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姜尚中

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姜 尚中
(カン サンジュン)
人物情報
全名 姜 尚中
강 상중
別名 永野 鉄男
(ながの てつお)
生誕 1950年8月12日(65歳)
日本の旗 日本熊本県(国籍韓国の旗 韓国)
学問
時代 20世紀 - 21世紀
活動地域 日本の旗 日本
研究分野 政治学
政治思想
ナショナリズム
主要な作品 在日』(2004年
姜尚中の政治学入門』(2006年
愛国の作法』(2006年
悩む力』(2008年
母 オモニ』(2010年
など他多数。
影響を
受けた人物
藤原保信
夏目漱石など
主な受賞歴 青丘文化賞1995年
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姜 尚中(カン サンジュン。朝鮮語강 상중英語Kang Sang-jung1950年(昭和25年)8月12日 - )は、熊本県熊本市出身の政治学者[1]東京大学名誉教授[2]。専門は政治学政治思想史。特にアジア地域主義論・日本の帝国主義を対象としたポストコロニアル理論研究。

在日韓国人二世。通名は永野 鉄男(ながの てつお)。姜尚中の日本式の音読みはキョウ ショウチュウ

来歴

1950年(昭和25年)に、熊本市で在日韓国人二世として生まれる。父は、1916年(大正5年)に旧朝鮮南部の慶尚南道昌原郡南山里(現・昌原市義昌区)に生まれ、1931年(昭和6年)に仕事を求めて自らの意思で日本へ渡った。母は1923年(大正12年)に旧朝鮮で生まれ、1941年(昭和16年)に釜山近くの鎮海(現・昌原市鎮海区)から許嫁の父を訪ねるべく関釜連絡船で渡日した[3]

熊本県立済々黌高等学校を経て、1974年(昭和49年)早稲田大学政治経済学部卒業、1979年(昭和54年)早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。西ドイツエアランゲン大学文学部研究生留学(1979年(昭和54年) - 1981年(昭和56年))を経て、明治学院大学講師、国際基督教大学準教授を経て、1998年(平成10年)東京大学社会情報研究所助教授、2004年(平成16年)東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授(所属:社会情報研究所 情報行動部門)。2010年(平成20年)東京大学大学院情報学環教授 兼 現代韓国研究センター長。

当初、日本名永野鉄男(ながのてつお)」を名乗っていたが、早稲田大学在学中に韓国文化研究会に参加し、1972年(昭和47年)の訪韓以来、韓国名を使用する。2011年(平成23年)に開催された句会の席上、姜は自らの生い立ちについて「生まれは熊本本名は永野鉄男です。でも今から三十八年前、二十二歳のときに、思うところがあって姜尚中を名乗りました」[4]と語っている。

1995年(平成7年)、青丘文化賞受賞。

2008年(平成20年)に開設したインターナショナル・スクールコリア国際学園の理事長に就任する予定だったが、東大の兼業規程に違反するとの指摘があり、辞退している。

2013年(平成25年)3月末、東京大学の定年を3年残し退職。同年4月より次期学長含みで聖学院大学に移籍して[5]、全学教授に就任、同年7月22日の理事会で正式に第6代学長に選出された(任期5年)[6]。同年6月に東京大学より名誉教授の称号を得る。2014年4月より聖学院大学長 兼 総合研究所長 兼 政治経済学科教授に就任。しかし任期途中の2015年3月31日付けで聖学院大学学長を辞任した[7]。辞任理由については「諸般の事情」としている[8]

近年は『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)をはじめ、多くの討論番組やトーク番組に頻繁に出演している。『朝まで…』における論敵は親米保守村田晃嗣であり、主に外交問題で対立している。

学歴

思想・主張

在日韓国人という立場を、エドワード・サイードの言う「周辺者」あるいは「亡命者」とみなし、日本と韓国という二つの祖国を持つ独自の存在とし、日本社会が歴史的に捉えてきた朝鮮史観、およびそこにあるいわゆる「偏見」に対して批判を加えている。ここでは、日本の戦前の朝鮮史観の始まりは、山縣有朋の「主権線・利益線」にまで遡ると主張。日本の近代化としての理想像が西欧社会であるならば、その反転としての未開地域、停滞地域として朝鮮半島・東北アジアが「発見」されたと主張している。また、戦後の日本の対朝鮮史観については、丸山眞男のいう「悔恨の共同体」を経て、経済復興、高度経済成長を背景に「日本特殊論」などが登場してくる中で、西欧との同一化と差異化のプロセスとして、再び戦前と同様の対朝鮮・東北アジア史観が「再発見」されたと主張している。

ナショナリズム批判についての著作も多い。ただし、現在の世界システムを自由主義経済による支配システムとして考えた場合、その中枢にいる一握りの経済大国と周辺に追いやられた諸国との経済格差はますます大きくなっているとし、有無を言わさず周辺化される力学に反抗する手段としての、いわばイマニュエル・ウォーラーステインのいう「反システム運動」として発現するナショナリズムに対しては一定の理解を示している。また、サミュエル・P・ハンティントンが主張した「文明の衝突」に対しても、世界システムにおける中枢国と周辺国の格差を無視したオリエンタリズム的観点であると批判している[要出典]

マガジン9」発起人を務めている[9]

政治活動

2016年夏季オリンピックの立候補都市を巡る誘致では、韓国・釜山の共同開催を期待して福岡市の応援活動を行った[10]

政治評論

日韓・日朝関係

  • 日韓両国が新しい時代に対応するために東アジア共同体を構成する必要があると考えている。東アジア共同体の中心はソウルに置くべきだと主張している[11]
  • 日米関係ではなく日韓関係を外交の基軸とするべきだと主張している[12]
  • 日韓関係の改善には5つの障害物(竹島問題、過去の歴史の清算、北朝鮮による日本人拉致問題在日韓国人の参政権、日韓貿易における韓国側の貿易赤字を取り除く必要があると述べている。この5つの問題の解決のためには、天皇の訪韓や自由貿易協定(FTA)の締結などが必要としている。
  • 2010年(平成22年)現在、日本は韓国に追い抜かれるかもしれないという危機感が高まっていると主張し、この現象を「キム・ヨナ症候群」と呼んでいる[13]
  • 2012年(平成24年)8月にソウルで開かれた金大中逝去3周忌祈念式典の講演会で、任期末の李明博の竹島訪問と天皇に対する謝罪要求に対する日本の反発について、「特に日王に対する発言が最も大きかった。独島問題だけでは事態はこれほど大きくならなかっただろう」、「李大統領の独島訪問と日王に対する謝罪要求は、韓国に友好的だった日本国内の左派勢力の反発まで招いている」と語っている[14]。なお、「日王」の呼称は、韓国内における小中華思想の観点から、歴代中華王朝に対する日本の自立性を認ずに、韓国と同様に歴代中華王朝の属国であったとする観点から使用されるものであり、「天皇」が持つ漢語の意味を意図的に格下げさせる呼称である[15]

竹島問題

  • 2010年(平成22年)1月2日、韓国『MBC』の取材を受けて、竹島問題に関して「独島は韓国が実効支配してるじゃないか。だから日本は戦争をしない限り、独島を実効支配することは不可能です。日本が竹島だと主張しても、放っておいてかまいません。私達が我々の領土を実効支配しているからね」と述べている[11]
  • 2010年(平成22年)3月10日、韓国『中央日報』の取材を受けて、「日本から独島問題をめぐる妄言が出てきても、韓国は実効的支配をしているため感情的に対応する必要はない」と述べている[16]

北朝鮮による日本人拉致問題

  • 2007年(平成19年)10月1日ソウル大学での統一政策フォーラムにて、北朝鮮による日本人拉致問題に関して、「日本が拉致問題を理由に北朝鮮を支援しない態度でいれば、国際社会から孤立してしまうので経済支援をするべきである」と主張した[17]
  • 2006年(平成18年)11月25日の世界海外韓人貿易協会での講演にて、「北朝鮮核問題や拉致問題を取り上げて北朝鮮を批判する日本の世論を変えねばならない。在日同胞たちが過去に日本に連れて来られたことに対しては何も言わず、冷戦時代の拉致ばかり話すというのは矛盾したことだ。私は横に横田夫妻(横田滋横田早紀江)がいても、これを言うことができる」と、日本社会の対北朝鮮世論を批判した[18]

日本の政治と政治家評

  • 2007年(平成19年)に、日本の政治家に関する発言としては、「田中真紀子さんに日本の首相になってほしい」[19]と発言している。また、吉田茂岸信介池田勇人佐藤栄作田中角栄を指して、日本のリーダーは米国におむつを履かされた存在に過ぎないが、金大中はおむつを履いた似非リーダーたちと戦った真のリーダーであり、日本人は金大中を見習いなさいと主張している[20]

人物

50歳で運転免許を取得。

最近の趣味は登山・ドライブ・絵画。また、俳句の鑑賞も好んでおり、2011年(平成23年)には金子兜太が宗匠を務める句会にも参加している[4]で亡くなった友人を悼む気持ちを布団の情景に重ねた句や、諧謔を凝らした句などを披露した[21]

絵画趣味に関連して、2009年(平成21年)4月 - 2011年(平成23年)3月には『日曜美術館』(NHK教育テレビ)の司会を務めた。

親族

韓国帰郷時に訪ねた叔父は日本の大学出身であり、その後は日本軍憲兵となり日本人と結婚して子供をもうけ、戦後に妻子を残して韓国に帰郷。良家の韓国人と結婚し弁護士として成功している[22]。叔母にあたる日本人と混血の従妹は行方不明であるとしている[22]。『続、悩む力』を執筆前に長男を亡くしている(26歳)。

著書

単著

論説

共著

編著

共編著

共訳書

監修

翻訳

音声資料

出演

関連項目

脚注

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  1. ^ “「韓国は日本民主党政権とネットワーク構築を」…姜尚中東大教授(1)” (日本語). 中央日報日本語版 (Joongang Ilbo). (2010年3月10日). http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=127052&servcode=A00&sectcode=A10 2012年10月5日閲覧。 
  2. ^ 平成25年度東京大学名誉教授.pdf
  3. ^ 姜(2004a)、27-29頁
  4. ^ a b 金子兜太F・モレシャン・姜尚中・P・ジローラモ楊逸A・ビナード「吉例新春外国人句会--大型新人姜尚中はじめての俳句の巻--『蒲団上げ世界を描くわが粗相』作者はまさかの……」『文藝春秋』89巻3号、文藝春秋2011年3月1日、160頁。
  5. ^ 「『悩む力』が100万部の大ベストセラー 姜尚中知られざる「家庭崩壊」 長男の死、妻との「距離」… 本誌記者には「東大を辞め、信仰に身を捧げたい」、『週刊文春』2012年10月11日号、文藝春秋、2012年10月。
  6. ^ 聖学院大学 次期学長選任のお知らせ 姜尚中全学教授を次期学長に選任
  7. ^ 毎日新聞. “聖学院大:学長に清水副学長就任 姜尚中氏辞任で /埼玉”. 2015年4月2日閲覧。
  8. ^ 「諸般の事情」 姜尚中氏、聖学院大学長辞任のわけは、朝日新聞(電子版)、2015年4月9日
  9. ^ マガジン9とは?
  10. ^ “市民フォーラム 2016福岡・九州オリンピック計画について考える 招致への期待と懸念”. 西日本新聞 (西日本新聞). (2006年7月11日). http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/fukuoka/fukuokagorin/20060711/20060711_002.shtml 2012年10月6日閲覧。 
  11. ^ a b 韓-日 역사 인식 바꾸자「MBCニュース」2010年1月2日更新、3日閲覧
  12. ^ 民主党ホームページ:民主党日韓議員交流委員会が設立総会を開く[リンク切れ]
  13. ^ “韓国に追い越されるかも...日本で危機感増大”. 朝鮮日報 (Chosun Ilbo). (2010年3月10日). http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2010/03/10/2010031063038.html 2012年10月6日閲覧。 
  14. ^ “韓中日新冷戦:日本の親韓派議員も「韓国たたき」”. 朝鮮日報 (Chosun Ilbo). (2012年8月20日). http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/08/20/2012082000602.html 2012年10月6日閲覧。 
  15. ^ 月刊ベルダ2015年1月号
  16. ^ “「韓国は日本民主党政権とネットワーク構築を」…姜尚中東大教授(2)”. 中央日報. (2010年3月10日). http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=127054&servcode=A00 2010年3月10日閲覧。 
  17. ^ “姜尚中教授、北朝鮮支援不参加による日本の孤立懸念” (日本語). 聨合ニュース (Yonhap News Agency). (2007年10月1日). http://app.yonhapnews.co.kr/yna/basic/articleJapan/new_search/YIBW_showSearchArticle.aspx?contents_id=AJP20071001002900882 2012年10月6日閲覧。 
  18. ^ 2006年12月1日オーマイニュース(韓国語)
  19. ^ 田中眞紀子、姜尚中「異色対談 格差社会の現実、日本外交の弱点、そして眞紀子総理待望論 田中眞紀子(元外相)×姜尚中(東京大学教授) 安倍政権の"不都合な真実"について」、『現代』第41巻第4号、講談社、2007年4月、 44-53頁。
  20. ^ 일본은 ‘미국 기저귀’ 벗고 DJ를 배우라 (日本はアメリカ製おむつを脱いで、金大中を見習いなさい)
  21. ^ 金子兜太F・モレシャン・姜尚中・P・ジローラモ楊逸A・ビナード「吉例新春外国人句会--大型新人姜尚中はじめての俳句の巻--『蒲団上げ世界を描くわが粗相』作者はまさかの……」『文藝春秋』89巻3号、文藝春秋2011年3月1日、169頁。
  22. ^ a b 姜(2008a)

外部リンク