Wikipedia:井戸端

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日付記事誕生日節における掲載人物基準について[編集]

Wikipedia:井戸端/subj/日付記事誕生日節における掲載人物基準についての続きになると思います。ここのところ「独立記事が存在しない人物をコメントアウト」という編集が目立ちます。しかし中にはどうも納得がいかないものだってあります。「12月3日」のこの編集しかり、「12月14日」のこの編集しかりです。大御所と言われる人をつかまえておいて「特筆性は?」か? そんな問答は野暮だし、納得いかないです。それとも、この編集をした人は、これでも今いくよ氏、中田ダイマル氏らを「特筆性不明」とでも言うのでしょうか?「そんなこと言うのはあなただけ」といった感じですが。My Little LoverKiroroダ・カーポなどといった、ヒットしたアーティストに対しても「特筆性は?」と訊いてくる。それはどういうことでしょうか。失礼じゃないかとも思うのですが。ちょっとやり過ぎだと思います。特筆性って一体全体どうなってるのか。私もこれについてはある程度分かっているつもりではいますが、各人の特筆性についての見解がちょっとおかしい所があるのではないか、と極端染みたことも言いたくなります。世間の空気など関係なく単独記事の有無だけで特筆性を問うということにもよく分かりにくく、胸が詰まるほどの疑問を持ちます。こんなことが続くのなら、誕生日節、忌日節の全廃止にも反対しない、とも思います。これについてのWikipediaにおける公的な基準が未だ定められてないのならば、プロジェクトを作り、明文化した上での早急な制定を求めます。それか、生没年ごとのカテゴリーが既にあるように、「Category:○月○日生」「Category:○月○日没」といった生日・没日のカテゴリーを新たに作成して、全てこっちの方に集約してはとも思うのですが、以上、強くお願いします。--2400:2200:D8:98CE:535E:3147:E9F7:7893 2017年7月23日 (日) 07:17 (UTC)

世間の空気というものを読み取る能力を執筆者に求めることは困難です。特筆性について客観的な出典を要するのは Wikipedia のルールであり、やり過ぎということは有り得ません。 -- ktns会話) 2017年7月25日 (火) 02:27 (UTC)
コメント 「特筆性は?」という書き方が悪印象を与えてしまったのかもしれませんが、単独記事がないということは特筆性を確認するためには一から調査するしかないということです。日付記事のメンテナンスの際に単独記事のない人物の特筆性まで調査するというのは時間的に難しいかと思います。所属グループやユニットが記事のあるケースだけコメントアウトしないという規定にするとAKB48のような大規模ユニットのメンバーの扱いが問題になるかと思われます。公平に扱おうとするとやはり独立記事がない場合を基準にせざるをえないでしょう。「世間の空気」といった編集者の主観が入りやすいものはWikipediaでは根拠にできませんし、「特筆性は?」という書き方が失礼だとしても、ただでさえ手間のかかる記事のメンテナンスをしてくださっている利用者に「特筆性の根拠が提示されていません。どなたか加筆をお願いします。」のように丁寧な書き方をいちいちするよう要望する訳にもいかないでしょう。出典を示す責任は掲載を希望する側にあるのがWikipediaですから、出典がないからと除去されたのが不満であれば自分自身で出典を用意すべきというのが方針にそった回答になるかと思われます。--SilverSpeech会話) 2017年7月25日 (火) 03:38 (UTC)
コメント 2人組、3人組とAKB48のような何十人のグループとは一緒くたにして扱えないと思います。こういうことについてのルール明文化も必要だと思います。--122.219.131.210 2017年7月25日 (火) 06:22 (UTC)
コメント Wikipedia:各日のスタイルガイドには「その人物についての詳しい情報はその人物のページに記述してください」という文があり、誕生日や忌日に記載する場合「その人物のページ」が存在することが前提条件になっていると思います。「特筆性は?」という書き方に問題あるなら、記載しないようにします--aki42006会話) 2017年7月25日 (火) 07:44 (UTC)
コメント Wikipedia:各日のスタイルガイドでは現状、『「その人物のページ」が存在することが前提条件』なる一文は明記されていないようですが。「思います」では独自研究になりやしませんか?まず、Wikipedia‐ノート:各日のスタイルガイドでまとめるのが先ではと思います。--39.3.161.17 2017年7月25日 (火) 10:10 (UTC)
コメント 日付の話に特定すれば、(Wikipedia‐ノート:各日のスタイルガイドで提案し)、キリがないので誕生日や没日を除去すべきだと思います。同様に〇〇県出身の一覧などがあれば、キリがないので削除すべきでしょう。このあたりはカテゴリで良いでしょう。なお、アイドルの一覧とか漫才師の一覧とかであれば、グループ・ユニットの方を書けば良いでしょう。--JapaneseA会話) 2017年7月25日 (火) 11:19 (UTC)
コメント 「単独記事が立項されていない(立項できない)」人物は、特筆性がないものと推定する、という考え方は妥当です。SilverSpeechさんのご意見に同意します。--Pooh456会話) 2017年7月26日 (水) 02:11 (UTC)
コメント 単独記事が立項されなかったり、出来なかったりという人物の記事は、有名なのにもかかわらずその人物についてよく詳細を知らなかったりなど利用者各々の知識、技量の問題もあるのではないでしょうか。一概に特筆性の問題とは言い切れないと思います。--39.3.161.17 2017年8月3日 (木) 10:49 (UTC)
コメント 特筆性があるが単独記事が立項されていない人物はどうするのでしょうか。
具体的な例として、ダ・カーポ_の榊原まさとしは、単独でアルバム2枚リリースしているのでWikipedia:特筆性_(音楽)#音楽家・音楽グループの項番5 『2枚以上のアルバムをメジャー・レーベル(または重要なインディーズ・レーベル)から発表している』に該当しており特筆性はあります。しかし単独記事にはなっておらず、榊原まさとしは「ダ・カーポ」へのリダイレクトです。--アルビレオ会話) 2017年8月6日 (日) 10:08 (UTC)
質問 その人の誕生日であることに特筆性があるのですか?その人自身や誕生日に特筆性があると主張しながら、誰も単独記事を立項しようとしない理由は何でしょうか?--aki42006会話) 2017年8月7日 (月) 07:57 (UTC)
  • コメント ある人物の特筆性とその人物の誕生日の特筆性とは別の問題でしょう。榊原まさとしの場合はウィキペディアの規定では本人は特筆性はあります。ですが、本人の誕生日は特筆性はあるのでしょうか?
    そもそも、誕生日「のみに」特筆性があるか否かは、判断基準が明確でありません。ばっさり全削除でもいいと思うのですが。--Susuka会話) 2017年8月7日 (月) 08:05 (UTC)
    • 「人物の誕生日の特筆性」とは何ですか? 解説をお願いします。ここまでの議論は「対象人物に特筆性があるか」と、「対象人物の単独記事が立項されているか」で進んできています。そこに突然「人物の誕生日の特筆性」という新しい概念を導入されてもわかりません。
Susukaさんの「ばっさり全削除でもいい」の対象は何でしょうか? 日付記事の誕生日節全体ですか? --アルビレオ会話) 2017年8月7日 (月) 08:27 (UTC)
  • コメント 例えば、榊原まさとしの件でいうならば、本人には特筆性はあるのでしょう(ウィキペディアの基準には該当します)。ですが、彼の誕生日が2月27日であることに特筆性はあるのでしょうか(私はこの人物のことは何一つ知らないので、例示としては不適切なのかもしれませんが)。特筆性がないのなら掲載は不要ですよね。--Susuka会話) 2017年8月7日 (月) 08:36 (UTC)
「明治天皇と昭和天皇の誕生日は祝日だけど、大正天皇の誕生日は祝日でないから特筆性はない」という議論になるのでしょうか。 --ねこぱんだ会話) 2017年8月7日 (月) 12:27 (UTC)
「彼の誕生日が2月27日であることに特筆性はあるのでしょうか」と聞かれても、そもそも「人物の誕生日の特異性とはなにか」の回答がないので、なんとも答えようがありません。まずは「人物の誕生日の特異性とはなにか」について回答願います。
また、「ばっさり全削除でもいい」の対象は何でしょうか? についても回答をお願いします。--アルビレオ会話) 2017年8月7日 (月) 12:50 (UTC)
  • 例えば、小池百合子知事の誕生日は1952年7月15日です。小池氏本人は当然特筆性のある人物で、当然立項されています。ですが、小池氏が特筆性があるということと、小池氏の生まれた日が7月15日その日であるという事実の特筆性とは、別ものではないのか、ということです。
    「人物の誕生日の特筆性」を言及されたのはAki42006さんですが、「人物自身の特筆性と、その人物の誕生日の特筆性(榊原まさとしの特筆性と、彼が2月27日生まれであることの特筆性)とは、必ずしもイコールで適用できるのではないのではないか」というのが、私の疑問です。「人物の誕生日の特筆性」とは、上のねこばんださんが仰られるように、誕生日を祝う大規模なイベント(祝日など)が行われる、という基準にも受け止めることができます。そのような扱いとなる人物は、極めて少数のはずです。であるならば、「(そういう少数の実例を除いて)ばっさり全削除でいい」のかもしれません。--Susuka会話) 2017年8月7日 (月) 15:13 (UTC)
私も全除去に賛成しますが、それを提案するのは、ここではなくWikipedia‐ノート:各日のスタイルガイドだと思います。--JapaneseA会話) 2017年8月7日 (月) 18:30 (UTC)
  • コメント 言ってしまえば、日付記事における誕生日/忌日節なんてのは9割方不要です。なぜならば、本来そこに書くべき人物は歴史上、年代から逆算する必要がある著名な人物(言い換えれば、現代ほどに年月日が明確になりづらい時代の著名な人物)か誕生日/忌日が記念日の由来になったと(半)公的に認められた人物(天皇誕生日や桜桃忌など)についてだけで、特に存命の人物に対しては本来は書く必要がありません。はっきり言ってしまうと日付ページにまでただの有名人の誕生日/忌日を書くのはゴシップ(私はあの人の誕生日と同じなんだースゴーイ!)か宗教(この者は○○年の春分の日に生まれたから占星術では云々)かクイズが動機でありウィキペディアは名鑑ではないので全削除しスタイルガイドからも由来のない誕生日/忌日に関しては除外することを勧めるべきだとさえ思っています。まあつまり言い換えれば「有名人というだけではその係累に特筆性は発生しない」ということです。あなたは今いくよ(里谷正子)氏の誕生日が12月3日であると書くことに特別な理由(特筆性)があることを説明できますか?「他の人が誕生日を記入しているから私の好きな人の誕生日を記入しよう」なんて動機では即時差し戻しもやむを得ないと思われますがいかがでしょうか?--力在領域会話) 2017年8月16日 (水) 04:15 (UTC)

違法行為を伴って撮影された写真のアップロードについて[編集]

2013-03-23 西九州自動車道唐津ICにおける東経130度線標識.JPGを見てこれは道路交通法に違反して自動車専用道路上に停車して撮影された写真なのではないかと疑問に思ったうえで考えたのですが、画像の公開行為にではなく撮影時に違法行為が伴う写真画像がアップロードされた場合にコミュニティがどう対処すべきかという方針または議論は存在するのでしょうか?私の疑問の切っ掛けとなった当該写真の撮影時に違法行為があったことを証明することは極めて難しいと考えますので具体的な対処は不可能と考えますが、たとえば撮影時に私有地への侵入が伴うことが明らかな写真というのもアップロードされる可能性があることを考えてお尋ねした次第です。 -- ktns会話) 2017年7月25日 (火) 02:14 (UTC)

一応、Wikipedia:画像利用の方針#他人の施設内で撮影された写真というものがありますが、進入すら認められていない場所から撮影された画像についての方針文書はないですね。一番近い話題となると、Wikipedia:井戸端/subj/墓地の画像の法的問題についてあたりでしょうか? なお、コモンズでは、c:Commons:Copyright rules by subject matter#Museum and interior photographyとして、
Photographs taken by yourself in a museum or the interior of a building/monument are deemed acceptable here, provided they do not show copyrighted works. If the museum's house rules forbid photography, a breach of that rule is an issue between the photographer and the museum, but does not affect the copyright status of an image. If the museum's house rules were a valid contract, it would bind only the parties of the contract: the photographer and the museum. Wikimedia Commons and all other third parties are not subject to such a contract.
(私の試訳)あなたによって、博物館内や建造物/モニュメントの内装が撮影された写真は、著作権で保護されている作品が映っていないならば、コモンズに受け入れられると解されます。博物館のハウスルールが撮影を禁じているなら、その規則への違反は撮影者と博物館の間の問題とはなりますが、写真の著作権状態には影響を及ぼしません。博物館のハウスルールが有効な契約であったとしても、それは契約者である撮影者と博物館のみを拘束します。コモンズや他の第三者はその契約の対象ではありません。
として、受け入れられる旨を明確にしていますので、上記画像がjawpローカルでなく、コモンズへのアップロードであれば、削除という選択はおそらく採用されないでしょう。--Kkairri[][] 2017年7月25日 (火) 03:25 (UTC)
情報のご呈示ありがとうございます。法令違反と契約違反の違いはあれど、やはり撮影当事者の問題であってコミュニティや運営が関知すべきでないという結論にはなるようですね。個人的にもそういう結論になるだろうと思っていたので納得しました。当該写真は jawp ローカルにアップロードされているもののようですが、jawp ローカルの画像にも(明示的にローカルな方針に反しなければ)コモンズの方針が援用されるものなのでしょうか? -- ktns会話) 2017年7月25日 (火) 03:40 (UTC)
コメント 不正に取得された営業秘密が写った写真がコモンズやウィキペディアにアップロードされた場合、二次取得者(コモンズ等)の行為も日本国の不正競争防止法上の不正行為に該当し、民事上、刑事上の責任を負う必要が出てくる可能性はあるように思います(不正競争防止法2条1項4~9号)。秘密の製法でモノを製造している工場に忍び込んで撮影した写真とか、顧客名簿を写した写真とかですね。他国の法制度にまで視野を広げると、例えば、軍事基地を盗撮したものは銃殺、二次取得した者にも相応のペナルティという国もあるかもしれません。例えば米国では軍事基地を許可なく撮影した写真を公開(publish)だけでなく再頒布(reproduce)する行為にも規制が及ぶようです(18 U.S. Code § 797 - Publication and sale of photographs of defense installations)。結論としては「モノによる」と思います。コミュニティや運営には関係がないとして安心するのはまだ早い気がしました。--ねをなふみそね会話) 2017年7月25日 (火) 05:45 (UTC)
その場合は「画像の公開行為」自体に違法性のある事例に該当するのではないでしょうか。その判断が「モノによって」異なるのは当然なので個別の判断をしなくてよいとは思っておりません。 -- ktns会話) 2017年7月25日 (火) 09:21 (UTC)
「画像の公開行為」という用語が適切でなかったかもしれません。「画像の再頒布行為」と読み替えてください。 -- ktns会話) 2017年7月25日 (火) 09:28 (UTC)
コメント 画像の公開行為に違法性がない場合という条件を見落としておりました。失礼しました。モノによるのは当たり前で、画像のアップロード自体に違法性があれば、それはまた別問題として、別の対処がされる(でいいのかな?)のですね。--ねをなふみそね会話) 2017年7月25日 (火) 10:31 (UTC)
画像のアップロードというよりも、Wikipedia が閲覧者に向けて画像を「公開」しているという意味で言っておりました。ですので、「画像の再頒布行為」の方が元々の私の意図に近いです。わかりづらい用語をしてしまい申し訳ありません。「画像の再頒布行為」が違法となるような画像は明確にWP:DP#B違反となり削除対象となると考えています。ちなみにちょっと話題がずれますが、WP:DP#Bにおいては「法令違反である可能性がある場合」の対象が利用者のアップロード行為(もしくは撮影行為その他)なのか Wikipedia の再頒布行為なのかが明言されていませんが、これは個々のケースに即して個別に議論をすべきであるから意図的に明言していないものと考えてよいのでしょうか。 -- ktns会話) 2017年7月25日 (火) 13:10 (UTC)
2回目の書き込みも誤解に基づくコメントで大変失礼しました。WP:DP#Bは、利用者のアップロード行為及び/又は Wikipedia の再頒布行為に法令違反が生じる可能性がある場合について、その対応を述べているように読めます。--ねをなふみそね会話) 2017年7月28日 (金) 06:56 (UTC)
  • コメント ノート:古里原子力発電所をご参照してください。韓国であるが、そこでは違法性を伴う撮影行為による写真は削除すべきだという結論が出てきたと思います(原子力発電所などの国家機密の場合は国家保安法第4条第1項の2の違反となる)。ただし、問題の写真は未だにウィキメディアコモンズ上にあります。--そらみみ会話) 2017年7月28日 (金) 05:35 (UTC)
    • Ktnsさんの議論の設定によると、画像の公開行為に違法性がある(撮影行為が韓国国家保安法4条1項2号に言う「探知・蒐集」にあたり、ウィキペディアへのアップロード行為が「漏洩・伝達」にあたる)場合については、本スレッドの話題の対象外のようです。令状逮捕の証拠になりそうな画像なら、パターナリスティックな観点から削除できるという規定を作るのもありかなと思いました。--ねをなふみそね会話) 2017年7月28日 (金) 06:56 (UTC)
ご回答ありがとうございます。探した結果、本題の趣旨と一番近い議論はノート:余部橋梁#掲載された画像についてなのかなと思います。そちらでは「100%ルール違反の撮影であると断じることができない」としており、記事への掲載は継続しました。--そらみみ会話) 2017年7月28日 (金) 07:42 (UTC)
情報のご提供ありがとうございます。[1] を見るかぎり、少なくとも commons においては写真撮影者が現地法に違反しているかに関わらず受け入れられるというのが慣例のようですね。jawiki には撮影時に違法行為が伴う場合にも画像を削除すべきであると考えておられる管理者の方が少くとも一人(アルトクールさん)おられるようですが、WP:DP#Bの解釈の違いなのでしょうか。 -- ktns会話) 2017年7月29日 (土) 13:11 (UTC)
一応 jawiki と commons は別のプロジェクトで、それぞれの独立性があるので、方針の解釈が違うことは変ではないと思います。--そらみみ会話) 2017年8月5日 (土) 05:31 (UTC)
それは重々承知ですが、自分の解釈とアルトクールさんの解釈が違うのだろうか、という意図でした。言葉が足らず申し訳ありません。 -- ktns会話) 2017年8月5日 (土) 06:51 (UTC)
コメント 私の名前が出てきてるので。まず、jawikiにおけるWP:DEL#Bというのは法令違反等で「訴えられるリスクのあるもの」を削除する方針です。つまり、「法令違反が明らかであるならば」それを示して削除依頼を提出して、合意の下で削除される分には方針に合致しています。削除を依頼する側は法的根拠に基づいて、撮影そのものが違法であることを明確にできればよいわけです。例えば、日本国内において上映されている映画を撮影したもの(映画の盗撮の防止に関する法律に違反することが明白)などです。一方で「撮影自体が違法行為にならない」場合は基本的に削除とはなりません。例えば日本の高速道路上での撮影は「高速道路上に駐停車してはいけない」という道路交通法第75条の8に違反しているようにみえますが、法律自体に法令もしくは警察官の命令においてはこの限りではないという例外規定があります。つまり、警察に届け出ていて撮影自体は許可を得て行っている可能性も否定はできないということになりますので、「撮影が違法である」とまではいえません。逆に法的根拠がない博物館や美術館での撮影は著作権法などの別問題で削除されるケースは多々ありますし、作品が映っていないからといって「内装等のデザインに関する著作権」などを主張される可能性も否定できませんから、ものによっては削除の対象となります。コモンズでも「相応の理由」を示せば削除となる場合もありますので、「撮影において現地の法律を無視できる」というわけでもありません。--アルトクール会話) 2017年8月7日 (月) 03:12 (UTC)
当該写真の撮影時に違法行為が伴ったことを断言できないことは全く同意見です。ですが、「訴えられるリスク」とは「誰が」訴えられるリスクを言うのでしょうか?個人的にはあくまで「Wikimedia 財団が」であって「撮影者が」もしくは「画像提供者が」訴えられるリスクがあるものは含まれないのではないかと思っているのですが、アルトクールさんは三者すべてを含めて「訴えられるリスクがあるもの」は削除されるべきとお考えなのだと読み取りましたが正しいでしょうか? -- ktns会話) 2017年8月7日 (月) 05:43 (UTC)
コメント すべては「(ウィキペディア日本語版というウェブサイトを展開している)ウィキメディア財団が訴えられるリスク」を第一に考えます。撮影自体が違法である場合、これを頒布できる状態にしておくことは管理運営ができていない状態と判断できるといえます。なので、法的侵害があればこれは削除されるべきとなります。要は「法的侵害・権利侵害をしているものをいたずらに公開できる状況下にしない」というリスクマネジメントからきているものです。どのみち、「違法である撮影によって作成されたもの」をウィキペディア日本語版やコモンズから削除しても原本は別にある(撮影者本人提供であれば本人に、どこからか持ってきたものなら元の提供元)わけですから、撮影者や画像の提供者が訴えられるリスクというのはウィキペディア日本語版やウィキメディア財団は関知しません(Wikipedia:免責事項)。違法であることを知っていながらその状態を維持し続けることは法的侵害でも権利侵害でもダメということです。--アルトクール会話) 2017年8月7日 (月) 06:29 (UTC)

──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── なるほど、かなりリスクを広く評価した結果だったのですね。法律にはまったく詳しくないので「違法であることを知っていながらその状態を維持し続けることは法的侵害でも権利侵害でもダメ」というのは考えが及びませんでした。これは犯罪行為等の幇助にあたるということでしょうか? -- ktns会話) 2017年8月7日 (月) 09:10 (UTC)

コメント そうですね。犯罪行為等のほう助にあたるという考え方です。よく削除依頼で言われる「安全側に考えた」方法ですが。法令違反であれば、撮影したこと自体が「犯罪」なわけですが、それをアップロードしたら「犯罪が継続して行われている」(法律で撮影禁止をしているということは、それを公開してはいけないことは明白)ことになりまます。つまり、犯罪行為の継続を終了させなければなりませんが、一般的にアップロード者は犯罪行為を自らの手で終了できないことになるので、管理者なりがそれを削除しなければ「その犯罪をほう助している」と取られるリスクを持つわけです。--アルトクール会話) 2017年8月7日 (月) 09:40 (UTC)
返信が遅くなり申し訳ありません。「法律で撮影禁止をしているということは、それを公開してはいけないことは明白」とのご説ですが、冒頭に挙げた画像は撮影(に付随する行為)が法律で禁じられているものの、撮影後に画像を公開することが禁じられているとはいえない例にならないでしょうか。アルトクールさんの方針解釈においても当該画像を(仮にその撮影に違法行為が付随することが証明され得たとしても)削除する必要は出てこないのではないかと理解したのですが、いかがでしょうか? -- ktns会話) 2017年8月18日 (金) 04:45 (UTC)
コメント 撮影行為そのものが違法である場合は削除の対象、何らかの許可を取れば撮影が許可されるケースはグレー、撮影許可されたことを証明したうえで上げられたものは問題なし。これは2017年8月7日 (月) 03:12 (UTC)に私がコメントした通りです。冒頭の画像はグレーとなる画像の一つで「削除依頼を出され、合意があれば削除されえるもの」と考えられます。なぜなら、「撮影行為」は法律で禁止はされておらず、撮影行為を行うための高速道路上の駐停車動作が違法行為かもしれないというレベルであって、撮影行為の違法性をこの場で明確に判断することができないためです。なお、「法律で撮影禁止~」という私のコメントは、『「訴えられるリスク」とは「誰が」訴えられるリスク』から続いている話で、冒頭部の画像について「公開してはいけないものである」と断定しているものではありません。--アルトクール会話) 2017年8月18日 (金) 05:58 (UTC)
申し訳ありません、上の文からは私にはよくわからないのですが、駐停車動作に違法性があることが証明されたならば「法律で撮影禁止」がなされている場合に準じた対処を行うべきだ、ということなのでしょうか?それとも駐停車動作に違法性があることが証明されたとしても「法律で撮影禁止」とはいえないということなのでしょうか? -- ktns会話) 2017年8月20日 (日) 09:44 (UTC)
コメント 法律でこの場所の撮影行為自体を禁じていませんから、「撮影に至るまでに違法行為が介在していて、なおかつその撮影によって容易に違法行為を助長させることがいえるものを合意の下で削除はできる」けど、例示された画像については、道路交通法違反しているだろうから削除とはできないと考えられます。容易に違法行為を助長するとは、直近でいえば、某タレントがSNSに上げた「踏切内での撮影した件」(立ち入りを禁止されている場所に立ち入っていることが容易にわかり、かつ許可を受けて立ち入っているものではないことが明らか)が該当します。某タレントの写真と、今回の高速道路上の写真で決定的に違うのは「撮影されたものが違法行為か否か」です。某タレントは線路内に立ち入っている現場の写真でしたので「立ち入りという違法行為を撮影したもの」です。高速道路上の写真では「駐停車している『かもしれない』」であって、駐停車して撮影されたものとも断定ができない(私が見るからには限りなくグレーですが)し、看板を撮影すること自体は違法行為ではないし、看板が違法行為(?)ではないから、安易に削除はできません。
つまり、「撮影」という行為自体が違法でないならば「違法行為が撮影されたものか」を重視します。ぶっちゃけますと、例えば「車の速度メーターが120km/hを示している画像」があったとして、「道路交通法上120km/hでの走行は違法になる可能性が高いから削除!」といっても「撮影された場所が特定できないから、違法行為と断定できない」と言われたら削除はできません。今回の高速道路上の看板の撮影では、「撮影者は車両内にいる(左下にワイパーらしきものが映っている)」「撮影場所は高速道路上である」「路肩に寄っている」ことしか読み取れません。駐停車しているかどうかまではこれでは読み取れないので、「駐停車していることをこの写真で証明」できるかどうかは微妙です。当局によって「違法行為の助長になる可能性」を指摘された場合は、削除依頼として削除を検討するか、法務案件として財団に渡して判断を仰ぐとなろうかと思われます。--アルトクール会話) 2017年8月20日 (日) 10:40 (UTC)

──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── 度々申し訳ありません、冒頭の写真が例として相応しくなかったのかもしれませんが、現にアップロードされている画像についての仮定にもとづく議論を避けておられるのでしょうか?当該画像はこれ以上持ち出さないほうがよさそうですね。それはさておいて、違法行為が撮影されていることが明白な画像であれば、「違法性に関する指摘があったにも関わらず」その画像を残置していることが違法行為を助長しているととられる可能性があるから削除すべきということですか?下でも述べた通り、個人的にはその解釈はかなり無理筋ではないかと思っているのですが、「安全側に倒す」ならば対処すべきリスクであるというお考えもあるかもしれません。ただ、たとえばテロリスト集団等による残虐行為を撮影した画像がアップロードされたとして、その削除依頼があったとするならば、当該画像の資料としての有用性と残虐行為を助長する可能性とは天秤にかけるべきものなのでしょうか。それとも天秤にかけるまでもなく削除さるべきものなのでしょうか。また例が悪い気もしますが、機械的に削除対象とするとなると資料として有用な画像も削除されてしまう気がします。 -- ktns会話) 2017年8月20日 (日) 11:42 (UTC)

コメント 私説になりまするが、まず例にある私有地画像では、結局撮影者当人と私有地所有者の問題になり写真のアップロードという行為そのものに違法性がない以上、上記のようにそれ自体には問題性はないと思われます。件の写真にしても違法行為の証拠となる(かもしれない)以上、場合によっては警視庁からの保全命令が来ると思うので、あからさまに下らない画像でない限り(財団含む)私人の判断で削除を行うのは危険ではないでしょうか…と書くと今度は適当な(エログロ)サイトから引っ張った事件事故画像をアップロードして「事件事故の証拠になるから保全すべき」と主張する荒らしが出てくるでしょうなあ(メタデータの有無で判るからないか)。いずれにせよ違法性を助長する可能性がない以上(コモンズの違法画像を見て「よっしゃ俺もハイリスクな写真を上げてやるぜ」と違法行為を働くウィキペディアンなんているのか?そいつが現行犯逮捕されて「ウィキペ(ウィキメ)にレアい写真をアップロードするためにやった」と言われても我々…どころか財団にそれを防ぐ手段があったのか等)、特に風景写真に対して防ぐ手段はルールの厳格化しかない気もしますな。後、筆者は関東住まいなので推測になりますが、件の写真は「故障ややむを得ず停車した」際に撮影した可能性がある上、違法性を証明する画像になりえない(特に当日は唐津伊万里高速道の開通式典が行われている)ため、懸念は尤もですが写真そのものはどうかなぁという程度に収まる気もします。私有地に関しても、例えば「路上から私有地に手だけを伸ばして撮影したバッタ」「廃墟の野良猫」画像の違法性の是非とか、頭の痛いコトが続きそうな予感が…。--力在領域会話) 2017年8月16日 (水) 02:44 (UTC)
当該写真の撮影行為の違法性判断については全く同意いたします。違法・違反行為を助長していると解される可能性についても、同じく無理筋ではないかと思っています。捜査当局からの介入を未然に防ぐために削除を行うという考え方もありうるかもしれませんが、結局アーカイブがどこか別の場所にあればそれを根拠にログの提出を求められるでしょうし、あまり妥当ではないように考えます。 -- ktns会話) 2017年8月18日 (金) 04:45 (UTC)

他サイトへの移出のための削除依頼は認められるか?[編集]

えーと、これとかこれとかこれとかこれとかの件なんですが、どうも「自分が過去に立項した記事を他サイトに移すために、ウィキペディアに削除依頼を出している」ように見える気配があります。仮にそれが事実だとしたら、ウィキペディアの方針やライセンスの点で、この手の削除依頼は認められるんでしょうか。--Doripoke会話) 2017年7月28日 (金) 02:06 (UTC)

  • コメント まず、著作者はその著作物をどのようなライセンスで公開しても構いませんし、GFDLやCC-BY-SAでも「著作者自身が同じ文章を他のライセンスで提供する」ことに対する制限はありませんので、自分で書いた記事を別な箇所で、別ライセンスで提供することに問題はありません。そして、今回本人が削除を依頼している理由も(本人希望という部分を除けば)WP:DEL#Eであって、「ウィキペディアの記事たり得ないから削除する」という判断なので、問題はないでしょう(「本人依頼」でも、Wikipedia:削除依頼/ファイル:Suzukaze_JAPAN.jpgのように、「削除する合理的な理由がない」となれば存続となることもありますが、今回はそういうわけでもないです)。--Jkr2255 2017年7月28日 (金) 03:23 (UTC)
    • コメント Enpediaの記事[2]についてですが、あちらではウィキペディアで削除されそうな記事の「エスケープ」が行われております。しかし私が作成した記事のうち、自ら削除依頼を行っている(サブスタブに近い)スタブについては、積極的に移入するほどの価値があるとは考えておりません。ただし『ぼくのすむまち』は私の作成した記事ではありません(この記事はEnpediaに移入されるべきでしたが、どういうわけかエスケープされていません)。--Alice OPP会話) 2017年7月28日 (金) 13:10 (UTC)

ところでこの関連なんですが、これで削除された水護墓は2回立項されていますが、2回ともそれぞれの初版投稿者である利用者が全般8の即時削除タグを貼り付けています。(2度目はJkr2255さんによって即時削除されています)一言で言うと、「同じ記事を書いたり消したり(消してもらったり)を繰り返している」ってことになります。決まり的にはどうなんですかね。(ロストテクノロジー乗っ取りの件については今回は言及しません)--Doripoke会話) 2017年8月4日 (金) 19:10 (UTC)

  • コメント 「記事の内容が正確かどうかの確認」もせずに削除依頼を行うのは「決まり的」にどうなんですかね。--Alice OPP会話) 2017年8月5日 (土) 11:40 (UTC)
    • コメント つまり、「これらフリーゲームの記事を書いた人間は嘘をついているかもしれないから必ず確認しろ」ということですか。確かにヴァーレントゥーガ#LostTechnologyは「派生ゲーム」ではなく「拡張シナリオ」ですしね(つまり虚偽)--Doripoke会話) 2017年8月5日 (土) 11:43 (UTC)
      • コメント 『LostTechnology』は『ヴァーレントゥーガ』の「シナリオ作成ツール」によって制作された別個のゲームです。Doripokeさん、あなたは何がしたいんですか。もうやめにしませんか。--Alice OPP会話) 2017年8月8日 (火) 12:27 (UTC)
        • コメント 「シナリオ作成ツールで作った」ということは、『ヴァーレントゥーガ』が純粋なゲームエンジンツクールの類いで無い限り、別のゲームではなく「単一ゲームの拡張シナリオ」となるのではないでしょうか。ティル・ナ・ノーグの各シナリオは別ゲームではないですよね。--Doripoke会話) 2017年8月20日 (日) 23:54 (UTC)
          • コメント 窓の杜の記事[3]を確認すること、それはできるよね。--Alice OPP会話) 2017年8月21日 (月) 11:45 (UTC)

夕刊フジの特別扱い[編集]

本議論[編集]

先行議論はノート:加計学園問題#夕刊フジです。数ある大衆紙の中で夕刊フジだけを特別扱いする意見があります。前提として、夕刊フジは自ら大衆紙[4]と称しており、WP:NOTRSでは「夕刊紙やスポーツ紙のような娯楽中心の大衆紙」を「信頼性に乏しい出版物」としています。さて夕刊フジを特別扱いする根拠の1つは、日本新聞協会に加盟との事ですが[5]、「加盟しているスポ日は、加盟していないロイター日本支社より信頼できる」とはなりません。また、新聞社が発行という意見もどこかで見ましたが、その理屈でいうと週刊朝日やサンデー毎日も同様に扱うことになります。他に根拠がなければ、夕刊フジは他の大衆紙と同様に扱うべきです。次に、Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?では、文責が専門家の場合、大衆紙でも使用できるという意見が多くありました。例えば、[6]はギルバート氏に文責があります。一方、[7]の文責は和田氏ではなく編集部と判断します。娯楽中心の大衆紙が部分的に拾った発言と判断し、これは使用できない出典と考えます。これについても御意見頂きたく思います。関連議論としては、ノート:竹中平蔵#2017年6月12日付け編集ついてノート:豊田真由子#カテゴリー論の間違いがあります。--JapaneseA会話) 2017年7月31日 (月) 06:50 (UTC)

  • コメント まず、最も問題なのは、日本共産党の機関誌にすぎないしんぶん赤旗のみの特別扱いが横行し多用されすぎていることですが、JapaneseAさんは、なぜ、それを指摘されても結論を先延ばしされ続けているのでしょうか。なぜ、最も問題が大きいしんぶん赤旗の扱いに関する意見を保留され続けているのか、まったく回答していただけません。また、ハフポストのブログやBLOGOSのブログ、まぐまぐマネーボイス(編集部の査読なしの個人記事でブログと同等)など、明らかに一次資料であると方針で定められているものについて、頑として一次資料であると認められないJapaneseAさんの態度についても、疑問に感じています。JapaneseAさんによる、しんぶん赤旗やハフポストのブログ、BLOGOSのブログ、まぐまぐマネーボイスの主張(査読なし)に関する態度を見ていると、ダブルスタンダードではないかと感じることがあります。夕刊フジは、産業経済新聞社が発行している夕刊紙であり、日本新聞協会にも加盟しています。必ずしも娯楽というわけではありません。日本新聞協会への加盟が意味するところは、「雑誌」ではないということです。スポニチも「雑誌」ではありません。しかし、日刊ゲンダイは一般的に雑誌扱いであり[8]日本新聞協会に加盟していません。日本新聞協会への加盟という事実により、雑誌とは根本的に異なることは明らかであることを再三述べているにもかかわらず、JapaneseAさんは、夕刊フジを雑誌と同じだと決めつけられていますが、単なる思い込みを捨ててもらわない限り、全く議論になりません。一般雑誌は貧弱な情報源であることは明らかですが、JapaneseAさんは、夕刊フジが「娯楽中心」であることを、これまで一度も証明されていません。夕刊フジについては、学者や政治家など有識者が連載している娯楽ではない政治経済コラムもあります。また、国会議事録に書かれていることが引用されていたり、政治家の主張が引用されている記事について、夕刊フジ自身の批評にふれず、国会での発言や政治家の主張の引用の出典に使うことについては正確性についても問題ないと思います。国会の議事録という一般公開されている一次資料などで確認が出来ることばかりです。国会の議事録は一次資料であり長いので、それが簡潔に見やすくなっている夕刊フジも出典としてつけることについて、特別扱いではないと思います。機関誌のしんぶん赤旗や一次資料であるブログの除去には反対され続けているにも関わらず、夕刊フジを国会議事録の二つ目の出典につけることに目くじらを立てておられるのはなぜでしょうか。--はるみエリー会話) 2017年7月31日 (月) 08:21 (UTC)
    • コメント 論点をずらさないでください。赤旗について何かやりたいのであれば別に議論を設けてやればいいじゃないですか。なんで「赤旗は許されるのに夕刊フジを許さないのか」になるのかわかりません。1点目、夕刊フジは「大衆紙」の扱いであって、通常のWikipedia:信頼できる情報源には反していますから、特別に理由を示せないなら除去される対象になります。大衆紙とは、読者に受け入れやすいように作られているもので、多くは書誌(雑誌)を指しますが、新聞媒体でも大衆紙という分類はあります。2点目、国会での発言(議事録)についてフジで補わなければならない理由が説明されていません。別の情報源で補えないのでしょうか。フジは分類でいえば信頼できる情報源で扱いを慎重にしなさいとされている情報源なんですから、それならば同じ情報を一次情報源で補っても問題はないでしょう。3点目、信頼できる情報源であるかどうかは日本新聞協会に加盟しているかどうかではありません。どこにも「日本新聞協会に加盟すれば信頼できる情報源である」とは書かれていません。少なくともWikipedia:検証可能性を知っていれば「信頼性に乏しい」とは判断されるはずです。以上から、Wikipedia:信頼できる情報源Wikipedia:検証可能性Wikipedia:中立的な観点という記事を書く上で必要な三大方針を読み込めば、「夕刊フジは信頼できる情報源である」とは言えないはずですが、その点はどうお考えなんでしょうか。--アルトクール会話) 2017年7月31日 (月) 12:59 (UTC)
論点をずらしてはいません。前半で主張を述べましたが、夕刊フジについて、後半で論点をずらさずに発言していますので、きちんとお読み下さい。信頼できる情報源であるかどうかについて、0か100かという考え方に当てはめられるとは限りません。二次資料として有用な情報もありますし、ケースバイケースで判断すべきだと思います。アルトクールさんの主張によると、三大方針を読み込まなければ理解できないということですが、それはつまり、明確に方針で否定されていないから解釈に頼っているということを言い換えられているにすぎません。国会の議事録にすでに公表されていることを二つ目の出典として夕刊フジをつけたことについて、なぜ、JapaneseAさんが不当だと主張されているのかなど、具体的な事例をひとつずつ検証しなければ、抽象論だけ言っていてもまったくなんの解決にもなりません。説明責任があるのはJapaneseAさんのほうであり、それを果たされていないままです。--はるみエリー会話) 2017年7月31日 (月) 13:36 (UTC)

コメント JapaneseAさんは、「しんぶん赤旗の特別扱い」などの特別扱いが存在してことを言わず、「夕刊フジの特別扱い」だけが存在しているかのように決めつけられた上で、自分の主張を通そうとされているように見えますが、そういう抽象論では水掛け論にしかならず、公平性にも欠けます。ケント・ギルバートの文責はいいかとか、国会議事録という公開情報がありそれと同じ事が書いてあることの二次資料として良いかなど、具体論で議論しないと解決しないと思います。国会議事録の二次資料としての利用は、雑誌や機関誌なら記述不要ですが、夕刊フジやJ-CASTニュースなどのネットニュースなら許容範囲だと思います。信頼できる情報源の「信頼」とは0か100かしか存在しないわけではありません。夕刊フジと雑誌とは明確に異なるにもかかわらず同一として論じていることがそもそもの間違いの元です。そういう細かな印象操作が生じたとしても、そういうことに左右されないように具体性をもたせた依頼にするべきです。--はるみエリー会話) 2017年7月31日 (月) 13:58 (UTC)

  • コメント 提起者のJapaneseAさんの議題は「大衆紙の中で夕刊フジだけを特別扱いする」ことについてです。提起された議題に対してのみについて議論してください。アルトクールさんと同様、赤旗を論じたければ余所でお願いします(公平性に欠けるというなら、なおさらご自分で赤旗の特別扱いを議論として建てれば済む話です)。「頑として一次資料であると認められないJapaneseAさんの態度についても、疑問に感じています。」のような、他の編集者のメディアの捉え方など無用な言及です。「説明責任があるのはJapaneseAさん」も同様。JapaneseAさんは本議題の単なる提起者に過ぎません。説明責任があるとすれば、例えば議題が曖昧で明確すべきなどの場合に限られるでしょう。本議論においては、当該議題にのみフォーカスしてロジカルに(個人の見解・メディアの捉え方は本議論に差し挟まず、メディアの特質や、RSか否かの根拠を何とするか、など)議論するよう強く求めます。はるみエリーさんへの議論参加についてのお願いは以上にしますが、一点私からお尋ねします。はるみエリーさんのコメントで、「日本新聞協会への加盟が意味するところは、「雑誌」ではないということです。」について、日本新聞協会の加盟会社を確認しました。なるほど、明らかに雑誌系出版社は会員にいないようです。一方、4大キー局(テレビ朝日、日本テレビ、TBSテレビ、フジテレビ)、その他テレビ東京やWOWOW、地方局やラジオ局も加盟しています。はるみエリーさんは、日本新聞協会の加盟を信頼出来る情報源の判断基準で相当重要なファクタと考えているとお見受けしますが、協会加盟の関西テレビの放送コンテンツが、非加盟のNew York TimesやFinancial Timesの記事より信頼性が高いと考えてらっしゃるのでしょうか。ご見解をお聞かせください。--Okiifstation会話) 2017年7月31日 (月) 15:33 (UTC)
Okiifstationさんは、「提起された議題に対してのみについて議論してください」と人に言っていながら、自分はいきなり、議題と異なる新たな質問をされていますが、こういう態度をダブルスタンダードと言います。論点ずらしにもなっています。「日本新聞協会の加盟を信頼出来る情報源の判断基準で相当重要なファクタと考えている」と発言したことはなく、勝手な思い込みによる決めつけもおやめください。日本新聞協会に加盟できるのは、雑誌ではないからだ、と言っているだけです。夕刊フジは雑誌ではないのに、雑誌と同じであるかのようにJapaneseAさんが言われていることについて、間違っているのは明白です。Okiifstationさんは、はるみエリーが参加している様々な対話で、個人攻撃ではないのに個人攻撃だ、と逆にはるみエリーを攻撃される行動や、逆張り的な発言をされるだけに見える行動を起こされていますが、このような態度はたんに感情的な動向に見えます。落ち着いてこれまでの議論で出された方針をお読みください。--はるみエリー会話) 2017年8月1日 (火) 04:05 (UTC)
確かに議題は「大衆紙の中で夕刊フジだけを特別扱いする」点ですね。日本新聞協会に関する質問は議題の傍論なので質問しましたが、はるみエリーさんの言うとおり、提起された議題からずれていると言わざるを得ません。よって、質問は撤回しお詫びします。なお、『「日本新聞協会の加盟を信頼出来る情報源の判断基準で相当重要なファクタと考えている」と発言したことはなく』について、そのような発言があったとは言っていません。しかし、はるみエリーさんがノート:竹中平蔵の2017年7月22日 (土) 11:30(UTC)で、「なぜ、日本新聞協会の加盟に言及してはいけないのでしょうか。大衆紙ではあっても、日本新聞協会に加盟しているメディアのほうが、日本新聞協会非加盟のメディアよりも信頼性が高いと判断していることを否定する方針はありません。」との発言、ノート:前川喜平の2017年7月14日 (金) 09:30 (UTC)で、「夕刊フジは日本新聞協会に加盟していますが、日刊ゲンダイや日本共産党の機関誌であるしんぶん赤旗は日本新聞協会非加盟です。」との発言から、相当重要なファクタだと『お見受けします』と述べました(断定はしておらず、そのような傾向が見られるという意味です)。勝手な思い込みについて、これは頻度や感じ方によるところがあるので平行線になるかも知れませんが、上記のようなはるみエリーさんの発言の事実から敷衍した私の主観ですが、少なくとも事実を起点にしているため勝手な思い込みとまでは考えていません。一方、はるみエリーさんが勝手な思い込みと捉えられるのも、私の主観と大枠変わらないため、これについては争わないことにします。「日本新聞協会に加盟できるのは、雑誌ではないからだ、と言っているだけです。」というのは、客観的に見て間違い、または発言が矛盾していると言えます。はるみエリーさんは、ノート:竹中平蔵で、日本新聞協会の加盟の有無を信頼性の高低判断にしていることを否定する方針はないと明言されています。最後に、私も認めるところでお詫びもしましたが、最後段の「Okiifstationさんは、はるみエリーが参加している様々な対話で、(略)方針をお読みください。」は、私も筆が滑った「本議論以外の議論は控える」ことに反します。このような言及は論点ずれを招くので、お互い注意して議論を行いましょう。--Okiifstation会話) 2017年8月1日 (火) 14:40 (UTC)
「夕刊フジは雑誌ではないのに、雑誌と同じであるかのようにJapaneseAさんが言われていることについて、間違っているのは明白です。」という意見について、「夕刊フジは雑誌でなく、雑誌と同じであるかのように扱うのは明白に間違っている」理由ないし根拠を、できる限りロジカルに(つまり、誰かの言動等に依拠せず、メディアの特質などに基づき、および/または、必要に応じてWP方針やWPコミュニティで確立された一定のコンセンサスに基づいて)論じてください。明白と断言するのであれば、主観ではなく正確性・客観性のあるロジックで論じていただくようお願いします。--Okiifstation会話) 2017年8月1日 (火) 14:59 (UTC)
Okiifstationさんは、「提起された議題に対してのみについて議論してください」と人に注意しつつ、一方で、自分が進んで、「提起された議題」と異なる議論を度々提起され、話を逸らし続ける、というダブルスタンダードな行動を繰り返さないでください。「夕刊フジは日本新聞協会に加盟していますが、雑誌は加盟出来ません。」と、何度も同じ話をしていますが、きちんと読まれていないのでしょうか。日本新聞協会は「新聞社・通信社・放送局」が加盟対象です。まず、他人の発言をきちんと読まれた上で、ダブルスタンダードな発言を繰り返されるなどの混乱を呼ぶような行動はお控えください。また、論理的には「夕刊フジが雑誌ではない」ことを証明しろ、というのは、そもそもが悪魔の証明であり、「夕刊フジが雑誌である」ということを証明したい側が証明してください。--はるみエリー会話) 2017年8月2日 (水) 08:40 (UTC)
ダブルスタンダードと指摘されないよう必要最小限だけ。お互い「本議論以外の議論」があったことを記載した上で(具体的事実を記載しないとお互いはぐらかす可能性があります)、「こういうのは控えましょう」と述べただけです。度々提起などしていません。(←左記記載は、異なる議題提起ではないことを念押ししておきます)。--Okiifstation会話) 2017年8月2日 (水) 09:22 (UTC)
必要に応じて「本議論以外の議論」を話すべきである場合もあります。そもそも、議題そのものがおかしいことは指摘せざるをえず、「提起された議題に対してのみについて議論しなければならない」ということは思い込みにしたがって、注意される必要が初めから無かったと思います。--はるみエリー会話) 2017年8月2日 (水) 13:35 (UTC)
「そもそも、議題そのものがおかしい」という見解に対しては私の意見表明は控えます。議題そのものがおかしいというのが、客観的に見て是とも否とも言えるほど明らかではないように見受けられるため。とはいうものの、議題そのものがおかしい可能性も否定できないため、はるみエリーさんのいう「必要に応じて「本議論以外の議論」を話すべきである場合もあります。」は理解しました。いずれにせよ、議題に対する議論でも、議題そのものの疑義に関する議論でも、出来る限り主観は排し、客観性のあるロジックが好ましいと考えます。--Okiifstation会話) 2017年8月2日 (水) 14:27 (UTC)

コメント JapaneseAさんは、これまで、一度も、夕刊フジが雑誌と同じと証明されたことはなく、何の根拠もなく言い続けられているため、それについて態度を改めてください。「数ある大衆紙の中で夕刊フジだけを特別扱いする意見がある」という前提についても、「サンデー毎日だけを特別扱いする意見(ノート:豊田真由子#カテゴリー論の間違い)」や「週刊朝日だけを特別扱いする意見(ノート:竹中平蔵#2017年6月12日付け編集ついて)」が存在することを知りつつ、それを隠し「関連議論」と言われるなどは、「夕刊フジだけが特別扱いする意見」が多いかのように見せかけようとされているかのような印象操作にしか見えません。Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?によっても、夕刊フジは雑誌と同一ではないのは明らかであるにも関わらず、なぜ、いい加減な発言をされ続けるのでしょうか。なんの根拠もなく決めつけをもとに議論提起されていますが、それについて根拠を示すべきなのはJapaneseAさんのほうです。JapaneseAさんが根拠を示されない限り、夕刊フジと雑誌を同一視するというようなそもそもの議論提起が成り立たず、議論を始める段階にさえ到達できません。雑誌のなかでも、週刊朝日やサンデー毎日など週刊誌と、月刊論壇誌も同一に扱うべきではなく、議論の提起の仕方がそもそも雑すぎます。同じ雑誌でも、週刊誌単独は原則としてダメ(存命人物に肯定的な場合はOK)、月刊論壇誌はケースバイケースで帰属化して記述OKなど、普段の編集で違った扱いをしているにも関わらず、それを隠して、夕刊フジを週刊朝日やサンデー毎日などと同じであるかのようにいきなり言われるなどは、暴論にすぎません。--はるみエリー会話) 2017年8月2日 (水) 08:40 (UTC)

まず、「雑誌」vs「新聞」、というのはちょっと変な論点です。「雑誌」の方が大きな概念なので比較にならず、あまり議論しても仕方ない点だと思います。元々の提起に戻って、『夕刊フジ』は大衆紙(タブロイド紙でもよいです)に近いか高級紙に近いか、という点、大衆紙ならば高級紙には劣る信頼性なのではないか、という点についてはいかがですか。ジャーナリズム研究者の川井良介(東京経済大学)氏は日本の「主要な夕刊紙」として『夕刊フジ』と『日刊ゲンダイ』を挙げ、詳細に比較しています(稲葉三千男/新井直之編『新聞学』p.240から)。川井氏の分析によれば、タブロイド版であること、紙面が派手であること、男性サラリーマン向けの実益重視の記事を掲載していること、野球・ギャンブルなどの娯楽情報を提供していること、の4点が両紙に共通する特徴であるそうです。この2つを「タブロイド判の「夕刊紙」」とする別の例(後藤将之氏)もありますように、少なくともこの2紙を同列に扱うのはジャーナリズム研究では一般的といっていいかと思います。ちなみに後藤氏の場合は『夕刊フジ』と『日刊ゲンダイ』の2つを「新聞」の一種として解説していますね。川井氏も同様です。雑誌か新聞かについても、特定の団体の定義によれば○○紙は雑誌である新聞であるというのはあくまでその団体の主張に過ぎないのであって、研究者の間で定着している分類も少なくとも同程度には尊重すべきではないかと。「大衆紙」「タブロイド紙」……これらが「高級紙」(という言い方は欧米のジャーナリズムについて言われることが多いですが)と一線を画すものであるという認識は特におかしな理解ではないと思います。 --163.49.209.114 2017年8月2日 (水) 12:18 (UTC) 少し発言に補足。 --163.49.209.114 2017年8月2日 (水) 12:31 (UTC)
夕刊フジは日本新聞協会に加盟していますが、日刊ゲンダイは加盟していません。「雑誌」vs「新聞」の観点からいえば、夕刊フジは新聞側の夕刊紙ですが、日刊ゲンダイは雑誌側です。夕刊フジは高級紙に劣るとはいえ、日刊ゲンダイよりは信頼性が優ると思います。日刊ゲンダイは週刊誌に近い信頼性といえると思いますが、夕刊フジは月刊論壇誌レベルの記事もあります。共通点もありますが違いもあるので、ケースバイケースで判断することも出てくるはずです。Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?では、夕刊フジケント・ギルバートの文責であれば出典に使用して良いということでしたが、日刊ゲンダイではそうはならないかもしれません。日刊ゲンダイは雑誌社の発行で日本新聞協会非加盟であるということが、雑誌側であることのなによりの証明だと思います。--はるみエリー会話) 2017年8月2日 (水) 13:35 (UTC)
私から、辞書的定義を提示します。すべてデジタル大辞泉からです。なお、あくまで辞書での定義の紹介であり、本議論において辞書の定義が種々の論点より常に優越するという訳ではないと思います。議論における参考情報として、本議論の参加者が公平にアクセスできる参考情報を紹介したに過ぎないということを予め表明しておきます。
新聞:1 社会の出来事の報道や論評を、広い読者を対象に伝達するための定期刊行物。日刊が多いが、週刊・旬刊・月刊などもある。※2, 3の意味もありますが、本議論に関係ないと思われるため省略。必要なら再掲していただいて構いません。
雑誌:1 雑多な事柄を記載した書物。2 複数の筆者が書き、定期的に刊行される出版物。週刊・月刊・季刊などがある。マガジン。
大衆紙:ゴシップ記事や娯楽的な内容などを多く取り扱う新聞。英国などの階級社会において、労働者層に好まれる。ポピュラーペーパー。→高級紙
高級紙:詳細な情報や高度の論評に主眼をおく、社会的影響力の強い新聞。英国の「ガーディアン」「タイムズ」などが代表的。クオリティーペーパー。→大衆紙
タブロイド紙:判型がタブロイド判の新聞。多く、英国などの大衆紙のこと。「ザ‐サン」「デーリー‐ミラー」などが有名。
夕刊紙:夕方にだけ発行される新聞。タブロイド判が多い。
ジャーナリズム:新聞・雑誌・ラジオ・テレビなどにより、時事的な問題の報道・解説・批評などを伝達する活動の総称。また、その機関。
情報源:情報を提供してくれる人。情報を手に入れる経路。ニュースソース。--Okiifstation会話) 2017年8月2日 (水) 14:11 (UTC)
はるみエリーさんへ。赤旗出典記述への対応ご苦労様です。JapaneseAさんの編集について問題があると考えるならコメント依頼を利用してください。
日本新聞協会は活動内容を見ても、BPOのように定期的に所属団体の出版放送物の審査をしているという説明もありませんし、新聞放送通信業界によるロビイングのための団体のようにしか見えません。なので、記事をWikipediaの出典として使用する時に、日本新聞協会に所属しているという事実が信頼性にどのように寄与しているか分かりません。日本新聞協会に所属しているから夕刊フジは一般紙に近く、所属していない日刊ゲンダイはあくまで雑誌なので、比較すると夕刊フジの方が信頼性が高いということでしょうか?東京スポーツも日本新聞協会に所属してます。
今日コンビニで買って紙面を比較しましたが夕刊フジと日刊ゲンダイは値段も同じ140円ですし区別が付きません。はっきり言って夕刊フジと日刊ゲンダイと東京スポーツのどれが新聞雑誌として信頼性が高いか?などという議論をしても意味がなく無駄な労力です。大衆紙、スポーツ紙、娯楽紙の括り以上でも以下でもないでしょう。ですので、それぞれの問題となっている個別の記事の信頼性について議論した方が良いと思います。
詳しい人がもっと良い参考文献を探してきてくれるとありがたいのですが、日本マス・コミュニケーション学会(旧・日本新聞学会)が出している学会誌「マス・コミュニケーション研究」でジャーナリズム論について書かれた記事に、

世論形成に大きな影響力を持っているはずの報道・娯楽混合型の様々なメディア(テレビの「ワイドショー」や「特番」、スポーツ紙や夕刊紙=日刊ゲンダイ、夕刊フジ、東京スポーツなど)、女性誌を含む週刊誌などの効果をどう位置づけるのか。これらも含めた「娯楽メディア」の「ジャーナリズム的な」機能、人々の意識への影響をどう計測するのか、という問題である。

— 「ジャーナリズム」の揺らぎと転換(<特集><変容>の時代とジャーナリズム意識) 冠木雅夫 毎日新聞社

とありましたが、三紙まとめて「報道・娯楽混合型メディア」、「娯楽メディア」と分類されています。あくまでジャーナリズム論という切り口ではこういった分類になるという一例ですが。
このような議論についてはHmanさんの説明([9][10][11])で決着が付いていると思っていたのですが、どうやら納得できない方がいらっしゃるようですね。Hmanさんの説明に従って、文責がはっきりしている物に関しては断りを入れ一つの論として紹介するということではダメなのでしょうか?Hmanさんの言葉を借りますが、『査読機関の質まで素人集団であるjawpが厳密に判断することは無理です。無理な以上、無責任な様ですが、「○○によれば××である」として、○○を信用するかどうかは読者に委ねるしかありません』(元の書き込みの査読期間は機関の間違いと思われるため修正しました。)であり、もちろん『あくまで専門的な相応の権威ある人物があくまで記名で寄稿もしくはインタビューなどに応じた際に限って適用されるべき考え方』ということで、ご納得いただけないのでしょうか?--Zakinco会話) 2017年8月3日 (木) 13:23 (UTC)

コメント 皆様コメントありがとうございます。今のところ、夕刊フジ=大衆紙で合意しています。Zakinco様へ「Hmanさんの説明に従って、文責がはっきりしている物に関しては断りを入れ一つの論として紹介するということではダメなのでしょうか?」、私はその意見には反対ですが、以前の議論で賛同する方が多かったのでそれに従っています。本議題で問題としているのは、文責のはっきりしないかつ夕刊フジです。はるみエリー様へ。議題に直接関係ない赤旗~などの質問は、この依頼のノートで箇条書きにして頂ければそちらで回答します。直上のコメントの最後の1行は暴言と判断します。私は暴言は不問にすると常日頃言っていますが、それは管理者伝言板に報告しないし、撤回も求めないというだけです。私にも感情があるので、そういう物の言い方をされると議論しにくくなります、今後はお控え下さい。以上、これで暫く黙ります。--JapaneseA会話) 2017年8月3日 (木) 16:08 (UTC)

コメント なんだかぼかした言い方をされていますが、大衆紙だからといって週刊誌と同じとは決してなりません。一口に雑誌といっても、週刊朝日やサンデー毎日と月刊論壇誌や専門誌では異なります。夕刊フジについては、Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?で出典に使用できるという合意に達していますので、高橋洋一 (経済学者)が文責であればもちろんOKですし、文責がしっかりしている政治家発言の2次資料として使用するのもOKなはずです。なんどもお伝えしていますが、なぜ、具体的な事例をあげられないのでしょうか。この井戸端の発端は、ZakincoさんがあげられているHmanさんの発言に、JapaneseAさんが納得されていないだけのために、既に結論が出ていることをぶり返されているだけにすぎません。夕刊フジの高橋洋一 (経済学者)文責記事や政治家発言の2次資料としての使用(1次資料の文責はしっかりしている)はOKである、ということは揺るぎません。--はるみエリー会話) 2017年8月3日 (木) 17:09 (UTC)

  • コメント JapaneseA様は、結局、文責が高橋洋一氏政治家発言2次資料の記述を「文責のはっきりしない夕刊フジ」と決めつけられて反対されているのでしょうか。はるみエリー様が「政治家発言の2次資料」と呼ばれているものをJapaneseA様は「文責が夕刊フジ」だから使ってはいけないと主張されているだけのことなのでしょうか。であれば、はるみエリー様が主張されるように、政治家の発言が1次資料で確認できるものを2次資料として夕刊フジが報じた場合には、夕刊フジは出典で使えると言えます。そもそも、JapaneseA様が主張されるような「文責のはっきりしない夕刊フジ」の記事とは何を指すのか不明であり、混乱を招いていると考えるものです。1次資料の文責がしっかりしていて、それを2次資料として紹介している「夕刊フジ」については、使用可能であることは言うまでもございません。--RXX-7979Ⅲ会話) 2017年8月3日 (木) 18:13 (UTC)
記名記事の議論は最近あったのなら繰り返す必要はないでしょう。誰が納得したかしなかったか、納得すべきであったかどうか、などはよそでやってください。それより、急に「前川喜平」記事の話題に移ったのに理解に苦しむのですが。JapaneseAさんが今回の井戸端議論の発端(「先行議論」)として示したのはノート:加計学園問題#夕刊フジ(先週からの加計学園問題記事に関する議論)とノート:竹中平蔵#2017年6月12日付け編集ついてノート:豊田真由子#カテゴリー論の間違い、合わせて3点ですね。3週間前からの前川喜平記事に関する議論ではなく(この「前川喜平」記事の議論では、そもそも、誰からも「夕刊フジ」という言葉を含む発言がありませんし……)。そこは切り分けてください。名前が分かる形で専門家の主張を紹介しているケースはここでは議論しない(既に議論したので)、ということでいいでしょう。解決すべき課題として残っているのは、媒体として編集部として「夕刊フジ」は他の大衆紙より信頼性が優れているかという点です。 --49.239.65.30 2017年8月3日 (木) 23:49 (UTC)
  • コメント ノート:竹中平蔵#2017年6月12日付け編集ついてでは、『週刊朝日』と夕刊フジが同じかどうかが話題になってますけど、『週刊朝日』よりは夕刊フジのほうが信頼できます。ノート:豊田真由子#カテゴリー論の間違いは『サンデー毎日』が話題になってますけど、『サンデー毎日』よりは夕刊フジのほうが信頼できます。ノート:前川喜平で話題になってる、高橋洋一氏文責の夕刊フジと政治家の発言の2次資料の夕刊フジは出典として使えます。結局、議論をよく見ると、はるみエリーさんが夕刊フジのみを特別扱いしていたわけではなく、JapaneseAさんが夕刊フジだけに、週刊誌と同じにしろなどという逆特別扱いを要求されてるようにしか見えません。こういう姿勢については、JapaneseAさんのダブルスタンダードでしかすぎませんし、Hmanさんの発言によりなんの問題がない高橋洋一氏文責の夕刊フジにまでクレームをつけられるなどは、いったいどういうおつもりでしょうか。夕刊フジは週刊誌と同じではないことは議論するまでもありませんよね。それをJapaneseAさんがご理解されてないだけが井戸端で議論を始められたきっかけなので、そのきっかけとは関係のない余計な議論をされればされるほど、話がズレていくだけでしょう。--ぽてから会話) 2017年8月4日 (金) 05:29 (UTC)
  • コメント 暫く黙るつもりでしたが。私は文責が高橋洋一氏の事は議題対象としていません(つまり「使いたければどうぞ」です)。問題にしているのは、夕刊フジ編集部自体(これは多くの方から使用すべきでない大衆紙だという御意見が出ています)と、2次資料であろうが文責全体が編集部の場合の2点です。「夕刊フジが信頼できる」と言う人は根拠を御願いします。また、2次資料であろうが、個人サイトは使用できません。大衆紙も同様です。私個人と議論したい人はノートで御願いします。--JapaneseA会話) 2017年8月4日 (金) 06:09 (UTC)
JapaneseAさんの主張は、「サンデー毎日・週刊朝日・夕刊フジは同じ[14]」ですよね。それについては、週刊誌と夕刊フジは違う、ことを議論する必要ありませんね。Hmanさんの発言の主旨に照らしても、文責が国会や政治家の2次使用は良いと言えるでしょう。議事録は首相官邸や衆議院・参議院の公式サイトにのってますし、政治家のサイトは個人サイトというよりは公式サイトと言えるでしょう。なぜ、何度も同じような話をぶり返されたり、夕刊フジを週刊誌と同等だなどと言い出されるのか理解に苦しみます。「夕刊フジ」は他の大衆紙より信頼性が優れているか、ではなく、週刊誌より優れてるかで揉めてるわけで、夕刊フジは週刊誌より信頼性が優れてることなど議論するまでもなく当たり前なだけに、この議論の方向性がズレてきてます。本来、揉めてる点について、具体的に挙げるべきでしょうね。JapaneseAさんは、夕刊フジは「サンデー毎日・週刊朝日」などの週刊誌より信頼性が優れてることを納得されましたでしょうかね。JapaneseAさんが納得されればこの議論は必要性がなくなります。--ぽてから会話) 2017年8月4日 (金) 06:24 (UTC)
JapaneseAさんが問題としているのは、「本議題で問題としているのは、文責のはっきりしないかつ夕刊フジです。」(2017年8月3日 (木) 16:08 (UTC)での発言)、「問題にしているのは、夕刊フジ編集部自体(これは多くの方から使用すべきでない大衆紙だという御意見が出ています)と、2次資料であろうが文責全体が編集部の場合の2点です。」(2017年8月4日 (金) 06:09 (UTC)での発言)のあたりですね。そうであれば、ぽてからさんの「「夕刊フジ」は他の大衆紙より信頼性が優れているか」も「週刊誌より優れてるかで揉めてる」でも、JapaneseAさんが問題としている点を正確に捉えていないように思います。ぽてからさんの「夕刊フジは週刊誌より信頼性が優れてることなど議論するまでもなく当たり前」も、JapaneseAさんの問題意識に基づいて言葉を補うと、「(文責があってもなくても、または文責が夕刊フジ編集部にあっても、常に)夕刊フジは週刊誌より信頼性が優れてる」のかが議題であって、JapaneseAさんはそれに疑義があると提起しているのではないでしょうか。ぽてからさんがどの観点で『夕刊フジ』を捉えているか分かりかねますが、「夕刊フジは週刊誌より信頼性が優れてることなど議論するまでもなく当たり前」と言い切れる理由を教えていただけますか。または『○○の条件付きの夕刊フジは』のような、前提条件がある可能性も想定したので、もしそのような前提条件があるなら、それを教えてください。なお、「サンデー毎日・週刊朝日・夕刊フジは同じ[11]」というJapaneseAさんの主張箇所を引用していますが、そこでは「文責も専門家ではありませんので。」と、文責有無をJapaneseAさんは気にしているようです。--Okiifstation会話) 2017年8月4日 (金) 08:58 (UTC)
夕刊フジは新聞ですが、週刊誌は雑誌です。根本的に違いますし、Hmanさんの発言からも、雑誌にはない夕刊フジの優位性が示され、その点で合意できてます。夕刊フジと週刊誌が同一という新たなJapaneseAさんの主張はHmanさんの発言を覆すものであり、JapaneseAさんが根拠を出されるべきことです。文責というか、政治家の発言の2次資料ですよね。それは問題ないでしょう。もともと公式サイトで書いてあることなんですから。「夕刊フジ自身の批評を除去」は、ノート:前川喜平で除去で合意済みであり、そういう主張ではないですよ。だいたい、「文責のはっきりしない」記事とは何を指してるんですかね。JapaneseAさんの依頼の仕方には大きな疑問を感じますね。--ぽてから会話) 2017年8月4日 (金) 09:07 (UTC)
質問 こんにちは。Moon.riseと申します。JapaneseAさんや皆さん(特に発言数が多い方)のご意見を伺っていて、よく分からない(錯綜しているかもしれない)と思う所がありました。この議論にあたって、それぞれの皆さんがお考えになっている元々の「モデル」が違うと、いつまでも話がかみ合わないのではないかと思います。私が思いつく「モデル」を2種類挙げてみます。
モデルA
高級紙および同格:朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞ほか。夕刊フジ?(A-1)
大衆紙および同格:東京スポーツ、日刊ゲンダイ。サンデー毎日、週刊朝日、週刊現代ほか。夕刊フジ?(A-2)
モデルB
高級紙および同格:朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞ほか。夕刊フジ?(B-1)
大衆紙および同格:東京スポーツ、日刊ゲンダイ。夕刊フジ?(B-2)
週刊誌(雑誌がより正確か)および同格:サンデー毎日、週刊朝日、週刊現代ほか。夕刊フジ?(B-3)
もし「モデルA」でお考えの方がいれば、「夕刊フジが(A-2)であるべきと思うが、周囲の方で(A-1)という主張があるのが疑問」ということがあるかもしれません。
もし「モデルB」でお考えの方がいれば、「夕刊フジが(B-3)であるべきと思うが、周囲の方で(B-2)という主張があるのが疑問」ということがあるかもしれません。
しかし、これが議論をするお互いで異なっていると、「(B-2)の主張 対 (A-2)の主張」のようなことになる可能性があり、議論を把握してかみ合わせるのが難しくなると思います。
よろしければ、JapaneseAさんや皆さん(特に発言数が多い方)がどの立場なのか(あるいはまた別のモデルなのか)について、お聞かせいただければと思いました。いかがでしょうか。--Moon.rise会話) 2017年8月4日 (金) 12:47 (UTC)加筆修正--Moon.rise会話) 2017年8月4日 (金) 13:11 (UTC)
モデルBで、夕刊フジは「大衆紙および同格」(B-2)に位置する前提で議論しています。雑誌のなかでも、月刊のオピニオン誌と週刊誌でも同列ではないと思います。この議論は、第三者からのコメントは、夕刊フジ・日刊ゲンダイ・東スポなどの比較論が多いのでわかりにくいのですが、実際にJapaneseAさんが主張されているのは、「大衆紙および同格」(新聞)と「週刊誌」(雑誌)が同格だ、です。大衆紙の中で、夕刊フジ、東スポ、日刊ゲンダイに差があるか、という点について、先行議論では話題に出たことはありません。JapaneseAさんがリンクを貼っている先行議論では、簡単に言うとサンデー毎日・週刊朝日のゴシップを書きたい人がいて、「夕刊フジが出典に使えるなら、サンデー毎日のみ、週刊朝日のみのゴシップを書かせろ」とWP:BLPに反する暴論を言って即刻除去を阻止しようとしただけのことです(しかも、主張したのは、無期限ブロックのソックパペットと、LTA:GORDONの疑いのあるIP)。JapaneseAさんによる「Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?では、文責が専門家の場合、大衆紙でも使用できるという意見が多くありました」という前提についても、「文責が専門家の場合」というのはJapaneseAさんがそういう言い方をされているだけです。Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?で、夕刊フジについて合意が形成されている範囲内で編集をしていたにも関わらず、JapaneseAさんだけ(+無期限ブロックのソックパペットと、LTA:GORDONの疑いのあるIP)が納得されないことがこの井戸端の発端です。JapaneseAさんが、突然、大衆紙と週刊誌が同格だ、などと言い出されたことについて、なんの根拠も提示されていません。たんに、先行議論として、「夕刊フジがいいなら、サンデー毎日や週刊朝日などの週刊誌のゴシップも書かせろ」という暴論が出たことを支持するかのような井戸端を提起されたことについては、抗議したいと思います。はるみエリーとしては、Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?の合意を維持することが望ましいと考えているので、JapaneseAさんが合意を理解されれば、この議論そのものが不要となると思います。--はるみエリー会話) 2017年8月5日 (土) 02:29 (UTC)
私の意図はモデルAでの議論です。ただしモデルBの場合でも、高級紙以外はWP:NOTRSなので大差ないと思います。「週刊朝日は週刊誌だから~」と言うのであれば、スポーツ紙との比較にすれば良いでしょう。--JapaneseA会話) 2017年8月6日 (日) 16:38 (UTC)

コメント 議題の1点目ですが、コミュニティの見解は、夕刊フジ=大衆紙=WP:NOTRSという認識のようですね。RXX-7979Ⅲ様も[15]のように仰っていますし、「文責が夕刊フジのものは使用できない」、Hman様も[16]夕刊フジ編集部や記者による取材・論評であれば、それは出典としては不適切と考えます。」と仰っています。これ以上、異を唱える人は、WP:NOTRSのノートで議論を提起して下さい。次に「文責が高橋洋一氏のようなケースは使用できる」という合意があるので、今更これを覆そうとは思いません。議題の2点目。議題の1点目と前回の合意より[17]の文責は「和田氏」であれば使用できる、「編集部」であれば使用できない、となりますが、これについては皆様、文責はどちらにあると御考えでしょうか?私は「編集部」だと思います。--JapaneseA会話) 2017年8月6日 (日) 16:38 (UTC)

仮にも大衆紙であっても、新聞である以上、週刊誌と同じであるはずがございません。モデルAはありえない選択と言わざるを得ないものです。WP:NOTRSであれば、「夕刊フジによると」と記述すれば良いだけであり、「サンデー毎日」や「週刊朝日」などの週刊誌と同じという理由にはなっておりません。週刊誌を新聞と同等に扱うべきという方針が存在しない以上、大衆紙を「夕刊フジによると」と記述することを妨げることは可能にはならず、WP:NOTSCANDALの精神から週刊誌は使用が大きく利用が制限されることは明白でございます。Hman様の「夕刊フジ編集部や記者による取材・論評であれば、それは出典としては不適切と考えます。」という発言からも、すでに発表されている政治家の発言の2次資料使用は可能であるということになりますが、JapaneseA様は大きく誤認されているだけ、であったことを理解いたしました。--RXX-7979Ⅲ会話) 2017年8月6日 (日) 17:41 (UTC)
  • コメント新聞協会に加盟している媒体であれば無条件で信頼できる情報源としていいのか、という問題を解決しないと議論が一歩も進まない気がします。新聞協会に加盟しているから明らかに信頼できる!と主張する人の気持ちはわからなくはないですし、一応ロジックとしては筋が通っているようには見えるんですよね。でも、まずはそこをしっかりとお互いに話し合わないと何も先に進まないんじゃないですかね。「明らかだ!明白だ!」ばかりでは何も議論になりません。全然明らかじゃないからこそ揉めているわけで…。はるみエリーさんたちは微妙な問題をすぐ「明らかだ」で片付けるから議論が進みにくくなるんだと常々感じます。
ちなみに私は新聞協会に加盟してるからって、夕刊フジが産経と同等とはこれっぽっちも思えません。つまり、新聞協会の加盟の有無が信頼性には直接寄与しないという考えです。もちろん高橋洋一氏文責のような記事は使っていいと思いますが、夕刊フジ編集部が文責の記事は使わないほうがいいんじゃないですかね。
あと、はるみエリーさん方はHmanさんのご発言を錦の御旗みたいに使われているようですが、「夕刊フジ編集部や記者による取材・論評であれば、それは出典としては不適切と考えます」という発言から鑑みると、Hmanさん自体は夕刊フジは信頼のおける出典としては使えないっていう考えを持ってそうですが。大丈夫なのでしょうか。Hmanさんが出てきて全部ひっくり返しちゃったらはるみエリーさんたち身動き取れなくなると思いますよ。そういう危うい議論の仕方はやめた方がいいですよ。辻褄が合わなくなります。
とりあえず「新聞協会に加盟している媒体は信頼できるのかどうか」については個別の井戸端にするなりして、もう少し幅広くコミュニティから意見を募ったほうがいいんじゃないですか。で、いつも意見を述べていらっしゃるいつものメンツの方々と可変IPさんにはちょっと黙っててもらって、普通の人からの意見を参考にした方がいいですよ。夕刊フジを信頼のおける情報源として使えると思っている人と、赤旗を使えるって人たちだけで議論しても何も決まらないですよ。双方から石投げられる覚悟で言いますが、どっちも出典としては低質極まりないですよ。結局、政治的信条に沿った出典を使いたがってるだけにしか見えないんですよね…。夕刊フジと共産党赤旗が百科事典の出典として信頼が置けちゃうってどんな異世界ですか。そういう人たちの意見は横に置いておいて、他の人達で議論する場所って作れないんですかね。今参加してるメンツでこの井戸端を続けても何も解決しませんよ。--むよむよ会話) 2017年8月7日 (月) 06:05 (UTC)
むよむよさんも誤解されてるということは、よほど、JapaneseAさんの依頼文に問題が生じているということを表すと言えるでしょう。まず、はるみエリーさんは、「新聞協会に加盟しているから明らかに信頼できる!」と主張されてませんよね。「夕刊フジは新聞だ。だから、週刊誌と同じ土俵で比べることはできない」とこう主張されてるように見えます。JapaneseAさんが、「新聞協会に加盟しているから明らかに信頼できるというわけではない」と主張されてるのは、はるみエリーさんに対する印象操作にしか過ぎないと言えるでしょう。JapaneseAさんは、なにかというと、はるみエリーさんの編集を追いかけて絡んでいくという行為を行い、それだけならいいのですが、はるみエリーさんの主張をあたかも間違っているかのように喧伝されるなどWP:BATTLEに抵触してる段階にきてしまってます。JapaneseAさんはクールダウンされるべきだし、第三者は、JapaneseAさんの意見を鵜呑みにせず、直接履歴を自身で確かめるべきでしょう。はるみエリーさんの編集内容は、Hmanさんの「夕刊フジ編集部や記者による取材・論評であれば、それは出典としては不適切と考えます」という言葉に反する編集はされてません。Hmanさんの主張をねじ曲げて解釈し、いつまでも納得しないのは、JapaneseAさんだけと言えるでしょう。少なくともノート:前川喜平と先行議論に上げられた議論を見れば、誤ってるのは、はるみエリーさんではなく、JapaneseAさんです。JapaneseAさんがヒートアップしているだけ、ということに注意を払い、依頼文は無視して、直接議論を見ないと見極めが出来ないので、注意が必要だと言えるでしょう。--ぽてから会話) 2017年8月7日 (月) 06:20 (UTC)

コメント はるみエリーさんの発言は「日本新聞協会への加盟が意味するところは、「雑誌」ではないということです。」です。新聞と雑誌を同一という概念で論じることを疑問視されてるわけですが、週刊誌はWP:NOTSCANDALにも注意しなければなりません。JapaneseAさんの発言は「本議題で問題としているのは、文責のはっきりしないかつ夕刊フジです。」ということですが、「文責のはっきりしない」記事など世の中に存在するのでしょうか?ということからして、JapaneseAさんの発言そのものが意味が不明であるという指摘はすでになされてる通りですよね。JapaneseAさんが、「新聞協会」に加盟してることは信頼出来る情報源ではないと主張されてますけど、そんなことは、はるみエリーさんはおっしゃってなく、議論すべき必要などないでしょう。文責のはっきりしない記事などというこの世に存在するのかよくわからないものが、いったいどの記事を指すのか不明な状態で議論しても、まったく徒労に終わるだけで、JapaneseAさんの依頼文がミスリードを誘ってますよね。書き直されないのであれば、この議論はクローズされるべきではないですかね。JapaneseAさんは、Hmanさんの発言を理解されてから出直されるべきでしょう。--ぽてから会話) 2017年8月7日 (月) 08:51 (UTC)

コメント 「文責」という言葉の使い方に個人差があるように思われます。試しにネット辞書で調べてみたところ、デジタル大辞泉では「談話を記事にした場合などの、書かれた文章についての責任」[18]と記載されており、「談話」などの発言者ではなくそれを文章にまとめた人物に文責があるものと思われます。この観点からいうと、上記の和田氏の発言をとりあげた記事の文責はあくまでも夕刊フジ側にあるのではないでしょうか。発言を記事としてまとめる際にどの発言を抜き出すかに執筆者の判断が入りますから、記事は和田氏の発言に記者のバイアスがかかったものになるでしょう。執筆者が専門家のケースと発言者が専門家で記事にしたのは別の記者のケースの場合では、後者の方がバイアスがかかる分信頼性は落ちるのではないでしょうかWP:NOTE信頼できる情報源に該当するかどうかはまた別問題かとは思いますが。個人的には発言の抜き出し方で恣意的な解釈も可能であるため、発言者が専門家というだけではWP:NOTE信頼できる情報源には該当しないように思われます。--SilverSpeech会話) 2017年8月7日 (月) 09:22 (UTC)ミス修正。--SilverSpeech会話) 2017年8月7日 (月) 12:00 (UTC)

Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?の議論において、文責による判断を基準とすることが合意された、と思い込まれているのはJapaneseAさんだけなので、文責が誰かを話合われることはあまり意味がないと思います。夕刊フジは、ケント・ギルバート氏の発言を捏造する可能性があるほど「信頼性が低い」わけではありません。
  • EULEさん「例えばケント・ギルバート氏のコラムだとして掲載されながら、実はギルバート氏のコラムではなかったというくらいに「信頼性が低い」情報源であるなら問題でしょうが、今回、俎上に乗っているのはそこまでのものではありません。」「そうではなく、事実関係に対する査読ということであれば、ギルバート氏の「言った内容」が「事実」であるということを、ウィキペディアの執筆者が査読した場合には問題になりますが、ギルバート氏が「こう言っている」という「事実」の査読は、それが夕刊紙であれ週刊誌であれ、検証可能な媒体に記載されている以上、問題はありません。もし、今回のケースで否定するなら、例えばギルバート氏そのものが信頼できない情報源とする以外なく、そもそもそこがクリアされた上での議論において、媒体を問題視するというのはピントがズレているとしか言いようがありません。」
  • Hmanさん「このケースの場合、その人が意見を表明した事が事実であることを証明できればよいとだけされています。まさか、夕刊フジがケント・ギルバート氏の発言を捏造したなどと想定することはできないでしょう。」
JapaneseAさんが、どの編集を「文責がどこにあるか不明」だと考えているのかなど、わからないことだらけの依頼をされていることがそもそもの問題なのですが、国会で政治家がこういった、政治家がこのような主張をしている、ということ事態を捏造することなど考えがたいため、媒体を問題視するのはピンとがずれていますというのが、当初の合意ラインであり、それについて維持で良いと思います。にもかかわらず、何度も除去しようとされていますが、いったい、過去のどの編集が問題だったのかを示してくださいと頼んでも示されないのは、どの編集も過去の合意に反する編集はしていないからだと思います。媒体が週刊誌であればWP:NOTSCANDALにも注意すべきなので、使用範囲は新聞よりも狭まるという違いもあります。JapaneseAさんだけが、Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?ですでに合意されたことを認められず、いつまでも納得しようとせず、理解しようとされないことについて、態度を改めて下さい。--はるみエリー会話) 2017年8月7日 (月) 09:51 (UTC)
  • コメント [19]について、「これは使用できない出典と考えます」というJapaneseA氏の考えについては、賛同できません。夕刊フジが「和田氏は24日未明、自身の公式ブログに」書いた内容を捏造するはずもなく、「夕刊フジによると、和田は〜とブログに書いている」と、書けば良いと思います。--61.205.2.162 2017年8月7日 (月) 10:53 (UTC) https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ノート:出会い喫茶&diff=65043325&oldid=65042998 JapaneseA氏の発言]から、WP:NOTRSはあくまでもタブロイド新聞(夕刊紙やスポーツ紙のような娯楽中心の大衆紙)について述べた方針であるにもかかわらず、JapaneseA氏が週刊誌のことだと思い込まれているだけだったことが判明しました。この井戸端は、根本的に、JapaneseA氏の誤解に基づく茶番だったことになってしまいましたね。--61.205.2.162 2017年8月7日 (月) 11:35 (UTC)目的外利用者のコメントに取消線。このIPは「目的外利用、WP:MEATの疑いも否定せず」としてブロックされました。--JapaneseA会話) 2017年8月8日 (火) 15:03 (UTC)
  • コメント はるみエリー氏は、夕刊フジは信頼できる情報源のなかでも信頼性が低いことを認め、WP:NOTRSに添った運用をし、Hman氏もWP:NOTRSの観点から記述せよと述べています。一方、JapaneseA氏は、週刊誌を夕刊フジ並の扱いをしろとWP:NOTRSにないことを言いだし、さらに、Hman氏の発言には反対だと言っている。この状況を冷静に比べると、はるみエリー氏の編集は妥当であり、むしろ、JapaneseA氏が、サンデー毎日や週刊朝日にもWP:NOTRSを認めろという、方針にない独自なことを言い出している、ということになるでしょう。はるみエリー氏が「夕刊フジを特別扱い」して滅茶苦茶な編集をしているのかと思いきや、実態は、方針に添った至極まともな編集をしている。一方、JapaneseA氏が「夕刊フジだけ特別扱いするな」とアピールするが実際は誰も特別扱いしていない、ということが事実だということです。JapaneseA氏の言うことはまともではないですね。騙されそうになりました。--110.134.152.126 2017年8月7日 (月) 20:19 (UTC)
  • コメント 日刊ゲンダイやダイヤモンド・オンラインは使って良い出典ですから、このようにいきなり除去することはできませんよね。JapaneseAさんは、どうやら、日刊ゲンダイやダイヤモンド・オンラインレベルの出典を書かせないようにしたいみたいですが、それはさすがに認められませんよ。編集合戦してまで除去する根拠がないのはもちろん、原則として、帰属化すれば記述できると方針で認められてます。しかもJapaneseAさんが「文責が文責が」と拘っておられる点についても、文責がジャーナリストなので、まったく除去する理由はありませんね。JapaneseAさんによる方針の悪用は見過ごせませんし、方針の改悪解釈でしかありません。JapaneseAさんはクールダウンしてください。--ぽてから会話) 2017年8月8日 (火) 07:21 (UTC)
こんにちは。Moon.riseです。ぽてからさんのコメントから、出会い喫茶の除去編集を見てまいりました。片方の日刊ゲンダイについては、「帰属化すれば記述できる」という条件に当てはまらないと思います。つまり、除去で適切だと思います。日刊ゲンダイは大衆紙であり、Wikipedia:検証可能性#信頼性に乏しい情報源より、あまり重要でないものならば除去になります。私の感覚では、ここで特例を使うほどの重要な情報には見えませんでした(基本的には、記事は信頼できる情報源を使って書かれるべきです)。もうひとつ、大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?の合意に合致するかとなれば、これはまったく条件を満たしません。条件は「夕刊紙であれ週刊誌であれ、検証可能な媒体に、専門的な相応の権威ある人物があくまで記名で寄稿もしくはインタビューなどに応じた場合」です(このページの別の位置に詳述しています)。日刊ゲンダイの記事[20]は、専門的な相応の権威ある人物がまるごと書いた(寄稿した)記事ではありません。尾越まり恵氏(ライター)がちらりと意見を出しているのでは、これには合致しません。また、尾越まり恵氏はまったく、専門的で権威のある立場の人物とは評価できません。
さてしかし、申し訳ないのですが、もう片方のダイヤモンド・オンラインの記事[21]については、私には評価ができません。週刊ダイヤモンドと同程度の「信頼性」なのかもしれませんが、出会い喫茶にとって信頼できる情報源かどうかは、そうかもしれず、そうでないかもしれず(私には分からない)です。なお、筆者の竹井善昭氏について評価しておくと、専門的で権威のある立場の人物とは評価できません(Amazonで一冊著書がある程度のため)。「出会い喫茶の専門家」ということもないでしょう。結局、ダイヤモンド・オンラインが通常の意味で「信頼できる情報源」と評価できるか次第、ではないでしょうか。--Moon.rise会話) 2017年8月8日 (火) 08:04 (UTC)

大衆紙・週刊誌は政治系記事の信頼できる情報源になるか[編集]

(サブ節追加。ご了承いただきたいです--Moon.rise会話) 2017年8月9日 (水) 14:34 (UTC))

  • コメント 「夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙」については、多くの政治系記事で使用されている実態があります。夕刊フジは新聞系、日刊ゲンダイは雑誌系なので、多少の違いはあると思いますが、いずれにせよ、大衆紙であることを否定はしていません。JapaneseAさんの依頼文につられるようなかたちで、違いだけを述べたところ、なにが誤解を招く結果になってしまっているような気がしましたので、改めて述べます。現状、民進党都民ファーストの会などの政党記事でも「夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙」や「ダイヤモンド、プレジデント」など経済誌は出典に使用されています。「〜紙によると」と帰属化せずに用いていることもありますが、なにか問題が起こっていますでしょうか?「夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙」については原則出典に使用できますし、専門家や政治家の発言であるとか、2次資料としての使用を禁止する根拠は、Wikipediaの方針にはありません。スポーツ紙で存命人物の伝記に否定的な情報であるとか、瑣末な情報であるとか、将来の予測であるとか、記述すべきではないことである場合に使用しなければ良いと思います。ちょっと、ここで冷静になって考えてみて下さい。スポーツ平和党に所属しているアントニオ猪木猪木快守の記事から、「スポーツ紙をすべて除去せよ」などと言い出すのは、馬鹿げたことだと思いませんか? お笑い芸人知事になったりしますし、どんなバックグラウンドのある人が政治家になるか予測出来ない世の中です。「夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙」を使うな、とか、合意形成してからじゃないと認めないなどと言われること自体が、現実的に混乱を招くだけにすぎないと思いませんか? 「夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙」出典記述を、出突然除去してまわる行為が本当にWikipediaに貢献を生むのでしょうか? JapaneseAさんが依頼文で先行議論としてあげられたのは、WP:NOTGOSSIPに反する週刊誌だけですので、除去するのは当たり前であり、「夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙」を使うなの先行議論でもなんでもありません。JapaneseAさんは、「夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙」の使用により記事が破壊されたなどの例をあげられることもないので、結局、空論にすぎない考えであると思います。「夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙」や「ダイヤモンド・プレジデント」などの経済誌を、政治系記事から消してまわるなどの行為は行うべきではありませんし、Hmanさん発言の合意ラインを変えなければならない理由は一つも示されていません。厳に、それらの出典を今使用している、民進党都民ファーストの会アントニオ猪木猪木快守などから、スポーツ紙はダメ、などと疑義が発せられたこともありません。--はるみエリー会話) 2017年8月9日 (水) 08:19 (UTC)
コメント Moon.riseです。はるみエリーさんのコメントを受けまして、「大衆紙・週刊誌は政治系記事の信頼できる情報源になるか」を論じたいと思います。JapaneseAさんの本議論からはやや離れるので、サブ節を入れてみることにいたしました。ご了承いただけますと幸いです。
まず、対象となる記事内容を「政治系記事」という範囲にすることを、前提にさせていただきます。「科学系の記事では朝日新聞(高級紙)が必ずしも信頼できる情報源とはみなされない」ということを、ここで議論に含む必要はないでしょう。また、「スポーツ系の記事では東京スポーツ(大衆紙)が信頼できる情報源とみなせる余地がある」ことも、直接的には政治系記事には関係しません。このように、記事で扱う対象が何であるかは、何が信頼できる情報源かを判断するのに、とても重要になります。
次に、Hmanさん発言の合意(この引用がたいへんに人気ですが、WP:Hmanみたいなショートカットになりませんかね? すみません。冗談です)については、ここでは場合として特に取り上げません。「夕刊紙であれ週刊誌であれ、検証可能な媒体に、専門的な相応の権威ある人物があくまで記名で寄稿もしくはインタビューなどに応じた場合」というのは、そもそも状況限定の強いものです。「安倍晋三首相の寄稿」といった記事の場合にご検討ください。
あまりにも基本的なWikipedia:検証可能性の方針からですが、「記事には、信頼できる情報源が公表・出版している内容だけを書くべきです」「記事に新しい内容を加筆するときは、信頼できる情報源―出典(参考文献)―を明らかにすべきです」ということが、議論の余地のない三大方針です。「出典=信頼できる情報源」ということで、意味はまったく一致するものです。
信頼できるかどうかの区分を追加して整理してみます。(「大衆紙vs週刊誌」の節より引用して追記)
  • 公刊&信頼できる:朝日新聞(高級紙) →出典になる
  • 公刊&信頼性に乏しい:夕刊フジ(大衆紙),サンデー毎日(週刊誌) →出典にならない
  • 公刊されていない:自費出版の本,TVで見た →出典にならない
この区分を見れば、基本的に「大衆紙・週刊誌は政治系記事の信頼できる情報源(=出典)にならない」というのは明確です。
まずは「本当に、政治系記事で夕刊フジ(大衆紙)・サンデー毎日(週刊誌)は、信頼できる情報にならないのか?」ということを考えますが、「大学レベルの教科書(略)主流の新聞などは信頼できる情報源です(何を信頼できる情報源とするか)」を見ても、「信頼性に乏しい情報源とは、事実確認について評判がよくない情報源、あるいは事実確認の機能を欠く情報源、または編集上の監督を欠く情報源です(信頼性に乏しい情報源)」「例えばタブロイド新聞(夕刊紙やスポーツ紙のような娯楽中心の大衆紙)のような、信頼性に乏しい出版物(信頼性に乏しい情報源)」を見ても、方針・ガイドラインは基本的に高級紙を信頼できるとする態度、大衆紙を信頼性に乏しいとする態度です。
そもそも政治系記事は、信頼できる情報源である高級紙などによる一次資料が、容易に入手できる分野です。何が事実であるか、検証可能性を満たすために、単行本や高級紙を頼るようにすればよいでしょう。Wikipedia:信頼できる情報源にも、「編集者は複数の情報源の信頼性を評価し、できる限りより信頼でき、よりすぐれていると一般に認められているものの中から、出典を幅広く選ぶようにして下さい。信頼できる情報源であるかぎり出典は一つである必要はなく、複数挙げられていることがむしろ好ましいです」と書かれています。政治系の情報で、読売新聞も報じない、朝日新聞も報じない、毎日新聞も報じない、産経新聞も報じないことを、ウィキペディア編集者があえて事実として書き残す必要があるのでしょうか? これを考えますに、政治系記事で大衆紙・週刊誌がまとめて「出典にならない」ことは、方針・ガイドラインで言及された基本的判断を超えてまで再考する必要はないと思います。
  • 現状、民進党都民ファーストの会などの政党記事でも「夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙」や「ダイヤモンド、プレジデント」など経済誌は出典に使用されています
  • 「〜紙によると」と帰属化せずに用いていることもありますが、なにか問題が起こっていますでしょうか?
まず、この場合に夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙は出典には該当しないので、「出典に利用されています」という表現をされるのは、厳密には正しくありません。出典ではありません。<ref></ref>タグがあるだけで、結果的には「出典のない編集。除去することができる」という状態です。また、現状で問題が起こっていないことは、必ずしも方針・ガイドラインに合致している証明にはなりません。
この場合、アントニオ猪木猪木快守が、政治系記事でもあり、スポーツ系記事でもあると考えますが、いかがでしょうか。例えばアントニオ猪木氏についても、大衆紙・週刊誌を出典(=信頼できる情報源)として使う箇所は、スポーツ系の情報に限るべきだと思います。
  • 「夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙」については原則出典に使用できますし、専門家や政治家の発言であるとか、2次資料としての使用を禁止する根拠は、Wikipediaの方針にはありません
それは違うと思います。夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙については原則出典に使用できません。2次資料としての使用を禁止する根拠は、「記事には、信頼できる情報源が公表・出版している内容だけを書くべきです」というWikipediaの方針があります。二次資料であっても、情報源の信頼性は重要になりますし、事実確認について評判がよくない情報源(大衆紙など)を認めないことは適切な判断です。
  • JapaneseAさんが依頼文で先行議論としてあげられたのは、WP:NOTGOSSIPに反する週刊誌だけですので、除去するのは当たり前であり
WP:NOTGOSSIP(ウィキペディアは演説台、広告宣伝の手段ではありません)の内容から明らかなことですが、この方針は情報源の差別なく、あらゆる記述に対して適用されます。「週刊誌だけ」ということは決してあり得ません。WP:NOTGOSSIPであるかどうかは、情報源をチェックしているのではなく、記事内容をチェックしているものです。例えば、「記事は、とりわけ時事問題に関するものでは、記載内容の間に妥当な釣り合いが取れるように配分」これに該当したのであれば、朝日新聞(高級紙)でも夕刊フジ(大衆紙)でも除去されます。--Moon.rise会話) 2017年8月9日 (水) 14:34 (UTC)
ここまでくると、本題から離れすぎだと思います。また、Moon.riseさんが想定されている「政治系記事」が何を指すのかなども曖昧すぎて、議論が不可能です。あるテレビ番組、漫画、映画、サッカーの試合などが政治性を帯びることはありますが、そういう現実を理解された上の発言であるとは到底思えません。特に、スポーツ平和党の議員だけは政治系記事とスポーツ記事を兼ねるからスポーツ記事は良い、とか、そういう小手先のルールを増やすなどは絶対にやめたほうが良いです。政治家でもある芸能人は?お笑い芸人は?映画監督は?予備校講師は?大学教授は?主婦は?など、際限なく例外が存在します。「政治系記事(厳密に何を指すのかわかりかねますが)」には必ず大量に出典があるというのもただの幻想にすぎません。時事問題であればあるほど学術誌などは少ないものです。政治系記事の新聞の誤報は非常に多いことをご存じですか?政治に関する論評は、新聞社の社説などを羅列するなどは望ましくないのに、無条件で新聞だけしか使えないようにしてしまうと、記事の質が下がってしまいます。政治家でもある横山ノックはほとんど出典がついていません。民進党都民ファーストの会の記事でさえ、スポーツ紙を出典に使用されていますが、それを禁止して無出典や大衆紙は全部除去してまわれというのでしょうか。議論を拡散させすぎであり、ここでこれ以上議論するのはやめるべきだと思います。Wikipediaは検閲主義ではありませんから、政治系だけはこの出典を使ってはいけないなどと決めることが、そもそもWikipediaの精神に逆行しています。普段政治的な編集をされていない方であればあるほど、とくに、現実離れした空論をおっしゃる傾向があると感じます。--はるみエリー会話) 2017年8月9日 (水) 15:22 (UTC)

コメント たとえば、安倍内閣 (劇作品)も政治系記事ですが、ただの芸能記事だと考える人もいるかもしれません。政治系記事は、などという検閲ルールを作った場合、かえって、これは政治記事だとか芸能記事だとか、逆に争いを誘発してしまう悪い予感しかしません。このように、ちょっと考えただけでも、変なルールさえつくらなければいらなかった争いを作る危険性があります。「政治系記事」だけなどという独自検閲には、絶対に反対という立場を表明しておきます。--はるみエリー会話) 2017年8月9日 (水) 15:35 (UTC)

Moon.riseです。まずちょっと驚いたのですが、はるみエリーさんは、ウィキペディアでは検閲は行われません(WP:CENSOR)をまったく誤解されています。方針・ガイドラインには「出典(信頼できる情報源)に関する方針」と「ウィキペディアの記事に関する方針」があり、それぞれがどちらに適用される方針なのかは、厳密に区別していただかなくてはなりません。WP:CENSORは、記事にのみ適用される方針です。ウィキペディアは演説台、広告宣伝の手段ではありません(WP:NOTGOSSIP)の話題の時にも気になったのですが、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#内容の節は、すべて記事にのみ適用される方針です。辞書ではない、独自の考えを発表する場ではない、演説台や広告宣伝の手段ではない、教科書・学術雑誌ではない、新聞ではない、検閲は行なわれない。すべて記事にのみ適用されることであり、出典(信頼できる情報源)にはまったく関係がありません。何が信頼できる情報源であるかについて検討することは、三大方針にとって不可欠なことです。独自検閲ルールなどでは断じてありません。「多くの場合に大衆紙は出典にならない」ということは三大方針から出てくるものであり、それを否定しては始まりません。そもそも、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#内容が、出典に関する方針ではないことは、ウィキペディアは新聞ではありません(WP:NOTNEWS)からもすぐに分かることです。これを見て、「そうか、ウィキペディアでは、出典に新聞は使えないのだ」と思うのであれば、本当に間違った判断をすることになります。とりあえず、「政治系だけはこの出典を使ってはいけないなどと決めることが、そもそもWikipediaの精神に逆行しています」というご主張だけは、撤回をお願いいたします。お考えいただけますと嬉しいです。--Moon.rise会話) 2017年8月9日 (水) 16:37 (UTC) 語調が強すぎたかなと思い一部取り消し処置させてください。--Moon.rise会話) 2017年8月9日 (水) 16:54 (UTC)
驚いているということであれば、そうとう客観性を失っている状態であると思います。結局、どんな問題がおこっているかという問いに答えもありません。これ以上、本題から逸れる議論をすることはやめたほうが良いと思います。Moon.riseさんの提案は現実離れしていますし、そもそも、曖昧で具体性もないので議論することさえ困難なことには変わりありません。また、どのように表現を変えられようとも、WP:CENSORに反する提案であることに変わりありません。「多くの場合に大衆紙は出典にならない」というMoon.riseさんの極論も三大方針と異なる見解です。--はるみエリー会話) 2017年8月9日 (水) 17:01 (UTC)
Moon.riseです。今はとりあえず、ウィキペディアでは検閲は行われません(WP:CENSOR)についてだけ、反論するようにしております。「どのように表現を変えられようとも、WP:CENSORに反する提案」ということは、はるみエリーさんがリンク先を読まれていない、というレベルのお話ですが、大丈夫でしょうか? わざわざ引用すれば「しかし、記事の内容に関連したものであるため、不快に感ずる人がいるかもしれない記述、画像、リンクが含まれている記事もあります。不快に感じるおそれのある内容についての議論は、それが不快に感じられるかどうかという点ではなく、その内容を記事に含めることが適切かどうかという点に焦点を当てるべきです」「とりわけ、引用に際しては、引用部分に不快感を与え得る言葉があっても、これを検閲して除去してはいけません」つまり、どう読んでも、記事内容についての話です。要約すれば「記事内容に不快な部分があっても検閲して除去しない」です。Wikipedia:検証可能性に反する内容が除去されるのは、WP:CENSORに反することではなく、当然の判断です。--Moon.rise会話) 2017年8月9日 (水) 17:18 (UTC)

コメント Moon.riseです。ノート:豊田真由子からですが、はるみエリーさんの投稿を引用させていただきます。[22]

「週刊誌だから、あるいは、大衆紙だから、といったカテゴリー論でサンデー毎日について論じるのは、まったくの間違いです。」というご意見については否定されたことがハッキリしたと思います。WP:NOTRSでは、娯楽中心の大衆紙は「信頼性に乏しい出版物」とされています。方針で定められていることを個人の解釈で勝手に変えることはできないので、ここでいくら議論してもまったくなんの意味もありません。方針を変えたいのであれば、適切な場所で議論してください。--はるみエリー会話) 2017年7月17日 (月) 15:03 (UTC)

この機会にすでにはるみエリーさんは、「大衆紙は信頼性に乏しい出版物」ということを自ら主張されています。Moon.riseの主張である「大衆紙・週刊誌は政治系記事の信頼できる情報源(=出典)にならない」と異ならないものです。 「娯楽中心の大衆紙は「信頼性に乏しい出版物」とされています」というはるみエリーさんの主張が、自ら「「夕刊紙、大衆紙、スポーツ紙」については原則出典に使用できますし」[23]というはるみエリーさんの主張に矛盾するものです。私としましては、不思議に思わざるを得ません。--Moon.rise会話) 2017年8月9日 (水) 18:01 (UTC)

和田政宗議員のブログを夕刊フジが報じた記事はWP:BLPに反するか[編集]

コメント Moon.riseです。JapaneseAさんが出された議題の2点目、「和田政宗議員のブログを夕刊フジが報じた記事はWP:BLPに反するか」について、これまでにコメントを寄せられた方が見つけられませんでした。そこでコメントさせていただくにあたり、勝手ながらサブ節を入れさせていただきました。

  • 和田政宗議員がブログで「メディアに文書を持ち込んだのは(以下イニシャル)」と報じる
  • 夕刊フジがそれを引用して「(省略)和田政宗議員、加計学園「怪文書」犯人を告発」と報じる[24]

これはいけません。難しく考えるまでもなく、自然に考えて、完全にWikipedia:存命人物の伝記(WP:BLP)違反は明白じゃありませんか。

「夕刊フジのケント・ギルバート氏のコラム」は、なぜ夕刊フジだけが報じていたのかといえば、夕刊フジ=ケント・ギルバート氏での契約があったからです。それを、大衆紙ではない高級紙など、他の情報源が同じ内容を報じることができなかったのは、ひとえに夕刊フジ=ケント・ギルバート氏での契約の問題です。まさか、例えば朝日新聞が、コラムと全く同じ内容を記事で出せるはずもありません。こういう場合には、「掲載が大衆紙だったから」「掲載が週刊誌だったから」ということではなく、本当に特別に「信頼できる情報源」とみなして扱っても、問題にはなりませんねということです。これが大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?での結論ということです。

難しく考えるのではなく、自然に考えて、今回報じられた内容を見てください。和田政宗議員のブログはその段階ですでに、言及した相手をイニシャルにしており、相手方に対する名誉棄損にもつながると分かっていたことは明らかです。そして、この内容は「夕刊フジと契約したから夕刊フジの記事になった」わけではありません。むしろ、公開されたブログには読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞でも、とにかく大衆紙ではなく「信頼できる情報源となる出版機関」がアクセスして、記事にすることが可能だったのです。大衆紙である夕刊フジが記事として拾うのに対し、それ以外の高級紙などが「見なかったことにした」のはなぜでしょうか? 記事にする価値がないと考えたか、いえ何よりも、名誉棄損などの問題になることを危惧したからでしょう。

この情報が、後に間違いだと否定されたら、和田政宗議員はどうするのでしょうか? 和田議員が訴えられたらどうするのでしょうか? 和田議員でさえとりあえずイニシャルにした、そんな怪情報を、Wikipediaに記載するのは明らかに危険なことです。あまりにも明白なWikipedia:存命人物の伝記(WP:BLP)の方針の無理解であり、大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?での結論に対する無理解です。

なお、JapaneseAさんの「文責は和田氏ではなく編集部と判断」かどうかというご質問には、淡々と「文責は編集部」とお答えさせていただきます。また、添えておきますと、夕刊フジはこのような記事を出すからこそ、「事実確認について評判がよくない情報源」であり、「信頼性に乏しい出版物」であり、「夕刊紙やスポーツ紙のような娯楽中心の大衆紙」という評価になるのです(WP:NOTRS)。無論のこと「存命中の人物に関する否定的な情報で参考文献や出典の無い、あるいは貧弱な情報源しかないものは、項目本文およびノートから即刻除去するべきです」(WP:BLP)という対応です。--Moon.rise会話) 2017年8月9日 (水) 19:01 (UTC)

和田議員が訴えられていないということが全てです。しかも、それを「怪情報」と断じることは、逆に、和田議員を侮辱する発言です。「「総理のご意向」と書かれた文書は、前川さんが報道機関に流したのか。」という質問に、前川氏は「情報の流出元については私はコメントしない、ということでご理解いただくしかない。[25]」と回答するなど否定するチャンスがあっても明確に答えていません。前川氏の発言を両論並記すべき案件となると思います。あまり経緯をご存じないようですが、自分が書いたメールが新聞に全文掲載されたのだから、自身で新聞社に持ち込んだのかと思う人があっても驚くことではないと思います。和田議員は国会議員ですし、根拠に基づく批判なのですから、和田議員がなにか法的に問題があることをしたかのように決めつけるのはやめたほうが良いと思います。公人が公人を批判することは当然です。批判を書いてはいけないという方針ではありません。事務次官のような公人を国会議員が根拠に基づいて批判する発言が、2次資料で確認されています。非常に誤解なさっているみたいですが、なにも法的リスクはありません。各種方針の無理解が甚だしいようですが、削除の必要もありませんので、削除依頼も取り下げされたほうが良いと思います。--はるみエリー会話) 2017年8月9日 (水) 23:37 (UTC)

大衆紙vs週刊誌[編集]

(IPが変わっていましたが、今の所ここのIPは全部一人=私です) 直近いくつかの発言を見ると、どうも根源的な相違点は、大衆紙(夕刊フジ、日刊ゲンダイなど)と週刊誌(サンデー毎日など)の間に優劣があるかどうか、であったように見えるのですが、それでいいでしょうか。日刊ゲンダイは雑誌だから週刊誌に近くて上の分類ではどちらとも言えない、という人もいるかもしれませんが、多分ごく少数派ですよね。研究者の間では、日刊ゲンダイは新聞相当の扱いが一般的ですので。それで、大衆紙は週刊誌よりましだ(ご本人の言葉では「『サンデー毎日』よりは夕刊フジのほうが信頼できます」)、という主張がぽてからさんからありました。私にとってはこれ、結構驚される主張なのですが、その根拠は何でしょうか? 「夕刊フジは週刊誌と同じではないことは議論するまでもありませんよね」(強調引用者)という発言もありましたが、こと信頼性に関しては、それほど圧倒的な賛同が得られそうな意見とは思えません。たとえば発行間隔や販売手法はもちろん違いますが、大衆紙である新聞と週刊誌である雑誌とは信頼性の観点でほとんど区別できない、同程度のもの、という判断は十分あるかと。 --49.239.70.113 2017年8月4日 (金) 08:50 (UTC)

これまで、JapaneseAさんとも、産経系列だと、産経新聞>夕刊フジ・ironna・正論(ケースバイケース)>週刊新潮・週刊文春・週刊朝日・サンデー毎日・・・、という暗黙の了解は存在してたと認識してます。Hmanさんも、文責が明確な記述は「夕刊フジによると」と記述しても良いというご発言があり、それに納得してますけど、週刊誌出典のみで誰々が発言した、などは記載すべきではないと言えるでしょう。夕刊フジはあくまでも新聞であり、雑誌である週刊誌と同一だと主張されるのであれば、新たな主張なので根拠を出されるべきでしょう。これまでのHmanさんの発言で合意が形成されてるわけですが、それを根本的に覆す内容ですよね。--ぽてから会話) 2017年8月4日 (金) 09:00 (UTC)
その暗黙の了解は「夕刊フジ」のみ間違っています。そんな了解はしていませんので。--JapaneseA会話) 2017年8月6日 (日) 16:38 (UTC)
上記発言であきらかとなったのは、JapaneseA様が逆に「夕刊フジ」を特別扱いしている、ということではありますまいか。JapaneseA様のコメント依頼で話合うべきであると考えられます。--RXX-7979Ⅲ会話) 2017年8月6日 (日) 17:32 (UTC)
大衆紙はあくまでも新聞のカテゴリにおける大衆紙であり、方針上、雑誌と比較した言及がないため、大衆紙と週刊誌を同一だと結論づけることは出来ないのではないでしょうか。媒体というより、書いてある中身によって、記述すべきかそうではないかが変わってくるはずです。大衆紙と週刊誌が同一とする、モデルAの枠で議論するのはそもそも間違っています。--61.205.2.162 2017年8月7日 (月) 10:46 (UTC)目的外利用者のコメントに取消線。このIPは「目的外利用、WP:MEATの疑いも否定せず」としてブロックされました。--JapaneseA会話) 2017年8月8日 (火) 15:03 (UTC)


こんにちは。Moon.riseと申します。Wikipediaの方針・ガイドラインとして、一次資料としての大衆紙と週刊誌の扱いに差異はないという主張、および根拠を書かせていただきます。 こちらは井戸端ですから、一般論(個別具体的記事のことではない)になります。

今から例として名前を挙げるのは「朝日新聞(高級紙)」「夕刊フジ(大衆紙)」「サンデー毎日(週刊誌)」「自費出版の本」「TVで見た」の5種類としておきます。それぞれの具体名に深い意味はございません。「産経新聞(高級紙)」でも「東京スポーツ(大衆紙)」でも何でもよかったと付記しておきます。 また、「夕刊フジ(大衆紙)」などを話題の中心としていることから、今回は「一次資料として」という見方をしております。「二次資料として」では、また状況に応じて扱いが異なる場合もあります。

一次資料に限らず、「信頼できる情報源から公開されている情報だけを記事に書くことができる(Wikipedia:検証可能性Wikipedia:信頼できる情報源)」ということは、今さら確認は必要ないでしょう。一次資料としての話になると、Wikipedia:信頼できる情報源より、「ウィキペディアの記事で一次資料を使ってよいのは、信頼できる出版元から公刊されている場合だけです」とされています。さらに、Wikipedia:独自研究は載せないより、「ウィキペディアにおいて一次資料を使用してよいのは、事実について率直な記述を行う場合のみ」とされています。

まずここまで、各人によって意見が分かれないであろう要素として、公刊された情報源であるか否かという区分について見ることができます。

  • 公刊されている:朝日新聞(高級紙),夕刊フジ(大衆紙),サンデー毎日(週刊誌)
  • 公刊されていない:自費出版の本,TVで見た

信頼できる情報源の評価についてですが、Wikipedia:信頼できる情報源より、「以下に、信頼できる情報源の類型と情報の信頼性について幾つかの具体例を取り上げますが、それが全てというわけではありません。その時々の状況によって、正しい出典の用い方はいつも同じではありません。その作業には常識的感覚と編集上の判断が不可欠です」とされています。何が信頼できる情報源であるかは、その具体的状況によって判断されるべきであり、例えば「朝日新聞(高級紙)であればいつでも常に信頼される」ということは、ありません。これは重要なことです。しかし、各記事ノートで「ではまず、今回の朝日新聞の信頼性を疑うところからですが……」という議論の始め方をするのは、これも多少現実的ではありません。今回ここでの一般論として、ガイドラインという意味で「朝日新聞(高級紙)」「夕刊フジ(大衆紙)」などの区分を見ていくのは、現実的であるものと考えて続けます(厳密さが気になる方は、以下の記述の適切な位置に「多くの場合には」という語を補って読むようにしてください)。

また、信頼性に乏しい情報源を「まったく記事に書くことができない」かというと、そうでもないとされています。Wikipedia:検証可能性#信頼性に乏しい情報源では、「ある情報が、例えばタブロイド新聞(夕刊紙やスポーツ紙のような娯楽中心の大衆紙)のような、信頼性に乏しい出版物ひとつの上にしか見つけられないという時があり得ます」「その情報があまり重要でないものならば、それを除去してください。もしもその情報が重要で残す値打ちがあるものならば、それを件の情報源によるものと明示してください」とされています。つまりここで、信頼性に乏しい情報源には「除去」「情報源明示の上で記載」という、ふたつの判断の行き先があるということになります。

信頼できるかどうかの区分を追加して整理してみます。

  • 公刊&信頼できる:朝日新聞(高級紙)
  • 公刊&信頼性に乏しい:夕刊フジ(大衆紙),サンデー毎日(週刊誌)
  • 公刊されていない:自費出版の本,TVで見た

丁寧に述べるのであれば、さらに取り除かれるべき(扱いを別にする)対象もあります。例えば「政党や宗教団体のウェブサイトや出版物」は、「政治的主張や宗教的信条が含まれていなくても注意して扱うべきであり、情報源として使わない理由になります(Wikipedia:信頼できる情報源)」という特別扱いをするべきです。しかし、上記5種類は扱いを別にする対象ではなく、区分されるべき所に収まったと考えます。

「朝日新聞(高級紙)」の区分について、「大学レベルの教科書(略)主流の新聞などは信頼できる情報源です(Wikipedia:検証可能性#何を信頼できる情報源とするか)」であり、多くの場合には異論のない所でしょう。「夕刊フジ(大衆紙)」「サンデー毎日(週刊誌)」の区分について、Wikipediaの方針・ガイドラインからすれば収まるべき所はここです。信頼性に乏しい情報源とは、「事実確認について評判がよくない情報源・事実確認の機能を欠く情報源・編集上の監督を欠く情報源(Wikipedia:検証可能性#信頼性に乏しい情報源)」です。「例えばタブロイド新聞(夕刊紙やスポーツ紙のような娯楽中心の大衆紙)のような」というのは、あくまでも一例の提示であり、この例に挙がらないからといって、信頼性に乏しい情報源という評価を免れるわけではありません。

大衆紙と週刊誌がいずれも同じ区分(信頼性に乏しい情報源)になる以上、Wikipediaの方針・ガイドラインとして、記事に使えるかどうかは「除去」「情報源明示の上で記載」というどちらかに行き着きます。一般論としては「夕刊フジを除去」「夕刊フジを記載(情報源明示)」「サンデー毎日を除去」「サンデー毎日を記載(情報源明示)」という、いずれの場合もあり得ます。そして、それは個別具体的記事に応じて、個別に判断するべきことです。たった一度「夕刊フジを記載(情報源明示)」という判断があっても、いつも記載する理由にはなりません。同じく、たった一度「サンデー毎日を記載(情報源明示)」という判断があっても、いつも記載する理由にはなりません。

「サンデー毎日は週刊誌である」これは事実です。「サンデー毎日は週刊誌である。だから、いつでも常に除去される」これは事実ではありません。Wikipediaの方針・ガイドラインは、「信頼性に乏しい情報源」という下に、「もっと信頼性に乏しい情報源」という区分を持ってはおりません。最後に繰り返しいたしますが、「以下に、信頼できる情報源の類型と情報の信頼性について幾つかの具体例を取り上げますが、それが全てというわけではありません。その時々の状況によって、正しい出典の用い方はいつも同じではありません。その作業には常識的感覚と編集上の判断が不可欠です(Wikipedia:信頼できる情報源)」ということで、お願いいたします。--Moon.rise会話) 2017年8月7日 (月) 17:09 (UTC)

ケースバイケースということについてはその通りです。しんぶん赤旗の信頼性の程度についても、その通りだと思います。JapaneseAさんが主張されているのは、政治家発言・国会発言について、二次資料として夕刊フジを使うな、ということを言われたり、風俗店のような大衆文化に関係する記事において、ダイヤモンド・オンラインや日刊ゲンダイのジャーナリストの記事を使うな、ということであったりします。ここまで話してなんですが、やはり、利用者のコメント依頼で話すべき内容なのかもしれません。Moon.riseさんのコメントは、JapaneseAさんの編集行動が不適切であることを裏付ける意見になっていますが、それを第三者が理解することはもはや困難になってしまっていると思います。--はるみエリー会話) 2017年8月8日 (火) 10:11 (UTC)

Hmanさん発言の合意形成ラインの再考が必要か?[編集]

大学レベルの教科書・権威的な出版社からの書籍・雑誌・論文・主流の新聞などは信頼できる情報源です。夕刊フジは日本新聞協会加盟の「主流の新聞」に近い夕刊紙です。ケースバイケースで出典に使用できるということですでに合意済みです。一方、一般週刊誌や写真週刊誌はゴシップ中心の編集方針であり、信頼できる情報源ではありません。「週刊新潮の編集方針は3つ。金銭欲、色欲、権力欲」だそうですが、こういう編集方針は、「新聞」とは開きが大きいです。夕刊フジについては、文責が高橋洋一、政治家の発言の2次資料、のパターンの出典としての利用が記憶に新しいのですが、Hmanさん発言のラインでそれはすでに記述可能と合意済みの範疇であると思います。JapaneseAさんの主張はそのラインを改めて再考すべき、という議論の蒸し返しにすぎないという指摘がありますが、再考を求めていなければ、この議論は必要ないと思います。JapaneseAさんは、一方で、雑誌オルタナとしんぶん赤旗という貧弱な情報源を帰属化さえもせずに記載されるなど[26]、当然即時除去すべき記述を除去させないなどのダブルスタンダードな行動をとられてますが、この井戸端についてもその延長線上のいい加減な内容にしか思えません。「本議題で問題としているのは、文責のはっきりしないかつ夕刊フジです。」についても、結局、「文責のはっきりしない」が何を指すのかよくわかりません。なぜ、具体的に、この編集がいいかどうか、という話をされないのでしょうか。合意形成ラインについて言及されたHmanさん発言「「○○の関係者によると」「△△に近い筋によると」はダメ、「○○によれば××である」と、その論を紹介する事は可能」に改めて賛同しますし、それに反する編集は意図してません。文責のはっきりしない云々などということさえ、JapaneseAさんが後から言い出されたことであり、Hmanさんの発言をご理解されてないだけです。改めて、Hmanさんによる「「○○の関係者によると」「△△に近い筋によると」はダメ、「○○によれば××である」と、その論を紹介する事は可能」を合意形成ラインとして維持することに賛同し、それに反する編集は意図してないこと、再考の必要性がないことをお伝えし、かつ、JapaneseAさんのいつまでも納得されない行動については強く抗議せざるをえません。--はるみエリー会話) 2017年8月4日 (金) 10:56 (UTC)

「文責が高橋洋一」については(私は反対ですが)前回の合意に従っていますので、再考は求めていません。--JapaneseA会話) 2017年8月6日 (日) 16:38 (UTC)
「私は反対ですが」というのが問題ではありますまいか。文責の線で除去することが不可能だということが判明したら、今度は、高橋洋一氏を専門家とは認めないなどという意味不明ないちゃもんを付けられる始末。井戸端で話合うことではなく、JapaneseA様のコメント依頼で話合う必要があるのではありますまいか。はるみエリー様が主張される政治家発言の2次資料使用についても、Hman様の主張と合致することを、JapaneseA様が認められていないだけ、ということについても再考されるべきと考えられます。--RXX-7979Ⅲ会話) 2017年8月6日 (日) 17:31 (UTC)

こんにちは。Moon.riseです。Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?のHmanさんのご発言が、井戸端での合意として大変な人気になっているみたいです。ここで、そのご発言をより深く追求(つっ込み)させていただこうと思います。 [27]

健康を害しておりまして、私がコメントを行う前にどうやら落着してしまった様です。ですが、妥当な結論に落ち着いた様でほっと致しました。結局、情報源の解釈については、EULE氏の仰る『一般に大衆紙、ゴシップ紙が信頼できないとされるのは情報源が曖昧な場合においてです。「○○の関係者によると」「△△に近い筋によると」などのような記事が典型例かと思います。』と言う点、また同時にKojidoi氏の仰る様に、記事にとって要不要は情報源のみに依存するものではない点に尽きるでしょう(私もたまに、出典があれば何でも書いていいわけじゃないんですよ!とか言いますし)。まあ検証可能性の文書の原則に則れば、専門家が書いたものでもやはり査読はされていないものはいないもので、これをさも「事実」のように書く事はできません。しかしそれが記事にとって必要な情報と見なせるのであれば、「○○によれば××である」と、その論を紹介する事は可能であると考えます。事実として断り無く書き下ろす事と、断りを入れ一つの論を紹介すること、この行為には大きな隔たりがあります。それを同一視し同一の基準で仕分けようとするからわけのわからないことになるのです。検証可能性の文書は、原則として事実で有ると見なせる筆致で記事を執筆するケースのみを想定していると見なせ、また、より細かく書かれているガイドライン「信頼出来る情報源」においては明らかに、検証が可能である前提下において「意見」を「紹介」する事が認められています。このケースの場合、その人が意見を表明した事が事実であることを証明できればよいとだけされています。まさか、夕刊フジがケント・ギルバート氏の発言を捏造したなどと想定することはできないでしょう。--Hman会話) 2017年4月10日 (月) 02:13 (UTC)

見やすさのために、思い切って引用させていただきました。

ここで結論として「「○○によれば××である」と、その論を紹介する事は可能である」という部分が目を引きますが、それのみならず、EULEさんのご発言を引用されている部分にも、注目すべき所です。 [28]

ウィキペディアに限らず、一定の信頼性の保証が必要なものの場合において、一般に大衆紙、ゴシップ紙が信頼できないとされるのは情報源が曖昧な場合においてです。「○○の関係者によると」「△△に近い筋によると」などのような記事が典型例かと思います。 逆に言えば情報源がはっきりしているもの、それこそ情報源として有用な人物の記名記事、コラムである場合に、それの出典を元に淘汰するなんて話は普通無いです。媒体による語調、角度(確度じゃない)などが問題だというなら、それこそ、そこを踏まえて引用なり、記述するのが執筆者に求められている能力であって、そこを否定したら話にもなりません。--EULE(会話) 2017年4月8日 (土) 06:23 (UTC)

つまりこれは、「情報源として有用な人物の記名記事・コラムである場合に限り、大衆紙・ゴシップ紙であったとしても、(信頼性に乏しい情報源扱いではなく)信頼できる情報源とみなすことができる」ということです。ここで「信頼できる情報源」であることに、改めて注目してください。他のノートページではありますが、Hmanさんはノート:ニュース女子にて、「あの文言(=その情報があまり重要でないものならば、それを除去してください)は、タブロイドだのエロ本紛いのゴミのような記事しかない雑誌だの女性週刊誌だのに載っている事を信じるな、まではよいのですが、ただし適切な権威による寄稿やインタビューなどを除く、が抜けています。こういったケースの場合、発表媒体の差があまり問題にならないのは明らかです。文言の改訂は是非なされるべきでしょう」「改訂するまではそれに妄信的に従え?NO。方針やガイドラインは文面だけではなく、その精神を尊重するものです」と発言されています[29](なお括弧内はMoon.rise付記)。大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?でも、Hmanさんは「あくまで専門的な相応の権威ある人物があくまで記名で寄稿もしくはインタビューなどに応じた際に限って適用されるべき考え方です」と、EULEさんは「Kojidoi氏やHman氏が指摘されていることですが、「信頼できる情報源」とみなせる余地があっても、即、記述すべきという証明にはならない」と、発言されています。

Wikipedia:検証可能性#信頼性に乏しい情報源に挙げられた、「信頼性に乏しい出版物ひとつの上にしか見つけられない(略)もしもその情報が重要で残す値打ちがあるものならば、それを件の情報源によるものと明示してください」という理由で、大衆紙の情報を記事に使う場合とは、まったく異なるというのが、私の挙げておきたいことになります。

ここまでに提示している話として、夕刊フジ(大衆紙)を例にすれば、記事に使われているのは以下2種類の場合が挙げられます。

  • ①専門的な相応の権威ある人物があくまで記名で寄稿もしくはインタビューなどに応じた場合。信頼できる情報源と評価している。「ケント・ギルバート氏によれば…」
  • ②情報が重要で残す値打ちがあるものの場合。信頼性に乏しい情報源という評価のまま。「イギリスのタブロイド紙『サン』によれば…」

「どちらも記事に使えているのだから、分類する理由はあるのか?」と思われるかもしれませんが、これはWikipedia:存命人物の伝記、「もし信頼できる第三者的情報源によって文書化されていないなら、除去してください」との兼ね合いを考えるにあたり、重要なことになります。

「ケント・ギルバート氏によれば…」として、人物についての記事に使用する場合、その記事内容はたまたま「掲載が朝日新聞(高級紙)だった」「掲載が夕刊フジ(大衆紙)だった」「掲載がサンデー毎日(週刊誌)だった」ということです。EULEさんが「それの出典を元に淘汰するなんて話は普通無い」と書かれたように、大衆紙、ゴシップ紙、タブロイド、エロ本紛いのゴミのような記事しかない雑誌、女性週刊誌、どれでも使ってください(つまり決して夕刊フジには限定されません)。

「イギリスのタブロイド紙『サン』によれば…」として、人物についての記事に使用する、これは決して使うべきではありません。執筆者が「重要で残す価値があると思うから」ということではいけません。

「夕刊フジによれば…」「夕刊フジ編集部によれば…」という書き方は、帰属化しているので、一見して大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?を踏まえた判断をしているように見えるかもしれません。そして、存命人物の批判の出典に使おうとする方がいらっしゃるかもしれません。しかし、それは違います。若干名の方のご意見が、これを理解されているか気になりましたので、ここで整理しておこうと思いました。--Moon.rise会話) 2017年8月7日 (月) 20:32 (UTC)加筆--Moon.rise会話) 2017年8月7日 (月) 21:12 (UTC)

夕刊フジや日刊ゲンダイが専門家による意見を配信した場合に記述すれば良いという合意があったということと、基本的に帰属化して出典には使って良いということは言えます。JapaneseA氏は、夕刊フジや日刊ゲンダイを使うなとなんでもかんでも除去しようとされていますが、それもまた方針の悪用にすぎません。大衆紙やタブロイドは、タブロイドであってもしっかりした新聞社が発行している限り、さすがに専門家の発言を捏造するなどの記事はないと言えますが、発行者が新聞社などではない雑誌社や企業であれば、査読が新聞社よりも甘くなることも発生してくると思われます。そういう事情を勘案して、新聞社発行の記事とエロ本紛いののゴミのような記事しかない雑誌を同一と扱うという極論には賛成いたしかねる次第でございます。Wikipedia:信頼できる情報源では、「評判が良い」ことについても触れられていますが、タブロイドであっても、新聞社は評判が一番よく、雑誌社は次ぎに評判が良いでしょうが、さすがに、エロ本紛いのゴミのような記事しかない雑誌は評判が良くないなどの差は生じているはずでございます。記事の内容によって、また、メディアの評判によっても、ケースバイケースで判断するということになってくるものであり、一律同じだという極論もまたおかしいと言えるものです。--RXX-7979Ⅲ会話) 2017年8月8日 (火) 05:07 (UTC)
RXX-7979Ⅲさんの書かれた「夕刊フジや日刊ゲンダイが専門家による意見を配信した場合に記述すれば良いという合意」は誤りで、「夕刊紙であれ週刊誌であれ、検証可能な媒体に、専門的な相応の権威ある人物があくまで記名で寄稿もしくはインタビューなどに応じた場合」が正しいものです。本文をよく読み込んでいただけるよう、お願いいたします。
RXX-7979Ⅲさんが「ケースバイケースで判断」と挙げられるのは、それは個別具体的記事について考える場合には、当然にケースバイケースで判断するべき段階があります。大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?では一般論として、「専門的な相応の権威ある人物があくまで記名で寄稿もしくはインタビューなどに応じた場合」というしっかりした条件のもとに、「夕刊紙であれ週刊誌であれ、検証可能な媒体に記載されている以上、問題はありません(EULEさん)」という結論をしています。情報源の信頼性は「創作物自体、創作物の製作者、創作物の出版機関の意味に解釈されます。この3つ全てが情報源の信頼性に関わってきます」という通りですが(Wikipedia:検証可能性)、創作物自体と創作物の製作者について高い信頼性を評価できる、そしてそれを条件にしている、という話です。これは、極論ではなく一般論です。
例として、ケント・ギルバート氏のコラムとして話をするなら、このコラムが持ち込まれたのが朝日新聞(高級紙)であれば、朝日新聞から出版される。持ち込まれたのが夕刊フジ(大衆紙)であれば、夕刊フジから出版される。持ち込まれたのがサンデー毎日(週刊誌)であれば、サンデー毎日から出版される。持ち込まれたのが女性自身(女性週刊誌)であれば、女性自身から出版される。どの場合も、最終的なコラムの内容に違いはありません。その場合には、「発表媒体の差があまり問題にならないのは明らかです(Hmanさんノート:ニュース女子)」ということです。
RXX-7979Ⅲさんが「評判がよいこと」という視点で、Wikipedia:信頼できる情報源にリンクされるなら、そのまま信頼できる情報源を「評判」で検索されるとよいでしょう。「評判がよいことと信頼できることはかなりの部分で重なるものではありますが、一方をもって他方の代わりとなるものではありません(Wikipedia:信頼できる情報源#信頼性の評価)」という文章にすぐにたどり着くことができます。--Moon.rise会話) 2017年8月8日 (火) 07:11 (UTC)
上記については、議論の拡散になってますよね。そういう議論のための議論は不要ではないかと思いますね。ケースバーケースの判断となってくる要素もあるんで、一律、これは良いとかこれはダメとか、決められるものではないですし、方針もそうなってます。--ぽてから会話) 2017年8月8日 (火) 07:24 (UTC)
はるみエリーさんが見出しを立てて議題を出された「Hmanさん発言の合意形成ラインの再考が必要か?」を判断する材料になるコメントですので、議論の拡散ではありません。また、議論というよりも「井戸端議論のまとめ」であり確認という内容でもあります。大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?は、一般論を議論することで、利用者に対するガイドライン(一般的な意味で)として役に立ちます。ケースバイケースの判断は、先に判断基準(ガイドラインなど)が必要になってくるものです。「特定条件下では夕刊紙も週刊誌も出典にできる」というガイドラインをあげたことが重要であり、それを実際に使うか使わないかは、個別具体的に判断の余地があります。--Moon.rise会話) 2017年8月8日 (火) 08:18 (UTC)
Moon.riseさんは、RXX-7979Ⅲさんと同じく、Hmanさんらの発言を支持する、再考の必要はないということで良いでしょうか。週刊誌はWP:BLPWP:NOTSCANDALに抵触する記事も多いので、スクープ記事であることが第三者出典で言及がある場合など、使用が限られてくるとは思いますが、使ってはいけないということではないと思います。結局、そもそも、誰も夕刊フジだけを特別扱いした編集を行っていないため、「Hmanさん発言の合意形成ラインの再考が必要か?」の答えがNOであることが確認できれば、これ以上のこの節の議論は不要であるということになると思います。--はるみエリー会話) 2017年8月9日 (水) 13:01 (UTC)

JapaneseAさんの主張の真意について[編集]

JapaneseAさんは、貧弱な情報源だから、などという理由で、出会い喫茶に下記記述を書かせないという行動を取っています。大衆紙やダイヤモンド・オンラインだから、という理由で、合意もないにもかかわらず出典ごと記述を除去しても良い、というお墨付きをもらいたいがための井戸端にすぎないと判断します。下記の出典について、「使用不可」や「使用禁止」にすることなどは出来ません。詳細は、Wikipedia:コメント依頼/JapaneseA 20170808でコメントしたいただいたほうが良いかもしれませんが、出典がついているにもかかわらず、日刊ゲンダイだからとか、ダイヤモンド・オンラインだからという理由で、編集合戦して除去しても良い、という考えは否定されるべきだと思います。--はるみエリー会話) 2017年8月8日 (火) 10:28 (UTC)

(以下JapaneseAさんが編集合戦をして除去された内容)

マーケティング・コンサルタントの竹井善昭は、出会い系バーに潜入し3人の女子にヒアリングしたところ、「お金に困っているワケではなくて、タダ飯、タダ酒にありつければOK」という子ばかりであり貧困女子には出会えなかったことから、「出会い系バーで貧困女子の実態を調査することは非常に困難」という感想を持ったと述べている[1]

日刊ゲンダイの女性記者が渋谷の出会い系バーで実態調査を行い、23歳と24歳のOLに話を聞いたところ、男性客からの「タダ酒とタダ飯を期待して」利用していたとしている[2]

ライターの尾越まり恵は、日刊ゲンダイで、今時の20代女子は、生まれたときから不景気が続く中で育ったために、お金にシビアで節約志向であり、雇用不安も抱えているとし、その一方で、貪欲に人脈を広げたいという意欲が強く、「それらをまとめて解決できるのが出会い系バー。人脈づくりの場所と考えている女性もいます」と述べている[2]

  • コメント ここは明確にしておきます。編集合戦を批判するのは構いませんが、ダイヤモンドの除去の理由は「重複」です[30][31][32]。--JapaneseA会話) 2017年8月10日 (木) 00:19 (UTC)

コメント 非常に長い議論となっているため、すでに指摘されているのを私が見落としているのならご容赦ください。一つ指摘したい点として、はるみエリー氏の主張する「夕刊フジは、産業経済新聞社が発行している夕刊紙であり」がそもそも間違いです。夕刊フジは名前に夕刊という単語が偶々入っているだけで産経新聞社の発行していた夕刊版は21世紀初めごろには廃止されて、2017年現在存在しません。夕刊フジがWikipediaの求める信頼性を有しないゴシップ紙であることは、百云十円出してコンビニなどで購入すればすぐにわかることです。--219.108.128.225 2017年8月13日 (日) 15:16 (UTC)

産経新聞の夕刊版は廃止されています。しかし、「夕刊フジは、産業経済新聞社が発行している夕刊紙であり」は間違いではありません[33]。--はるみエリー会話) 2017年8月14日 (月) 14:55 (UTC)
219.108.128.225さん、はるみエリーさんへ。産経新聞の夕刊版は近畿圏では現在も発行していますよ[34]。念のため訂正。--Okiifstation会話) 2017年8月14日 (月) 15:50 (UTC)
そうでした。東京本社版の夕刊が廃止です。--はるみエリー会話) 2017年8月15日 (火) 05:11 (UTC)

Ks aka 98さん発言の合意形成ラインの再考が必要か?[編集]

Wikipedia:井戸端/subj/中立的な観点は、恣意的に操作できるものなのでしょうか?でKs aka 98さんが、以下の発言をされています。

コメント ウィキペディアにおける中立的な観点は、Wikipedia:中立的な観点に説明されています。宗教事典や論文など信頼性の高いものを使うことは好ましいことですが、それらから「だけ」で書かれたものが中立的ということではなく、当事者の意見や告発も、適切に帰属化させ、事実ではなく意見や主張を紹介するような形で、記事の記述に含ませていくことが「中立的」です。もちろん、信頼性が高いもののほうが記述の中心になるでしょう。
「不適当な文献は用いるべきではなく、それを根拠にした記載はないほうがまし」という時に、その「不適当さ」の程度問題はありますが、ウィキペディアはそれとは異なる編集方針を持ちます。Wikipedia:検証可能性#通常は信頼できないとされる情報源であっても、Wikipedia:中立的な観点#偏った記述は帰属化・明確化するという形で記述を残す余地はあります。
「告発本」というのも、実は一面的なラベリングで、元信者のような当事者であったり、ジャーナリストであったりが書いたものであったりするわけです。社会問題に対して、事実の把握をする上で、研究者らの著作が、そうした当事者やジャーナリストと比べて、常に優れているというわけでもないでしょう。現場に近いのは当事者であり、近づこうとするのはジャーナリストという立場です(学術的な参与観察もあるでしょうけれど)。また、研究者のほうが調査や公表に際して求められる厳密さが高い分、書けない、と言う形で抑圧される事実と言うものもあります。
ですから、多くの信者を獲得しているということや、有名人の信者がいるということ、幸福になったという証言などがあるというようなことも書かれるかもしれないけれど、それは宗教団体自体からの情報発信であることが分かるようにして書かれる、同じように、様々な批判も帰属を明らかにして書かれる。包括的なところは、学術的な研究があるなら、それを用いることになるでしょう。
批判が多ければ批判の分量は増えるでしょう。そこで批判を削りすぎるのは、擁護的な記述になりかねません。ただし、単に出典がいいからとか、事件や訴訟や騒動といったものを併記していけばいいというものではない。「競合する様々な観点を、その主題についての専門家や関係者の勢力に合わせて提示すべき」と、Wikipedia:中立的な観点#釣り合いのとれた重みづけには書かれています。--Ks aka 98会話) 2016年1月7日 (木) 12:59 (UTC)

過去に、Ks aka 98さんは、信頼性の高いものを使うことは好ましいことですが、それらから「だけ」で書かれたものが中立的ということでないと、明言されています。Hmanさんの発言もこの発言と矛盾しません。しかし、夕刊フジだからダメ、などという、最近JapaneseAさんが主張されている内容は、過去のJapaneseAさんの行為と矛盾してダブルスタンダードである上に、Ks aka 98さんやHmanさんの発言とも矛盾します。長らく、Ks aka 98さんやHmanさんの主張が合意形成ラインとして機能していますが、再考は不要であると思います。--はるみエリー会話) 2017年8月16日 (水) 04:25 (UTC)

  • コメント Ks aka 98さんの発言を考慮すると、JapaneseAさんが、大衆紙と週刊誌を「不適当さ」で同一だと決めつけ、しかも、大衆紙だからという理由で各地で除去を行うなどの行動は、正当性を失いますね。JapaneseAさんは、自身の政治的思想を方針より優先させるなどの行動を取られ始めてるので、政治系記事では関わるべきではないと言えるでしょう。ダブルスタンダードが鮮明すぎて、周囲を混乱に陥れはじめてます。また、JapaneseAさんは、過去にやまさきなつこさんの編集をリバートをされるなどし、きつい口調で対応されて、疲弊させたという損失を生みました。今度は、はるみエリーさんに同じようなことをされています。だぶるすてっちさんがJapaneseAさんに行ってたようなことと同じような行動をご自身がとられはじめてます。JapaneseAさんは、はるみエリーさんの編集を否定したいだけのために、この井戸端を提起されたように見えますが、そういうことはやめて、はるみエリーさんからお引き取りください。JapaneseAさんがはるみエリーさんに絡んでいくために、逆に、他の利用者が議論にはいっていけないのです。政治的分野で活動する利用者の大半が、JapaneseAさんよりも知見が優れているのですから、他者に任せてください。--ぽてから会話) 2017年8月17日 (木) 08:18 (UTC)

コメント 幾つかの観点を混在させていらっしゃるように見受けられます。「#Hmanさん発言の合意形成ラインの再考が必要か?」とも関連しますが、以下長文失礼申し上げます……m(_ _)m。

Wikipedia:井戸端/subj/中立的な観点は、恣意的に操作できるものなのでしょうか?でks aka 98様が対象としている情報源は、宗教事典にしろ告発本にしろ、信頼できる情報源の中での話です。議論提起者のやまさきなつこ様が「より高次な文献があっても低次の文献による文章は残さなければならないのでしょうか?」とおっしゃられたことを受けての議論ですが、これは

とくに歴史・医学・科学分野のときは、学術的で査読を経た出版物が存在する場合、それが最も信頼できる情報源です。しかしこれらの分野でも、それだけが信頼できる情報源ではありません。学術的でない情報源であっても、それが特に主流の権威的出版物だと信頼されている場合は使用することができます。

それ以外でも、大学レベルの教科書・権威的な出版社からの書籍・雑誌・論文・主流の新聞などは信頼できる情報源です。 電子的な出版物でも同等の基準を満たしていれば使用できます。

— Wikipedia:検証可能性#何を信頼できる情報源とするか

に影響されてのものだと思われます。これに対してはるみエリー様が掲載したks aka 98様の見解が出てくる訳ですが、この見解は

偏った論述は、それを主張する論者に帰属化した形での記述に限って、含めることができます。例えばウィキペディアでは、「ジョーン・ドゥは最も優れた野球選手である」と言わんとする論について、読み手が事実と受け取るような表現で記述してはいけません。「ジョーン・ドゥの野球技術は、アル・カーリンとジョー・トーアといった野球関係者から賞賛されている」といった事実に基づく意見としては記載することができます。しかしその意見は検証可能性を満たし適切な出典に基づかなければなりません。 — Wikipedia:中立的な観点#偏った記述は帰属化・明確化するWP:SUBSTANTIATEWP:ATTRIBUTEPOV

に立脚しています。最も信頼性が高い学術的な情報源程ではなくても、「信頼できる情報源」であれば使ってよいという話です(この編集が問題の編集だと思いますが、告発本はISBNも付されたちゃんとした出版物のようです)。これを持って一律に信頼性に乏しい情報源(夕刊フジや日刊ゲンダイ)を使ってよいということにはならないと考えられます。

で使ってよい場合はどうかとなりますと、EULE様やHman様の見解であり、これは

例外となりうるのは、関連分野において著名な専門研究者や有名ジャーナリスト(記者)が自主公表した場合でしょう。その人の著作がこれまでに信頼できる第三者によって出版済みであるなら、その人の自主公表物を情報源として認めてよいこともあり得ます。 — Wikipedia:検証可能性#自主公表された情報源WP:V#SPWP:SPSWP:SELFPUBLISHWP:BLOGS

を基盤にしていると考えます。この考え方は、

  • 当該分野における「著名な専門研究者や有名ジャーナリスト(記者)」の信頼性が、情報源の査読機能に勝る価値を持つ

ということだと考えられます(個人的にはそう解釈しています)。そして、自主公表されているものがOKであれば、

ある情報が、例えばタブロイド新聞(夕刊紙やスポーツ紙のような娯楽中心の大衆紙)のような、信頼性に乏しい出版物ひとつの上にしか見つけられないという時があり得ます。その情報があまり重要でないものならば、それを除去してください。もしもその情報が重要で残す値打ちがあるものならば、それを件の情報源によるものと明示してください。例えば「イギリスのタブロイド紙『サン』によれば…」としてください。 — Wikipedia:検証可能性#信頼性に乏しい情報源WP:V#NRWP:NOTRELIABLEWP:NOTRSWP:QSWP:TVWATCHWP:RADIOLISTEN

と組み合わせて、

  • 信頼性に乏しい情報源でも「関連分野において著名な専門研究者や有名ジャーナリスト(記者)」による情報を使ってよい

という見解になったのだと考えられます。この場合、「信頼性に乏しい情報源」がどのように「著名な専門研究者や有名ジャーナリスト(記者)」の意見・情報を掲載しているかが極めて重要です。そのため、

  • 「専門的な相応の権威ある人物があくまで記名で寄稿もしくはインタビューなどに応じた場合」--Hman(会話) 2017年4月16日 (日) 14:43 (UTC)
  • 「情報源として有用な人物の記名記事、コラムである場合」--EULE(会話) 2017年4月8日 (土) 06:23 (UTC)
— Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?

という文責の問題が出てくるのだと思います。文責についてはEULE様の

何を持って文責の所在が明白だと言えるかです。例えばその「あるスポーツにおいて著名な元選手がある指導者」で言えば、その「著名な元選手が受け持っているコラム」の中で言及したことであれば、それはその元選手に文責があるとみなせます。しかし、「Aという記者が書いた記事やコラム」の中で「なお、元選手の○○は「××」と論評した」と書いてあった場合、ここでいう文責とは元選手ではなくAという記者に帰属するものです。」--EULE(会話) 2017年5月3日 (水) 03:44 (UTC) 追記--EULE(会話) 2017年5月3日 (水) 03:56 (UTC) — Wikipedia:井戸端/subj/大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?

という説明が分かりやすいかと思います。つまり、

  • 信頼性に乏しい情報源に掲載される際に「関連分野において著名な専門研究者や有名ジャーナリスト(記者)」の情報にフィルターがかけられていてはいけない
  • 掲載された情報源によって、「関連分野において著名な専門研究者や有名ジャーナリスト(記者)」による情報の信頼性が損なわれてはいけない。

ということだと考えられます。(ちょっと表現に自信がありませんが、うまく意図を組んでいただければ幸いです……(>_<")。)

基本的に井戸端で見られる見解は、「検証可能性」や「中立的な観点」といった方針に基づいてあり、これらを見直す必要はないのかもしれません。ですが、政治系や宗教系はその分野が求める情報源の信頼性が明確でなく、そのためにいろいろ揉めてしまうのかもしれません(ガイドライン「Wikipedia:信頼できる情報源#分野ごとのアドバイス」にも、政治分野や宗教分野の基準は現在記載されていないようです)。

なお、「出会い喫茶」などは情報源が求める信頼性は若干低くなると思われます。そのため、

存命中の人物の項目中で、その人物に関する批判、否定、あるいは有害と解釈できる情報が掲載された場合にはすぐに取り除くべきであり、ノートページに移動してもいけません。他の記事の、存命の人物に関する記述を含んだ節についても同じです。実在の人物が巻き込まれ、あなたのことばで傷つく可能性があります。私達は雑誌の記述活動をしているのではありません。私達は百科事典を作っているのです。 — Wikipedia:信頼できる情報源#存命人物の伝記

に反しない限りは「Wikipedia:検証可能性#信頼性に乏しい情報源」に基づき、重要な記述は適切な形で記述できると考えられますが、「重要」の判断でやはり揉めてしまうのかもしれません。

長くなりましたが、はるみエリー様やぽてから様の解釈が「刺激惹起性多能性獲得細胞」のような科学系の学術記事にまで派生してしまうことが危惧されたため、丁寧に記述させていただきました。(心配し過ぎかもしれませんが……(>_<")。)また、僭越ながらJapaneseA様とはるみエリー様が仲良くしていただければと思う次第です……m(_ _)m。--Assemblykinematics会話) 2017年8月19日 (土) 14:33 (UTC)

まとめ[編集]

皆様コメントありがとうございます。[35]のような文責のはっきりしているものを覗き「夕刊フジは信頼できる情報源ではない」、[36]の文責は夕刊フジ編集部である、これが第3者の総意と判断します。普通に考えれば、こんなもん議論提起するまでもないのですが、ベテランの第3者のコメントにさえ納得されていないようでしたので、あえて提起しました。はるみエリー様、ぽてから様、および同調者は(既に手遅れかもしれませんが)手遅れにならない内に軌道修正すべきでしょう。--JapaneseA会話) 2017年8月22日 (火) 13:47 (UTC)

曖昧さ回避ページでどこまで詳しく書くか[編集]

曖昧さ回避ページのなかで、列記されている項目についての情報はどの程度が望ましいでしょう。いろいろなご意見をいただきたく思います。

直接的な案件は蓮池です。

旧版では、赤リンクや単独記事とまではならないような対象について、曖昧さ回避記事のなかでいくらか情報を掲載していました。これについて、WP:DABDIC(曖昧さ回避ページを辞書にしない)を理由に、それらの「情報」がコメントアウトされました[37]

確かにWP:DABDICには「独立した記事が書かれていないトピックの定義を詳しく書く必要はありません。」とあり、この編集自体は妥当でしょう。(除去でなく、コメントアウトなさったというあたりからは、誠実さも感じました。)

しかし私の個人的な感覚としては、「あっていい情報じゃないかなあ」とも思うのです。「必要はありません」は「書いてはいけません」「書かないべきです」ではない、とも言えるとも。WP:DABDICには「単なる定義のリストにしてはダメ」というくだりもあり、ならば「多少の説明がある」ほうがベターとも言えるのではないだろうか、とも思います。

特に今回の記事の場合、「日本の地名(プロジェクト:日本の町・字#作成対象基準)」でして、このPJでは「基本的に」「現存しない町・字」は作成しないという決まりがあるので「単独記事」とはしなかったのですが、情報源である文献では「単独記事」として掲載されているものもあります。PJの例外規定の「特筆性のあるものを除き、」に基いて単独記事にするという可能性も秘めたものであるとも言えるかなあとも思います。

そこらへん、一般論でもいいですし、個別具体的なことでもいいので、賛否、ご意見をいただければありがたく思います。--柒月例祭会話) 2017年8月1日 (火) 06:17 (UTC)

コメント 当事者ですのでコメントを。まずWikipediaを作る側としての一般論を述べると、少し詳しい事項は載せるべきではないと思います。WP:DABDICの節辺りでは、「行きたいページを判別するだけ」ということが何度も書かれています。さらに、他の曖昧さ回避ページの大半は一つのトピックあたり1-2文程度で終始しているものが多いですので、それに従った編集だったと思います。
しかし別の観点であるWikipediaを見るひとからすれば、大体の場合はどっちだっていいわけです。「蓮池 (伊賀市)」の記事を見たくて「蓮池」と検索し、当該の曖昧さ回避ページに来たとしたら、すぐに目次で「三重県」を選んで目的の記事へ行くことが多いでしょう。このときには、少し詳細な説明が書かれていても、いなくても、Wikipediaを見る人は「蓮池 (伊賀市)」の記事に到達できるのです。(現時点では残念ながら記事がなく、かなり無理のある話かもしれませんが)
柒月例祭さんのおっしゃる「多少の説明がある」ほうがベターというのもわかります。ですが、曖昧さ回避の目的は「読者を正しい記事へ導くこと」であり、それ以下でも以上でもないのです。ですから「曖昧さ回避に少し詳しく書くこと」が適切でも不適切でもありませんし(あまりにも長すぎる、というのは例外)、「曖昧さ回避に少し詳しく書かれたことを除去(あるいはコメントアウト)する」のも適切でも不適切でもない。つまり、「どちらでもいい」。そう思っています。--Yuukin0248[会話/履歴] 2017年8月1日 (火) 08:45 (UTC)
Symbol comment vote.svg 追記 なお、単独記事を作るには至らない(WP:N未満)ものは曖昧さ回避の必要があるのでしょうか。WP:DABによると赤リンクは曖昧さ回避に載せなくていい気がするのですが……。--Yuukin0248[会話/履歴] 2017年8月1日 (火) 08:54 (UTC)
単独記事ではなくとも、記事の一部に記述があってそれが案内に値するのであれば曖昧さ回避ページにあって構わないし、利用者の利便性を考えると積極的に載せてよいと思います。むしろ気になるのは記述がないページにリンクしているケースで、例えば「蓮池」の青森県のところには『弘前市にある池。弘前城弘前公園も参照。』と書かれていますが、実際にリンク先の弘前市、弘前城、弘前公園を見ても「蓮池」の記述が全くありません。正直なところこんな記述は除去したいと思ってしまいます。--アルビレオ会話) 2017年8月3日 (木) 07:37 (UTC)
(ひとまず一週間たったのでコメントします)コメントいただいたお二方、ありがとうございます。
Yuukin0248さんがおっしゃるように、曖昧さ回避ページというのは、単なる分岐点としての機能だけを持つように設計/求められているのですねえ。だから「高地県の蓮池」だけだとまだ区別がつかないよ、というような場合には、行き先を区別するためにもう少し詳しい情報「高知県土佐市の蓮池」「高地県高知市の蓮池」は必要。
読者の事情次第なんですが、「そう言われても、自分が知りたい蓮池が高知市なのか土佐市なのかもわからないよ」ということもあるだろうから、もうちょっと説明があっても親切ではあるし、「行き先を区別」する目的に適うのだろうと思います。たとえば「高地県土佐市の蓮池。古代から城があり、郡の中心地だった。」「高地県高知市の蓮池。江戸時代にできた町の小さい一地区にすぎない。」とかだと、読者が「あ、こっちだ」と見つけやすいかもしれません。まあ、クリックして違ったら戻ってきて別をクリックすればいいだけかもしれないですけどねえ。
そういう設計・基本原則に照らすと、赤リンクや、リンクさえない項目があったり、過剰な説明があるのは不要/邪魔ということにもなりますね。
ただ、赤リンクやリンクがない項目についても、「記事はないけどほかにもこういうのがありますよ(もしかするとそっちがお探しのものかもしれないですよ)」というヒントは提供できます。赤リンクは未完成なだけで、いずれ完備されるかもしれないです。赤リンクについて、私は以前は「無駄な赤リンクばかり増やすのはどうかと思う」と感じていましたが、最近は、赤リンクには記事名の重複を予防する効果があったり、赤リンクでもリンク元を確認できるのでリンクのニーズを測るのに使えたり、それなりに有用だと思うようになっています。
  • 蓮池で私がやったように、単独項目化されていないトピックについて詳述するのは、どちらかというと一覧記事的な使い方ですね。確かにこれは曖昧さ回避ページの本来の設計意図や基本的な趣旨には反しているのだろうと思います。一応最小限の出典は示してあるので、その気になれば小さな単独項目として立項できないこともない、とも考えますが、蓮池の場合には「PJ日本の町・字」の町名の単独記事作成基準(現存しないのは基本ダメ)を気にして、単独記事にはしなかったというところもあります。
あとは、以前どこかで話題になった記憶もあるのですが、調べ物をしようとする読者のスタンスをどうみるかで、そこに根本的に各利用者の思想の違いがあるのかなあとも思います。つまり、自分が知りたい記事主題が明確にわかっていて、最小クリックでそこにたどり着きたい(それ以外は邪魔)という人と、そこまで行き先が明確ではなく、周辺も含めてぼやっと知りたい人では、ニーズが違うのでしょう。紙の辞書事典では、同じページ内の前後左右の記事もついでに目に入り、思わぬ収穫があるということもあり、それをメリットと考える人もいるだろうと思います。(私はどちらかというと後者の側です。)
蓮池みたいの場合には、「日本の地名の蓮池の一覧」みたいな記事を別に作り、純粋な方向案内としての曖昧さ回避と役割を分ける、というやり方もありえるとは思いますが、それはちょっと過剰な感じもしますし。
  • あと、アルビレオさんご指摘の件ですが、これは蓮池に固有の事情があります。「町名」ではなく「水域・池」の蓮池については、私がこの記事をいじくりまわす以前[38]から赤リンクがありました。町名については上に書いたようにPJ日本の町・字の基準によって赤リンクを解除したりしたのですが、水域についてはそういう基準がないので、赤リンクを外さすことをためらってそのままにしておいたものです。ガッツリ調べたわけでなく、地名辞典類をパラパラ眺めただけなのでアレなんですが、概してこれらの水域の赤リンクが記事化される見込みは大きくは無さそうだ、というふうには思います。正直、削除依頼がらみのゴタゴタの名残り、というところで、現時点ではなんとなく消しそびれている、程度のものに過ぎないと思います。--柒月例祭会話) 2017年8月11日 (金) 06:52 (UTC)
コメント 赤リンク関連の説明ありがとうございます。確かに利用者の利便を考えると多少の掲載は必要(あったら便利)ですね…。
読者のスタンスという観点から見ると、「最小クリックでたどり着きたい」がデフォルトで優先されるべきだと思います。あくまでも曖昧さ回避の目的でありますし。しかし私は結構、気になってリンクをクリックしたりするんですが、それで「思わぬ収穫」を得る(おもしろい記事を見られる)ことがあり、「思わぬ収穫」を得られなくするのもどうかと思います。
一方、標題である「どこまで詳しく書くか」はそれぞれの曖昧さ回避ページによるものだと思います。下松駅という曖昧さ回避ページですが、曖昧さ回避の対象は2つしかなく、(この場合は)読み方と「"大阪府岸和田市"or"山口県下松市"にあるJR西日本の"阪和線"or"山陽本線"の駅」を明示するだけで済みます。前者が「1984年開業」、後者が「1897年開業」という情報は無くても迷うことは無いでしょう(問題なし)。この理論でいけば蓮池の曖昧さ回避も柒月例祭さんのような例えでの情報はなくても問題ありません。しかし逆に、蓮池のような地名の曖昧さ回避の場合(どの規模で地名が分布しているかにも寄るが)には、土地の特色を少し示しておくことで「高知県の蓮池」を探しにきた人が高知市か土佐市かで迷う可能性は少し減ります(まあ、間違えても少ししかロスしませんが)。
このように、「曖昧さ回避にどこまで詳しく書くか」はそのトピックによります。ですから、明確に「どこまで書くか」は無いほうがいいのかなと思います。--Yuukin0248[会話/履歴] 2017年8月11日 (金) 08:01 (UTC)

かつて「防衛大臣を『衛相』、内閣官房長官を『房相』と表記しろ!」と主張する人が現れ、オリジナルの造語を記事内に書いていいのかと議論になりましたが…[編集]

コメント 以前、井戸端にて日本国務大臣の表記に物申すという議論がなされました。議論提起者の主張によると、財務大臣は「財相」、経済産業大臣は「産相」、国土交通大臣は「土相」、環境大臣は「環相」、防衛大臣は「衛相」、内閣官房長官は「房相」、国家公安委員会委員長は「安相」と表記すべきなのだそうです。もちろん、新聞などでは「財務相」「経産相」「国交相」「防衛相」のような用例はあるでしょうが、「財相」「産相」「土相」「衛相」なんて用例はありませんよね……。「房相」「安相」に至っては、そんな使用例あるわけないでしょというレベルです。(ほんとにそんな用例があるのかちょっと検索してみると、あるブログがヒットします。なんか内容的にみて、議論提起者のネタ元はこのブログなんじゃないのかなーという気がしています。ただ、そのブログにおいても「土相」とかはブログ主の造語だと書かれており、これを用例と認めるわけにはいかんでしょう…。)おそらく、大蔵大臣を「蔵相」と表記するノリで提案されたのでしょうが、ウィキペディアンによるオリジナルの造語を記事内で使ってはダメでしょう。ですから、当時この提案は一笑に付されたのですが……。

さきほど「防衛大臣」の記事を見て驚きました。

略称は防衛相(ぼうえいしょう)または衛相(えいしょう)で、「防相」とは言わない(防災大臣と混同されかねないため)。

—防衛大臣(2017年8月5日 (土) 06:57 (UTC)の版より)

何とシレッと記載されているのです。過去の井戸端での議論に触発されちゃったんですかね。(書いてある内容的に、これもこのブログがネタ元なんじゃないかな。)ウソも繰り返し言うと本当になる、と言いますが、オリジナルの造語も繰り返し主張すれば用語として定着したことになっちゃうということなんですかね……。ただ、一個人の考えたオリジナルの造語を、記事にしれっと載せちゃって本当にいいんですかね。もちろん書き間違いとか特殊な用例とかもあるかもしれませんが、「衛相」が広く一般に認められた用語とはちょっと思えませんが。毎日新聞みたいにちょっと癖のある略し方をするメディアもありますが(例:国土交通副大臣を記事本文内でも「副国交相」と表記するなど)、それでも「衛相」はないでしょ「衛相」は。履歴見ると何度も書き込まれてるみたいですから、少なくとも「衛相」と書くべきだと考えてるウィキペディアンが複数名はいるようなんですが。

また、「財相」もリダイレクト化されてますが、「財務相」や「蔵相」はあっても「財相」はどうですかねぇ……。極めて高頻度で使用されるとも思えないですが、リダイレクトならあってもいいかなという判断なんでしょうかね……。

いずれにせよ、「衛相」みたいな明らかに個人の造語っぽいものまで記事内に書くのはちょっとどうかと思うのですが、皆さんはいかがでしょうか、--126.151.3.114 2017年8月5日 (土) 18:41 (UTC)

正直に申し上げるとそのような言葉は初めて聞きました。というレベルの人もいますし、それこそ「財務省」並みに一般的な呼称ではないかと思われますから、リダイレクトもどうかとは思いますが…。--禮旺会話) 2017年8月5日 (土) 18:49 (UTC)

コメント そうですよね……ただ、造語のリダイレクト作るよりも、記事本文内に造語を混ぜ込む方が、悪質度はさらに高いと思うんですよね。リダイレクトはその言葉で検索しない限りは目に触れませんが、記事本文内に書かれていると読者の目に触れてしまいますからね。ただ、かつての議論の提起者の主張によれば、「衛相」や「房相」が「適切な大臣名」であり、それを記載しないのは「超ウルトラ鈍感といわざるを得」ないのだそうですよ。いったん「衛相」という語が除去されたにもかかわらず、わざわざ再掲している人まで出現する始末ですから、意外と造語には寛容な方が多いのでしょうか。でも辞書にも載ってないような造語を、一般用語のようなふりをして記事本文内に書くのは正直どうかと思うんですけど。だいたい、辞書にも載ってなくてまともな用例もないのですから、まともな出典などあるわけのない語なんですよ。まともな出典がないことを、ウィキペディアに書くというのはどうなのでしょうか。--126.151.94.70 2017年8月5日 (土) 22:42 (UTC)
コメント しかしわざわざ「財相」やら「衛相」やら書き込むということは、何かしら目的とか理由があるのかもしれないですが……うーん、ちょっと合理的な理由が想像がつかないんですよね。XOPさん、Los688さん、肉村米良さんに個別に聞いてみるという手もあるのかもしれませんけど、それだと個別の記事の話になっちゃいますので、まずはそもそも一般論として「造語を載せるのは是か非か」を確認したいと思います。--^126.151.94.70
コメント Los688さんはおそらくですが、直前の被投稿ブロックユーザー(ソックパペット)の編集をリセットしただけかと思います。一応{{要出典範囲}}を貼付し、一定期間有効な出典が提示されなければ除去してしまっても良いのでは?--ジャムリン会話) 2017年8月6日 (日) 00:33 (UTC)
使いませんね。首相や外相、農相や昔の大蔵大臣は蔵相とは言うけれど、だからって他の閣僚に無理に2文字の略称をこさえる必要は無いとおもいます。新聞は物理的な意味で文字数制限があるのですがそれでも、今日の新聞で確かめましたが財務相、防衛相ですね。ましてwikipediaでそんな造語を使用する必要は無いでしょう。除去でいいと思います。--ぱたごん会話) 2017年8月6日 (日) 03:41 (UTC)
コメント そうですよね……新聞の記事本文で「財務相」「防衛相」とは書きますけど、「財相」「衛相」とは書かないですからね。ぱたごんさんのおっしゃるとおり、無理に2文字の略称をこさえる必要性は少なくともないでしょうし、ウィキペディア発の造語をウィキペディアの記事本文で使用しなきゃいけない理由はないですからね。--126.183.74.192 2017年8月6日 (日) 13:20 (UTC)
報告 井戸端で話題にしたせいか「防衛大臣」の記事が修正されました。しかし、「衛相」という単語自体は除去されたものの、略称についての独自研究は相変わらずという状況です。上述のブログ主の「防災担当大臣と混同するから防衛大臣は『防相』は相応しくないので『衛相』と命名した」という主義主張をなんとか記事内に反映させようと四苦八苦しているようですが、完全に単なる個人的主張に基づく独自研究ですのであきれ果てましたので、文案をノートで提案しました。--126.189.91.183 2017年8月6日 (日) 20:08 (UTC)
報告防衛大臣」のノートでの提案から一週間が経過しましたが、反対票がなかったため、記事本文に文案を反映させていただきました。なお、IP:163.49.203.141ノート / 履歴 / ログ / Whois IPv4IPv6さんから「井戸端を見て気づいた珍妙な造語を除去したいと考えただけ」という編集意図のご説明があったうえで、提案にも同意いただけました。一方、出典なき独自研究を記事に反映していたXOPさんには会話ページに連絡しましたが、特に反応はありませんでした。会話ページ連絡以降もXOPさんは編集を続けておりますので、特に反省もなく黙殺するつもりのようです。また、同じく出典なき独自研究を記事に反映していたLos688さんにも会話ページに連絡したところ、この編集の意図は「長期荒らしに対応した半自動編集」だったと説明がありました。ただ、この期に及んで提案への賛意の表明はないばかりか(まだ「衛相」という表記に自信を持っているんでしょうかね…)、出典なき独自研究を記事に反映したことについても反省や謝罪等は一切ありませんでした。さらに、説明の最後に「お前が出典なき記述を除去しただけだったとしても、俺にはお前を長期荒らし扱いすることができるんだぞ」というような挑発的ともとれるような台詞をわざわざ残しており、特に反省するつもりもないようです。出典のない独自研究の箇所を除去するのは当たり前のことであり、Los688さんから荒らし呼ばわりされるようないわれはない行為だと思うのですが……。言動を一度見直していただければ幸いです。--126.162.112.149 2017年8月14日 (月) 16:19 (UTC)
コメント あぁなるほど……Los688さんの意図は、荒らしユーザの編集を差し戻すことに主眼があった、という可能性があるのですね。ただ、Los688さん本人がノートとかで意思表明してるわけではありませんので、もしかすると違うかもしれませんよね……。ということは、いきなり除去するとXOPさん、Los688さんと編集合戦になる可能性も捨てきれませんから、ここはジャムリンさんのいうとおりまずはいったん「要出典範囲」を貼るのがいいかもしれませんね。ただ、仮に荒らしユーザの編集の差し戻しの意図だとしても、Los688さんの編集によってわざわざ不適切な内容が再掲されてしまったことに変わりはないわけですから、これは問題だと思いますが……。「荒らしユーザの編集を差し戻したら、たまたまごく一部に紛れ込んでいた不適切な内容まで反映されてしまった」というならLos688さんの編集にも情状酌量の余地はありそうですが、今回のLos688さんの編集は「全てが不適切な内容」ですから情状酌量の余地はない気がします。たとえば、Los688さんの編集前は下記のように記述されていました。
略称は防衛相(ぼうえいしょう)で、「防相」とは言わない(防災大臣と混同されかねないため)。

—防衛大臣(2016年12月6日 (火) 14:55 (UTC)の版より)

しかし、上記のように記述されていた部分を、Los688さんはわざわざ下記のような内容に編集しています。
略称は防衛相(ぼうえいしょう)または衛相(えいしょう)で、「防相」とは言わない(防災大臣と混同されかねないため)。

—防衛大臣(2016年12月6日 (火) 16:48 (UTC)の版より)

Los688さんの2016年12月6日 (火) 16:48 (UTC)の編集では、上記以外に修正した箇所は一切ありません。つまり、Los688さんの編集内容は「全てが不適切な内容」であり、適切か箇所は一ヶ所たりともありません。もちろん荒らしユーザの編集を差し戻すことに主眼があったのかもしれませんが、それならばせめて差し戻した後で、あらためてLos688が責任もって不適切な内容の部分を除去するべきでしょう。結果的に、Los688さんの編集は、「衛相」という不適切な用語を記事本文に反映させたにすぎません。つまり、一般の読者が目にする最新版の記事本文に、Los688さんの手によって不適切な用語が追加されてしまったことになります。一般の読者にしてみれば、荒らしユーザの編集だから差し戻されたとかそんなウィキペディアン側の事情は知ったことではないでしょう。一般の読者にとっては何の益もない行為ですから、Los688さんの対処はあまりに不親切で無責任だと思います。せめて差し戻した後でLos688が責任もって不適切な内容を除去するならともかく、差し戻しによって不適切な内容になってしまったけどあとは知らないよーってほったらかしにするのは、ちと無責任すぎると思いますよ……。--126.183.74.192 2017年8月6日 (日) 13:20 (UTC)
コメント えっと、その「相」は、大臣を指す言葉として中国から入ってきたものですから、「大臣」に対応して「相」を使うというのは問題はありません。今は日本であまり使われていませんが、政を司る主席の大臣を指した「宰相」が該当します。ただ、短縮形については一般的に認知されている言葉かどうかが一つの鍵になります。また、短縮形は二文字でなければならないと定められたわけでもありません。なので、国土交通大臣を「国交相」、農林水産大臣を「農水相」、経済産業大臣を「経産相」とするわけです。かつては大蔵省や郵政省といった省を除いて二文字の省庁名の大臣に「蔵相」や「郵相」が当てられていたこともあります。これが受け継がれているのが法務大臣の「法相」、外務大臣の「外相」です。基本的に「xx省」に対応する形での「xx相」と考えればよいでしょう。
つまり、「大臣」ですらない内閣官房長官や、国家公安委員会委員長に対して「相」を使うということ自体が誤りで、内閣官房長官を「官房長官」、国家公安委員会委員長を「公安委員長」よりも短く略すのは一般的とはいえません。
記事内は基本的に「わかりやすい言葉」で書くことになっていますので、たとえ国土交通大臣が国交相と略したとしても、本文中内で「国交相」に置き換える必要はあまりないでしょう。何故なら、略称としては一般的には知られているが、肝心の政府系の公的文書では「相」を使った略称では通常は書かれないからです。5文字を3文字ににしたところで、新聞と違ってウィキペディアなどでは些細な違いでしかないですし。東日本旅客鉄道を「JR東日本」としたり、日本音楽著作権協会を「ジャスラック」とするのとはわけが違うということです。
ちなみに大蔵省を引き継いでいる財務省の財務大臣を「財相」とするのは、コトバンク(デジタル大辞泉)に収録されているので、あながち間違いとまでは言えないようです。しかし、二文字の省庁名ではあるものの防衛省の防衛大臣を「衛相」と略すのは聞いたこともなければ用例を確認することもできません。つまり、一般的ではない語か、誰かの造語(独自研究)とかんがえられるものです。何でもかんでも略す必要はありませんから、一通り調査して不適当と判断したものは除去して、リダイレクトはリダイレクトの削除依頼へ提出するのが良いかと思います。--アルトクール会話) 2017年8月6日 (日) 06:40 (UTC)
コメント あぁなるほど……「相」は、大臣を指す言葉として中国語から入ってきたのですか。しかし、今の日本語では「財務大臣」「防衛大臣」が正式名称ですから、「○○大臣」に対応して「相」を正式名称として使うのは不適切ですよね。もちろんに記事の冒頭で略称として「○○相」として使われることもあるよ、と説明する分にはよいのでしょうが。アルトクールさんの公的文書では「○○相」という略称は通常用いられないというのは、非常に説得力がありますね。また、「衛相」と略すのは一般的ではない語、もしくは、誰かの造語というご指摘も、おっしゃるとおりかと思います。なお、コトバンクの「財相の関連情報」には、用例として3つの新聞記事が挙げられています。ただ、これも見出し等では「財相」と書かれていても、肝心の記事本文では「財務相」と書かれていたようです。(例:記事「小泉氏「精神安定剤でした」 塩川元財相の葬儀で弔辞」は、見出しこそ「財相」となっていますが、記事本文では「小泉内閣で財務相を務めて「塩爺(じい)」の愛称で親しまれ、19日に肺炎のため93歳で亡くなった塩川正十郎(まさじゅうろう)さんの葬儀が24日午後、大阪府吹田市の公益社千里会館で営まれた。」(朝日、2015年09月25日。ネットだと24日当日に記事配信された模様)となっています。)新聞記事の見出しは記事本文よりうんと極端に略す場合もありますから「財相」と書くかもしれませんが、記事本文では「財務相」としか書かないのでリダイレクトまで要るのかなぁ……。--126.183.74.192 2017年8月6日 (日) 13:20 (UTC)
国会議事録では「財相会合」(衆院外務委員会 - 2017年3月22日)、「オズボーン財相」(参院財政金融委員会 - 2011年12月06日)、「財相会議」(衆院予算委員会 - 2011年8月8日や衆院決算行政監視委員会 - 2008年4月14日)、「財相会談」(参院厚生労働委員会、財政金融委員会連合審査会 - 2009年6月16日や衆院予算委員会 - 2003年2月24日)、「宮澤財相」(衆院予算委員会 - 2001年02月26日)という形で「財相」という言葉が使われていますね。--TempuraDON会話) 2017年8月7日 (月) 02:57 (UTC)
コメント 国会議事録ですか……あれは口頭での発言の書き起こしですからね。言い間違いとか文章では書かないような言い回しとかでもそのまま記録されてる場合があるわけで。書き言葉で「財相」という用例があればいいのですが。--126.251.25.154 2017年8月8日 (火) 16:07 (UTC)
コメント そもそも、ある記事名に対応して「または○○と呼ばれる」と表記される理由は、何らかの理由で[記事名]と○○が混同あるいは分離されて表記される可能性があるときにそれを明示するのが目的であるのと、それの略称が広く流布されているときにその略称と[記事名]が同一の対象を示すことを明記するのが目的です。言い換えれば一般に、多くの閲覧者が混同/別視するおそれのあるときに使う用法なので、件の問題は極端に言うと「防衛大臣を『衛相』と言い換える発語者と、それを「防衛大臣と『衛相』は別物である」と理解する(最低でも数万人クラスの規模を持つ、公的かつネットリテラシーの低い)一団体が現実に存在することを想定しなければなりません。そういう意味では、まず広く流布される可能性のある…つまり全国流通しているマスコミ誌など現実にある書面などで「衛相」や「房相」などと継続的に記入されている証拠を主張者は上げなければなりません。なぜ現実にある書面かつ継続的かというと、Webではまさに上記の理由で少数派(ブログ)による多数派工作が容易であるからであり、また一紙で1回だけ使われたような用法でも(だいたいにおいて大臣の名前も併記されるため)混同されようがなく、どちらも件のコミュニティのような一群のゴリ押しを許すからです。もちろんウィキペディアは造語を発表する場ではありませんので、重ねて「紙面などでは略称として防衛相と表記されることもある」と書くことで牽制するのが妥当と思われます。--力在領域会話) 2017年8月16日 (水) 03:34 (UTC)

鉄道路線や駅のページにある路線図や配線図のテンプレートの作成・編集について[編集]

鉄道路線や駅のページにある路線図や配線図のテンプレートを、もっと手軽に制作できるプログラムとかはできませんか?ピクトグラム一覧から選んで作成画面にポンポンと置いて組み合わせていくような感じで作れるようになれば、作る方の労力もだいぶ低減できるのではないかと思いますがどうでしょう?--114.146.211.248 2017年8月10日 (木) 04:28 (UTC)

路線図や配線図のテンプレートは、その部品となるテンプレートの数やパラメータの種類が非常に多い一方、路線図や配線図自体は一度作ってしまえば頻繁に更新がかかる性質のものではないので、プログラムを作る側から見ると費用対効果は薄いかと思います(数あるテンプレートやパラメータの動作確認の手間が馬鹿になりません)。既存の路線図や配線図を雛形として、必要な箇所を更新修正し、サンドボックス等で確認しながら作っていくのが現状では一番手っ取り早い方法かもしれません。--茶でもすするか会話) 2017年8月16日 (水) 11:54 (UTC)
なるほど。実は今当方は浜大津駅や京阪電鉄の三条駅の配線図の変遷をわかりやすい図として作りたいと思ってるのですが、一から作るとなるとどうにも敷居が高くて…。なので、手軽に作れる方法があればと思いまして。一応当該ページのノートにも作成依頼を出しております。--114.146.211.248 2017年8月17日 (木) 04:57 (UTC)
拝見したところそこそこ場所を取るテンプレートのようですし、わかりやすく変遷を見せるのが目的なら画像を起こす方が簡単かもしれませんね。ゲーム用のマップ画像メーカーなんかが流用できる、かも? --Hiroes会話) 2017年8月17日 (木) 08:22 (UTC)
大阪上本町駅のページにあるような形でもいいかも知れませんね。いずれにしろ当方はその辺は素人なので、制作にご協力いただける方が出てきてくれるとありがたいです。--114.146.211.248 2017年8月17日 (木) 16:38 (UTC)

太字(b)・斜字(i)と強調(em、strong)のちがい、HTML5とかについての質問[編集]

ぼやっとした質問です。HTMLやMediaWikiの仕組み・仕様・考え方に詳しい方の解説を望みます。

  • 関連文書

私の理解だと、2016年から本格化したHTML5(.1)では、テキストの装飾・マークアップは、効果よりも意図を重視せよ、というふうになったようです。すなわち、「b」で「太字にせよ、理由は知らん」と指令するよりは、「strong」で「強調せよ、方法は任せる」のほうがベターである、ということです。(一般的な環境下では、どちらも結局見た目は同じ結果になるけども、目が見えない人が利用する読み上げソフトとかの挙動では大きな差が出る、とか。)

ウィキペディアでは手軽なマークアップ手段として、'''文字列'''があり、これは<b>文字列</b>と置き換えられて出力されます。すなわち「太字に修飾せよ、理由はしらん」です。

しかしHelp:早見表では、'''文字列'''は「強調」と説明されています。HTML5の考え方に則ると、強調が意図ならばこれは<em>文字列</em>または<strong>文字列</strong>であるべきはずです。これはまあ単にHelp:早見表が古い文書でアップデートされていないというだけでしょう。一方、Help:ウィキテキストにおけるHTMLは既に新しい考え方に即して書かれています。

ややこしいのですが、一般的な環境下だと、em(emphasis、強調)は斜体を、strong(強い強調)は太字を表示するはずです。どちらも目的・意図は強調であり、iによる斜体とbによる太字を使い分けるのとは、ちょっと違っている感じもします。
いままでは「強調」=「'''文字列'''」=「太字」と思っていたのに、これからは「強調」=「<em>文字列</em>」=「斜字」になり、戸惑う感じもします。しかも、日本語環境下では斜字は表示されないようになってきていて、今までもHelp:ページの編集#太字・斜体で斜体は「あまり使わないでください」でした。一般的なブラウザがそうなっているのでしょうがないのですが、これは私の個人的な感覚にすぎないのですが、斜字と太字を「強調」「強い強調」と言われても戸惑う感じもします。(斜字は、引用や文献名や成句などを他と区別するような使われ方が多いと思います。)
いままでと同じ効果を求めるならば「<strong>文字列</strong>」にしなければいけません。

Help:早見表の「''文字列''」(斜体、i)は、「他との区別」という意図が示されています。これは「<i>」の本来の使い方と合致すると思いますが、「他との区別(のために修飾する)」ならば「<b>」も同様のはずです。

一般的な環境下では、「'''文字列'''」を「<strong>文字列</strong>」に書き換えても、見かけ上は変わらないはずです。しかし意味は変わっている。実態として、いまのウィキペディア内では、「'''太字'''」は本文ではもっぱら強調に用いられていて、あとは見出し部とかで使われています。見出し部の修飾のための太字と、強調のための太字は意味が違うので、見出し部では「b」、強調部では「em」「strong」であるべきなんでしょう。しかしだからといって本文で「<strong>文字列</strong>」を使っていくのはいかにも鬱陶しい感じがします。

もしかするとHelp:早見表Help:ページの編集の説明を改訂したほうがいいのかなー、とか、「'''文字列'''」の使用を気をつけたり、「<strong>文字列</strong>」と書くことを心がけたほうがいいのだろうかとか、よくわかりません。このへんは、結局おおもとのMediaWikiの仕様であり、末端であるウィキペディア日本語版で気にしてもしょうがない、ということなのだろうとは思います。

どうしたらいいんでしょう?--柒月例祭会話) 2017年8月11日 (金) 07:51 (UTC)

  • 《このへんは、結局おおもとのMediaWikiの仕様であり、末端であるウィキペディア日本語版で気にしてもしょうがない、ということなのだろうとは思います。》の通りです。《「'''文字列'''」の使用を気をつけたり、「<strong>文字列</strong>」と書くことを心がけたほうがいい》というのは無しでしょう。--iwaim会話) 2017年8月15日 (火) 14:02 (UTC)
ありがとうございます。そうですね、なんだか考えすぎたような感じがします。
これを考え始めたきっかけは、サラブレッドの血統表で近親交配が行われている馬の名前を太字にするか、斜字にするか、どっちがいいんだろうと考え始めたことだったのですが。。。別にどっちでもいいですね。すみません。ありがとうございました。--柒月例祭会話) 2017年8月16日 (水) 05:04 (UTC)

カテゴリやテンプレートの削除依頼について[編集]

現在はカテゴリやテンプレートの削除依頼は通常の削除依頼で対応されています。これを英語版や利用者ページの削除依頼のように依頼場所をわけてほしいです。テンプレートが削除依頼されていると思っていたのに対処されない(Wikipedia:削除依頼/Template:世界陸上競技選手権大会日本人最上位女子マラソンは同時依頼も対処されたのにWikipedia:削除依頼/Template:陸上競技オリンピック日本人最上位男子マラソンで同時依頼の女子マラソンが対処されない)ことを防ぎたいのです。カテゴリやテンプレートを削除依頼しても見ている人が少ないからか存続意見も削除意見も全くつかずに困っています(Wikipedia:削除依頼/Category:2013 ワールド・ベースボール・クラシック予選選手)。

種類でまとめたほうがわかりやすく意見もつけやすく対処もしやすいのではないかと思います。カテゴリは9年前の議論ですがプロジェクト‐ノート:カテゴリ関連#Wikipedia:カテゴリの削除依頼 の作成について(意識調査)に提起されて肯定的な意見もついていました。基礎情報のテンプレートは過去版表示のために削除ではなく廃止にしたほうがいいのでしょうが、ナビゲーションテンプレートは関連項目を繋いでいるだけなので残さなくてもいいのではないかと思います。--Rain night 2017年8月15日 (火) 08:38 (UTC)

コメント 意見が付かないというのは、テンプレートやカテゴリの削除依頼に限った話ではないでしょう。利用者ページの削除依頼、リダイレクトの削除依頼では意見が付かずに対処できず放置されている案件も多いです。それに、元々の削除依頼でも意見のつかない標準名前空間の削除依頼も見かけます。
英語版のように・・・といいますが、日本語版の削除依頼の件数と、英語版の削除依頼の件数はそもそも規模が違います。削除依頼を分けたほうが「効率が良い」とでも考えられているのでしょう。削除依頼を名前空間ごとにすると、メリットとしては「目につきやすくなる」かもしれませんが、デメリットとして「専用提出先を探さないといけない」「削除のテンプレートをそれぞれに用意しなければならない」「過去ログ化や依頼提出方法がバラバラで、提出者・審議者・対処者へ負担になる」などの労力の面で見合わない・現状の管理者や削除者の数で依頼場所を増やすことで対応しきれるのかという問題もあります。(保護ですらまとめて対応していることがあり、それに対してクレームが付いたこともあります)
現状で分ける必要性が私にはないと思えます。2008年のカテゴリの削除依頼はWP:RFDのように議論の簡略化を狙って提案されていて、「種類ごとに依頼を分けよう」としたわけではないですので、いくら「肯定的意見」があったとしても、今回の趣旨とはちょっと合わないでしょう。
テンプレートの削除の基準については、Wikipedia:削除の方針かテンプレートについてのガイドラインの整備(参考、en:Wikipedia:Template namespace)を行うほうが先で、依頼場所を~は一足飛びに過ぎます。
Template:陸上競技オリンピック日本人最上位女子マラソンの話は、そもそも該当の削除依頼の依頼提出方法がおかしいんです。管理者・削除者は「依頼対象が明確であること」「依頼対象・議論対象について削除の合意があること」で削除を行います。削除依頼において「複数の案件を一括で審議する」といったケースにおいても、一つ一つのページを確認してもらいます。つまり、「全削除票」と一口に言っても、「対象1・削除、対象2・削除、対象3・削除・・・」というのを一括して表現しているだけです。あとから対象版やページを追加してもらうのは構いませんが、「追加されたものは追加で審議することになる」のです。Wikipedia:削除依頼/Template:陸上競技オリンピック日本人最上位男子マラソンについては、削除依頼において「Template:陸上競技オリンピック日本人最上位男子マラソン」として出されていて、「Template:陸上競技オリンピック日本人最上位女子マラソン」は同様の案件ですと言っているだけで依頼対象とされているかがわからず、また「依頼者が削除票しか投じておらず、他の審議した人も単独用の削除票を入れていて、Template:陸上競技オリンピック日本人最上位女子マラソンについての言及がされていない」ですので、原依頼に基づいて対処されたと考えられます。一方で、Wikipedia:削除依頼/Template:世界陸上競技選手権大会日本人最上位女子マラソンでは、「審議中にTemplate:世界陸上競技選手権大会日本人最上位男子マラソンも併せて議論することが書かれていて、削除票を投じた人の中にも追加分についても削除するべきという意見がある」ので、追加分も含めて対処されたと考えられます。
削除依頼のサブページ名を変える必要はありませんが、審議のために「議論対象を明確にする」ために
==== 陸上競技オリンピック関係のテンプレート ====
* Template:陸上競技オリンピック日本人最上位男子マラソン
* Template:陸上競技オリンピック日本人最上位女子マラソン - いついつ追加
理由は何々です。-- 署名
: コメント Template:陸上競技オリンピック日本人最上位女子マラソンについても同様の案件であるため、合わせて審議してください。 -- 署名
と依頼文を整えるなりしておけばよかった話です。それをしていないで、よくわからない依頼文になっているからこそ「対処がマチマチ」なんて状況に陥っているのです。最終的に削除を行う管理者としては、追加のあるような削除依頼の時は、審議される方や、追加を行った方には「別依頼で立てるか、追加の部分についても意見を明確にすること」をしていただきたいです。--アルトクール会話) 2017年8月18日 (金) 16:49 (UTC)

保護機能の仕様変更について[編集]

提案の形式ですが意見募集です。保護機能の変更について、皆様のご意見を伺いたく思います。一定数の賛成意見があった場合、今後改めて具体的な変更提案や運用案の提起を行う予定です。あくまでも今回は大まかな方向性を決めることが目的ですので、ご了承いただければ幸いです。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2017年8月17日 (木) 16:32 (UTC)

概要[編集]

提案の趣旨
現在、ウィキペディア日本語版ではアカウント作成から4日と10編集という条件を満たすことで半保護されたページを編集することができます。しかし、この条件は荒らし利用者による寝かしアカウントに対して無力です。
寝かしアカウントによって半保護を突破する荒らしが多発する場合、全保護を余儀なくされ、荒らしのみならず無害な利用者の編集も抑制せざるを得ません。
今回は、このような荒らしによる寝かしアカウントの編集を抑制しつつ、長期的に活動を行っている一般利用者の編集を抑制しない方法の実現を目標としております。

既に運用例があり、実現可能な対策として考えられるのは以下の2つであると考えます。

自動承認の条件を引き上げる。
例えばアカウント作成から30日と100編集によって自動承認される(半保護されたページを編集できる)ように設定を変更するという方法です。やたら条件を引き上げると思わぬところで巻き添えを食う利用者が出てくるかもしれませんが、救済策として「承認された利用者」というグループが利用可能です。ビューロクラットがこの権限を付与できます(今週から解禁)。自動承認と同等の資格を能動的に付与できるものです。
条件の数字はあくまでも一例です。合意が得られるのであれば10日20編集でもいいし、15日30編集でも良いし、60日100編集でも構いません。「救済策を用意した上で自動承認の条件を引き上げる」ことが重要です。
通常半保護の上位互換となる半保護を新たに導入する。
英語版で運用されているExtended confirmed protection(訳語は拡張半保護で良いかな?)という機能を導入する方法です。英語版では30日と500編集以上という条件を満たすとExtended confirmed editors(拡張承認された利用者?)に自動昇格(自動的に権限を付与)するようになっています。条件を満たさなくても能動的に付与する、逆に条件を満たしていても能動的に剥奪することが可能となりますので、加筆量が大きく編集回数が少ない優良編集者を締め出すような自体は回避できるでしょう。与奪のルール設定は色々と難しそうですが、話が複雑化するため、ひとまず今回は触れません。
簡単に説明すると、「長期的に活動を行っている利用者は抑制を受けず、半保護突破目的でアカウントを作成した利用者や長期荒らしの寝かしアカウントに対して効果を発揮する」「拡張承認された利用者が不適切な行動を繰り返す場合、拡張承認を取り消す(半永久的に拡張承認を剥奪する)こともできる」ということです。

意見募集[編集]

皆様のコメントはこちらにお願いします。

賛否表明[編集]

賛否表明という見出しですが、極めて単純なアンケートであるとお考えください。大まなか方向性として賛成するかどうかです。一定数の賛成があれば今後何日何編集が良いかを具体的に決定します。変更の余地がある/導入の余地があると思う方は賛成、そう思わない方は反対の意見を表明していただければ幸いです。書式は # --~~~~ でお願いします。

自動承認の条件引き上げに賛成
自動承認の条件引き上げに反対
  1. --Infinite0694会話) 2017年8月17日 (木) 17:36 (UTC)
  2. --SilverSpeech会話) 2017年8月18日 (金) 08:25 (UTC)
  3. --Hiroes会話) 2017年8月18日 (金) 09:00 (UTC)
  4. --Kkairri[][] 2017年8月18日 (金) 18:37 (UTC)
  5. --Open-box会話) 2017年8月19日 (土) 01:30 (UTC)
  6. --会話) 2017年8月19日 (土) 03:18 (UTC)
  7. --rxy会話) 2017年8月19日 (土) 13:34 (UTC)
拡張半保護の導入に賛成
  1. --Infinite0694会話) 2017年8月17日 (木) 17:36 (UTC)
  2. --SilverSpeech会話) 2017年8月18日 (金) 08:25 (UTC)
  3. --Hiroes会話) 2017年8月18日 (金) 09:00 (UTC)
  4. --Kkairri[][] 2017年8月18日 (金) 18:37 (UTC)
  5. --Open-box会話) 2017年8月19日 (土) 01:30 (UTC)
  6. --会話) 2017年8月19日 (土) 03:18 (UTC)
  7. --Karasunoko会話) 2017年8月19日 (土) 04:51 (UTC)
  8. --rxy会話) 2017年8月19日 (土) 13:34 (UTC)
  9. --Yuukin0248[会話/履歴] 2017年8月20日 (日) 08:56 (UTC)
  10. --Knoppy会話) 2017年8月21日 (月) 17:54 (UTC)
  11. --Nami-ja(凪海) 会話 / 履歴 2017年8月22日 (火) 09:34 (UTC)
拡張半保護の導入に反対

コメント[編集]

何か思うことがあればこちらにコメントを頂けると幸いです。こういう理由で自動承認の条件を引き上げと拡張半保護導入を両方実施すべき、拡張承認のみを導入すべき、などと言ったコメントでも構いません。「私にいい考えがある」と別のアイデアを出したり、「あれれ~おかしいぞ~」と疑問をぶつけたりしても大丈夫です。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2017年8月17日 (木) 16:32 (UTC)

コメント 自動認証条件の引き上げには反対です。その代わりに、2段階と申しますでしょうか、拡張半保護の導入に 賛成 です。特に、拡張承認された利用者の導入は私も以前から検討しておりました。というのも、「本多陽子」において、全保護の更新をしていた際に[39]、LTAの半保護破りを理由に事実上の無期限全保護を設定するのはあまり得策ではないと感じていました。また、「ノート:奈良騒音傷害事件#無期限全保護実施の提案」において、MaximusM4さんが、全保護の更新制は管理者への負担が大きいと述べられています。そこで、例として「30(-90)日・500編集」を必要とする拡張半保護を設定できれば、強力なソックス対策にもなりますし、何よりも、全保護による巻き込みが最小限で済むものかと思われます。ソックパペットを3体用意するにしても、合計1500回の編集が必要ですし、LTAにとっては拡張半保護破りはそう容易いものではなくなるでしょう。それによって、ソックパペットの数が少なくなれば無論、その間に投稿ブロックをする余地もありますし、全保護にしないまでの対策を講じることができます。-- Infinite0694会話) 2017年8月17日 (木) 17:36 (UTC)

コメント 仕組みに詳しくないので拙いアイデアだけで失礼します。寝かしアカウントの抑制が目的であるなら、最終編集からの経過時間とかをパラメータに加えられないでしょうか。--Hiroes会話) 2017年8月18日 (金) 07:43 (UTC)

と、これだとダミーで編集すれば簡単に抜けられますね。直近の数時間を除いた編集からの経過時間に訂正します。--Hiroes会話) 2017年8月18日 (金) 07:51 (UTC)
これもどちらかと言えば拡張半保護のひとつの形になりますね。票を投じました。--Hiroes会話) 2017年8月18日 (金) 09:00 (UTC)

コメント  WP:UAL#自動承認された利用者を確認してみましたが、自動承認の条件を引き上げるとファイルのアップロードなどにも影響が出ますので拡張半保護の方がよいのではないかと思います。--SilverSpeech会話) 2017年8月18日 (金) 08:25 (UTC)

(原則として、)ファイルのアップロードはコモンズにすれば良いですから、そういう意味ではどうでもいいといえるかもしれません。それよりも、「CAPTCHAが必要な場面でCAPTCHAをスキップして操作を実行 (skipcaptcha)」、この権限は新参さんでも早いうちに手に入れたいでしょう。とある外部ウィキで新規登録したとき、キャプチャを入力しないと編集できない状態が不便だったので、ビューロクラットさんに頼み込んで「承認された利用者」にしてもらった、ということがありました。そのウィキも jawp と同じように4日・10編集で「自動承認された利用者」になれるのですが、jawp のキャプチャスキップに慣れてしまうと、それですら苦痛でしょうがないのです。
「能動的に付与できる」と仰りますが、実際の付与対象者は、他言語版やコモンズ、姉妹プロジェクトでの編集実績がある人辺りに限定されてしまうと思います。なんせ、本当の新参さんは、キャプチャがスキップできるようになるビジョンなんて思いつきもしないでしょうから、「『承認された利用者』にしてくれ」という発言が出てくるわけがありません。ビューロクラットさんが自発的に、キャプチャから開放されたがっていそうで問題ナッシングな利用者を探し回り、勝手に付与することもできますが、jawp にそんな余裕が無いことは自明です。
さて、面倒なキャプチャから解放される術を知らずに、2回と言わず20回(URLの追加を伴う編集が10回に2回と考えた場合)も味わう利用者の立場に立ってみましょう…… 私なら、「ウィキめんどい」で即完全引退ですね。以上の理由から、自動承認の条件引き上げには Stringy Oppose です。--Kkairri[][] 2017年8月18日 (金) 18:37 (UTC)

コメント いくつか思いついたことを並べてみます。まず、日本語版でやるべきは「(利用者グループの権限ではなく)投票権限を含めたユーザー権限の整理・見直し」であり、本来はこのようにつぎはぎしていくような方法はまずいので、一度投票資格も含めてまとめた方が良いと考えます。
新規どころかIPでも広範な権限を有している、自動承認は容易に得られるという現状を踏まえた場合、自動承認と新規の差はKkairriさんの指摘されているキャプチャとページの移動にあると考えます。キャプチャは既に説明されていますが、ページの移動も単純な書き間違いを修復できる利点を考慮すると比較的早めに使用できるようにしておきたい権限です。ですから、自動承認を引き上げるなら2段階化してキャプチャスキップと移動や半保護の編集権限を分離するのが望ましいのですが、いずれにせよ早期に取得する権限のためあまり効果が無いと思われます。自動承認の2段階化を行うよりは現状で(2段階化するなら各種投票権限の50編集でしょうが)。
現在の半保護の上位互換となる保護の導入は必要と思われます。現在の半保護は機能する場合がIPによるいたずら防止でしかなく、ミートパペットを含む論争用アカウントには無力です(導入意図は「荒らしによる寝かしアカウント」とのことですが、こちらが発生しやすいと考えます)。Extended confirmed usersは利用者グループなので、編集に当たって経過時間などのパラメータによる制御は好ましくないと考えます。また、一過性のいたずら防止に強固な保護は適切ではないため、現在の半保護も維持すべきと考えます。
名称ですが、仮保護(現在の半保護)と半保護を考えてみました。拡張半保護は英語版の表現に引っ張られて違和感がありますが、それ以上に上下を作りにくくなるので、予防線を張っておくのがよいと考えます。Extended confirmed editorsも上下が発生する可能性を考慮する必要はありますが、自動承認と申請を分けない・新規の利用者グループ・要点は権限拡大なので「拡張権限利用者」(登録利用者に合わせてみる)とか「権限が拡張された利用者」(自動承認された利用者に合わせてみる)ぐらいでどうでしょう? 
自動承認条件で30日かつ500編集は少し甘いと考えます。英語版のNew page reviewer立候補資格を参考に60日・標準名前空間500編集ではどうでしょうか。個人的にNew page reviewer(レビューやってるわけじゃないんで、記事承認者ぐらいかな?)は早晩必要になると考えているのもありますが、編集数って争ってる人ほど標準名前空間以外で稼いじゃう・議論期間が1月ぐらい取られるので、四半期は長くても30日では有効に機能しないと考えるのです。また与奪は出来ることになっていますが、付与は容易でも剥奪は難しいと考えますので、自動承認は少し高めに設定してもよいのではないでしょうか。--Open-box会話) 2017年8月19日 (土) 01:30 (UTC)

コメント この場で条件設定を決定するつもりはないため、取り敢えず英語版の30日500編集を提示したまでです。別に60日でも90日でも、それで上手くまとまれば何の問題もないと考えます。色々なご意見を伺った上で、今後具体案を提示出来ればと考えております。また、最初に提示したとおり永久剥奪は分かりやすく説明すべく提示したのですが、実は永久剥奪をせず自動再昇格できるような設定も可能です。当然ながら、ここら辺も詰めていく必要があります。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2017年8月19日 (土) 08:56 (UTC)
失礼、自動再昇格は読み違えたかもしれません。一応訂正しておきます。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2017年8月19日 (土) 12:24 (UTC)

コメント いいんじゃない? --rxy会話) 2017年8月19日 (土) 13:34 (UTC)

コメント 極めて単純なアンケートとした考えても、現状等を深く吟味して考えても、拡張版保護の導入には賛成します(自動承認の条件引き上げの賛否なし)。自動承認の条件を引き上げた場合、ビューロクラットに「承認してください」と申請することが想定されますが、そこで荒らしが普通の利用者を装って申請した場合にそれをビューロクラットが承認すると、半保護が荒らし放題となります。当然これを想定して、相当なこと(他wikiで広く認められている場合など)でない限り承認しないでしょう(ここまでは上で述べられています)。また広く認められている利用者だとしても、承認するビューロクラットの判断に委ねられるため、ビューロクラットの仕事も増えてしまいます。他にも、上で述べられている移動とかの問題もあります。

対して拡張半保護の場合は、今までと同じ「保護依頼」で管理者に認められた場合は任意の期間の拡張半保護が可能になります。これは、「自動承認された荒らし」に対して極めて有効だと思います。拡張半保護の編集条件はデフォルトを設定した上で、上限下限の範囲内で自由に変更できる、というのもありかもしれないですね。--Yuukin0248[会話/履歴] 2017年8月20日 (日) 08:56 (UTC)

コメント 移動荒らしなどの例を見ていると、現状の自動承認では緩いのではないか、と思わないこともないのですが、少し基準を上げるくらいでは突破する側は突破するわけで、デメリットの方が大きくなってしまうのかなと。ただこれは拡張半保護についても同じで、この提案の対象であろう長期全保護されている記事は特定の荒らしが特定の記事に執着しているので、基準の高低に関わらず自動で付与されるような条件だと効果があるのか、むしろ生体bot的編集で回数稼ぎが行われて違った弊害が出てくるのではないかという懸念があります。とはいえ、更新制全保護で通常利用者が編集できない弊害というのは非常に大きいため、中間の制度を作るという趣旨には賛成です。--Knoppy会話) 2017年8月21日 (月) 17:54 (UTC)

小まとめ[編集]

皆様コメントありがとうございます。クローズではありませんが、いったんまとめとしてコメントします。拡張半保護に賛成が多いため、今後導入提案を進めて行こうと思います。自動承認引き上げはあくまでも選択肢としての一案だったので、別にこだわりはないです。賛成意見もないため素直に廃案で。

30日500編集などの承認条件などを次回の提案時に確定させたいところです。また、方針運用案の議論を新仕様提案と一緒に行うと話がまとまらないため、いったんある程度の仕様を決めてから方針を固める予定です(大まかな仕様の決定→方針運用案を策定)。

なにかご意見があれば引き続き、#コメント節にコメントをいただければ幸いです。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2017年8月22日 (火) 01:23 (UTC)

「Fack」は不適切な利用者名に該当するのか[編集]

2006年、利用者:Fack~jawiki会話 / 投稿記録 / 記録(当時: Fack)さんが不快な利用者名(offensive username)として無期限ブロックされました。しかし、Fackは「ファーク」という人名であり、「事実を述べる」を意味する単語でもあります。ファークさんがウィキペディアにアカウントを登録したら不適切な利用者名としてブロックされた、もしこれがこのような事例であったとすれば、問題ありとせざるを得ないでしょう。なお、その後「Fack」という利用者名はフランス語版ウィキペディアで問題なく使用されております。

過去にWikipedia:投稿ブロック依頼/Fack 解除依頼が提出され、「FackはFuckの婉曲表現として利用される以上、不適切と判断すべき」として解除見送りとなりましたが、実際に「Fack」という単語が「Fuckの婉曲表現」以外の意味で用いられている以上、このブロックは不適切ではないでしょうか。

なお、この件については、過去にWikipedia:井戸端/subj/Usernameblockと言葉狩りにて問題提起がなされています。--Qweft会話) 2017年8月22日 (火) 12:20 (UTC)