真田広之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
さなだ ひろゆき
真田 広之
真田 広之
本名 下澤 廣之 (しもさわ ひろゆき)
別名義 下沢 広之真田 宏之
Duke (Henry) Sanada
生年月日 1960年10月12日(54歳)
出生地 東京都品川区大井
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
身長 170cm
血液型 A型
職業 俳優歌手
ジャンル 映画テレビドラマ演劇CM
活動期間 1966年 - 1975年
1978年 -
活動内容 1966年:子役デビュー
1973年JAC入団
1975年:芸能活動を休業
1978年時代劇で再デビュー
1989年:独立
1999年RSC公演『リア王
2002年:『たそがれ清兵衛
配偶者 手塚理美1990年 - 1997年
著名な家族 長男・二男
親権は手塚に委譲)
主な作品
日本映画
柳生一族の陰謀
忍者武芸帖 百地三太夫』/『魔界転生
吼えろ鉄拳』/『冒険者カミカゼ -ADVENTURER KAMIKAZE-
燃える勇者』/『里見八犬伝
彩り河』/『麻雀放浪記
必殺4 恨みはらします』/『快盗ルビイ
リメインズ 美しき勇者たち
つぐみ』/『病院へ行こう
眠らない街~新宿鮫~
僕らはみんな生きている』/『リング
D坂の殺人事件』/『はつ恋
『たそがれ清兵衛』/『亡国のイージス
日本国外映画
龍の忍者』/『ラストサムライ
PROMISE 無極』/『上海の伯爵夫人
サンシャイン 2057』/『ラッシュアワー3
スピード・レーサー』/『47RONIN
テレビドラマ
宇宙からのメッセージ・銀河大戦
柳生一族の陰謀』/『影の軍団』シリーズ
太平記』/『高校教師
僕が彼女に、借金をした理由。
こんな恋のはなし』/『非婚家族
演劇
ゆかいな海賊大冒険』/『酔いどれ公爵
リトル・ショップ・オブ・ホラーズ
天守物語』/『ロミオとジュリエット
ハムレット』/『リア王』/『オケピ!
備考
日本舞踊名取(玉川流

真田 広之(さなだ ひろゆき、1960年昭和35年〉10月12日 - )は、日本俳優歌手。本名は下澤 廣之(しもさわ ひろゆき)。芸名千葉真一による命名。子役時代は本名を新字体で表記した下沢 広之 (しもさわ ひろゆき) の名で活動し、再デビュー後は真田 宏之名義の出演もある。東京都品川区大井出身。身長170cm血液型A型[1]。ザ・リブラインターナショナル所属。

堀越高等学校日本大学藝術学部映画学科卒業[2]学位芸術学士勲位名誉大英勲章第5位 (Honorary Member of the Order of British Empire: MBE )。日本国内と日本国外の映画テレビドラマ演劇CMと幅広く活躍している。

来歴・人物[編集]

子役時代から再デビューまで[編集]

同じマンションに住んでいた高田浩吉の息子と遊んでいたところを、芸能関係者にスカウトされ、幼児向け雑誌のモデルなどを経て、5歳で劇団ひまわりに入った。1966年昭和41年)に千葉真一主演映画『浪曲子守唄』でデビューし、続けて千葉や高倉健の主演作品に出演。しかし「子役は大成しない」というジンクスを心配した両親の勧めもあって、暫く芸能活動を休止した。父をで亡くしたが、中学校入学と同時に、幼少時に共演した千葉の主宰するジャパンアクションクラブ(JAC)に入団。時を同じくして母の勧めにより日本舞踊玉川流に入門。1974年(昭和49年)には映画『直撃! 地獄拳』に出演した。高校入学後、千葉のアドバイスで学業専念することになり、一旦芸能活動から身を引く。1978年(昭和53年)、映画『柳生一族の陰謀』のオーディションに合格したことで芸能活動を本格的に再開。再デビューから千葉真一の「真」と千葉の本名(前田禎穂)の「田」を組み合わせ、真田 広之と名乗った。同年、日本舞踊でも玉川流の名取となり「玉川大輔」の名を受けた。また、テレビドラマ宇宙からのメッセージ・銀河大戦』で主演を務める。日本大学藝術学部進学後も殺陣同志会に在籍して殺陣の向上に努めた。同級生に船越英一郎がいる。

アクションスターから演技派へ[編集]

1980年(昭和55年)公開の映画『忍者武芸帖 百地三太夫』で初主演し、桃山城天守からの飛び降りシーンや、1981年(昭和56年)公開の映画『吼えろ鉄拳』において福井県東尋坊の岩場やヘリコプターから海へ飛び降りるシーンを吹き替えなしで、格闘でも稽古してきた空手道を披露した。アイドルとしても売り出されていたため[3]、歌手として歌番組にも出演していた。

その一方で『魔界転生』での沢田研二とのキスシーン、『道頓堀川』で松坂慶子とのベッドシーン、『里見八犬伝』での薬師丸ひろ子とのラブシーンを演じ、1984年昭和59年)公開の『麻雀放浪記』にも主演した。この頃、尊敬するアル・パチーノが出演する舞台の「出待ち」のために海外まで足を運び[4]1982年の香港映画『龍の忍者』(Ninja in the Dragon's Den )などで、Sonny Chiba (サニー千葉) に続く日本のアクションスター・デューク真田として日本国外進出も果たした。

1987年(昭和62年)の『必殺4 恨みはらします』では初めて悪役を演じて演技の幅を広げたが、アクション俳優としての枠を超えた幅広い演技を求めたことと、母が脳出血で急死したことにより、1989年平成元年)にジャパンアクションクラブ(JAC)から独立し、自らの星座(てんびん座)の名を冠したザ・リブラインターナショナルを設立。同年公開の映画『快盗ルビイ』で初めて三枚目を演じた。1990年(平成2年)にはJAC20周年作品である『リメインズ 美しき勇者たち』に主演と音楽監督を兼務した。同年、手塚理美と結婚し、二人の男の子を儲けた。

1993年(平成5年)放送のテレビドラマ高校教師』に出演。この年、ファッション雑誌アンアン』が毎年誌上で開催する「好きな男ランキング」で1位に選出された。翌年の映画『ヒーローインタビュー』の撮影中に右肩鎖関節を脱臼するも高塚光により治療が行われ映画は無事に完成した。1995年(平成7年)公開の映画『写楽』で共演した葉月里緒菜との密会現場が写真週刊誌に掲載され同年7月から妻の手塚と別居。1年半後の1997年平成9年)3月協議離婚慰謝料は1億円に上ったとされている。

後述の海外進出の影響もあってか、日本の地上波のテレビドラマの出演は、主演作品である非婚家族(2001年)を最後に10年以上途切れている。

世界進出[編集]

1999年 - 2000年イギリスロイヤル・シェイクスピア・カンパニー公演『リア王』(蜷川幸雄演出)に唯一の日本人キャストとして出演。全編17世紀の英語の台詞でナイジェル・ホーソーンなどイギリス演劇界の俳優達と共演した。その演技力と共に日英両国の文化交流の架け橋としての功績を評価され、同国の女王エリザベス2世より名誉大英帝国勲章第5位(Honorary Member of the Order of British Empire: MBE)を授与された。

2002年(平成14年)に公開されアカデミー外国語映画賞にもノミネートされた『たそがれ清兵衛』で各映画賞を総なめにしたことや、2003年公開の『ラストサムライ』に出演したことで、日本を代表する俳優の一人となった。『ラストサムライ』では、主演のトム・クルーズが、真田が中心となってクルーズに殺陣日本語を親身になって教え込んだエピソードを、各方面でのインタビューなどで語っていた。また、真田のアクションがあまりにも素晴らしいため、自分が食われてしまうと危惧したクルーズは、プロデューサーに真田の出演シーンをかなりカットさせた。

ロサンゼルスに拠点を移してアメリカ映画への出演してきたが、英語の他には2006年に公開されたチェン・カイコー監督の映画『PROMISE 無極』で全編に亘り中国語のセリフを、アフレコまで全て自ら行った。

2007年、『ラッシュアワー3』において、古くから互いにアクションスターとして親交を深め合っていたジャッキー・チェンと共演を果たした[5]。チェンはインタビューで、真田のアクションへの賞賛と交友関係の長さ、将来的には共に後進の育成や映画のプロデュースを希望していることを明かした。

2010年3月、第1回グリーンプラネット・フィルム・アワードにおいて「ハリウッドで最も活躍しているアジア俳優」に選出された[6]

2013年キアヌ・リーブス主演映画『47RONIN』に大石内蔵助として出演[7]。公開に先立って開かれた記者会見において、リーブスは、真田が作品について語った「シンプル&ディープ」という発言に感銘を受けたといい、献身的で気配りのできる姿勢を「まさに大石であった」と絶賛し、「師匠(マスター)」と呼んで尊敬の意を表した。 新人時代から恩顧の深作欣ニをはじめ、多くの監督から繰り返しオファーを受ける一方、中年期に入ってからも山田洋次岡本喜八篠田正浩実相寺昭雄ら初顔合わせの巨匠との仕事にも積極的に挑んでいる。彼らは一様に、ファミリーと呼ばれる常連俳優チームを擁してきたベテラン達であり、そうした中に飛び込んでいくことによって、安定に甘んずることなく俳優としての枠を広げ続けている。

「下沢広之」名義の出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

第109話「俺は西部の殺し屋キッド」(1970年)
第144話「荒原牧場必殺の決闘」(1971年)
第252話「冒険また冒険 探偵小僧大奮戦!」(1973年)
  • ザ★ゴリラ7 第9話「必殺! 青きドラゴン」(1975年、東映 / NET系)

「真田広之」名義の出演[編集]

日本国内映画[編集]

日本国外映画[編集]

テレビドラマ[編集]

演劇[編集]

※1984年のみ、A, Bキャストで配役が分かれ、違う役を演じた。第Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ回JACミュージカル

ドキュメンタリー[編集]

CM[編集]

その他[編集]

  • レナウン INTERMEZZO イメージキャラクター

作品[編集]

シングル[編集]

  • 風の伝説(1980.11.01)
    • 映画「忍者武芸帖~百地三太夫」主題歌
  • 熱愛ストーリー(1981.03.21)
  • 光への叫び/俺たちの空・俺たちの星(ミュージカル「スタントマン物語」より)(1981.06.21)
    • 歌:真田広之&ジャパンアクションクラブ
  • 青春の嵐(1981.08.01)
    • 映画「吼えろ鉄拳」主題歌
  • 愛よ炎に染まれ(1981.11.21)
    • 映画「燃える勇者」主題歌
  • 砂漠の都会に/誓い(JACのテーマ)(1982.03.21)
    • ドラマ「影の軍団III」主題歌
  • 哀愁セイリング(1982.08.01)
    • JACミュージカル「ゆかいな海賊大冒険」イメージソング
  • 熱い瞳のままで(1982.09.22)
    • 森永チョコレート「小枝」イメージソング
  • 青春まるかじり/おもしろYOU惑(1983.07.10)※「黒崎輝(協力:高木淳也・真田広之)」名義
    • 映画「伊賀野カバ丸」主題歌
  • 愛の轍(1983.09.21)
    • 森永チョコレート「小枝」イメージソング
  • 哀しみのジプシー(1983.12.21)
  • Believe in love/悲しみのベター・ハーフ(1984.04.01)
    • 映画「彩り河」主題歌
  • SERIOUS NIGHT ~EVERLASTING HERMONY~/読みかけのシナリオ(1985.02.01)
  • たとえばフォーエバー(1988.10.26)※「小泉今日子・真田広之」名義
    • 映画「快盗ルビイ」挿入歌
  • ブラインドの第2章/愛の行方(1990.04.04)
  • さりげない夜に/いつもおまえをみつめてる(1992.11.21)
  • PAPER MOON ~再会のテーマ~(1994.12.01)※「真田広之&BEGIN」名義

アルバム[編集]

  • 青春の冒険者 〜真田広之ファースト〜(1980)
  • After The Rush(1984)
  • 太陽のREVOLUTION(1984)
  • movin' out(1986.07.21)
  • into the street(1987.03.01)
  • So,I am・・・(1988.02.21)
  • Summer Dream(1988.11.21)
  • FADED TOWN(1989.11.21)
  • Like a Cinema(1991)
  • ゴールデン☆ベスト / 真田広之 ~Like a Cinema~ [+2](2010.09.15)
  • GOLDEN☆BEST 真田広之~EPIC YEARS~(2011.05.21)

書籍[編集]

写真集[編集]

受賞歴[編集]

  • 日本アカデミー賞
    • 第5回(1982年新人俳優賞 『魔界転生』
    • 第8回(1985年優秀主演男優賞 『里見八犬伝』/『彩り河』/『麻雀放浪記』
    • 第14回(1991年優秀主演男優賞 『リメインズ 美しき勇者たち』/『つぐみ』/『病院へ行こう』
    • 第17回(1994年優秀主演男優賞 『眠らない街 新宿鮫』/『僕らはみんな生きている』
    • 第26回(2003年最優秀主演男優賞 『たそがれ清兵衛』
    • 第29回(2006年優秀主演男優賞 『亡国のイージス』
  • ブルーリボン賞
    • 第36回(1993年主演男優賞 『僕らはみんな生きている』
    • 第38回(1995年主演男優賞 『写楽』/『EAST MEETS WEST』/『緊急呼出し エマージェンシーコール』
    • 第48回(2005年主演男優賞 『亡国のイージス』
  • キネマ旬報ベスト・テン
    • 第62回(1988年)主演男優賞 『快盗ルビイ』
    • 第67回(1993年)主演男優賞 『僕らはみんな生きている』
    • 第69回(1995年)主演男優賞 『写楽』
    • 第76回(2002年)主演男優賞 『たそがれ清兵衛』
  • 日刊スポーツ映画大賞
    • 第1回(1988年)助演男優賞 『快盗ルビイ』
    • 第8回(1995年)主演男優賞 『写楽』
    • 第15回(2002年)主演男優賞 『たそがれ清兵衛』
  • 報知映画賞
    • 第13回(1988年)最優秀主演男優賞 『快盗ルビイ』
    • 第20回(1995年)最優秀主演男優賞 『写楽』
  • その他
    • エランドール賞(1982年)
    • 文化庁芸術祭(1984年)個人賞 『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』
    • 第22回ゴールデン・アロー賞(1984年)演劇新人賞 『ゆかいな海賊大冒険』/『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』
    • 第31回ゴールデン・アロー賞(1993年)放送賞 『高校教師』
    • 第3回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞 『僕が彼女に、借金をした理由。』
    • 松尾芸能賞(2000年)優秀賞 『オケピ!』
    • 第8回読売演劇大賞(2001年)優秀男優賞 『オケピ!』
    • 第53回芸術選奨文部科学大臣賞(2002年) 『たそがれ清兵衛』
    • 名誉大英勲章第五位(2002年) 『リア王』
    • 第57回毎日映画コンクール(2002年)男優主演賞 『たそがれ清兵衛』
    • 第13回淀川長治賞(2003年) 『たそがれ清兵衛』/『ラストサムライ』
    • 第3回日藝賞(2009年)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 真田広之 - Yahoo!検索(人物)”. Yahoo! Japan. 2014年6月8日閲覧。
  2. ^ 『テレビ・タレント人名事典 第5版』 日外アソシエーツ2001年、488頁。ISBN 978-4816916779
  3. ^ 黒田邦雄「ザ・インタビュー 千葉真一 序文」、『KINEJUN キネマ旬報』第1655巻第841号、キネマ旬報1982年8月1日、 130頁。1982年、8月上旬号。
  4. ^ 男の履歴書 真田広之”. INLIFE. 2013年2月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月8日閲覧。
  5. ^ Rush Hour 3(2007)”. IMDb. 2014年6月8日閲覧。
  6. ^ “塚本晋也監督と真田広之がグリーンプラネット・フィルム・アワード受賞!”. MOVIE Collection. (2010年3月24日). オリジナル2014年4月28日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140428231346/http://www.moviecollection.jp/news/detail.html?p=1027 2014年6月8日閲覧。 
  7. ^ “キアヌ・リーブスと、真田広之ら日本人俳優が共演する話題の映画「47 Ronin」のポスターがネット上で流出”. MOVIE ENTER!. (2013年2月1日). オリジナル2013年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130315140306/http://news.livedoor.com/article/detail/7372669 2014年6月8日閲覧。 

外部リンク[編集]