山口果林

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やまぐち かりん
山口 果林
生年月日 (1947-05-10) 1947年5月10日(76歳)
出生地 日本の旗 東京都中央区
血液型 A型
職業 女優
ジャンル テレビドラマ
映画
配偶者 独身
事務所 たむらプロ
主な作品
映画
若者の旗
砂の器
海潮音
テレビドラマ
繭子ひとり
銭形平次
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山口 果林(やまぐち かりん、本名:山口 静江(やまぐち しずえ)[1]1947年5月10日 - )は、日本女優

来歴・人物[編集]

東京都中央区出身。実家は日本橋兜町の老舗の外商専門書店「千代田書店」[2]

お茶の水女子大学附属中学校高等学校桐朋学園大学短期大学部卒業後、俳優座に入る(若手時代の愛称は「かりんとう」)。

1970年3月、桐朋学園大学演劇専攻科を卒業すると森川時久監督の『若者の旗』で映画デビュー。 同年行われたNHK長編ドラマ『繭子ひとり』(1971年放映)の選考会では150人を相手に勝ち抜き[3]主役の座をつかみ好演した。

1979年、俳優座を離れ、フリーとなる。テレビドラマ映画で活動する一方、舞台女優としての経歴も長い。

桐朋学園大学短期大学部時代の恩師であった安部公房が芸名の名付け親であり、「芸名は左右対称の名前がいい」という当時昔からあったといわれていたジンクスに則り、「山口茜」「山口ひかる」「山口果林」の名が候補として用意された。占い師に見てもらったところ、山口茜は「スターになれる名」、山口果林は「スターとまではいかないが、努力すればするだけの実りがある名」と言われたことで「果林の方が私の生き方に合ってる」と思い、果林を選択した[1]。その後も安部公房スタジオの看板女優としても活躍した。

2013年に上梓した著書『安部公房とわたし』では、安部との20年以上に亘った恋愛関係を明らかにした。なお、口絵には、安部が撮った自らのヘアヌードの写真がある。

日本財団アドバイザリー会議委員[4]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

NHK総合[編集]

日本テレビ[編集]

TBS[編集]

フジテレビ[編集]

テレビ朝日[編集]

テレビ東京[編集]

その他[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

情報・バラエティ・クイズ番組[編集]

声の出演[編集]

ディスコグラフィー[編集]

著書[編集]

  • 山口果林『安部公房とわたし』講談社、2013年。ISBN 4062184672 
    講談社+α文庫で再刊(2018年)。ISBN 4062817438

脚注[編集]

  1. ^ a b 週刊テレビ番組(東京ポスト)1983年7月8日号「芸名由来記」72頁
  2. ^ 「安部公房とわたし」の真実 女優・山口果林に聞く大作家の実像
  3. ^ 果林ちゃん『朝日新聞』1970年(昭和45年)11月21日朝刊 12版 23面
  4. ^ 株式会社 出版文化社 (2012-10) (PDF). 日本財団50年史. 日本財団. p. 177. https://www.nippon-foundation.or.jp/media/archives/2018/news/articles/2013/img/3/04_p001-180.pdf 
  5. ^ http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-25069
  6. ^ “おのののか、須賀健太のお寿司をぱくり!『江戸前の旬season2』恋人候補役で登場か”. テレビドガッチ (PRESENTCAST). (2019年11月29日). https://plus.tver.jp/news/70163/detail/ 2019年12月16日閲覧。 
  7. ^ “おのののか、祖母の無茶ぶりに仰天!?「サメを寿司ダネに」『江戸前の旬 season2』”. テレビドガッチ (PRESENTCAST). (2019年12月5日). https://plus.tver.jp/news/70383/detail/ 2019年12月16日閲覧。 
  8. ^ 作品情報『フローレンスは眠る』”. 映画.com. 2016年1月22日閲覧。

外部リンク[編集]