国道124号

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一般国道

国道124号標識

国道124号
総延長 99.7 km
実延長 45.8 km
現道 35.4 km
制定年 1953年指定
起点 千葉県銚子市
主な
経由都市
茨城県鹿嶋市
終点 茨城県水戸市
接続する
主な道路
記法
Japanese National Route Sign 0126.svg国道126号
Japanese National Route Sign 0356.svg国道356号
Japanese National Route Sign 0051.svg国道51号
テンプレート(ノート 使い方) ウィキプロジェクト 道路
神栖市大野原

国道124号(こくどう124ごう)は、千葉県銚子市から茨城県水戸市に至る一般国道である。

概要[編集]

途中経路の鹿嶋市から終点の水戸市までの区間は国道51号との重複区間であり、124号は実質鹿嶋 - 銚子までの約35kmにとどまる。鹿島港東関東自動車道を結ぶ主要道路であるため、神栖市内と鹿嶋市内は片側2車線が確保されるなど整備度が高い。

路線データ[編集]

一般国道の路線を指定する政令[1][注釈 1]に基づく起終点および経過地は次のとおり。

歴史[編集]

茨城県鹿嶋市と神栖市にまたがる鹿島港を中心とする地域は、1963年(昭和38年)4月に鹿島臨海工業地帯を造る国家プロジェクト「鹿島開発」により工業整備特別地域に指定され、現在のルートの国道124号(幅員40m)は、1967年(昭和42年)9月に都市計画道路の計画決定により、建設省道路局補助の道路整備事業として道路整備が開始された[4]。 鹿島開発の対象地域内の用地買収は、一括して鹿島開発組合により順調に進められて計画道路は早期開通したが、それ以外の地域の用地確保がすすまず、鹿島地区が2002 FIFAワールドカップの開催地のひとつに選ばれたことを契機に、2002年(平成14年)のワールドカップ開催に合わせ鹿島神宮付近の国道124号鹿島バイパスは、国道51号鹿嶋バイパスと同時期に開通している[4]

年表[編集]

  • 1953年昭和28年)5月18日
    二級国道124号銚子水戸線(銚子市 - 水戸市)として指定施行[5]
  • 1965年(昭和40年)4月1日
    道路法改正により一級・二級区分が廃止されて一般国道124号として指定施行[6]
  • 1982年(昭和57年)2月4日:鹿島郡波崎町大字太田(太田南交差点 - 波崎太田郵便局前)の旧道(1.482km)が指定解除され、波崎町道に降格[7]
  • 1983年(昭和58年)3月24日:鹿島郡波崎町大字太田(波崎太田郵便局前) - 同郡神栖町大字日川(石塚十字路)の区間(約2.8km)を4車線化供用開始[8]
  • 1984年(昭和59年)8月31日:鹿島バイパスの鹿島郡神栖町大字筒井(平泉西交差点) - 同郡鹿島町大字木滝(木滝交差点)の一部区間(4.723km)が開通[9]
  • 1985年(昭和60年)3月15日:神栖町知手(知手交差点) - 同町大字奥野谷の区間(約1.5km)を4車線化供用開始[10]
  • 1994年平成6年)5月20日 : 鹿島バイパスの鹿島町大字佐田(宮中東交差点) - 大字宮中(勤労文化会館西交差点)の一部区間が開通[11]
  • 1995年(平成7年)6月22日 : 鹿島バイパスの鹿島町大字木滝 - 大字佐田(宮中東交差点)の一部区間が開通[12]
  • 1998年(平成10年)11月30日 : 鹿島郡神栖町(知手交差) - 鹿島町の区間が、通行する車両の最大重量限度25トンの道路に指定される[13]
  • 1999年(平成11年)3月25日 : 鹿嶋市泉川(泉川交差点) - 木滝(木滝交差点)の旧道が鹿嶋市道に降格[14]
  • 1999年(平成11年)10月7日 : 鹿島港北航路の浚渫工事着工に伴い、航路部分にかかる鹿島郡神栖町居切(居切交差点) - 鹿嶋市泉川(泉川交差点)間の旧道が廃道となる[15]
  • 2000年(平成12年)9月18日 : 鹿嶋市大字宮中( - 神向寺南交差点)のバイパス道路を新設する道路区域決定[16]
  • 2001年(平成13年)3月1日 : 鹿島郡波崎町字明神前 - 鹿島郡神栖町大字知手の区間が、通行する車両の最大重量限度25トンの道路に指定される[17]
  • 2001年(平成13年)3月27日 : 鹿嶋市大字宮中(勤労文化会館西交差点 - 鹿島神宮前 - 鹿島中学校前)の鹿島バイパス区間が開通[18]
  • 2002年(平成14年)3月27日 : 鹿嶋市大字宮中(鹿島中学校前 - 国道51号鹿嶋バイパス・鹿嶋消防署南交差点)の鹿島バイパス残存区間開通により、鹿島バイパスが全線開通する[19]
  • 2002年(平成14年)4月1日 : 鹿嶋市宮中の区間が、通行する車両の最大重量限度25トンの道路に指定される[20]
  • 2004年(平成16年)3月22日 : 鹿島郡波崎町 - 鹿嶋市大字木滝 - 同市大字宮中の現道、鹿島郡神栖町大字平泉外十二入会 - 同町大字居切の旧道の各区間が、通行する車両の高さの最高限度4.1mの道路に指定される[21]
  • 2004年(平成16年)4月1日 : 鹿島郡神栖町大字平泉外十二入会、鹿嶋市大字木滝 - 鹿嶋市大字宮中の各区間が、通行する車両の最大重量限度25トンの道路に指定される[22]
  • 2004年(平成16年)8月5日 : 鹿嶋市大字木滝(木滝交差点) - 鹿嶋市宮中5丁目(桜町交差点)まで旧道区間(2.898km)が指定解除され鹿嶋市道へ降格[23]
  • 2008年(平成20年)3月10日 : 鹿嶋市大字宮中 - 同市大字清水のカシマサッカースタジアム前を通過する鹿嶋バイパスの一部区間(2.283km)を編入[24][注釈 6]
  • 2008年(平成20年)12月18日 : 銚子大橋架け替えに伴う道路区域を指定[25]

路線状況[編集]

起点である銚子大橋前交差点から100mほどで、銚子大橋に差しかかり利根川を渡河すると、茨城県神栖市に入る。神栖市(旧波崎町)の銚子寄りでは、波崎漁港に由来する商店街や集落があり、片側1車線である。かもめ大橋入口付近から水戸寄りは、片側2車線の道路となる。交通量は多くない。覆面パトカーの活動がさかんである。神栖市(旧神栖町)の地域では、ほぼ全線で片側2車線(一部片側4車線部分あり)となっているが、鹿島港鹿島臨海工業地帯にアクセスできる茨城県道240号奥野谷知手線をはじめとする県道と接続することから、交通量は大幅に増加する。とりわけ通勤時間帯は、鹿島セントラルホテル(平泉交差点)から茨城県道240号奥野谷知手線(知手交差点)までは交通の流れが悪く、コンビナートの定期修理期間中にあたる毎年5月〜6月は工事関係者の車両も加わり、朝の下り線をピークに通勤ラッシュで大渋滞となる。鹿島セントラルホテル前から鹿嶋市の国道51号との合流まで片側2車線で、国道51号との合流付近では、交通量は比較的穏やかであるが、鹿島セントラルホテル前からショッピングセンターチェリオ付近では、沿線のロードサイド店舗への買い物客で休日を中心に混雑する。神栖市 - 鹿嶋市は、通行する車両の総重量の最高限度25トン(t)である道路の指定を受けている[13][17]2015年6月から3年間で平泉東交差点から知手交差点までを6車線化工事を行うことが正式に決定した[要出典]

バイパス[編集]

重複区間[編集]

道路施設[編集]

地理[編集]

神栖市の鹿島セントラルホテル前から鹿嶋市街の沿線には、ショッピングセンターチェリオやロードサイド店舗をはじめとする市街地が形成されており、国道51号との合流付近では、鹿島神宮の杜に沿って通っている。

通過する自治体[編集]

交差する道路[編集]

千葉県銚子市内の起点・銚子大橋前交差点。正面奥は利根川に架かる銚子大橋。(2015年6月)
千葉県銚子市
茨城県神栖市
茨城県鹿嶋市

※国道51号鹿嶋バイパス重複区間は国道と自動車専用道路のみを記す。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 一般国道の路線を指定する政令の最終改正日である2004年3月19日の政令(平成16年3月19日政令第50号)に基づく表記。
  2. ^ 2005年8月1日に鹿島郡神栖町へ編入と同時に市制施行して神栖市発足。
  3. ^ 2004年10月16日に鹿島郡大野村を編入と同時に市制施行・改称して鹿嶋市発足。
  4. ^ 2005年10月11日に鹿島郡鉾田町ほか2村が合併して鉾田市発足。
  5. ^ 2013年4月1日現在
  6. ^ 国道51号鹿嶋バイパスの一部を国道124号へ編入し、国道51号鹿嶋バイパスと一部重複となる。

出典[編集]

  1. ^ 一般国道の路線を指定する政令(昭和40年3月29日政令第58号)”. 法令データ提供システム. 総務省行政管理局. 2012年9月21日閲覧。
  2. ^ 表26 一般国道の路線別、都道府県別道路現況 (PDF)”. 道路統計年報2014. 国土交通省道路局. p. 6. 2015年3月24日閲覧。
  3. ^ 一般国道の指定区間を指定する政令(昭和33年6月2日政令第164号)”. 法令データ提供システム. 総務省行政管理局. 2012年9月21日閲覧。
  4. ^ a b いばらき建設技術研究会;立原信永 2002, p. 13.
  5. ^ ウィキソースには、二級国道の路線を指定する政令(昭和28年5月18日政令第96号)の原文があります。
  6. ^ 一般国道の路線を指定する政令(昭和40年3月29日政令第58号)
  7. ^ 道路の区域変更(昭和57年2月4日 茨城県告示第169号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第7011号: p.9, (1982年2月4日) 
  8. ^ 道路の供用開始(昭和58年3月24日 茨城県告示第520号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第7127号: p.7, (1983年3月24日) 
  9. ^ 道路の区域変更(昭和59年8月30日 茨城県告示第1097号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第7275号: p.7, (1995年8月30日) 
  10. ^ 道路の供用開始(昭和60年3月14日 茨城県告示416号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第7329号: pp.13-14, (1985年3月14日) 
  11. ^ 道路の供用の開始(平成6年5月20日 茨城県告示第649号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第549号: p.6, (1994年5月20日) 
  12. ^ 道路の供用の開始(平成7年6月19日 茨城県告示第762号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第659号: p.4, (1995年6月19日) 
  13. ^ a b 車両制限令の規定に基づく道路の指定(平成10年11月30日茨城県告示第1314号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1014号: p.6-7, (1998年11月30日) 
  14. ^ 道路の区域の変更(平成11年3月25日茨城県告示第323号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1045号: p.10, (1999年3月25日) 
  15. ^ 道路の区域の変更(平成11年10月7日茨城県告示第1091号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1099号: p.4-5, (1999年10月7日) 
  16. ^ 道路の区域の変更(平成12年9月18日 茨城県告示第1031号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1095号: p.2-3, (2000年9月18日) 
  17. ^ a b 車両制限令の規定に基づく道路の指定(平成13年3月1日 茨城県告示第198号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1241号: p.10-14, (2001年3月1日) 
  18. ^ 道路の供用の開始(平成13年3月26日 茨城県告示第331号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1248号: p.11, (2001年3月26日) 
  19. ^ 道路の供用の開始(平成14年3月25日 茨城県告示第330号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1349号: p.43, (2002年3月25日) 
  20. ^ 車両制限令の規定に基づく道路の指定(平成14年2月28日 茨城県告示第193号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1342号: p.11-12, (2002年2月28日) 
  21. ^ 車両制限令の規定の基づく道路の指定(平成16年3月15日 茨城県告示第371号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1551号: p.9-14, (2004年3月15日) 
  22. ^ 車両制限令の規定の基づく道路の指定(平成16年3月15日 茨城県告示第370号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1551号: p.8-9, (2004年3月15日) 
  23. ^ 道路の区域の変更(平成16年8月5日 茨城県告示第1136号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1591号: p.8, (2004年8月5日) 
  24. ^ a b 道路の区域の変更(平成20年3月10日 茨城県告示第295号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第1958号: pp.8-9, (2008年3月10日) 
  25. ^ 道路の区域の変更(平成20年12月18日 茨城県告示第1585号) (PDF)”, 茨城県報 (茨城県) 第2039号: pp.5-6, (2008年12月18日) 

参考文献[編集]

いばらき建設技術研究会;立原信永、2002、「茨城の道路づくり (PDF) 」 、『いばらきの建設文化を語る懇談会 -現場における建設技術の継承を目指して-』、公益社団法人土木学会関東支部茨城会

関連項目[編集]

外部リンク[編集]