東日本橋

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東日本橋
—  町丁  —
東日本橋駅付近
東日本橋の位置(東京23区内)
東日本橋
東日本橋
東日本橋の位置
座標: 北緯35度41分36.16秒 東経139度47分10.93秒 / 北緯35.6933778度 東経139.7863694度 / 35.6933778; 139.7863694
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Chuo, Tokyo.svg 中央区
地域 日本橋地域
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 5,142人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 103-0004[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川

東日本橋(ひがしにほんばし)は、東京都中央区町名。現行行政地名は東日本橋一丁目から東日本橋三丁目。郵便番号は103-0004[2]

地理[編集]

日本橋地域の北東に位置し、台東区浅草橋柳橋)・墨田区両国)との区境にあたる。清洲橋通りを挟み、西側は問屋街、東側は商業地と住宅地が混在する区域である。日本橋久松町に所在する久松警察署日本橋兜町に所在する日本橋消防署の管轄にあたる。清杉通りを挟み、西側は問屋街、東側は事業所と住宅とが混在している。

河川・橋梁[編集]

歴史[編集]

現在の東日本橋にあたる区域は、江戸開府以来交通の要所として栄え、歓楽街であった。史跡も数多く残る。明治時代までは薬研堀があり、その大川口には元柳橋が架けられていた。古典落語などに度々登場する伝統的な区域である。近世以前の「両国」は隅田川西岸の大橋西詰にあたるこの付近を指していた。かつては両国広小路が置かれていた地であり、現在は記念碑が設置されている。現在の中央区日本橋地域、東京市時代の日本橋区が公的に日本橋と呼称される以前から、「日本橋」の名称と共に「両国」の名称が頻繁に使われていた。大元の両国であることを表す「元両国」という呼称もある。

1971年昭和46年)4月、日本橋村松町・日本橋若松町・日本橋矢ノ倉町・日本橋薬研堀町・日本橋米沢町(以上現・東日本橋一丁目)、日本橋両国(現・東日本橋二丁目)、日本橋橘町(現・東日本橋三丁目)を併せ住居表示を行い新町名・東日本橋が成立した。東日本橋という地名は、この際に命名されたものである[4]

沿革[編集]

旧町名[編集]

現1丁目
  • 日本橋村松町
  • 日本橋若松町
  • 日本橋矢ノ倉町
  • 日本橋薬研堀町
  • 日本橋米沢町
現2丁目
  • 日本橋両国
現3丁目
  • 日本橋橘町

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
東日本橋一丁目 649世帯 998人
東日本橋二丁目 1,321世帯 2,263人
東日本橋三丁目 1,149世帯 1,881人
3,119世帯 5,142人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]

丁目 番地 小学校 中学校
東日本橋一丁目 全域 中央区立久松小学校 中央区立日本橋中学校
東日本橋二丁目 全域
東日本橋三丁目 全域

交通[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

道路[編集]

施設[編集]

現存しない施設[編集]

  • 順天堂大学 - 発祥の地にあたり、薬研堀不動院に本学発祥の地の石碑がある。

脚注[編集]

  1. ^ a b 町丁目別世帯数男女別人口”. 中央区 (2017年12月5日). 2017年12月31日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月31日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月31日閲覧。
  4. ^ 日本橋浜町地区 町名の由来 - 中央区ホームページ Archived 2013年6月3日, at the Wayback Machine.、2013年11月19日閲覧。
  5. ^ 区立学校一覧”. 中央区 (2017年8月17日). 2017年12月31日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]