長谷川春子

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長谷川 春子
Hasegawa Haruko.JPG
1947年[1]
生誕 (1895-02-28) 1895年2月28日
東京都中央区日本橋大伝馬町三丁目(旧:東京市日本橋区日本橋通油町)
死没 (1967-05-07) 1967年5月7日(72歳没)
東京都大田区
国籍日本の旗 日本
教育雙葉高等女学校
著名な実績日本画、洋画、随筆、戦場レポーター
運動・動向第1回大日本陸軍従軍画家協会展
選出 女流美術奉公隊

長谷川 春子(はせがわ はるこ、1895年明治28年〉2月28日 - 1967年昭和42年〉5月7日)とは、明治時代から昭和時代にかけての洋画家

来歴[編集]

東京日本橋通油町に生れる。父は東京市参事会員の長谷川深造、長谷川時雨は姉に当たる。二十五歳の時に姉時雨の勧めにより画家を志し、鏑木清方に師事して日本画を学ぶが、梅原龍三郎から洋画も学んだ。1929年(昭和4年)フランスに行き、この年と翌年にパリで個展を開く。二年後帰国し国画会展に絵を出品、以後同展に作を出品し続ける。満州事変支那事変の時には通信員として前線に赴き、戦時中は女流美術家奉公隊委員長として活動。戦後はあまり作品を出さなくなるが、1957年(昭和32年)頃から「源氏物語絵巻」の制作を始め、完成後は福岡市筥崎宮に奉納された。最期は自宅にて死亡しているのを発見される。享年72。文筆家としても活動し『戯画漫文』などの著作がある。また毒舌家として知られ生涯独身であった[2]

フランスから帰国後、七彩会を組織(1936年1月)[3]。1944年に銃の製造工場で女性の取材をした壺井栄が、画家数人と勤労奉仕する長谷川の話を『婦人公論』に寄せた記事で紹介している[4]小島政二郎の新聞小説「次郎長日和」を担当、1953年-1954年(昭和28年から昭和29年)に『京都新聞』に連載。その縁で小島の小説『おこま:ある女掏摸の良心』(1955年・講談社)の挿画[5]を手がけた。新聞コラム[6]、エッセー集に人物評を多く記し、写真家の福田勝治については、突然の訪問を受けて肖像写真のモデルになった経験を記した[7]。生まれ故郷にあたる東京都中央区の文化財として原画が区の郷土天文館に収蔵されている[8]

作品[編集]

  • 「幻想」 ※大正12年(1923年)、第8回郷土会展
  • 「小景即興」 ※大正14年(1925年)、第10回郷土会展
  • 「習作」 ※大正15年(1926年)、第11回郷土会展
  • 「春余興」 栃木県立美術館所蔵 ※昭和11年(1936年)[9][10]。2013年4月から6月まで同館収蔵品展に展示。
  • 「『雑記帳』夜曲春興」 墨・紙 神奈川県立近代美術館収蔵 ※1936年[11]
  • 「蒙彊黄河渡船小景 春」 北海道教育委員会所蔵[12] ※1939年出版の自著の挿絵か。
  • 「少婦國防」 栃木県立美術館収蔵[13] ※制作年は昭和18年(1943年)か[10]。同年、陸軍美術展に出展。
  • 「大東亜戦皇国婦女皆働之図」(だいとうあせん こうこくふじょ かいどうのず) 靖国神社遊就館収蔵 ※1944年[14]、「春夏の図」と「秋冬の図」の2点。女性画家25名の合作[15][10]。2001年(平成13年)11月より12月まで東京・昭和館の『昭和の面影 ~職業絵尽(えづくし)を中心として~ 』で展示[16]
  • 「妖しいゆめ」 栃木県立美術館収蔵 ※1950年
  • 「春爛漫」 ※1952年[9][10]

著書[編集]

  • 『長谷川春子小画集』、女人芸術社、1929年、全国書誌番号:47016246doi:10.11501/1177823、国立国会図書館オンライン、公開範囲:国立国会図書館内限定。人物評「武者小路實篤」、「堀口大学」、「内藤辰雄」、「田口省吾」、「石渡山達」を収載。
  • 『満洲国』、三笠書房、1935年、全国書誌番号:47021340doi:10.11501/1181278、公開範囲=国立国会図書館内限定。随想集。中国内陸各地を日本軍にしたがって訪問。
    • 改版、『満洲国』、ゆまに書房〈「帝国」戦争と文学 ; 2〉、2004年
  • 『戯畫漫文』(ぎがまんぶん)、昭森社、1937年、全国書誌番号:21586861doi:10.11501/1901757、公開範囲=国立国会図書館内限定。随想集、著者肉筆油絵1枚(書癡版)貼り込図2枚。
  • 北支蒙疆戦線 : 画と文』(ほくしもうきょうせんせん:えとぶん)、暁書房、1939年、全国書誌番号:46072518doi:10.11501/1257794、公開範囲=国立国会図書館内限定。随想集。口絵『征旅夕情』(カラー版、著者筆)、「目次扉」(鎌田工兵少尉筆)、口絵写真(千田砲兵少佐撮影)。内モンゴルに日本軍の駐屯地を訪問。
    • 改版、『北支蒙疆戦線』、ゆまに書房〈文化人の見た近代アジア ; 8〉、2002年。
  • 『南の処女地』、興亜日本社、1940年、全国書誌番号:46074712doi:10.11501/1048553、公開範囲=国立国会図書館内限定。随想集。「仏印とその風貌(序)」海軍省海軍軍事普及部委員長 伊藤賢三(海軍少将)、「才媛の描く南方報告(序)」陸軍省情報部長 松村秀逸(陸軍大佐)。
  • 『東亜あちらこちら : 随筆集』室戸書房、東京、1943年。doi:10.11501/1129853全国書誌番号:46027485公開範囲=インターネット公開、図書館送信対象外、遠隔複写可否利用不可。随想集。著者肖像(福田勝治撮影)
  • 『大ぶろしき』、大日本雄弁会講談社〈ミリオン・ブックス〉、1955年、全国書誌番号:56003736doi:10.11501/2932608、公開範囲=国立国会図書館内限定。随想集。人物評「人物うらのうら」として大野伴睦古今亭志ん生三木武吉三船久蔵六代目菊五郎、また自叙伝を収載。
  • 『ニッポンじじい愛すべし』生活社、1955年、[要ページ番号]頁。doi:10.11501/2932687全国書誌番号:56016805 公開範囲=国立国会図書館内限定。自叙伝(短編)、「藤田嗣治とピカソ」を含むおよそ20名の人物評に加え、阿部真之助渋沢秀雄との3人の対談収載。
  • 『恐妻塚縁起』、学風書院、1956年、全国書誌番号:56008518doi:10.11501/2932636、公開範囲=国立国会図書館内限定。旅とグルメ、随想集。

関連資料[編集]

出版年順
  • 「長谷川春子」 『日本美術年鑑』昭和43年版、1969年、143-144頁。 
  • 尾形明子『女人芸術の世界 : 長谷川時雨とその周辺』「II 創刊のころ編集者たち 生田花代と長谷川春子」、ドメス出版、1980年、ドメス出版、ISBN 4810701174、NCID BN02401019。『日本文学』に広告。(日本文学協会、1981年、第30巻第4号、p.63。)
  • 『新聞集成昭和編年史 昭和31年版 3』明治大正昭和新聞研究会(編集制作)、新聞資料出版、2008年。国立国会図書館オンライン。
  • マス・ケート『マス・ケート文集 : 昭和を華麗に生きたモダン・ガールの記録』平井一弘(編)、近代文藝社、2011年。国立国会図書館オンライン。
  • 北原恵(編著)『アジアの女性身体はいかに描かれたか : 視覚表象と戦争の記憶』、青弓社〈日本学叢書 ; 4〉、2013年。国立国会図書館オンライン。
  • 岩見照代(監修)『「婦人雑誌」がつくる大正・昭和の女性像』第27巻、ゆまに書房、2016年。
  • 北海道教育委員会収蔵の『文学資料』(xls形式)より。北海道教育委員会(編集)、2020年10月30日閲覧。
    • 「秋天晃渓」自筆原稿用紙。
    • 長谷川春子発の絵葉書「輝く会忘年会係宛」、「長谷川時雨宛」

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ アサヒグラフ』 1947年11月26日号掲載。
  2. ^ 以上、『日本美術年鑑』(昭和43年版)143頁及び『日本近代文学大事典』第三巻67頁に拠る。
  3. ^ 七彩会組織 :: 東文研アーカイブデータベース(記事番号:00002)”. www.tobunken.go.jp. 東京文化財研究所. 2020年10月29日閲覧。 “女流洋画家長谷川春子、佐伯米子藤川栄子島あふひ遠山陽子三岸節子橋本はな子の七名は新団体七彩会を組織し、一月九日其の発会式を挙げた。(登録日: 2014年04月11日 、更新日: 2015年11月20日)”
  4. ^ 壺井栄論(17) 2007, p. 220(71).
  5. ^ 長谷川春子「自筆挿絵 おこま:ある女掏摸 (おんなすり)の良心」” (日本語). 山田書店美術部オンラインストア. 2020年10月29日閲覧。
  6. ^ 明治大正昭和新聞研究会(編集製作) 編「ざつろく・長谷川春子他」 『新聞集成昭和編年史 昭和4年度 1 (一月~三月)』新聞資料出版、1989年、621頁https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001988242-00  1929年2月19日掲載
  7. ^ 東亜あちらこちら 1943.
  8. ^ 中央区民文化財100 長谷川春子作挿絵の原画及び素描(はせがわはるこさくさしえのげんがおよびそびょう)中央区ホームページ”. www.city.chuo.lg.jp. 2020年10月29日閲覧。
  9. ^ a b 小勝、橋本、鈴木、尾形 2001, pp. &#91, 要ページ番号&#93, .
  10. ^ a b c d 研究・学会発表 > 戦時下に描かれた絵画(I)- 女流画家・長谷川春子「少婦國を防ぐ」調査と周辺 (Pdf)”. 株式会社ディヴォート. 2020年10月30日閲覧。
  11. ^ 作品・資料詳細 : 神奈川県立近代美術館”. www.moma.pref.kanagawa.jp. 2020年10月29日閲覧。
  12. ^ 文学資料』(xls形式)に記載、北海道教育委員会(教育委員会所有)、2020年10月30日閲覧。
  13. ^ 栃木県立美術館「もうひとつの1940年代美術」” (日本語). 丸木美術館学芸員日誌. 2020年10月30日閲覧。
  14. ^ 荒木國臣. “出版活動 > 70周年記念誌 > 抵抗して斃れた美術家からの伝言”. www.nihonbijyutukai.com. 日本美術会. 2020年10月30日閲覧。
  15. ^ 辻惟雄、泉武夫、山下裕二、河田明久「だいとうあせんこうこくふじよかいどうのず」 『戦争と美術 : 戦前・戦中』 18巻、辻惟雄、泉武夫、山下裕二、板倉聖哲(編集委員)、小学館〈日本美術全集〉、2015年4月、199-200頁。ISBN 9784096011188 
  16. ^ 社会・援護局援護企画課 施設指導係. “特別企画展「 昭和の面影 ~職業絵尽を中心として~ 」開催”. www.mhlw.go.jp. 厚生労働省. 2020年10月30日閲覧。 (副題:「和田三造小泉癸巳男らの作品による戦中・戦後の生活史美術展」)。

参考文献[編集]

主な執筆者の姓の50音順。

  • 小勝礼子、橋本慎司、鈴木かおる 編 『奔 (はし) る女たち : 女性画家の戦前・戦後 : 1930-1950年代』尾形明子(序)、栃木県立美術館、2001年、[要ページ番号]頁。  展覧会図録。長谷川春子、吉田ふじを、森田元子、島あふひについて。別題『Japanese women artists before and after World War II, 1930s-1950s』。2001年10月21日-12月9日、栃木県立美術館にて開催。
  • 鷺只雄壺井栄論 (17) 第六章 戦時下の文学 (3)」『都留文科大学研究紀要』第65巻、都留文科大学、2007年、 220頁 (71)、 doi:10.34356/00000194ISSN 0286-3774NAID 1100070559912021年4月30日閲覧。 壺井栄は『婦人公論』昭和19年1月(1944年)掲載の随筆「銃をつくる娘たち」に取材先の東京の兵器工場で聞いたエピソードとして、長谷川春子たち女性画家数人が同工場で勤労奉仕していると紹介。
  • 志村明子戦前の女性雑誌から探る女性アナーキストたちの言論世界(3)」『中京大学現代社会学部紀要』第1巻第2号、中京大学現代社会学部、2007年、 53-54頁、 ISSN 1883-0226NAID 1100071448432021年4月30日閲覧。 雑誌『女人芸術』編集部で長谷川春子は美術担当であった。
  • 東京国立文化財研究所美術部編 『日本美術年鑑』(昭和43年版) 大蔵省印刷局、1969年 ※「長谷川春子」の項(143 - 144頁)
  • 日本近代文学館編 『日本近代文学事典』(第三巻 人名〈に - わ〉) 講談社、1977年 ※「長谷川春子」の項(67頁)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]