坂田藤十郎 (4代目)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
よだいめ さかた とうじゅうろう
四代目 坂田 藤十郎
Sakata Tojuro IV Senjaku II 1955 Scan10004.jpg
「センジャクはん」(1955年)
屋号 山城屋
定紋 五つ藤重ね星梅鉢 Itstsu-fuji-gasane Hoshi-umebachi inverted.png
生年月日 1931年12月31日
没年月日 (2020-11-12) 2020年11月12日(88歳没)
本名 林 宏太郎
襲名歴 1. 二代目中村扇雀
2. 三代目中村鴈治郎
3. 四代目坂田藤十郎
別名 雁音歌扇(舞踊)
出身地 京都府京都市
二代目中村鴈治郎
兄弟 中村玉緒
扇千景
四代目中村鴈治郎
三代目中村扇雀
当たり役
歌舞伎
曾根崎心中』のお初
心中天網島』「時雨炬燵」の治兵衛
祇園祭礼信仰記』「金閣寺」の雪姫

四代目 坂田 藤十郎(さかた とうじゅうろう、1931年12月31日 - 2020年11月12日)は、歌舞伎役者。屋号山城屋定紋五つ藤重ね星梅鉢、替紋は向い藤菱日本芸術院会員、重要無形文化財保持者。

前名の三代目 中村 鴈治郎(さんだいめ なかむら がんじろう)としても、また今なお初名の二代目 中村 扇雀(にだいめ なかむら せんじゃく)としても知られる。日本舞踊雁音流家元としては雁音 歌扇(かりがね かせん)。妻は女優で政治家の扇千景、妹は女優の中村玉緒と芸能一家である。

現代歌舞伎の大看板のひとりでもあり、また上方歌舞伎の復興プロジェクトでも主導的な役目を務めたほか、近松門左衛門作品を原点から勉強し直すために劇団近松座を結成し、尽力した。

日本中にブームを巻き起こした『曾根崎心中』のお初は当たり役とされている[1]

年譜[編集]

  • 1931年12月31日 二代目中村鴈治郎の長男として生まれる。
  • 1941年10月 道頓堀角座山姥』の金時で二代目中村扇雀を襲名し初舞台。
  • 旧制東山中学校卒業[2]
  • 1949年 武智鉄二が文楽座で始めた関西実験劇場に参加(武智歌舞伎)。
  • 1953年 250年ぶりに復活上演[3]された『曾根崎心中』のお初が絶賛。扇雀ブームを起こす。
  • 1955年2月 松竹を離脱し、阪急電鉄東宝の子会社・宝塚映画製作所専属俳優になる。
  • 1957年1月 東宝専属俳優になり、この時に当時宝塚スターの扇千景と出会う。
  • 1958年10月 扇千景と結婚。
  • 1963年3月 松竹に復帰し、歌舞伎役者としての活動を再開。
  • 1981年 近松座を結成。
  • 1990年11月 歌舞伎座廓文章』「吉田屋」の伊左衛門、『心中天網島』「河庄」の治兵衛、『春興鏡獅子』のお小姓弥生/獅子の精で三代目中村鴈治郎を襲名。
  • 1994年 重要無形文化財保持者に各個認定(人間国宝)。日本芸術院会員に。
  • 2001年 イギリスのロンドンで『曾根崎心中』を上演。
  • 2005年4月 韓国のソウルと釜山で『曾根崎心中』『棒縛り』を上演。
  • 2005年11月 京都南座顔見世本朝廿四孝』「十種香」「奥庭」の八重垣姫、『曽根崎心中』のお初、『由縁の月』の伊左衛門で上方歌舞伎の大名跡・坂田藤十郎を四代目として襲名。
  • 2007年8月 世界陸上大阪大会の開会式で口上を披露。
  • 2009年11月 文化勲章受章。
  • 2011年10月 七代目中村芝翫死去により、日本俳優協会会長代行に[4]
  • 2012年4月 日本俳優協会会長に就任。伝統歌舞伎保存会会長に就任。
  • 2015年6月25日 博多座公演『曽根崎心中』のお初役での出演が通算1400回を達成する[1]
  • 2019年 伝統歌舞伎保存会名誉会長に就任[5]
  • 2020年11月12日10時42分、 老衰のため都内の病院で死去[6][7][8]。88歳没。死没日をもって従三位に叙された[9]。最後の舞台は、2019年12月京都南座『祇園祭礼信仰記 金閣寺』の慶寿院尼だった[6]
  • 2021年10月28日、没後一周忌を迎える前にコロナ禍などの影響で延期した形になっていた「坂田藤十郎を偲ぶ会」が東京都のホテルオークラにて催された。戒名は「妙藝院殿藤久日宏大居士」[10]

人物・逸話[編集]

1954年

扇雀ブーム[編集]

扇雀当時、お初で大当たりをとった時の人気は凄まじく、特に関西では知らない人のいないほどだった。中には本人許諾のもとで社号及び商標を扇雀にあやかったものに改名する会社まで現れた。扇雀飴本舗はその会社の一つ。関西の年配者には今でも「センジャクはん」と呼ぶ者も多い。

女性関係[編集]

2005年10月、小泉純一郎と妻の扇と

昭和30年代から、浮気騒動を起こすことがよくあり、週刊誌上をたびたび賑わせていた。夫人・扇千景との新婚旅行の車中では、酔った勢いで、自身の女性遍歴を悪びれることなく全て打ち明け、その相手への対応方法などを、堂々と新妻に語ったと言われている。また、扇との結婚はできちゃった結婚であったことを、日本経済新聞に連載したコラム『私の履歴書』で告白している。

また、扇と結婚する前は、京都に相思相愛の芸妓がいたといわれており、自身がつとめる舞台にその芸妓が訪れると、表は成駒屋定紋の祇園守紋、裏はその芸妓が用いていた女紋をあしらった扇子で舞台をつとめた。

騒動[編集]

鴈治郎時代の2002年、京都のある舞妓(後に芸妓)とホテルで密会、バスローブをはだけて自身の陰部を露出させたことが、同年6月7日発売の写真週刊誌FRIDAYにスクープされた。もともと本人は若い頃から祇園界隈では遊び人として有名で、夫人の扇も夫の女遊びに対して最後に自分のところに戻ってくるなら「男の甲斐性」として許す考えであった。それを知らない(女性週刊誌等の)マスコミは、写真のバスローブ姿から「中村ガウン治郎」と揶揄し「驚いた。人間国宝でも所詮芸人か。ほんとうに驚いた」と非難したが、本人は記者会見で「お恥ずかしいなぁ。私が元気だってことを証明してくださって」と話し[11]、相手女性については「私を支援してくれるグループのリーダー。部屋では僕のビデオを見て焼き鳥を食べただけ」と説明。記者たちに対して「世の男性も頑張って欲しい」と語った[12]。当時は国土交通大臣を務めていた夫人・扇は「彼は芸人ですから」と前置きした後で、「女性にモテない夫なんてつまらない」[13]とマスコミを一蹴した。

受賞歴[編集]

受賞
栄典・顕彰
その他

役職[編集]

家族・親族[編集]

歌舞伎の当たり役[編集]

はじめ、女形として活躍したが、現在は立役、老役など幅広い役をこなした。祖父、父から継承した上方和事の第一人者であり、その華やかで艶のある芸風は衰えることを知らず、関西歌舞伎の発展のため後進の指導にも熱心であった。

復活上演[編集]

主な出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 坂田藤十郎 「お初」役1400回”. デイリースポーツ (2015年6月26日). 2015年6月26日閲覧。
  2. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.543
  3. ^ a b 近松門左衛門作の人形浄瑠璃作品の歌舞伎としての初演。近松に先行して他の歌舞伎作品の上演があったと見られている。
  4. ^ “歌舞伎チャリティ公演ほか復興支援事業義援金総額のご報告” (プレスリリース), 松竹株式会社, (2012年1月19日), オリジナルの2013年5月11日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20130511220107/http://www.shochiku.co.jp/docs/120119.pdf 2021年11月15日閲覧。 
  5. ^ 役員改選のお知らせ”. 伝統歌舞伎保存会 (2019年7月16日). 2021年11月15日閲覧。
  6. ^ a b 坂田藤十郎さんご逝去”. 松竹 歌舞伎美人 (2020年11月14日). 2021年5月27日閲覧。
  7. ^ “歌舞伎俳優・坂田藤十郎さん死去、88歳 人間国宝”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2020年11月14日). https://www.daily.co.jp/gossip/2020/11/14/0013865407.shtml 2020年11月14日閲覧。 
  8. ^ 歌舞伎俳優の坂田藤十郎さん死去、88歳”. 時事ドットコム (2020年11月14日). 2020年11月14日閲覧。
  9. ^ “故小柴昌俊さんに正三位 故坂田藤十郎さんは従三位”. 時事ドットコム (時事通信社). (2020年12月11日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2020121100886 2021年11月15日閲覧。 
  10. ^ "坂田藤十郎さん偲ぶ会に妹・中村玉緒、森元首相ら1000人が出席". スポーツ報知. 報知新聞社. 28 October 2021. 2021年10月28日閲覧
  11. ^ 坂田藤十郎さん、口癖だった「一生青春」 51歳年下な芸妓への“開チン”ポーズを撮られても余裕の口ぶり:中日スポーツ・東京中日スポーツ” (日本語). 中日スポーツ・東京中日スポーツ(2020年11月14日). 2020年11月20日閲覧。
  12. ^ 中村鴈治郎 ホテル廊下で舞妓に開チン騒動|プレイバック芸能スキャンダル史”. 日刊ゲンダイDIGITAL(2013年2月14日). 2020年11月20日閲覧。
  13. ^ 週刊新潮2009年12月24日号
  14. ^ 『朝日新聞』1986年2月26日(東京本社発行)朝刊、22頁。
  15. ^ 父が愛した「お初」 思い継ぐ中村鴈治郎と扇雀”. 産経ニュース (2021年12月2日). 2021年12月2日閲覧。

外部リンク[編集]