日本橋大伝馬町

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日本橋大伝馬町
—  町丁  —
日本橋大伝馬町の位置(東京23区内)
日本橋大伝馬町
日本橋大伝馬町
日本橋大伝馬町の位置
座標: 北緯35度41分22.7秒 東経139度46分43.16秒 / 北緯35.689639度 東経139.7786556度 / 35.689639; 139.7786556
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Chuo, Tokyo.svg 中央区
地域 日本橋地域
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 1,376人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 103-0011[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川
江戸時代の大伝馬町(現・大伝馬町一丁目あたり)
べったら市(2009年10月20日撮影)

日本橋大伝馬町(にほんばしおおでんまちょう)は、東京都中央区地名で、旧日本橋区にあたる日本橋地域内である。「丁目」の設定のない単独町名である。郵便番号は103-0011[2]

概要[編集]

江戸最古の町のひとつであり、最大のメイン通りである日光奥州街道で賑わいを見せた町で、神田祭などの筆頭氏子町会として山車を引いたことで知られる。現在はオフィス等連なる町並みで、べったら市などでにぎわいを見せる街である。

江戸最大の繊維問屋街として名をはせるようになり、往時「木綿店」と通称された一角には、江戸時代には木綿問屋が74軒あり、その中でも6割以上が伊勢国(現在の三重県)の店が占め、かつ松坂出身の店が多くあった。また多数が戦後まで軒を並べていた。

地理[編集]

日本橋地域の北部に位置する。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁 世帯数 人口
日本橋大伝馬町 814世帯 1,376人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]

番地 小学校 中学校
全域 中央区立日本橋小学校 中央区立日本橋中学校

地域[編集]

企業

観光[編集]

名所史跡
  • 日光奥州街道 - 大伝馬本町通りが該当。
  • 蔦屋耕書堂 - 地本問屋で主人は蔦屋重三郎。 1773年(安永2年)、重三郎は吉原大門の前に書店を開き、はじめは吉原細見(店ごとに遊女の名を記した案内書)の販売、出版から出版業に関わって、山に蔦の印の箱看板を出していて、蔦重〔つたじゅう〕と呼ばれていた。1783年(天明3年)に日本橋大伝馬町に移転してきた。 山東京伝、馬琴、一九などの作家や絵師をかかえていた。 浮世絵を出版し、 歌麿と写楽を見いだした。1802年に出版された北斎の『絵本東都遊』に店先の様子が描かれている。

交通[編集]

道路
  • 大伝馬本町通り
  • 人形町通り

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 町丁目別世帯数男女別人口”. 中央区 (2017年12月5日). 2017年12月31日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月31日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月31日閲覧。
  4. ^ 区立学校一覧”. 中央区 (2017年8月17日). 2017年12月31日閲覧。

外部リンク[編集]