国道2号

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一般国道
国道2号標識
国道2号
地図
Japan National Route 2 Map.png
総延長 671.4 km
実延長 671.4 km(全国4位)
現道 596.0 km
制定年 1920年
起点 大阪府大阪市北区
梅田新道交差点(地図
主な
経由都市
兵庫県尼崎市西宮市芦屋市神戸市明石市姫路市
岡山県岡山市倉敷市
広島県福山市尾道市東広島市広島市廿日市市
山口県岩国市山口市下関市
終点 福岡県北九州市門司区
老松公園前交差点(地図
接続する
主な道路
記法
Japanese National Route Sign 0001.svg国道1号
Japanese National Route Sign 0025.svg国道25号
Japanese National Route Sign 0043.svg国道43号
Japanese National Route Sign 0028.svg国道28号
Japanese National Route Sign 0029.svg国道29号
Japanese National Route Sign 0030.svg国道30号
Japanese National Route Sign 0031.svg国道31号
Japanese National Route Sign 0054.svg国道54号
Japanese National Route Sign 0009.svg国道9号
Japanese National Route Sign 0003.svg国道3号
テンプレート(ノート 使い方) ウィキプロジェクト 道路

国道2号(こくどう2ごう)は、大阪府大阪市北区から福岡県北九州市門司区へ至る一般国道である。本州九州との間は、関門トンネルによって繋がり、兵庫県から山口県にかけての大半の区間で山陽自動車道と並走している。

山陽道(近世山陽道・西国街道)を前身とする路線であり、山陽道をほぼ踏襲している。しかし起点は大阪で、また岡山県岡山市から広島県福山市までは、戦前に行われた大規模な経路変更のため鴨方往来を前身とし、岡山県総社市井原市矢掛町などを経由するかつての山陽道からは大きく外れている。

路線データ[編集]

  • 起点 : 大阪府大阪市北区梅田一丁目(梅田新道交差点 = 国道1号国道25号国道176号終点)
  • 終点 : 福岡県北九州市門司区老松町(老松公園前交差点 = 国道3号起点)
  • 総延長 : 671.4 km(大阪市 6.3 km、兵庫県 129.5 km、神戸市 66.2 km、岡山県 72.5 km、岡山市 29.1 km、広島県 154.5 km、広島市 52.4 km、山口県 158.6 km、北九州市 2.3 km)[1][注釈 1]
  • 重用延長 : 0.0 km(大阪市 - km、兵庫県 - km、神戸市 - km、岡山県 - km、岡山市 - km、広島県 0.0 km、広島市 - km、山口県 - km、北九州市 - km)[1][注釈 1]
  • 実延長 : 671.4 km(大阪市 6.3 km、兵庫県 129.5 km、神戸市 66.2 km、岡山県 72.5 km、岡山市 29.1 km、広島県 154.5 km、広島市 52.4 km、山口県 158.6 km、北九州市 2.3 km)[1][注釈 1]
    • 現道 : 596.0 km(大阪市 6.3 km、兵庫県 90.4 km、神戸市 58.6 km、岡山県 62.7 km、岡山市 29.1 km、広島県 152.5 km、広島市 35.5 km、山口県 158.6 km、北九州市 2.3 km)[1][注釈 1]
    • 旧道 : 44.5 km(大阪市 - km、兵庫県 39.1 km、神戸市 - km、岡山県 - km、岡山市 - km、広島県 - km、広島市 5.4 km、山口県 - km、北九州市 - km)[1][注釈 1]
    • 新道 : 30.9 km(大阪市 - km、兵庫県 - km、神戸市 7.6 km、岡山県 9.8 km、岡山市 - km、広島県 2.0 km、広島市 11.4 km、山口県 - km、北九州市 - km)[1][注釈 1]
  • 指定区間 : 大阪市北区梅田一丁目3番 - 北九州市門司区老松町3番1〈全線〉但し、以下の区間を除く。

歴史[編集]

路線の前身は古代から存在した山陽道である。この山陽道は京都を起点とし、大阪を経由せず神戸に直接向かい、山陽地方を東西に抜け、九州へ至っていた。

1876年明治9年)には太政官達第60号(道路ノ等級ヲ廢シ國道縣道里道ヲ定ム)により一等国道となる[2]

1885年(明治18年)2月24日には内務省告示第6号「國道表」により國道三號「東京ヨリ神戸港ニ達スル路線」、國道四號「東京ヨリ長崎港ニ達スル路線」に指定されたが、いずれも大阪を通らない経路が採られ、現在の大阪府大阪市 - 兵庫県西宮市に相当する区間は、二十六號「大坂府ト廣島鎭臺トヲ拘聯スル路線」として指定された。

1920年大正9年)4月1日には道路法に基づく「路線認定」が施行され、國道二號「東京市ヨリ鹿兒島縣廳所在地ニ達スル路線(甲)」として指定され、現在の国道1号、国道2号・国道3号に相当する路線が誕生し、ここではじめて大阪経由となる。

1926年(大正15年)6月9日には重要性を増した倉敷を通過するよう改めるため、岡山県岡山市 - 広島県沼隈郡津之郷村(現・福山市津之郷町)間における山陽道を踏襲する本国道を県道にし、鴨方往来を踏襲する県道[注釈 2]を本国道とする経路変更が決まる[4][5]。これにより変更後の経路となる高梁川に架かる霞橋の架け替えでは、総工費48万9000円のうち4分の3は国からの補助となった[6]

1928年昭和3年)7月に霞橋(現・霞橋側道橋)の架け替え完了[6]1929年(昭和4年)から新経路に移行[3][7]。これにより、現在の岡山市中心部より倉敷市中心部 - 浅口市 - 浅口郡里庄町 - 笠岡市 - 福山市中心部を経て福山市津之郷町へ至る経路[注釈 3]が本国道となり、現在の岡山市中心部より総社市吉備路) - 倉敷市真備町 - 小田郡矢掛町 - 井原市 - 福山市神辺町を経て福山市津之郷町へ至る経路は、県道[注釈 4]となる。しかし、新経路は国道に昇格しても直ちに整備されたわけではなかった[7][9]鴨方往来は細く曲がりくねった悪路で自動車通行量が増えた戦後、笠岡市内では「日本一狭い国道」と言われていた[10]。そのため、東西の主要交通路は依然として県道に降格した山陽道が1960年代初頭まで担っていた[注釈 5]。それもあってか戦前地図には変更後の経路が国道として記載されていないものが多い。変更後の経路が地図にはっきり示されるようになるのは戦後になってからである。

1930年(昭和5年)頃の岡山市街。変更前の経路が国道として「山陽道」と記されている。

年表[編集]

  • 1952年昭和27年)
    • 12月4日 : 新道路法に基づく「路線指定」で、大阪府大阪市 - 福岡県門司市(現・北九州市門司区)間の「一級国道2号」として指定される。
  • 1963年(昭和38年)
    • この年度をもって全線の一次改築完了[15]
  • 1965年(昭和40年)
    • 4月1日 : 道路法改正によって一級・二級の別がなくなり「一般国道2号」となる。

並行する旧街道[編集]

路線状況[編集]

大阪から神戸にかけての区間は、従来「第二阪神国道」である国道43号に対し、「第一阪神国道」(略称は「一国(いちこく)」と呼ばれてきたが、近年は、この国道2号のことを「にこく」と呼ぶことも多く、地元での呼称はやや混乱してきている[注釈 6])。またこの区間は大正時代に阪神国道電軌(後に阪神電気鉄道吸収合併)の資金によって建設されたので、1975年(昭和50年)に廃止されるまで路面電車である阪神国道線併用軌道で通っていた。

兵庫県の姫路市や加古川市の一部区間では、多大な交通量の対策として、国道としては極めて稀な一方通行規制を行っている[注釈 7]。他にも兵庫県内では交通量の都合上、多くの区間でバイパスが建設されている。

岡山県では岡山市東区から浅口市、笠岡市の一部区間でバイパスが建設されている。バイパス供用後、当時の現道は県・市に順次移管されたが、岡山市中心部には2016年(平成28年)3月31日まで別線として指定区間が残っていた[16]

尾道バイパス以西の広島・山口両県では、急カーブが連続する区間の路面に、直進矢印(↑)を最短約1 m間隔で連続標記する「(対向車線はみ出しと逆走防止のための)視線誘導標示」が各所に見られる(国道3号でも同様)。

広島県内の広島岩国道路は国道2号のバイパスとして建設された一般有料道路だが、事実上、山陽自動車道と一体化している。

下関市では瀬戸内海沿いを通って中心部へ向かう国道9号に対して、国道2号は内陸部を通り関門トンネルへと続くので、下関駅前や中心街へ行くときは注意が必要である。なお、関門トンネル手前で中心部へ向かう山口県道57号下関港線と分岐している。

なお、国道2号を補完する目的で整備され、後に無料開放された有料道路として、岡山ブルーライン(=岡山県道397号寒河本庄岡山線)、欽明路道路(=山口県道15号岩国玖珂線)、長府道路がある。

梅田新道交差点にある大阪市道路元標
起点 梅田新道。手前が国道1号、奥が国道2号。
桜橋交差点大阪市北区曾根崎新地)。前後方向が国道2号。
国道2号終点(北九州市門司区

バイパス[編集]

国道2号のバイパスとして整備されている道路のみ記す。

有料道路[編集]

通称[編集]

  • 第一阪神国道(通称いちこく) : 大阪府大阪市北区 - 兵庫県神戸市中央区
  • 曽根崎通 : 大阪府大阪市
  • 宮島街道 : 広島県広島市 - 広島県廿日市市

重用区間[編集]

  • 国道171号 : 兵庫県西宮市(札場筋交差点) - 兵庫県神戸市中央区(三宮東交差点)
  • 国道28号 : 兵庫県神戸市長田区(東尻池交差点) - 兵庫県明石市(狩口交差点)
  • 国道250号 : 兵庫県神戸市長田区(東尻池交差点) - 兵庫県明石市(小久保交差点)
  • 国道312号 : 兵庫県姫路市御国野町国分寺(御国野交差点) - 兵庫県姫路市市川橋通(姫路天神前交差点)
  • 国道250号 : 岡山県備前市(伊部東交差点) - 岡山県岡山市東区浅川(岡山バイパス東分岐点)
  • 国道433号 : 広島県廿日市市(上平良交差点) - 広島県大竹市
  • 国道9号 : 山口県山口市(交通センター前交差点) - 山口県下関市(印内交差点)
  • 国道490号 : 山口県宇部市車地(車地交差点) - 山口県宇部市瓜生野(瓜生野交差点)

海上区間[編集]

本州の山口県から九州の福岡県を結ぶ区間は、関門海峡が横たわり、自動車専用道路の関門トンネルと自転車・歩行者用の人道トンネルの2つのトンネルがある[17]。海底トンネルで県境をまたぐ一般国道は国道2号と国道409号東京湾アクアライン)の2路線だけであるが、歩行者が通行できるのは国道2号だけである[17]。海底トンネルである関門トンネルが1958年(昭和33年)に開通しているため、関門海峡の海上区間には国道の航路はない[17]

道路施設[編集]

休憩施設[編集]

自動車専用道路区間にはサービスエリアパーキングエリアが複数存在する。

主なトンネル[編集]

本州と九州を結ぶ海底トンネルである関門国道トンネル(山口県下関市・福岡県北九州市)には、車道とは別に、世界的にも珍しい海底の人道トンネルがあり、地上との間はエレベータで昇降する[18]。この人道トンネルやエレベータは国道2号の歩道施設の一部となっている[18]

  • 城山トンネル(兵庫県揖保郡太子町)※姫路バイパス
  • 三石第一トンネル(岡山県備前市)
  • 下木原トンネル(広島県三原市) ※ 三原バイパス
  • 時広トンネル(広島県三原市) ※ 三原バイパス
  • 防府第一トンネル(山口県防府市) ※ 防府バイパス
  • 防府第三トンネル(山口県防府市) ※ 防府バイパス
  • 長府トンネル(山口県下関市)
  • 関門トンネル(山口県下関市 - 福岡県北九州市門司区)

主な橋梁[編集]

最も橋の数が多い国道は国道2号であることが知られており、その数は2m以上の橋が1279箇所ある[19]

道の駅[編集]

沿線には長らく道の駅が1箇所も存在していなかったが、2011年にバイパス区間に沿線初の道の駅が開業された[20]

事前通行規制区間[編集]

下記の区間は事前通行規制区間で、雨量によって通行止めとなる場合がある。

  • 兵庫県上郡町の一部
  • 岡山県備前市(三石船坂 - 三石四十谷、三石木谷口 - 八木山、伊里中 - 東片上) = 連続雨量250mmを超える場合通行止
  • 広島県三原市(木原 - 糸崎町)
  • 山口県岩国市(岩国 - 関戸) = 連続雨量250mmを超える場合通行止

地理[編集]

通過する自治体[編集]

交差する道路[編集]

※ バイパスのうち兵庫県の第二神明道路加古川バイパス姫路バイパス、広島県の松永道路尾道バイパスを除く。それぞれの接続路線については各記事を参照。

近畿地方整備局管内

中国地方整備局管内

九州地方整備局管内

  • 福岡県
    • 国道3号(北九州市門司区・老松公園前交差点終点)

主な峠[編集]

  • 鯰峠標高100 m) : 兵庫県赤穂市 - 兵庫県赤穂郡上郡町
  • 船坂峠(標高180 m) : 兵庫県赤穂郡上郡町 - 岡山県備前市
  • 廿木峠(標高120 m) : 山口県岩国市
  • 椿峠(標高94m) : 山口県周南市 - 山口県防府市
  • 吉見峠(標高90 m) : 山口県宇部市吉見 - 同市船木
  • 談合峠(標高70 m) : 山口県山陽小野田市

国道2号を舞台とする歌曲[編集]

日本のミュージシャンが自身の出身地の道路を歌った曲として、国道2号が登場する。

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b c d e f 2016年4月1日現在。
  2. ^ 当時の県道は、岡山県道岡山玉島線、岡山県道玉島笠岡線、広島県道・岡山県道福山笠岡線[3]、広島県道広島福山線[3]
  3. ^ 岡山市から浅口市境にかけての本国道は岡山バイパス、玉島バイパスへの移行に伴い、現在は岡山県道21号岡山児島線(一部) - 岡山県道162号岡山倉敷線(全線) - 国道429号(一部)となっている。
  4. ^ 当時の県道は、岡山県道岡山井原線[8]、広島県道・岡山県道福山井原線、広島県道尾道井原線[9]
  5. ^ 広島県深安郡神辺町(現・福山市)では九州方面から阪神地方へ向かう長距離自動車の通過交通が問題になり、1957年昭和32年)8月28日根本龍太郎建設大臣による現地視察が行われたほか、山陽道を踏襲する広島県道福山井原線の改修を求めて建設大臣への陳情が行われた[11][12]。また岡山県井原市では山陽道を踏襲する岡山県道福山井原線が一次改築されるまでの間の交通対策として1959年(昭和34年)6月12日の岡山県公安員会告示第51号により上出部町402番地先(的場)から下出部町676番地先(出部大曲り)までの岡山県道福山井原線(近世山陽道)を西行きとし、下出部町676番地先(出部大曲り)から井原町166の3地先(昭和通り)までの井原市道井原笹賀線(中世山陽道[13])を東行きとする一方通行が実施されていた[14]
  6. ^ 同様の混乱は、東京横浜京浜間においても、「第一京浜国道」国道15号と「第二京浜国道」国道1号の間でも発生している。
  7. ^ 双方とも、東行きのみが国道に指定され、西行きの国道に実質的に相当する一方通行の市道がある。関連項目も参照のこと。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 表26 一般国道の路線別、都道府県別道路現況 Page white excel.png (XLS)”. 道路統計年報2017. 国土交通省道路局. 2018年3月30日閲覧。
  2. ^ 社団法人中国建設弘済会 2007, p. 205.
  3. ^ a b c 福山市史編纂委員会 1983, pp. 744-745.
  4. ^ 岡山県史編纂委員会 1987, p. 107.
  5. ^ 小田郡教育會 1941, p. 387.
  6. ^ a b 社団法人中国建設弘済会 2007, p. 207.
  7. ^ a b 津之郷町史編纂委員会 2012, p. 134.
  8. ^ 小田郡教育會 1941, pp. 387, 468-469.
  9. ^ a b 福山市史編纂委員会 1983, p. 745.
  10. ^ 社団法人中国建設弘済会 2007, p. 209.
  11. ^ 神辺町広報編集事務室 (1957年10月1日). “根本建設大臣 来町”. 神邊町廣報 第42号 (深安郡神辺町役場) 
  12. ^ 神辺町広報編集事務室 (1957年10月1日). “陳情 建設大臣へ 道路改修など”. 神邊町廣報 第42号 (深安郡神辺町役場) 
  13. ^ 岡山県立博物館 1984, p. 68.
  14. ^ “新しくできた 一方通行 警察だより”. 第99号 井原市広報 (井原市役所). (1959年7月10日) 
  15. ^ 建設省中国地方建設局 1982, p. 75.
  16. ^ “岡山市内における一般国道2号の路線名称が変わります” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省中国地方整備局 岡山国道事務所, (2016年3月30日), http://www.cgr.mlit.go.jp/okakoku/news/2015/contents/oshirase_71.pdf 2016年4月1日閲覧。 
  17. ^ a b c 松波成行 2008, p. 86.
  18. ^ a b 佐藤健太郎 2014, pp. 27-28.
  19. ^ 佐藤健太郎 2014, p. 145.
  20. ^ 佐藤健太郎 2014, p. 155、これと対照的に日本海側を走る国道9号では、国道路線最多の22駅の道の駅がある(2015年現在)。
  21. ^ 周南市道の駅推進課
  22. ^ a b 佐藤健太郎 2014, pp. 238-239、「生まれ故郷の歌」より。

参考文献[編集]

  • 佐藤健太郎 『ふしぎな国道』 講談社〈講談社現代新書〉、2014年ISBN 978-4-06-288282-8
  • 津之郷町史編纂委員会 『福山市津之郷町史』、2012年
  • 松波成行「国道2号」、『酷道をゆく』、イカロス出版2008年3月20日、 86頁、 ISBN 978-4-86320-025-8
  • 社団法人中国建設弘済会 『中国地方 地域づくりと土木のあゆみ くらしを支えた叡智』、2007年
  • 岡山県史編纂委員会 『岡山県史』第十一巻 近代II、岡山県庁、1987年
  • 岡山県立博物館 『昭和59年度 特別展 みち - 交通の変遷と風俗 -』、1984年
  • 福山市史編纂委員会 『福山市史』下、国書刊行会、1983年
  • 建設省中国地方建設局 『中国地方 建設局 五十年のあゆみ』、1982年
  • 小田郡教育會 『小田郡誌』下、1941年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]