Wikipedia:井戸端

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書籍に掲載されている顔写真をスキャンしトリミングして使用することは可能でしょうか?[編集]

辛辣なご意見をいただくことは覚悟しておりますので、よろしくお願いします。 ゲーム理論で有名な鈴木光男の記事を加筆しようとしているのですが、パブリックドメインの写真が入手出来ません。また、顔写真だけを取るために押しかけるのも気がひけます。というか、会ってもらえる可能性は限り無くゼロに近いです。 数ある著書を見たところ自伝である『ゲーム路論と共に生きて ミネルバ書房 ISBN978-4-623-06502-8』に本人の近影がカラー写真で掲載されていました。書籍の出版は2013年で近影が撮影されたのが2012年です。 この写真をスキャンして、顔の部分だけトリミングして使用することはWikipedia上の肖像権や著作権の侵害に該当するでしょうか?

また、侵害に該当するとしたら、写真を入手する手段として何か良い方法は無いでしょうか?--Earthboud1960会話) 2016年8月27日 (土) 02:23 (UTC)

本人同意の下で撮影され、公表された写真であれば、肖像権を侵害する可能性は低いと思います。一方で、著作権の侵害は免れないと思います。顔の部分だけをトリミングした写真であれば、理論的には元の写真の著作権侵害にあたらない(争った場合は、そのような判決がもらえる)可能性が高まると思いますが、Wikipedia内外から批判を受けるリスクの高い行為だと思います。--ZCU会話) 2016年8月27日 (土) 03:36 (UTC)
本人に会って写真撮影する以外の方法で写真を入手する方法としては、
  1. 講演会、その他行事でスピーチしている姿を撮影する(聴衆ができるだけ多く、写真撮影が許可されていることが望ましい)。
  2. 1の状況下で撮影されたと思われる写真(ネットで見つかります)の利用許諾をもらう。
ぐらいが思いつきます。--ZCU会話) 2016年8月27日 (土) 04:01 (UTC)
返信 ZCU様、早々のご回答ありがとうございます。昭和3年生まれで、ご高齢ですので講演会が今後開催される可能性は低いので、ネッ:トで探して利用許諾をもらうしかないですね。ただ、利用許諾をもらったことをどのように証明すれば良いのでしょうか?相手の方にウィキメディアコモンズにアップしてもらうのが最善の方策ですよね。--Earthboud1960会話) 2016年8月27日 (土) 05:55 (UTC)
そうですね。手順としては、
  1. 既に写真が載っている元のサイトに、「この写真は○○ライセンスで利用許諾されています」といった表示をしてもらう。
  2. 写真の権利者本人か、Earthboud1960さんが、○○ライセンスを付与してウィキメディアコモンズにアップロードする。
でよいと思います。既に公表されている写真なので、1が必要です。また、1では、サイトを書き換えられる人と、写真の権利者は一致していることが望ましいです。2では、おっしゃるとおり写真の権利者本人がアップロードするのが望ましいです。Earthboud1960さんがアップロードする場合は、1で書き変えられたサイトのコピーを証拠として保存しておいた方がよいと思います。--ZCU会話) 2016年8月27日 (土) 07:43 (UTC)
「顔の部分だけをトリミングした写真であれば、理論的には元の写真の著作権侵害にあたらない(争った場合は、そのような判決がもらえる)可能性が高まると思いますが」とありますが、勝手にトリミングしたら同一性保持権の侵害になるのでは?--14.3.233.132 2016年8月28日 (日) 04:47 (UTC)
コメント トリミングして元の著作物の創作性を完全に除去できているなら、理論上は「元の写真の著作権侵害にあたらない」→同一性保持権などの著作者人格権の保護も及ばない→そもそも権利が付随しないので侵害も成立しない、ということかと。ZCUさんも指摘されているとおり無許諾でそれをやってしまうのは良いアイデアでないとしても、たとえば先方に写真の転載許諾を得た上で背景をトリミングした画像をウィキペディアにアップする(ウィキペディア内の方針上の問題として、転載元へのライセンス表示などによる厳格な許諾の証明が得づらい場合に、画像の著作物性を予め排除して著作権上の問題を回避することで記事のノートページなどでの簡素な許諾済みの報告だけで良しとしてもらう)ということであれば、あくまで次善策としてなら道義的にも十分あり得る選択肢かと思います。--ディー・エム会話) 2016年8月28日 (日) 15:01 (UTC)

もしネット上の写真を利用されるのでしたら、{{external media}}というのも使えるかもしれません。わたしが英語版wikipediaからの翻訳時によく使っているテンプレートです。--FMmice (会話/履歴) 2016年8月28日 (日) 13:23 (UTC)

返信 FMmice様、ご回答ありがとうございます。私のノートを見ていただくと一目瞭然ですが、私は自他共に認める著作権侵害常習者です。これ以上何かやらかすと、ウィキペデイアにいられなくなる可能性が高いので、ミネルバ書房と、写真を掲載している管理者様にウィキペデイアコモンズへのアップロードを依頼しました。ありがとうございました。--Earthboud1960会話) 2016年8月28日 (日) 14:38 (UTC)
返信 ディー・エム様、お礼が前後して申し訳ありません。先にも記載しましたとお'著作権侵害常習者でWikipedia内では全く信頼されていない人物なので、リスクは極力排除したいと考えております。私のノートページ見て頂くと分かりますが、「初心者ゆえに大目に見てやろう。」状態ですので、簡素な許諾済みの報告では捏造を疑われると思いますので、私の場合はディー・エム様の方式は使えないと思っております。--Earthboud1960会話) 2016年8月29日 (月) 01:05 (UTC)
返信 ご自身の会話ページをお読みになられて「全く信頼されていない」とお感じになったということでしょうか? 自分をいくら卑下しようと本人の勝手だとお考えかもしれませんが、その会話ページにコメントを寄せている方々は何が悲しくて全く信用に値しない人間をわざわざ記事執筆に勧誘し、熱心に事細かなアドバイスをする必要があるのでしょうか? 現在進行形で問題投稿を繰り返し続けるならともかく、数件の失敗談から著作権に関わるより多くの知識を既に他の編集者より豊富に習得されたのなら、少なくとも「著作権侵害常習者」と名乗るのは正しくないでしょう。
本題の画像の扱いについては無理をする必要はまったく無いですし、ご自身の判断を尊重していただければ良いと思います。--ディー・エム会話) 2016年8月30日 (火) 14:35 (UTC)
返信 ディー・エム様、優しいお言葉ありがとうございます。御指摘のとおり常習者を名乗るのは自分を卑下するとともに、もし今度間違ったことをしたときの『保険』にしようと甘えていた部分が有ったと思います。今後は名乗ることをやめにします。
ただ、Wikipedia初心者としては「知らないルール」「知らない過去の経緯」が沢山あって、書き込むことに恐怖を感じているのも事実です。これは、新人Wikipedian全員が感じていることだと思います。善意にとると言う言葉も少々恐怖を感じます。わざわざ『善意にとる』と書かれると「悪意で書いている人がいる。」もしくは「自分の記述が悪意と解釈される恐れがある。」と考えてしまいます。Wikipediaにデビューして数ヶ月の間に色々あったので、過剰に反応しているのかも知れません。
話を戻しますが、今回の写真の件は出版元にもお願いしてみましたが、「NG」の回答を得ましたので写真は後回しにして執筆を致します。ありがとうございました。また、今後もご指導ご鞭撻をお願いします。--Earthboud1960会話) 2016年8月30日 (火) 18:59 (UTC)

インデント戻します。ホームページに鈴木光男氏の写真が掲載されているサイトに旧制山形高等学校から連なる山形大学「東京ふすま会」のサイト担当者にメールしたところ以下のメールをいただきました。

(ここにあったメールは取り急ぎ編集除去しました。)

このメールをもって利用許諾として添付されたファイルを肖像として私がアップすることは可能でしょうか?出典にこのメールをそのまま添付することで良いでしょうか?ご教授下さい。--Earthboud1960会話) 2016年9月6日 (火) 06:55 (UTC)

メール転載の許可は得たのですか?電話番号やメールアドレスを公開することについてはいかがですか?ネットを利用する上での極めて基本的なリテラシーが欠如しているように思えます。著作権法がどうのというのはその後の話なのではないでしょうか。--Xx kyousuke xx会話) 2016年9月6日 (火) 07:28 (UTC)
返信 Xx kyousuke xx様、ご迷惑をおかけしております。電話ではありますがメールの転載許可はもちろんいただいております。もちろんメールアドレスの許可もいただいております。「本当に電話したのか?」と質問されれば「しました。」としか答えられませんし「証拠を出せ」と言われても携帯電話の通話履歴を写真に撮って送るくらいしか方法がありませんので証拠にはならないと思います。さすがに、「Wikipedia内でメールの転載許可の件で確認の電話がこのあとWikipediaの編集にかかわっている人間から架かってくるので、電話にて、メール許可をしたとお答え下さい。」とこれから電話するのは躊躇しますし勇気が必要です。
「このメールをもって利用許可」としたいと書いた意図は「メールの文面で利用許諾として認められるかどうか」を判断して頂きたかったからです。そのためにはできるだけ改変せずにメールをアップする必要があると思い、事前に電話で確認を取っております。ただ、意図が上手く伝わらなかったのは私の至らぬ所ですのでお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。
そこで、本論に戻させて頂きたいのですが削除して頂いたメールで利用許諾とはなりませんでしょうか?ダメで有ればどのような方法があるのかをご教授頂けると幸いです。--Earthboud1960会話) 2016年9月6日 (火) 09:41 (UTC)
返信 訂正です。「編集」と入力すべき所「変種」と入力してしまいました。訂正いたします。不愉快な思いをされたことと思います。深くお詫び申し上げます。--Earthboud1960会話) 2016年9月6日 (火) 09:53 (UTC)
Symbol comment vote.svg 追記Xx kyousuke xx様、既にご確認済みと思いますが、『東京ふすま会』のホームページは先のメールにあったようにURLは以下の通りです。
http://www.tkyfusumakai.jp/index.html
メールアドレスも電話番号も以下のURLで公開されています。
http://www.tkyfusumakai.jp/newpage1-3.html
役員の方々の卒業年度と氏名も以下のURLで公開されています。
http://www.tkyfusumakai.jp/yakuin.html
この中に該当と思われる苗字の方の記載が有ります。
このように公開されているものであっても個人情報として保護すべき対象となるのでしょうか?私は個人情報保護法に疎いのでご指導頂ければ幸いです。--Earthboud1960会話) 2016年9月6日 (火) 10:13 (UTC)
私の書き方がまずかったですね。すみません。そういう話はしていません。顔も素性も知らない者同士が共同作業をするネットの世界において、客観的に第三者が確認できない話はしてもしなくても、結果は同じです。また、取らなくていいリスクは取らない方がいいし、かけなくてもいいコストはかけない方がいい。私からは以上です。--Xx kyousuke xx会話) 2016年9月6日 (火) 10:56 (UTC)

返信 インデント戻します。Xx kyousuke xx様、結局結論として『写真は掲載しないほうが良い』ということでしょうか?

本件は、客観的に第三者が確認出来ない話では無いと思います。先ほど、勇気を出して『東京ふすま会』へ再度電話をしましたが既に業務終了でしたので留守番電話に「明日かけ直します。」とメッセージを残しております。Xx kyousuke xx様が無理なら、どなたか管理者の方が電話をして頂ければ客観的に確認出来ることだと思います。これは『かけるべきコスト』だと私は思います。

「訪問して一筆もらってこい。」というのであれば私は行ってきます。存命の方の記事を書くことが既に相手に知れてしまっている以上、ここで写真を未掲載で記事を書き上げることは大変失礼なことになるのでは無いでしょうか?写真が使えないので有れば使えない理由を私は説明する義務があります。「勝手に電話したのだから自分が謝罪してこい。」と言うのであればそれはそれでしたがいます。

偉そうな書き方を致しましたが、なにぶんにもWikipediaでは知らないルールばかりなので、Xx kyousuke xx様の短い回答では十分に自分の中で咀嚼出来ません。このまま、うやむやにしておくとまた、元の木阿弥で『著作権違反常習者』になってしまいそうで恐ろしいです。

  • 具体的に「そういう話」の『そう』は何を指すのか?
  • 「客観的に第三者が」の『第三者』は誰を指すのか?
  • 私は確認出来ると思うのですが「確認出来ない話はしなくても、結果は同じ」の『結果』とは何なのでしょうか?ご本人がウィキペディアコモンズにアップしない限り使えないという意味でしょうか?今までの議論の中で、『使用許諾』が取れれば掲載可能という方向で議論が進んでいたので、使用許諾を取るべく行動したのですが、この行動自体が間違いだったと言うことでしょうか?

Xx kyousuke xx様からみればWikipediaの常識かも知れませんが、私にとっては知らないルールばかりです。これ以上ご迷惑をおかけしたくないので指導頂けると幸いです。ご回答をお待ちしております。--Earthboud1960会話) 2016年9月6日 (火) 11:26 (UTC)

  • 私は法的リスクのある可能性があった編集を除去しただけで、あなたを指導する立場にはありませんし、また申し訳ありませんがその気もありません。--Xx kyousuke xx会話) 2016年9月6日 (火) 13:46 (UTC)
返信 何か私の文章に至らぬ点が有りましたでしょうか?私の取り越し苦労なら良いのですが、私とのやりとりの中で不愉快な思いをさせたのであればお詫びします。
ところで法的リスクがあったとのご返答をいただきましたが、過去には法的リスクが有ったが、今は法的リスクが無い。と解釈させて頂いてよろしいでしょうか?
削除された部分を復活して、Xx kyousuke xx様以外の方の意見を伺ってみたいのですが、削除したままにしておられると言うことはやはり何かまだ問題が有るのでしょうか?ご返答頂けませんか?--Earthboud1960会話) 2016年9月6日 (火) 14:00 (UTC)

Earthboud1960さんへ。Earthboud1960さんが井戸端にお越しになった目的は、鈴木光男氏の写真をWikipediaに掲載することにあるわけですから、それに必要なことだけをやりませんか。それが実現すればWikipediaのコンテンツは充実しますし、既にかなり前進していると思います。

メールで承諾が得られた写真は、既にWebサイトで公表されている写真ですか。そうであれば、そのサイトのURLをおしえていただけませんでしょうか。--ZCU会話) 2016年9月6日 (火) 14:13 (UTC)

返信 ZCU会話)様、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。既に公表されている写真はここに掲載されています。写真は2枚添付されてきましたが顔がきちんと写っているほうはホームページに掲載されているものと同じなので、2枚のうち1枚であればホームページ掲載と同じほうを選ぶ予定でおりました。
http://www.tkyfusumakai.jp/sub1-26-7.htm
確認していただき、問題点を指摘頂けると幸いです。--Earthboud1960会話) 2016年9月6日 (火) 14:37 (UTC)
コメントZCU会話)様、『東京ふすま会』には何度か電話をしているのですが、不在で留守電になってしまっております。そこで、メールをいただいた方に返信として、「肖像権の利用を認める」「著作権をEarthboud1960に譲渡する」との一文を入れて、再度メールして頂けないかを打診しました。--Earthboud1960会話) 2016年9月7日 (水) 22:24 (UTC)
コメントXx kyousuke xx様、やりとりを読み返しました。私が性急に答えを求めようとしたところに非があると感じました。善意にとるという基本原則から逸脱しておりました。大変申し訳ないことを致しました。謹んでお詫び申し上げます。--Earthboud1960会話) 2016年9月7日 (水) 22:24 (UTC)
コメント今日から1週間ご意見が無ければ、削除されたメールの内容で利用許諾を頂いたことにしたいと思います。よろしくお願いします。--Earthboud1960会話) 2016年9月9日 (金) 01:37 (UTC)
こんにちは。メールの内容をウィキペディア内に転記するだけでは、受け入れ可能とは十分にみなされないと思われます。実際にメールをもらってなくても、メールの文面をねつ造することが可能だからです。Wikipedia:自著作物の持ち込みに書かれている手法に従って、http://www.tkyfusumakai.jp/sub1-26-7.htm 内で、例えば、件の画像直下に「この画像はクリエイティブ・コモンズ CC-BY-SA 3.0でウィキペディアへ投稿することを許諾しました。」などと記載してもらうようにしてください。これによって、ウィキペディア日本語版では受け入れ可能になると思います。"クリエイティブ・コモンズ CC-BY-SA 3.0" のところはその他のフリーライセンスでもいいですが、このライセンスが最も一般的で問題も少ないと思います。後々問題にならないように、画像をウィキペディアにアップロードする(フリーライセンスでの公開を許諾する)ということは、誰にとっても(再配布、二次的著作物の作成/配布、商用利用)が可能になるというを説明した上で許諾を取ることをお勧めします(既に説明済みなら結構です)。
また、この手法(ホームページ上での承諾記載)がウィキメディア・コモンズでも有効かどうか、私は知りません。このようなケースでウィキメディア・コモンズにアップロードしたい場合は、OTRSと呼ばれる信任を受けたボランティアがメールを通じてチェックして受け入れる仕組みがあります。--Yapparina会話) 2016年9月9日 (金) 14:09 (UTC)
返信 Yapparina会話)様、ご回答ありがとうございます。「写真1枚下さい。」に対して「ついでにホームページも変更修正かけてくださいね。」は現実社会では通用しない論理なので、何とか、鈴木光男氏にコンタクトを取り私が写真を撮ってくることにします。--Earthboud1960会話) 2016年9月10日 (土) 02:55 (UTC)

写真の著作権の譲渡を受けるのは、「鈴木光男氏の写真をWikipediaに掲載する」というEarthboud1960さんの目標に対しては、明らかに過剰な対応です。私のお勧めは、

  1. 著作権の譲渡を求めるメールは取り消す。
  2. Yapparinaさんの説明のとおり「件の画像直下に『この画像はクリエイティブ・コモンズ CC-BY-SA 3.0でウィキペディアへ投稿することを許諾しました。』などと記載してもらう」
  3. Earthboud1960さんがWikipediaにアップロードする。

というものであり、これはWikipediaで普通に行われる手順です。どうしてもこれができない、著作権の譲渡を受けたいということであれば、私は止めませんが、サポートはできません。--ZCU会話) 2016年9月11日 (日) 11:29 (UTC)

返信 ZCU会話)様、コメントありがとうございます。ただ「件の画像直下に『この画像はクリエイティブ・コモンズ CC-BY-SA 3.0でウィキペディアへ投稿することを許諾しました。』などと記載してもらう」って、技術者にとっては低いハードルですが、一般の人にとっては相当高いハードルだと思います。また、かのホームページ上に唐突に『この画像はクリエイティブ・コモンズ CC-BY-SA 3.0でウィキペディアへ投稿することを許諾しました。』の文字が入るのも違和感満載です。
当面顔写真は諦めて、写真を撮るチャンスを待ちます。ありがとうございました。--Earthboud1960会話) 2016年9月11日 (日) 18:25 (UTC)

コメントインデント戻します。今更ですが『著作権譲渡します』のメールをいただきました。「捏造だ」と言われればそこまでですが、ホームページも写真もメールも捏造しようとおもえば捏造は可能です。ここはWikipediaの基本原則である善意にとるを実践して頂けませんでしょうか?メールの全文(メールアドレス・名前を含んで)を転載することは許可をいただいております。また、ホームページに"クリエイティブ・コモンズ CC-BY-SA 3.0"を表記する点についてもお願いしてみたのですが、担当者様の一存では決められないしホームページ上にそういった文言が入ることに違和感を感じると言われてしまいました。

皆さんが仰られていることは分かります。リスクをゼロにするには『この画像はクリエイティブ・コモンズ CC-BY-SA 3.0でウィキペディアへ投稿することを許諾しました。』と記載してもらうのが一番なのでしょう。ただ、やっぱり件のホームページの和気藹々とした雰囲気の中に『この画像はクリエイティブ・コモンズ CC-BY-SA 3.0でウィキペディアへ投稿することを許諾しました。』は無いと思います。メールの全面転載に許可をいただいているのですから、メールを全面転載することでOKには成りませんか?

先方から2通メールが届いているわけで、よほどな暇人でも無い限り捏造するメリットはないと考えられますがいかがでしょうか?Wikipediaの原則は分かりますが「一般常識・社会通念・善意にとる」というものも検討の範囲内に入れて頂けませんでしょうか?--Earthboud1960会話) 2016年9月13日 (火) 03:35 (UTC)

コメント追記します。インターネットに公開されている写真と公開されていない写真の2枚の著作権を譲渡されたので、インターネットに公開されていない写真をアップするという方法はいかがでしょうか?私以外の第三者には著作権を譲渡しておられるとは一般的に考えにくい(そもそも、「著作権を譲渡してくれ」という依頼が一般の市民生活のなかで行われているとは考えにくい、もしくはやり過ぎ?)と思いますがいかがでしょうか?--Earthboud1960会話) 2016年9月13日 (火) 03:49 (UTC)
コメント再び追記します。私のメール環境ですがGoogleで独自ドメインを取得して、IMAPの設定にしてありますので私が意図的にメールを消さない限りメールはGoogleのサーバーの中に残っています。また、Googleのサーバーにハッキングして私のメールを改竄するのはハイリスクローリターンすぎると思われます。--Earthboud1960会話) 2016年9月13日 (火) 04:41 (UTC)
コメント ウィキペディア側としてはそれで何の問題もないと思いますが、著作権を完全に譲渡してしまっては逆に先方のほうで不都合が生じないでしょうか?
たとえば、Earthboud1960さんが当該の写真をCC-BY-SA 3.0でウィキペディアへアップロードした後、東京ふすま会さんがそれと同じ写真をCC-BY-SAの表示義務に従わない方法でご自身のHPに掲載してしまったら形式上は著作権侵害になりかねませんし、もしも東京ふすま会さんに対して他の方から当該写真の転載許諾の申請が合った場合に、東京ふすま会さんがうっかりEarthboud1960さんの了解を得ずに許諾してしまったらこれも著作権侵害になってしまうわけで、そういう状態をあえて招くことは(Earthboud1960さんが事後的に承諾しさえすれば実害は生じないとしても)道義的にちょっとまずいように思います。
その不都合を回避する手段として私が思いつくのは
  1. CC-BY-SAでのアップロードの許諾だけ貰い、写真の著作権自体は先方に返還する。
  2. パブリックドメインとして写真をアップロードする。完全に著作権フリーとしてしまえば誰も著作権侵害の心配はなくなるので。現在の著作権者であるEarthboud1960さんの独断で実行可能ではあると思いますが、できれば先方に意向を伺ったうえで。
  3. CC-BY-SAに加えて、東京ふすま会さんに限りEarthboud1960さんと同等の権利を単独行使できる旨の許諾を行い、それらのデュアルライセンスで写真をアップロードする。
といったところですが、3番めの選択肢はややこしいだけでおそらく先方への説明も面倒なので、事実上は上記の2択で、先方にお伺いを立ててみてはいかがでしょうか?
そこだけクリアすれば、ウィキペディア内部での問題は無いと思います。これでアップロード後に削除されるようなことが万が一あれば、さすがにWikipedia:削除の方針を逸脱しているのではないでしょうか。一応、著作権侵害への対処方法の説明中に「転載元と見られるサイトが個人のものである場合」とありますが、総体的にみて本案件の場合、東京ふすま会さんのHPは事実上個人サイトとみなすのが妥当でしょう。
個人的には、必ずしも許諾メールの全文まで公開することは必須でないと思いますが、その文章の内容を勘案して、その方が東京ふすま会さんの名誉に資すると判断されるなら公開しても良いでしょう。いずれにせよ、アップロードした写真のファイルページに「東京ふすま会さんのご厚意で写真を提供していただきました。」といった記述は合ったほうが良いと思います。それは許諾の説明というよりも相手方への誠意として。--ディー・エム会話) 2016年9月13日 (火) 14:29 (UTC)
コメントではパブリックドメインとして写真をアップロードする方向で、先方に話をします。先方の意向は「鈴木先生のWikipedia頁の充実のためなら写真の1枚や2枚の提供はやぶさかでは無い。」「Wikipediaでゲーム理論が充実しつつあること(これは、私ではなくミクロ経済学会話)様の尽力によるものですが...)を喜ばしいことだと思っている。」「著作権については譲渡でも何でも構わないので、鈴木先生の業績を正しく伝えることができる記事を作って欲しい。」とのことでした。
メールと電話で数回やりとりをさせて頂いておりますが、当方としては丁寧な言葉遣いはしていますが、相手に悪意が無いかを探りながらやりとりをしました。先方にもそれは伝わっております。電話で「こんな些細なことで、裁判起こしても裁判費用が損害賠償を上回ることくらいだれでも知っている話なので、心配しないでください。」とコメント頂いております。
結論として、『パブリックドメインとして写真をアップロードする。完全に著作権フリーとしてしまえば誰も著作権侵害の心配はなくなるので。現在の著作権者であるEarthboud1960さんの独断で実行可能ではあると思いますが、できれば先方に意向を伺ったうえで。』でアップロードします。先方にはもちろん意向は伺います。当然、アップロードした写真のファイルページに「東京ふすま会さんのご厚意で写真を提供していただきました。」といった記述は入力致します。
これから、1週間待ちますので、ご意見のあるかたは積極的にコメント頂けると幸いです。--Earthboud1960会話) 2016年9月13日 (火) 19:02 (UTC)
コメント1週間が経過しましたので写真をアップ致しました。
この写真は「東京ふすま会」理事のかたのご厚意により提供を受けたものです。使用に関して著作権の問題を完全にクリアーするためフリーウェアとしてアップ致しました。との文言をファイルページに記載しております。ファイル名は「Mitsuo-Syzuki1.jpg」「Mitsu-Suzuki2.jpg」です。カテゴリーは「 game theoris」です。--Earthboud1960会話) 2016年9月20日 (火) 19:29 (UTC)
コメント 謝意 貴重な写真の入手と記事「鈴木光男」への掲示ありがとうございます。
正しくは「フリーウェア」はフリーなソフトウェアのことを指すので、画像データの場合「フリー素材」や「フリーコンテンツ」の方が妥当かと思いますが、さほどたいした事ではないのでくれぐれもあまり気にしすぎないよう、ついでのときにでも訂正をお願いできればと思います。--ディー・エム会話) 2016年9月21日 (水) 14:17 (UTC)

コメント 謝意 インデント戻します。皆様のご助言ご指導のお陰で、写真をアップし使用許諾もクリアーしたことをご報告致します。ありがとうございました。また、フリーウェアからフリー素材に訂正も合わせて行いました。--Earthboud1960会話) 2016年9月25日 (日) 05:30 (UTC)

記事のまとまりとWikidataの関連について[編集]

Wikidataで作業することが多いのですが、その際思うのは、Wikipediaとwikidataの粒度の違いです。Wikidataの場合、例えば小説と映画と言ったように分けて登録されます。日本語版の場合には、内容が薄いこともあって元になった小説+映画という形が多く、本家の英語版に比べて統合されているイメージが有ります。Wikidataが運用されるようになって日が浅いわけですが、本家英語版でのこのあたりの統合のあり方の(考え方)どうなっているのか、変わってきているのかどなたかご存じないでしょうか?(英語版では小さい記事でも統合されていないなど違いを感じます)。グリーンマイル(映画)などの映画作品のサイトリンクを見てみると日本版だけ抜けていると思ってしまいます。またwikipediaには関係ありませんが、弊害の1つとしてグリーンマイル(小説)を見ると小説の項目にも関わらず、日本語版からの移入で監督とか映画識別子が連続転記などで入り込んだりということもあるようです。--Camillu87会話) 2016年9月10日 (土) 10:46 (UTC)

コメント そのようなご質問でしたらd:Wikidata:井戸端でおやりになられるのが適当ではないかなと思います(英語プロジェクトですけど日本語話者さんも割りと多いので日本語でも大丈夫ですよ)。たぶんご質問の内容(問題点)についてはd:Help:Merge/jaか、Wikipedia:ウィキデータ#言語間リンク群が二つ以上ある場合 More than one interwiki family辺りのことではないかなあと推測しました。--Nami-ja(凪海) 会話 / 履歴 2016年9月12日 (月) 17:22 (UTC)
返信 (Nami-jaさん宛) コメントありがとうございます。自分で言語リンクを見てみていくなかで、wikidataだけの話じゃなく、統合、記事の構成のあり方まで関係していくのかなと思い、こちらに書き込みました。---Camillu87会話) 2016年9月14日 (水) 14:56 (UTC)
コメント 個人的には極めて興味深い、共感する問題です。工学の学術用語でも、英語と日本語で一対一対応しない場合が多々あります。もっともこちらは学問体系の不備という問題が強く、いずれ学会(学術講演会)や学会誌で問題提起したいところです。なお、Wikipedia日本語版は「独立記事作成の目安」の基準に厳しいような印象があり、そういった背景も影響しているように思います。--Assemblykinematics会話) 2016年9月12日 (月) 18:27 (UTC)
返信 (Assemblykinematicsさん宛) コメントありがとうございます。同感です。ただ乱造されすぎるのも困るだろうし..。ただテーマとして別のもの、容量の多いものは独立させた方が時代の流れにあっているようにも思います。--Camillu87会話) 2016年9月14日 (水) 14:56 (UTC)
コメント 連投、失礼申し上げます……m(_ _)m。「大平貴之」を編集していた際に気付いたのですが、この記事にはこの方の自伝を原作としたドラマ「星に願いを〜七畳間で生まれた410万の星〜」の節があり、ドラマ関連のカテゴリーも付与されています。これに使われている{{リダイレクトの所属カテゴリ}}というテンプレートを見てみたのですが、他言語版は韓国語版しかないようで、やはり日本語版は他言語と違った状況が多いようです。他言語版と日本語版は別という考えもあると思いますが、もう少しJAWP側でも検討してみても良いのかもしれません。--Assemblykinematics会話) 2016年9月13日 (火) 10:54 (UTC)
返信 (Assemblykinematicsさん宛) 大平貴之のようにリダイレクト側にカテゴリ付与される形もありなんですね。--Camillu87会話) 2016年9月14日 (水) 14:56 (UTC)
{{リダイレクトの所属カテゴリ}}というテンプレートは、「リダイレクトの所属カテゴリ」という節がかつて多くの記事で見受けられ、それがウィキペディアへの自己言及であるとして(かつて自分がそのように主張していました。)、いろいろ議論した結果として目立たない形のテンプレートを作るという形で落ち着いたものです。リダイレクトへのカテゴリ付与自体が意見の分かれる行為なのですが(自分は今でもリダイレクト先に張り替えるべきだと思ってはいますが、合意を形成することはできませんでした。)、現状ではよく行われていることです。以上、余談でした。--有足魚会話) 2016年9月24日 (土) 12:50 (UTC)
コメントCamillu87さん、私も知りたかったことです。私もd:Wikidata:井戸端には去年の11月に投稿しましたが、コメントが付きませんでした [1]。日本語版とWikidata間の話なので、答えを持ってる人は少ないか、もしかしたら、いないのかもしれませんね。--ワーナー成増会話) 2016年9月14日 (水) 09:47 (UTC)
返信 (ワーナー成増さん宛) コメントありがとうございます。井戸端の過去ログで拝見して、再度テーマとして聞いてみたいと思いました。たぶん一朝一夕には変わらない話だろうとは思いますが、Wikidataという新しいものが出てきていることを気にかけてもいいのかいう意味合いで考えています。--Camillu87会話) 2016年9月14日 (水) 14:56 (UTC)
コメント以前、言語間リンクの対応としても議論になったことがあります。言語間の対応は、いずれにしても完全に対応付けるのは難しいです。単語ごとについても、記事で扱う範囲についても、基本的には個別のプロジェクトごとで判断することになるでしょう。また、指摘がありますが対応付けと独立項目の基準で齟齬が出てくることも考えられます。それと、小さい記事を好まないような考えとの間でも食い違いがでてきてる、と。
metaで議論を立ち上げるのでなければ(それはそれでそうとう大変な議論になると思います)、記事間の言語間リンクよりもwikidataのほうが広範に使われていますし、それを前提として記事の粒度についての基準を変えていくということで、各プロジェクトで問い直していく、独立記事についての一般的な基準を満たさなくとも例外として存在を認める範囲を定義することを考えるということになると思います。--Ks aka 98会話) 2016年9月17日 (土) 04:59 (UTC)

専門的な記事に「素人」や「非論理的な人」が乱入してきた場合の対処方法とは?[編集]

金融や医療、ビジネス等、専門的な記事の執筆中に論争が発生した場合の合意形成・論争の解決方法に関して、質問させて頂きたい。「政治家」「映画」等の大衆が判断する主題ではない「専門的な分野」においては、以下の問題が発生する。 当方は、Wikipedia議論の作法自体がまだまだ低スキルである故、対応に苦慮しています。ベテランの方々にアドバイスを頂きたい。

1.「無知」への対応について

「信頼できる出典」の情報を編むのがWikipediaであるが、その編み方にも質の上下があり、「情報の軽重の判断」には「専門知識」が必要になる。しかるに、Wikipedia方針では、現実世界のように「自分が専門知識を有することを対外的に伝える」こともできないし、「わかってない人を会議からは外す」という行為は、ルール違反であるとされる。知識がある方から見れば、相手の無知は見えるが、知識が無い方からは我彼の情報格差に気が付かないため、この場合、知識が無い故に自分は間違っていないとして、たとえば「信頼できる出典からの情報を削除する者」や「出典に書かれている意味をよく理解せず、事の軽重やコンテクストを無視して、情報を追記する者」が現れる事態となる。このような事態で論争が起こると、他のウキペディアンが傍から見ると、”どっちもどっち”の編集合戦に見えるはずであり、第三者的な仲介は望めない。ここが大衆的な「政治」「映画」等の主題と異なる点。

2.「非論理的な思い込み」への対応について

企業分野の記事であると、実際に遭遇したのだが、「信頼できる出典から企業名を引用すると、それを宣伝として執拗に除去する者」や「ある会社のHP上にある文言を使うと、その会社の内部関係者と思い込む者」等が現れたりもする。 この問題は、上記の「知識の格差」と同じように目に見えない「論理的思考力の格差」に起因する。現実社会では、発信者は肩書等で区別されていたりして、相対的に発信者の「知識」「論理的思考力」の高低が様々なシグナルにより、第三者に分かる。しかし、ウィキペディアでは全員フラットであるため、現実社会における解決方法は使えない。

2007年に「ウィキペディア、信頼度は?利用者急増、誤った情報も」[2]と朝日新聞が報じた。そこから10年近く経過した。良質な記事を作成したいと願うWikipedia諸氏の間で、本件に関する一定の問題解決方法が編み出されているはずと思う。その議論を共有したいので、上記2点(知識格差と論理的思考力格差)の問題解決方法についてアドバイスを頂きたい。

なお、そう偉そうに語る私を「逆の立場」から見てみると、私こそが話が通じない奴と認識されてしまうわけだ。現に、ノート:ヘッジファンドにおいて、筋道を立てて説明し、もし異論あるなら(納得できないでしょうから)第三者に聞いてください、と伝えたところ、「証券会社と投資助言会社の区別」もつかないような金融に知見の無い相手から、「ヘッジファンド購入方法」という節の文脈を無視した上で、出典も当たらずに、執拗に攻撃をされるに至った。それに専門的な見地から出典に基づき、理路整然と反論すると、最後にはその相手から、私に対してコメント依頼[3]が出される事態となった。誠に不徳の致すところ、お恥ずかしい限り。だからこそ、私自身がWikipedia作法について「無知」を痛感した。それが、この質問をここでさせて貰っている動機である。もっとうまく合意形成する方法が無かったのか、と反省している次第。

一般論として、情報を編むために必要な「専門知識」と「論理的思考能力」がユーザー個体毎に違うという現実がある中で、もし「無知な思い込みユーザ」が執拗に粘れば、第三者ウィキペディアン側からは容易に分からない形で、数の論理で、少数の専門家側が押し切られて、諦めるだろうと思われる。この問題は今に始まった問題ではないはずであり、Wikipediaではどのような解決策が用意されているのか、ご教示願いたい。ここで正しい議論の方法を学びたいと思い、今後のプロ・アマが協力的に建設的な共同作業をするために、敢えて質問をさせて貰っている次第である(くれぐれも、私が常に自分に専門知識があり論理的思考能力が相手より高いと思っていると誤解無きようお願いしたい。それらは相対的なものであり、私がどちらも劣位になることが当然あるのが現実と自覚している)

--金融の専門家会話) 2016年9月12日 (月) 10:20 (UTC)

プロフェッショナルだろうが素人だろうが不適切な編集をしたら差し戻す。それだけのことです。--AllCutman会話) 2016年9月12日 (月) 16:22 (UTC)
もっと深い論点を聞いている。たとえ話をさせて頂く。AllCutmanさんが井戸端「24時間待って編集すれば編集合戦に該当しないのか」で議論していますが、お相手のJapaneseA氏が、現実社会では主題(専門分野)に対する「専門知識100、論理的思考力100」だとする。あなたが現実社会では「専門知識10、論理的思考力20」とする(たとえ話です)。あなたとJapaneseA氏は編集合戦になる。そこで、「24時間待って編集すれば編集合戦に該当しないのか」で議論されている通り、二人とも編集を紳士的に止めてノートで議論することになる。ところが、知識が無く論理的思考力が低いあなたは、JapaneseA氏に納得できない。そこで第三者ウィキペディアンを呼び込むが、次々やってくる新規参加者も確率的に「専門知識10、論理的思考力30」で、ここでもJapaneseA氏に納得できない。人間の能力は相対値であるが故に正規分布していて、ここが10人の村だとすると、論理的思考力がある人2に対して、劣る人8というコミュニティである。この状況では、真に記事作成に寄与できる人は「劣った多数決の原理」で村から追放される可能性が高い。これが長期間続くとコミュニティは経年劣化するはずである。このような論理的な帰着を過去のウィキペディアンが気が付いていないわけがない。だから、コミュニティが経年劣化して、悪貨が良貨を駆逐するのを防ぐメカニズムが存在していると推測する。それはどのような方法で、Wikipediaではどのような解決策が用意されているのか、を聞いている。例えば、専門記事に対してWikipedia内で貢献したユーザーがどこかに列挙されており、その権威が仲介する仕組みがあるのか?ということ。衆愚防衛策がWikipediaにあるのかないのかを知りたい。現実社会では衆愚を防止する施策は多数あるわけだから。--金融の専門家会話) 2016年9月12日 (月) 23:56 (UTC)
本件質問者である金融の専門家氏と氏のコメント依頼にて対話を行なった者です。氏は既に、該コメント依頼での私との対話により回答を得たであろうと思われます。が、井戸端は多くのウィキペディアンの目に触れる場所であることから、「回答を得たからもういいや」と放置するのは放置された多くのウィキペディアンに対して失礼に過ぎるので、先ずは本件質問者が既に回答を得たであろうことを報告させて戴きます。
また、本件話題に興味を抱いたウィキペディアンの為に、氏の論点に関して私見を述べさせて戴きます。
この状況では、真に記事作成に寄与できる人は「劣った多数決の原理」で村から追放される可能性が高い。
この主張には、論理の飛躍が存在しています。正しくは、
(原文)この状況では、真に記事作成に寄与できる人は「劣った多数決の原理」に直面した時に
(飛躍)真に記事作成に寄与することを妨害されていると誤解して、
等の方針違反を繰り返すので、
(原文)村から追放される可能性が高い。
という主張です。
飽くまで(飛躍)にある「妨害されていると誤解」する可能性が高いのであって、誤解しなければ、或いは方針違反となる行動を起こさなければ、追放される可能性はゼロです。
即ち(本件質問者には既に伝わっている通り)、問題の発生源は「誤解に基づいて方針違反をする」ことにあります。
コミュニティが経年劣化して、悪貨が良貨を駆逐するのを防ぐメカニズムが存在していると推測する
推測は正しく、wikipediaを始めとするウィキメディア・プロジェクトの全てに於いて、全ての問題は合意を形成することで解決するメカニズムとなっています。合意形成を妨げる「何か」を継続的に行なう者が追放の対象となるだけです。
本件質問者には既に伝わっている通り、相手が「非論理的な思い込み」に支配されていようとも、「無知」な人や「素人」や「非論理的な人」であろうも、等しく合意を形成すれば、一切の副作用無しに全ての問題は解決するのです。
世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月13日 (火) 04:32 (UTC)
  • 「無知」への対応について:同じまたは近い分野の他の編集者に議論に参加してもらうというのはどうでしょう。味方してくれそうなユーザーだけにではなく、幅広く参加を呼びかけてみて下さい。その際は、ウィキメールではなく会話ページなどを使って下さい。
  • 「非論理的な思い込み」への対応について:過去にヘッジファンドダイレクトに関連するユーザーがいくつもソックパペットによりブロックされているので、このような編集[4]をすれば関係者じゃないかと疑う人は当然居るでしょうね。そして、それが非論理的だとは思いません(cf.論理的推論)。出典に同社しか書いていないのが事実でも、その1社を明記することは必要でしょうか? 私には「事の軽重やコンテクストを無視して、情報を追記」しているように見えます。
  • 関係者だと疑われたくなければ、例えば以下の選択肢があります:
    • 特定の会社(とりわけヘッジファンドダイレクト)に関わるような編集を一切しない。あなたが「金融の専門家」ならば、他に書ける記事がいくらでもあるでしょう。そして、金融分野は同社に言及しなければ記事を書けないほど狭い分野ではないでしょう。
    • あなたの肩書を明らかにする。現実社会では、発信者は肩書等で区別され~とおっしゃってますが、山田晴通さんのように肩書を明らかにしている人もいます。

--GodsGarden. [Talk|Contribution] 2016年9月13日 (火) 03:47 (UTC)

個々の個別ユーザに対しては上記の対応となるのはわかります。そういうユーザの個別の積み重ね努力しかなく、コミュニティが経年劣化して、悪貨が良貨を駆逐するのを防ぐメカニズムがWikipediaコミュニティにはビルトインされていない、という理解でよろしいのでしょうか?たとえばSNSやAmazonレビュー等のCGMサービスでは個別ユーザへの評価が可視化されていたりする。--金融の専門家会話) 2016年9月13日 (火) 04:30 (UTC)

むしろ『コミュニティが経年劣化して、悪貨が良貨を駆逐するのを防ぐメカニズムがWikipediaコミュニティにはビルトインされていない』のは、それが無くとも『悪貨が良貨を駆逐する』ことはない、との判断があるのでしょうね。真に専門家であれば、無知蒙昧な輩の妄言を論理的合理的に排除してみせるべきです。それが出来ないのなら、その『専門性』が危ない根拠しか持っていないのだと思います。かつまた専門でないものの言葉には、実際の所多くの有用な物がある。誤解した発言があると知れば、それは『その部分が素人の誤解しやすいところ』だと分かります。ならばその誤解が解けるような解説を加えればいいのです。そもそも百科事典ってそのためのものですし。これまた『専門家』なら出来て然るべきものだと思いますよ。自称専門家の方。--Keisotyo会話) 2016年9月13日 (火) 04:46 (UTC)
一文追加。--Keisotyo会話) 2016年9月13日 (火) 04:48 (UTC)
◆失礼。書き込まれていることに気付きませんでした。上でも言いましたが、それはwikipediaを含むウィキメディア・プロジェクトの基本原理として、その第三項にビルトインされています。即ち、合意を形成することです。残念ながらそれは金融の専門家氏が期待するような「権威」ではありませんし、wikipediaはむしろ「権威」を排除することで万人が等しくあることを目指しています。--世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月13日 (火) 04:56 (UTC)
Wikipedia:コメント依頼/金融の専門家‎が提出されている状態で、井戸端でこのような提案をされること自体が、自分は専門家で、そうでない人はそれに従うべきじゃないのか、というメタメッセージになってしまっていることをご理解ください。「「証券会社と投資助言会社の区別」もつかないような金融に知見の無い相手から、「ヘッジファンド購入方法」という節の文脈を無視した上で、出典も当たらずに、執拗に攻撃をされるに至った。」というわたしを指すコメントと、わたしのノートページへの謝罪が、背反していることもご理解ください。(謝罪はうれしいと感じましたが、このようなやり方では困惑を増やすばかりです)コメント依頼ですが、多くの方のコメントを募集しています。よろしくお願いします。--ジャム・パンナ会話) 2016年9月13日 (火) 09:25 (UTC)
お名前は敢えて伏せておりましたが、質問の契機・動機としてそこに言及させて頂きました点については、誠に失礼しました。あなたのノートページで申し上げた通りです。他意はございません。世界最狂の魔法使いCray-Gのお話が分かりやすく、今では良く理解している。専門家に従うべきだとは今は微塵も思っておらず、丁寧な合意形成を行う次第。改めて謝罪申し上げます。また本井戸端でコメントいただいた皆様に改めてお礼を申し上げます。--金融の専門家会話) 2016年9月13日 (火) 09:51 (UTC)
Wikipedia:コメント依頼/金融の専門家‎で、わたしを「「論争相手を悪者に仕立て上げるスキル」を有する卑怯者」と呼んでいただき、ありがとうございます。金融の専門家さんは、少し自分の言動に一貫性を持たせるべきですね。--ジャム・パンナ会話) 2016年9月13日 (火) 12:29 (UTC)
 冷静にご覧ください。「卑怯者」とは、「わざと合意形成を拒もうとする者」についての一般論で、特にあなた特定で何か言いたいわけではありません。あなたの会話ページに本意を書きましたのでご覧ください。それにこの井戸端で質問をするきっかけとなったのはあなたですが、ここで議論しているのは、あなた個人との話ではなく、一段抽象化した上で、Wikipediaにおける論争作法を学ばさせて頂いている。議論で対立した場合のケースとして、あなたとしか論争経験が無い当方が、他のユーザー各位に相談する時に持ち出す際の「経験的な事例」は、あなたから見たら「それは自分のことだ」と思われるのは、充分に分かる。そこは配慮が足らずに申し訳ない。当方も今後、事例の出し方に重々気を付けるので、個人攻撃的に相手の上げ足を取るのはお互いに止めようではありませんか。--金融の専門家会話) 2016年9月14日 (水) 01:41 (UTC)
  • コメント 私の名前が出たのでコメントします。専門家 vs 素人の構図ですが、「Wikipediaの方針・ガイドラインを知らない専門家」 vs 「Wikipediaの方針・ガイドラインを知っている素人」だと思います。方針・ガイドラインを覚えた専門家は、記事を適切に編集するので、「Wikipediaの方針・ガイドラインを知っている素人」は出番がありません。やってくるのは、その分野を多少なりとも知った人間でしょう。その分野を多少なりとも知った人間は、自分よりも上位の知識者を判別できますので、多分、教えを乞う姿勢で質問してくると思います。その際、専門家が適切な出典を案内して編集の意図を説明する事は、苦ではないと思います。それから、私を良き例にして頂けるのはありがたいのですが、このような場合は、悪しき例に自分か架空人物を使った方が印象が良いと思いますよ。--JapaneseA会話) 2016年9月13日 (火) 15:49 (UTC)
JapaneseAさん、ご回答有難うございます。貴殿は幅広いジャンルで議論をしており、広い知識をお持ちの様子。投稿履歴を拝見するに、方針違反者らを次々に追放、コミュニティの質的な管理に多大な貢献をされており、多くの編集人からの信頼を集めておるようにお見受けした。JapaneseAさんの個人的な見解で構わないので、金融・ビジネス分野で信頼されているウィキペディアン名を2つ3つご教示頂けると幸い。「ガイドラインを覚えた専門家」に早期に成長するために、実際ケースを熟読して学びたい所存。--金融の専門家会話) 2016年9月15日 (木) 04:50 (UTC)
コメント 過分な御言葉を頂き恐縮ですが、私は広い知識はありません。「Wikipediaの方針・ガイドラインを(多少なりとも)知っている素人」です。さてすみませんが、金融・ビジネス分野で活動されている方は存じません。それどころか、私自身がその分野であまり議論・編集した事がありません(化学・生物・天文・一部歴史・一部芸能・一部音楽などの分野であれば詳しい方を提示できるのですが)。以上、お役に立てず、すみません。--JapaneseA会話) 2016年9月15日 (木) 05:39 (UTC)
 ご回答ありがとうございます。JapaneseAさんが存じないということは、Wikipediaにはまだ居ないのかもしれません。JapaneseAさんの紳士的・論理的な編集スタイルは、大変勉強になります。今後ともご指導よろしくお願いします。--金融の専門家会話) 2016年9月15日 (木) 11:38 (UTC)

コメント 「非論理的な思い込み」に関係することですが、以前私が対処した案件で『出典と関係ない』内容の記事を書き続ける人と遭遇したことがあります。いわゆる捏造というものです。対処法としては「より情報源に近い事柄や人物に直接インタビューした資料を提示」することでした。意外にも問題の人物が提示した別の出典自体が「問題になっていた編集内容そのものを否定していた」ので指摘は早めにできました。結局のところ問題の人物は捏造について反省することもなく消えていきましたが、この種の問題は繰り返す場合があり厄介な問題でもあります。コメント依頼で意見を求めるのと同時に出典を充実させて周囲の理解を求めていくしかないと思います。--Kaonohito会話) 2016年9月24日 (土) 07:07 (UTC)

 いえいえ。Kaonohito氏の意見はこの議題と関係ないのでは?。Wikipedia:コメント依頼/やっこんぶぶづけにて、私は誤った出典であれば謝罪するとして貴殿の主張通りの記述に賛同したが、「書き続ける人」という表現は事実と異なる表現であり、それこそ「捏造」に該当するのではないか?むしろ、Wikipediaと関係のない2ちゃんねる又はまとめwiki等の事柄を持ち出してたり、私が同意するCheckUser依頼もせずに、一方的に私を多重アカウント扱いしていた貴殿こそ問題ある利用者だろう。私を批判する目的で議題と関係のない素人が無関係な話題を持ち込んだり、他人の中傷を他所で書き込むのは慎むようにしてもらいたい。最後になりますが、Kaonohito氏と私の書き込みは議題と関係のない意見なので無視して下さい。余りにも一方的な中傷書き込みだったので反論しました。失礼しました。--やっこんぶぶづけ会話) 2016年9月24日 (土) 13:51 (UTC)

24時間待って編集すれば編集合戦に該当しないのか[編集]

山東昭子で編集合戦を行っていたために双方に警告したところ、一方から「私は24時間以上、待ってから編集しています。」「先日の編集合戦はともかく、本日私は24時間待ってから編集しています。」との発言がありました。24時間経てば編集合戦に該当しないのでしょうか?この利用者が過去に提起した井戸端によれば

議論は、その時点での最新版で行って下さい。どちらかが議論中に差し戻しを行っても、です。--LudwigSK

「編集合戦をしないための決め事」は、「これ以上お前は編集するな」です。何を今さら。--Ks aka 98

ノートでの議論と合意形成が終わるまでは、せいぜいTemplate:告知を使って記事の一番上に「この記事は○○について論争中ですよ」としておけばいいのではないでしょうか。--柒月例祭

他の方々もおっしゃる通り、「編集合戦になった場合どの版で議論すべきか」は質問のスジが悪いです。 どの版を選ぶ かを問題にすべきなのは、「編集合戦になった場合」ではなく、「議論しても合意が成立しない場合」でしょう。--Dwy

管理者の方が編集合戦の保護の際に版を選ばない様に、版を選ぶという行為がそもそも不適切です。--Mirinano

この議題に関する私の考えは、編集合戦の可能性が出た段階で編集の手を止め、ノートでの議論に移ることに限ると思います。--Koshi2016

と管理者や著名な執筆者から意見が寄せられています。 明らかな荒らしではない限りノート等での議論を経てから編集するべきと私は考えるし、ましてや24時間待てば編集合戦に該当しないなどという弁解は詭弁に近いものと考える。コミュニティ諸氏の意見を伺いたいです。--AllCutman会話) 2016年9月12日 (月) 11:26 (UTC)

コメント 当事者です。会話ページにも書きましたが、3RRの基準に従い24時間待ちましたが、7日待つべきでした。なお自身を必要以上に正当化したのは、AllCutman氏の物言いに腹が立ったからです。--JapaneseA会話) 2016年9月12日 (月) 11:31 (UTC)

いつも腹の立つ物言いしかできないのはJapaneseA氏ですよ?今まで何回それでコメント依頼出されてます?
自分は腹の立つ物言いしかできない。相手は腹の立つ物言いはするな。イーブンじゃないです。--119.240.213.171 2016年9月12日 (月) 13:15 (UTC)
上記IPはブロック破りと判断し、管理者伝言板に報告済です。--JapaneseA会話) 2016年9月13日 (火) 12:54 (UTC)
コメント しばらく待って、反対意見が出なかったら合意成立とみなして編集を行う…という手順はあります。でも、最初から反対意見があると分かっている場合は、いくら待っても合意成立とみなすわけにはいきません。24時間ではダメだった。7日間待てばよかったというような話ではありません。--Dwy会話) 2016年9月13日 (火) 11:17 (UTC)
コメント Dwy様へ。御世話になってます。相手の編集履歴を見るに、次にいつ来るかわからない利用者です。言い返せなくなって沈黙したのか、単に忙しいのか、わかりかねます(あの勢いなら、翌日に反論すると思ったのですが)。2016年7月30日 (土) 15:34 UTCのふざけた要約欄を記載しての私の編集のRvも併せ、これを待ち続ける必要もないと判断しました。いずれにせよ、24時間は早急だったと反省しています。--JapaneseA会話) 2016年9月13日 (火) 12:54 (UTC)
わたしの目にはそれほど「ふざけた要約欄」には見えませんし、相手の意見の内容ではなく編集履歴を見て判断する対人論証も、私の感覚では如何なものかと思います。JapaneseAさんにしてみれば、自分の主張が正しいことが明らかなのかもしれませんが、必ずしもそのようには見えていない人がいる可能性も考慮して、(1)記事のノートで問題提起→(2)他の人にも同じように見えていることを確認 →(3)編集実行 という手順を踏むべきだったと思います。--Dwy会話) 2016年9月14日 (水) 07:49 (UTC)

店内放送はラジオ扱いして良いのかどうか?[編集]

ノート:欅坂46#「ファミラジ」のラジオ扱いについてでの議論で、コンビニエンスストアファミリーマート店内で流れるin Store Music(ファミラジ・ファミよし)がラジオ扱いするべきか否かで議論が平行線をたどっています。個人的にはラジオの定義1より(狭い意味でのラジオ寄り)。相手が定義3(広い意味でのラジオ寄り)を主張しています。議論場所を移す理由として、他の記事に関しても同様の扱いをすると相手側が主張していますので、ローソンCSほっとステーションもラジオ扱いするのが適当かどうかになってくると思います。議論開始からまだ1日ですが、平行線をたどりそうな雰囲気があるので、皆様の意見を集めたいと思います。--Taisyo会話) 2016年9月12日 (月) 22:38 (UTC)

こういう内容は、コメント募集へ行くべきではないですか?--Keisotyo会話) 2016年9月13日 (火) 04:37 (UTC)
Keisotyoさんへのレス)提出理由に書いてある通り、議論期間としては短いかもしれませんが議論が平行線で、意見を出し合っている双方が必要以上に疲弊しないため(1日程度で井戸端に移動した理由)。また、最初は欅坂46のみの個別事案で行うつもりでしたが大風呂敷になってきて、他の芸能人やローソンローソンCSほっとステーション(そちらは記事ではCS放送になっていますが、見直しが必要に思います)など、影響が一記事に収まらないことも井戸端への異動理由です。もう一つ、そのような議論はWikipedia:ウィキプロジェクトを通してとする意見もあると思いますが、扱いによってはプロジェクト:放送局プロジェクト:放送番組)・プロジェクト:ショッピングプロジェクト:芸能人など、どのプロジェクトで扱うべきか、議論が起こる可能性があり、受け持つプロジェクトを調整する意図もあります。--Taisyo会話) 2016年9月13日 (火) 09:38 (UTC)
返信 (hyolee2/H.L.LEEさん宛) 有線ラジオ放送業務の運用の規正に関する法律では「2. 一区域内において公衆によつて直接聴取されることを目的として、音声その他の音響を有線電気通信設備によつて送信すること」とあり、「直接受信」だけでなく「直接聴取」も含めていることから、外部受信できるか否かはラジオ放送であるか否かの決定要素ではないのではないでしょうか。--RemoteUrl会話) 2016年9月13日 (火) 08:37 (UTC)
テレビにおいてはどうなのかというと、有線テレビジョン放送法によれば「有線テレビジョン放送施設を設置し、当該施設により有線テレビジョン放送の業務を行なおうとする者は、当該施設の設置について、総務大臣の許可を受けなければならない。ただし、その規模が総務省令で定める基準をこえない有線テレビジョン放送施設については、この限りでない」(有線テレビジョン放送法 第3条)とされ、届け出が必要ないものも有線テレビジョンの一種とみなされています。また、有線テレビジョン放送法の適用除外対象として「一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合においては、同一の者の占有に属する区域)において行われる有線テレビジョン放送(公衆の通行し、又は集合する場所において公衆によつて直接視聴されることを目的として行われるものを除く。)」(有線テレビジョン放送法 第31条)となっていることから、有線テレビジョンにおいても「直接受信」と「直接視聴」がわけて考えられており、テレビやラジオ機器によって直接受信するだけでなく、「公衆の通行し、又は集合する場所において公衆によつて直接視聴される」ものも有線テレビジョン放送だと述べています。--RemoteUrl会話) 2016年9月16日 (金) 05:48 (UTC)
  • コメント 店内放送かラジオ放送かですが、当のファミリーマートがニュースリリースで「店内放送のファミラジ」と明言しています(欅坂46のDJ予告Kis-My-Ft2のDJ予告)。なので、ファミラジに関しては「店内放送」で決着して問題ないでしょう。ファミラジをみても「ラジオ放送」とは一言も書かれていませんしね。ファミラジ自体は、航空機のサービスで放送されている音楽プログラムとかと扱いが近く通信を行って音声を届ける「ラジオ」とは違うでしょう。--アルトクール会話) 2016年9月13日 (火) 12:31 (UTC)

Infobox内に州旗/県旗/自治体旗の画像を使用することの是非[編集]

トマス・ピナ Football pictogram.svg
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
出身地 カスティーリャ・ラ・マンチャ州の旗 カスティーリャ・ラ・マンチャ州
Coat of Arms of Ciudad Real Province.svg シウダ・レアル県
Escudo de Villarta de San Juan (Ciudad Real).svg ビジャルタ・デ・サン・フアン英語版
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

海外サッカー選手記事のInfobox内に、国旗に加えて州旗/県旗/自治体旗の画像が使用されているのが目に付きました(例としてトマス・ピナ。履歴も参照してください)。国旗以外は過剰な装飾だと判断して除去したところ、利用者‐会話:Asturio Cantabrio#州旗の削除についてで「こうしておけば、各州の州旗かどんなものか、よーく理解できるものかと思います。これはスペインのサッカー選手だけの問題ではありません。各国のサッカー選手のページには、明確に各州、かく県、各地域の旗が記されています。その人間からすれば、自分の出身地は誇りに感じるであろうからです。」という指摘を受けました。

主観的な理由で州旗/県旗/自治体旗の画像を除去してしまった私の編集は適切ではなかったと思います。そこで秀逸な記事の中にある人物記事13記事を見てみましたが、Infobox内に国旗以外の旗の画像が使用されている記事はありませんでした。次にプロジェクト:サッカー選手/テンプレートTemplate:サッカー選手を確認しましたが、「サッカー分野では州旗/県旗/自治体旗の画像も掲載する」とするガイドラインの存在は確認できませんでした。

いつ頃、誰が州旗/県旗/自治体旗の画像を追加したのか履歴を追って確認したところ、早くても2015年1月以降であり、追加され始めてからまだ2年も経っていないことが分かりました。画像を追加した利用者は様々ですが、初期(2015年内)のうちに画像を追加する編集を行っていた利用者のうち、利用者:No.1Centerさん、利用者:まさお君さん、利用者:てつ丸さんの3人が無期限ブロック(WP:ILLEGIT/WP:SCRUTINY)となっていることが目に付きました。また「モバイル編集、モバイルウェブ編集」というタグが付いた方が多い印象です。

プロジェクト:サッカー選手では定められていなくとも、海外サッカー分野で一定程度認知されているスタイルなのだと思います。私自身は過剰な装飾ではないかと思っていますが、この分野の慣例として認められているのであればこのままでも良いと思います。しかし今後、海外サッカー以外の人物記事にも州旗/県旗/自治体旗の画像の使用が広がるかもしれません。プロジェクト:サッカー選手プロジェクト:人物伝で問題提起する前に、まずは多くの方の意見を聞くために井戸端に投げかけます。「海外サッカー分野で州旗/県旗/自治体旗の画像を使用すること」「海外サッカー以外の分野でも州旗/県旗/自治体旗の画像を使用すること」の是非について意見を頂ければと思います。--Asturio Cantabrio会話) 2016年9月13日 (火) 17:19 (UTC)

コメント 以前「Wikipedia:井戸端/subj/国旗アイコン表示は必要か?」という議論がありまして、ここで論じられている通り「絶対に必要不可欠な旗画像以外」を安易に表示させることは「さまざまな閲覧環境にある読者が記事を読むに際して、さまざまな弊害を呼ぶ」ことに関してはまぁ疑いようもないと思われ、また、そもそも「国旗以外の旗に興味があるなら旗そのものの記事を見れば良い」のであって、「旗を表示させたらよーく理解出来ると思う」「自分の出身地は誇りに感じる」というのは何の根拠もなく、編集者間の合意にも依らない一部編集者の独善ですから、それなりの場所で合意形成プロセスを踏まずに行われる強行編集行為はいったん排除して良いでしょう。--Nami-ja(凪海) 会話 / 履歴 2016年9月14日 (水) 04:54 (UTC)
  • 質問 この場合、「絶対に必要不可欠な旗」とは主権国家の国旗と同義でしょうか?英国の4州については、(ウィキペディア的にではなく、現実の社会において)慣例的に例外であると思うのですが。--Susuka会話) 2016年9月14日 (水) 11:49 (UTC)
  • 情報 日本語版ウィキペディアでは人物記事のinfoboxで広く国旗画像が使われていますが、かたや英語版では、出生地・死没地・国籍のいずれの箇所でも旗アイコン(国旗を含みこれに限りません)の使用を認めていません(詳しくはen:Template:Infobox personを参照)。——以上の署名の無いコメントは、Kkairriノート履歴)さんが 2016年9月14日 (水) 12:53 UTC に投稿したものです。
コメント この手のアイコンは使い方によっては効果的になり得ますが、Wikipediaのような誰でも編集できる場では放っておくと往々にしてエスカレートしてしまいます。トマス・ピナの例では、州や地方自治体の旗は過剰でしょう。過ぎたるは猶及ばざるが如しです。国旗レベルに留めるか、それも難しいなら英語版のように旗アイコン禁止にするしかないかもしれません。特定分野やウィキプロジェクトというよりプロジェクト(日本語版Wikipedia)全体で検討した方が良い事柄だと思います。--Penn Station (talk) 2016年9月14日 (水) 14:44 (UTC)
コメント 日本人の場合も同等であれば県旗をつけるんでしょうか。国旗は直感的な視認性を助けるものだと思いますが、サーカーテンプレートの場合、それでなくても国旗が多く、その上に知名度のない自治体旗の使用はやりすぎだと思います。--Camillu87会話) 2016年9月15日 (木) 13:17 (UTC)
コメント日本語版Wikipedia全体の議論と、サッカーの議論は分けて考えるべきだと思います。サッカーには疎いのですがテレビ中継を見ていても「国籍」「在籍しているリーグ名」「過去に在籍していたリーム名」等が旗付きで放送されることが多々あります。逆に全国都道府県別駅伝(男女)の画像を少し確認してみたのですが、県章がついているユニフォームやゼッケン番号は確認出来ませんでした。個人的には「こんな時くらい県章つけるべきでは?」とも思いましたが、「県章まで印刷して税金の無駄遣いだ!!」と感じる人もおられるのかとも思いました。
日本語版Wikipedia全体が旗だらけになるのは問題だと思います。日本の場合は「家紋」ってアイコンもありますし...
日本語版Wikipedia全体の議論としては「知名度のない自治体旗の使用」は控える。ただし、サッカーについてはサッカーに精通しておられる方の意見を聞いて「サッカー文化」の中で必要と認められれば、「サッカーについては州や地方自治体の旗を使用する事を問題とはしない。」というのが良いかと思います。サッカー以外にも各種スポーツ等で文化・伝統・習慣として旗を使用するものが有れば、それも同等な手順をふんで認めてはいかがでしょうか?文化・伝統・習慣を正しく伝えるのも百科事典の大きな役割だと思います。--Earthboud1960会話) 2016年9月15日 (木) 19:50 (UTC)
アウステルリッツの戦い
戦争オーストリア戦役 (1805年)
年月日1805年12月2日
場所:アウステルリッツ
結果:フランスの勝利
交戦勢力
フランスの旗 フランス帝国 オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国
ロシア帝国の旗 ロシア帝国
指導者・指揮官
フランスの旗 ナポレオン・ボナパルト オーストリア帝国の旗 フランツ1世
ロシアの旗 アレクサンドル1世
ロシアの旗 クトゥーゾフ
戦力
73,000人 84,500人
損害
戦死1,305人 死傷者15,000人
まずサッカーに限らない一般論として。国名や地域名に旗を付けのは、国名や地域名と旗が指し示す意味は同じなので冗長な情報です。文字で情報が示されているなら旗は意味のない情報として(一部例外を除いて)不要だと思います。これは旗が国旗であるか州旗など地方の旗であるか、あるいは知名度の有無は関係ないと思います。
また、Infoboxは国旗や州旗を紹介する場所ではありません。旗を知りたければリンクをたどればいいだけです。
例外というのは、凡例として必要な場合があるからです。たとえば右に例としてbattleboxを挙げます(項目の中身は簡略化しています。)指揮官の欄のようにInfobox、表、一覧で人物名などに旗を付けるのは国籍・所属を表すもので冗長でなく、また文字が過剰となり見にくくなるのを防ぎ有用です。で、同じ表中で国名に旗を付ける(交戦戦力の欄)のは凡例としての用途があり例外的に必要かと思います(特に歴史分野では現存しない旗を使うことも多いですし)。
で、サッカーに限った慣例として旗を付けることの是非について。すべての選手にとって出身地域の旗が特別な意味を持つとは到底思えないので、慣例とする(サッカー選手なら旗を付けろというようにする)のには反対。選手個別のケースとして重要な意味を持つ場合に付けるのはありだと思います。(でもその場合はinfoboxじゃなくて記事中の図で示すべきとも思いますが。)--引越センター会話) 2016年9月16日 (金) 07:03 (UTC)
仰っておられることには同感です。ただ、『(交戦戦力の欄)のは凡例としての用途があり例外的に必要かと思います』と同様な価値がサッカー文化の中で有るか無いかを検証する必要があると思います。そのためには、サッカーに関して知見のあるかたから二次資料に基づいた意見が無いのが前提では無いでしょうか?
例として「サッカーの世界では『旗』は特別な意味を持ち、選手を語る上で『旗』の存在は絶対条件である。」(世界サッカー大全:あくまで例でこのような書籍があるかどうかは分かりません)と言った記述があれば、旗の必要性が出てくると思うのです。この議論の中で明確にしておくべき論点だと思います。期限を切ってサッカーに知見のあるかたからの意見が無かったら削除とするのが妥当な判断では無いでしょうか?偉そうな発言をして申し訳ありません。--Earthboud1960会話) 2016年9月17日 (土) 23:34 (UTC)
その場合の『旗』とは、一般に所属チームの『旗』ではないですか?選手個人の出身地の『旗』ではないように思うのですが。--Susuka会話) 2016年9月18日 (日) 04:24 (UTC)
Susuka会話)様、仰るとおりのような気がします。ただ、折角ここで議論になったのですから『白黒』はっきりさせたいと思い、サッカーに知見のあるかたから2次資料に基づいたご意見をいただきたいと思っております。『旗』には特別な意味がある場合が少なからず有ります。サッカーにおいて『国旗『チームの旗』以外に『出身地の旗』にも何か意味があるのかどうかが明確になれば、『出身地の旗』をInfoboxに掲載するべきかどうかの議論に進めると思います。
ただ、現在の議論は私を含めて「一般的には必要ないと思う。」「他のカテゴリーではInfoboxに掲載するようなものでは無い。」と言った、サッカーについて知見のある方々以外からの意見ばかりです。サッカーに知見のあるかたが沈黙しておられると言うことは『必要ない』事の証左であります。ですから、一定期間の猶予の後、旗の必要性について決定すれば良いと思い発言しております。--Earthboud1960会話) 2016年9月18日 (日) 10:43 (UTC)
報告 Earthboud1960さんの提案についてプロジェクト‐ノート:サッカー選手に告知を行いました。--Asturio Cantabrio会話) 2016年9月18日 (日) 12:54 (UTC)
コメントAsturio Cantabrio会話)様、本来私が行うべき作業を代行して頂き誠にありがとうございます。--Earthboud1960会話) 2016年9月18日 (日) 22:10 (UTC)
コメント海外サッカーの記事を中心に編集しているものです。サッカー選手の記事についての議論がここまで進んでいるとは知らなかったため驚いています。プロジェクト‐ノート:サッカー選手へ告知して頂いたAsturio Cantabrio会話)様にお礼を申し上げます。井戸端で議論をすることが初めてなので失礼があるかもしれませんが、よろしくお願いします。
私もInfobox内に州旗/県旗/自治体旗などを使用している一人のため大きなことは言えないのですが、個人的にはこの装飾に少々疑問を感じています。私が旗を使用し始めた理由としては私の編集履歴を辿りInfobox内に旗が存在しない記事にモバイル編集で追加している方がいたため、二度手間になるよりも先に私のほうで装飾したほうがいいと考えたためです。WP:SPEEDに反する編集な上に、他編集者に促されて旗の追加し、また他編集者に旗の追加を助長していたのは事実です。この場を借りてお詫び申し上げます。また、Asturio Cantabrio会話)様の「海外のサッカー選手を中心に活動する編集者の中で慣例になっている」とのご指摘はごもっともです。
プロジェクト:サッカー選手/Template解説にも記載されている「全ての情報を忠実に埋め込む事がこのテンプレートの目的ではありません。概略の概略を示すだけでいいのです。」というものに基づけばトマス・ピナのように3つの旗が並んでいるのは過剰な装飾だと思います。日本で州旗/県旗/自治体旗に精通している方は極一部でしょうし削除しても構わないと思います。:ただし国旗の削除に関しては反対です。「サッカーにおいての国旗」ということであればリオ五輪に出場したU-23日本代表岩波拓也AFC U-23選手権2016にてチームを団結させるために日本国旗を持参しチームメイトの部屋を訪ね思いを記してもらったそうです。原川力はこの日の丸を「チームの象徴」と語っています。これが資料として足りるのかはわかりませんが、サッカー、特に代表において国旗は国とチームを象徴するものであり、Infobox内にも国旗は必要だと感じています。
現状のプロジェクト:サッカー選手では旗について取り決められていないことがいくつかあります。その代表例としてイギリス出身の選手の国旗表記についてです。例えば世界的にも有名なウェイン・ルーニーの国籍欄ではイギリスの旗 イギリス (イングランドの旗 イングランド)と表記されていますが、この様に記載されている記事は代表に名を連ねる有名選手のみであり、殆どのイギリス出身の選手の国籍欄では構成4国のうち該当するものだけが記載されています(例としてジェイムズ・ミルナーは(イングランドの旗 イングランド表記))。これを機会に別の場でサッカー選手の国旗についてのルールをしっかりと定めたほうがいいのかもしれませんね。
最後に気になったことを一点だけ。失礼な言い方になるかもしれませんが、今回議論している中で海外サッカーについて精通している方々は非常に少ないと思います。Earthboud1960会話)様は「サッカーに知見のあるかたが沈黙しておられると言うことは『必要ない』事の証左であります。」と述べられていますが、恐らく大半の海外サッカーの記事を編集している方々はこの議論の存在を知らないのではないかと思います。Asturio Cantabrio会話)様がノートへ告知して下さったので、海外サッカーの記事を編集している方々も多かれ少なかれこの議論の存在を認知すると思いますので、もう少し時間を置いたほうがいいのではないかと思います。--Haqua24会話) 2016年9月19日 (月) 15:07 (UTC)
返信 Haqua24会話)様、コメントありがとうございます。まずは一番気になっていると思われる期限についてですが、Haqua24会話)様が発言してくださったので延長したいと思います。というか、私に期限を設定する権限が有るわけでは無く早急に結論を求める必要もないとおもいます。
ただ、全く期限も無しに告知をすると『緊張感』に欠け、こちらに参加して頂けない可能性もあります。また、確か1週間が一つの目安だったと認識していたので1週間と記載させて頂きました。(私のノートを見て頂くと分かりますが、新参者でルール理解していなくてトラブルおこしまくっている問題児なので、この認識自体が間違っているかも知れません。)当然、期限の延長は有りだと思いますし、Haqua24会話)様が書き込んで頂いた時点で、期限は延長されているものと見做すのが妥当だと思います。
議論を『サッカーにおける旗問題』に戻します。「州旗/県旗/自治体旗の画像も掲載する」の是非について議論して頂きたいと思います。サッカーの文化についてよく知らないので偉そうなことは言えませんが、国旗については個人的には削除反対です。また、サッカー及びラグビーにおけるグレートブリテン及び北アイルランド連合王国をイングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドの4つの国として扱うことに対しても違和感を感じません。逆にユニオンジャックとイングランドの旗が併記になっているほうが不自然な気がします。少なくともW杯では4ヶ国として扱っているのでユニオンジャックについては削除でも良いかと思います。
イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドについては州では無く国と見なすのがラグビーとサッカーでは妥当な気がしますが何らかの二次資料的なものがあると、「州旗/県旗/自治体旗」との区別がつき今後議論が蒸し返される恐れが軽減されると思います。何かしらの資料を提供して頂けると話が早いと思います。お手数をおかけしますが調査にご協力頂けると幸いです。--Earthboud1960会話) 2016年9月19日 (月) 17:48 (UTC)
コメント 横から失礼します。Earthboud1960さんのいう二次資料であれば後藤健生著の『世界サッカー紀行2002』(文藝春秋、2002年、38-39頁)のスコットランドについての項目に、「現在でも、スコットランドは(ウェールズ、北アイルランドも)、政治的にはイングランドとともに単一の主権国家である連合王国の一員となっているものの、サッカーの世界では独立した協会を持っており、イングランドとは全く対等の独立国扱いである」といった記述があります。ただ、そうした場合、イギリスの領土の一部ながら近年になりFIFAへの加入が認められたサッカージブラルタル代表、かつてのイギリスの植民地であり現在は中国の特別行政区域であるサッカー香港代表についても考えなくてはなりませんが、前掲書には香港についてのみ項目が設けられているものの「対等の独立国扱い」などの記述はありません。現状では両代表選手については国籍欄をいかに記すのか検討の必要があるかと考えます。
次に「州旗/県旗/自治体旗」についてですが、個々のサッカークラブのサポーターが「(各都市や地域の)階級、民族、宗教といった土着的対立と結びつき熱狂的サポートを生み出す」「ある都市の強豪クラブが国や地域を代表して代表チーム的な性格を強く持つ」などの文言であれば後藤健生著の『サッカーの世紀』(文藝春秋、1995年、42頁、96頁)にあり、サポーターやクラブにとっては地域の対立感情を刺激することで支持を増やした側面はあるのかとは考えます。が、多くのサッカー選手がそうした価値観と同時に結びついているのか否かは前掲書からは判別がつきませんし(無論、例外はあるかと考えますが)、Asturio Cantabrioさんの会話ページ中にある「誇りに感じる」云々をもってサッカー選手記事における「州旗/県旗/自治体旗」の有用性を図ることは難しいと考えます。
最後に、サッカー分野(特にヨーロッパなどの国外)では議論もなく、時間と労力のある利用者が先行する形で編集スタイルが慣例化してしまうことがままあり辟易としていたところでした。もともと特に議論もなく慣例化した編集スタイルのひとつであり、過剰な装飾の域を出るものではありませんので(ごくまれに、各クラブの旗やエンブレムを模した画像を用いる方も見受けます[6]。これも過剰装飾のひとつでしょう)、国旗はともかく「州旗/県旗/自治体旗」の必要はないと考えます。--Athleta会話) 2016年9月20日 (火) 10:09 (UTC)
返信  :Athleta会話)様、二次資料の御呈示ありがとうございます。あくまでも私の感想ですが記載の二次資料だけを読む限り「州・県・自治体」にサッカーチームは強い関連性があると理解出来ました。
「関連性」があることは、一応、判明した前提で「旗」についてはプレミアリーグやセリエA等の試合で振られている旗のほとんどが「チームの旗」であり、チームが帰属する「州・県・自治体」の旗を振られている場面について私は記憶がありません。サッカー素人の私の発言なので、間違いがあれば御指摘頂けると幸いです。
現在のところ「州旗/県旗/自治体旗」の必要はないが多数派を占めていますが、「必要である」とお考えの方のご意見をお持ちのかたも積極的にご発言頂きたいと思います。--Earthboud1960会話) 2016年9月20日 (火) 18:45 (UTC)
コメント何となくサッカー門外漢の私がこの議論を取り仕切っている形になっていますが、正直言って荷が重いです。どなたかこの役割を変わって頂けませんでしょうか?
これはお願いです。--Earthboud1960会話) 2016年9月20日 (火) 18:45 (UTC)
コメント 州旗と強い関連性を持つクラブといえば、まずFCバルセロナ、次にアスレティック・ビルバオあたりを思い出します。ただ、Google検索で有名クラブをざっと調べた限りでは(バイエルン・ミュンヘンボルシア・ドルトムントマンチェスター・ユナイテッドマンチェスター・シティリヴァプールレアル・マドリードユヴェントスACミラン)、バルセロナやビルバオの事例は今日ではごく希少と見ることもできます。Earthboud1960さんのおっしゃる様に各クラブを表すものは帰属する州や自治体の旗ではなく、所属クラブの旗ということで問題はないかと考えます。--Athleta会話) 2016年9月21日 (水) 09:56 (UTC)
コメント サッカー選手記事に旗を使用することについての議論のページにコメントさせていただきましたのでよろしくお願いいたします。--2B PENCILS Chihiro会話) 2016年9月22日 (木) 14:17 (UTC)
情報 純粋な旗とは少し違いますが、セリエAのインテル・ミラノ2007-08シーズンにクラブ設立100周年記念としてミラノの紋章である白に赤の十字を模したユニフォームをアウェイ用として着用していました。またACミラン2014-15シーズン2015-16シーズンには同様の紋章を左胸につけていました。クラブと自治体の関係であり、選手またはサポーターと自治体との関係ではないと思いますが・・・。--Haqua24会話) 2016年9月22日 (木) 18:12 (UTC)

情報 私が井戸端で議論を提起するきっかけとなった利用者:はーくんさんにも議論に参加するよう呼びかけたのですが、私のコメントは会話ページから除去されました。サッカー選手のみならず、バスケットボール選手(オスカー・トーレスなど[7])、レーシングドライバー(ミルカ・デュノーなど[8])などにも現在進行形で州旗等の追加が行われているようです。--Asturio Cantabrio会話) 2016年9月24日 (土) 04:48 (UTC)

コメント 伝言板にて出身地旗の使用を含め編集傾向に類似性がみられるユーザーがソックパペットの疑いとして報告されている現状ですが、はーくんさんに関しても同様の編集傾向が見受けられると考えています。
また本議論進行中の私の編集方針として、出身地に関しては従来通り日本語ページがある限り最小単位の行政区画の表記としますが、出身地旗の追加又は除去は行わないものといたします。--2B PENCILS Chihiro会話) 2016年9月24日 (土) 08:28 (UTC)
コメント 先日も利用者:Kumamon312さんや利用者:荻田大作さんというアカウントが現れ、Infobox内で同様の編集をおこなっていることに気が付きました。はーくんさんやその模倣者が複数のアカウントを所持している可能性を含め、注意が必要でしょう。
ここまで「州旗/県旗/自治体旗」の使用を控える意見が優勢かと思いますが、議論の最初の方に挙がっていた国旗についても他にご意見はないでしょうか。現状、サッカー選手記事であれば今回議題に挙がったInfoboxだけでなく、所属クラブ節、個人成績節、獲得タイトル節、最下部のNavboxes内といった具合に国旗が何重にも付け加えられることが慣例となっています。個人的にはWikipedia:井戸端/subj/国旗アイコン表示は必要か?にあるように、「色がついてるので目に止まりやすい」という考えも分かりますが、今メインページに挙がっているイブン・バットゥータ山本幡男と比べても、装飾過多ではないかと思うこともあります。あらためてPJサッカー選手あたりで別に提起してもよいのですが、これについて他にあれば頂けたらと思います。--Athleta会話) 2016年9月24日 (土) 15:54 (UTC)
コメント 私はその慣例に倣って、ある面では助長させてしまっている一人です。国旗に関しては州旗等と比較しても一般的で、特に複数の国々を渡り歩くサッカー選手の記事においては視覚的・直感的な情報として有用であり、ウェブ百科事典としての利点でもあると考えています。その為英語版におけるサッカー選手記事のような全面禁止には首肯しかねますが、あまりに重複させる必要性はないというご意見には賛同します。何れにしろ慣例が罷り通っている現況やこういった議論が今後再発する恐れを考慮すると、明確な方針を打ち出すべきではないでしょうか。--2B PENCILS Chihiro会話) 2016年9月24日 (土) 19:46 (UTC)
コメント門外漢の私が『たたき台』を出すのも異論があるかも知れませんが、こんなルールではいかがでしょうか?
  • 海外サッカー選手記事のInfobox内には州旗/県旗/自治体旗の画像を掲載しない。
  • 既に掲載されている州旗/県旗/自治体旗の画像は削除する。
  • 本ルールは海外サッカー選手記事のInfobox内について限定的に定められたルールであり、他の記事等への援用を禁じる。
  • 「補足1」イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドについてはサッカーの世界では国として取り扱われており、州旗/県旗/自治体旗には該当しない。
  • 「補足2」香港、ジブラルタルについても、FIFAに加盟が認められていることから国として取り扱う。
あくまでたたき台で有り、決定事項では有りませんので、議論の進行に役に立つのであれば使用してください。また、不要と感じられるのであれば即刻削除してください。--Earthboud1960会話) 2016年9月24日 (土) 21:20 (UTC)

wikipediaで発生したとされるノーザン123問題とは何か。[編集]

先日、視聴率のページで某アカウントが要約にノーザン123問題と称しておよそ5000バイトもの削除を行いました。視聴率のノート等にも説明が一切無いことから削除内容に虚偽の可能性がありとして一度差し戻しました。ところが私はノーザン123問題というものがわかりません。要約に記載されている位なので某アカウントが称するノーザン123問題とはwikipedia全般を揺るがす事件だったのでしょうか?このノーザン123問題をご存じの方がいらっしゃいましたら詳細を教えて頂けますでしょうか。また、ノーザン123問題など知らない、聞いたことも無いという方はその旨を書いて頂ければ幸いです。--なみたかゆき会話) 2016年9月15日 (木) 22:59 (UTC)

私も詳しくは知りませんが、こちらが参考になるかも知れません。すでにご覧になっていたら、すみません。--ウィキ師匠会話) 2016年9月15日 (木) 23:04 (UTC)
コメント Wikipedia:投稿ブロック依頼/ノーザン123 2回目利用者‐会話:ノーザン123#突然ですが引退致します の2つで、ノーザン123さんが過去に関わった問題編集を(本人がウィキブレイク宣言されたことから、代わりに)修正して回っているのだ、と示したかったのではないかな、と推測します。
削除理由自体はWP:VおよびWP:NORで、「出典文献に内容の正当性を求められない(WP:V)、匿名編集者の独自研究が強く疑われる内容の除去(WP:NOR)」とでも要約欄に書いてあれば分かりやすかったかもしれませんね(除去内容も出典文献のあるものは残されていることが確認出来ます(視聴率 2016年8月26日 (金) 14:03 (UTC) 時点における版))。--Nami-ja(凪海) 会話 / 履歴 2016年9月16日 (金) 03:21 (UTC)
コメント 蛇足 なお、ウィキペディアには履歴機能がありますので、「読者の目に触れる場所の記述内容を、『編集者の利便性を優先して』出典情報源のない信頼性の低い状態として維持しておく処置」は必要なく、編集者はいつでも記事履歴から除去前の文章を閲覧することが出来ますので「明らかに記述がウィキペディアの方針に抵触している状態」であるならその問題を方針に従ってクリアすることが出来ます。
このときノートに記述を移したり説明するのは執筆者に対する親切心程度の配慮で、「合意が得られるまで信頼性の低い記述を除去してはならない」とする方針ガイドラインは存在しません。出典のない文章はそれだけでウィキペディアの品質を落としますので、誰にも許諾・合意を得ることなくいつでも誰でも除去できます(WP:V)。また、出典を示す義務は記述を残したい側にある(WP:UNSOURCED)ので、むしろ出典情報源なき記述状態を『改善なく』維持しようとする側の方が複数の方針に抵触します。
ただ、5KB除去後も独自研究が各所に残っておりますので、仰る通りノートにて合意の上で編集除去すれば更に20 - 30KBほどは削れたのではないかな、と思います。--Nami-ja(凪海) 会話 / 履歴 2016年9月16日 (金) 03:21 (UTC)
コメント 要約のノーザン123問題の部分にリンクが張ってあれば困惑せずに済んだでしょうね。
コメント 蛇足 5KBとか言ってしまうと(近年にしては)微量に思えてしまいます、転送量的に考えて。
世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月16日 (金) 14:16 (UTC)
コメント この記事の事はわかりかねますが、ノーザン123氏と思われる一連の利用者により、創価学会関連記事に虚偽が書かれている疑いがあります。御存知の方も多々いらっしゃるかと思いますが、私は宗教団体を利する編集はした事がなく、批判する編集のみです。その私が、創価学会を利する編集(批判を除去)をするしかない程に、虚偽による批判で満ち溢れています。これらは、ノーザン123氏と編集記事が被っている、かつ編集傾向が似ている利用者達によるものです(ノート:池田大作ノート:創価学会)。中でも、IP:61.202.231.130ノート / 履歴 / ログ / Whois IPv4IPv6には名誉毀損を通り越した信用損壊の疑念があります(ノート:池田大作舌禍事件)。いずれコメント依頼にしますが、膨大な内容を簡潔にまとめるのが難しく、まだまだ時間がかかりそうです。--JapaneseA会話) 2016年9月16日 (金) 17:04 (UTC)
コメント 中途報告 皆様、コメントありがとうございます。皆様の意見から大まかな概要はつかめました。また、ノーザン123というアカウントが視聴率のノートでは論争を巻き起こしていないこと、某アカウントがノーザン123問題と称して削除した5KBのうち実際にノーザン123が編集した内容は3.5パーセントの177BitでしかなかったことからNami-jaさんが推測された某アカウントが過去にノーザン123が関わった問題編集を(本人がウィキブレイク宣言されたことから、代わりに)修正して回っているのだ、と示したかったのではないかなという内容が当てはまると思います。そして、某アカウントが要約に虚偽理由を入れ編集した(虚偽をやさしく言い換えるなら非常に不適切な要約をいれた)ことについては要約に入れる文言に気をつけて頂きたいとの注意喚起で良いのかなと思います。まずは中途報告まで。--なみたかゆき会話) 2016年9月16日 (金) 23:01 (UTC)
コメント JapaneseAさんへ 詳細ありがとうございます。私は創価学会など宗教のことは良く分かりませんが、ネットで検索するといろんな誹謗中傷が出てきます。ノーザン123の編集全てを確認していませんが、彼の編集傾向はネット上の情報をwikipediaに貼るいわゆる「拾い」だったのではと思います。詳しいことは削除依頼が立ち上がったらコメントさせていただきます。--なみたかゆき会話) 2016年9月16日 (金) 23:35 (UTC)

大道フェニックス氏が視聴率のページを再編集しました。しかし、一切コメントを頂けず、要約や私の会話ページを寄せられた内容から大道フェニックス氏の一連の行動は誠意を全く感じませんでした。残念でなりません。コメントを頂いた皆様ありがとうございました。--なみたかゆき会話) 2016年9月20日 (火) 22:59 (UTC)

小中高校のwikipedia掲載基準について[編集]

日本全国には国公立、私立合わせて膨大な小中高校があります。ここ数日、学校関連の削除依頼をよく見ます。wikipediaで掲載される小中高校に何か明確な基準はありますか。明確な基準があれば今後、削除依頼で投票する際の目安になります。よろしくお願いします。もし、既にこの議論がなされていましたら御容赦下さい。リンクを貼って頂ければ幸いです。--なみたかゆき会話) 2016年9月17日 (土) 09:15 (UTC)

コメント ここ数日で提起されている削除依頼は、すべて曖昧さ回避ページに関するものです。少なくとも、小中高については、単独記事として存在できるという判断が概ねなされています(学校自体が統廃合された場合に、前身校の記事をまとめるケースはありますが)。--Jkr2255 2016年9月17日 (土) 09:31 (UTC)
コメント 過去の議論ですとWikipedia‐ノート:独立記事作成の目安/過去ログ1#学校記事と特筆性(2008年3月)、Wikipedia:井戸端/subj/学校の特筆性について参照すべき既存の議論はどこにあるか?(2012年11月)辺りがあるようです。定期的に議題に上がっているはずなのでもっとあるかも。より詳しくはプロジェクト:学校の方が適当かもしれません。--Nami-ja(凪海) 会話 / 履歴 2016年9月17日 (土) 13:43 (UTC)

○○大学の人物一覧記事からの大きな除去編集の是非について[編集]

ぱたごんです。じつはこの履歴を見て慌てたのですが、要約欄に国会議員だろうが、上場企業の社長だろうが記事がない人物の掲載禁止とありまして、いくらなんでもそりゃないだろうと思ったわけですが、プロジェクト:大学/人物一覧記事についてでは「記載する人物は、既にWikipediaに独立した記事ページを有しなくてはならない。」という推奨ルールはあるのですが、しかし、どうなのでしょ?たしかに無際限にOB/OGを書き加えられては困るというのは分かるのですが、しかし国会議員や上場企業の社長でさえwpに記事がない人物はOB/OGとして一切触れてはならぬというのはプロジェクト以前に百科事典としてどうなんだろ?と思ったわけです。このあたりご意見をお願いいたします--ぱたごん会話) 2016年9月18日 (日) 11:07 (UTC)

コメント 対立見解です。個人的には、その「○○大学の人物一覧」とかいう項目がある現実の方が「百科事典としてどうなんだろ?」と思います。なので「wikipediaに独立した記事ページを有する」ぐらい特筆性のある人物なら、まぁ、逆引きと言うか索引的な意味で存在していても、と許容範囲内に収める言い訳も出来るでしょうが、卒業者名簿じゃないんだから、特筆性の無い国会議員やら上場企業の特筆性の無い社長やらまで載せるとか、やりすぎなんじゃないかと。学習塾や進学校の「○○大学何名合格!△△大学何名合格!」みたいなノリで「国会議員何名輩出!上場企業役員何名輩出!」と大学が宣伝してるみたいな印象を覚えるのです。--世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月18日 (日) 11:41 (UTC)
  • コメント ぱたごんさんご提示の例は少々目立ちますし、果たして個別に十分検証された上でのものか、という疑念も出てきそうな気がしますので、実行する前にステップを踏んだ方が穏当だったとは思います(精査はしていないので、編集として不適とまでは申しません)。ぱたごんさんご指摘の通り「記載する人物は、既にWikipediaに独立した記事ページを有しなくてはならない。」を厳密に適用して、言及は一切まかりならぬというのも少々教条主義的で行き過ぎに感じます。一方で、この手のリストが無差別な情報収集につながりかねないという現実もあります。私見としては、リストではなく地の文として当該人物に言及できて、記述の出典も確保でき全体のバランスとしても問題ないのであれば、仮に当該人物の記事がWikipediaになくても問題ではなく「記載する人物は、既にWikipediaに独立した記事ページを有しなくてはならない。」を適用しての除去は行き過ぎと思います。そうではない、人物名だけがリスト掲載されているのであれば掲載は好ましくない(除去されても仕方がない)のでは、と考えます。--WDS487会話) 2016年9月18日 (日) 13:04 (UTC)
コメント こちらの編集をぱっと見て、特筆性が明白な
といった方も一律除去なのは確かに気になりましたが、内部リンク先の記事に出典があるから役職や実績を記述できる仕組みだと考えられますので、除去は仕方ないかと……。また、記事がない人物に出典を付けて記載することについては検討の余地があるかもしれませんが、それならば単独記事を作成して、現行の枠組みで加筆すれば良いと思います。
なお、過去版には
  • 金子晴勇 - 文学博士、岡山大学名誉教授、聖学院大学大学院アメリカ・ヨーロッパ文化学研究科客員教授、日本学士院賞受賞(文理卒)
  • 山崎貞一 - TDK第2代代表取締役社長、材料科学技術振興財団初代理事長、科学技術庁長官表彰受賞、紺綬褒章・藍綬褒章受章(旧制静高卒)
のように、記事がありながらリンクが貼られていなかったケースがありましたが、最新版では各記事(金子晴勇山崎貞一)へリンクされて残っていましたので、横暴な編集という訳でもなさそうです。取り急ぎ、以上参考になれば幸いです……m(_ _)m。--Assemblykinematics会話) 2016年9月18日 (日) 13:29 (UTC)
  • コメント 実際に記事がある・ないは関係ないと思います。仮に記事を作れば単独記事として存続できるような場合は、記事ありと同様の扱いで良いと思います。私も同様に除去していますが[9]、要約欄の意図は、記事があればOK(記事はケースEで削除依頼が出されても存続できるものと仮定)、「記事は無いけど作れば存続できるはず」であれば それを証明する出典の提示があればOK、いずれでもなければ除去、です。--JapaneseA会話) 2016年9月18日 (日) 13:39 (UTC)
  • コメント ちょっと見た限りは横暴のように見えますが、手順を踏んで行っているという意味では仕方がないと思います。ただプロジェクト上で此の点に関する改善討議がされなかったというのが気になります。百科事典は使い方は人それぞれなので、一覧には記事のない人も特記事項があれば記載があっていいと個人的には思います。--Camillu87会話) 2016年9月18日 (日) 14:38 (UTC)
  • コメント PJ学校に名前を入れているのでコメントを。一見横暴に見えるかもしれませんが、Wikipedia:独立記事作成の目安を満たさないからページがない=赤リンクになっているのであって、赤リンクは除去されても仕方ないものです。これらの根拠はプロジェクト:大学/人物一覧記事についてです。また、学校の人物一覧記事については「xx学校にゆかりのある人物を学校とは直接関係のない一つ以上の出典によって記述を認める」というのはおかしな話ではないでしょうか。例えば、紫綬褒章を受けるような方は著名な活動があったから褒章をいただいているわけですからスタブ以上で独立記事を立てられるはずです。よく「政治家だからといって一律にページは作られない」と削除依頼が提出されますが、それと基本は同じです。何か出典があるなら記事ありと同等で認めればいいじゃないかではなく、記事を投稿してから堂々と一覧記事に追加すればよい話です。
私の感覚として、一覧記事は一部(過去に存在したダイエーの店舗など)を除けばWikipedia:索引に近い(Wikipedia:一覧記事も参照)もので、出典を用意してまで一覧記事のリストに名前を入れようとする類のものではないと思っています。「xx学校の人物一覧」に掲載するのは「出身者である」とか「教員や関係者である」という理由がメインであって、「どこの社長」とか「そこでプレーしているスポーツ選手」という理由は一覧(リスト)に入れる基準ではないはずです。著名性の出発地点が違う(xx学校出身であることがスポーツ選手の著名性ではなく、スポーツ選手としての著名性があってその人がxx学校出身である)わけですがそのあたりはどうなんでしょうか。--アルトクール会話) 2016年9月18日 (日) 15:16 (UTC)
コメント 自分は先にコメントしたように「特筆性があるのなら記事を作ってしまえばよい」という考えですが、実際を考えるといろいろ悩ましい面があります。Wikipediaを編集する人は必ずしも方針やガイドライン、プロジェクトなどに精通している方ばかりではありませんし、たまたま記事を見かけて知っていることを加筆したという一見さん的な人も多いと思います。細かなルールを知らずに書き込まれた特筆性のある人物について、それをスタブでもよいので記事として立項するのは、誰がするべきかという問題あります(除去する方がそこまでして下さればよいのですが……)。
また、下手にスタブを作るとすぐに出典が足りない、特筆性が怪しいとテンプレートが貼られてしまうという問題があります。個人的には中途半端な状態で立項したり、粗末な状態で放置するのは心苦しいという気持ちもあり、ある程度の状態の記事を作ろうとそれなりに時間がかかります。ただ、削除依頼が出されてから頑張って加筆するように、「記事がない人物は記載しない」という厳格なルールがあるからこそ、記事をしっかり立てて一覧を充実させていこうということになるのかもしれません。
質・量ともに最高の百科事典を作るというWikipediaの理念を鑑みると、何らかの経過措置的な対応も考えても良いのかもしれません。リンクがなかったり赤リンクであったりした場合でも、一覧記事に情報が残っていれば、さえぼー様が取り組まれているような授業やセミナーで、スタブで良いので立項してみる、ということができますし……(もっともWikipediaに精通した方が履歴を紹介すれば、除去されても救い出せますが……)。--Assemblykinematics会話) 2016年9月18日 (日) 16:13 (UTC)
  • コメント 理想としては、アルトクールさんのご意見のとおり「特筆性のある人物の記事が確たる形で既に存在している」ことが先と考えますが、現実には「一覧」への名前のみ追加が先というケースが多々生じているということかと思います。Assemblykinematicsさんのご意見のとおり、一定水準の人物記事を立てるにはそれなりの手間暇が生じるわけですから、記事はなくともその人物の特筆性が確認できる状況であれば、経過措置的に一律除去の対象からは外してもいいのではないか、と考えます。無論、記事主題たる当該学校との結びつきが弱ければ、最終的には除去の対象となることもありうるでしょうが、そこには慎重な検討のステップを設けてもよいのかな、という趣旨で。--WDS487会話) 2016年9月19日 (月) 03:41 (UTC)
  • コメント 今回の静岡大学の件では、9月18日に一人だけが一斉に大量加筆されたものをほぼ元に戻しただけなので除去に全面的に賛成します。「大きな除去編集の是非について」という、ぱたごんさんの提起の仕方はミスリードを誘い問題を感じざるを得ません。--地輪うはん会話) 2016年9月18日 (日) 19:08 (UTC)
プロジェクトの決まりに基づき除去するのは妥当ですし、記事がありながら未記載だった人物は除去せず残されていたのは良いのですが、要約欄で理由を示すだけでなく、会話ページでの対話が必要だったケースのようにも思います(現在は、別の方により注意喚起がなされています)。
なお、「索引に近いもの」という指摘がありましたが、元々は大学の記事に含まれていた内容が分割されて人物一覧記事ができたという経緯があったと記憶しています。そのため、こちらの大学の人物一覧記事における箇条書ではない記述の除去については、プロジェクトで議論が必要なのかもしれません。--Assemblykinematics会話) 2016年9月19日 (月) 21:30 (UTC)

投稿ブロック依頼の提出に「コメント依頼での合意」が必要なのか[編集]

Wikipedia:投稿ブロック依頼/ぽてから 2016831」での審議の過程で、反対意見を出した利用者の中に、「コメント依頼での合意を得て提出されたものではない」ことを主たる理由の一つに挙げた利用者が、複数ありました[10][11][12]

その内、2名の方に「投稿ブロック依頼の提出に合意が必要」とする根拠を質問した[13][14]ところ、1名は現在回答がなく、もう一名の方から、「Wikipedia:投稿ブロック依頼」冒頭に掲げられた指針

利用者間でトラブルが発生した場合には、いきなり投稿ブロックを依頼するのではなく、まず論争の解決に従い、対話と合意での解決を目指してください。それでも上手く行かなかった場合、投稿ブロックの方針の「投稿ブロックの対象となる行為」をよく読み、該当する場合には以下の説明の手順で投稿ブロックの依頼を行ってください。

を示されました[15]

別の利用者からは、「Wikipedia:合意形成」への示唆がありました[16]が、これもまた「投稿ブロック依頼の提出」に係るものではないと判断しています(ただ、コメント依頼やノート等での対話で大体の方向性が出ているところで、それに反する依頼を出すことは、「いつまでも「納得」しない」利用者とみなされても致し方ないでしょう)。

なお、投稿ブロック依頼に至る前のコメント依頼等の必要性については、

が参考になるでしょう。概ね、「コメント依頼を出したほうが好ましいが手続き上必須ではない。十分な数の利用者によって問題点の指摘や対話がなされていればよい。もし、十分でないならコメント依頼を出したほうがよい。」という方向でまとまっているように思います(ここでも合意が必要とは一言も出ていません)。

さて、ここで皆様に伺いたいのは以下の点です。

「Wikipedia:投稿ブロック依頼」冒頭の指針が示すことは、「利用者間で問題が発生したとき、いきなり投稿ブロックという、いわば最終手段に訴えるのではなく、コメント依頼や記事のノート、あるいは利用者の会話ページなどの場で、対話を以て問題解決を図るべきである」ということであって、回答者が主張するような、「投稿ブロック依頼の提出に合意が必要である」という意味はないものと、私は理解しています。この考えに基づき、今まで依頼の場で意見等を出してきたわけですが、はたして、私のこの理解は誤りだったのでしょうか? 回答者が主張するように、この指針はチェックユーザー依頼の提出の場合と同様に「投稿ブロック依頼の提出にはコメント依頼等での合意を必要とする」ことを示しているのでしょうか?--森藍亭会話) 2016年9月18日 (日) 12:30 (UTC)

コメント 支持見解です。合意無しにブロック依頼することに手続き的な瑕疵は無いものと考えています。そもそもコメント依頼ってのはブロック依頼の一手順ってわけじゃないわけで、コメント依頼抜きでブロック依頼することだって多々あるわけですから。と言いますか、チェックユーザー依頼の提出に「合意を必要とする」と明記されていることを今知りました。いや良く々々考えてみれば、管理者の手が煩わされるんだから頻繁に「私怨や思い込みや話が通じません」で提出されたら困るわけで………大抵の場合は依頼者側にも問題があるものですからね。「合意を得てから来い」と突っ撥ねるのは、依頼者を強制クールダウンさせるのにも管理者の手間を省くにも便利が良さそうだと感じました。そういうことなんじゃないでしょうか。--世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月18日 (日) 13:01 (UTC)
コメント ブロック依頼を行うにはコメント依頼での合意形成を行う事を必須とする事には不同意。但し推奨ならば認められる。なお、WP:RFCで合意形成を必須とした場合WP:MEATによる多数派工作なども行えますから、コメント依頼作成時にアカウント作成5年以上かつWikipedia名前空間の議論系ページの編集回数が500件以上在ること。などの制限が在るなら話は別でしょう。--Vigorous actionTalk/History) 2016年9月18日 (日) 13:05 (UTC)
コメント ブロック依頼提出に際して必ずしもコメント依頼を提出する必要はありませんが、コメント依頼が出されていた場合はある程度そこで合意がとれていることが望まれると考えております。コメント依頼でブロックする必要なしという意見が多くある中でブロック依頼を提出すれば、手続き的な瑕疵はありませんが、コミュニティの反感を買うことになるでしょう。そうなれば依頼が長期化することになりコミュニティに疲弊を与えることになります。--Kyoyaku会話) 2016年9月18日 (日) 13:19 (UTC)
コメント 森藍亭さんの利用者間で問題が発生したとき、いきなり投稿ブロックという、いわば最終手段に訴えるのではなく、コメント依頼や記事のノート、あるいは利用者の会話ページなどの場で、対話を以て問題解決を図るべきであるであっていると思います(私もそう解釈しています)。私も例のブロック依頼で反対票を投じた1人ですが、その時私は「コメント依頼で被依頼者との対話が十分にできていない(言い換えれば、まだ対話の余地はある)のでブロック依頼には早い」という意味で反対をしました。
チェックユーザーは、「やり直しが効かない」「取り消しができない」「プライバシーに関わる」ため、通常より強い合意が必要になります。そして、「チェックユーザー依頼の場では議論禁止」です。これに関してはWikipedia:チェックユーザーの方針#チェックユーザー依頼の手順で明文化されています。その為、チェックユーザー依頼をするためのコメント依頼というものが存在します(例:2016年3月のコメント依頼2016年4月のコメント依頼)。そしてそのコメント依頼で反対が1つでもあれば実施することは難しいでしょう(最近の事例)。逆にブロックは「解除」ができますので合意があるに越したことはないだろうけど必須ではない。それに事前にコメント依頼があってもコメント依頼で「ブロック依頼提出してもいいですか。→『賛成』→では提出します」というのは少ないと思います。どちらかといえば先日私が参加したコメント依頼ブロック依頼の様に、「短期のブロック(裁量ブロック)で冷静になれないのなら、次のステップに進む必要がある」とのコメントこそありますが、ブロック依頼提出の提案はありません。過去のコメント依頼を探し回ればブロック依頼提出のための合意形成がされたコメント依頼があるかもしれませんが。
それとVigorous actionさんのコメント依頼提出条件はさすがに厳しすぎる気がします。その条件だとjawpで提出できる人が数百人になってしまいますね(提出が少ないにこしたことはありませんが)。せめてブロック依頼の投票条件ぐらいが良いですね。--Mirinano会話) 2016年9月18日 (日) 13:48 (UTC)
コメント 森藍亭様の御見解を支持します。一般論で言えば、ブロック依頼とコメント依頼は別物と考えられるので、「コメント依頼が出されたら合意しなきゃブロック依頼は出せない」は誤りと判断します。勿論Vigorous action様の仰るように推奨されるべきものと考えます(ただし本件の場合、メンバーを見るに合意は無理でしょう)。また本件は、一定数の利用者がブロック依頼で賛成票を投じているので、合意を無視した独断での提出だとも思えません。余談ですが、コメント依頼提出・参加条件は、当事者は無条件、そうでなければVigorous action様の仰るように条件は厳しくした方が良いと思います(私も除外されるかも)。--JapaneseA会話) 2016年9月18日 (日) 14:05 (UTC)
コメント あらかじめ問題点をあぶり出しておいたほうが良いという意味で、大抵の場合はコメント依頼を先行実施した方がスムーズな議論となるでしょう。しかしコメント依頼で「提出の合意」をとれというのは、どこにも根拠の無い話です。そもそも、被依頼者側がすんなり合意に応じるわけもなく、非現実的な主張といえます。というか本議論提出のきっかけとなった案件での「合意がない」発言は、意に沿わないブロック依頼をとにかく潰してしまいたいという、ほとんどイチャモンのレベルでしかないでしょう。一方、コメント依頼の提出資格要件を厳しくすることには反対です。たしかに本件に関しては内容のくだらないコメント依頼も散見されますが、下らない主張に対して下らないと言ってあげる場も必要です。特に、「コメント依頼提出・参加条件は、当事者は無条件」などというJapaneseA氏のアイディアについては特に強く反対します。「当事者」の定義について紛糾するのは目に見えているし、第三者の意見をこそ聞く場であるはずのコメント依頼の趣旨に真っ向から反しています。--Kojidoi会話) 2016年9月19日 (月) 03:54 (UTC)
コメント 森藍亭さんが、はるみエリーが「コメント依頼での合意を得て提出されたものではない」ことを主たる理由の一つに挙げたと決めつけていますが、この前提が間違っています。非常に恣意的な迷惑行為であり、憤慨しています。はるみエリーは、コメント依頼の提出時に「コメント依頼での合意」を必須条件であるなどと発言していません。森藍亭さんが、「コメント依頼が出されたら合意しなきゃブロック依頼は出せない」ことを理由とした反対だ、と間違った解釈を勝手に決めつけて拡散しているだけです。コメント依頼で議論中に、コメント依頼の議論を無視して個人的にブロック依頼を提出されたために、コメント依頼の議論を経ないも同然だと発言してるだけですし、推測による依頼文であるために審議すべき内容がないと発言しています。
森藍亭さんによる以下の見解は、事実とは異なる森藍亭さん自身の全く独自な解釈です。はるみエリーは、一般的に「コメント依頼提出時に合意が必要なのに合意がなかった」ということを述べているわけではないのに、森藍亭さん自身の全く独自な解釈により、あたかも、そう言っているかのように決めつけられているだけです。
Wikipedia:投稿ブロック依頼/ぽてから 2016831」での審議の過程で、反対意見を出した利用者の中に、「コメント依頼での合意を得て提出されたものではない」ことを主たる理由の一つに挙げた利用者が、複数ありました[17][18][19]
森藍亭さんの間違った前提とは切り離し、一般的に、「コメント依頼での合意」が必要なのかという質問についていえば、必ずしも必要ではありません。しかし、コメント依頼の議論中に、コメント依頼の議論を無視して独断でブロック依頼を提出するということは、コメント依頼での議論を全く無視しての行動であり、望ましい行為ではないと思います。Wikipedia:投稿ブロック依頼には、「いきなり投稿ブロックを依頼するのではなく、まず論争の解決に従い、対話と合意での解決を目指してください」とあります。Wikipedia:投稿ブロック依頼に、「いきなり投稿ブロックを依頼するのではなく、まず論争の解決に従い、対話と合意での解決を目指してください」とあるのは、コミュニティのとってそのほうが望ましいからであり、軽視すべきではありません。JapaneseAさんも、過去に、いきなり投稿ブロックを依頼した経験をお持ちなので、JapaneseAさんによる見解もかなり「いきなり投稿ブロックを依頼するのではなく、まず論争の解決に従い、対話と合意での解決を目指してください」を軽視しがちな方向に傾いていると思います。コメント依頼でも述べましたが、森藍亭さんは、想像で補い事実ではないことを事実であるかのように表現している恣意的な発言等が見られますので、慎重な発言を心がけてもらいたいと思います。コミュニティに対し、他人の発言を間違った意味で拡散し、間違った前提で議論をするなどは、コミュニティを疲弊させる行為にほかなりません。本当に憤慨しています。今となっては仕方がありませんが、せめて、早急な訂正を求めます。--はるみエリー会話) 2016年9月19日 (月) 23:49 (UTC)
コメント 森藍亭氏による議論提起はWikipedia:コメント依頼/ぽてから 20160722の議論の拡散に過ぎず、意図によってはWikipedia:井戸端の目的外利用の可能性も感じました。
はるみエリー氏から異議があがっている森藍亭氏による解釈についてですが、確かに、森藍亭氏の解釈は間違いであると断言できる内容でございます。Wikipedia:コメント依頼/ぽてから 20160722の以下の発言を既成事実として扱っていますが、「異口同音に同じことを言っている」と感じたから「同調者」と断じることは、Wikipediaの方針に対する逸脱行為である可能性を感じております。
当該コメント依頼で「コメント依頼の合意がない」ことを反対理由にした利用者を、異口同音に同じことを言っている[20][21][22]ことから、前掲コメントでは同調者として扱っています。草食系マッチョ氏も含みますね。--森藍亭会話) 2016年9月17日 (土) 10:30 (UTC) リンク追加。--森藍亭会話) 2016年9月19日 (月) 02:50 (UTC)[23]
以下の3氏はそれぞれ異なる理由を述べての投票行為であり、森藍亭氏による「異口同音に同じことを言っている[24]」という解釈が独善的解釈であるということは確定した事実として扱うべきでございます。
草食系マッチョ氏「このブロック依頼は、ウィキペディアの被害を回避するためではないよね。[25]
カグヂ氏「ぽてから氏が反省の弁を口にしている以上依頼理由は消失しておりブロック理由は存在しません。[26]
はるみエリー氏「依頼文も単なる推測にすぎないため審議すべき内容が見当たりません。[27]
ところで、ぽてから氏とはるみエリー氏は、JapaneseA氏と論争相手であるという共通点があります。私も、かつて、JapaneseA氏に、不正の疑いをかけられた経験をもっております。JapaneseA氏はベテランなので価値観が近い親しいお仲間の方も多く、JapaneseA氏と近しい価値観の方から矢継ぎ早に様々に疑いをかけられるということが続きました。ぽてから氏とはるみエリー氏等も、当時と類似した状態であると思われます。森藍亭氏の行為は、JapaneseA氏が過去に犯した失敗と同じことを繰り返そうとしているだけでございます。すなわち、間違った解釈を信じ込んで「同調者」として扱い、Wikipediaから排除しようとしているだけにすぎないと感じております。単に、自分と異なる意見を述べる利用者の排除を目的とした行為であるとすれば、Wikipediaの目的を逸脱しているものです。
ちなみに、’’投稿ブロック依頼の提出に「コメント依頼での合意」が必要なのか’’という内容について言えば、必ずしも合意が必要ではないが、投稿ブロック依頼提出前にコメント依頼での議論を十分に行うことが望ましいと思われます。
一方、森藍亭氏があげているWikipedia:投稿ブロック依頼/ぽてから 2016831においては、「依頼文が簡潔過ぎて状況が掴めません。筋道を立てて書き直すか、もしくは間にコメント依頼を挟むべきと考えます。[28]」、「現在の「意見表明・意思表示を求める」名目での投稿ブロック依頼は、正直賛成しにくいです。[29]」というコメントも見られ、依頼者自身に改善すべき点があることは確実でございます。過去のWikipedia:投稿ブロック依頼/ぽてからWikipedia:投稿ブロック依頼/ぽてから 追認については、依頼提出者の利用者:SACHEN氏が多重アカウントの不適切な使用により無期限ブロックとなっております。Wikipedia:投稿ブロック依頼/ぽてからで賛成票を投じた利用者:T6n8氏も無期限ブロックとなっておられます。Wikipedia:コメント依頼/ぽてから 20160722の依頼提出者もブロックになっています。ぽてから氏に関する依頼提出者が、不正な行為でブロックになった方だらけである以上、投稿ブロック依頼についても安易な提出は歓迎すべきではないと思います。
こうした経緯からも、草食系マッチョ氏、カグヂ氏、はるみエリー氏により反対票が投じられたことについて、「異口同音に同じことを言っている」などは思い込みにすぎず、ましてや、単なる思い込みを根拠に一方的に「同調者」として扱う[30]などという独善的行為は方針を逸脱しており、3氏に対して非常に非礼な態度であるとしか表現のしようがございません。森藍亭氏は、3氏の発言について議論を行いたいということであれば、独自解釈を冒頭で議論参加者にすり込んだ上でWikipedia:コメント依頼/ぽてから 20160722から議論を拡散させるべきではございませんでした。また、Wikipedia:投稿ブロック依頼/ぽてから 2016831の場での質問行為[31][32]は議論妨害の恐れもあり、回答を延々続けることがかえって望ましくない行為であったとも考えられます。
一般的な「投稿ブロック依頼の提出に「コメント依頼での合意」が必要なのか」という質問を意図しているのであれば、3氏の発言を「異口同音に同じことを言っている[33]」という独善的解釈を付して冒頭に掲げるべきではなく、非難されて然るべき議論提起の仕方でございます。--雅ハルカ会話) 2016年9月20日 (火) 01:56 (UTC)
コメント Vigorous actionさんによる「なお、WP:RFCで合意形成を必須とした場合WP:MEATによる多数派工作なども行えますから、」とのご指摘については、別途議論が必要な重要課題であると最近感じています。その対策として例に出された制限云々については、それだけやらなければ排除できない、という以上の意味はないとも思います。
合意形成が困難なケースで言い続けられる理由が、たとえ「反対のための反対」から出た勘違いであっても、軽視すれば余計もめるだけだと考えています。論破せよとまでは言いませんが、過去の議論や明文化されたルールを提示して、それでも納得しないと判断されれば、それが被依頼者によるものであるなら、WP:BP#コミュニティを消耗させる利用者とみなす傾向はありますが、被依頼者以外によるものである場合、被依頼者に不利に働くことのないよう、色眼鏡で見ることは慎むべきであると思います。
しかしながら、合意形成を待つ/待たない以前に、WP:MEATWP:CAN、単なる意気投合の線引きは議論してもいいはずです。ミートは絶対的な繋がりがあるのに対し、カンバスや意気投合は「一抜けた」ありだと考えています。また、被依頼者に代わり、参加者の発言をもとに対人論証を執拗に行い、話の腰を折るのを審議妨害と、参加傾向をWP:MEATと、みなす根拠にできるかどうかというのがあります。そこらへんは、過去にWikipedia:投稿ブロック依頼/特定団体を擁護するアカウント群等を提出された経験のあられる、JapaneseAさんがお詳しそうにも思えますので、別途議論があった際にはご教示いただきたいです。
なお、本題の結論としては、投稿ブロック依頼以前の合意形成の有無は義務ではなく、依頼者の保険にもならないと思います。投稿ブロック依頼の結果は、コメント依頼をウォッチしていたサイレントマジョリティの意思表示が、決め手となることは少なくありません。コメント依頼がディベート化したとき、反対の割合を見積もっても、その前提と帰結(判定)は一致しないことが多々あるようです。この手のことで、アプローチとしての「推奨」があってもいいとは思いますが、もめるのを回避する効果はあっても、保証つきではないでしょう。--市井の人会話) 2016年9月20日 (火) 02:08 (UTC)
コメントルール上の話としては、コメント依頼を経るのは望ましいけど必須ではない、ってことで大方異論はないのですよね? であればブロック依頼に反対するのはいいですし、きちんとコメント依頼をすませてほしかったと苦言を述べるもいいんですが、それを反対の理由の一つに連ねるような文はいらぬ火種になりはしないでしょうか。ところで価値観が近しいお仲間とかいってますが、本トピックスとか問題のブロック依頼に至る経緯とかで本題の賛否をこえて森藍亭さん達を声高に非難している人たちも記事に書きたがることはだいたい似た価値観に基づくように思えますが、ブーメランですか?--240F:65:92C9:1:4480:3522:1C2:6DDA 2016年9月20日 (火) 03:38 (UTC)
  • コメント T6n8様のブロック理由はPROXY、荒らし、パペットではありませんので、それこそ一緒くたにするのはおかしいでしょう。なお、「ある方達」が「異口同音に同じことを言っている」かどうかについては、ここでコメントすると本題と離れた論争になるので控えます。納得の行かない方は、ここで文句を言わずに別途井戸端で議論を提示されてはいかがでしょうか?--JapaneseA会話) 2016年9月20日 (火) 06:33 (UTC)
  • コメント 上記で述べられている通り、自身が求める回答を誘導尋問のように導き出すことを狙った井戸端提議という側面を有することは否定しがたいものであると考える。前半の議論の流れはごく通常の範囲内であると考えるが、後半、とくに、JapaneseA様、Kojidoi様によるコメントによる「支持」に関しては同調であるようにも思われ、森藍亭様の狙い通りの同調を獲得したかのように見えるということを述べておきます。すなわち、森藍亭様が「異口同音に同じことを言っている」などとし、「同調者」であるなどと発言していますが、私が見たところでは、その基準を適用するのであれば間違いなく、JapaneseA様、Kojidoi様による、井戸端提議に対する支持表明は、森藍亭様の基準による「異口同音」な「同調」であると言えるものです。特に、JapaneseA様は、最近も、いきなりブロック依頼を提出する行為により、コミュニティから多くの叱咤が寄せられたにも関わらず、まるで自身の失態がなかったかのように中立的な立場としてコメントを述べるあたり、慎むべきであろうと思います。Vigorous action様の仰るように何らかの条件を設けるなどについては検討の余地はあると思いますが、アカウント作成後5年未満の人物と5年以上の人物が論争に発展した際、5年以上の人物だけがブロック依頼を提出する権利を有し、5年未満の者がそれが出来ないなどにより、議論の力関係に不公平が生じることが考えられるので、もう少し緩和した内容が相応しいであろうと思います。論争における対立者への「ブロック」を匂わして有利に議論を運ぼうとする傾向を有する者が、実際に存在しているという現実があります。また、この井戸端提議者である利用者:森藍亭ノート / 履歴 / ログ様は、アカウント作成後50回編集を満たして以降は、標準空間における編集行為を半ば放棄したに近いかたちで、投稿ブロック依頼等を中心に活動しています。しかし、編集行為にほとんど関わることがなく、投稿ブロック依頼等を主な活動場所とするというのは、大きな偏りがあると思います。森藍亭様の投稿記録を拝見しましたが、率直に申しまして森藍亭様が批判をしている、ぽてから様や草食系マッチョ様、カグヂ様、はるみエリー様によるWikipediaへの貢献のほうが、森藍亭様による貢献よりもはるかに大きいと考えるものであります。森藍亭様は、ぽてから様や草食系マッチョ様、カグヂ様、はるみエリー様等による記事執筆行為に対して敬意を払う姿勢をもつべきであり、ご自身によるWikipediaへの参加態度を真摯に考えるべきではありませんでしょうか。批判をするのは記事を書くよりも簡単なことであり、現場経験の少ない人等が辛辣な言葉をもって批判したとしても、相手が受け入れがたいと考えるのはもっともであります。適切な判断が下せない場合もあることでしょう。利用者に対する投稿ブロック依頼というのは、安易に行われるべきではないというのはその通りであり、アカウント作成後50回編集を満たした後、ほとんど標準空間における編集行為から退いているかのような状況で、投稿ブロック依頼等にばかりという人が増えることはWikipediaにとって益するものは少ないという懸念はあろうかと存じます。—RXX-7979Ⅲ会話) 2016年9月20日 (火) 06:41 (UTC)
コメント 虚偽を4回行ってブロック依頼を出された人間が一体何を言っているんですか。コミュニティの総意は「あのタイミングで出すべきではない」「コメント依頼を経た方が良い」と判断して取り下げましたが、貴方への追及は終わっていません。「不適切でした」で一言詫びれば済むものではありません。静観していましたが、あえてシロクロつけたいのであれば、私と貴方の両方を被依頼者にしたWikipedia:コメント依頼/JapaneseAとRXX-7979Ⅲを提出して下さい。--JapaneseA会話) 2016年9月20日 (火) 07:09 (UTC)
コメント JapaneseA様は、ブロック依頼を報復や排除の手段であると勘違いしているとするなら大きな誤りであり、過去の行いを見るにこの種の依頼で中立的な立場を装ってコメントすべきではなかろうと存じます。また、コメント依頼の提出を相手に命じるなどはやめていただけませんか。「ブロック依頼を出された人間が一体何を言っているんですか」という発言は、不当な攻撃であり取り消して下さい。依頼の提出者自身に問題のあるブロック依頼を出されただけでは、非難されるいわれは存在しません。また、「虚偽を4回行って」という前提そのものが虚偽です。論争における対立者への「ブロック」を匂わして有利に議論を運ぼうとする傾向を有する者が、実際に存在しているという現実を考えると、コメント依頼の合意が必ず必要ということではなくとも、論争が起こる度にいきなり投稿ブロック依頼を提出する行為が頻繁に行われるようになるのも困りものとも言えると考えられます。--RXX-7979Ⅲ会話) 2016年9月20日 (火) 07:52 (UTC)
コメント [34]で、「学校公認組織であることを確認」と虚偽を記載。[35]では、出典に記載されていない事(外国人参政権の付与を求める)を記載(出典には「参政権がない」とのみ記載)、[36]では、「公安調査庁が監視対象」と出典に書かれていない事を記載、[37]では「新左翼」と出典に書かれていない事を記載。合計4回の虚偽です。貴方が出さないのであれば、折を見て私からコメント依頼とします。--JapaneseA会話) 2016年9月20日 (火) 09:42 (UTC)
横からですがJapaneseAさんがコメント依頼出すのはやめた方がいいと思いますよ。派閥主義的というか、属人的な言動(相手が誰それだから擁護しよう、誰それだから攻撃しよう、重箱の隅をつついて問題を相対的に矮小化しようというのが容易に読み取れる)が双方わらわら出てくるのはここ最近のコメント依頼で自明でしょう。ミートだソックだは言いませんが、正誤はさておき粗忽な指摘で敵を作りすぎです。--126.0.234.196 2016年9月20日 (火) 09:51 (UTC)
  • コメント 質問に対する諸氏の意見とほぼ同じで、ブロック依頼の提出に「コメント依頼での合意」は必須ではないが対話やコメント依頼を以って問題行動を改善することが推奨される、あたりの回答になるでしょうか。早急に手を止めて頂く必要がある場合や、また問題行動やっとんのかって場合はまた違いますが、そういう場合はブロック依頼提出時に簡潔にその旨まとめるべきですかね。--202.224.70.135 2016年9月20日 (火) 10:23 (UTC)

コメント 皆様にお願い。属人的な批判(根拠明示)、批評(根拠明示)、誹謗中傷の類(根拠明示なし)は、「Wikipedia:コメント依頼#利用者の行為についてのコメント依頼」なり「Wikipedia:投稿ブロック依頼」でどうぞ。 そこまで問題視するのなら、簡単なことでしょう? 一つだけ言うならば、私の挙げたリンク先の記述やその解釈に問題があれば、つまり井戸端での話題としてふさわしくないものであれば、はるみエリー氏以前に指摘があっておかしくないものと、私は思います(そのくらい厳しい方々と私は考えています)。私としては、最初の投稿時に示したとおり、解釈・運用についての意見募集ですので、「情」ではなく「理」で話されますようお願いします。--森藍亭会話) 2016年9月20日 (火) 10:12 (UTC)

「理」で、ということであれば、
  • 該問題は、ブロック相当であるとコミュニティーの支持(=コメント依頼にて合意(コンセンサス))を得てからブロック依頼に移行するのが適切な、観点の相違に基づく意見の食い違いが激化しただけである
との主張を略して「コメント依頼での合意を得て提出されたものではない」旨の表記としたに過ぎないと考えます。これはまた、「主たる理由の一つ」に挙げた利用者は複数あっても「唯一の理由」に挙げた利用者が皆無であったこともそう判断する根拠の一つとなっています。
結局のところは「「話を聞いてもらえないので、長期の投稿ブロックを依頼する」というのでは、検討するにも値しません。」と同じ根拠で同じ主張をしているに過ぎず、表現が異なるだけの話です。それを「投稿ブロック依頼の提出にはコメント依頼等での合意を必要とするか否か」と大上段に構えて井戸端で話題にするのは、森藍亭氏の先の発言を採り挙げて「対話拒否を理由にブロック依頼をするのは是か非か」と大上段に構えて井戸端で話題にするのと同じぐらい「ふさわしくない」と考えます。
ではありますが、本話題に限っては、森藍亭氏が発言者に対し質問をし充分な説明が為されなかったことで第三者の意見を欲したことを鑑みれば、井戸端で話題にしたことに非があるとは考えていません。コメント依頼を提出されるよりかは「棘」が少ないですからね。
余談ながら、Vigorous action氏のWP:RFCで合意形成を必須とした場合の条件は、むしろ「コメント依頼を調停委員会化し事実上裁定委員会に準じる存在にする」ことになるのだから致し方が無い条件だと思います。Wikipedia:調停委員会は飽くまで「無権限の私設議会」であるのでともかくも、Wikipedia:裁定委員会は何しろ裁定権を持っていますので管理者に匹敵する(むしろ超える)強い信任が必要ですからね。それに準じる存在にするならば相応の厳しさが必要でしょう。「全て等しき大和民族一ウィキペディアンである」と考える観点からは、然様な議会の存在は好ましくないと考えていますが。
世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月20日 (火) 13:10 (UTC)

コメント ブロック依頼の提出に合意形成は不要。コメント依頼とブロック依頼の目的の違い(前者は対象について他の利用者よりコメントを求めるもの、後者は対象に対するブロックの是非を審議するもの)によるものである。もっとも、ブロック依頼をする前に被依頼者の問題点の洗い出しおよび改善を図る意味で提出することは望ましいとは考えるも、必須ではない。その点から「コメント依頼でブロック依頼提出への合意形成がなされていないから依頼不備」という主張には理解に苦しむ。ただ、利用者間で不毛な派閥争いで泥沼状態になっているように見受けられる状況にあるのが気になるところ。--Senatsuki会話) 2016年9月20日 (火) 11:01 (UTC)

コメント 森藍亭様は、自身の井戸端提議の仕方が、「理」にかなった提議の仕方ではないという指摘を受けていることについては真摯に熟考願いたい。森藍亭様の間違った議論誘導のせいで、井戸端の議論の方向が狂っているわけです。Senatsuki様が「「コメント依頼でブロック依頼提出への合意形成がなされていないから依頼不備」という主張には理解に苦しむ。」という発言をしているが、草食系マッチョ様、カグヂ様、はるみエリー様は、そもそも、以下の理由による投票をしていることが雅ハルカ様の発言から明らかとなっているわけです。

草食系マッチョ氏「このブロック依頼は、ウィキペディアの被害を回避するためではないよね。[38]
カグヂ氏「ぽてから氏が反省の弁を口にしている以上依頼理由は消失しておりブロック理由は存在しません。[39]
はるみエリー氏「依頼文も単なる推測にすぎないため審議すべき内容が見当たりません。[40]

いったい、誰が、コメント依頼でブロック依頼提出への合意形成がなされていないから依頼不備になると主張しているのかということに対して理解が出来ません。Senatsuki様が理解に苦しんでいるというのは、森藍亭様の間違った主張をSenatsuki様が鵜呑みにしただけの同調に過ぎないとも言えます。森藍亭様の冒頭の主張に誤りがあるまま、それに同調してコメントを行うと事実とかけ離れた内容になってしまいます。森藍亭様による井戸端提議は、自身が求める回答を誘導尋問のように導き出すことを狙ったようにしかみえず、まずは、正常な議論が出来るように、自らの間違いを訂正してください。「皆様にお願い」している場合ではありません。森藍亭様にお願いです。まずは、人様に指摘する前に、自らの冒頭の虚偽提議を訂正されますようお願いします。--RXX-7979Ⅲ会話) 2016年9月20日 (火) 11:26 (UTC)

別の抜出し方をすれば下のようにもなりますね。
草食系マッチョ氏「結局、コメント依頼で合意がないから、コメント依頼の経緯を依頼文から省いたんだよね。[41]
カグヂ氏「コメント依頼の合意なき提出であることが明らかであるため、 即時終了にも反対しません。[42]
はるみエリー氏「コメント依頼の合意がないために、コメント依頼を経ずに提出されたも同然であり、依頼文も単なる推測にすぎないため審議すべき内容が見当たりません。[43]
少なくともブロック依頼の場において異口同音にコメント依頼の合意について言及しているのは事実です。よもや、主たる反対理由にしていないから言及していてもそれは何の意味もない、とでも仰る?傍論かな?
自分たちの都合の悪いことは「虚偽」で相手の主張は「創造だ」「単なる推測だ」、というのは中々ダブルスタンダードにも程がある
解釈についての逐一の反論は不要ですしされても返信しませんよ。読んだ人が決める話ですし、自分の解釈が正しいのだから貴方が従え、と言わんばかりの傲慢さは私には持てませんので。--126.0.234.196 2016年9月20日 (火) 13:07 (UTC)
はるみエリーによる「コメント依頼での合意を得て提出されたものではない」ことを主たる理由の一つに挙げたと決めつけていることについて、この前提が間違っているし、非常に恣意的な迷惑行為であり、憤慨しているというコメントが見えないのでしょうか。森藍亭さんの主張は、他人の発言を引用するときに、都合の良い箇所だけを抜き出す断章取義に過ぎず、言った本人であるはるみエリー自身が否定していることを無視しないでください。森藍亭さんは、断章取義に独自な解釈を付け加えて、想像で補い事実ではないことを事実であるかのように表現している恣意的な発言等をなさっています。断章取義で独自の解釈を付け加えることは事実とは言いません。本人が否定していることを無視し続けることは、失礼千万な話です。--はるみエリー会話) 2016年9月20日 (火) 22:28 (UTC)

コメント ここは「投稿ブロック依頼の提出にはコメント依頼での合意が必ず必要か否か」について議論する場所であり、Wikipedia:投稿ブロック依頼/ぽてから 2016831の投票コメントについて議論する場所ではありません。

そして、多くの利用者様のコメントより、Wikipedia:投稿ブロック依頼の冒頭に記載ある「投稿ブロックを依頼する前に」の解釈は、

利用者間で問題が発生した場合、まずはコメント依頼等を利用して対話や合意での解決を目指す。会話ページやコメント依頼で対話での解決を試みたが、上手く解決しない場合に利用者の行動がWikipedia:投稿ブロックの方針のどの項目に該当するのか明らかにした上でコミュニティに対し投稿ブロックを提案する。

投稿ブロック依頼の提出には必ずコメント依頼等での合意形成が必ず必要ではなく、同じ様にコメント依頼を必ず提出しなければいけないわけではない。

が適切ではないでしょうか。議論が ブロック依頼での投票コメントについて になりかけている様に見えます。今一度ここでは何を議論すべきなのかお考え下さい。--Mirinano会話) 2016年9月21日 (水) 09:15 (UTC)

「ここでは何を議論すべきなのか」に関してなのですが、それは「「投稿ブロックを依頼する前に」の解釈」ではなく、「本件話題発起人件のブロック依頼での発言をどのように解釈すべきだったのか」なのではないでしょうか。
と言うのは、既に件の発言の発言者本人から誤解である旨の弁明(弁解でも釈明でもない)がされているわけですから、誤解であったと看做すのが妥当でしょう。で、誤解に過ぎず且つ全員で見解が一致しているのですから「そんなことないよ安心してね」で結論が出ているわけです。つまり本件話題自体が既にクローズすべき状態なわけで。
それでもなお発起人が話題をクローズしないことを希望しているのは即ち、本件話題発起人が「該弁明を解釈出来ない、釈明が要る」と考えているわけです。となれば(その目的が「吊し上げ」ではないと看做す限り)件の発言の釈明が必要、ということでしょう。
即ち、本件話題発起人により「結論は出ている。誤解であるとの主張も聞いた。が、誤解であったと納得することは出来ていない」と新たな論点(=誤解する余地は無い)が出て議論が進展したわけです。なので、それに沿って新たな論点、
件の発言に『投稿ブロック依頼の提出には合意が必須条件である』以外の如何なる解釈が如何なる理由で可能なのか、或いは不可能なのか
が、今後「相互理解の為に議論すべき内容」と考えます。
無論それは、発言者本人からの釈明により解消されるべき内容です。しかし現在のところ、発言者本人の内の一名から「決めつけだ恣意的だ迷惑行為だ憤慨だ拡散だ事実とは異なる独自解釈だ」と、他同意見と看られる方からは「議論の拡散だ目的外利用だ逸脱行為だ独善的だ非礼だ」「誘導尋問だ同調者だ」と、釈明に相当する内容が一切無いまま、誤解である旨の抗弁をした後は発起人やその同意見者に対する「属人的な批判(根拠明示)、批評(根拠明示)、誹謗中傷の類(根拠明示なし)」に終始しています。議論が正常に進んでいるとは思えません。
進んでいる議論をわざわざ最初にまで巻き戻すのは、発言者本人及びその同意見者を無視した不適切な議論進行であると考えます。
世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月23日 (金) 06:02 (UTC)
コメント 先ほど森藍亭さんのコメント依頼「Wikipedia:コメント依頼/森藍亭‎」が提出されましたからそちらへどうぞ。--Mirinano会話) 2016年9月23日 (金) 11:09 (UTC)
いやここまで拡散しておいてはるみエリー氏他の汚名撤回は不要なのですか、って話なのですが。私ことCray-G自身は既に森藍亭氏と対話済みであるので、これはMirinano氏の不適切な議論進行による印象操作と受け取られない為の予防的表明に過ぎません。--世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月23日 (金) 11:49 (UTC)
ブロック依頼でコメント依頼を経ていないとかコメント依頼の合意が必要という主旨の発言をすれば「この方はコメント依頼を経たりそこで合意を得ることが重要と考えているのだな」と思わやすいということでしょう(ブロック依頼を閉めた管理者の方もそのへん言及してますし)。極論ですがもうそのへんは「暴言でしょう」「いや暴言まではいかない」の類例で、幾人かが「暴言でしょう」と評しているのに発言した本人が「それは貴方の恣意的な解釈だ」「管理者の方がそういわれたとしてもそれは個人の解釈でしょう」って言ってるようなものであり、なあなあで済ませるかコメント依頼あたりで意見の白黒を分けるしかないでしょうよ。--202.224.70.135 2016年9月24日 (土) 01:47 (UTC)
何度も繰り返していますが、はるみエリーは、ブロック依頼でコメント依頼の合意が必要という主旨の発言はしていません。「コメント依頼を経ていない」というコメントは、「コメント依頼が必要だ」と言ったことにはなりません。投稿ブロック依頼の提出に「コメント依頼での合意」が必要なのかということについては、100%必要ということではないと思います。しかし、コメント依頼を経て、対話による合意を目指して議論を行うほうが望ましいと思います。この井戸端の結論としては、投稿ブロック依頼の提出に必ず「コメント依頼での合意」が必要というわけではない、ということでいいと思います。しかし、森藍亭さんにより、はるみエリーが、投稿ブロック依頼の提出に必ず「コメント依頼での合意」が必要なのに合意がないと言ったかのように書かれ、それを理由にブロック依頼で投票したかのようにされてしまっているのは間違いなので、次々と森藍亭さんのコメントを読んだ方が勘違いして間違った情報が拡散しています。この場で訂正してもらいたいです。--はるみエリー会話) 2016年9月24日 (土) 02:01 (UTC)
はるみエリー氏のまずかったところは、カグチ氏・草食性マッチョ氏の「コメント依頼の合意云々」が槍玉にあがってるときに同じ轍を踏んだことです。そのへんを読まずに揃って同じ誤解を招く表現をしたのか、読んでわかってて誤解を招く表現の発言をしたのかってことになってしまいますので。--202.224.70.135 2016年9月24日 (土) 02:19 (UTC)
返信 (202.224.70.135氏宛)
なあなあで済ませるかコメント依頼あたりで意見の白黒を分けるしかないでしょう
私自身は、「暴言」と異なり本件問題は、この場で「はっきりさせること」が可能であるとの見解を持っています。それも二通りの方法で。
その一つは、はるみエリー氏他の件の発言者により「第三者にもわかる」論理的な釈明が行なわれること。
もう一つは、「議論」と呼ばれる手順により相互理解を行なうこと。
前者はちょっと絶望的だと思わせる状況にありますが、後者は不可能ではないと考えます。つまり「不適切な議論進行」等が無ければ。
返信 (はるみエリー氏宛)
訂正は、森藍亭氏がはるみエリー氏の主張内容を正しく理解出来ないでいる限り行なわれないでしょう。
ですが訂正されなくとも、「はるみエリー氏はブロック依頼の提出にはコメント依頼の合意が必要」という主旨の発言をしていないことが衆目に明らかになれば、それではるみエリー氏の汚名撤回、即ち間違った情報の拡散を防ぐことになると思います。ですので、一刻も早く「衆目に明らか」にすべく努力する方が良いと考えます。
現在、それを妨げている「思い込み」がはるみエリー氏にあるように見えます。そしてそれが故に、衆目に明らかに「はるみエリー氏の説明不足」である状態が継続していて、それは第三者に「はるみエリー氏が説明しないのは何故か」を邪推させています。
先ずはハンロンの剃刀で、その「思い込み」を切り落としましょう。そうすれば、はるみエリー氏には「訂正を求めていつまでも同じ主張を繰り返し続ける」ことよりも効率の良い方法がある、ということに気付けるのではないかと考えます。
世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月24日 (土) 03:34 (UTC)
  • コメント ブロック依頼で、はるみエリーはこう発言しています。
  • 反対 即時終了にも反対しません)コメント依頼の合意がないために、コメント依頼を経ずに提出されたも同然であり、依頼文も 単なる推測にすぎないため審議すべき内容が見当たりません。これまでの経緯から、むしろ、Wikipedia‐ノート:コメント依頼/ぽてから 20160722#ぽてから氏への粘着IP等によるぽてからさんの編集内容だけを無差別に差し戻しするIPやぽてからさんを個人攻撃する不審なIPや アカウント、また、ジャコウネズミさんの暴言による編集強行等が繰り返されないよう、監視する必要性を強く感じます。要約欄への暴言は謝罪したとしても表示され続けるものであり、取り返しがつきませんので、二度と行われてはなりません。--はるみエリー会話) 2016年9月3日 (土) 15:40 (UTC)[44]
「コメント依頼の合意がないために、コメント依頼を経ずに提出されたも同然であり、依頼文も単なる推測にすぎないため」に、「審議すべき内容が見当たりません。」とコメントしています。「コメント依頼での合意が必要」だなどの言及はしていません。「コメント依頼の合意がないために、コメント依頼を経ずに提出されたも同然であり、依頼文も単なる推測にすぎないため」を別の言い方で述べると、「コメント依頼でも現時点のブロックについては消極的なコメントがみられる中の依頼者単独の判断による依頼であり、かつ、依頼者の依頼文も単なる推測であるため」に「審議すべき内容が見当たりません」が反対の主たる理由であり、森藍亭さんは、はるみエリーのコメントを正しく理解していません。はるみエリーのコメントを読んで、「コメント依頼での合意が必要なのか」などと言い出すことが、いちゃもんにしか過ぎないとさえ思います。--はるみエリー会話) 2016年9月24日 (土) 04:03 (UTC)
分かりやすく要素分解して考えてみましょうか。上のはるみエリー氏の発言を分解すれば以下のようになります。
  • A「(本ブロック依頼は)コメント依頼の合意がないためにコメント依頼を経ずに提出されたようなものである」
  • B「(本ブロック依頼の)依頼文は単なる推測に過ぎない」
  • C「(本ブロック依頼には)審議すべき内容が見当たらない」
  • 反対理由「AかつB故にC」
ここで、「別の言い方で述べると」Aは以下のA'と読み替えられます(はるみエリー氏の発言による)
  • A'「(本ブロック依頼は)コメント依頼でも現時点でのブロックについては消極的コメントがみられ、依頼者単独の判断によるものである」
ここで、Cだけでは反対理由にならないのは自明です。「審議する内容がない」のは何故か、という点が含まれませんので、Cはブロック反対の理由ではなく、ブロック反対という結論と等価なものです(仮にCをC'「本ブロック依頼には反対する」と書き換えても文意が変わりません)。
故に、真に反対理由が含まれているのは「C」ではなく「AかつB」の方だ、と捉えるのはさほどおかしな読み方だとは思えません。
ここでAを読み返すならば、ブロック反対理由を導くためにコメント依頼の合意がないこと(A'に即すれば反対者がいること)を挙げています。
はるみエリー氏の仰る通りここで「必要」とは言っていませんが、必要でないのであれば合意がないことは反対理由となりえません。
その上で敢えて「B故にC」ではなく「AかつB故にC」とした以上、Aも何か意図するところがある、と読まれてもまた不思議ではありません。
そもそもAの変形文「コメント依頼の合意がないブロック依頼はコメント依頼を経ずに提出されたものと見做す」というのもかなり疑わしいものではありますが、あえてそれを受け入れた上でもそれに言及された以上「コメント依頼を経ずに提出されたブロック依頼は適当ではないのか」「依頼者単独の判断でブロック依頼を提出してはいけないのか」という疑問は当然のように出るものでしょう。
なので、釈明されるのであれば、字面を説明するのではなく、なぜブロック依頼の場で「コメント依頼の合意」について言及されたのか、の動機の方を説明した方が解決につながるのだと思います。(「つい言及したがあの場で挙げる理由はなかった」と撤回されるのが一番だと思いますが。本井戸端の結論は「コメント依頼の合意は推奨されるが必須ではない」だと思いますので。)
思うに、始めから「私がそのような意図で言ったのではないから虚偽である。訂正しろ」と上から言うのではなく「こういう真意であったのだが、誤解があったのであれば解きたい」という形で釈明していれば、こうも拗れなかったのでは。--126.0.234.196 2016年9月24日 (土) 06:06 (UTC)
返信 (はるみエリー氏宛) 少し詰問っぽい雰囲気と感じるかも知れませんが、「衆目に明らか」にする為ですので、誤解無きようお願い申し上げます。また、万が一にも中途半端に取り繕うような発言をすると「一貫性が無い」として「衆目に明らか」ではなくなりますのでご注意をお願い致します。
先ず、今のはるみエリー氏の主張に沿って議論を進めていきますと、議論により
と結論が出てしまいます。実はこれを書く前に、今のはるみエリー氏の主張に基づいて何通りかの返信を書いたのですが、いづれも、その後にはるみエリー氏が何と返答を行なおうとも、前述の結論に至ることを防ぐことが出来ませんでした。
私個人としてはそれでも全く構わないし興味も無いのですが、それは現時点で「第三者から見ての通り」でしかないので、即ち私が筆を取る理由も無いので、つまり放っておけば済む話です。わざわざ筆を取った以上は、相応の成果を挙げたいと思います。
なので、その「はるみエリー氏の主張」を受け入れることは出来ません。
受け入れない理由を説明します。
  • 「はるみエリー氏の主張」は、森藍亭氏による『議論誘導』の影響を受けた、謂わば「罠に引っかかった」主張である
からです。
これは森藍亭氏が「悪意を持って」議論誘導したと主張しているわけではありません。氏の立脚する観点からは当然に正しく瑕疵は一切ありません。ですが、それがはるみエリー氏の立脚する観点から見ると議論誘導として機能した、ということに過ぎません。より正確に表現するなら、
  • はるみエリー氏が「自分で勝手に」悪い方へと舵を切っている
です。
特に興味の無い第三者として見る限りでは、Vigorous action氏の発言までは特にはるみエリー氏に不利には見えず、どちらかと言うと森藍亭氏に不利な流れとなっていました。それがその後、問題となっている発言の是非を評価する方向へと流れていきました。そんなところへはるみエリー氏が「「コメント依頼での合意を得て提出されたものではない」ことを主たる理由の一つに挙げていない」と「罠に引っかかった」発言をしたことで、流れは決定的にはるみエリー氏に不利になったものと考えています。
この「罠」とは省略三段論法と呼ばれる「もの」です。
  1. (前提)「コメント依頼での合意を得て提出されたものではない」ことを主たる反対理由とする為には、「全ての投稿ブロック依頼の提出には必ずコメント依頼での合意が必要」であると主張する必要がある
  2. (命題)はるみエリー氏他は「コメント依頼での合意を得て提出されたものではない」ことを主たる反対理由の一つに挙げた
  3. (結論)「全ての投稿ブロック依頼の提出には必ずコメント依頼での合意が必要」であると主張している利用者が存在する
本件話題は3.の結論への疑義であり、その根拠が2.のみであるように書かれていますが、実は1.という前提が省略されています。これが森藍亭氏の立脚する観点からは正しい前提なのかも知れないが、「あらゆる観点に於いて正しい」わけではない=はるみエリー氏が立脚する観点に於いては誤っている、という現実が齟齬を引き起こしています。
即ち、はるみエリー氏が行なうべき釈明とは「1.がどのように誤っているか」であり、「2.が行なわれていない」ことではありません。
世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月24日 (土) 07:09 (UTC)
  • コメント 「全ての投稿ブロック依頼の提出には必ずコメント依頼での合意が必要」であると主張している利用者が存在するかどうかについて言及したつもりはありません。世界最狂の魔法使いCray-Gさんは議論が得意なのですね。勉強になります。言われてみれば、全ての投稿ブロック依頼の提出に「コメント依頼での合意」があるわけではないという現実がある以上、投稿ブロック依頼の提出に「コメント依頼での合意」が必要なわけではないという結論は、議論するまでもなく明らかなのです。にもかかわらず、森藍亭さんは、あたかも、はるみエリーが投稿ブロック依頼の提出に「コメント依頼での合意」が必要であるといったかのように書いて誘導をした上で、聞くまでもなくあきらかなことをあえて聞いています。はるみエリーとしては、言っていないことを言ったことにされた上で、投稿ブロック依頼の提出に「コメント依頼での合意」が必要なわけではないという、聞くまでもなく結論がわかっている現実に反したコメントをしているかのように勝手に決めつけられてしまったということになります。森藍亭さんは議論が好きみたいですが、私はそうではありません。なので、もう疲れてきました。森藍亭さんが、はるみエリーのコメントについて正確な理解をしないままに間違った決めつけを書いていることについて、森藍亭さんが無視し続けていることについては憤慨しています。訂正を求めて引き続き抗議します。--はるみエリー会話) 2016年9月24日 (土) 07:31 (UTC)
返信 (はるみエリー氏宛)
議論するまでもなく明らか
いいえ、明らかではありません。「全てのスピード違反した人に違反切符を切っているわけではないという現実がある以上、スピード違反した人に違反切符を切ることが必要なわけではないという結論は、議論をするまでもなく明らか」などというスピード違反の論理は認められません。
本件話題は、誤解を招くような発言をしたはるみエリー氏に非があると考えます。異なる観点に立脚したウィキペディアンも居るのです。誤解を招かない表現を心掛け、誤解を受けた際には真摯な態度で誤解を解くように努めるべきです。真摯な態度で、というのは「決めつけ」とか「恣意的」とか「コミュニティを疲弊させる行為」などと「決め付ける行為」を行なわずに、という意味です。
議論の得手不得手ではなく、はるみエリー氏による礼儀を忘れた人格攻撃が、議論を霍乱し、同じ発言を繰り返す以外に無い無為な言い争いへと誘導させています。
世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月24日 (土) 08:46 (UTC)
  • コメント 僕もこの井戸端にはいい気はしない。途中から論点がすり替わっているけど、投稿ブロック依頼の提出に「コメント依頼での合意」が必要なのか、についての議論はどうなったの? あと、はるみエリーさんにも決めつけがあるのかもしれないとしても、その前に、森藍亭さんによる決めつけがあるよね。一番誤解を招く発言をしているのは森藍亭さんだから、まず、森藍亭さんが自身の決めつけを理解して訂正するのが筋だと思う。世界最狂の魔法使いCray-Gさんの発言についてだけど、いきなり、森藍亭さんが決めつけによる誤った発言をしていることが最も非が重く、それよりもはるみエリーさんのほうが非が重いという議論にはならないと思うよ。森藍亭さんについての問題点は、Wikipedia:コメント依頼/森藍亭でコメントしたからここではこれ以上は言わない。これ以上は、論点のすり替えがひどくなる一方だと思うから、とりあえず、コメントはここまでにするよ。--草食系マッチョ会話) 2016年9月24日 (土) 10:49 (UTC)
返信 (草食系マッチョ氏宛) その「森藍亭さんが決めつけによる誤った発言」の「決めつけによる」や「誤った」が「決め付け」なので議論が錯綜し問題が拡大していく、という話です。
正しくは「森藍亭さんが決めつけ自身の立脚する観点に沿った判断をした結果による誤った他の観点に立脚する者からはどうしてその考えに至ったのか理解出来ない発言」です。なので、その後の適切な対応は「どうしてその考えに至ったのか理解出来ない」旨と共に「必要ではないにせよ合意を得られるのは理想であり努力目標であることは方針からみて明らかであること」等の見解や「コメント依頼での合意を得てから提出されれば独善的な依頼ではないことが明らかであること」等の利便性、「努力目標に至る努力が足りているとは思えないこと」や「それが唯一の反対理由ではないこと」等の事情を説明することです。
なのに「決めつけによる」とか「誤った」とかと「決め付け」た所為で、「決め付けられることは恣意的な迷惑行為」と明後日の方向に「憤慨」し、挙句の果てには(議論が得意なわけでもないのに)誤った発言を糺そう」として「罠に引っかか」り「自分で勝手に悪い方へと舵を切」ることになったのです。
その後は永遠の平行線です。第三者が助けに来てくれるまで何の進展も無く言い争いは続き、コミュニティーを消耗させるだけです。
森藍亭さんが決めつけによる誤った発言をしていることが最も非が重く
いいえ、森藍亭氏から個々人への問い合わせを受けた時に「決めつけによる」とか「誤った」とかと「決め付け」た所為で、真摯に返答を行なわなかったことが最も非が重いです。その時に真摯な態度で返答を行なえていたならば、そもそもこんな本件話題は立項されなかったのですから。よしんば本件話題が立項されたにせよ、発言者本人がこの場で真摯に返答を行なったならば、衆目に明らかに「森藍亭氏の発言の異質性」が浮き彫りになったことでしょうね。その場合には確かに、非の全ては森藍亭氏にある、と誰もが思ったことでしょう。
正直、はるみエリー氏が此処で発言するまでは私もそう思っていましたしね。
投稿ブロック依頼の提出に「コメント依頼での合意」が必要なのか、についての議論はどうなったの?
満場一致で結論は出ていますよ。現在のところ反対意見はゼロであり、今後も出る見込みはありませんね。
世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月24日 (土) 12:15 (UTC)
>森藍亭氏から個々人への問い合わせを受けた時に「決めつけによる」とか「誤った」とかと「決め付け」た所為で、真摯に返答を行なわなかったことが最も非が重いです。
というのは違うよね。僕は問い合わせは受けていない。あと、カグヂさんにはブロック依頼の審議の場で問い合わせをしてるけど[45]、議論妨害になる可能性もあるし、返答するべきだとは思わない。
以下の森藍亭さんのコメントは、問い合わせもなく、いきなり、森藍亭さんが言い出したことだよ。
当該コメント依頼で「コメント依頼の合意がない」ことを反対理由にした利用者を、異口同音に同じことを言っている[28][29][30]ことから、前掲コメントでは同調者として扱っています。草食系マッチョ氏も含みますね。--森藍亭(会話) 2016年9月17日 (土) 10:30 (UTC) リンク追加。--森藍亭(会話) 2016年9月19日 (月) 02:50 (UTC)
僕は、森藍亭さんがいきなりこんなことを言い出したことについて、全く理解が出来ない。
世界最狂の魔法使いCray-Gさんに合わせると
>森藍亭氏から個々人への問い合わせをしていないこと、もしくは、真摯な問い合わせでなかったことが最も非が重い
と思うよ。僕は問い合わせさえ受けていないし、あんな書かれ方をされたことについて、いい気はしない。この井戸端以前の経緯を見てるけど、森藍亭さんは暴言に近い発言もあるし、はるみエリーさんに対して一貫して真摯な対話を行っていないから、はるみエリーさんがカンカンになって怒っているんだなと理解してる。その初めの一歩は、森藍亭さんのコメントに原因があると思う。森藍亭さんは一方的に自分の主張を言うけど、はるみエリーさんの話は聞いていないのかな?とさえ思うこともある。森藍亭さんが、いきなり、「異口同音に同じことを言っている」と言い出したことも、全く理解できない。まあ、完全に論点がすり替わっているから、これ以上この議論を行うことは意味がないように思えるし、森藍亭さんに関する問題点についてはWikipedia:コメント依頼/森藍亭でコメントするよ。はるみエリーさんによる「決めつけによる」や「誤った」という解釈は、これまでの対話を見る限り事実からそう遠くはないしそういう表現で固定されてもやむをえないと思う。--草食系マッチョ会話) 2016年9月24日 (土) 13:19 (UTC)
というのは違うよね
人それぞれ感じ方ってものがありますからね。自身の「感じ方」に従い他人の言うことを否定する言い訳を探すだけでは進歩はありません。
僕は問い合わせは受けていない
貴方の話をしているわけではありませんよ。さびしかったのならそれはそれで森藍亭氏にそう言えば良い話で、私に言われても。それに森藍亭氏も、草食系マッチョ氏がさびしがっていると思ったのか、その「同調者」に草食系マッチョ氏が含まれることを示すと同時に「問い合わせ」もしていますね。でも、先でも後でも結局は応えないんだから、同じことですよね。
議論妨害になる可能性もあるし
ノートで、とか何とか一言で誘導出来ますよ。そもそもカグヂ氏の話をしているわけではありませんし。
見たところカグヂ氏は本件話題に参加していないわけですから、現状では「返答しないという選択の結果」という自身の行動に対する責任を黙って受け入れている状態となっています。それでもカグヂ氏に不利な印象を私は全く受けていませんし、カグヂ氏を知らない他の方も、本件話題によりカグヂ氏に対して悪印象を抱いたって人は居ないだろうと思っています。
真摯な問い合わせでなかったことが最も非が重い
そうですね、「真摯な問い合わせではない」と思わせてしまったことにも非はあります。それは今後(コメント依頼での合意が必須、とかの考えに至る考え方と共に)森藍亭氏が改善していくべき点であることは確かです。
ですが、だからと言って「真摯に返答を行なわなかった非」が軽くなるわけではありません。
「異口同音に同じことを言っている」と言い出したことも、全く理解できない
そうですか? 私にはとても良く理解出来るのですが。「同調者」という表現に難があることは認めます(同調しているのではなく同意見なだけです)が、異口同音であると私も思います。
完全に論点がすり替わっている
単に議論が進んでいるだけですよ。こうして議論が進むことによって、私は意見を「件の発言者に特段の問題は無く、森藍亭氏の解釈に早まった一般化の問題があった」から、「森藍亭氏の解釈に大きな瑕疵があったわけではなく、件の発言者に深刻な問題があった」へと変更させる可能性があります。と言うかそうなりつつあるところなので、意味が無いわけではありません。
これまでの対話を見る限り事実からそう遠くはないしそういう表現で固定されてもやむをえないと思う
それに関しては If you say so としか言いようがありませんね。私が言っているのは「止むを得ない」で済ませるべき問題ではない、ということであり、それが「止むを得ない」に至ってしまう程に深刻な経緯だったのか否かは別の話です。そして私の経験を加味した印象として、はるみエリー氏は「止むを得ないで済ませる」ような真似をしなくなれば、より以上にコミュニティーからの支持を得られそうな人物なのにもったいないな、と思っているに過ぎません。
世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月24日 (土) 14:55 (UTC)
森藍亭さんは、他人の批判をズバズバ言うことが多いけど、他人を批判するときに、森藍亭さんの言葉を借りると「自分の解釈をいれた不正確な表現」だと批判することがある。だけど、森藍亭さんによる「同調者」発言こそが、まさに「自分の解釈をいれた不正確な表現」の典型だよね。僕はそんなことを言われる筋合いはないし、はるみエリーさんが反発するのは理解できる。実際は、森藍亭さん自身が「自分の解釈をいれた不正確な表現」を使って他人の発言を勝手に意味づけして自分なりの結論を導き出し、それを絶対的な真実であるかのように発言することも多いんだよね。はるみエリーさんが、断章取義だと指摘してるけど、断章取義の手法を使うと他人の発言の一部のみを抜き出して自分なりの結論を導き出し、他人に絶対的な真実であるかのように思わせることが可能になってしまう。マスコミとか、他人の発言の一部分のみを切り取って放送することでそういう弊害を生み出しているよね。だから、僕は、森藍亭さんの批判コメントを読んで、どうなの? と思うことが多くなった。そして、森藍亭さんは「自分の解釈をいれた不正確な表現」による表現だよと指摘されると、対話を停止して沈黙してしまう。森藍亭さんが、「自分の解釈をいれた不正確な表現」で批判をしたことは、失礼だから訂正や謝罪をしなければならない。だけど、森藍亭さんは、自分に都合の悪いコメントはスルーしてそれ以上の対話をしないから、「自分の解釈をいれた不正確な表現」だと認めたり訂正したり謝罪しないままになっている。
森藍亭さんによる「自分の解釈をいれた不正確な表現」に関わるトラブルは、こういう経緯を辿っている。
  1. はじめに、森藍亭さんが「自分の解釈をいれた不正確な表現」による批判など、失礼な行動をとる
  2. それを、はるみエリーさんが指摘
  3. 森藍亭さんによる対話停止。森藍亭さんが「自分の解釈をいれた不正確な表現」であることを認めず、訂正も謝罪もないまま
これについて、一番問題点が大きいのは、森藍亭さんによる「自分の解釈をいれた不正確な表現」をとる失礼な行為、次ぎに問題なのは森藍亭さんによる「自分の解釈をいれた不正確な表現」の放置だと僕は思う。世界最狂の魔法使いCray-Gさんは、はるみエリーさんによる指摘や説明内容に「非」があるという見解だけど、それよりも、はじめに、森藍亭さんによる「自分の解釈をいれた不正確な表現」をとる失礼な行為があったこととその放置による「非」が大きいと僕は思うよ。森藍亭さんによる失礼な行為は、失礼なことをされた被害者を出しているし、それを放置することで森藍亭さんによる「自分の解釈をいれた不正確な表現」を真実だと思い込まれて誤解が広まる可能性もある。はるみエリーさんの発言については、議論になれているとか、あまり慣れていない等ということが原因だと思うから、「非」があるなどと責めることは出来ないと思うんだよね。それは、慣れている人が誘導してあげればいい話。
僕はここではこれ以上の議論は必要ないと思ってる。森藍亭さんによる「自分の解釈をいれた不正確な表現」に関わるトラブルの話に内容が移行してるけど、それは、Wikipedia:コメント依頼/森藍亭にコメントをしてる。僕は、この井戸端等を見て感じたことは、Wikipedia:コメント依頼/森藍亭に書いたから、森藍亭さんによる「自分の解釈をいれた不正確な表現」をとった行為については、コメント依頼で返答を待つつもり。--草食系マッチョ会話) 2016年9月24日 (土) 23:42 (UTC)

コメント どうやら私が2016-09-21T09:15:43に提示した解釈には反対意見が無いようですね。特に問題が無ければあと4日ほどで合意という形にしたいと思います。--Mirinano会話) 2016年9月24日 (土) 15:16 (UTC)

なんに合意?合意した事でどういった効力が在るのか不明です。--Vigorous actionTalk/History) 2016年9月24日 (土) 15:50 (UTC)
コメント 効力なんて無いですよ。コミュニティ単位で解釈の確認をしてるだけです。--Mirinano会話) 2016年9月24日 (土) 15:53 (UTC)
コメント 「合意」と大きく出られると不安になります。日本語としての表現がどうのこうのとか微妙な欠落がどうのこうの、という瑣末な問題があると考えていますので。つまり、必ず必ず必要という表現や、原文にある調査投票に関わる記載が完全に消えていることなど。各自が胸に置く参考としてならば反対なわけではありませんが、この状態で「合意」と出られると反意を示さざるを得ません。--世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月25日 (日) 03:12 (UTC)
だよねー。重言だとか冗長だもんね。人のこと言えないが『簡素で解りやすい日本語』での記述に努めたいですよね。--Vigorous actionTalk/History) 2016年9月25日 (日) 03:37 (UTC)
今回のようなものの場合合意に至ったかどうかは、各自判断すべきものです。communityの合意があっったと確認するためには、WP:RFCWP:CPなどで告知し一定以上の期間反対が無いことが必要でしょう。--Vigorous actionTalk/History) 2016年9月25日 (日) 03:37 (UTC)

事故の当事者の実名記載について[編集]

一部の航空事故記事において、利用者:2for6ノート / 履歴氏によって乗員の人名を性別・年齢に置き換える編集が見られますが、どこから実名を記載してはいけないという明確な基準が存在するのでしょうか。教えていただけると幸いです。 --BR141会話) 2016年9月19日 (月) 12:51 (UTC)

コメントWikipedia:存命人物の伝記#当人はプライバシー尊重を望んでいると推定する」辺りに詳しいかと思います。--Nami-ja(凪海) 会話 / 履歴 2016年9月19日 (月) 13:16 (UTC)
当事者が既に死亡している場合(存命ではない場合)はどうなのでしょうか。--BR141会話) 2016年9月19日 (月) 13:57 (UTC)
コメント 死者のプライバシー権は保護されませんが、その場合存命中の遺族の名誉などが関わってきますので安全側に倒して除去しておいた方が適切ではないですかね。WP:DP#B-2の方にも説明がありましたので合わせてお読み下さい。ご質問の内容に合致すると思われる過去の削除議論としてはWikipedia:削除依頼/死去した死刑囚の実名(2013年12月)がありました。--Nami-ja(凪海) 会話 / 履歴 2016年9月19日 (月) 14:26 (UTC)
Wikipedia:削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関して」の規定、及び、Nami-ja(凪海)様のおっしゃる通り、「Wikipedia:存命人物の伝記#当人はプライバシー尊重を望んでいると推定する」を適用させて頂きました。日本人には適用されているのに外国人は適用されない理由が見当たらない為です。従って、基本的に乗員の人名は全て削除する方針ですが、JAL123便等、一部の事故については、残す方針です。2for6会話) 2016年9月19日 (月) 14:23 (UTC)
了解しました。--BR141会話) 2016年9月19日 (月) 15:27 (UTC)
コメント (話は終わってしまったのかもしれませんがコメントします)削除依頼を見ると、「姓名を記載された人が外国人であって、その人が住む地域の言語版で実名が記載されているならば問題ない」とする意見が多いようです(参考1参考2参考3)。ただしこれは削除(特定版の秘匿)の話であって、今回2for6さんがされたような編集除去だとまた違う意見も出てくるかもしれません。Wikipedia:削除依頼/コピアポ鉱山落盤事故は、今回の議題と同様、不名誉な行為で姓名が記載されたわけではないのですが、その記載を巡って提出された削除依頼です。結果は「存続」つまり削除せずとなっています。しかし、存続を主張した複数の方から編集除去で対応すべきという意見が出ています。
また、記事主題の知識を得るにあたって、姓名の記載が必要ないし重要なものかというのも考慮すべきではと思います。例えば事故当時の新聞でもたびたび報道されたキーパーソンのような方なら記載もあり得るのではないでしょうか。逆に言い方は悪いですがただの乗員ならば、百科事典の記事においてそれほど重要な情報ではなく、無理に記載する必要性は薄いと考える人も多いのではと思います。この点は2for6さんも「一部の事故については、残す方針」とされているのでご理解されているようにお見受けします。--にょきにょき会話) 2016年9月19日 (月) 15:50 (UTC)

緊急です! 執着心の強い編集者に付きまとわれています![編集]

「マリア崇敬」というページを編集しているベアトリスと申します。この記事の編集をしているAnn Clara様と私は、某利用者より執拗に執着されています。二人とも、編集の疲労にてウイキブレイク中でしたが、記事の内容をめちゃくちゃにされそうですので、復帰しました。某利用者とは、 遡雨祈胡という人で、ウイキブレイクに入ってからは、この人以外にMatsunoKobayashi、153.221.219.140が編集に加わっていて、つながりがあるような印象を受けます。この人の会話ページや「マリア崇敬」のノート・要約、ベアトリス、Ann Clara様、遡雨祈胡、MatsunoKobayashiのノートをご覧になって、どなたか判断をお願い致します。当方、初心者なので、どうしたらよいのか分かりません。助けて下さい!!記事内容が、信憑性の無いものにされてしまいます!!宜しくお願い致します。--ベアトリス会話) 2016年9月21日 (水) 10:26 (UTC)

  • 重厚な分野における精力的な執筆者様同士の事に首を突っ込むのはおこがましいかもしれませんがよろしくお願いいたします。一連の議論や会話ページを拝見させて頂きましたが、遡雨祈胡さんはこれ以上無いぐらいベアトリスさんとAnn Claraさんに配慮しながら議論を進めているようにしか見えませんでした。どちらかと言えばベアトリスさんとAnn Claraさん側が議論したくないからへそを曲げてこのような暴言に近いことすらも言っている印象です。Ann Claraさんは編集疲れでウィキブレイクされたとの事ですが、この暴言を吐いた直後にウィキブレイク宣言されています。関係あるのでしょうか。また、利用者‐会話:Ann Clara#「バヌーの聖母」についてで著作権侵害の恐れについて153.221.219.140さん(現在はアカウント取得されてMatsunoKobayashiさん)が指摘していますが、それに対してのAnn Claraさんの返答はさすがにどうなのかなという気が致します。これを「執着」とされては何も指摘できなくなってしまいます。ベアトリスさんについてはWikipedia:コメント依頼/ベアトリスにおいても議論拒否の癖を指摘されています。個人的に遡雨祈胡さんに全く問題は無いと思いますがいかがでしょうか。なお私も結構いい加減で人様の事は言えないのですが、インデントを無視したベアトリスさんのコメントの付け方が独特で流れを追うのに少しばかり難儀しました。--むよむよ会話) 2016年9月21日 (水) 14:49 (UTC)
  • ベアトリスさんは何かというとご自分のことを「初心者」と言うようですが、アカウントを作ったのは1年前でしょう?それで編集回数も500回を超えてますし、そろそろ初心者という認識に甘えるのはやめたらどうでしょうか。--210.173.91.226 2016年9月21日 (水) 16:54 (UTC)
  • コメントむよむよ様へ コメントをありがとうございます。一御意見として承っておきます。訂正させて頂きたいのですが、Ann Clara様と私は暴言は言っておりません。「議論拒否の癖」も間違っています。よくその記事のノートを読んで下さいね。会話が終了し、納得しているにも関わらず、相手がコメント依頼を出しただけですので。--ベアトリス会話) 2016年9月21日 (水) 23:12 (UTC)
  • コメント210.173.91.226様へ 相談内容と関係のないコメントですよね? >編集回数も500回を超えてますし< その内容をご確認されましたか?「初心者」特有の間違えての保存や、色々な勘違いが多くて、回数がそうなってしまいましたので・・。気をつけますね。--ベアトリス会話) 2016年9月21日 (水) 23:12 (UTC)
    • 無関係ではないですよ。--210.173.91.226 2016年9月22日 (木) 05:52 (UTC)
      • Wikipedia:管理者#管理者への立候補を考える際のチェックリスト辺りに詳しいですね。だいたいこれを「コミュニティが合意している最低限の脱初心者の目安」と考えても差し支えないでしょう。「(ベアトリスさんが考える)自己認識としての初心者」と「他者が考える初心者の定義」に乖離があるんだと思います。個人的にはベアトリスさんは既に初心者の域を脱して中級以上に達して居られると思いますので、それなりに自信と責任を持って一人前のウィキペディア編集者として行動されて良いと思います。「一切間違わず、全く行動に躊躇なく、全てのルールを把握し、常に最善を選べる編集者」を初心者以上のベテランとお考えではないかと思うのですけども、そんなヒトが居たらそれはベテランではなく神です(追記:下のベアトリスさんの書き込みと編集競合したんですがそのまま投稿しておきます)。--Nami-ja(凪海) 会話 / 履歴 2016年9月22日 (木) 07:07 (UTC)
  • コメント<追記です>昨日は、あわててしまって相談内容の真意が伝わっていなかったようで、申し訳ないです。この様な場合には、どういう対処の仕方があるのか、手続きの仕方があるのかをウィキペディアの先輩方に教えて頂きたくて書き込みをしました。が、関係のないコメントをされる方もいらっしゃるので、すみませんが、この相談内容に対するコメントは、これからはお控え頂ければ幸いです。お読みになって下さった方々、ありがとうございました。お騒がせしてしまって、ごめんなさい。--ベアトリス会話) 2016年9月22日 (木) 06:54 (UTC)
  • (コメント競合しましたがそのまま)マリア崇敬の初版執筆者ですから記事に対して思い入れがあるのでしょうけど、これはもはや記事の私物化を宣言されているようにしか思えません。(私のコメントを受けて?)またウィキブレイクされてしまったようですが、そういった諸々を含めて議論拒否の癖があるとコメント依頼でも指摘されていたのでは無いでしょうか。考え方や立場が違う者同士が集まって編集する百科事典ですからこの程度の議論など日常茶飯事です。すぐに感情的になったり「議論のせいで体調を崩した宣言」をしたり「女の扱い方を学びなさい」などと発言するのはルール違反だと思います。ここでは個々人の感情・性別・立場などアピールしても意味が無いです。幸いにもお相手は編集を強行する方では無いようですから、気持ちが静まりましたらまた議論を再開していただきたいと願います。よろしくお願いします。--むよむよ会話) 2016年9月22日 (木) 07:10 (UTC)
で終わりではないかと愚考する。--小熊が来りて笛を吹く ピーヒョロロー♪ 〜 BEAR'S FLUTE 〜 (手紙) 2016年9月22日 (木) 15:31 (UTC)
  • コメント見たところ、問題のある編集やコメントをしていらっしゃるのはベアトリスさんやAnn Claraさんのほうであり、遡雨祈胡さんの議論に問題があるようには見えませんでした。ベアトリスさんの「他宗派の信者、もしくは信者でない人には、到底、協力して頂ける内容のものではありません」という発言は特定の宗派に対する肩入れで中立的な観点を阻害するものであると思いますし、Ann Claraさんの「女性の扱い方」に関する発言はかなり悪質なセクシャルハラスメントであるかと思います。このような発言はウィキペディアでは控えるべきだと思います。 --さえぼー会話) 2016年9月22日 (木) 15:55 (UTC)
    • コメントさえぼー様 Ann Claraと申します。おせわになっております。まず、私の「女性の扱い方」発言ですが、ウィキペティア上では控えるべき種類のものだったと反省しております。皆様にはお騒がせし、申し訳ありません。遡雨祈胡様にもご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳なく思っております。これは、オバサンが一般的に男性に対し、もう少しうまく立ち回った方がよろしいのでは?という意味合いで使っている言葉です。オバサン的な意見はウィキペティアでは場所違いですね。失礼いたしました。なお、この場をお借りして、ベアトリス様と私のマリア崇敬について、少し弁明させて頂ければと思います。まず遡雨祈胡様がこの記事の編集にご参加なさることは、記事の読みやすさ改善と言う意味合いで、とてもよかったと思います。遡雨祈胡様のご提案も一般的な疑問など、逆に参考になった部分もあります。ただ、遮雨祈胡様のご指摘にベアトリス様の編集が次第についていけなくなった空気が気になり、私も編集に参加いたしました。また、その後に、遮雨祈胡様が編集に加わるようになった後、ベアトリス様や私が編集した後に、こちらの編集意図とは別の編集し直しがされること、度々で、私は仕方ないのだろうなあと感じておりました。その後、ベアトリス様と遮雨祈胡様の編集方針で行き違いがあり、ベアトリス様のノートへ遮雨祈胡様が記事をお書込みになったことで、私も少し感情的になった部分があると思います。ウィキペティアは様々な方が記事編集に参加することを拒むものではないのは重々承知の上で申し上げますが、編集合戦的な雰囲気になっている場面では、お互いに尊重しあうとか、空気を読めとまで申し上げませんが、もう少し相手に配慮いただけませんか?という趣旨で遮雨祈胡様へご意見申し上げました。これにつきましては、遮雨祈胡様からご返答頂いておりますこと、私の配慮不足があった反省と遮雨祈胡様への申し訳なさをこめまして、筆を置かせて頂きます。--Ann Clara会話) 2016年9月22日 (木) 22:48 (UTC)
      • コメントAnn Claraさんのお言葉、確かに拝読致しました。こちらこそコメントがきつくて申し訳ないです。わざわざ説明を本当に有難う御座いました。それからどうしてもAnn Claraさんにお願いしたいことがありまして、ノートページでまた議論が白熱するのも問題なので、こちらに一言物申しに参りました。MatsunoKobayashiさんのことです。ご本人は私たちの騒動があった後に記事の執筆に参加されたユーザーさんです。その中でAnn Claraさんの編集を見て、コメントをされた方です。中々IPユーザーからしっかりフォローを頂けるユーザーは少ないです。MatsunoKobayashiさんの編集の仕方を何となく見て、経験のある方なのだろうなあというのは予想が付きましたが、ご本人の指針を曲げてまでログインユーザーとして名乗り出て活動してくれるケースはもっと少ないと思います。チェックユーザーでもコメント依頼でも受けますから、お願いしますからなるべく早めに、できればベアトリスさんも、言葉を掛けてあげて頂けませんか。当方とMatsunoKobayashiさんしか実情が分からないので説得の仕様もなく心苦しいのですが、御仁は完全に巻き込まれただけの方です。強制は致しませんが、ご一考頂ければ幸いです。どうぞよろしくお願い申し上げます。--遡雨祈胡会話) 2016年9月22日 (木) 23:41 (UTC)
        • こんにちは。MatsunoKobayashiです。私のことは気にする必要ないですよ。コメント依頼、チェックユーザーを遡雨祈胡さんの方から言うのも何か逆のような気がしますけど。みなさまの貴重な時間を無駄にするんじゃないでしょうか?--MatsunoKobayashi会話) 2016年9月23日 (金) 04:40 (UTC)

政治家の発言について、いつの発言なのか事実確認が出来ないウェブサイトは、信頼できる情報源でしょうか[編集]

政治家の発言内容の一部のみが書かれているが、何日にどこで発言したか等の重要な情報やその発言についての評価等の記載が全くない場合、信頼できる情報源といえるでしょうか。それとも、事実確認の機能を欠く情報源でしょうか。

このサイトには、速報を報じるテレビニュース番組の動画がついており、動画を見ればもう少し詳しい状況の事実確認ができます。このテレビ局のウェブサイトは動画も見なければ詳細な事実確認ができないという意味で、事実確認の機能を欠く情報源(「TVで観た」や「ラジオで聴いた」など)に該当する思います。また、動画を考慮せず文字だけの情報だけを見たとしても、何日の発言か確認が不可能なために、事実確認の機能を欠く情報源(事実確認について評判がよくない情報源に該当する可能性があると思います。

政治家に関わらず、人間の思想や発言は状況によって変化するために、いつ発言したかが情報源に記されている必要があると思います。今回のテレビ局のウェブサイトのように、いつの発言かが記されていない情報源は、Wikipedia:信頼できる情報源といえるのか、あるいは、Wikipedia:検証可能性#信頼性に乏しい情報源であるのか、いかがでしょうか。--はるみエリー会話) 2016年9月24日 (土) 03:12 (UTC)

コメント 見たら動画もありましたが………動画が無いとしても発言自体が確認出来るし「報道日」もわかりますし査読もありますし、信頼出来る二次資料と看做して良いと考えます。「いつの発言かが記されていない」にしても、信頼できるとされているニュースサイトで「報道日から非常識なまでに乖離した日付の発言」の日付に触れないのも変ですので、それは「報道日」で代替しても問題無いと推定出来るでしょう。ですが、何かと他の方針に抵触し易いと思うので、扱いや評価には細心の注意が必要と考えます。--世界最狂の魔法使いCray-G会話) 2016年9月24日 (土) 03:55 (UTC)

書こうとすれば、何月何日に、(なんとかテレビで)「〜」という発言が報道された、とは書けると思います。しかし、テレビ局の性質上、昔の発言が繰り返し報じられることもあり、最近の発言だと確認するためには、やはり、動画を見なければわからないと思います。また、テレビ局で昨日や今日の最新の出来事を速報しただけでは、WP:NOT#NEWSにも該当する可能性があると思います。とすると、やはり、テレビニュースよりは、他の出典を待つほうが良いのではないかと思いました。それについてはいかがでしょうか。--はるみエリー会話) 2016年9月24日 (土) 04:12 (UTC)

コメント いつの発言かを特定するのは歓迎するべきことですが、「テレビの特性上過去の発言も~」となるのであれば、テレビ報道ソースを外せばよいでしょう。今回の話でいけば、テレ朝ソースは文字に起こされた部分で「神奈川県相模原市の殺傷事件を受けて」と注記しています。つまり、相模原障害者施設殺傷事件が発覚後(2016年7月26日未明)かつ放送日(2016/07/28)までの間に語られたことであることは容易に判断できます。出典ベースで「いつ、どのような場で発言されたものか」を確実にしたいのであれば、新聞ソースなどの映像を伴わないものを用意すればいいでしょう。共産党系ですが、しんぶん赤旗では発言を同日(文章の流れから7月28日)としていますし、J-CASTでも28日の自民党の派閥会合での発言と書いてます。発言がいつのものかを特定する(情報源に書かれている情報の補強)と情報の合成は似ていますが異なる概念です。--アルトクール会話) 2016年9月24日 (土) 04:44 (UTC)
コメント 「信頼できる情報源」ではあるのでしょうが、「山東昭子さんが〜と言った」という記述の出典にするのであれば一次資料ということになりますから、使い方に気をつけてほしい。その発言にどのような意味や重要性があるのかについて評価・分析・解釈を加えた「信頼できる二次資料」がないところで、ウィキペディアの編集者が自分自身の問題意識で発言を取捨選択して取り上げるのは、あまりよろしくないかと。--Dwy会話) 2016年9月24日 (土) 07:04 (UTC)

企業スキャンダル雑誌は「信頼できる出典」なのか?[編集]

ビジネス・金融を中心に執筆している者から皆様へのご相談です。一般社会のスキャンダルを扱う大手週刊誌やサイゾー(ビジネスジャーナル)等のオンラインメディアは、Wikipedia内では「信頼できる出典」としてはで扱われない旨のコンセンサスがあるやに聞いております。そこで、「企業界におけるスキャンダル」を専門に扱う雑誌は、Wikipedia内で出典と認められるか、皆様のご見解を頂ければ幸いです。具体的には以下の通りです。

  • 雑誌名:FACTA(ファクタ)
  • 発行部数2万部(2008年媒体資料、2006年創刊)
  • 会員限定雑誌(会員ログイン&直送郵便)
  • 現実社会ではあまり風評芳しくなく、オンライン上でも同様の模様[46]

ガイドライン「信頼できる資料」の記述に「もしあなたが資料として利用しようとしている媒体が、あなたについて否定的な記事を掲載しようとしていると聞いた場合、あなたは(a)事実をちゃんと確認しない無責任な媒体だからと怯えるでしょうか、それとも(b)その媒体は何層もの編集スタッフ、事実調査員、弁護士、編集長などを抱えているから、たいていの誤りは訂正してくれるだろうと少しは安心するでしょうか。もし(a)であるなら、その資料は使用しないでください。」[47]とありますが、誤りを訂正しないためか、頻繁に名誉棄損で裁判になっています。

  • イオングループに纏わる批評記事を、創刊時より度々掲載しており、そのうち2010年6月号にてイオン銀行に自主廃業説という記事[1]が事実無根であるとしてイオン銀行が抗議し[2]、本誌同年8月号において同行の指摘を認める謝罪記事を掲載した[3]
  • 2012年1月号にて、野村證券が資金繰りに窮しているとの記事を報道し[4]、野村證券側からは、法的措置の対応も検討する構えであることを発表した[5]
  • 2012年9月号等におけるSBIホールディングスならびに北尾吉孝に対する名誉棄損にて、2014年2月14日に「ファクタ社らの裏付け取材は十分とはいえないもので、本件記事の内容はいずれも客観的資料に基づかない憶測の域を出ないものであったというほかはない」との東京高裁裁判所が損害賠償をファクタに命じた[6]
  • 原発警備会社ニューテック会長の白川司郎が名誉を棄損されたとして2013年8月9日に東京地裁がファクタ社に賠償金の支払いを命じた[7]
  • 日本大学理事長が暴力団と交際していた」「日大発注工事で不正」等とする記事を掲載、東京地裁は「記事内容が真実だと認められる証拠がない」として名誉棄損を認定、2016年2月5日ファクタ社に賠償金の支払いを命じた[8]
  • オリックス株式会社が「当社の監査法人さえ誤認する」等事実無根の記事を2009年6月号に掲載されたとして、名誉棄損に基づく損害賠償を2009年5月21日提訴した[9]
  • 「ヤクルト幹部らが反社会的勢力と関わりがある」との記事を2014年1月号に掲載、ヤクルトが名誉棄損による損害賠償請求を求めた結果、和解判決となり2015年4月20日にファクタが謝罪広告を掲載した[10]

FACTAは上記の如く、虚報や名誉棄損が多く、出典に相応しく無いのでは?とWikipedia内で当方が言及したところ、「朝日新聞も虚報を打ったではないか。虚報があるからと言って、信頼できない出典とは言えない」旨の意見をJapaneseA氏から受けた経緯から、こちらでご相談をさせて頂く運びとなりました。私見では、歴史ある大手新聞と、スキャンダルを専門とする読者限定的な新興会員制雑誌を同列に扱うのは「良識」としてどうなのか?と感じる次第。「信頼できないという証拠でもあるのか?」と聞かれれば、困ります。他方で、現実社会においてビジネス界隈で活動されておられる方なら常識的にお気づきになるように、「あれは危険である」と誰も表では言わないものの(言うと大変なトラブルになります)、避けるべきと認識されているものが存在するが世の中であります。勿論、同紙の記事がすべて信頼できないと申し上げているのではなく、「ここWikipediaにおいて、出典に足り得るかどうか」に関して、皆様のご意見を伺いたい次第です。--金融の専門家会話) 2016年9月24日 (土) 04:54 (UTC)

  • コメント FACTAは、大手週刊誌やサイゾー等の扱いと同じで良いと思います。FACTAのみで報道されたスキャンダル等は大手週刊誌のゴシップ等と同様の扱いとし、それだけを出典として記述すべきではないと思います。--はるみエリー会話) 2016年9月24日 (土) 08:34 (UTC)
  • コメント 当事者です。議論提起ありがとうございます。週刊誌は絶対に使用できないわけではありませんが、存命人物を批判する出典に「週刊誌のみ」はダメです。ビジネスジャーナルの扱いはFACTA同様に私は知りません。さて、私の発言がごちゃまぜになっていますが、「朝日新聞も虚報を打った」などとは言っていません。私が申した関連する発言は次の2つのみです。「FACTAが信頼できる情報源かどうかはわかりかねますが、当記事と関係ない事で問題があっても切り離して考えるべきです(ノート:高岡壮一郎で申し上げたように、虚偽報道を行った大手全国紙はWikipediaでは信頼できる情報源として扱われます)」ノート:ヘッジファンドダイレクト)、「ビジネスジャーナルが信頼できる情報源であるかどうかは、現時点では肯定も否定もしません。次に、仮に日刊サイゾーが週刊誌と同レベルの出典だとしても、朝日新聞と週刊朝日の関係と同様に、それはビジネスジャーナルという出典と関係のない話です。次に、過去に虚偽や捏造をやった媒体でもWikipediaではそれは考慮されないようです(過去に虚偽や捏造をやった新聞でもWikipediaでは信頼できる情報源とされている)。」ノート:高岡壮一郎)。ここで改めて、ビジネスジャーナルやFACTAの扱いをどうすべきか、広く皆様の御意見を伺いたく思います。できれば、「週刊誌と同じ」「週刊誌と違う」だけではなく、なぜ「週刊誌と同じ」「週刊誌と違う」のか御教示頂ければ幸いです。--JapaneseA会話) 2016年9月24日 (土) 08:54 (UTC)
  • コメント 質問者です。今回の議題が面白いと思うのは、この質問が「Wikipediaコミュニティのセンス」を問う質問だからです。美醜や真偽の判断力・良識は人それぞれで、センスと称されます。相対的な上下は無いものの、「センスが良いか悪いか」は分かる人には分かり、分かってない人には分からない。論理的に相手に伝えることが大変、難しいものです。センスはその人の過去の経験全部からもたらされます。そんな非常に言語化しにくいセンスが、ここ論理的な空間であるウィキペディアでは共有されている(例:多くのウィキペディアン達が当たり前のようにサイゾーが出典としてダメと見ている)のが、私は非常に興味深いと感じた次第です。誹謗中傷あふれる一般的なインターネット空間と比べて、Wikipediaはなんてセンスが良い場所なんだな、と個人的に安心しました。さて、FACTAを本コミュニティはどう判断するのか、大変興味深いと思っています。多くの皆様のご判断を伺いたく存じます。--金融の専門家会話) 2016年9月24日 (土) 09:42 (UTC)
    • Wikipedia:信頼できる情報源には、報道機関に対する明確な指針は示されていないようです。報道において、学術論文のような査読システムを期待することはそもそも不可能です(そのようなことをしていたら情報の鮮度が保てないので)。報道機関の信頼性を匿名のウィキペディアンがランク付けするのも困難なことに思えます。ただ、Wikipedia:検証可能性には、「ある情報が、例えばタブロイド新聞(夕刊紙やスポーツ紙のような娯楽中心の大衆紙)のような、信頼性に乏しい出版物ひとつの上にしか見つけられないという時があり得ます。その情報があまり重要でないものならば、それを除去してください。」とあります。信頼性に疑義のある情報源による記述であって、それがごく少数の情報源にしか見られないものである場合は、それを信用しないという考えもあるでしょう。
    • そもそもの話として、ウィキペディアは新聞ではありません。記事の主な記述が報道の列挙であることは望ましいことではありません。現在進行形の事柄を扱う以上避けて通れないこととも言えますが、それでも可能な限り、事実そのものだけではなく、それを分析した情報を記述できるように心がけるべきです。--有足魚会話) 2016年9月24日 (土) 10:32 (UTC)

利用者名前空間のサブページを移動して作成された記事について[編集]

利用者名前空間のサブページを個人専用のサンドボックスとして用いることは一般的に認められています(WP:USER#サブページでできること)。またサブページに書き溜めた下書きを移動機能を用いて新規項目作成することが習慣となっている利用者も多いかと思います。この際、サンドボックスとしての履歴が残ることにより、例えば初版が記事の主題とは全く関係のない項目をときどき見かけることがあります。このように記事の作成者が実際に執筆にとりかかった時点の版と、技術上表示される初版の内容とに乖離がみられたとき、要らぬ混乱を招くことが懸念されます。解決するためには、不要な版を例えば特定版削除の手法編集履歴上から隔離する手段などが考えられますが、削除者権限をもたない一般ユーザにとってはハードルが高く、手続きとしてもかなり煩雑と言わざるをえません。実際上は問題となることはほとんどないのでしょうが、過去に問題提起されたり、解決するための何らかの手段が検討されたりした前例がありましたらご教示いただけましたら幸いです。--Damena会話) 2016年9月24日 (土) 14:43 (UTC)

これについては私も前から興味があったので、参考になる前例があれば是非知りたいです。--さえぼー会話) 2016年9月25日 (日) 05:43 (UTC)