国道6号

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一般国道

Japanese National Route Sign 0006.svg

国道6号
地図
Japan National Route 6 Map.png
路線延長 345.5 km
制定年 1920年
起点 東京都中央区日本橋地図
主な
経由都市
東京都台東区墨田区葛飾区
千葉県松戸市柏市我孫子市
茨城県取手市龍ケ崎市牛久市
土浦市石岡市水戸市
ひたちなか市日立市高萩市北茨城市
福島県いわき市南相馬市相馬市
宮城県岩沼市名取市
終点 宮城県仙台市苦竹IC地図
接続する
主な道路
記法
Japanese National Route Sign 0001.svg国道1号
Japanese National Route Sign 0004.svg国道4号
Japanese National Route Sign 0014.svg国道14号
Japanese National Route Sign 0015.svg国道15号
Japanese National Route Sign 0017.svg国道17号
Japanese National Route Sign 0016.svg国道16号
Japanese National Route Sign 0050.svg国道50号
Japanese National Route Sign 0051.svg国道51号
Japanese National Route Sign 0049.svg国道49号
Japanese National Route Sign 0045.svg国道45号
Japanese National Route Sign 0047.svg国道47号
テンプレート(ノート 使い方) ウィキプロジェクト 道路
日本橋中央にある日本国道路元標

国道6号(こくどう6ごう)は、東京都中央区から宮城県仙台市へ至る一般国道である。

概要[編集]

東京都中央区日本橋から水戸市を経て仙台市に至る路線。同じく仙台市まで福島県中通りを通る国道4号とは異なり、関東平野を縦断し、水戸から太平洋沿いに北進し福島県浜通りを通る。全線(特に千葉県から宮城県にかけての区間)に亘り常磐自動車道及び常磐線と並走する。

福島第一原子力発電所事故に伴う帰還困難区域設定のため、福島県内の一部区間は許可車両以外の通行が規制されていたが、2014年9月15日からは自動車のみ自由通行が可能となった[1]

路線データ[編集]

歴史[編集]

江戸時代の水戸街道(江戸 - 水戸)、水戸より先の岩沼奥州街道に合流するに至る磐城街道岩城相馬街道を継承するもので、水戸街道と岩城相馬街道を総称して浜街道とも呼ばていた[3]。江戸 - 水戸 - 仙台を結ぶ要路で、奥州街道の混雑を避けて参勤交代する奥州筋の大名も多かったという[3]

明治に入り、1872年(明治5年)には、水戸街道と岩城相馬街道を併せて陸前浜街道と改称され、つづく1885年(明治18年)の内務省告示第6号「國道表」により、前者が第十四号国道「東京より茨城県に達する路線」、後者は第十五号国道「東京より宮城県に達する別路線」の一部となった[4]

1920年(大正9年)施行の旧道路法に基づく路線認定で東京 - 仙台が国道6号「東京市より宮城県庁所在地に達する路線」となった。1952年昭和27年)12月4日の新道路法に基づく路線指定では、旧6号がそのまま一級国道6号(東京都中央区 - 宮城県仙台市)となった。1965年(昭和40年)4月1日に、道路法改正によって一級・二級の差別がなくなり一般国道6号となった。

※1948年(昭和23年)から1966年(昭和41年)に茨城県内で行われた大規模改良工事については、国道6号一次改築を参照。

年表[編集]

※ 原発事故の帰還困難区域に伴う通行止め区間については原発事故による通行止めの項目を参照。

  • 2014年(平成26年)9月15日 - 原発事故から3年半ぶりに一般車両の通行が全面可能となる[6]

路線状況[編集]

通過市町村と渋滞等の道路事情[編集]

(※バイパスのうち茨城県つくば市を通過する牛久土浦バイパスの区間を除く。)

国道4号と6号の合流点(2012年4月)。上り線は異なる色で区別された。

別名[編集]

一般に以下の別名で呼ばれることがある。また、茨城県の中心を縦貫するこの国道は、俗称として「6国(ろっこく)」[注釈 1]という呼ばれ方もされており、沿線地元民から親しまれている[8]

バイパス[編集]

いわきサンシャインロード入口付近(国道6号常磐バイパス)

※は旧道が国道6号の指定を解除された。△は旧道の一部が国道6号の指定を解除された。

有料道路[編集]

重複区間[編集]

  • 国道17号:東京都中央区日本橋 - 東京都中央区日本橋室町(室町三丁目交差点)
  • 国道4号:東京都中央区日本橋 - 東京都中央区日本橋本町(本町三丁目交差点)
  • 国道14号:東京都中央区日本橋 - 東京都中央区日本橋馬喰町(浅草橋交差点)
  • 国道294号:千葉県柏市(呼塚交差点) - 茨城県取手市(国道294号入口交差点)
  • 国道355号:茨城県石岡市国府(国府七丁目交差点) - 茨城県石岡市石岡(山王台交差点)
  • 国道113号:福島県相馬市(塚の町交差点) - 福島県相馬郡新地町(駒ヶ嶺交差点)
  • 国道4号:宮城県岩沼市(藤浪交差点[注釈 4]) - 宮城県仙台市宮城野区(苦竹IC)

道路施設[編集]

トンネル[編集]

  • 松戸トンネル
    千葉県松戸市に所在。千葉大学園芸学部の下をくぐっている。
  • 平潟トンネル
    茨城県北茨城市平潟町と福島県いわき市勿来町の間に所在。全長60m、1958年昭和33年)3月竣工。両側2車線。トンネル周辺は断崖であり、国道6号はこの谷間を縫うように貫いている。トンネルのすぐ北には、律令時代に勿来関が置かれていた。[要出典]
  • 南富岡トンネル
    福島県いわき市小名浜南富岡(常磐バイパス)に所在。全長280m、1980年(昭和55年)4月竣工。抗口が四角形となっている。
  • 久世原トンネル
    福島県いわき市下荒川(常磐バイパス)に所在。全長:264m、2000年平成12年)2月竣工。抗口が四角形となっている。久世原団地の下をくぐっており、トンネル上部には久世原公園が造成されている。4車線分完成しているが片側1車線ずつを閉鎖した暫定2車線で供用されている。また、福島県道26号小名浜平線(鹿島街道)との合流部がトンネル内部にかかった構造となっている。
  • 江之網トンネル
    福島県いわき市久之浜町に所在。全長108m。
  • 波立トンネル
    江之網トンネルのすぐ北側に所在。全長126m、片側1車線。前後の区間は断崖と海岸を縫うような地形であることから見通しの悪いカーブが多く正面衝突事故が多発していたため、対向車表示システムが整備されている[10]波立薬師や波立海水浴場に近い。
  • 原見坂トンネル
    福島県いわき市久之浜町に所在。全長136m、1961年(昭和36年)6月竣工。付近には常磐線の同名のトンネルおよび旧トンネルが現存するが、後者は水没している。
  • 金ヶ沢第一トンネル・金ヶ沢第二トンネル
    福島県いわき市久之浜町に所在。全長210m(第一トンネル)・119m(第二トンネル)、1963年(昭和38年)3月竣工。
  • 末続第一トンネル・末続第二トンネル
    福島県いわき市久之浜町に所在。全長143m(第一トンネル)・278.5m(第二トンネル)、1963年(昭和38年)3月竣工。
  • 夕筋トンネル
    福島県双葉郡広野町に所在。全長114m、1963年(昭和38年)3月竣工。

主な橋梁[編集]

道の駅[編集]

原発事故による通行止め[編集]

国道6号の警戒区域入口における検問(福島県楢葉町。その後富岡町夜ノ森付近に移動)
警戒区域へ入場する車両(福島県広野町・楢葉町との町境)
2014年9月15日に通行再開した帰還困難区域内の国道6号福島第一原子力発電所入口付近

2011年4月22日から2014年9月14日まで福島第一原子力発電所事故による帰還困難区域(事故発生当初は警戒区域)に関連し、福島県双葉郡富岡町本岡字新夜ノ森(富岡消防署北交差点)から双葉郡浪江町高瀬字小高瀬(浪江町・双葉町境付近)までの区間が通行不能となっていた。

実際の通行止め規制は南端と北端の検問所のみであるが、これらに挟まれる区間はすべて帰還困難区域であり、滞在するだけで違法となるため、事実上連続した30km程度の規制となっていた。一時帰宅では自家用車による通行が9月下旬実施分から許可されており、帰宅に使用する自動車であれば決められた方法で通行できた。

2012年12月17日からは、避難区域の市町村の職員やインフラの復旧工事などに関わる業者など、事前の申請が認められれば、帰還困難区域内を通り抜けることができる。2013年6月17日からは、避難区域に当たる12市町村の住民でも、通勤・通院などの目的に限って、市町村発行の通行証を持参した上で帰還困難区域内の通行が可能になった。(通行時間は7時から19時までに限られていた。)その後、帰還困難区域内の通行区域内での除染や道路補修などが終了したとして、2014年9月15日からは、自動車に限り、全線での自由通行が可能になった(歩行者軽車両原動機付自転車自動二輪車は引き続き規制対象)。ただし、帰還困難区域内での駐停車や側道への立ち入りは禁止されているほか、窓を閉めてエアコンは内気循環にするよう呼びかけられている。[1][11]

なお、2012年4月15日までの北側の規制地点は南相馬市原町区大甕(273.5kmポスト)、2012年8月9日までの南側の規制地点は双葉郡楢葉町山田岡(Jヴィレッジ入口付近、231 kmポスト)であった。いずれも、いわゆる「半径20km圏」を基準に設定されたものである。更に2013年4月1日を目途として実施された避難区域の再編(避難指示解除準備区域への移行)に伴い、南側の規制地点は同年3月24日までの楢葉町上繁岡字山根(富岡町との町境)から、北側の規制地点は同年3月31日までの南相馬市小高区下浦字三輪(263 kp)(南相馬市・浪江町境付近)から、それぞれ解除前の地点へ移動していた。

地理[編集]

交差する道路[編集]

※バイパスのうち茨城県内の東水戸道路を除く。

茨城県つくば市西大井・大井北交差点(国道408号交差点)
福島県いわき市平・十五町目交差点。上下に走るのが国道6号で399号はここを起点に左へと続く。
宮城県亘理郡山元町小平字北付近。山元インターチェンジ前
  • 宮城県
    • 常磐自動車道山元IC(亘理郡山元町)
    • 国道4号(岩沼市・藤浪交差点 -(重複)- 仙台市宮城野区・苦竹IC終点)
    • 国道45号国道47号(仙台市宮城野区・苦竹IC終点)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 「6号国道」を略した呼ばれ方。
  2. ^ 1983年2月まで、土浦バイパスと並行する旧道区間(土浦市中 - 中央 - 中貫)は本線として存在した。土浦バイパスが現道となり、旧道を茨城県へ移管した際、土浦市中 - 中央間が県道土浦野田線(現国道354号)に、常名 - 中貫間が県道土浦八郷線(現県道64号)にそれぞれ編入された[9]ただし今でも地元住民の多くが旧道区間を「6号旧道」、現本線を「6号バイパス」と呼称する。[要出典]
  3. ^ (再評価)国道6号土浦バイパス (PDF) (国土交通省関東地方整備局) - 2009年度で、併行する旧道6号がないが現道を道路管理者もバイパスと称している例
  4. ^ 当交差点は4号(福島・白石方面)から当線へ終日右折禁止となっており、4号北行きから当線へは一つ手前の十字路を右折して旧道を通る。

出典[編集]

  1. ^ a b “帰還困難区域の国道6号、車に限って通行再開”. 読売新聞. (2014年9月15日). http://www.yomiuri.co.jp/national/20140915-OYT1T50000.html 2014年9月15日閲覧。 
  2. ^ 一般国道の指定区間を指定する政令、平成23年3月30日政令第45号による最終改正、2012年2月26日閲覧
  3. ^ a b 佐藤次男 1989, p. 21.
  4. ^ 佐藤次男 1989, p. 24.
  5. ^ 国土交通省磐城国道事務所管内被災状況 (PDF) (国土交通省東北地方整備局)
  6. ^ “【6号国道一般通行可能へ】浜の動脈復活期待 物流、観光に効果 避難者、帰還へ希望の道。”. 福島民報. (2014年9月13日). http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2014/09/post_10676.html 2014年9月13日閲覧。 
  7. ^ 平成19年3月1日・衆議院予算委員会第八分科会2号・議事録
  8. ^ 青木智也 『いばらぎじゃなくていばらき』 茨城新聞社、水戸市、2004年、77頁。ISBN 4-87273-192-1
  9. ^ 道路の区域変更(昭和58年2月14日 茨城県告示第257・258号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第7116号: pp.4-5, (1983年2月14日) 
  10. ^ 対向車接近表示システム運用開始(国土交通省東北地方整備局磐城国道事務所)
  11. ^ 国道6号ルポ まだまだ復興の道遠し北陸中日新聞2014年9月18日朝刊

参考文献[編集]

  • ふるさといばらきの道編集委員会;佐藤次男 『ふるさといばらきの道』 茨城県1989年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]