中西麻耶

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中西 麻耶(なかにし まや、1985年6月3日-)は、義足(右脚下腿切断)の陸上競技選手。北京パラリンピック日本代表、ロンドンパラリンピック日本代表。リオデジャネイロパラリンピック日本代表。陸上競技障害クラスT44。日本記録・アジア記録保持者。

略歴[編集]

大阪府大阪市福島区生まれ、大分県由布市庄内町出身[1]

大分県別府市にある明豊高等学校在学中に、ソフトテニスの選手として全国高等学校総合体育大会(インターハイ)及び国民体育大会に出場。2003年3月に高校を卒業した後は、2008年に地元で開催されるチャレンジ!おおいた国体への出場を目指していた。

2006年9月に、仕事中の事故で右足の膝から下を切断。2007年3月に義肢装具士の臼井二美男と出会い、陸上競技を始める。2007年10月には早くも100m走200m走で日本記録を樹立。2008年3月には北京パラリンピックのA標準記録を突破して日本代表となる。2008年9月に開催された北京パラリンピックでは、100mで6位入賞、200mで4位入賞の成績を残した。2009年9月のジャパンパラリンピックでは走幅跳でも日本記録を樹立した[2]

自己ベスト記録:

しかし、活動資金の調達に苦しみ、2011年の世界選手権には出場できなかった。2012年3月には資金捻出のためセミヌードカレンダーを発売した[3]

2012年6月4日、日本身体障害者陸上競技連盟は、日本パラリンピック委員会に対して、ロンドンパラリンピックへの出場選手として中西麻耶を推薦[4]

2012年7月3日、日本パラリンピック委員会は全126名の日本代表選手団選手名簿を発表。中西麻耶選手、はれて正式にロンドンパラリンピックの出場選手となる[5]。100m・200m・走り幅跳びに出場予定。

2012年6月7日、AFP(フランス通信社)が東京発で、3月に発売したカレンダーの話題を配信し[6]、以降、シンガポール・インド・イギリスなど世界各国でWebニュースなどのメディアに取り上げられる。

パラリンピックロンドン大会での結果:

  • T44 100m 14秒47 - 1組6/6・全10/12、予選敗退
  • F44 走幅跳び 4m79 - 全参加12選手中予選突破8名、決勝参加8選手中8位[7]
  • T44 200m 30秒10 - 1組4/4・全9/9(1組参加した5選手中1選手が失格のため、出走選手は9名)、予選敗退

今大会を最後に引退を表明。 [8]

2012年10月14日に、大分県の大分南警察署にて一日署長を務めている。

2013年3月8日、再開した自身のBlogで現役続行を表明。[9]

2013年10月13日、第13回全国障害者スポーツ大会に出場(100m、走幅跳び)。走幅跳びで自己ベストを更新し、佐藤真海の持つ日本記録を16cm上まわる5m18cmで優勝。しかしこの大会では2020年の東京五輪招致に絡み佐藤がクローズアップされていたため、優勝した中西に対して「空気読めよ!」と心ない声を浴びせる者もいた。また日本記録についても、この大会は「障害者の社会復帰が目的」という理由でIPC公認大会ではなく、幻の新記録となった。[10]

2014年9月7日、2014ジャパンパラ陸上競技大会に出場(100m、走幅跳び)。100mはフライングで失格。走幅跳びで自己ベストを更新し5m27cmで優勝。IPC公認大会であり日本記録を公式に更新した。なお、第一跳躍で5m3cmを跳びその時点で新記録であった。また、2.7mの追い風参考記録ながら第二跳躍では5m33cmを跳び会場をどよめかせた。[11]

2016年4月9日、新日本製薬大分パラ陸上2016 に出場(100mは棄権、走幅跳び)。走幅跳びで5m27の自己ベストを更新し5m48cmで優勝。IPC公認大会であり自己の持つ日本記録を更新した。[12]

2016年5月1日、第27回日本パラ陸上競技選手権大会 に出場(100m、走幅跳び)。100mは13秒90。走幅跳びで今季二度目となる自己ベスト更新。5m51cmで優勝。自己の持つアジア記録・日本記録を更新した。[13]

パラリンピックリオデジャネイロ大会での結果:

  • T44 100m 14秒40 - 2組5/6、予選敗退
  • F44 走幅跳び 5m42 - 4位

脚注[編集]

外部リンク[編集]