国枝慎吾

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国枝 慎吾 Wheelchair tennis pictogram (Paralympics).svg
Shingo Kunieda (JPN) Volley.jpg
国枝 慎吾
基本情報
フルネーム Shingo Kunieda
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都
居住地 千葉県柏市
生年月日 (1984-02-21) 1984年2月21日(32歳)
身長 173cm
体重 62kg
利き手
4大大会最高成績・シングルス
全豪 優勝(2007-2011・2013-2015)
全仏 優勝(2007-2010・2014・2015)
全米 優勝(2007・2009-2011・2014・2015)
優勝回数 20 (豪8 仏6 米6)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(2007-2011・2013-2015)
全仏 優勝(2008・2010-2013・2015-2016)
全英 優勝(2006・2013・2014)
全米 優勝(2007・2014)
優勝回数 20 (豪8 仏7 英3 米2)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 1位(2006年10月9日)
ダブルス 1位(2007年5月21日)
獲得メダル
車いすテニス
パラリンピック
2004 男子ダブルス
2008 男子シングルス
2008 男子ダブルス
2012 男子シングルス
2016 男子ダブルス
2016年9月19日現在

国枝 慎吾(くにえだ しんご、1984年2月21日 - )は日本のプロ車いすテニス選手。ユニクロ所属。

グランドスラム車いす部門で、男子世界歴代最多となる計40回(シングルス20回・ダブルス20回)優勝の記録保持者。

シングルスでは年間グランドスラム(3冠)を計5回達成し、ダブルスではキャリアグランドスラムと4大会連続優勝を果たしている。

パラリンピックではシングルスで2個・ダブルスで1個の金メダルを獲得している。


人物[ソースを編集]

東京都出身。千葉県柏市在住。身長173cm。麗澤大学国際経済学部卒。右打ちでハードコートを得意とし、オーエックスエンジニアリング社の車いすを用いる。

9歳の時、脊髄腫瘍による下半身麻痺のため車いすの生活となる。母親の薦めで小学校6年生の時に吉田記念テニス研修センターで車いすテニスを始める。

麗澤高校に進学し、高校1年生のときに初めての海外遠征を経験。17歳から現在のコーチである丸山弘道の指導を受け始め、本格的に競技に取り組む。

麗澤大学に進学後の2003年、ワールドチームカップに出場し、日本チームの同大会初優勝に大きく貢献。同年のNEC全日本選抜車いすテニス選手権大会男子シングルスでは連覇を続けていた斎田悟司を破って初優勝。

2004年アテネパラリンピックに出場し、斎田と組んだダブルスで金メダルを獲得した。

2006年フェスピックで金メダルを獲得。同年10月、初の世界ランキング1位となった。

2007年、史上初となる車いすテニス男子シングルスのグランドスラム(全豪オープン、ジャパンオープン、ブリティッシュオープン、全米ウィールチェアの4大会を制覇[1])を達成。国際テニス連盟(ITF)が選出する同年のITF世界チャンピオンに選出された。

2008年北京パラリンピックに出場し、男子シングルスで金メダル、斎田と組んだダブルスでは銅メダルを獲得。同年12月、麗澤大学を退職。

2009年4月、日本の車いすテニス選手としては初めてプロ選手に転向[2]。同年5月、SRIスポーツダンロップ)と用品使用契約を締結[3]。同年8月、ユニクロと所属契約(2年契約)を結んだ。競技用のウエアの提供も受ける。

2010年3月、ローレウス世界スポーツ賞の年間最優秀障害者選手に、同部門において日本人で初めてノミネートされ、アブダビで行われた表彰式に出席した。

2010年5月25日、脊髄損傷者専門トレーニングジムを運営するJ-Workoutにて1年間のトレーニングを受けて歩行機能が回復。報道ステーションでその成果を披露した。

2010年9月、車椅子テニス初のシングルス100連勝達成。

2015年全豪オープンではシングルス3連覇8回目の優勝、ダブルスは3連覇9回目の優勝。2015年全仏オープンではシングルス2連覇6回目の優勝、ダブルスは2年ぶり6回目の優勝。特にダブルスは自身初のグランドスラム4大会連続優勝(Non-calendar Year Glandslam)を果たした。2015年全米オープンではシングルス2連覇6回目の優勝。

2016年、3連覇をかけて狙って臨んだリオデジャネイロパラリンピックでは、準々決勝でストレート負けを喫し、ベスト8で終えることとなった。 ダブルスでは、長年ペアを組んでいた斎田悟司とともに、準決勝で三木拓也真田卓との日本勢対決を行い、銅メダルを獲得した。

主要大会獲得タイトル[ソースを編集]

男子シングルス[ソースを編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

グランドスラム[ソースを編集]

大会 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
全豪オープン NH W W W W W A W W W QF
全仏オープン NH W W W W SF F F W W SF
ウィンブルドン NH A
全米オープン SF W NH W W W NH F W W

スーパーシリーズ[ソースを編集]

マスターズシリーズ[ソースを編集]

その他[ソースを編集]

男子ダブルス[ソースを編集]

グランドスラム[ソースを編集]

大会 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
全豪オープン NH W W W W W A W W W F
全仏オープン NH W SF W W W W SF W W
ウィンブルドン W F F SF A W W 3rd A
全米オープン F W NH SF SF SF NH SF W SF

スーパーシリーズ[ソースを編集]

マスターズシリーズ[ソースを編集]

その他[ソースを編集]

国別対抗団体戦[ソースを編集]

受賞歴[ソースを編集]

2008年
日本テニス協会最優秀選手賞、千葉県知事特別賞、柏市民特別功労賞、毎日スポーツ人賞国際賞、東京運動記者クラブテニス分科会特別賞
2007年
柏市スポーツ顕彰、バカラ・アスリーツ・オブ・ザ・イヤー、東京運動記者クラブテニス分科会最優秀賞、朝日スポーツ賞
2004年
千葉県民栄誉賞、柏市民特別功労賞、東京運動記者クラブテニス分科会最優秀賞
2003年
東京運動記者クラブテニス分科会特別賞
2015年
第63回菊池寛賞[5]

その他・エピソード[ソースを編集]

  • 錦織圭が活躍する前、日本の記者がロジャー・フェデラーにインタビューしたときに「なぜ日本のテニス界には世界的な選手が出てこないのか」と聞いた。するとフェデラーは「何を言っているんだ君は? 日本には国枝慎吾がいるじゃないか!」と言った。[6]

関連項目[ソースを編集]

[ソースを編集]

  1. ^ この時点ではこの4大会だったが、2009年にルールの改正があり、健常者と同じグランドスラム(全豪オープン、全仏オープン、全英オープン、全米オープン)になった。
  2. ^ 国枝慎吾がプロ転向記者会見 車いすテニスでは日本初”. Tennis Navi (2009年4月14日). 2009年4月15日閲覧。
  3. ^ SRIスポーツ (2009年5月). “日本人初のプロ車いすテニスプレーヤー国枝慎吾選手と用品使用契約を締結”. 2009年6月6日閲覧。
  4. ^ a b c d パートナーは斎田悟司(日本)。
  5. ^ 吉永小百合、国枝慎吾らに菊池寛賞”. スポーツ報知 (2015年10月14日). 2015年10月14日閲覧。
  6. ^ 障害者スポーツとメディア”. Premium web (2016年9月13日). 2016年9月13日閲覧。

参考文献[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]

受賞
先代:
ロビン・アマラーン
ステファン・ウデ
ITF車いすテニス 世界チャンピオン
2007 - 2010
2013 - 2015
次代:
マイケル・シェファース
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