山本陽子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
やまもと ようこ
山本 陽子
生年月日 (1942-03-17) 1942年3月17日(80歳)
出生地 日本の旗 日本東京府東京市(現東京都中野区[1]
身長 155cm
血液型 A型
職業 女優
ジャンル テレビ・映画・舞台
活動期間 1963年 -
著名な家族 山本亜希子(姪・女優)
主な作品
テレビドラマ
白い影[1]
白い滑走路
となりの芝生[1]
ザ・ハングマンV
付き馬屋おえん事件帳
黒革の手帖』<1982年版>
映画
華麗なる一族[1]
八つ墓村
CM
両国予備校
山本海苔店
備考
体重:47kg
テンプレートを表示

山本 陽子(やまもと ようこ、1942年3月17日[1] - )は、日本女優東京市(現東京都中野区出身。左利き。株式会社三陽企画所属。國學院高等学校卒業。

来歴[編集]

4人兄弟(兄、姉、弟)で、4人年子[2]

高校卒業後、野村證券に勤務していたが、1963年に知人が日活に山本の応募書類を送ったところ合格し、第7期日活ニューフェイスとして芸能界入り(同期は西尾三枝子谷隼人沖田峻一郎など)[1]。1963年に女優デビュー(ただし、マスメディアによっては「1964年4月にデビュー」とする場合もある[2])。

映画では吉永小百合ら「日活三人娘」の人気に押され、なかなか作品には恵まれなかったが、テレビドラマに進出してからは日本的で清楚な美貌で人気を集めた[1]

清楚な役から悪女までカバーし、女優としての地位を確立。以後、幅広い役をこなす高視聴率女優の1人として人気を博す[3]

初舞台は1971年森光子主演の『放浪記』悠起役で初舞台を踏み、その後1980年、『花埋み』で舞台初主演して以来、舞台女優として数々の恵まれた作品に出演し精力的な活躍をしており、その演技も高く評価されている。

1994年の『おはん』の演技で第19回菊田一夫演劇賞を受賞し、上演回数は400回以上を記録している[3]。2006年には、舞台『いろどり橋』の演技にて名古屋演劇ペンクラブ賞を受賞[3]。2008年、2009年には『放浪記』の舞台では今度は日夏京子役で上演回数2000回記念舞台に出演している。

高校時代の友達やデビュー前に勤めていた同僚達とは40年以上経った現在でも仲が良く[4]、それぞれの仲間たちと時々会って交流を続けている[注釈 1]。。友人たちからは、「がめちゃん」と呼ばれている(がめつい性格から)。

山本海苔店のイメージモデルを長年務めており、2010年、42年という専属タレント契約の世界最長記録として『ギネス・ワールド・レコーズ』に認定された[5]

2012年頃から、第2の人生を楽しむために東京からとある地方で移住生活を送っている[3]

エピソード[編集]

学生時代[編集]

戦時中の1945年に一家であきる野市で疎開生活を送り、終戦後から国分寺市に転居し、一般的なサラリーマン家庭として育った。子供の頃はおとなしい性格で、中学生くらいまでは人前にあまり出ず、きょうだいとケンカしたり親に叱られることもなかった[2]

高校進学後弓道に興味を持って[注釈 2]入部すると[注釈 3]、この頃から徐々に積極的な性格になっていった[2]

高校卒業後は「いい会社に入って結婚したい」という思いが強かったことから、堅実な証券会社に就職[注釈 4]。証券会社では営業部に配属されて主に投資信託を担当し、電話や手紙で客とやり取りをした[2]

デビュー当時[編集]

デビュー当時、同期の年下女優が映画で主演に抜擢されたのに対し、山本はその映画で端役を演じた。別の作品では、撮影の待ち時間にお喋りに夢中になっていたスター役者の代わりに、一言も喋っていない山本が名指しで「うるさい!」と助監督に怒鳴られるという悔しい思いもした。

また時間が不規則な仕事に加え、何をどうやって次に進めばいいのかさっぱり見えず、「私には芸能界なんて無理なのでは?」と悩んだ。しかし1年後、映画『赤いハンカチ』の出演から色々な役がもらえるようになったという[2]

ライフスタイル[編集]

40代の頃は女優業が一番忙しい時期としながらも、合間にゴルフ、乗馬などをしたり、恋愛に燃えている時期でもあった[4]。50代の頃に「一生の趣味になることを始めたい」との思いから、当時姉が絵を習っていたことから、自身も同じ先生の所で日本画を習い始めた。主に風景や静物画を描き、その後一度だけ個展も開催したとのこと[4]。60代になると、「自分の中で流れに沿って人生を歩いて行きていこう」との考えが強くなった[4]

70代に入ると「人生の色々なものを整理しよう」との思いから洋服や靴など色々と断捨離を行った。ただし、和・洋・クリスタルとセットで揃えたお気に入りの器だけは捨てられず、現在(2022年)も使っている[4]。79歳を迎えた現在(2022年)は、「健康でいられることが、私の一番の財産」としている[3]

性格について本人は、「日常生活で辛さや苦しさはもちろん感じますが、色んな意味で落ち込まない性格」と自己評価している[6]。また、結婚については「過去に結婚したいと思う人はいたけれど、縁がなかったんでしょうね」と回想している[注釈 5]

基本的に子供が大好きで、子役と共演すると仲良くなって、その子達が大きくなってから食事をしたことも何度かあった。本人は、「自分の子供はできなかったけれど、これも私が選んだ道」としている[6]

食と健康[編集]

OL時代に市ヶ谷にあった料理研究家・江上トミの教室で料理の基礎を学んだこともあり、毎日自炊している。2020年からのコロナ禍で3食自炊して食べていたら体重が増えたため、現在(2022年)はダイエットと健康を兼ねて1日2食で「18時以降は食べない」という食生活をしている。また掃除・洗濯などの家事も大好き[7]

食べ物に関して、日々の食事に欠かせない食べ物として海苔を、好物としてわかめの酢の物を挙げている。他によく食べるものとしてブロッコリー、玉ねぎ、キャベツ、しいたけ、納豆。夏場はキュウリ、トマトなどがある[7]。戦時中(当時3歳)、疎開先で放し飼いのニワトリに追いかけられたことがトラウマとなり、それ以来鶏肉がダメである[2]

以前から足腰を鍛えたり[注釈 6]、(2022年時点)30年以上に渡り高麗人参を煎じて飲む[注釈 7]など健康に気を使っている[7]

人物[編集]

「山本陽子と言えば、和服姿」のイメージもある[3]が、プライベートではジーンズなどのデニム素材が大好きで現在(2022年)も履き続けている。高価なジュエリーを身につけるのは、あまり好きではない[3]

大の車好き(特に外車)で有名で、20代後半で憧れの赤のポルシェ911を所有し、日本人女性として初めてポルシェに乗る第一号となった[4]。その後、30代の頃に初めて買ったジャガーをとても気に入り、3台ほど乗り継いだ。最後に購入したジャガーは、(2022年の)最近2年ほどかけてレストアし、30年以上に渡り所有している[4]

趣味は車の運転の他、日本画制作、ゴルフ、麻雀、骨董品収集。

女優・大地真央のファンで、これまでに何度も彼女の舞台を観劇してきた。2021年には、大地主演の舞台『夫婦漫才』で初共演し全国4ヶ所で公演し、「出演の話を聞いた時は飛び上がるほど嬉しかった。真央さんと毎日同じ舞台に立てたことはこの上ない喜びでした」と評している[注釈 8]

山本海苔店のCM出演は、1965年のドラマ『七人の孫』に出演したことがきっかけ。当時山本陽子の知名度はまだまだ低かったが、山本海苔店社長(当時)がたまたま同ドラマを見て彼女に目が留まり、起用が決まった[2]

OL時代のエピソードとして、ある日上司の態度に怒り、業務のために自身が書いた手紙を目の前で破いた話を明かしている[注釈 9]

受賞歴[編集]

出演[編集]

映画[編集]

  • 光る海(日活、1963年12月25日) - 女子学生 役
  • 赤いハンカチ(日活、1964年1月3日) - 石塚家の女中 役
  • 成熟する季節(日活、1964年1月15日) - 百貨店の店員 役
  • 花と怒濤(日活、1964年2月8日) - 芸者 役
  • 月曜日のユカ(日活、1964年3月4日) - ホステス 役
  • 抜き射ちの竜 拳銃の歌(日活、1964年4月4日) - 黒木梨江 役
    • マスメディアによっては、本作を「映画におけるデビュー作」とする場合もある[2]
  • 帝銀事件 死刑囚(日活、1964年4月12日) - 帝国銀行の行員 役
  • 猟人日記(日活、1964年4月19日) - 尾花けい子 役
  • 間諜中野学校 国籍のない男たち(日活、1964年5月31日)
  • 風と樹と空と(日活、1964年7月12日)
  • 新・男の紋章 度胸一番(日活、1964年8月1日)
  • 東京五輪音頭(日活、1964年9月9日) - 松宮れい子 役
  • 殺られてたまるか(日活、1964年11月11日) - 桂子 役
  • 大日本コソ泥伝(日活、1964年12月6日)
  • 現代悪党仁義(日活、1965年2月3日) - 桜満由子 役
  • 青春の裁き(日活、1965年4月14日)
  • 涙をありがとう(日活、1965年4月29日)
  • 夜霧の脱出(日活、1965年6月9日)
  • 明日は咲こう花咲こう(日活、1965年8月14日) - 田中美代子 役
  • 大日本殺し屋伝(日活、1965年8月25日)
  • 東京は恋する(日活、1965年9月18日)
  • 怪盗X 首のない男(日活、1965年10月23日)
  • ぼくどうして涙がでるの(日活、1965年10月30日) - 太田正子 役
  • 結婚相談(日活、1965年11月23日) - 鶴川美津子 役
  • 源氏物語(日活、1966年1月14日)
  • この虹の消える時にも(日活、1966年1月27日)
  • 愛して愛して愛しちゃったのよ(日活、1966年2月5日)
  • 鉄火場仁義(日活、1966年2月12日)
  • 賭場の牝猫 捨身の勝負(日活、1966年3月12日)
  • 哀愁の夜(日活、1966年3月27日) - 浅沼町子 役
  • 涙になりたい(日活、1966年5月18日)
  • 私、違っているかしら(日活、1966年7月30日)
  • 仁侠八方破れ(日活、1966年10月22日)
  • 夢は夜ひらく(日活、1967年1月14日)
  • 新・男の紋章 若親分誕生(日活、1967年2月4日)
  • 恋のハイウェイ(日活、1967年3月11日) - 浜野節子 役
  • 秩父水滸伝 影を斬る剣(日活、1967年4月8日)
  • 大巨獣ガッパ(日活、1967年4月22日) - 小柳糸子 役
  • 花と果実(日活、1967年8月26日) - 長谷川夫佐子 役
  • みな殺しの拳銃(日活、1967年9月6日)
  • 錆びたペンダント(日活、1967年9月14日)
  • 君は恋人(日活、1967年11月3日) - 山本葉子 役
  • 赤木圭一郎は生きている 激流に生きる男(日活、1967年11月3日)
  • 愛は惜しみなく(日活、1967年12月3日)
  • 関東刑務所帰り(日活、1967年12月3日)
  • 花の恋人たち(日活、1968年1月3日) - 伊吹万千子 役
  • 藤猛物語 ヤマト魂(創映プロ、1968年2月13日)
  • 青春の風(日活、1968年3月30日) - 小林峰子 役
  • 残侠無情(日活、1968年4月20日)
  • 嵐の果し状(日活、1968年8月1日)
  • 鮮血の賭場(日活、1968年8月14日)
  • だれの椅子?(日活、1968年8月28日) - 後藤光子 役
  • 青春の鐘(日活、1969年1月11日)
  • ドリフターズですよ!特訓特訓また特訓東宝、1969年1月15日)
  • 恋のつむじ風(日活、1969年3月12日)
  • 昇り竜 鉄火肌(日活、1969年3月29日)
  • 野蛮人のネクタイ(日活、1969年5月1日)
  • 博徒百人(日活、1969年5月14日)
  • 日本残侠伝(日活、1969年8月9日)
  • 夜をひらく(女)の市場(日活、1969年9月3日) - 平野梅子 役
  • やくざ番外地(日活、1969年9月13日)
  • 涙でいいの(ピロ企画、1969年11月1日)
  • 朱鞘仁義 お命頂戴(日活、1969年12月17日) - 小雪 役
  • 嵐の勇者たち(日活、1969年12月31日) - 理江 役
  • 盛り場流し唄 新宿の女(日活、1970年5月30日)
  • 三人の女 夜の蝶(日活、1971年4月24日) - 小島君子 役
  • 女の意地(日活、1971年5月5日) - 静江 役
  • 華麗なる一族(東宝、1974年1月26日) - 万俵早苗 役
  • 怒れ毒蛇 目撃者を消せ(松竹、1974年2月16日)
  • 撃たれる前に撃て!(松竹、1976年6月26日)
  • 八つ墓村(松竹、1977年10月29日) - 多治見春代 役
  • 必殺!5 黄金の血(松竹、1991年12月23日)
  • デンデラ東映2011年6月25日) - 浅見ヒカリ 役
  • フローレンスは眠る(2016年3月5日) - 牧羽早苗 役[8]
  • 無限の住人(2017年4月29日) - 八百比丘尼 役
  • ソローキンの見た桜(2019年3月22日) - 高宮菊枝 役

テレビドラマ[編集]

NHK[編集]

TBS[編集]

日本テレビ[編集]

  • 娘の結婚 #14(1964年)
  • 山のかなたに #6(1966年)
  • 特ダネ記者(1966年)
  • おやじはおやじ(1967年)
  • 見合い恋愛(1969年)
  • 坊っちゃん(1970年) - マドンナ 役
  • 赤ちゃん差し上げます(1972年)
  • やってきたおばあちゃん(1972年)
  • 愛よ永遠に(1973年)
  • 人妻だから(1973年)
  • 花の生涯(1974年) - 村山たか 役
  • 亜紀子(1975年、読売テレビ
  • 女の橋(1976年、読売テレビ)
  • 喜びも悲しみも幾歳月(1976年)
  • 重婚秘書(1979年、読売テレビ)
  • お初天神(1980年、読売テレビ)
  • 木曜ゴールデンドラマ(読売テレビ)
    • 「丼池、色・欲・女のたたかい大阪物語」(1980年)
    • 「女だけの冬」(1985年)
    • 「家族それぞれの叛乱」(1987年)
    • 「女優時代」(1988年)
    • 「家族の理由」(1991年)
  • 三年待った女(1981年)
  • 火曜サスペンス劇場
    • 「家族の中の他人」(1982年)
    • 「暗い落日」(1983年)
    • 「二度目のさよなら」(1985年、PDS)
    • 「不運な女」(1985年)
    • 「青い沼の女」(1986年)
    • サラ金業者の妻」(1987年)
    • 「熱帯夜」(1991年10月、ホリプロ
    • 「切り裂かれた絵」(1992年、磯田事務所)
    • 「救命救急センター4」(2002年)
    • 警部補 佃次郎(17) 妻の立場」(2003年、テレパック) - 宇津見千代 役
  • 父子鷹(1994年1月 - 3月、松竹)

フジテレビ[編集]

  • ライオン奥様劇場 永遠に答えず(1967年)
  • きんらんどんす(1969年)
  • 吉田松陰(1969年、関西テレビ
  • 大坂城の女(1970年、関西テレビ)
  • 口紅と鏡(1971年)
  • 女人武蔵(1971年) - 世津 役
  • ボクの花嫁(1971年)
  • 徳川おんな絵巻(1971年、関西テレビ) - 小夜 役
  • 一姫ニ太郎(1972年)
  • 眠狂四郎(1972年、関西テレビ) - 美保代 役
  • 忍法かげろう斬り 第14話「ぎやまん地獄の美女」(1972年、関西テレビ) - 千代香 役
  • 木曽街道いそぎ旅(1973年)
  • 科学捜査官 第18話「愛の断層」(1974年、関西テレビ)- 石原聖子 役
  • 逢えるかも知れない(1976年)
  • 女がふりむくとき(1977年、関西テレビ)
  • 女の家庭(1978年)
  • 江戸紫の女(1979年)
  • 日蔭の女(1979年)
  • 彩の女(1980年)
  • 沓掛時次郎(1981年4月17日) - おきぬ 役
  • 女たちの海峡(1981年)
  • 花の影(1982年)
  • 妻たちは…(1982年)
  • 花ホテル(1983年)
  • 春雷(1983年)
  • 闇の中に薫る(1983年、関西テレビ)
  • 冬化粧の女たち(1983年)
  • オレゴンから愛(1984年)
  • 私が拾った女(1985年)
  • 三爺い!と結婚詐欺師(1985年、関西テレビ)
  • 山村美紗サスペンス「虹への疾走」(1986年、関西テレビ・東映)
  • その年の冬(1986年)
  • 妻が狙われるとき(1987年)
  • 蛇苺(1987年)
  • 曼珠沙華の夜(1988年)
  • 鍵(1988年)
  • 直木賞作家サスペンス「賀茂の蜩」(1989年2月、関西テレビ・東映)
  • 母と名乗れない夜(1989年)
  • 虚飾の醜聞(1990年)
  • 忠臣蔵 風の巻・雲の巻(1991年12月13日) - りく 役
  • 裸の大将 「清が湖で釣った夢」(1993年、関西テレビ)
  • 金曜エンタテイメント
    • 「悪夢の封印」(1993年)
  • 白衣のなみだ 第一部「余命」(2013年、東海テレビ) - 安藤ミツ子 役
  • 癒し屋キリコの約束 第30・31話(2015年、東海テレビ) - 高田蔦江 役

テレビ朝日[編集]

テレビ東京[編集]

吹き替え[編集]

舞台[編集]

ドキュメンタリー[編集]

  • マイセン 三百年の時間旅行〜欧州の名窯に秘められた歴史ミステリー〜(2013年11月2日、BS日テレ) - ナビゲーター

CM[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 山本の出演舞台を観に来てくれたり、スケジュールが合えば新年会や忘年会に参加したり、過去に女性だけのゴルフ会をしたこともある[2]
  2. ^ 興味を持った理由の一つに、兄姉から「精神統一にいいからやってみたら?」との助言もあった。
  3. ^ 当時高校には弓道部は男子部しかなかったが、自ら教師に頼んで女子弓道部を創ってもらい入部した。
  4. ^ 他にも就職を決めた理由として、本人が大学進学に魅力を感じなかったことや、当時様々な職種で女性が活躍していたことも影響したと語っている。
  5. ^ 加えて「結婚できなかったのは、私の性格というよりも、私の人生がそういうものなのだと捉えています」とも語っている[6]
  6. ^ 長年に渡りウォーキングをしていたり、よほど荷物が多い時を除いて階段を利用するなどしている。
  7. ^ その効果について本人の場合は、「更年期障害は全くなく、ここ何年もの間寝込むほどの風邪は引かなくなったし入院や手術は一度もない」とのこと。
  8. ^ ただし、「この頃はコロナ禍だったため公演中の控室に挨拶に行くことや終演後の食事もできなかったのがとても残念だった」とも回想している[3]
  9. ^ この手紙はお金に関する客宛に書いたもので、毎回課長に検印を押してもらうのが決まりだった。ある時課長から書き方についてダメ出しをされたが、その言い方にカチンと来てつい手紙をビリビリに破いてしまったという。本人は後年、「その様子を見た周りの人たちもビックリしていて、翌日課長に謝罪したが周りからものすごく気の強い女だと思われたと思います」と回想している[2]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 別冊宝島2551『日本の女優 100人』p.60.
  2. ^ a b c d e f g h i j k 自ら幸せを探し、心美しく生きる。年齢を重ねることはちっとも怖くない。”. Wendy-Net(マンション生活情報サイト)よりMs Wendy. 2022年3月15日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h 女優・山本陽子さん(79歳)「80代が楽しみ。漣でも荒波でもきた波に抗わず乗っていきたい」|美STその1”. Yahoo!ニュース(2022年『美ST』3月号)の記事 (2022年3月15日). 2022年3月15日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g 女優・山本陽子さん(79歳)「80代が楽しみ。漣でも荒波でもきた波に抗わず乗っていきたい」|美STその3”. Yahoo!ニュース(2022年『美ST』3月号)の記事 (2022年3月15日). 2022年3月15日閲覧。
  5. ^ 山本陽子にギネス認定、山本海苔CM42年”. 日刊スポーツ (2010年1月16日). 2013年8月30日閲覧。
  6. ^ a b c 女優・山本陽子さん(79歳)「80代が楽しみ。漣でも荒波でもきた波に抗わず乗っていきたい」|美STその4”. Yahoo!ニュース(2022年『美ST』3月号)の記事 (2022年3月15日). 2022年3月15日閲覧。
  7. ^ a b c 女優・山本陽子さん(79歳)「80代が楽しみ。漣でも荒波でもきた波に抗わず乗っていきたい」|美STその2”. Yahoo!ニュース(2022年『美ST』3月号)の記事 (2022年3月15日). 2022年3月15日閲覧。
  8. ^ 作品情報『フローレンスは眠る』”. 映画.com. 2016年1月22日閲覧。
  9. ^ No.56 女優・山本陽子さんから昭和46年放送「歳月」発掘!、2015年5月15日、NHK番組発掘プロジェクト通信
  10. ^ 梨元勝「芸能事件40年」田宮二郎の巻

外部リンク[編集]