鑑賞入門- 「時代物」(1990年8月11日、NHK教育) - 神奈川県横浜市の放送ライブラリーにて無料視聴可能。
  • 歌舞伎鑑賞入門II「俊寛」 -日本の伝統芸能-(1991年5月11日、NHK教育) - 神奈川県横浜市の放送ライブラリーにて無料視聴可能。
  • 連続討論・日本人のこころ(2)(1993年1月7日、NHK)「型と芸」芸事の中に前衛を見る - パネラー
  • 漢詩紀行(1993年4月9日 - 1996年6月12日、1999年5月31日-2009年1月3日、NHK教育) - 日本語朗読、NHK公開ライブラリーにて視聴可能。
  • ティータイム芸能館(1995年10月24日、NHK) - 対談「八重子から八重子へ」きき手:水谷八重、舞台「婦系図」録画放映(1973年、国立劇場)
  • 浪漫紀行・地球の贈り物(1994年 - 1996年、TBS) - 水先案内人
  • 笑っていいとも! テレフォンショッキング(1995年10月17日回、フジテレビ) - ゲスト 渡辺真知子からの紹介で登場。尾美としのりに引き継いだ。
  • ETV特集「中村吉右衛門、厳島に立つ」-新作歌舞伎への挑戦-(1998年05月20日、NHK教育)
  • 歌舞伎を救ったアメリカ人 -バワーズ、名優たちとの半世紀-(1999年2月11日、NHK)(共演:九代目松本幸四郎
  • 歌舞伎舞踊鑑賞入門 -日本の伝統芸能-(2001年09月15日、NHK教育)第3回「立役のおどり」
  • 世界・わが心の旅(2001年11月4日、NHK)「フランス ルオーの瞳に魅せられて」
  • ハイビジョンスペシャル空海の風景」(2002年1月2日、NHK) - 朗読
  • ためしてガッテン(2002年9月26日、NHK)「決定版!疲労リセット大作戦」 - 解答者
  • アートエンターテインメント 迷宮美術館(2004年3月20日、2006年2月6日、2008年4月15日、2010年3月15日、NHK) - ベストキュレーター賞
  • 心に残る家(2006年4月 - 9月、日本テレビ
  • 心に刻む風景(2006年10月4日 - 2021年4月7日放映よりタイトルコールのみ出演、代役は日本テレビアナウンサー辻岡義堂。日本テレビ) - ナレーション
  • ハイビジョン特集「還暦からの挑戦~中村吉右衛門 歌舞伎の新作を創る」(2006年3月24日、NHK)
  • ハイビジョン特集「京都・庭の物語~千年の古都が育んだ空間美~」(2007年1月1日、NHK)
  • ETV特集「”星の王子様”と私」(2007年2月17日、NHK) - インタビュー[59]
  • 日曜シアター(2007年12月23日、NHK)招待席・仮名手本忠臣蔵(後編)枠(3) - スタジオコーナーゲスト
  • ハイビジョン特集「日本 庭の物語」(2008年1月4日、NHK)
  • 日本の伝統芸能 中村吉右衛門の歌舞伎入門(2010年3月31日 - 、NHK教育)全4回
  • 二代目の肖像 中村吉右衛門の世界 芸の極みを求めて[60](2011年1月6日、BS朝日)
  • ザ☆スター「岩下志麻」(2011年3月28日、NHK) - ゲスト。映画『心中天網島』制作にまつわる思い出を披露。
  • ウチくる!?[61](2011年9月11日、フジテレビ) - VTRゲスト
  • 情熱大陸(2011年9月18日、MBS)「趣味はスケッチとドライブ。67歳の「人間国宝」歌舞伎への情熱とその素顔とは?」[62]
  • いい旅・夢気分(2012年9月5日、テレビ東京)絶景の瀬戸内 名所めぐり 鳴門~高松~岡山[63](共演:賀来千香子
  • BS歴史館(2012年12月13日、2013年2月28日、NHK) - ゲスト
  • 美味しさの物語 幸福の一皿(2012年4月 - 2013年3月、BS朝日) - 主宰者(案内人)
  • 誰だって波乱爆笑(2015年8月30日、日本テレビ) - ゲスト。山と積まれたプーさんグッズの前で、くまのプーさん好きを披露[64]
  • サワコの朝(2015年9月5日、TBS)記憶の中で今もきらめく曲:「死刑台のエレベーター」のテーマ いま心に響く曲:ナット・キング・コール「アンフォゲッタブル」[65]
  • ザ・インタビュー~トップランナーの肖像(2015年9月5日、BS朝日
  • 美の壺(2016年5月27日、NHK)「魅せる、隠す、暖簾(のれん)」 - ゲスト
  • にじいろジーン(2010年8月14日、2017年8月19日、フジテレビ) - VTRゲスト 「ぐっさんと行くならこんなトコ!」銀座でハワイアンパンケーキを食べ、ぐっさん(山口智充)に歌舞伎体験講座。
  • 熱中世代 大人のランキング [66](2017年8月27日、BS朝日) - 第112回 ゲスト
  • ザ・プロファイラー ~夢と野望の人生~(2018年10月11日、NHK) 「シェイクスピア」 - ゲスト
  • 徹子の部屋(2006年8月25日、2018年8月23日、2019年7月18日〈※初出演、33歳時の映像〉ほか、テレビ朝日) - ゲスト
  • ザ・ドキュメンタリー 二代目 中村吉右衛門~人間国宝74歳…いのちの歌舞伎~[67](2018年9月15日、BS朝日)
  • ぴったんこカン・カン(2019年5月3日、TBS) - VTRゲスト「歌舞伎の名門・尾上菊之助さんご一家がご子息の襲名初舞台を激励する旅」東京會舘にご馳走。ラ・マルセイエーズを披露[68]
  • あしたも晴れ!人生レシピ (2019年8月9日、NHKEテレ)「運命を受けて立つ~中村吉右衛門(75)~」
  • みやこびと極上の遊び ~京都 夏から秋へ~(2020年10月31日、NHK) - 語り
  • 偉人たちの至高のレシピ ~京都・板前割烹の献立帖~[69](2021年01月1日、NHKデジタル総合1) - ゲスト

CM[編集]

  • 日立製作所キドカラー」(1977年 - 1978年前期?)
  • ネッスル日本ネスカフェ・ゴールドブレンド」
  • 「違いがわかる男」3代目 / 1972年:ACCCMフェスティバル第12回テレビフィルムCM部門秀作賞。放送ライブラリー無料視聴可能。
  • 「新・違いを楽しむ人たち」他3本 / 2004年
  • 第一製薬カロヤンハイ」(1982年 / 現・第一三共ヘルスケア) 前半は草原で馬に乗り爽やかに疾走。後半はカロヤンハイを頭に揉み込む。「髪は長い友達」
  • 味の素ゼネラルフーヅ「グランデージ千年コーヒー」(1983年「グランデージ・女・永遠」篇) - 放送ライブラリー無料視聴可能。ACCCMフェスティバル(第23回秀作賞)
  • サントリー ラジオCM(1991年)「山崎」「作家のキープボトル」篇」 - ACCCMフェスティバル第31回全日本CM大賞、CM殿堂入り第13回(作品№31)
  • ハウス食品
    • 六甲のおいしい水」(1990年代、2000年「水を買う」「水を捜す」篇)
    • 「カレーはハウス」(1993年)
    • 「シーフードのためのカレーです。」「ビーフのためのカレーです。」(1997年 - 1999年)
    • 「100周年企業広告」(2013年)
  • 宗家 源吉兆庵
  • 2012年12月24日より岡山ローカルCM開始。吉右衛門丈が国宝「四季花鳥図」(狩野永徳)と出会うシーンが映し出される(山陽新聞2012年12月24日号)。
  • TBS系はなまるマーケット出演時に和菓子「あんとろり」の紹介(2012年8月14日)。
  • 日本エアシステム(1990年 - 1991年)
  • シャープ「プラズマクラスター加湿空気清浄機」(発見!プラズマクラスター・中村吉右衛門篇、2010年)
  • SMBC日興証券(歌舞伎俳優・100TH「その人生に、SMBC日興証券」篇、2018年、2019年)
  • (株)Papas company(2004年ー2021年6月[70])スチール(ファッション)モデル。文芸春秋、週刊文春などに掲載

舞台[編集]

  • 文学座第71回公演「明智光秀」(1957年、東横ホール) - 明智光慶、森力丸 役
  • 歌舞伎と文楽の提携による試演会「嬢景清八嶋日記」(1959年、新橋演舞場) - 土屋郡内 役。同年4月28日、NHK総合にて舞台中継。
  • 東宝グランド・ロマンス、第十五回芸術祭主催公演「敦煌」(1960年、東京宝塚劇場) - 尉遅光 役
  • 東宝劇団旗揚げ公演「野薔薇の城砦」(1961年、東京宝塚劇場) - 芹沢平九郎 役
  • 東宝劇団特別公演「有間皇子」(1961年、芸術座/大阪産経会館) - 有間皇子 役
  • 東宝現代劇「蒼き狼」(1963年、1964年、読売ホール / 東京宝塚劇場) - カサル 役
  • 東宝・明治座提携、東宝劇団九月特別公演「原田家の人々」「新平家物語 清盛と常磐」「さぶ」(1964年、明治座) - 堀内茂助 役、光巌 役、さぶ 役
  • 東宝現代劇、第十九回芸術祭主催公演「墨東綺譚」(1964年、芸術座) - 種田順平 役
  • 東宝劇団6月特別公演「般若寺絵巻」(1965年、東京宝塚劇場) - 木工右馬允知時 役
  • 東宝現代劇名作公演「赤と黒」(1966年、芸術座) - ジュリアン・ソレル 役
  • 東宝現代劇特別公演「太宰治の生涯 同氏作品集より」(1967年、芸術座) - 私 役
  • 東宝みどりの会第一回公演「巨人の星」(1969年、芸術座) - 星一徹
  • 六月新派公演「滝の白糸」(1972年、国立劇場大劇場) - 村越欣弥 役
  • 中村吉右衛門若尾文子帝劇五月特別公演「暗闇の丑松」(1973年、帝国劇場) - 美濃半の煮方丑松 役
  • 第二回十月新派公演「婦系図」(1973年、国立劇場大劇場) - 早瀬主税 役。1974年1月6日:前編、1月13日:後編としてNHK総合にて舞台中継。
  • 新派初春公演、中村吉右衛門特別参加「金色夜叉」(1976年、新橋演舞場) - 間貫一 役。同年4月9日、NHK総合「金曜招待席」にて舞台中継。
  • 新橋演舞場創立60周年記念、六月特別公演「華岡青洲の妻」(1984年、新橋演舞場) - 華岡青洲 役。同年9月9日、NHK総合「芸術劇場」にて舞台中継。
  • 朗読劇「ラヴ・レターズ」(2002年、PARCO劇場) - アンディ 役
  • 平清盛生誕九百年記念公演「祇園精舎」(2018年、国立能楽堂) - 朗読
  • 中村吉右衛門配信特別公演「須磨浦」[71](2020年、国立能楽堂収録、イープラス「Streming+」にてネット配信) - 熊谷次郎直実 役 ※コロナ休演中のため無観客収録・配信。

創作作品[編集]

歌舞伎[編集]

松貫四という筆名で以下の歌舞伎台本を書いている。

  • 『再桜遇清水』(さいかいざくら みそめの きよみず)
  • 『昇龍哀別瀬戸内・藤戸』(のぼるりゅう わかれの せとうち・ふじと)
  • 『巴御前』(ともえ ごぜん)
    • 内容:舞踊劇
    • 初演:平成11年 (1999) 10月、琴平町金丸座
  • 『日向嶋景清』(ひにむかう しまの かげきよ)
  • 『閻魔と政頼』(えんまと せいらい)
    • 内容:能狂言の『政頼』を下敷きにした舞踊劇
    • 初演:平成19年 (2007) 6月、東京歌舞伎座、再演:平成20年(2008)4月、名古屋御園座

著書[編集]

作詞[編集]

翼をください」「虹と雪のバラード」を作曲し、荒井由実(現・松任谷由実)や、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)などをプロデュースした作曲家・村井邦彦は暁星学園の同級生で、中学時代にできた初めての親友。放課後に萬之助(吉右衛門)宅に集まり、村井がピアノ、萬之助がベース、染五郎がドラムで、よくジャズセッションをしたという。ランブリン・マンの作詞の経緯を吉右衛門は「京都で撮影中の僕に村井から電話が入り、「B面なんだが急がなければならない。何か詞ができないか」。即座に作って電話で伝え、スタジオで録音に立ち会いました」と語っている。波野久信は改名前の本名(二代目 聞き書き 中村吉右衛門より)。

写真集・関連書籍[編集]

  • 『中村吉右衛門』(1992年、用美社稲越功一
  • 『播磨屋一九九二〜二〇〇四 中村吉右衛門』(2004年、求龍堂)稲越功一
  • 『夫婦の階段』(1999年、日本放送出版協会)谷口桂子
  • 『“手”をめぐる四百字―文字は人なり、手は人生なり』(2007年、文化出版局)季刊「銀花」編集部
  • 『吉右衛門句集』(2007年、本阿弥書店)初代吉右衛門の句集。新装版出版につき、帯に寄稿。
  • 『わたしの失敗(3) 著名35人の体験談』(2008年、産経新聞出版)
  • 『二代目 聞き書き 中村吉右衛門』(2009年、毎日新聞社)小玉祥子
  • 『名演名作選 初代 二代目 中村吉右衛門の芸(小学館DVD BOOK -シリーズ歌舞伎名演名作選)』(2010年、小学館)朝田富次、中村吉右衛門事務所

脚注[編集]

[脚注の使い方]

出典[編集]

  1. ^ 千谷道雄『幸三郎三国志』(文藝春秋)P.29
  2. ^ 偉大な祖父に追いつきたくて 悩み苦しみ、歩いてきた”. 「ヘルシーライフ」vol.120. 総合健診センター ヘルチェック (2015年8月). 2021年4月27日閲覧。
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外部リンク[編集]