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カテゴリー『ガールズラブ漫画』[編集]

Category:ガールズラブ漫画Category:百合漫画も有りませんが、Category:ボーイズラブ漫画はあります。Category:GL漫画でも有りませんし、どうして同じ同性愛なのに、GLの方はカテゴリーが存在しないのでしょうか?
Portal‐ノート:漫画よりもこちらの方が回答が得られやすいと思いましたので、こちらで質問させていただきました。--ただのしかばね / / 2017年12月21日 (木) 01:33 (UTC)
うっかり、サブページの作成ではなく、セクションの追加で書いてしまいました。一応、ポータルのノートへの告知(固定版)は行いましたが、セクション追加後に分割するのはよく分からないので、ボットなどが分割してくれるまで、現状で勘弁お願いします……。--ただのしかばね / / 2017年12月21日 (木) 01:43 (UTC)
  • 情報、感謝します。今は可処分時間が残り少ないので、流し読みだけしてみましたが、『定義が曖昧で、少しガールズラブ要素が有るだけで含められてしまう』というのが問題だったみたいですね。その点、ボーイズラブの方は曖昧な事例が少ないのでしょうか。女性同士の場合、『ガールズラブ』『百合』『レズビアン』と、分かれやすかったのかもですね。
僕としては、定義は『女性同士の恋愛要素を主題としているか、ストーリーに大きく影響している作品』だと思います。主題としている作品の代表例としては、GLを意味するスラング『キマシ』の由来ともなった[4]ストロベリー・パニック』が浮かびますが、代表例たらしめているのは漫画版では有りませんし、打ち切りになっているみたいですね。僕もアニメ版しか知りませんし。
個人的には『咲-Saki-』も咲の事を考えて小指にキスしたりと百合作品だとは思いますが、『大きく影響』しているかは客観的な出典が見つかるか、ですね。コミック百合姫のような専門ジャンルの雑誌に連載されている訳でも有りませんし。
というところまで考えたところで、今は時間切れで落ちないといけません。他にも何かアドバイスであったり、判断材料となるような何かが有れば、ご教授いただけると助かります。--ただのしかばね / / 2017年12月21日 (木) 02:11 (UTC)
コメント 「ガールズラブ」と「百合」の区別は詳しくないのでいまいち理解できていませんが、カテゴリ作成の可否に関してはおそらく対象記事数の多寡が問題なのではなくて、客観的な情報源でそのように明言されている作品だけを峻別して管理できるか否かの問題だと思います。
カテゴライズの判断自体に関しては単純に、信頼できる情報源においてその作品が「ガールズラブ」とか「百合」とみなされているものだけを抽出しさえすればよく、そうでないものを各自の判断でカテゴライズしたりその判断のための定義を独自に考案したりすることを慎重に避けていただければ、それでなおかつ相応の数のカテゴリ作品が見込まれるのであれば、当該のカテゴリ作成は問題ないと思います。しかし現にそれが作成されていないということは、そのような判断の中でカテゴリ作成に見合うだけの実用性を誰も感じていないだけのことであって、作る価値があると考える方がいて実際にその価値が担保できる程度に客観的定義が確立したジャンルであるのならば、別に構わないのではないでしょうか。
専門家の作品解説や批評などの信頼できる情報源で『ストロベリー・パニック』や『咲-Saki-』が百合作品だと(あるいはガールズラブ作品だと)述べられているなら、それらの出典に基づいて各作品をカテゴライズに加えることは適切ですし、逆にただ単に自分が作品を読んでいて百合っぽい描写やストーリーが描かれていたからとか特定の雑誌に連載されているからといったウィキペディア独自の判断や定義で扱うことは厳に避けるという(Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:独自研究は載せない)、その点だけ注意いただければ。--ディー・エム会話) 2017年12月21日 (木) 10:38 (UTC)
コメント なにぶん10年近く前のことなので詳細は思い出せない上に今過去ログの自分の発言を読み返すと恥ずかしい(いわゆる黒歴史)ので読み返したくもないのですが、確か昔、なんでかBLとやおいの定義付けでどなただったかと非常に対立しまして、殴り合いの結果残ってしまったものの一つがCategory:ボーイズラブ漫画だったと記憶しています。今のウィキペディアの基準では、このカテゴリは削除相当だと思います。過去の悪しき編集の残りカスであるので、Category:ボーイズラブ漫画のカテゴライズ基準は参考にしないよう強くお願い申し上げます。--Starchild1884会話) 2017年12月21日 (木) 22:05 (UTC)
コメント どのような対立があったのかは判りませんが、現在としては「やおい」は死語になっていますし、記事ページで出典提示の上での解説の加筆がありましたし、ボーイズラブ漫画雑誌やレーベルが複数存在していることもあり、Category:ボーイズラブ漫画が削除相当だとは思えません。--ジャムリン会話) 2017年12月21日 (木) 22:18 (UTC)
コメント 時々ネット上で論争になっているように、「男性同士の同性愛」と「ボーイズラブ」は似て非なるものという感覚があるのですが、明確な論拠となりうる出典(あったような気がします)を探す気力がありませんので、強く反対はしません。--ジャムリン会話) 2017年12月23日 (土) 11:13 (UTC)
  • 皆さん、コメントありがとうございます。
返信 (ディー・エムさん宛)  なるほど、確かに定義をコチラで考えるのは、独自研究の恐れが有りますね。作品の公式サイドから、明確に百合とされているものも含んで良いかと思います。例えばアニメ版『ストロベリー・パニック』ですが、公式サイトから解説ページへと飛ぶと、『百合を感じるべき正しいポイント』とTOP画像にも書いてありました。(後、このコメント時点ではメンテナンス中なのか再生出来ませんが、公式PVの30秒バージョンでも、『正統派学園百合ドラマ』と明言されていたと思います。)これはつまり、作品の公式サイドが百合だと主張しているという事です。逆に特定雑誌に云々というのは、専門誌で有っても、例外的な作品が有るかもしれないということですね。
返信 (ディー・エムさん宛) , 返信 (Starchild1884さん宛) , 返信 (ジャムリンさん宛) 僕は『ガールズラブ』『レズビアン』『百合』をまとめて、ボーイズラブの方も同様にまとめて、良いと思います。Category:男性同士の同性愛を扱った漫画Category:女性同士の同性愛を扱った漫画、ですね。百合とGLの違いは細かなニュアンスの違いで、その違いも人によって異なると思いますし、レズ及びレズビアンとの違いは、精神面のつながりと、肉体面のつながりと、どちらに重きが置かれているかという、これも人によって異なる感覚の違いです。なので、『(性別)同士の同性愛を扱った』とすれば、そういった感覚の違いによるブレも無くて、良いのではないかと思います。
以下、#カテゴリ案に続きます。--ただのしかばね / / 2017年12月23日 (土) 10:00 (UTC)
返信 まず独自研究を避けるのは最低ラインとして、仮に出典があったとしても、フィクション内の要素を基準に判断するということ自体にそもそも無理があると思います。おそらく作中での恋愛感情の描写の有無だけではうまく線引できないという理由で「女性を性欲の対象とする女性を扱った」という別の基準を考案されたのだと思いますが、結局それもフィクション内の出来事を基準にしようとしているという時点で根本的に同じであって、たとえば『俺妹』のヒロイン(桐乃)は恋愛感情とは離れたところで同性キャラのアダルトゲーム愛好家ですが、それが性欲の対象としての行為なのかどうかということが仮に何かの作品解説や批評の出典を元に判断できたとしても、そのカテゴライズにはたして意味があるのか?という点が問題です。たとえば『マリア様がみてる』のそれは直接的な恋愛感情や性欲ではないからその定義から省こうとか、『Strawberry Panic』は直接的な描写があるからカテゴリに入れようとか(私もアニメ版しか知らないのでアニメの話です、すみません)、仮にそういう線引きでの峻別が可能だったとしても、それはおそらくもう「百合」とか「ガールズラブ」といった価値基準とは全く異質の視点での独自の線引きにしかならないわけで、そのような独自の概念での作品区別に何かしら実用価値があるかといえば、そこは甚だ疑問かなと思います。それと、主役以外の脇役の中に同性愛のキャラが登場する作品も全部ひっくるめてしまうとなると『∀ガンダム』や『マクロスF』もBL作品になってしまいかねないですし、かと言ってどのキャラまでがメインキャラだとかストーリー的に重要だとかいうことを主観的な作品解釈の視点で悩んでも仕方がないので、結果として現実世界でその作品が百合作品とかBL作品として評価・認知されているかどうかという、ただその1点で判断するのが唯一ベストな方法だと思います。たとえば『ゆるゆり』はストーリー的にはそもそも恋愛ものではないのでそういう観点では女性の同性愛を主題とした作品ではありませんが、しかし他方、このような情報源で百合ブームのターニングポイントとして代表的な百合作品だと明言されているので、その事実だけをもってその作品内容の分析とは一切無関係にウィキペディアでも百合作品として扱う、という判断をすれば良いだけだと思います。それに対して「しかし主人公(一応)は同性に恋愛感情を持っていないのにサブキャラの人物相関だけで判断するのか」とか、「いやいやでも一応キスシーンはある」だとか「いやあれは恋愛感情関係なく無理やりだからノーカン」だとか「姉が妹のパンツを被るのは性的意味合いの行為なのか」とか「それは性別以前の問題でキャラ設定がおかしい」とか、そういった個人的なフィクション内の解釈は(仮にその解釈を裏付ける出典があったとしても)客観的な作品のジャンル分け作業の上ではすべてどうでも良い話でしかなく。『咲-Saki-』でいえば、もしそれが権威ある作品評で「麻雀シーンのある百合作品」だと説明されているならそれは百合作品と判断すべきですし、「百合シーンや麻雀シーンのある超能力バトルもの」だとみなされているならそれは百合描写はあるものの百合作品ではないと理解して選別していけば良いだけのことで。
その際に、特定の女性キャラ同士の描写に百合的要素が含まれるとされる作品をすべて一律にカテゴリ分類するのか?という点も熟考を要すると思います。たとえば上記の情報源では『美少女戦士セーラームーン』なども百合要素が読者に受け入れられた作品として説明されていますが、その一方で全体の文脈としてはそれを所謂百合作品とはみなしていない記述にもなっているので(『ゆるゆり』以前は百合作品がアニメ化されることが想像できなかったと述べられている)、そういう一般的に確固たる百合作品とはみなされないけど作品の一要素として百合要素を含むと考えられる作品の扱いは慎重に区別しておかないと、下手をすると『赤毛のアン』や『ちびまる子ちゃん』のようなものまで、誰か専門家の感想として作品内に百合要素が感じられると言及した情報源がこの世にひとつでもあれば全部一緒くたにされてしまって結局カテゴリが機能しない結果になりかねないと懸念します。
ただし上記情報源では『青い花』など(他の作品は未読でわからないので例示から割愛しますすみません)の作品について、百合を描いた一般漫画という括りで典型的な百合作品とは別個のものとして扱っていますが、そこを線引して区別しようとすると扱いが難しいと推測されるので、そのあたりはカテゴリ構成の工夫などで対策するのが良いのではないかと思います。『青い花』はアニメ公式読本の中でも百合作品ではないという文脈の言及(幾原邦彦氏のインタビュー記事)があったように思いますので、狭義の百合作品と区別をつけるというのも一理はありつつも広義の百合作品には含めて整理しておいた方がカテゴリの実用面ではわかりやすいとも思いますので、たとえばそれを「ガールズラブ」とするなら(「ガールズラブ」がよくわかっていないので違うかもしれませんが)、カテゴリ構成としてたとえば「Category:百合作品」の小カテゴリに「Category:ガールズラブ作品」を入れ子にして、広義の百合作品を一つにまとめて検索の容易性を確保しつつ、狭義の百合とガールズラブを分けて整理すべきというニーズにも小カテゴリで分別することで対応してしまえば良いのではないでしょうか。
そういう意味ではBL関連の方もカテゴリ作成の是非の問題ではなくて、必要なのはカテゴリ構成の整理ではないかと思います。現在のカテゴリ構成として「category:少年愛作品」の下に「category:ボーイズラブ小説」・「category:ボーイズラブ漫画」などが包含された形になっていますが、ということは「少年愛」と「ボーイズラブ」が同一のものという前提(まあ英訳してるだけですからね)での整理になっているのだと思いますが、一方で中身を見ると『トーマの心臓』や『夏への扉』といった「ボーイズラブ」という単語が発生する前の昭和の少年愛ものの漫画作品が「ボーイズラブ漫画」のカテゴリでなく「少年愛作品」の直下に収められている一方で同種ジャンルの作品である『風と木の詩』は「ボーイズラブ漫画」の方に入れられていたりして統一した整理ができていないのかなと思います。
あとは『百合男子』・『腐男子高校生活』・『私がモテてどうすんだ』のような、必ずしも百合作品やBL作品そのものではないけど百合やBLが作品の中核テーマになっている作品の扱いも検討事項になるでしょうか。百合作品やBL作品カテゴリのさらに上位カテゴリに「Category:百合を扱った作品」・「Category:ボーイズラブを扱った作品」みたいな親カテゴリを作成してそこに入れるかどうか、みたいな。(いろいろまとめてコメントしたので長文ですみません)--ディー・エム会話) 2017年12月24日 (日) 03:40 (UTC)
返信
とりあえず、『扱った』ではなくて『題材とした』というようにカテゴリ案を変更しました。例えば『女性同士の同性愛を扱った』で有れば、それそのものしか含められませんが、『題材とした』で有れば、『必ずしも百合作品やBL作品そのものではないけど百合やBLが作品の中核テーマになっている作品』にも適用できると考えます。『○○を主題としているか、ストーリーに大きく影響している作品』に対してのみ適用すべきという先の私見は、つまりは『○○を中核テーマにしている作品』という事ですので。また、下でも述べましたが、カテゴリ案の定義というのは、カテゴリーのページにて説明文として記述されているものという意図です。
>おそらく作中での恋愛感情の描写の有無だけではうまく線引できないという理由で「女性を性欲の対象とする女性を扱った」という別の基準を考案されたのだと思いますが、結局それもフィクション内の出来事を基準にしようとしているという時点で根本的に同じ
これは、ニュアンスの違いを考慮しない、理由として述べたものです。極論すればこうなるので、ニュアンスの違いを考慮する必要性がない、という。『友達以上恋人未満』であろうが、『がっつり性的なアレコレもしまくっている関係』であろうが、カテゴリを分ける理由にはならないですから。
>結果として現実世界でその作品が百合作品とかBL作品として評価・認知されているかどうかという、ただその1点で判断するのが唯一ベストな方法だと思います
信頼できる情報源にて、そのように評価されている。または、『ストロベリー・パニック』のように公式サイドから、そのように明言されている。そういった作品に限るのが良いと思います。僕は未触(未読・未視聴)なのでよく分かりませんが、言及された青い花 (漫画)についても、『女性間の性愛というテーマを正面から扱っている』との事ですし、同様にカテゴリに含めるべきだと思います。ただ、世間的な認識と作者の意図が一致しないケースについては、考慮すべきかも知れません。
現時点での僕の意見をまとめますと。
  1. ニュアンスの違いは考慮せず、『女性同士の同性愛を題材とした小説』というようにまとめる。理由としては、極論すれば以下同文であり、ニュアンスの違いで分けるのを認めると、統一した整理が出来なくなってしまう。
  2. つまり、『必ずしも百合作品やBL作品そのものではないけど百合やBLが作品の中核テーマになっている作品』も、同カテゴリに含める。
  3. ただし、『百合作品やBL作品そのもの』に限ったサブカテゴリを作成する意義は、有るかも知れない。
    『そのものではないが中核テーマになっている作品』には広義のカテゴリを、『そのものな作品』には狭義のカテゴリを、というので有れば運用上の問題も無いと思う。
    その場合、以下のカテゴリ案にて、『LGBT関連小説』内の『その他』的な扱いに両性愛とトランスジェンダーが位置する形になっているが、『そのものではないが中核テーマになっている作品』も、同じような位置に属する形となる。
    また、世間的には『百合』だと見なされているものの、作者サイドからは『百合ではない』と明言されているなど、両者に矛盾が生じているような場合では。
    広義と狭義で分けている場合には広義のカテゴリを適用し、分けていない場合には他の作品と同様にカテゴリを適用する。
  4. ただし、『そのものではないが中核テーマになっている作品』の方が少ないだろうことを考えると、『女性同士の同性愛そのものではないが題材としている小説』(便宜上の暫定名)というようなサブカテゴリを作り、そちらに入れるという方が良いのかも知れない。
    この場合には、Category:LGBT関連小説のサブカテゴリにCategory:マリア様がみてるが有るのと同様の形式となる。
    個人的には、こちらの方が良いと考える
  5. 3と4との違いについては、『紫』というカテゴリに『赤紫』と『青紫』を含める時に、『赤紫』をサブカテゴリとするか、『青紫』をサブカテゴリとするか、という感じになる。(紫云々は便宜上の仮名)
    どちらにせよ『紫』というカテゴリの傘下にあることは変わりないので、どちらかをサブカテゴリに分ける必要性があるかという事を含めて、『紫』というカテゴリが成立後に、『紫』のノートにて議論する。
    というような手順がよく、現時点では分けて考える必要性はないと考えるが、どうか。
という感じですね(こういうのを書くときに、どうしても出てしまう口調のクセが有りますが、直そうとするとかえって変な感じになったので、このままで失礼します)。--ただのしかばね / / 2017年12月24日 (日) 06:20 (UTC)
コメント カテゴリ名は便宜的にわかりやすいものであれば別に良いと思いますが、ただ、表面的に「同性愛」という単語に引きずられて判断がブレないように、たとえば『マリア様がみてる』の「スールは同性愛なのか?」みたいな宗教論争みたいな話は一切排除して、「百合作品である」とか「ガールズラブ作品である」という定評が出典から確認できる作品はすべて一律にカテゴリに含める、といった単純な線引で運用するのが無難かなと思います。「同性愛を扱った作品」ではなく「同性愛を題材とした作品」ということで、各話で同性の恋愛エピソードが登場したとか単に「百合やBLの要素を含む」というだけの作品は除外という前提での運用になるのだろうと思いますが、そこもできるだけあやふやにならないよう、極力意識的に徹底したほうが良さそうに思います。あとは確たる出典の根拠を伴わない作品の列挙も避けるのと。それを手軽に担保する手段としては、その作品記事の中で同性愛(ないしは「百合」「ガールズラブ」)を題材にしている作品であると(一要素として扱われているだけではなく)適切な出典付きで記述されていることをカテゴリ分類の条件にすれば確実かなと思います。たとえば『ユリ熊嵐』の記事の内容程度の言及があればOK、逆に『ささめきこと』は同性愛を題材にしていることを示す出典が記事中に皆無なので実際の作品内容とは無関係にカテゴリから除外(その出典が用意できないということは作品に対して百合作品と断定できるほどの客観的評価が定まっていないか、あるいはそれ以前に記事の基礎的な出典も不足するほど記事の特筆性自体が不十分かのどちらかなので)、女性でなく男性の方ですが『パタリロ!』も「少年愛」の要素が多分に取り込まれているという言及はあるものの作品の主題ではないので除外、というぐらいの線引きで運用できれば整理はつくのではないでしょうか。--ディー・エム会話) 2017年12月24日 (日) 13:33 (UTC)
確かに、『信頼できる情報源にて、定評が有ると確認できるかどうか』で判断するのが良いと思います。ただ、『ささめきこと』についても、(リンク切れしていましたが)出典にあるページ(アーカイブ)『同級生の女の子に恋してしまったヒロインの、爽やかで切ない片想いを描いたラブコメディ』とありますので、カテゴリに含めて良いと思います。コミックナタリー自体が、『信頼できない情報源』であるなら、話は別ですけれども。--ただのしかばね / / 2017年12月24日 (日) 14:47 (UTC)
返信 失礼しました、アーカイブが生きてたのですね。作品の基礎情報が確実に確認できる情報源があれば問題ないと思います。例示を差し替え、『ほんとのかのじょ』のように「百合漫画作品」と記事中に明記があっても当該の出典が無い状態でのカテゴリ入りはNGと。永久に諦めてということではなく、先例のようにまずは資料収集から、という意味で。--ディー・エム会話) 2017年12月25日 (月) 14:16 (UTC)
返信  それでいいと思います。『例示が有った時点の記事」には、百合だと示す出典が無い為にNG。ですが『さっき、作者自身が百合作品だと言及しているツイートを追加した現時点の記事』で有ればOK。前者の状態だから駄目なので有って、適用したいのならば後者の状態に持っていく、という事で。--ただのしかばね / / 2017年12月26日 (火) 07:54 (UTC)

カテゴリ案[編集]


他カテゴリとの関連性としては、以下の表みたいなのが良いと思います。(本来ならノートにて書くべきでしょうが、ボットによる分割が未だ行われていないため、ここに記載します。)ただ、普段僕がメモしたりするときの書き方なので、言い回しが偉そうに感じたならスミマセン。(言い回しを整える精神的余力が有りませんでした、、、)
また、以下のはあくまでも『案』であり、僕自身『問題点というかデメリットが有る可能性が高い』と考えていて、たたき台にならないかというスタンスで記載したモノです。僕は誤解されやすいタイプなので明言しておきますが、強行するつもりも有りませんし、議論の結果が諦めるべきだという事になれば、それに逆らうつもりも有りません。
以下、表の後にも続きます
上位カテゴリ カテゴリ案 定義 コメント
Category:LGBT関連小説 Category:女性同士の同性愛を題材とした小説 対象年齢は関係なく、女性同士の同性愛を題材とした小説 イコールで前身となるカテゴリは無し。
Category:LGBT作品Category:LGBT関連小説にある作品に、該当するものが有るくらい。
百合、GL、レズビアン、そういうニュアンスは考慮しない。
恋愛感情の有無でカテゴリを分けるようなことはしない。極論すれば、女性を性欲の対象とする女性を題材とした小説、という事なので。
Category:男性同士の同性愛を題材とした小説 対象年齢は関係なく、男性同士の同性愛を題材とした小説 前身となるカテゴリは、Category:ボーイズラブ小説Category:やおい小説。統合すべきだと考える理由は上記と同じで、性別を変えればそのまま当てはまる。
下位カテゴリの内、『○○小説家』については、後述のように統合すべきだと考える。
Category:角川ルビー文庫については、角川ルビー文庫(固定版)によると『角川スニーカー文庫からBL作品を独立させて創刊された』と有るので、後述のようの上位カテゴリの統合に合わせればいいと考える。
Category:両性愛を題材とした小説 対象年齢は関係なく、両性愛を題材とした小説 上記の同性愛カテゴリに両者を加えたものがCategory:LGBT関連小説となるだろうし、個別に作る必要性は、現時点では無いとおもう。
ただし、いずれ作る必要性が出てきた時には、このようなカテゴリ名が良いのではないだろうか。
Category:トランスジェンダーを題材とした小説 対象年齢は関係なく、トランスジェンダーを題材とした小説
Category:男性同士の同性愛を題材とした小説 Category:角川ルビー文庫 現在の版に有る通り。 Category:ボーイズラブ小説Category:やおい小説を統合すべきだという案に伴い、現在ある関連カテゴリの内Category:やおい小説Category:男性同士の同性愛を題材とした小説へと変更すべきだと考える。
Category:ジャンル別の小説家 Category:LGBT関連の小説家 主にLGBTのジャンルで活動している小説家に関するカテゴリ。 Category:LGBT関連の出版社に準じたカテゴリ名。
前身となるのはCategory:ボーイズラブ小説家Category:やおい小説家。LGBTの内一つしか扱えないカテゴリである為、カテゴリ名を改名した上で、LとBとTに対しても対応できるようにすべきだと思う。
尚、Category:やおい小説家についてはCategory:ボーイズラブ小説家現在の版にて『同人誌分野で著名な作家』を扱うと説明されているが、現在の版ではCategory:日本のライトノベル作家もついており、同人誌分野と商業分野という事で、二つの間に矛盾が生じている。
その為、この二つの現在カテゴリについては、正しく運用されているとは考えにくく、その理由が両カテゴリの違いが曖昧=統合しても問題が無いカテゴリだからと愚考するが、どうか。
『著名だが商業活動はしていない人物』に関しては、Category:同人作家を使用するべきだと思う。
Category:LGBT関連漫画 Category:女性同士の同性愛を題材とした漫画 対象年齢は関係なく、女性同士の同性愛を題材とした漫画 イコールで前身となるカテゴリ」はなく、上述のCategory:女性同士の同性愛を題材とした小説と同じ状況。
Category:男性同士の同性愛を題材とした漫画 対象年齢は関係なく、男性同士の同性愛を題材とした漫画 前身となるカテゴリはCategory:ボーイズラブ漫画Category:やおい漫画で、基本的には上述のCategory:男性同士の同性愛を題材とした小説と同じ状況。
後述の通り、『○○漫画家』についても、統合すべきだと考える。
Category:両性愛を題材とした漫画 対象年齢は関係なく、両性愛を題材とした漫画 Category:LGBT関連小説の時と同様に、現時点で個別作成する必要性は、無いとおもう。
ただし、いずれ作る必要性が出てきた時には、このようなカテゴリ名が良いのではないだろうか。
Category:トランスジェンダーを題材とした漫画 対象年齢は関係なく、トランスジェンダーを題材とした漫画
Category:漫画家 Category:LGBT関連の漫画家 主にLGBTのジャンルで活動している漫画家に関するカテゴリ。 Category:LGBT関連の出版社に準じたカテゴリ名。
前身となるのはCategory:ボーイズラブ漫画家Category:やおい漫画家。LGBTの内一つしか扱えないカテゴリである為、カテゴリ名を改名した上で、LとBとTに対しても対応できるようにすべきだと思う。
尚、Category:やおい漫画家についてはCategory:ボーイズラブ漫画家現在の版にて『同人誌分野で著名な作家』を扱うと説明されているが、現在の版ではCategory:漫画家Category:日本のイラストレーターもついており、同人誌分野と商業分野という事で、二つの間に矛盾が生じている。(両者とも、それを職業にしているorしていた人の事で有る為。上述の小説家も、趣味で書いている人に対しては使わない)
その為、この二つの現在カテゴリについては、正しく運用されているとは考えにくく、その理由が両カテゴリの違いが曖昧=統合しても問題が無いカテゴリだからと愚考するが、どうか。
『著名だが商業活動はしていない人物』に関しては、Category:同人作家を使用するべきだと思う。
Category:LGBT作品 Category:少女愛 少女愛を題材とした作品。 後述のCategory:少年愛作品の対(?)になるサブカテゴリで有るものの、現状はCategory:少女愛に含めたままの方が良いと思う。その為、現状の記事の上位カテゴリにCategory:LGBT作品を加えるべきで、いずれ数が十分に増えたと議論で結論がでた時には、Category:少女愛作品に分割するべきだと思う。
尚、可能であればCategory:LGBT作品のサブカテゴリにCategory:少女愛作品を作成して、Category:少女愛へのリダイレクトか誘導とした方が良いのかも知れない。
表の前の続きです。もう少し続きます。
以下のカテゴリについては、現状を考えると、そのままで良いと思います。
カテゴリ名 理由
Category:LGBT関連ドラマ 現状で、LGBTの種類による細分化がされていない為。
Category:LGBT関連映画
Category:LGBT関連楽曲
Category:架空のLGBTの人物
Category:LGBT関連アニメ
Category:LGBT関連ゲーム
Category:異性装を題材とした作品 これ以外の分類は想定できない為。
Category:少年愛作品 女性版としてはCategory:少女愛が相当するが、そちらは作品をサブカテゴリ化する域には達していない。
また、近い言葉には『百合』(Category:百合)や『ガールズラブ』(Category:ガールズラブ)や『レズビアン』(Category:レズビアン)などが有るが、『少女愛』とそれらでは意味合いも異なってくる。
つまり、該当記事無しでもカテゴリを作っていいならCategory:少女愛作品という事になるものの、現状は『Category:少女愛』に含める方が適切な記事数なだけだと考える。
Category:架空の異性装者 Category:架空のLGBTの人物と関連性は有るものの、イコールLGBTではない。
それでは、長文駄文、失礼しました。尚、上でも書いた通り、言い回しを整える精神的余力が有りませんので、多少偉そうな言い回しに感じられるかも知れませんが、『言い回し自体については』気にしないでいただけると助かります。--ただのしかばね / / 2017年12月23日 (土) 10:00 (UTC)

  • コメント 同性愛として纏めれば定義にブレがないとする案には私も賛成です。というか同じ事を考えておりました。ただ、先行する議論では、「-を主題としているか、ストーリーに大きく影響している作品」に絞っていますね。カテゴリ名はともかく、内容としてはそこまで絞っておかないと対象が広がりすぎてしまうのではないかと思います。--Hiroes会話) 2017年12月23日 (土) 10:34 (UTC)
上の『定義』というのは、カテゴリーのページにて、そのカテゴリーの説明として書かれているものという意図です。例えばCategory:LGBT関連アニメでは、『LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)に関連のあるアニメのカテゴリ。』という説明が書かれています。
でも、今思えば、『扱った』ではなくて『題材とした』というようにした方が良さそうですね。見落としていましたがCategory:テーマ別の小説を見ても、『○○を題材とした』というのが主流みたいですし。--ただのしかばね / / 2017年12月24日 (日) 04:47 (UTC)
コメント 題材カテゴリ群は「合意なしに連続的に作成されて(不特定多数の数の暴力で)主流のように見えているもの」が多いですのでご注意を。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2017年12月24日 (日) 13:15 (UTC)
えぇと、つまり『○○を扱った~』というような別のカテゴリ名も候補として有りえた状況で、合意なしに『○○を題材とした~』というような名称でカテゴリが作成されたケースも多い、という事でしょうか? 『題材とした』から『扱った』へと改名する程でも無い為、そのままになっている、みたいな感じで。--ただのしかばね / / 2017年12月24日 (日) 14:47 (UTC)

LGBT作品に関するカテゴリの再編について[編集]

  • 基本的に問題無さそうな感じでしたので、本格的に煮詰めていきたいと思い、関係カテゴリへの告知や、合意形成に向けたコメント依頼を行いました。カテゴリの再編ですので、焦らず、慎重に行くべきだと思いますから。(というように自分自身に言い聞かせています。でないと焦りが出てしまいそうなので)--ただのしかばね / / 2017年12月26日 (火) 08:28 (UTC)
  • 最近は井戸端を見てなかったのですが「男性同士の同性愛を題材とした○○」カテゴリで一括りってのは別の方面で揉めそうに思いました。たとえばボーイズラブやおいは近似と言えるでしょうが、いわゆるゲイを扱った作品(漫画だと山川純一とか)の存在を忘れてます。『風と木の詩』と『くそみそテクニック』を同じカテゴリで扱うと考えると、その乱暴さが理解しやすいかと。--KAMUI会話) 2017年12月26日 (火) 14:05 (UTC)
  •  コメントありがとうございます。僕は女性同士の同性愛作品は基本的に好きですが、そっちの方は正直苦手ですので、現在の記事を軽く見ただけで、実際の作品を読むまではいかないのですが。例示された二つの作品の違いというのは、『百合』と『レズ』(ニュアンスの違いで、レズビアンではなくレズと表記しました)の違いみたいだなぁと思いました。要は、『繊細な恋愛模様を描いた作品と、乱暴な言い方をすればエロしかない作品を、同列に扱うのか』という事ですよね。この二つを分けたいというのは、確かに分かります。
 ですが、SF作品やファンタジー作品で、子供むけ作品と、アダルト作品で、カテゴリを分けたりはしないと思います。ウィキペディアでの具体例を知っている訳では有りませんが、大作SF映画であっても、女の子がロボットに性的なアレコレをされるような漫画(良い例を知らないので適当です)であっても、SFカテゴリであることには変わらないと思います。
 ……まぁ、サブカテゴリにて『成人を対象とする○性同士の同性愛を題材とした××』みたいなのを作るのは検討の余地が有るのかも知れませんが、それは『○性同士の同性愛を題材とした××』が成立後に、当該ノートにて議論すべき事ではないでしょうか。『繊細な恋愛模様を描いた作品』で有っても、『乱暴な言い方をすればエロしかない作品』で有っても、『○性同士の同性愛を題材とした作品』であることには変わりが無いでしょう。
 SFで例えるなら、VRMMOモノとスペースオペラのカテゴリを分ける必要性は有るのかも知れないが、それはSFカテゴリが成立後に、SFカテゴリのノートにて議論すればいい話であって。どちらもSF系統のジャンルである以上、今回は一緒に扱って問題が無いのではないか、という考えです。ウィキペディアの記事そのものには、年齢による閲覧制限をかけるようなものは無いのですし。
 現時点で、そういったカテゴリについても考えるとなると、『必ずしも百合作品やBL作品そのものではないけど百合やBLが作品の中核テーマになっている作品』のカテゴリについても、考えなくてはなりません。違いが曖昧なカテゴリが有ったり、同じ同性愛なのに片方はカテゴリが有って片方はカテゴリが無いなど、現状のカテゴリ構成は歪になってしまっているので、再編を提案した訳です。ですので、『明確な基準の違いが有り、今後カテゴリを付与する人が判断に迷う事が有りえないサブカテゴリ』でない限り、統合するべきで、却下すべきなのではないかと思います。
 もちろん僕に却下する権限など有りませんので、仮に僕は反対するサブカテゴリ案で有ったとしても、賛成多数なので有れば、それは「一般的に見ると、明確な基準の違いが有る』という事になりますので、分けるべきサブカテゴリであるという事になります。つまりは、十分な賛同意見が得られないサブカテゴリ案は、『合意に至らなかったという一点のみ』を持って、今回は却下するしかないという事ですね。
 『必ずしも百合作品やBL作品そのものではないけど百合やBLが作品の中核テーマになっている作品』が有るとしても、『そのものではない作品』と『そのものな作品』を、どうやって識別するのか、それを示す出典が用意できるのか、という問題が有ります。『繊細な作品』と『エロしかない作品』を分けるにしても、何を基準に識別するのか、それを示す出典が用意できるのか、という問題があります。
 ですので、僕はそれらを分ける必要性を、少なくとも、現時点では感じておりません。そのジャンルの総ての作品を、出典による明確な基準をもって分類できるなら良いのですが。それが出来ないのなら、似たような作品なのに、直接的に所属するカテゴリが異なる、という事が有りうるという事になってしまい、それでは再編する意味が有りません。
 可能であるとしても、18禁指定がされているかどうか、という法的拘束力もある(だから小説家になろうなどでも、通常と18禁で分けている)基準を用いて、『成人を対象とする○性同士の同性愛を題材とした××』というようなサブカテゴリを作るのがせいぜいでは無いかと思います。--ただのしかばね / / 2017年12月27日 (水) 00:48 (UTC)


コメント 場違いです。「カテゴリ案」以降は井戸端で議論する内容ではありません。他で行ってください。--123.218.145.107 2017年12月27日 (水) 01:44 (UTC)

返信 (123.218.145.107さん宛)  コメントありがとうございます。ただ、IPは変動の可能性も有りますので、出来れば、アカウントを取得して頂ければなと思います。まぁそれは置いておいて。
場違いとの事ですが、何故そのように思われるのでしょうか? Wikipedia:井戸端には、『このページ(井戸端)は、ウィキペディア日本語版について、運営や方針、新しいアイディアや作業の仕方、その他様々なことで質問や提案、議論、意見交換を行なう場所です。』と有ります。質問から提案や議論、意見交換へとシフトしましたが、何らズレているようには思えません。また、『他で』と言われていますが、どこで行うべきだとお考えでしょうか?
先述の通り、僕は井戸端で行うべき議論だと認識しています。ですので、そのように言われましても、具体的な提示がない事には、議論の場を移すことは出来ません。--ただのしかばね / / 2017年12月27日 (水) 03:37 (UTC)
コメント 貴方自身が一番初めに「Portal‐ノート:漫画よりもこちらの方が回答が得られやすいと思いましたので」とおっしゃっています。初めの質問とそれに対する回答はこの場でもよろしいわけですが、「カテゴリ案」以降のような具体的な提案とその議論は、各項目(あるいは各分野のプロジェクト・ポータル等)で行うことです。納得できないなら、節を改めて「井戸端で議論を続けてよい議事」などの題名で、他の利用者の意見を拝聴することに致したいと思います。--123.218.145.107 2017年12月27日 (水) 04:16 (UTC)
返信 (123.218.145.107さん宛)
あの時点では、漫画に限った話でしたが、その後に対象が広がっている為、もはやポータルのノートは不適切であるという認識です。ですので、今回の議論は井戸端で続ける事と致します。「井戸端で議論を続けてよい議事」議論の結果、井戸端の冒頭文が変更されるかも知れませんが、現時点では、井戸端しかないと思いますので。
ただ、ポータルへの告知は不十分だったかも知れませんので、そこは念には念を入れておこうかと思います主要ポータルに位は告知しておこうと思います。関連プロジェクト全てとなると、カオスかつスパム的になってしまいますので。--ただのしかばね / / 2017年12月27日 (水) 04:32 (UTC) - 一部訂正--ただのしかばね / / 2017年12月27日 (水) 04:36 (UTC)
コメント では節を改めて他の利用者の意見もお聞きしようと思います。--123.218.145.107 2017年12月27日 (水) 05:48 (UTC)

ここで議論を続けるのでだいじょうぶでしょうか?KAMUI様と同じような意見ですが、男性同士の恋愛を題材にした作品でも、ゲイ小説・ゲイマンガ(男性向け)とやおい・ボーイズラブジャンル(女性向け)は分かれているので、一緒にするのは乱暴・・・というか、いっしょに扱うカテゴリーの意味があるのかな?と思いました。ゲイ向け作品と腐女子向け作品の影響関係を調べている研究者なら喜ぶかも・・・逆に言うと、それくらいしか需要ないかもです。私小説とケータイ小説をいっしょにするくらい不思議な感じです・・・。分ける必要はないと思うとのことですが、そもそも別だし、一緒に扱われることがないし、少女漫画(少女向け)と少年漫画(少年向け)と同じように、分けるべきだと思います。女性向けの男性同士の恋愛を扱う作品は、「やおい・ボーイズラブジャンルの漫画」「やおい・ボーイズラブジャンルの小説」等の名前でいいのではないでしょうか。また、この上の表のカテゴリだと、百合は恋愛未満の関係も入るので(むしろ、もともとそっちを百合と呼んでいた気がします)、女性同士の恋愛を題材というくくりだと、一部含まれません。あと、「男性同士の同性愛を題材にした作品」という名前に違和感があって、「男女の異性愛を題材にした作品」といわないなら、「男性同士の恋愛を題材にした作品」の方がいいと思いました。--ジャム・パンナ会話) 2017年12月27日 (水) 12:51 (UTC)

返信 それは「BL」の定義がどうこうというよりも、恋愛そのものが主題ではないポルノ作品を恋愛作品とは区別して扱うべきという話であって、恋愛を題材にした作品をカテゴリ化する以上そこはそもそも大前提なのではないでしょうか。一応、女性の同性愛を指す単語である「百合」はもともと現実の同性愛そのものやポルノ作品なども含む言葉なので、「BL」や「やおい」と違って語彙としては比較的オールマイティであるとは思いますが、それでも『エロしかない作品』は恋愛作品ではないわけですから、忠実に出典に基づいて個々の作品性を判断して仕分けがなされるならば、そこは当然区別されることになるのではないかと思いますが、違うのでしょうか?
それは性別云々以前の問題として、たとえば「Category:恋愛を題材とした作品」に恋愛物語としての要素が希薄なポルノ作品もすべて放り込むことがはたして妥当かと問われれば、その想定は現実的ではないし、その結論はフィクションの登場人物の恋愛対象が同性であろうと異性であろうと変わらないものと推察します。
その上でさらに「BL」とか「やおい」の細かいニュアンスの使い分けとかについては、きちんとした客観的資料に基づいて最終的にはその分野に詳しい方の助言、サジェスチョンも得ながら検討を進めていただくのが良いと思います。--ディー・エム会話) 2017年12月27日 (水) 15:08 (UTC)
コメント ゲイ向け作品とBL作品を同一カテゴリで全て分類するのには否定的ですが、男性/女性での分類は必要だとは思います。そこで、
  • 男性同士の同性愛を題材とした小説
    • ボーイズラブ小説
  • 女性同士の同性愛を題材とした小説
のようなカテゴリ構造ではどうでしょうか。--Chibalias会話) 2017年12月27日 (水) 15:23 (UTC)
返信 (ジャム・パンナさん宛)  まず、ここで議論を続けるので大丈夫です。それで話を進めますが。
 僕は女性同士の同性愛モノは好き以下略なので、男性同士の同性愛モノの事情に詳しくないのは事実ですが、SFやファンタジー等で、主な読者の性別によって、カテゴリを分けたりするでしょうか。Portal:漫画/執筆依頼で『少年漫画』『少女漫画』と分けているのは、SFやファンタジーといった分類よりも少ない分類で管理できるからです。今回の件で例えるなら、男性同士も女性同士もひっくるめて、『少年向けのLGBT関連漫画』『少女向けのLGBT関連漫画』『成人向けのLGBT関連漫画』の三つに分けよう、というような分類法則だという事になると思います。その方が乱暴、だと思うのは僕だけでしょうか?
 それに、『男(女)性向け』となっていても、それを読む『女性(男性)』は少なからずいるでしょう。それでも、想定している対象性別によって、LGBTカテゴリを分ける必要があると思われますか?
 そもそも、『男(女)性向け』作品であると、何を出典に判断するのでしょうか。僕自身、漫画などでも、どちらを対象としているのかが分からない例なんて、幾つかありましたし。ある論者は『男性向け』だと言い、別の論者は『女性向け』だと言う事も有りえます。著名人の間で意見が分かれていた場合に、『男性向け』と『女性向け』の、どちらのカテゴリを適用するのでしょうか? もし両方を付けるのだというのなら、それは読者層で分ける必要性がない事の証左とはなりませんか?
それに、同性愛に限らず恋愛というものは、『友達以上恋人未満』も含むものでしょう。百合はそれが顕著なだけで。そもそも、『百合作品であるかどうか』というのは、ウィキペディア内の基準で判断するものではなくて、信頼できる情報源にて『百合作品である』と扱われている、その事実のみを持って百合作品だと判断するべきです。理由については、ログを見て頂ければ、分かると思います。
ただ、『○性同士の恋愛を題材にした』というのは、『○性同士の同性愛を題材とした』よりも良いな、とは思いました。『○性同士』という時点で同性愛なのは分かっている訳で、後者だと『馬から落馬』みたいな感じになっていたかも知れません。
返信 (Chibaliasさん宛) , 返信 (ディー・エムさん宛)
えーと、つまりカテゴリ案でいう『○性同士の同性愛を題材とした』には『エロのみの作品』も含み、その中に『恋愛も含む作品』用のサブカテゴリを用意するべきではないか、という意見だという認識で合っていますか?
それでしたら、
LGBT関連×× ○性同性愛者を題材とした×× ○性同士の恋愛を題材とした××
というのはどうでしょうか。エロのみであろうと、○性同性愛者を題材としている事に変わりはないでしょう。また、サブカテゴリの方には『同性愛』の文字列が有りませんから、混同する可能性も無いのではないかと思います。
--ただのしかばね / / 2017年12月28日 (木) 01:21 (UTC)
返信 (ただのしかばねさん宛) やおい・ボーイズラブジャンルに関しては、商業の場合女性向けのレーベルから出ているので、女性向けかどうかで議論になることはないと思います。女性向けレーベルで売れた後に一般向けに移植されることはありますが、最初から一般向けで出したら読者に届きにくくて、メリットがないので。「男性同士の恋愛を題材とした~」の下位カテゴリにでも、「やおい・ボーイズラブジャンルの~」というカテゴリはあった方がいいです。現実問題、はっきり存在するジャンルなので。男性の恋愛もので「これ女性向け?男性向け?」という疑問は見たことがないので、議論になることもないと思います。「SFやファンタジー等で、主な読者の性別によって、カテゴリを分けたりするでしょうか」とおっしゃいますけど、SFやファンタジーと違って、LGBTの恋愛を題材にした作品なら、テーマの中心にあるのは「性」なので、読者の性別が重視されるのは不思議じゃありません。実際読者の性別ですみわけがあり、巨大市場になっているので、かたくなにカテゴリ分けをしないのは、むしろ変な感じがします。女性向けか疑問がある作品(ちょっと思いつきませんが・・・)ならカテゴリを付けなければいいだけですし。やおい・ボーイズラブジャンルの読者にわずかに男性がいることは事実ですが、ターゲットは女性です(だからこそ、腐女子をもじって腐男士なんて呼ばれている訳です)。あと、「LGBT関連の小説家」は、作家がLGBTなのかと一瞬思ったので、誤解がないように言い方を変えた方がいいかもです。--ジャム・パンナ会話) 2017年12月28日 (木) 12:39 (UTC)
返信 (ジャム・パンナさん宛)  (編集競合しましたが、そのままです)とりあえず、リアル都合で投稿してなかっただけで、返信の前に出来ていたカテゴリ案2をノートの方に記載してきました。それで、返信の返信となりますが。
 『商業の場合女性向けのレーベルから出ている』と有りますが、全ての女性向けレーベルが、そう明記しているのでしょうか? 例えばレジーナブックス作家募集ページで『基本的に女性を読者として想定』と有りますので女性向けレーベルだと言えますが、そのような記載がないレーベルもあるかも知れません。それに、同人サークルの作品など、商業ではない場合には、どう判断されますか? 個人が作って公開している作品だけれど、特筆性が有るという事でウィキペディアの記事になっている作品は、色々と有ります。そういったケースでは、『商業では云々』というのは通用しません。『個人が作った作品で、作者が対象性別を明言していないけれど、○性同士の恋愛ものだとは明言している』ような場合も想定できますが、そういった場合にどう分類されるつもりでしょうか? 僕の持論としては、恣意的な分類をせざるを得なくなると思います。つまり、対象性別による分類は、採用すべきではないという考えです。『「これ女性向け?男性向け?」という疑問は見たことがない』からと言って、今後も無いとは限りませんし、貴方が知らないだけで既に、そういった疑問や議論がどこかで行われているかも知れません。
 そして、『「男性同士の恋愛を題材とした~」の下位カテゴリにでも、「やおい・ボーイズラブジャンルの~」というカテゴリはあった方がいい』との事ですが、その二つの何が違うのでしょうか? 僕には、青と呼ぶかブルーと呼ぶか、みたいな呼び方の違いがあるだけで、示すものは少しも変わらないと思うのですが。いわゆるポルノ的で恋愛要素ゼロの作品と、恋愛要素を含む作品を分けるべきだというのなら分かりますし、先述のカテゴリ案2は、それを考慮したものです。ですが、この二つを分けてしまうというのは、どちらのカテゴリを付けるべきか分からなくなるというか、カテゴリを再編する意味がなくなってしまう行為だと思います。それでも分けるべきだと主張されるのでしたら、ニュアンスの違いとかではなくて、具体的な違いを教えてください。
 それと、(『実際読者の性別ですみわけがあり、巨大市場になっている』という事に対しても言える事ですが、)信頼できる情報源にて、両者が使い分けられているという記述のあるものを提示してください。それが出来ないので有れば、そっちの方面に疎い僕には、独自研究としか見えないというのが、正直なところです。(独自研究だと言っているのではなくて、そう思われても仕方ないという事です)
ただ、『「LGBT関連の小説家」は、作家がLGBTなのかと一瞬思ったので、誤解がないように言い方を変えた方がいいかも』は一理あると思いましたので、違う言い回しが無いか、考えてみようと思います。--ただのしかばね / / 2017年12月28日 (木) 15:15 (UTC)
返信ただのしかばねさん宛)いいえ、その逆です。その意味でもカテゴリ名は「○○同士の恋愛を題材にした作品」のほうが良いのかもしれませんが、要するに恋愛が主要テーマだとみなされていない『エロだけの作品』はそもそも恋愛作品ではないわけですから、大前提としてカテゴリの対象外のはずなのでその扱いを想定すること自体が不要ではないでしょうか、という意味です。であれば、作品の登場人物の恋愛対象が異性だろうと同性だろうと恋愛をテーマに含まない性表現のみの作品は「恋愛作品」を対象にしたカテゴリからは自然に省かれるはずですから、カテゴリの外枠の線引きとしてはそこまで「ボーイズラブ」や「やおい」の細かいニュアンスにまで拘らなくてもKAMUIさんやジャム・パンナさんが懸念するような極端な場違いな混同はそもそも起こらないはずなので。
もし「Category:恋愛を題材とした作品」や「Category:恋愛漫画‎」に恋愛要素を含まない世の中のポルノ作品も全部放り込むべきだというなら話は別ですが、その想定はおそらく現実的ではないですよね。--ディー・エム会話) 2017年12月28日 (木) 14:17 (UTC)
(補足)もともとのご質問の出発点が「Category:ボーイズラブ漫画」と同様に「ガールズラブ漫画」や「百合漫画」のようなカテゴリ作成が妥当かどうか、あるいはそれに関して小説などの他媒体も含めてどのような整理が可能か、ということだったかと思いますが、その文脈でいえば、そもそもここでLGBTという観点を持ち出すことはやや場違いかなとも思います。
以前のコメントにあった「Category:LGBT関連小説」のサブカテゴリに「マリア様がみてる」が含まれていることを意識されたのかもしれませんが、元々そのカテゴライズに適切な根拠がおそらく存在していませんし、作品内容からすれば明らかに場違いですよね。フィンクション分野全体で考えても、同性愛を描いているからといって必ずしも作品にLGBTの観点を含んでいるとは限らないわけで、両者が自動的に連動しているかのような見方で問題を整理しようとすることは好ましくないと思います。たとえば恋愛作品ではないですが極端なものでいえば『パタリロ』とかだと主人公の恋愛対象は異性ですがその方がむしろ作中ではマイノリティで、英国情報部の職員の大半が同性愛者の美少年で他の各国スパイも殺し屋も国家主席もみんな同性愛者という世界観の中では同性愛に対して現実世界のLGBTという概念が当てはまらないですし、『這いよれ! ニャル子さん』みたいに形骸的には同性愛のキャラクターが生物ですら無くパーソナリティとしての性別自体が無意味というケースなどもそれを独自研究的な主観で現実世界のLGBTと関連付けることは妥当とはいえませんし、『私がモテてどうすんだ』や『百合男子』の主人公の個性もLGBTとは別物ですよね。LGBTという現実世界の社会的テーマとフィクションの中のキャラクター描写は必ずしも直結しないわけで、そこは客観的な出典なしに安易な主観的判断で混同しないよう、注意深く扱っていただいたほうがベターかなと思います。--ディー・エム会話) 2017年12月28日 (木) 15:19 (UTC)
返信 (ディー・エムさん宛)  (編集競合しましたが、そのままです)僕としては、『エロだけの作品』で有っても、同性を対象としているのであれば、それは『同性愛者を題材とした作品』であると認識しています。『少なくとも片方が同性愛者であるからこそ、性欲だけが理由にせよ同性に欲情する展開とする事が出来、その結果エロだけの作品も成立する』と認識しています。だからこそ、カテゴリ案2のような形式はどうだろうか、と再提案した次第です。
もっとも、『○性同士の性的行為を描いた作品』というようなカテゴリの方が適切だと言われるのであれば、一考の価値があるとは思いますが。
(ここから、補足に対してのコメントです)(さらに競合しましたが、そのままです) 出発点は確かにそうですが、議論を続けていくうちに、当初は予想もしていなかった流れになることは、よくある事ではないでしょうか。
Category:マリア様がみてるについては、未読ですし未視聴ですので、なんとも言えません。出典として使えるか分からないページが多いですが、『百合作品だ』という意見と、『百合作品ではない』という意見と、両方があるみたいです。ただ、グーグル検索した際に関連キーワードで『マリア様がみてる 百合』というものが表示される(少なくとも現時点では)ので、Category:LGBT関連小説の適用は適切なものではないでしょうか。
そして『同性愛を描いているからといって必ずしも作品にLGBTの観点を含んでいるとは限らない』との事ですが、僕にはイコールに思えます。LGBTのLGが同性愛または同性愛者の事なので。
例示された作品群についても、『信頼できる情報源にて、同性愛作品であると言及されているかどうか』で判断すれば良いだけで有って、ウィキペディア内で独自の基準(『みんな同性愛者という世界観の中では同性愛に対して現実世界のLGBTという概念が当てはまらない』等)を設けるのは、独自研究だという事になると思います。--ただのしかばね / / 2017年12月28日 (木) 15:56 (UTC)
返信 『マリア様がみてる』が百合作品でないと述べたつもりはありません。「百合作品」・「BL作品」=「LGBT」ではありませんよという意味の例示です。
「『○性同士の性的行為を描いた作品』というようなカテゴリの方が」> 「カテゴリの方が」ではなくて、全く別個の話として、もし仮に「Category:性的行為を描いた作品」というカテゴリを作成してその下に「Category:異性同士の性的行為を描いた作品」や「Category:女性同士の性的行為を描いた作品」、「Category:男性同士の性的行為を描いた作品」のカテゴリも作るべきというのであれば、結論はともかく話の筋としてはわかりますが、恋愛作品のカテゴリをどう細分化するかという文脈の中で混同して扱う必然性がないというだけのことで。--ディー・エム会話) 2017年12月28日 (木) 17:15 (UTC)
返信 (ディー・エムさん宛)  『「百合作品」・「BL作品」=「LGBT」ではありませんよ』というのが、意味が分かりません。LGBTの内、百合はLに含まれ、BL作品はGに含まれる筈です。両者の違いについて、なにか出典となるようなものは有りますか?
 そして「『○性同士の性的行為を描いた作品』というようなカテゴリの方が」というように述べたのは、『「Category:恋愛を題材とした作品」や「Category:恋愛漫画‎」に恋愛要素を含まない世の中のポルノ作品も全部放り込むべきだというなら話は別ですが、その想定はおそらく現実的ではない』というコメントから、『いわゆるポルノ的な作品に対しても、同性愛カテゴリを付けるのはおかしい』というニュアンスを感じたので、「『エロだけの作品』で有っても、同性を対象としているのであれば、それは『同性愛者を題材とした作品』であると認識しています。『少なくとも片方が同性愛者であるからこそ、性欲だけが理由にせよ同性に欲情する展開とする事が出来、その結果エロだけの作品も成立する』と認識しています。」と述べ、ポルノ的な作品を分ける場合の選択肢の一つとして、『○性同士の性的行為を描いた作品』案を例示したのです。
 つまり、僕自身としては、いわゆるポルノ的な作品については、『○性同性愛者を題材とした』に含めるべきであるという考えです。少なくとも、現時点においては。--ただのしかばね / / 2017年12月29日 (金) 01:22 (UTC)
返信 「『「百合作品」・「BL作品」=「LGBT」ではありませんよ』というのが、意味が分かりません。」> 「百合作品」・「BL作品」=「LGBTを題材とした作品」ではありませんよという意味です。文言を省略して分かりにくかったのだとしたら申し訳ありませんでした。要するに「同性愛を描いているからといって必ずしも作品にLGBTの観点を含んでいるとは限らない」という前述の説明を単に短く言い換えただけです。
「両者の違いについて、なにか出典となるようなものは有りますか?」> 「百合はLに含まれ、BL作品はGに含まれる」と一律に断定する文献資料を私は存じません。なので、先述のとおり指摘させていただいた次第ですが、もし単に私が知らないだけでそのような出典があるのなら、具体的にその出典を示して検討を進めていただければ良いかと思います。ただのしかばねさんのコメントにある「L」、「G」というのはレズビアン、ゲイのことを指して書かれているのだと思いますが、それは例えば『マリア様がみてる』についていえば、レズビアンに含まれる筈だとただのしかばねさんが認識されている対象の人物は主人公の福沢祐巳でしょうか?それとも作者でしょうか?読者・視聴者でしょうか?そしてそのことを当該分野の専門家の定説として確認できる出典をご存知ということでしょうか?
あるいは少年愛を扱った漫画作品『トーマの心臓』について、同作品記事の概要節を読むかぎり、作者の意図した作品テーマとしてLGBTとは全く別個の事柄が書かれています。私の書棚にある長谷邦夫『漫画の構造学』(2000年、106頁)にも同作や『風と木の詩』等の少年愛作品について解説があるので改めて目を通してみると、ストーリー面のテーマとは別にそれら作品の少女漫画界への影響や作者が少年愛をモチーフに用いた意図についても書かれているのですが、いずれも全くLGBTに着目した内容ではありません。他方、それらがLGBTを主題として描かれた作品だとする出典を私は存じません。
「ポルノ的な作品については、『○性同性愛者を題材とした』に含めるべきである」> 従前のカテゴリ案の「同性愛」が「同性愛者」に変わっているのが誤記でなく意図的な単語の使い分けであるならば、そのように両者を別個のものとして話を切り分けて議論を進めていただくのが良いと思います。--ディー・エム会話) 2017年12月29日 (金) 17:52 (UTC)
──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── 返信  『ウィキペディア内における百合作品の定義は、百合(=女性同士の恋愛)を題材としていると、信頼できる情報源にて、言及されている作品』だと認識しております。そして、題材としているという事は、その観点を含んでいるという事でしょう。『百合描写のある作品と、百合作品は、イコールではない』という事です。尚、出典を求めたのは、『百合を題材としている作品は、イコールでLGBTを題材としている作品とは限らない』という意味だと誤解していた為、『両方とも、百合、つまりはレズビアンを含む筈なのに、何故イコールではないのだろう?』と困惑した為、出典を求めた次第です。誤解が解けたので、そこは取り下げます。
 それで『マリア様がみてる』についてですが、『百合作品であるという、信頼できる情報源を見つけられなかった為、現時点では百合作品として扱っていいものか分からない』というのが正直なところです。ですので、この作品に限っては、現時点で『レズビアンに含まれるはずだ』と認識しているところは有りません。僕自身、未読で未視聴ですので、出典が見つからない事には何とも言えません。ただ、百合作品だと判断される基準としては、主要キャラの誰か(一人か複数人かは別として)が対象となるのではないかとは思います。
 それから『トーマの心臓」 についてですが、『作者が少年愛をモチーフに用いた意図についても書かれている』のなら、それを出典としてCategory:少年愛作品を適用する事が適切でしょう。「『少年愛をモチーフに用いた意図についても書かれている』のに『全くLGBTに着目した内容ではありません』というのは、理解できない」というのが本音です。「『少年愛をモチーフに用いた意図についても書かれている』時点で、LGBTに着目した内容であるのではないでしょうか?」と言えば良いでしょうか。少年愛もまた、LGBTの一つだという認識は間違っているでしょうか? この作品のような場合、『少年愛作品だという出典が有るかどうか』が問題な訳で、この作品では『少年愛をモチーフに用いたと言及されている』時点で、『一番ではなくとも題材となっているのは明白』であると思います。
 そして『○性同士の恋愛を題材とした』と『○性同性愛者を題材とした』の違いですが、前者は『恋愛作品である事が必須』なのに対して、後者は『性欲の対象としているだけ、つまりポルノ的な作品に対しても適用できる』というのが有ります。『ポルノ的な作品にまで、恋愛カテゴリを適用するのはおかしい』というような指摘が有りましたので、それを考慮した結果となります。
--ただのしかばね / / 2017年12月30日 (土) 09:45 (UTC)
コメント 「『百合を題材としている作品は、イコールでLGBTを題材としている作品とは限らない』という意味だと誤解していた為」> 誤解ではありません。そのような内容の説明をしたつもりです。根拠を伴わずに「百合、つまりはレズビアンを含む筈」と頑なに信じられていることが根本的問題の一端だと指摘させていただいた次第です。『マリア様がみてる』が百合を扱った作品だという情報源を見つけることはそう難しくはありません[5]。「百合作品だと判断される基準としては、主要キャラの誰か(一人か複数人かは別として)が対象となるのではないかとは思います」というのが百合作品全般の普遍的な特徴であるのならそのことを裏付ける適切な出典があるはずですし、無いのなら単なる個人的感想以上のものではないということです。
「『少年愛をモチーフに用いた意図についても書かれている』のに『全くLGBTに着目した内容ではありません』というのは、理解できない」> 同性愛者のキャラクターが登場するすべての作品はLGBTに着目したテーマを意図して書かなければならないという決まりや法則が存在するのでしょうか?少なくとも私は、そうではない内容の解説が書かれた出典が手元にあったので例示させていただいただけです。
「少年愛もまた、LGBTの一つだという認識は間違っているでしょうか?」> もしもその内容の是非を客観的に判断できる情報源が無いのであれば、それを個人の主観的価値観として(それが許される場所で)主張することは完全に個人の自由ですが、客観的に確立された認識であるかのように主張することは間違いということになろうかと思います。少なくともフィクション分野のジャンルや作風を表す「少年愛」という概念が、現実の社会的・宗教的・政治的テーマの対象である「LGBT」に盲目的に包含されるという考えは私には突飛に思えますし、ウィキペディアの基本スタンスである現実世界の観点でそのような見解を積極的に肯定する出典の存在は想像ができません。--ディー・エム会話) 2017年12月30日 (土) 16:42 (UTC)
返信
百合というのは女性同士の同性愛の呼称の一つなのですから、女性の同性愛者の事であるレズビアンとイコールだと思うのですが、その認識自体が間違っているという事でしょうか? また、そうであるとすれば、その根拠は何でしょうか?
そして「『マリア様がみてる』が百合を扱った作品だという情報源」については、少なくとも僕には、見つける事が出来ませんでした。僕が見つけられた情報源からは、『百合ではなく、絆を描いた作品』としか読み取れなかった、という事です。そういう出典が有るのなら、『その出典で百合、つまりレズビアンを描いた作品であると評価されている』事を根拠にカテゴリの適用が出来るというのが、僕の認識です。
また、『判断の基準や対象』についてですが、『百合作品であるかどうかの判断は、あくまでも信頼できる情報源に委ねるべき』だけれども、『信頼できる情報源にて、そう判断される理由としては、こういうものがあるのではないか』と推測を述べただけです。『信頼できる情報源が』判断する理由の推測ですので、客観性に問題はないと考えます。その推測が合っていても違っていても、『信頼できる情報源にて、百合作品だと評価されている』という事実そのものには影響しないからです。『信頼できる情報源が、そのように評価する根拠』なんて、信頼できる情報源のライターさん本人にしか分からないかと思いますし。
そしてモチーフ云々というのは、『モチーフにしている作品=題材とした作品、とは限らない』という事でしょうか? それとも、『題材としている=着目している、とは限らない』という事でしょうか? すみませんが、その辺りが読み取れませんでした。
そして『少年愛もまた、LGBTの一つだという認識』が間違っているのなら、Category:LGBT作品Category:少年愛作品が含まれている現状が、不適切なものである(Category:LGBT作品から除外すべきである)という事になる筈ですが、その辺りはどうでしょうか。『客観的に確立された認識』だと僕が思っているのも、これが理由の一つです。というか、そうでなければ『可能であればCategory:LGBT作品のサブカテゴリにCategory:少女愛作品を作成して、Category:少女愛へのリダイレクトか誘導とした方が良いのかも知れない。』なんて発想は有りませんでした。--ただのしかばね / / 2017年12月30日 (土) 17:59 (UTC)
返信 ウィキブレイクとのことなので簡単な返答まで。
  • 「百合というのは女性同士の同性愛の〜(中略)〜また、そうであるとすれば、その根拠は何でしょうか?」> 以下、参考までに2例。
    • 「『百合(yuri)』とは、女性同士の緊密な友情からプラトニックな恋愛、あるいはセックス描写のある恋愛も含めて、幅広い作品群がゆるやかに含まれるジャンル名である。」(溝口彰子「国際マンガ展の文脈で『青い花』を考える」『ユリイカ』vol.49-20、青土社、2017年、171頁より引用)
    • 「(前略)百合は、恋愛関係にならないものや、バイセクシャル要素のあるものも該当するので、ガールズラブ(GL)やレズビアン等とは当てはまらない場合がある。」(「百合用語解説01」『百合の世界入門』玄光社、2016年、13頁より引用)
  • 「Category:LGBT作品にCategory:少年愛作品が含まれている現状が、不適切〜(中略)〜という事になる筈」> カテゴリ構造の適否はその運用基準や各概念の定義にもよりますが、少女漫画発祥のフィンクションのジャンルとしての「少年愛」は、二次創作文化を発祥とする「やおい」・「ボーイズラブ」の作品内容ほどには性的関係へのコミットがマストではないと思いますので、昭和の「少年愛漫画」なども包括的に取り扱うとなると必然的にそのぶん曖昧さは増すでしょう。しかしそのあたりをこれ以上深く掘り下げるとなると私では当該ジャンルは守備範囲外のため知識不足ですので(良質な作品を食わず嫌いでスルーするのは勿体無いので人並み程度には視聴購読はしますが)、より「少年愛」「やおい」「BL」分野の専門知識に明るい方々の意見も伺いつつ相談いただくのが良いと思います。--ディー・エム会話) 2017年12月31日 (日) 05:29 (UTC)
コメント (追記)すみません。もう1点のご質問を見落としていたので以下に追記します。
  • 「そしてモチーフ云々というのは〜(中略)〜という事でしょうか?」> 『少年愛をモチーフにしている作品=LGBTを題材とした作品、とは限らない』という意味です。換言すれば、『少年愛を題材にしている作品=LGBTを題材とした作品、とは限らない』という事です。一応前述のコメントで上げた参考資料の内容も挙げておきます。
    • 「『トーマの心臓』、『風と木の詩』は、いわゆる少女漫画が最も得意とした〈シンデレラ物語〉からの脱出であった。(〜中略〜)萩尾と竹宮にとって『少年』とは、そのような『知り得ないもの』のシンボルでもあったというのだ。」(長谷邦夫『漫画の構造学』インデックス出版、2000年、106頁より引用)
    • 「作者はこのギムナジウムという限界状況を設定することで、トーマの愛情が、社会的地位や規範、金銭、世俗的な打算などにまみれぬ、純粋で際立ったものであることを、描きたかったと考えていいだろう。」(同、129頁より引用)--ディー・エム会話) 2017年12月31日 (日) 08:57 (UTC)

返信 (ただのしかばねさん宛) 一度ご説明していますが、女性向けかわからないものには、やおい・ボーイズラブジャンルの作品のカテゴリを付けなければいいだけで、女性向けかわからないものがあっても問題ありません。「『「男性同士の恋愛を題材とした~」の下位カテゴリにでも、「やおい・ボーイズラブジャンルの~」というカテゴリはあった方がいい』との事ですが、その二つの何が違うのでしょうか?」とのことですが、イコールで結ぶことが絶対無理なくらいには違う言葉です・・・やおいボーイズラブの記事を一度読んでみてください。あと、「信頼できる情報源にて、両者が使い分けられているという記述のあるものを提示してください。」の「両者」は、なにとなにのことですか?すみません、ちょっと読み取れませんでした・・・--ジャム・パンナ会話) 2017年12月28日 (木) 15:45 (UTC)
返信 (ジャム・パンナさん宛)  (寝落ちの関係で競合しましたが、そのまま)『女性向けかわからないものには~問題ありません』と言われていますが、大いに有りますよ。女性向けか不明で有ったとしても、『○性同士の恋愛作品』であることには変わりは無いですし、女性向けで有っても、それは同じです。
『やおい・ボーイズラブの記事を一度読んでみてください』との事ですが、『男性同性愛を題材にした女性向けの漫画や小説などの俗称(この意味では、やおいよりボーイズラブが近年よく使われる)』と有るじゃないですか。つまりは、『男性同士の恋愛を題材とした作品』であるという事です。ただ、名称に『ラブ』が入っていない分、いわゆるポルノ的な作品も含まれている可能性が有る、というだけで。
  1. 『男性同士の恋愛を題材とした作品』と、『やおい・ボーイズラブ作品』が、使い分けられていると示す信頼できる情報源は有りますでしょうか?
  2. そして、もう一つ。『実際読者の性別ですみわけがあり、巨大市場になっている』という事を示す、信頼できる情報源は有りますでしょうか?
この2点について、○○という本の××ページ、というような具体的な出典を提示できますか?
出典の提示が出来ないので有れば、それはもう独自研究という事になるでしょう。前者については、『○性同性愛者を題材とした』(ポルノ的作品含む)か『○性同士の恋愛を題材とした』か、どちらかにまとめるしかありません。後者についても、『女性向けだからカテゴリを分ける』というようなことはせずに、同様にまとめるしかありません。
逆に、複数の信頼できる情報源にて、使い分けられていたり、すみわけがあり巨大市場となっていたりすると、明言されているので有れば、それに基づきカテゴリを分ける必要があるかも知れません。
--ただのしかばね / / 2017年12月29日 (金) 01:00 (UTC)
返信 (ただのしかばねさん宛) 「日本ではゲイ漫画とBLは「男性向け」と「女性向け」という生物学的な違いよりも歴史的な乖離がある」と詩文奈「マイBL ヌーベルバーグ派」『詩と批評 ユリイカ 特集 BL オン・ザ・ラン!』 青土社、2012年、p97にとあります。つまり、ゲイ漫画もボーイズラブ漫画も男性同士の恋愛を題材にした作品ですが、両者は分かれている、ということです。それに、やおいの記事にもボーイズラブの記事にも、女性向けと書いてありますよね??これでなんで、男性同士の恋愛を題材にした作品=やおい・ボーイズラブ作品になるんでしょう?市場規模も、ボーイズラブの記事に「BL関連の日本の市場規模は、オタク市場に限れば215億円(2012年)、その他の市場まで含めば350億円(2013年)ほどといわれる」と出典付きで書いてあります。あんまり現状に理解がないようでしたら、カテゴリの再編の議論をしようとても、うまくいかないんじゃないかなぁと思います。あと、『マリア様がみてる』を検索結果からLGBT作品とするのも無理筋で、検索結果は根拠に使えないはずです。それに、『マリア様がみてる』は女性同士の恋愛じゃなくて、女性の先輩後輩の絆の話だったと思います。これは百合とよばれることはあっても女性同士の同性愛を題材にした作品でもLGBTを題材にした作品でもないと思うんですけど・・・--ジャム・パンナ会話) 2017年12月29日 (金) 08:46 (UTC)
返信
>これでなんで、男性同士の恋愛を題材にした作品=やおい・ボーイズラブ作品になるんでしょう?
 言い方が悪かったみたいですね。「『男性同士の恋愛を題材にした作品』に、『女性向けの「男性同士の恋愛を題材にした作品」である「やおい・ボーイズラブ作品」も含まれる』と言いたかったのです。『作品群全体(あるいは男性向けに限った作品群)と、その中で女性向けに限った作品群とを、分けて言及している出典はあるのでしょうか?』という感じですね。
 その結果、「日本ではゲイ漫画とBLは「男性向け」と「女性向け」という生物学的な違いよりも歴史的な乖離がある」という出典が得られた訳です。つまり、『世界的に見ればどうだか分からないけど、少なくとも日本では、両者は決定的な違いが有りますよ』という事ですね。巨大市場である事に対しても、215億円だの350億円だのと言われているという、出典が得られた訳です。
 これは、僕の認識が間違っていたという事が、証明されたという事でも有ります。それに僕は、自分の意見が絶対とは思っていません。『女性同士の以下略』だからこそ、男性同士の恋愛作品には疎く独自研究かどうかが識別できないからこそ、冷静に客観的に話を進めるために、出典を求めた訳です。出典の提示、ありがとうございます。僕みたいに『現状に理解のない』人は少なくないですが、これらの出典で説明できます。
 後、検索結果から判断しようとはしていません。あくまでも、『信頼できる情報源を探す為』に検索しただけです。『マリア様がみてる』の場合は、『探しても、百合作品であるという、信頼できる情報源が見つからなかった』ために、『現時点では、百合作品だと扱って良いのかが分からない為、カテゴリを適用すべきではない』という意見です。ノートにも書きましたが、見つけられた範囲の出典からは、『恋愛』であるという意図は読み取れませんでした。『隣人愛』『家族愛』、つまりは仰られるように『女性の先輩後輩の絆の話』というようにしか思えませんでした。『百合要素もある作品』では有るのかも知れませんが、『百合作品(百合を題材とした作品)ではない』というのが、現時点での私見となります。
--ただのしかばね / / 2017年12月30日 (土) 09:45 (UTC)
報告 とりあえず、大規模なカテゴリ改訂を視野に『 (現在と未来の)プロジェクト:LGBT関係者が気づきそうもない場所で特に議論開始を告知することもせずに議論提案進行を行っている状況 』、というのがコミュニティ軽視の観点で非常にマズイと思えましたので、当議論には関わっておりませんけども代理として プロジェクト‐ノート:LGBT#Category:ガールズラブ漫画など新設と関連する既存カテゴリ整理の提案 の方に告知を行っておきました。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2017年12月29日 (金) 13:37 (UTC)
Symbol comment vote.svg 追記 ぶっちゃけますと、ここだけで議論合意しても「作業がプロジェクト全体にまたがるのなら(影響を被る分野編集者の大多数が気づけないため)告知不足の指摘は否めないので、bot作業依頼で受付拒否される」ような気がします。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2017年12月29日 (金) 14:32 (UTC)
返信  その件については、既にプロジェクト‐ノート:LGBT(差分)やWikipedia:井戸端/subj/井戸端で議論を続けてよい議事について(差分)にて述べた通り、ポータルの方が上位に当たり、プロジェクトの方にまで告知するのは、『スパム行為である』と怒られると思った故の判断ミスです。つまりは、『プロジェクト関係者は、ポータルもチェックしている筈だ』という認識が有ったわけなのですが、今思えば、以前も指摘された『無根拠断定癖』に他なりません。フォローしてくださったNami-jaさんに感謝するとともに、プロジェクトの皆さんにお詫び申し上げます。以後、同様な事が起こらないよう、より気を付ける事と致します。--ただのしかばね / / 2017年12月30日 (土) 09:45 (UTC)


 ウィキブレイク 誠に勝手ながら、数日~2週間ほど、ウィキブレイクに入らせていただきます。
その間、コメントの返信などは出来ないと思いますが、議論を放棄した訳では有りません。
年始は皆さんも色々とお忙しいかと思いますし、十分に精神を休めた上で、議論を再開するのが良いかと思います。
それでは、失礼いたします。
皆さん、よいお年を!--ただのしかばね / / 2017年12月30日 (土) 21:31 (UTC)
  • 新年、明けましておめでとうございます。年始のアレコレが大分落ち着いてきたので、一応ウィキブレイクは解除しました。
ただ、腰を据えて議論するのは、もう少しは可処分時間的に、遅れがちになるかも知れません。そこは、ご了承願います。
以上、ウィキブレイクすると言ったからには、解除時にもコメントしておくべきだと思い、コメントさせて頂きました。--ただのしかばね / / 2018年1月5日 (金) 14:56 (UTC)

既存のカテゴリ案の取り下げと、仕切り直し提案について[編集]

  •  本来なら個別にも返信するべきですが、まとめて失礼いたします。
 ディー・エムさんのご指摘(差分)により、『百合』に関しても、認識が不十分というか、不正確であったことが分かりました。
 具体的には、僕の認識としては、『同性愛』に限ると思っていたのですが。実際には、『親友』レベルでも、つまりは友情であって恋情では断じてない状況で有っても、使用されるモノであるという、信頼できる情報源が有る事が分かりました。
 そのような状況、偏った認識が染みついている状態で、とてもでは無いですが、既存のカテゴリ案を主張し続けられるものでは有りません。ですので、僕個人としては、この件について今まで出していたカテゴリ案は、全て撤回させていただきたいと思います。
 最も、議論そのものをクローズする訳では無くて、一度白紙に戻した上で、どういう状態が最適であるのか、改めて考えていきたいと思います。
 とりあえず、以下の点は解消すべきだと思います。
  1. Category:ボーイズラブ小説Category:やおい小説は有るのに、Category:百合小説Category:ガールズラブ小説は存在しない。
  2. Category:ボーイズラブ小説家Category:やおい小説家は有るのに、Category:百合小説家Category:ガールズラブ小説家は存在しない。
  3. Category:ボーイズラブ漫画Category:やおい漫画は有るのに、Category:百合漫画Category:ガールズラブ漫画は存在しない。
  4. Category:ボーイズラブ漫画家Category:やおい漫画家は有るのに、Category:百合漫画家Category:ガールズラブ漫画家は存在しない。
 これらは、個人的には差別されているように感じます。というか、ぶっちゃけますと、そう感じたのが、この議論を提議した理由です。(今更、体裁を取り繕う余裕なんてないので、本音で行きます)
 統合するにしろ、ただ新設するだけにしろ、百合に関しても対応できるカテゴリを設けるべきだと思います。
 そして、『ボーイズラブ』と『やおい』の違いに関しても、商業か同人かで分ける現状の区分は、不適切です。同人から商業へと移行した作家や、商業作家では有るけれど、商業では出来ない事を同人でやる場合など、違いが曖昧だからです。
 また、同人サークルから、正式に企業となったケースなどで、同人サークル時代の作品と、企業化された後の作品を、区別するのかという問題も、今後出てくるかも知れませんし、既に出ているかも知れません。(ゲームでなく漫画で有っても、CLAMPのように、数名のユニット?で描いている場合は有ります)
 ですので、この二つを統合するか、もしくは商業か同人かではない、明確な違いを付けるべきだと思います。それが出来ないのなら、わざわざ分ける意味はないでしょう。同じカテゴリを付けて、同人の方にはCategory:同人作家のようなカテゴリも併記すれば、それでいい話だと思いますので。
 尚、『百合』と『ガールズラブ』に関しては、ディー・エムさんが提示してくださった出典により、前者の方が広義のジャンルである事は明らかです。ですので、前者でカテゴリを作り、後者は作らないか、前者へのリダイレクトまたは誘導とするのが、適切なのではないかと思います。
 それでは、以上の意見につきまして、問題点や改善点など有りましたら、ご指摘いただければと思います。--ただのしかばね / / 2018年1月5日 (金) 15:40 (UTC)
コメント もっぱらフィクション関連のトピック内で完結する限りにおいては(現実のトピックを扱う分野に無用な迷惑がかからないのであれば)、別にカテゴリ名の取捨選択が必ずしも厳密な用語の定義に一致していなくても、それが実用面で理にかなったものであるならば全然かまわないと思います。たとえば「Category:百合作品」というカテゴリ名では当該分野に詳しくない利用者にはわかりにくいので(全てわかった上でその呼称の長所短所もきちんと踏まえた上で)あえて「Category:女性同士の恋愛を描いた作品」にするというのも考え方の一つではあると思います。個人的には用語としての知名度なども考慮して前者を推しますが、いずれにせよ親カテゴリとしては「Category:恋愛を題材とした作品」に入れてしまうのが良いように思います。
他方、現実世界の概念である「LGBT」関連のカテゴリ構成に対しては、浅慮にフィクション内の視点を持ち込んでファンサイト感覚で同性愛者の登場する作品を列挙することは大変好ましくないと思います。これについては既存のカテゴリ「Category:LGBT作品」の現状が既に問題を孕んでいるのでここでの議論が新たに悪影響を生み出しているわけではありませんが、もし叶うならば、「LGBT」関連のカテゴリ再編にも手を付けられるのであればプロジェクト:LGBTなどの議論場所にて、狭義のLGBTを含めたジェンダー関連のテーマについて十分な理解のもとで、包括的により丁寧な問題整理を行っていただくことを望みます。
百合作品のカテゴリを作成すること自体は、ウィキペディア内でニーズさえあれば、当該ジャンルの認知度や規模を考えても妥当性は十分にあるかと思います。詳細なカテゴリ構造の詰めの検討作業は当該分野を担当するプロジェクトなどで行っていただくのが良いと思いますが、個人的には、フィクション関連を
のような感じで再整理すれば無難そうに思います。LGBT関連については面倒そうなので放置もやむなしかとも思いますが、もしあえて火中の栗を拾われるのであれば、
  • Category:LGBTの文化」(既存カテゴリ)
    • Category:LGBTに関する本(カテゴリを削除)
    • Category:架空のLGBTの人物(カテゴリを削除)
    • Category:異性装を題材とした作品(LGBT関連のサブカテゴリから除外。Category:異性装のサブカテゴリとしては存続可。ただしカテゴリ分類上でLGBTと切り離したとしても劇中での単なる変装とトランスジェンダーとの混同が許容されるのかどうかは要再考。)
    • 「:Category:LGBT関連のドキュメンタリー」(新設カテゴリ)
    • 「:Category:LGBT関連の物語作品」(「Category:LGBT作品」から改名、フィクション・伝記・歴史物等以外のドキュメンタリー作品を分離)
      • Category:LGBT関連漫画」(既存カテゴリ)
        • 対象記事は、信頼できる情報源で「LGBT」を題材にしたとされる作品(『弟の夫』など)もしくは必ずしもLGBTを題材に扱っているとは言及されていないがLGBT関連の実社会のムーブメントに影響を与えたとされる作品(『青い花 (漫画)』・『放浪息子』など)。BLかどうかや百合作品かどうか、登場人物の中に架空のLGBT当事者が含まれるかどうかは判断基準として一切関係なし。
みたいな感じに再編できればベターかなとは思います。ざっくりと個人的な所感としてはそんなところです。さらに具体的検討を進めていくとなれば、実際の議論場所はプロジェクト:フィクションプロジェクト:LGBTに話を切り分けて議論いただくのが良いかと思います。--ディー・エム会話) 2018年1月7日 (日) 10:40 (UTC)
  • 僕個人としては、現実世界のLGBTの扱いにまで関与するつもりは、少なくとも現時点では有りません。正直、手に負えませんので。『百合系統が存在しない』『ボーイズラブ系統カテゴリとやおい系統カテゴリの違いが、明白ではない』この二点だけ解消できれば、それで良いことにしたいと思います。
そして、カテゴリのページには、説明も付けられるわけですので。『百合を扱った○○に関するカテゴリ』と説明しておけば良いかと思います。知らない人は、リンク先を見て、知ることが出来ますので。
それと、カテゴリの上位カテゴリですが、複数設定できる筈ですので、例えば『Category:百合漫画』の上位には『Category:恋愛漫画』と『Category:LGBT関連漫画』の両方とも設定すれば良いと思います。--ただのしかばね / / 2018年1月11日 (木) 01:19 (UTC)
コメントCategory:LGBTの文化」に記事「ボーイズラブ」と記事「百合 (ジャンル)」を入れるのは問題ないですが、「百合漫画」にカテゴライズされる作品が一律に現実のLGBTにコミットするわけではないので、そこは分けて考えていただきたいと思います。従前の意見の繰り返しになりますが、LGBTというトピックの関連性が客観的資料で確認できないフィクション作品やフィクション内の事物を現実と混同することは歓迎できません。「:Category:百合漫画」を「Category:LGBT関連作品」に入れることに対しては反対です。--ディー・エム会話) 2018年1月11日 (木) 11:46 (UTC)
  • スミマセン、うかつでしたね。『百合○○』の下に『ガールズラブ○○』を設け、LGBTはガールズラブの上位とするべきでしょうか? 百合というだけでは強い友情も含みますので、明示的にガールズラブ作品またはレズビアン作品だと評価している(明示的に、強い友情ではなく恋情だと言及されている)、信頼できる情報源が『ガールズラブ』適用には必要になるかと思いますが。--ただのしかばね / / 2018年1月11日 (木) 18:33 (UTC)
返信 いえ、そういうことではないのです。--ディー・エム会話) 2018年1月12日 (金) 14:31 (UTC)
コメント 一連の議論を眺めていて思ったのですけども、「ただのしかばねさんが個人的に感じるカテゴリ存在有無の差別感」が根底にあった状態でのカテゴリ新造および既存カテゴリ統廃合提案である、と思っています。──けども、その議論根底の論拠足り得るWP:RSに合致する出典情報源の提示がない状態で、ただのしかばねさんが納得するまで(主張が認められるまで)永続的に続けられる反論というのはWP:DR#2非推奨レベル3であり、行動自体が完全にWP:IDIDNTHEARTHATではないでしょうか?
具体的な文書としてはWikipedia:妨害的編集#いつまでも納得しないに説明があります通り「(当初から誰も賛成していないのに)カテゴリ統廃合を既定路線として賛成者が出るまで半永久的に繰り返されるであろう水掛け論の実施」「意見を聞いて貰っていることを賛成寄りと勘違いしているのではないかという懸念」を行っているように見えてしまいます。
当提案議論の着地点が既存カテゴリ統廃合であることは分かりますが、そのご主張の根底にある出典情報源(と、そこから導き出される論拠)を提案者の方から一度まとめられた方が、以降の「建設的な」議論の一助になるのではないでしょうか。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月13日 (土) 00:19 (UTC)

一般ユーザからソックパペットと呼ばれた場合の対応について[編集]

管理者の方ではない一般ユーザの利用者:切干大根会話 / 投稿記録 / 記録さんが、私をソックパペットとして報告されました[6]。その際に切干大根さんは私について「意味不明な持論の展開、「学術的」の多用から利用者:Free02会話 / 投稿記録 / 記録のブロック破りと判断します」と仰っており、何故ソックパペットと判断されたのか私には分かりませんでした。

ご本人に、「意味不明」とはどの箇所か、WP:RSから「学術的」という表現を引用することに問題があるのか等を質問し、本当にソックパペットを疑うならWP:CUを依頼してもらってかまわないとお伝えしましたが、返答は「もとのアカウントでブロック解除に向けて取り組んでください」「目的外利用です。お引き取り下さいませ」というものだけでした[7]

結果的に切干大根さんは、私がCU依頼に賛同してもCU依頼をされず、しかし私をソックパペットと判断されているままであり、記事編集についての対話もほとんどできていません。こういった場合、私はどのような対応をすべきでしょうか?--アジュール会話) 2017年12月29日 (金) 05:18 (UTC)

ソックパペットはIPで判断されることもありますが、行動で判断されることもあります。特別:投稿記録/アジュールを見る限、過去のアカウントを隠している等の疑いが生じるのは仕方ないのではないでしょうか。ここからご質問の「私はどのような対応をすべきでしょうか」についてですが、ウィキペディアであなたが何を目指して活動しているか(典型的には、特に書きたい記事・分野があるとか、ですが)、目標達成にあたって具体的に何に困難を感じていらっしゃるか、によって答えは変わってくるかと思います。 --163.49.209.155 2017年12月29日 (金) 13:45 (UTC) --163.49.209.155 2017年12月29日 (金) 13:45 (UTC)

「アジュール vs 切干大根」「アジュール vs Free02」「切干大根 vs Free02」について、Wikipedia:ツールIntersect Contribsで調べてみました。[1][2][3] 単なる感想(と憶測)ですが、切干大根さんノート:AKB48ノート:AKB48グループの議論からあなたを排除する目的で、よく似た表現をしているユーザーを探して「ソックパペット」と主張されたように思います。 切干大根さんの意図に沿った形で行動するのは、いささか不愉快かもしれませんが、むきにならずにこれらの議論から撤収されるのがよいと思います。あなたの主張が正しくて、切干大根さんの主張が間違っているのかもしれませんが、もしそうなら、あなたが議論から撤収されてもいずれ切干大根さんが間違いであることが分かると思います。いささか質(たち)の悪い利用者のようなので今後関わり合いになられないことをお勧めします。113.21.52.112 2017年12月30日 (土) 02:47 (UTC)

脚注

Symbol comment vote.svg 追記 Wikipedia:ツールのX!'s Edit Counterで調べてみたところ、切干大根さんは、Wikipedia空間への投稿の比率が 27.5%と高くなっています。2017年3月4日 (土) アカウント作成とのことですが、どなたか他のアカウントユーザー(ひょっとしたら解任された管理者)のソックパペットかもしれません。憶測の範囲を出ませんが、この憶測が正しいにせよ間違っているにせよ、つきあわないほうが良い相手であることには違いありません。113.21.52.112 2017年12月30日 (土) 03:08 (UTC)

163.49.209.155さんは「過去のアカウントを隠している等の疑いが生じるのは仕方ないのではないでしょうか」と仰っていますが、それは具体的にはどの部分を指してらっしゃるのでしょうか?私の行動の内、いずれが規定に反したものであるのかを教えていただけると助かります。 もしや「過去のアカウント」とは、私がIPユーザとして編集した時のIPでしょうか?それでしたら、私がIP:180.10.91.68であることは切干大根さんにもお伝えした[8]はずですが。
何を目指しているかを言えば、規定に従いつつメディアやメディア研究分野を中心に執筆するつもりです。困難を感じていることは、ソックパペットと誤認されていること、それを理由に対話に応じてもらえていないこと等です。
113.21.52.112さん。もし私が「議論から撤収」し、切干大根さんと「今後関わり合いになら」ないとしても、私自身に規定違反があるとしたらいずれ私はブロックされるように思います。163.49.209.155さんへの内容と若干重複しますが、私に規定違反があるのならば、具体例をご指摘していただけるでしょうか。
切干大根さんの方がソックパペットと、113.21.52.112さんは仰っているのでしょうか?そこは私にはよく分かりません。いずれにせよ、私がソックパペットだという疑いを晴らしたいと願っています。その後特に問題なければ、記事編集について切干大根さんと対話を続けたいと思います。--アジュール会話) 2017年12月30日 (土) 04:42 (UTC)
  •  コメント クリーンスタートは認められているわけですから、そのアカウントになんら問題行動の見られない時点でソックパペットと決めつけるのは時期尚早だったのではないかと思います。クリーンスタートの性質上、アジュールさんが実際にそうであるかを議論するつもりはありません。--Hiroes会話) 2017年12月31日 (日) 08:24 (UTC)
    • クリーンスタートの性質上慎重になるべきなのは過去のアカウント名を暴こうとすることであって、過去のアカウントが存在するかどうか(初心者なのか、○年の経験がある人なのか)を明らかにすることではありませんよ。この点についてアジュールさんは態度が曖昧だと思います。ブロック依頼では、他の文献を読んでウィキペディアの参加方法を学ぶこともできるとおっしゃる一方で、自分自身がそうしたかどうかは明言していない。「ソックパペット」という用語をはじめて見たとしても検索すれば「CU」など関連用語が見つかるとおっしゃる一方で、自分自身がそのようにしてはじめて見た・はじめて調べたのかどうかは明言していない。言葉を濁したければ、それは個人の自由ですが。 --163.49.209.1 2018年1月6日 (土) 11:18 (UTC)
      • 逆用されても困るので具体的な言及は避けますが、アジュールさん(180.10.91.68さん含む)が全くの初心者でない事はその行動から議論するまでもないと思っていましたので、無意識に端折ってしまいました。確かにそこを曖昧にされたままだと変に疑われる事もあるでしょうね。--Hiroes会話) 2018年1月6日 (土) 12:34 (UTC)
  • 結局「対話」したいという言葉がよく出てくるものの、その対話の議題がよく分からないのですが。具体的にどの記事をどうしたいという話で揉めているのでしょうか?ここやコメント依頼などを使って、端的に論点を提示して、他の人の意見を求めてみてはどうですか?1対1の対決の構図になっているときは、他の人の意見を求めた方がいいことはよくあります。「ソックパペット」と見なしている人から応答がもらえないとしても、他の人が応答すれば、それでいいんじゃないですか。繰り返しですが、1対1で「勝つ」必要はありません。 --163.49.209.1 2018年1月6日 (土) 11:24 (UTC)
  • 「切干大根さんに一方的にソックパペットと決めつけられたままなのが気になる」のだと推察しますが、そこは「このような場ではよくあること」として割り切るしかないと思います。実際にソックパペットかどうかを判断するのは管理者の方ですし、何か規定違反があるとすればブロックに至るまでの議論の中で明らかにされるでしょう。163.49.209.1さんも仰っているように、切干大根さんとこの件でこれ以上議論する必要などないと思いますよ。--Hiroes会話) 2018年1月6日 (土) 12:34 (UTC)
    • 思っていたより多くの方からコメントをいただけている様子で、皆さんありがとうございます。
ソックパペットについては勉強になりました。当然と言えば当然かもしれませんが、規定違反等の根拠なしにソックパペットと報告しても無効なのですね。切干大根さんが投稿ブロック依頼を二度提出されているので、何をすべきか(しないべきか?)迷っていましたが、これなら大丈夫そうです。
私はIPユーザとして散発的に活動していた期間があり、Hiroesさんの仰る通り「全くの初心者」ではありません。ブロック依頼での私のコメントですが、他の文献等によってウィキペディアの参加方法を学んだことを伝えたつもりでした。しかしいろいろと言葉足らずだったようで、すみません。
ソックパペットという用語ははじめて見たわけではないです。辞書やニコニコ大百科などにも載っていますし[9][10]、会話ややり取りで知った面もあります。ウィキペディアのソックパペットやCUについては、以前に多少調べた覚えがあります。本格的に調べ始めたのは今回が初だと思います。
私は切干大根さんに「勝つ」というよりも、自分がソックパペットではないと証明し、記事編集について話し合いたかったという状況でした。が、私が特に規定違反をしていないとか管理者さんがソックパペットと判断されていないという現状では、ソックパペット云々は大した意味がないようですね。
「具体的にどの記事をどうしたいという話で揉めている」かと言いますと、「AKB48」と「AKB48グループ」の二つです。
この両記事に{{出典の明記}}{{一次資料}}{{精度}}を貼り付けた[11][12]のですが、切干大根さんがコメントなく取り消しされました[13][14]。アカウントが無いのも一因かと推測し、アカウントを取得した後に取り消し理由を尋ねていたら、突如「議論以前に、あなたは投稿ブロックされた利用者:Free02(会話 / 投稿記録 / 記録)さんですよね?」[15]と返答されて、今に至ります。
ひとまず、ソックパペット云々はこれで一旦解決とし、記事編集について他の方から意見を募ろうと思います。--アジュール会話) 2018年1月8日 (月) 12:30 (UTC)
  • 報告 IP:113.21.52.112ノート / 履歴 / ログ / Whois IPv4IPv6はproxyとして1年間ブロックとなりました。--切干大根会話) 2018年1月8日 (月) 23:40 (UTC)
    • その方はオープンプロクシとしてブロックされたようですが(利用者‐会話:113.21.52.112参照)、ブロックされたIPユーザが投稿したコメントに抹消線を引く[16]よう推奨している規定はあるのでしょうか?--アジュール会話) 2018年1月12日 (金) 10:17 (UTC)
      • コメント 横から失礼。そのような規定は存じませんが、本来発言権がない訳ですから、「なかったもの」として扱うのが一番「中立的」だと思います。--Hiroes会話) 2018年1月12日 (金) 11:07 (UTC)

「は」と「とは」、どちらを使いますか?[編集]

私が強迫性障害完璧主義なのかもしれませんが、記事の書き出しの所、「○○(読み)は」と「○○(読み)とは」とで分かれてしまう必然性が見いだせません。例えば英語版ウィキペディアのほうは"is"や"was"などが使われています。それを日本語に直訳すると「○○は」になると思うし、実際多くの記事がそうですが、「○○とは」から始まる記事も少なくはありません[1]百科事典として「とは」のほうが適切な気もしますが。その辺はどうお考えなんでしょうか。 —以上の署名の無いコメントは、42.126.144.72ノート)さんが 2018年1月5日 (金) 15:12 (UTC) に投稿したものです。

  1. ^ https://ja.wikipedia.org/w/index.php?search=とは
どちらでも支障ないから、書く人によって分かれているだけではないでしょうか。--ただのしかばね / / 2018年1月5日 (金) 15:52 (UTC)
『は』の方が自然な場合と、『とは』の方が自然な場合と、有るという事ではないでしょうか。提示された検索結果を見ると、『は』だと違和感のあるものが結構ありました。逆に、『は』の方が自然な場合も多いからこそ、『実際多くの記事がそう』なのだと思います。--ただのしかばね / / 2018年1月5日 (金) 15:57 (UTC)
どちらでも、その文の結びの形に対して自然なほうを用いれば良いかと思います。紙でできた(日本語の)事典・辞典類では「A(=項目名)は/とは、Bである。」という書き出しの文はなく、書き出しはいきなり「B。」ですから、こういう書き出しは、いわばウィキペディア独自の慣例なんですよね…。で、紙の事典・辞典で標準的な体言止めも、ウィキペディアでは嫌われる傾向があるので、書き出しの一文も「……である」「……をいう/指す」など様々です。前者なら は/とは どちらも使えるものの、後者だと とは のほうが自然な気がします。--Hisagi会話) 2018年1月5日 (金) 22:18 (UTC)
この手の文章をよく目にするせいかもしれませんが、用語の定義として書くというのであれば、当方としては「とは」を使う方が違和感が少ないです。ただ、あえて統一を図る必要性までは感じません。 --kyube会話) 2018年1月6日 (土) 05:03 (UTC)簡易的にreferencesを設置しました。 --kyube会話) 2018年1月6日 (土) 05:03 (UTC)
ただ、なぜか人物記事の場合は、「は」の方が違和感がないですね。謎です。 --kyube会話) 2018年1月6日 (土) 07:00 (UTC)
主題が「A山」「B川」「C湖」「D市」など、「山なんだね」ということが自明であるような場合には、「A山は」で始めるのが自然なんだろうと思います。名称は「A山」だけど、実はこれ果物の品種名なんです、みたいな場合には「A山とは」で始めるほうが自然な感じがします。感じですが。ま、どっちでもいいこと、気にするようなことではないと思います。英文でも「A is 」と「A is 」でニュアンスは変わりますし。--柒月例祭会話) 2018年1月6日 (土) 07:08 (UTC)
端的に言えば、よく知られた事物のうちのひとつである場合には(その事物への言及は不要なので)「は」、事物そのものに言及する必要がある場合には「とは」という事だと思います。ニュアンス的には違うものだとは思うのですが、いざ言葉に収束して説明するとなると難しいですね。--Hiroes会話) 2018年1月6日 (土) 09:26 (UTC)
コメント ご質問の趣旨から少し逸れるかもしれませんが、「は」と「とは」に加えて「では」「には」も交えて捉え直してみると、なんだか面白そうですよ。jawpの記事の書き出しにおいて、主題を提示するときに使う表現として、「とは」は「…とは何ぞ(や)」という疑問形を念頭に「…とは何かというと」を省略した形(例: 人間)、「では」は一言では言い表せないような主題(例: 日米関係)を提示する形の一つ、「には」は様々に定義され得る主題を間接的に提示する形の一つ(例: 音楽)、といったところでしょうか。私個人の感覚としては、「とは」を用いると、その後に続く文の内容について、読者/聞き手の関心を引きつける効果が表れるような感じがしますし、先に挙げた【人間】のように、定義が哲学的なニュアンスを帯びるような主題にも「とは」が使えると思います。このほか、ウィクショナリーの【とは】の説明「通常、ことを用いて定義する」という見方や、Hisagi氏のコメントにあるような「係りと結び」の関係を基礎にする考え方も理にかなっていると思います。--Doraemonplus会話) 2018年1月6日 (土) 15:25 (UTC)
あまり上手く言えないのですが、固有名詞に「とは」を用いるとやや礼に欠ける感じがするのは私だけでしょうか。なんでだろうと考えてみると、「は」は「ほとんどの人が知っているであろう」表現、「とは」は「さほど著名とは言えない/知らない人が多々居るであろう」表現なのかな、と思ったりします。人名や団体名・車名や番組名など、少なからず愛着や親近感を持てる固有名詞である場合に顕著に感じます。個人的には生物全般にも「とは」はそぐわない(と言うより「は」の方がしっくり来る)感があります。--Purple Quartz会話) 2018年1月14日 (日) 07:16 (UTC)
コメント 他の皆様と同じような内容とも思いますが、個人的には、対象が明確な場合(例えば人物)は「は」、その用語の指す意味や範囲も含めて改めて説明したい場合(例えば左翼・右翼全体主義)は「とは」、というニュアンスがあると思います。言い換えれば、本当は「世間では安易に使われているが、そもそも左翼・右翼という用語は」と書きたいような場合は「とは」が向くし、逆に「は」でも「一般には」などを併記している場合はニュアンス的には「とは」に近い気もします(例えばジプシー)。とはいえ、人物でも歴史上の人物で存在が曖昧な場合もあり、一見明確な「動物、植物」なども完全な分類はできないので、程度問題ですし、編集者による個人差も大きいため、明確な使い分けはされていない(というか、できない)と思います。語尾の「〇〇です」(普通の断定)、「〇〇である」(強く断定)、「〇〇のことである」(改めて強く断定)も似たようなものかと思います。また、同じ記事内でも、堅苦しい「とは」「である」などは、記事の冒頭(導入部)や概要では平易さを優先して避けて、記事詳細では多用する場合もあると思います。ただし冒頭を意図的に単純化して平易に書くと、冒頭だけ読んで「不正確」と指摘する人と議論になる事も多く、難しいところですが、最後はバランス感覚や編集者の趣味などかとも思います。--Rabit gti会話) 2018年1月14日 (日) 07:26 (UTC)

私は「とは」を使います。--パープルレッド会話) 2018年1月15日 (月) 22:48 (UTC)

言われて改めて考えると「感覚的に使い分けている」ように自己判断しました。ただ、必ずどちらかに統一せよ、と言われると弊害の方が大きそうな気がします。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月16日 (火) 03:53 (UTC)

「関連項目」からカテゴリ的な「一覧」記事がリンクされている[編集]

記事の「関連項目」に分類のような感じで「○○の一覧」がリンクされていることがよくあるのですが、この習慣(?)にはどういう意味があるのでしょうか。特に、読者にとっての有用性は何でしょうか。似た記事がみつけられるように、ということなら、カテゴリで済むと思うのですが。相当するカテゴリが存在しない場合にのみ使う、ということならまだ分かります。しかし、たとえば、京都駅の場合、現状、「日本の鉄道駅一覧」という関連項目と「Category:日本の鉄道駅 き」というカテゴリの両方がついています。

いつからあったのかなと思い調べてみると、「京都駅」記事の場合、2004年から「日本の鉄道駅一覧」へのリンクがつきました。「琵琶湖」記事の場合、2004年に「湖の一覧」へのリンクがつきました。いずれも当時記事にカテゴリは全くありません。恐らくカテゴリ機能自体存在しなかったかまだ普及していなかったのでしょうか。

勿論2004年と古い例ばかりではなく、「花崗岩」記事の場合、2007年に「岩石の一覧」へのリンクがつきました。「ナガシマスパーランド」記事の場合、2013年に「日本の観光地一覧」へのリンクがつきました。「宇多田ヒカル」記事の場合、2016年9月(「ニューヨーク州出身の人物の一覧」)です。特に短期間に一気に付けられた訳ではないようなので、カテゴリ機能ができた後の例は、既存記事を模倣して付けたのかなという想像もできます。

Wikipedia:一覧記事(提案中)には一覧記事からのリンクの説明はありますが、一覧記事へのリンクの説明はないようです。

私の現時点での仮説は

  • カテゴリ機能がなかったときに、分類のため、「一覧」へのリンクを付ける慣例ができた
  • カテゴリ機能ができたあとにも「一覧」へのリンクはあまり消されなかった
  • 現時点では、両者が1記事内で同じ役割を果たしていることがある

というものです。

実際、カテゴリができはじめた頃の議論(2004年)でも、両者は「重複している」(こともある)、という指摘がありました。Wikipedia:井戸端/過去ログ/2004年9月#カテゴリーについて

皆さんはどう思われますか。

(ちなみに、これは、重複しているからすぐに一覧へのリンクは消しましょう、という提案では現時点ではありません。もしこういう経緯で重複したという理解があってるのなら、現時点では重複して1記事に書く理由はだいぶ減ってきたんじゃないかな、くらいの思いはありますが)

(なお、親子関係にある記事のようなケース、たとえば、「台湾」から「台湾関係記事の一覧」にリンクする、「少年週刊マガジン」記事から「少年週刊マガジン連載作品の一覧」にリンクする、というようなケースは特に問題視していません。また、「一覧」系記事の存在自体をどうこう言いたい訳でもありません。対象はあくまで、関連項目節からカテゴリ的な一覧へリンクすることについてです。) --49.239.67.153 2018年1月7日 (日) 11:02 (UTC)

コメントちょっと特殊なケースですが、Goo_Wikipedia記事検索で記事を閲覧するとき、関連項目は表示できますがカテゴリは表示できません。そのため、関連する項目はカテゴリにあっても関連項目などにリンクがないと閲覧できないのです。一般的なケースではありませんが、関連項目に一覧記事へのリンクがあると嬉しい場合もある、ということで。
なお、そもそも一覧記事だと未作成の項目も赤リンクで含めておけるが、カテゴリでは存在する記事しかわからない、とか、一覧だと好きな順番で記載できるがカテゴリだとコード順にしかならない、などの細かい部分で違いがあり、カテゴリだけで全ての要求を満たせるわけではありません。例えばの関連項目には日本の山一覧の他に日本の山一覧_(高さ順)などがあり、これらはカテゴリでは実現できません。--アルビレオ会話) 2018年1月7日 (日) 21:52 (UTC)
コメント 「Goo_Wikipedia記事検索」は、ちょっと置いといてコメントします。親記事の「台湾」から「台湾関係記事の一覧」や「山」から「日本の山一覧」は良いと思います。提起者の仰る子記事から一覧記事が必要なケースを考えてみました。日本百名山のような限定的なものであれば、他も知りたいと思う閲覧者がいてもおかしくないと思います。もし「日本百名山」が「日本百名山の一覧」記事と分割されており、かつTemplate:日本百名山がない、かつ記事の半分ほどが赤リンクである、だったとしましょう。そうなると日本百名山の1つの山の記事から「日本百名山の一覧」をリンクしておけば、残りの99を知りたい閲覧者に有用です。幸いな事に、日本百名山は全ての記事があり、テンプレートもありますが、きっとこういうケースもどこかにあるとは思います。一方、早稲田大学出身の人物記事に「早稲田大学出身の人物一覧」とか、川の記事に「川の一覧」のような限定されないものは不要だと思います。--JapaneseA会話) 2018年1月8日 (月) 01:48 (UTC)
コメント 現在、関連項目とNavboxとSide barで重複しているページ群の修正している者です。私の基本的な姿勢は、NavboxやSide barの内容を関連項目節で代替できる場合は「関連項目を優先」です。理由はモバイルビューやモバイルアプリだとNavboxもSide barも表示されないためです。同様の理由で、カテゴリもモバイルだと表示されないのでご注意下さい。Wikipediaのページ閲覧の過半数はモバイル経由となっており、昨今はデスクトップビューの方がマイノリティ化している現状です。参考事例として経済学をご覧下さい。経済学のモバイルビューだと、右上 (Infoboxと同じ場所) にある{{経済学のサイドバー}}も、ページ末尾の2つのNavbox {{経済学}}と{{社会科学のフッター}}も、カテゴリも全て非表示になります。--Mis0s0up会話) 2018年1月8日 (月) 02:21 (UTC)
コメント 議題から外れますが、モバイルビューでテンプレートを表示すべき、あるいは、展開されずともTemplate:経済学のリンクが出るようになれば良いと思います。テンプレに載っているもの全てを関連項目に書くわけにも行きませんので。--JapaneseA会話) 2018年1月8日 (月) 02:47 (UTC)
情報 FYIです。en: Template:Template displayは、デスクトップとモバイルで表示が異なるテンプレに貼り付けるための警告表示です。デスクトップとモバイルの両方で表示されるもののレイアウトが異なる"Adaptive"もの (例: {{Infobox}}関連)、モバイルビュー&モバイルアプリではそもそも表示されないもの (例: {{Navbox}})、デスクトップとモバイルビューでは動作するもののモバイルアプリで機能しないもの (例: {{Yes}}のセル色付け) などがあります。これらはテンプレ単体側の問題もありますが、多くは大元で制御されていますので、簡単に変更できません。これらデバイス互換性についてはH:MOBILEが参考になりますが、互換性早見表が概論しか書かれていないという現状です。「カテゴリやNavboxはオマケ機能であり必須ではない」という設計思想に基づいて、たぶんモバイルビューやモバイルアプリが開発されているのではないかと。--Mis0s0up会話) 2018年1月8日 (月) 03:07 (UTC)
コメント モバイルビューでも経済学からこのリンク[17]が出れば良いと思いますが、まーこの辺は開発側の匙加減なので。--JapaneseA会話) 2018年1月8日 (月) 03:18 (UTC)
すみません、私の先述の説明が悪かったようなので補足します。{{経済学}}単体でモバイル表示する/しないの制御はできません。なぜなら{{Navbox}}を使って作られた孫テンプレだからです。子である{{Navbox}}をモバイルで表示する/しないを制御しているのは、親です。同様に{{経済学のサイドバー}}は孫であり、子の{{Sidebar}}をモバイル表示しないと決めているのは親です。したがってNavboxやSidebarを使っている孫たちは全てモバイル表示されない仕様です。Navboxを使用している一覧Sidebarを使用している一覧を見れば分かりますが無数にありますので、影響範囲が大きすぎて今から急にモバイル表示しようと親は判断しかねるでしょう。--Mis0s0up会話) 2018年1月8日 (月) 03:33 (UTC)
コメント 「モバイルビューの時は、展開ではなく、単純にTemplate:経済学など全てのテンプレートをリンク表示してくれれば良いのに。モバイルビューでも[18]のように表示自体はできるのだから」という思いでした。何か関係ない話となってしまい、すみません。--JapaneseA会話) 2018年1月8日 (月) 03:46 (UTC)
コメント 蛇足 H:MOBILEの作成者です。これは先行議論Wikipedia:井戸端/subj/モバイルユーザー向けの方針文書は存在するか?の合意の元に「PC版ユーザーから見たモバイルユーザーの不便」に着眼した根底があるもので、現状の解説ヘルプ内容に不満をお持ちであればお気軽にHelp‐ノート:携帯端末でのアクセスの方へ提案されて頂きたいと思います。なお、当ヘルプページは過去にも何度か大幅に内容改訂されています。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月8日 (月) 05:31 (UTC)
モバイルに関しては、関連項目テンプレートは無視されていますが、カテゴリは表示されるようになるようですよ。まだ実験中のようですが、オプション(ログイン不要)で「ベータ」を選択すると表示されます。カテゴリでも関連項目(から一覧へのリンク)でもモバイルのリンクの表示は大差ないとしたら、どちらを選びますか? --49.239.64.241 2018年1月10日 (水) 13:11 (UTC)
コメント 雑談 生まれたときから携帯端末を使用している若い世代は速度が早く操作が直感的なモバイルを選びたがり、それ以前の骨董品世代は表示内容が不親切で不便すぎてイライラする、PC版が矢張り最適、といった感想を抱くのではないかなあ、とか思います。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月13日 (土) 22:53 (UTC)
コメント 個人的な経験則による主観以上のものではないですけども、一覧記事ははっきり言えば読者に依る単語検索(外部WEB検索サイトからのHIT含む)ではほぼHITしないと思いますが、その一覧に読者が到達するためには各掲載記事から一覧記事へリンクされていることが必要不可欠で、関連項目へのリンクは一覧記事の存続必要性のためだけにリンクされているものであり、単独記事の方から見れば不要な項目でしかない、と思っています。──ですので、ご質問へのお答えは当方からすれば『一方的に一覧記事側の利便性のためだけに存在するリンク』かと考えます。…で。だからそのリンクを除去するだけの編集を今すぐ全記事へ対して行う必要性がある、といった問題認識が完全に的外れであるとするIPさんの認識も含めて正しいものかと感じます。◆なお、当方は『解説文章皆無の、botの自動収集一覧状態と変わりがないリンク羅列のみの一覧はウィキペディア上の一覧記事として異常な状態』であるとする個人的な考えを持っていることも上述の意見に強く影響しています(明らかにそのように書かざるを得ない/必要性が有る索引記事などは除きます)。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月8日 (月) 08:22 (UTC)
コメント 最初の問題提起は「カテゴリと、カテゴリ的な一覧は、両方は不要ではないか」という事かと思いますが、私も重複と思います。ただ、一覧には付加価値(表形式、五十音順以外の分類、記載基準の説明、注釈など)があるものもあり、今はカテゴリ的な一覧でも将来は成長する可能性もあり、またカテゴリは各記事に付けるので1記事のような管理がしずらい、などのメリデメがあるのが現状かと思います。仮に、明らかにカテゴリのみで足りるし、成長の見込みもないような一覧があれば、廃止議論をするのも良いと思います。--Rabit gti会話) 2018年1月14日 (日) 07:43 (UTC)
関連項目説からリンクすることに絞って質問したつもりです。つまり、京都駅を「日本の鉄道駅」カテゴリに入れることに加えて「==関連項目== [[日本の鉄道駅一覧]]」と記事中に書く意味は何ですか、ということです。日本の鉄道駅一覧というページが存在する意味は何ですか、ではありません。今の所、「Goo Wikipedia記事検索やモバイル版等カテゴリ機能未対応(もしくはあえて非表示にしている)のサイトから閲覧しているユーザが困らないようにするため」「関連項目としてリンクでもしておかないと一覧記事が事実上孤立して一覧記事がいずれ忘れられてしまう恐れがあるため」という2点の指摘がありました。 --49.239.68.7 2018年1月14日 (日) 08:16 (UTC)
コメント なるほど、失礼しました。「各記事の関連項目から、カテゴリ的な一覧へのリンク」に限れば、「(カテゴリ的な)一覧」が存在する以上は、自然であり当然と思います。(仮に、関連する内容でほぼ同一内容の記事が2つ存在すれば、その2つを関連項目にリンクするのが自然かつ当然で、その2記事を記事統合すべきかどうかは別の話、というのと同じと考えます。その記事から見れば、関連する記事が存在する以上、(その関連度合いはありますが)リンクするのは当然ですので。)--Rabit gti会話) 2018年1月14日 (日) 08:45 (UTC)
カテゴリが「関連項目」と銘打ってリンクされるのをみたことはあまりありませんが、一覧は関連項目扱いで多くリンクされていますね。「日本の鉄道駅一覧」が「京都駅」の「関連項目」の一つである、「ニューヨーク州出身の人物一覧」の「宇多田ヒカル」の関連項目である、というのは、ちょっと異質では?。関連項目に普通あるものとしては、歴史や経歴上密接な関係のある人や物を想像しますが。関係があるかないかであればないとはいえないでしょうが、関連項目(提案中)によれば、関連項目は本文記事を理解する上での補足、となっているようです。「日本の鉄道駅一覧」「ニューヨーク州出身の人物一覧」には本文がないので、そのページ自体に補足情報はないようです。 --49.239.71.5 2018年1月17日 (水) 00:43 (UTC)

理解していない利用者による「細部の編集」を制限できないか[編集]

時折、編集の際に「細部の編集」を常用している利用者を見掛けるのですが、そういった利用者は「細部」の意味を理解している様には見えません。 現在は、単にチェックを入れれば誰でも「細部の編集」が可能な様ですが、ウィキペディアの仕様を変更した上で、一度規約を読んで承諾した利用者しか「細部の編集」を使用できない、あるいは注意を受けても改まらない利用者には、管理者権限で使用を制限するといった手段は取れないのでしょうか。 --Onhigan会話) 2018年1月8日 (月) 09:28 (UTC)

細部の編集は「登録利用者」全員に与えられる利用者グループの権限 「細部の編集の印を付ける」(minoredit) によって可能になります。技術的には minoredit の行使を制限する権限グループを作ってそれを付与すると、細部の編集とすることが(通常の編集画面、ヴィジュアルエディター、API 何れにおいても)できなくなります。ただし、これをするための合意形成やサーバーに置かれた設定ファイルの変更提案を出すのはとても手間なので、労力に対して得られる効果は乏しいと私は思います。管理者等が利用者個別適用の js/css にチェックボックスを消す記述をする方法もありますが、当該利用者自身で解除できますし、何より現行運用上不具合でもないのに勝手に他人の js/css を書き換えるのは問題があります。現実的には「対話拒否」(対話に応じない場合)「各種方針の熟読期間」等で当該利用者自身の会話ページ以外(場合によってはそれも含める場合もある)の編集を全面的に制限する投稿ブロックとなるかと思います。--rxy会話) 2018年1月8日 (月) 15:35 (UTC)
追記: Special:Preferences#mw-prefsection-editing-editor 「すべての編集を既定で細部の編集とする」が有効になっている場合、編集画面を開いた段階で 「これは細部の編集です説明」にチェックが入っている状態(☑)になります。--rxy会話) 2018年1月8日 (月) 15:40 (UTC)
この設定オプションを意味を理解せずにチェックしている人もいるように思います。英語版のようにこのオプションを使えなくする(m:Help:Preferences#Editing)のも一案かなと思います(簡単にできるのかはわかりませんが)またHelp:細部の編集を見ると、この設定オプションについての言及がなく、過去に無意識的にチェックしてた場合、対話で指摘されても理由がわからず困惑するんじゃないかと思ったりもします。--115.39.11.17 2018年1月9日 (火) 23:55 (UTC)
Help:細部の編集に個人設定について加筆しておきました。 --Onhigan会話) 2018年1月10日 (水) 21:53 (UTC)
やはり現状では相手のノートページで指摘して改めてもらうしか無いのでしょうが、よく分かっていない利用者が簡単に「細部の編集」を利用できる事自体が問題を招いている様に思います。HotCatの様に個人設定で有効にしない限り細部の編集を使用不可にするのが良策であると思うのですが、それが難しいのであれば、「一部の編集」との誤解を招く「細部の編集」という名前自体を見直すべきではないでしょうか。 --Onhigan会話) 2018年1月10日 (水) 21:53 (UTC) 書き込みの位置を変更しました。 --Onhigan会話) 2018年1月11日 (木) 14:34 (UTC)
もし名称を変更する場合、英語の「Minor edit」のままでも良いのではないかと思います。日本語の名称に訳さずとも、用途を説明しているHelp:細部の編集へのリンクがあるので問題は無さそうに思います。 --Onhigan会話) 2018年1月11日 (木) 15:05 (UTC)
提案 プレビューをしないで投稿する利用者に対してHelp:プレビューを表示を利用者ノートページで誘導するように、必要以上に細部の編集を多用する利用者に対してHelp:細部の編集を利用者ノートページで誘導するのは如何でしょう(同ヘルプでの、細部の編集にチェックをすべきでないケースの解説の補充は必要かもですが)。それでも改まらない利用者には、コメント依頼等々を経て投稿ブロックという手段を取りうるかと。運用で乗り切るのがベストとは言いませんが、良くも悪くもプレビュー表示は運用で乗り切っているわけで、細部編集も運用で乗り切り得る事項と思いました。--221.240.155.210 2018年1月10日 (水) 03:03 (UTC)
コメント プレビュー表示(Wikipedia:同じ記事への連続投稿を減らす)は「手引き書」、Help:細部の編集は「ヘルプ文書」で、本来的には遵守徹底する必要性自体が曖昧なものです。詳しくはWikipedia‐ノート:同じ記事への連続投稿を減らすWikipedia:井戸端/subj/「Wikipedia:同じ記事への連続投稿を減らす」は正式なガイドラインなのか?を参照。──その上で、プレビューしろ、細部の編集を外せ、と何度も言ったのに無視した⇒コメント依頼へ進もう! というのは何か無理筋のような気がします。 / (別の問題も含んだ上で)対話要請に対し返信そのものがない状況が継続するのであれば「対話拒否」という別の問題が発生しますが、プレビューや細部の編集チェックの有無云々のみではウィキペディア利用者として其れに従わなければならない根拠そのものが不明、曖昧なことで「 従っていない状態を継続していてもウィキペディア方針ガイドラインを遵守している状況と見なせる 」という意味です。 / WP:(ryを何度注意しても返信せず遵守しなかったのでコメント依頼に進もう、みたいな話に読めてしまいまして。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月10日 (水) 08:54 (UTC)
返信 (Nami-jaさん宛) 失礼、そこまで(軽々しくコメント依頼に進もう)の意図はなく、単純にプレビュー表示に比べ細部編集が利用者に周知されてないのがネックになっているもので、比較的気軽に利用される利用者ノートでのプレビュー表示指摘と同じく気軽に利用者ノートでの細部編集指摘という運用で良いのでは、という程度の意図でした。プレビュー表示を利用者ノートで幾度も指摘される利用者もまま見かけますが、それを理由にコメント依頼に至ることはまずないですから、細部編集を利用者ノートで指摘する運用としてもコメント依頼に至ることはなく指摘する・される双方の心情的にも技術的にも負担は大きくないかなと思った次第です。--221.240.155.210 2018年1月10日 (水) 16:34 (UTC)
返信 (221.240.155.210さん宛) そういう話であればCategory:ユーザーへの警告テンプレートのひとつとしてTemplate:細部の編集辺りを作成する提案、という感じになりましょうか。既にWikipedia:案内文の文例#細部の編集とは思えない編集をする利用者に、の方に文例はありますので、案内文例を履歴継承の上でテンプレートに転記、実運用すること自体は容易かと思いますWP:MODULE#テンプレートの作成にある通り、テンプレートの作成自体はIP、アカウント利用者の区別なく現時点では特に合意を必要とせず作成出来ます)。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月11日 (木) 02:45 (UTC)
コメント (IP:221.240.155.210です) 利用者ノートページでHelp:細部の編集へ誘導するテンプレートの作成はIP利用者でも出来るよ、とご提示頂きましたが、
  1. 管理者による利用者毎(ないしグループ単位)の「細部の編集」機能の利用可否管理, Onhiganさんのご提案
  2. 個人設定で有効にしない限り細部の編集を使用不可にする(HotCatと同種機能仕様に変更), Onhiganさんのご提案
  3. 「細部の編集」という名前自体の見直し, Onhiganさんのご提案
  4. 「細部の編集」の機能停止(英語版Wikipediaに倣う), IP:115.39.11.17さんのご提案
  5. 利用者ノートでの「細部の編集」指摘テンプレートの貼り付け, 私の提案
と幾つかの案が挙がっているのでテンプレート作成は少し留めておきます。「細部の編集」という名前が変わったり、機能停止するなら、テンプレートも後続で再編集となるので今すぐに現行文言で作成するのは好ましくないでしょうし。議論がある程度収束してテンプレート作成しても大丈夫そうになったら、改めて作成を宣言して作業させて頂きますね。我こそはという方が作ってくださっても結構です。--221.240.154.130 2018年1月11日 (木) 06:40 (UTC)
今のところ具体例やデータの類が一切示されていないようです。いつ、どれくらいの量の問題が起こったのでしょうか。問題となる例は近年増えているのでしょうか。減っているのでしょうか。 --210.138.178.19 2018年1月12日 (金) 23:57 (UTC)
自分が見かけた範囲ですとこの様な具体例があります(1)(2)。こういう人が多いとは思っていませんが、誤用は無いに越したことは無いと考えています。 --Onhigan会話) 2018年1月13日 (土) 11:43 (UTC)
最近の更新(マイナー編集、経験者)[19]では50件中、(私の見た時)12件程が100文字以上のサイズ変更がされてるようです。あまりゴチャゴチャやるよりシンプルにminor-editでサイズ増減が多い場合はメッセージを出す等の編集フィルタ(変数:minor_edit、edit_delta)ができればいいのかなと思いました。--115.39.11.17 2018年1月14日 (日) 00:04 (UTC)
「あなたは**バイト以上の変更を細部の編集として保存しようとしています。細部の編集は、誤字の修正などにのみ適用が可能です。このまま実行してよろしいでしょうか」といったメッセージを出す事ができるのであれば、それも有効だと思います。--Onhigan会話) 2018年1月17日 (水) 12:52 (UTC)
コメント 根本的な問題点としては「右も左も分からない初心者が投稿時に理解している必要性があるチェックボックスが存在している」というのが細部の編集を錯誤チェック、投稿してしまっている当事者も含め、その投稿事実に右往左往している編集者たちの争点なわけで、上で115.39.11.17 さんの仰っておられる通り「(チェックボックスそのものを廃止の上で)機械的に細部の編集に掛かる閾値を固定した上で投稿バイト数でフィルタリングしてしまえば誰も困らない解決」かな、と思います。──英語版の後追いですけど「細部の編集チェックボックス自体の廃止提案」ですね。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月16日 (火) 04:03 (UTC)

議論終了済みテンプレートのmetadataクラスを除去する提案[編集]

Wikipedia:バグの報告#モバイルビューで議論終了済みの削除依頼サブページが正常に表示できないにて報告がありましたので、それを解決するため下記のテンプレートにあるmetadataのクラスを除去することを提案いたします。

まだ抜けがあるかもしれませんので、もしお気づきでしたらご一報いただければ幸いです。なお、すでにsubst済みのものについては、本提案の対象外としますが、別途議論を提起することを妨げるものではありません。--ネイ会話) 2018年1月11日 (木) 15:53 (UTC)

  • 賛成 PC版Chrome環境で似たような状況が発生しました(削除依頼テンプレートが正常にsubst展開出来なかった)。必要不可欠なものでなく、存在している意味がまるっきり不明ならば「現に発現している不具合の解消を目的に除去」しても後々に重大な問題は発生しないものかと思います。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月12日 (金) 07:06 (UTC)
  • 賛成 不具合の報告を行った者です。提案に賛成します。ただ、すでに利用者:Faso氏によって修正されていますね。これを、追認するかどうか、という話になるのでしょうか。。。(要約欄で「meta部分修正検証」と記載しており、検証であればサンドボックスで行われるべきで、この編集は差し戻しすべきなのでしょうか。。。?)--翼のない堕天使会話) 2018年1月12日 (金) 12:10 (UTC)
  • コメント 今のところ反対が出ておらず、不具合の報告もなかったので、差し戻さずに追認提案に切り替わりましょう。--ネイ会話) 2018年1月13日 (土) 18:22 (UTC)
  • 賛成 Fasoさんによる除去の追認ということで。--Claw of Slime (talk) 2018年1月14日 (日) 03:53 (UTC)
  • 報告 同種の{{古い話題のはじめ}}にもmetadataクラスが使われているため、提案に追加します。--ネイ会話) 2018年1月14日 (日) 16:25 (UTC)

ブロックされた利用者が残したコメントは改変すべきか[編集]

IPユーザがオープンプロクシとしてブロックされた場合、そのユーザが残したコメントは改変されるべきなのでしょうか?

私がこの井戸端で質問した際に回答された一人がIP:113.21.52.112ノート / 履歴 / ログ / Whois IPv4IPv6さんなのですが、オープンプロクシまたはゾンビマシンとしてブロックされました(ノート参照)。その後に切干大根さんが、113.21.52.112さんのコメントに抹消線を追加されました[20]。これはWikipediaの規定が推奨している行為なのでしょうか? あるいは、抹消線の追加ではなくコメント自体を除去すべき場合もあり得るのでしょうか?--アジュール会話) 2018年1月12日 (金) 10:22 (UTC)

「AKB48グループ」と「AKB48」のテンプレートについて[編集]

AKB48グループ」と「AKB48」の二記事に貼り付けたテンプレート[21][22]についての質問です。

この両記事とも共通して、出典が無い箇所が各所にあります。なおかつ、公式発表・関係者発言・報道といった一次資料に依存していて、専門的な二次資料がありませんでした。そこで私(IP:180.10.91.68)は上記リンクの通り、{{出典の明記}}{{一次資料}}{{精度}}を貼り付けました。その際に、編集理由はノートに記入しました。

しかし、利用者:切干大根会話 / 投稿記録 / 記録さんが両記事をノートごとまとめて取り消しされました[23][24]。私にアカウントが無いのも一因かとその時は推測し、アカウントを取得して、テンプレートを貼った理由を説明することにしました。説明はTemplate:テンプレート除去等を使いました[25]

しかしテンプレートを除去された理由については、切干大根さんは何も発言されませんでした。なおも取り消し理由を尋ねていたら、突如「議論以前に、あなたは投稿ブロックされた利用者:Free02会話 / 投稿記録 / 記録さんですよね?」[26]と返答されました。その後も切干大根さんと対話を続けようとしましたが、「もとのアカウントでブロック解除に向けて取り組んでください。以上です[27]」「もとのアカウントでブロック解除に向けて取り組んでください[28]」「目的外利用です。お引き取り下さいませ[29]」という返答が続き、何故テンプレートやノートの内容を削除されたかの説明はありませんでした。

その後、私が投稿した井戸端の節で、議論になっている議題について他の人の意見を求めたらどうかと提案されました。議論になっている記事が二つであること、および、私が記事のノートに投稿しても切干大根さんや利用者:Softyu会話 / 投稿記録 / 記録さんが無言で除去なさる[30][31][32][33][34][35]ので、ここに投稿します。両記事に一連のテンプレートを付記することが適切か否かについて、皆さんのご意見をよろしくお願いします。--アジュール会話) 2018年1月12日 (金) 10:38 (UTC)

これはページ全体にほとんど出典がない記事のケースではないようです。この場合、必要と思われる判断した箇所にTemplate:要出典範囲を貼るべきだと思います。代名詞等の前後関係により2文が連続しているのが明白なケースなど、厳密に1文1文の後に脚注を書かない人もいるのに注意して下さい。ノートで該当部分がどこか分かるように一部引用して、この部分に出典がないが誰か付けてくれないか(あるいは付け忘れではないかか)、などと質問することもできます。Wikipedia:利用案内/過去ログ/2017年上半期#何割くらいに出典を付ければ十分かをご覧下さい。 --210.138.176.243 2018年1月12日 (金) 14:29 (UTC)

アイコン画像としての企業ロゴ等の使用について[編集]

ただいま、プロジェクト‐ノート:鉄道/アイコン画像にて、記事中の企業ロゴや都道府県旗アイコンの除去提案を行っている者です。現在、アイコン画像についてはWikipedia日本語版には英語版の en:WP:ICON のようなガイドラインがなく、過去ログを見ましても「国旗アイコンの使用」「企業ロゴの使用」についての議論はありましたが、「アイコン画像としての企業ロゴ等の使用」は見つかりませんでした。現在、路線や駅など鉄道記事の多くでInfoboxや本文中に事業者名の前に企業ロゴのアイコン画像を挿入すること(例:「JR東日本のロゴ東日本旅客鉄道」「京阪電気鉄道のロゴ京阪電気鉄道」)が慣習的に行われております。個人的にはすぐ後ろに事業者名の表記もあり、またロゴのデザイン自体もJRみたいに視認性の高いものならともかく、縮小しすぎて字が潰れて視認性が悪くなっているものもあることから過剰装飾だと思いますが、そうではないという意見もありました。Wikipedia内の他分野の記事を見回してみましても、Infoboxや本文中で企業ロゴに限らずアイコン画像の挿入を多用しているのが鉄道記事くらいであることから首記の提案を行いましたが、より広くご意見をいただくべく、特に以下の点につきまして皆様のご意見をお聞きしたいです。

  • 英語版ではこの手のアイコン挿入は「強く非推奨」 (en:WP:MOSLOGO) とあるが、日本語版としてのアイコン使用の方針はどうあるべきか
  • 鉄道関連記事における企業ロゴの他にアイコン化できそうなものとして以下が挙げられるが、これらをアイコン画像として挿入することの是非
    • 航空関連記事における、各航空会社のロゴ
    • 自動車関連記事における、メーカーのロゴやエンブレム
    • その他企業関連記事における、各企業のロゴ
    • スポーツ関連記事における、選手の所属チームのエンブレムや所属校の校旗
    • ゲーム関連記事における、対応プラットフォームのシンボルマーク
  • そもそも、Wikipedia日本語版全体でアイコンの使用におけるスタイル統一を図る必要はなく、プロジェクト内で合意が取れていれば問題ないのか

--茶でもすするか会話) 2018年1月13日 (土) 04:18 (UTC)

コメント そもそもの一般論としての話ですが、世間一般の企業ロゴマークには著作権があり、使用目的を何に使用するかということを明確にしたうえで、その対象企業からロゴの使用許可の承諾を得て使用できるのが普通ではないかと思います。個人意見としては、英語版に限らずWikipedia日本語版も、アイコン画像であってもロゴの使用は同様な扱いになるのが普通ではないでしょうか。企業ロゴに限らず、エンブレムやシンボルマークで著作権フリーでないものはすべて同様な扱いだと思います。言い換えれば、使用許諾を得ていれば、それら著作権が保持されているロゴのアイコンを記事に張っても問題ないという考え方です。--小石川人晃会話) 2018年1月13日 (土) 05:33 (UTC)
コメント コメントありがとうございます。私の提起がまずかったかもしれませんが、お聞きしたかったことは「企業ロゴ」をアイコン画像に使うこと、というよりは、むしろWikipediaとしての「アイコン画像」の扱いです。もし法的問題がクリア済みであると仮定した場合、Wikipediaのスタイルとして記事中に強調の目的で企業ロゴ等のアイコン画像を使うことについてはどうお考えでしょうか。英語版のガイドラインでは「アイコンは見た目を良くする理由だけでは使うべきではありません。」とあり、鉄道記事における企業ロゴのアイコン挿入はそれに該当するのではないかと思います。--茶でもすするか会話) 2018年1月13日 (土) 06:08 (UTC)
コメント 質問について私の解釈が全く違ってまして失礼いたしました。では、法的問題をクリヤ済としていることを前提条件としてコメントさせていただきます。記事スタイルとして本文中の強調の目的で使用することには反対の立場です。Wikipediaは紙製の百科事典ではないので実に多様な表現が可能ではありますが、本文中に書かれている固有名詞などの強調目的で、文中にロゴなどのアイコン画像の過剰な使用は、かえって読者にとって「うるさく」映るだけで文章が読みやすくなるわけではないと思いますし、挿入しても、ただ編集者の自己満足に終わるだけのように思うからです。参考までに鉄道記事分野以外の同類のケースでは、道路記事分野(PJ:ROAD)のほうでも、これと似たような議論があり、「プロジェクト‐ノート:道路#文章中のJa Exp Route Sign除去提案」では、高速道路の路線番号アイコン表示をめぐって議論があったのをお見かけしました。--小石川人晃会話) 2018年1月13日 (土) 07:24 (UTC)
返信 ご意見ありがとうございます。本文中のアイコン画像挿入につきましては私も同意見です。アイコン画像に限らず装飾はWikiのシステム上やろうと思えばいくらでも出来るので、何らかの歯止めは必要と感じております。拙い訳ですが、利用者:茶でもすするか/アイコン に、英語版Wikipediaのアイコン使用についてのガイドラインの和訳を作成しましたのでよろしかったらご覧ください。--茶でもすするか会話) 2018年1月14日 (日) 00:56 (UTC)

(インデント戻し)そして「装飾目的」と「百科事典として有用な情報」の線引きに悩んでいるのがInfobox内のアイコン画像についてです。現在、各記事のInfoboxで項目に国がある場合ほぼ全てに国旗アイコンが挿入されており、鉄道記事のように運営事業者のロゴが挿入されていたり、牟田口廉也など軍人の記事では階級章が挿入されている場合もあります。のぞみ (列車)のInfoboxの運営者のJRロゴにつきましてはプロジェクト内でも意見が分かれていますし、ドナルド・トランプのInfoboxの出生欄の州旗、市旗、区旗に至っては明らかに過剰装飾な気がします(ちなみに英語版では国旗アイコンすら入っていません)。個人的意見としましては、文字表記だけで十分わかるにも関わらず「色や模様が違っていて認識しやすくなる」という理由だけでアイコン画像を追加するのは過剰装飾に他ならないという考えです。これにつきましてもご意見いただけましたら幸いです。--茶でもすするか会話) 2018年1月14日 (日) 00:56 (UTC)

「何らかの事情により画像が正常に読み込めないか読み上げられない環境」で解説に支障を来たす虞が強く、また「全てテキストで解説文章を記述している、高速軽量を両立するウィキペディアのオンライン百科事典としての最大の利点を自ら捨てている愚かな選択」とも思いますので強力に禁止されて然るべき手法かな、と個人的には思います。──英語版では{{Flagicon}}など旗アイコンの使用が過剰装飾関連文書で強力に抑制されている事情があったように記憶しています(en:WP:MOSFLAGen:WP:FLAGCRUFT)。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月14日 (日) 01:47 (UTC)
  • コメント ロゴやアイコンは調べ物の助けになっていない上、可読性も著しく落ちます。文字サイズと同じサイズにしたおかげで識別困難な状態になっているのを見ていると不快感すら沸きますね。強く非推奨にすべきかと思います。--切干大根会話) 2018年1月14日 (日) 04:50 (UTC)
  • コメント 装飾に関して言えば、航空事故記事でも最近 Flagicon を目にすることが多くなり、わずらわしく感じております。--BR141会話) 2018年1月14日 (日) 14:14 (UTC)
  • コメント 確かに、トランプさんの州の旗は、ゴチャゴチャして見ずらくなりますすね。とはいえ「ただの飾りか、または良い目印か」という点は、その絵柄が読者にとってどれだけ一般的なものかという点、そして記事の形態(例えば一覧記事における国旗など)よる所が大きいかと思います。アメリカの州の旗なんて、日本語版読者の99%は見ても何の旗か分からないですから、あまり良い目印とは言えないとでしょう。ですが国別の項目を持った、大きい一覧記事などの場合は、テキストだけよりも国旗が横に置かれている方が、目的の情報は視覚的に探しやすくなります。そういう点から一律にどうこう、というよりケース・バイ・ケースの判断が必要になるかと思います。--Was a bee会話) 2018年1月15日 (月) 10:08 (UTC)
  • 情報 - 旗アイコンについては以前の議論(Wikipedia:井戸端/subj/Infobox内に州旗/県旗/自治体旗の画像を使用することの是非)も参考になるかと思います。というより、この議論を契機に鉄道関連の都道府県旗アイコンをどうするか、と言う話に発展したはず。--ButuCC+Mtp 2018年1月15日 (月) 10:33 (UTC)
  • コメント Infobox内のロゴ画像は、Infobox内項目毎の情報重要度がロゴ画像付与により一方的に重み付けされるため削除に賛成です(en:WP:INFOBOXFLAGに同意見)。本文中のロゴ画像は、可読性のない文字を含む画像の挿入により可読性が落ちるので削除に賛成です(賛否出典見つけられず)。そこまでに異論はないのですが、スポーツ関連記事などのテーブル・リスト内での(政治等々の論争にならない場合の)ロゴ画像の削除は反対です(en:WP:MOSFLAG同等に政治論争にならないよう注意して扱う、利用例:近代オリンピック#開催都市一覧)。Infoboxと違い一方的な重要度重み付けとはならず、本文中のように全体の文章への可読性を落とすこともないと考えます。逆に、一見して得られる情報量は多く情報取得の可読性は上がるものと考えます。
画像が扱われない環境での支障は、『altなしアイコン画像・テキスト併記』で回避するのがウィキペディアで採用されているベタープラクティスと思います。 コメント 賛成 などが採用一例でこれも「色や模様が違っていて認識しやすくなる」という理由だけでアイコン画像が付与されているものと思います。その上で、コメント は『alt付きアイコン画像』として、 コメントは『altなしアイコン画像・テキスト併記』として展開し、画像が表示されない場合はテキストのみを、画像が表示される場合はアイコン+テキストを扱い、いずれの場合でもスマートな取り扱いが出来るよう実装されてます。アイコン画像を一律否定するとウィキペディア内で採用されているスマートなアクセシビリティ手法も否定することに繋がりそうなのでコメントさせて頂きました。--やなぎ0会話) 2018年1月15日 (月) 15:09 (UTC)
コメント (補足) 現時点の多数記事で利用されている国(地域)を表す表記の{{Flagicon|JPN}}日本の旗 日本)は『alt付き画像・併記テキスト』であり、画像が表示されない環境では日本の旗 日本と国名が重複して扱われて画像が表示されない環境でのアクセシビリティを落としています(企業ロゴはaltテキストがファイル名なのでもっと邪魔)。テーブル・リストでの旗利用の禁止は反対してますが、今の状態は画像が表示されない環境ではアクセシビリティを落とし、画像が表示される環境ではアクセシビリティ向上は期待できないや軽量軽快ではなくなるなどの苦言があり(個人的には共感しかねますが/画像が表示される環境で日本開催のオリンピックを探そうとした時にアイコン画像があった方がアクセシビリティが高いし、軽量軽快さは誤差だと思う)、アイコン画像を一律禁止することでも今の誰も幸せではない状態よりは改善されるので強くは反対しません。--やなぎ0会話) 2018年1月16日 (火) 14:14 (UTC)
  • コメント 鉄道分野は過剰装飾の悪い見本状態ですからね…なんであそこまで色やアイコンを使いたがるのか。--60.236.247.177 2018年1月15日 (月) 15:37 (UTC)
  • 情報 - 「なぜ国籍を決定づける旗アイコンや、その他アイコン画像装飾を使う(乱用する)ことが逆に読者を強く混乱させ得ることになるのか」という理由については提起者さんのサブページ、利用者:茶でもすするか/アイコンen:WP:MOSICONの日本語翻訳があり詳細に解説されています(28KB)。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月16日 (火) 04:11 (UTC)
コメント テーブル・リストで国旗等アイコン画像を使うべきでない(読者を強く混乱させる)理由は解説されてないんですよね(政治的論争の回避目的を除く、そこが解決されているなら使用に問題ないように読める)。それを将来的にガイドライン運用して旗アイコンを禁止するなら、「いくつかの旗は類似した形状・配色を用いている場合があり、必ずしも視覚的な情報によるアクセシビリティ向上を保証するものではありません。そのため、視覚的な情報によるアクセシビリティ向上を理由に旗を使用する必要はありません。例:アイルランドの旗 イタリアの旗」のような解説追記があると良いですね。--やなぎ0会話) 2018年1月16日 (火) 14:14 (UTC)
コメント 当該節の議論提起目的としては「WT:RAILにおける無差別的なアイコンの濫用抑制」ですが、現時点の意見交換で「そもそも誰ひとりとして(記事名前空間全般的に)アイコン画像の無制限・無差別濫用の事実自体を肯定している方はおられない」ため、前倒しでアイコン画像利用に掛かる文書として「(ウィキペディア全体に影響を及ぼす)ガイドライン化を議論している草案」としてもいいのではないかな、草案ページに移動の上で「各人が説明不足に感じる点について、より詳細な理由説明を追記」しても良いのではないかな、と思います。 / ちょいと議論範囲が広がることで導入が面倒になるかもですが、とりあえずはもともとの議論提起場所である鉄道分野で(bot作業を前提として)合意・実施、それから段階を踏んで全体的な告知期間を長く取った上で、徐々に全体に適用範囲を広げる方向性が無難かな、などと。 / その実施過程となる「実際に抑制を実施する範囲の決定議論」で、上記意見提起者さんたちの間でも部分的に割れている「本文、テーブル内、インフォボックス内で『どの程度まで』許されるべきか」を例示を交えて議論すべきではないかなあ、と感じました。こういった個別、レイアウト上の制約は恐らく分野記事ごとに閾値が変化するのではないかな、と思います。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月
コメント 単なるデザインと利便性の問題を越えて、何かしらイデオロギー的な話になるのであれば、そうしたお話には反対です。提唱者さんもなぜかこの議論のためだけに用意されたアカウントであり、まあハッキリ言えばうさんくさすぎます。そういう話はやめましょう。--Was a bee会話) 2018年1月17日 (水) 08:54 (UTC)
コメント - ここの議論はロゴ全般だったはずがいつのまにか旗主体の話に逸れてるので、(旗の処理は割と終わっている)鉄道関連の企業ロゴなどの検討は先行するプロジェクト‐ノート:鉄道/アイコン画像にて議論を進めてます。このページからフィードバックする内容は今のところなさそうです(すでにプロジェクト‐ノート:鉄道/列車#列車記事への都道府県旗の挿入についてにて鉄道分野では都道府県旗を除去する方向で動いているので)。--ButuCC+Mtp 2018年1月17日 (水) 09:20 (UTC)
コメント 提唱者は私でしょうかね。先行してアイコン画像の利用を出典(理由)なく否定されていたので、「出典を含む反対意見」と賛同しないまでも「旗の利用禁止となりうる理由」を出したら、アカウント作成日を理由に「うさんくさすぎ」とまで言われて残念です。出典(理由)のある発言者の意見より、出典(理由)なくともウィキペディア貢献実績のある発言者の意見が優遇されるルールがあるならば、実績積んで出直してきます(両者に出典があるなら後者が優遇されるべきなのは存じているけど、出典なくとも後者が優遇されるならアカウント作成経過日数的に同列に並べる時は来ないでしょうが…)。--やなぎ0会話) 2018年1月17日 (水) 11:48 (UTC)
コメント まず、元々プロジェクト-鉄道内で進めていた議論を無闇に広げてしまったことをおわび申し上げます。また、Wikipedia日本語版全体としての旗などのアイコン画像の具体的な可否についての方針を決めることは全く考えていないことを申し上げます。Wikipedia日本語版全体ではせいぜい現在の英語版レベルのガイドライン作成にとどめ、詳細は、それこそWas a beeさんが仰る通りケース・バイ・ケースの判断で各プロジェクトに任せたほうが良いと思います。
英語版の和訳をしていて思ったのですが、英語版のアイコン使用のガイドラインは国旗の使用に抑制的であると受け取れました。また、やなぎ0さんも挙げられましたが、旗・企業ロゴのアイコン画像を含めて使うべきでない理由の解説に乏しいとも感じました。新聞・雑誌等のメディアやプレゼン資料では、色付けや企業ロゴなどのアイコンで視覚的な情報によるアクセシビリティ向上、言い換えると「ひと目で見た時の分かりやすさ」を重視していますが、Wikipediaではさほど重視していないと思います(というか、Wikipediaの方針として「ひと目で見た時の分かりやすさは重要ではありません」と言い切って欲しいです)。旗やアイコン画像挿入の有無は「ひと目で見た時の分かりやすさは抜きにして、純粋に、それが百科事典の記事に役立つか」で決められるべきかと思います。これはen:WP:MOSICONにも書かれております。--茶でもすするか会話) 2018年1月17日 (水) 20:19 (UTC)

──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── コメント そもそも「見た目の解りやすさ」って「色盲、色弱、視覚障害者の利便性」を完全に蔑ろにしているもので、本来的には「導入時に検討を要するもの」であり、合意なく健常者のみの利便性を追求したのであればそれは全面的にいったん使用を中止した上で「(身体的障害の有無に拠らず)万人の利となるように調整」を合意すべき事柄ではないのかな、と感じます。視覚に関する障害をお持ちのウィキペディア利用者は国籍や信念に拠らず全世界に存在する故に、国旗その他のイデオロギー以前、人類共通のお話として。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月18日 (木) 01:42 (UTC)

  • コメント Nami-jaさんのご意見がごもっともだと思います。導入したい側が導入するに足る理由を先に提示するのが筋ではないかと。それが無いのであれば。非推奨とするべきでしょう。--切干大根会話) 2018年1月18日 (木) 02:51 (UTC)
  • コメント Nami-jaさん、私はコモンズに画像を上げる際は、使用頻度が高くなりそうなものは視覚障害者用のシミュレーション・アプリを介してチェックした後にアップロードしています。こうした事についてちょっとでも真剣に考えたことがあれば知っているはずなのですが、別に色相を持たない白黒画像を見ているわけではありません。まるで旗やロゴも視認することが出来ないレベルの世界で生きているかのように言われる方がいるというのは、実に悲しい話です。--Was a bee会話) 2018年1月18日 (木) 11:01 (UTC)
    • コメント Wikipediaで個人の喜怒哀楽を言ってもしょうがなくないですか。茶でもすするかさんのおっしゃるように、「純粋に、それが百科事典の記事に役立つか」を議論するべきかと。--切干大根会話) 2018年1月18日 (木) 11:23 (UTC)
    • コメント 「各利用者の個々の活動に賭ける信念や想い」を聞いても議論は進展しないと思いますのでスルーさせて頂きますけども、一点だけ、当方、いちばん最初のコメント時点で既に言及してあるのですけども、「旗やロゴ画像どころか文字列実体そのものを全く視認できないレベルの世界で生きている『全盲のウィキペディアの利用者』さんは現実に実在します」ので、その方々に益がないだけならまだしも『利用に際して明らかに有害と成り得る問題点』に関しては「どちらか一方だけが優先的に得をすることがないように調整が必要であろう」というお話であり、そこにイデオロギーだとかそういう思想信念は無関係ですよ、とお話したつもりです。全盲者も含む視覚障害者の利便性に配慮している方針ガイドライン文書は既にありますので、そういった既存文書の合意取り決めから逸脱しない範囲での合意形成に向かわなくてはならない理由というのは説明するまでもないかと思います。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月18日 (木) 12:42 (UTC)
      • コメント 具体的な問題ですのでスルーせずいただけると有難いのですが。そうした方々の人数と利用者に占めるであろうおおよその比率、その状態と技術的な解決の方法等々。残念なのはそうした事をしっかりと吟味されずにお話されている事であって、これは信念どうこうの問題でしょうか。--Was a bee会話) 2018年1月18日 (木) 14:11 (UTC)

出典として新聞などを優先する人について[編集]

参考文献として新聞や本を優先する人がいます。参考文献としてネットが挙げられているとわざわざそれを直してまで新聞や本を挙げる人がいます。新聞や本はお金を出さないと買えません。ネットの方がすべてのひとがあまねく幅広く参照できるはずです。出典として、ネットを最優先すべきだと思います。新聞や本は出典として不適格ではないでしょうか。--チンモミ・アハーン会話) 2018年1月17日 (水) 17:15 (UTC)

  • コメント 異なる節に議論が追加されていたため、サブページを作成し移動させて頂きました。--切干大根会話) 2018年1月18日 (木) 00:36 (UTC)
  • コメント 出典の優劣については私は説明できる自信がないのでとりあえず置いておいて、新聞も書籍も、図書館に行けば基本的に無料で閲覧できると思いますが…。特に新聞については、専門書を置いていないような普通の図書館でも閲覧できると思います。それを鑑みるに、「ネットを優先すべき」というのはちょっと乱暴ではないかな?と思います。--MK0210会話) 2018年1月18日 (木) 00:48 (UTC)
  • コメント 会員限定配信記事研究会で資料として配布された翻訳でさえ一律に不適格とはされていませんから、適格不適格でいうなら適格でしょう。むしろ検証可能性の点だけで考えるなら、内容の変更が容易で、場合によってはアーカイブもされていないケースが見受けられるネット資料より優れていると思います。とはいえ記事の質の差もあるでしょうから、もし機械的に置き換えているようならそれはそれで問題だとも思いますね。「どちらもその媒体のみから判断して『最』優先すべきではない」と考えます。切干大根さん失礼しました。--Hiroes会話) 2018年1月18日 (木) 02:18 (UTC)
  • コメント 紙媒体とオンラインのいずれも信頼できる情報源ならば、両方とも出典として併記すれば良いだけでは? 複数の出典が挙がっていれば、それだけ検証可能性がアップします。オンラインの方が誰でもすぐに検証できるという利便性があるものの、一方でオンライン記事は知らぬ間に更新されていて、ウィキペディア本文の内容と出典元オンライン記事の内容が不一致を起こす短所があります。またオンライン記事はリンク切れかつアーカイブなしに陥ることもあるため、紙媒体の出典も併記してあると、検証不可能性のリスクが回避できます。--Mis0s0up会話) 2018年1月18日 (木) 03:23 (UTC)
  • Mis0s0upさんのご指摘どおりと思います。--柒月例祭会話) 2018年1月18日 (木) 04:08 (UTC)
  • コメント インターネット上で無料で見られるWEBニュースは「同時に表示されている広告などをクリックした不特定多数が(あなたの代わりに)購読料を支払っているもの」であり、図書館で無料で見られる書籍、文献は「図書館が(公的な運営資金から捻出して)著作権者に正当な金額を支払って購入しているもの」であり、どちらもそれなりの金額を(あなた以外の誰かが)負担しているもの、なので。つまり、あなたがご自分のお財布から実際に現金を捻出して入手したかどうか、という点では、特にどちらかが(情報入手難易度として)一方的に優れているかどうかの指針には成り得ないです。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月18日 (木) 04:53 (UTC)
  • (コメント)そもそもオンラインの情報(特に日本の報道ソースの場合)は、短期間で削除される場合が少なくありません。NHKオンラインとかだと3日くらいしたら無くなってたりする。また、上でも書かれているように、内容の更新によって出典とすべき記述がなくなってしまうなんてこともあります。と言うかありました。更に出典として「http://www~」しか貼ってなかったりすると最悪です。何についての出典だったのか調査すら困難になりますから。また、オンラインの出典が削除されていると「出典が無いぞ!除去だ除去!!」みたいな対応を取る利用者が居たりするってな問題もあります。少なくとも「ネットを最優先」すべき理由は皆無です。--KAMUI会話) 2018年1月18日 (木) 10:51 (UTC)

非常に多くの出典を使用した際にテンプレートが読み込まれない現象について[編集]

2017年の政治を編集していたところ、下の方にある出典やTemplate:各年の政治が正常に機能していないことに気が付きました。その状態でプレビューしてみると、「警告: テンプレートの読み込みサイズが大き過ぎます。 いくつかのテンプレートは読み込まれません。」と表示されたため、出典の数が多すぎるせいでおかしくなっているのではないかと思います。しかし、記事中で使用されている出典はいずれも必要なものであり、削ることも出来ないでしょう。記事内容に直接影響を与えないTemplate:各年の政治はまだしも、正しく出典が表示されない状態は宜しくないものと考えられます。何かしら修正する方法は存在するのでしょうか?--Zigzag Z会話) 2018年1月18日 (木) 10:02 (UTC)

「Cite系」出典テンプレートの使用を取りやめるのはどうでしょうか。全部出典を手打ちにしたり、展開したりして。「Cite系テンプレート」もテンプレートの一種ですので、もし仮に全ての出典で「Cite系テンプレート」を使っていたら半分近く、テンプレートが減り問題解消になると思います。--Taisyo会話) 2018年1月18日 (木) 10:37 (UTC)
大まかに見る限りはこの版までは正常に表示されています。で、次の版で表示崩壊が起きています。差分を見る限りは一見正常な加筆です。テンプレートの使用上限に当たってしまったと推測出来ます。全ての「Cite系」出典テンプレートを展開したら改善出来るはずです。--Taisyo会話) 2018年1月18日 (木) 10:50 (UTC)
ご提案有り難うございます。なるほど、確かにそれも一案かもしれません。ただ、「Cite系」出典テンプレートが使用出来なくなると、かなり出典を書き込むのが面倒になる気がします。また、あれ程までに大量の出典を置き換えるとなれば、手打ちでは細かいところで書式や日付を間違える可能性があります。書式だけであれば閲覧する方に実際的な影響は与えませんが、見栄えはよくないですし、日付が異なれば虚偽になってしまいます。正直なところ、自分でミスに気付けなかった場合、他の方に全てチェックしてもらうのはかなりの重労働であり、非現実的に思われます。文句ばかり言っているようで申し訳ないのですが、単純に手間にもなりますし、別の方法があるのであればそちらにしたいというのが本音です。ただ、現状では置き換えるのが手っ取り早い対策なのであれば、そうしようと思います。上限が変更出来るのであればそれが望ましいのですが…私はその方面は疎いのでTaisyoさんのやり方が結局楽なのかもしれませんね。現在あまり時間が取れず、手打ちにする場合にすぐに取り掛かれないのが心残りです。--Zigzag Z会話) 2018年1月18日 (木) 11:11 (UTC)
コメント 全く同様事情での同様問題が2017年の日本にて昨年中に複数回発生しまして、そちらのノートページに「テンプレート制限を回避しようとあの手この手で頑張った痕跡」というのが残っておりますので参考になれば。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月18日 (木) 12:14 (UTC)
コメント 2017年の日本から2017年の政治に問題を移しただけのような印象があります。2017年の日本から2017年の政治に転記しようとする提案は、その様な印象を強く受けました。確か「Cite系」出典テンプレートは「subst展開」出来たはずです。エディタの文字置き換え機能で、簡単に所定の文字を置き換え。問題解消策としては絶大なはずです。新たな出典で「Cite系」を使うのは仕方ないにしても、許容値は大幅に増大します。手順さえ分かれば簡単に思いますが。--Taisyo会話) 2018年1月18日 (木) 12:29 (UTC)
コメント subst展開出来るかなと試してみたのですが<ref>内では展開出来ないようです。次善策として、cite展開用のBOTを作成して貰う案を提案します。それなりの手間はあるかもしれないですが、需要は一定量ありそうですし、プログラム自体はそう難しくないのではと思います。--Taisyo会話) 2018年1月18日 (木) 12:40 (UTC)
コメント refを{{subst:#tag:ref| ∼の形にしてやるとrefの内部に置いたタグやテンプレートをsubst展開出来ますよ。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年1月18日 (木) 13:25 (UTC)
コメント substとか展開というのは今後に遺恨を残す方法だと思います。英語版テンプレのようにシンプルに、Lua化をもう少し進めるとかいった方法はとれないのでしょうか。--115.38.210.185 2018年1月18日 (木) 13:40 (UTC)

(戻します) コメント別に、展開すること自体が今後に遺恨を残すとは思えないのですが。「Cite系」が個人的に好きでは無いのも一因とはしておきますが、好きで無い一番の理由が入力するのに新しい行儀をマスターしないといけない反面、それによりデータ連係の強化が期待出来ないことです。もっとも、個人的に使わないと言っているだけで他社による利用を止める物でも無いですし、廃止運動をするつもりもありません。Cite系についてのデメリットは5年以上前に言ったのですが、その様な意見があるのは一定の認識はあったと思っていますので、それなりにメリットを作り出す努力は出来たと思います。対案として出したLua化。テンプレートをLua化改良して頂ける利用者がいるのか。また、Lua化改良でどれだけテンプレート使用数上限の緩和が出来るのかが一番に思います。展開の意見については「Cite系多用のデメリット」を理解して貰う良い機会程度に思っている次第です。後、ref内でも展開出来る手段がある事について、知らないで失礼しました。--Taisyo会話) 2018年1月18日 (木) 14:11 (UTC)