内野聖陽

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うちの せいよう
内野 聖陽
本名 内野 聖陽(うちの まさあき)
別名 本名が旧芸名
生年月日 1968年9月16日(45歳)
出生地 神奈川県横浜市港北区
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
身長 177cm[1]
血液型 AB型[1]
職業 俳優
ジャンル 演劇テレビドラマ映画
活動期間 1995年 -
配偶者 一路真輝(2006年 - 2011年)
公式サイト 内野聖陽オフィシャルサイト
主な作品
演劇
エリザベート』/『レ・ミゼラブル
テレビドラマ
ふたりっ子』/『蝉しぐれ』/『風林火山
臨場』/『JIN-仁-

内野 聖陽(うちの せいよう[2]1968年9月16日 - )は、日本俳優神奈川県横浜市港北区出身。身長177cm血液型AB型[1]。本名は内野 聖陽(うちの まさあき)で、2012年までは芸名としても使っていた。

来歴[編集]

世田谷学園中学校・高等学校早稲田大学政治経済学部卒。大学在学中は早稲田大学英語会 (WESS) に所属。初めての演劇は英語劇で、ちなみにファーストキスはこの時。プレイボーイな役を演じたが、これで一時期、演じることが嫌になり、大学2、3年は出演せず裏方にまわっていた。卒業間近に再び演じたいと思うようになり、1992年平成4年)、在学中に文学座研究所に入所。同期に寺島しのぶがいる。翌年に研修科1年となり、研修中はドラマの端役などで修行を積む。

1996年(平成8年)にNHK連続テレビ小説ふたりっ子』、1997年(平成9年)のドラマ『ミセスシンデレラ』に出演し、文学座の座員にもなった。演劇ではホームグラウンド・文学座で実力・動員で牽引したのはもちろん、他が主宰する演劇にも多数出演。ストレートプレイを活動のメインとしているが、さらなる表現手法の開拓・増幅を目指し2000年(平成12年)に『エリザベート』で初めてミュージカル出演も果たす。この出演が、後の内野の表現法・私生活(後述)においてターニングポイントになった。

2003年(平成15年)の主演時代劇蝉しぐれ』の牧文四郎を演じて、放送文化基金出演者賞とモンテカルロ・テレビ祭の主演男優賞を受賞した。2004年(平成16年)のドラマ『エースをねらえ!』の宗方仁に扮した。2007年(平成19年)放映の大河ドラマ風林火山』で主役の山本勘助を演じ、クランクアップ時の会見では「この作品を誇りに思っています」と語って男泣きした。

私生活では『エリザベート』で知り合い交際を続けていた一路真輝2006年平成18年)5月に婚約を発表。7月末に一路と入籍、10月末に女児が誕生した。入籍時点で『風林火山』の撮影に入っており、披露宴は『風林火山』の撮影が終了した2007年(平成19年)10月25日に行うも2011年平成23年)8月18日、離婚届を提出したと連名のFAXにて発表した[3]

2011年末、デビュー以来約20年在籍していた文学座を退団し個人事務所設立及びスターダストプロモーションとの業務提携を発表[4]

2013年7月、生誕45周年を機に芸名の読み方を本名の「うちの まさあき」から「うちの せいよう」にすることを発表した[2]。理由は「『まさあき』と読めない人が多かったから」だという[5]

人物[編集]

  • 実家は小机駅近くの曹洞宗臥龍山雲松院。寺院の子息であるが、本人はそれを嫌っている。
  • 台本の一つ一つを大切にしており、捨てずにとっている。
  • バラエティ番組にはめったに出演しないが、『風林火山』主演を機にNHKのトーク番組にはよく出演するようになった。フジテレビ笑っていいとも!』の1コーナー「ニャニャニャミュージック」で、平井堅の「瞳をとじて」を歌えなかった。ただし「ロッキーのテーマ」はノリノリで歌っていた。
  • 俳優の吉沢悠がドラマ「エースをねらえ!」に出演した際、20歳半ばで、高校生役「藤堂貴之」を演じることになり、実年齢と配役の年齢差のギャップに不満があり、実年齢に近い「宗方仁」を演じたいと思っていたが、内野が「宗方仁」の役作りを完璧に仕上げて(まるで漫画から飛び出てきたみたいな状態で)顔合わせに登場したため、「宗方仁」を演じたいと思う気持ちを口に出せなかったと、冗談交じりに話している。
  • 台詞覚えで大声を出して練習する為に自宅へ防音室を作ったことがある[6]

風林火山[編集]

『風林火山』では楽屋には誰よりも早く入り、準備していたという。また、この作品で印象に残った共演者として千葉真一市川亀治郎GACKT貫地谷しほりを挙げている[7]。特に千葉については

僕も殺陣が非常に好きで、普段から稽古しているんですが、千葉さんといえば、世界的にも有名で、アクションもすごいじゃないですか。そういう方と殺陣ができるのが、うれしくてしょうがなかった。千葉さんは「どっからでもかかっていらっしゃい」という感じでどっしりと構えている。僕もこの大きな胸を借りて、思いっきりやってやれという感じで、やらせていただきました。千葉さんはすごく情熱的な方で、収録が終わっても若い人を集めて酒を飲みながら演技について語っているんですよ。その仲間に僕も入れていただいて、電気が消えて「早く出て行ってください」と言われても、ひたすら飲んで語っていました(笑)。殺陣の極意をいろいろ聞かせていただいて、楽しかったですね。視聴者の方にはお教えできないテクニックも教わって、いろんな意味で勉強になりました(笑)。[7][8]

と語り、思い出に残るシーンも「千葉との殺陣」を挙げている[7][8]

出演[編集]

演劇[編集]

ドラマ[編集]

テレビドラマ
ラジオドラマ

映画[編集]

ドキュメンタリー[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 内野 聖陽 - プロフィール”. YAHOO! JAPAN 人物名鑑. 日本タレント名鑑. 2013年8月23日閲覧。
  2. ^ a b 内野聖陽、本名「まさあき」から「せいよう」へ改名『スポーツ報知』2013年7月10日
  3. ^ “内野聖陽と一路真輝が離婚…「前向きにそれぞれの道で精進」”. オリコン. (2011年8月18日). http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/2000906/full/ 2011年8月19日閲覧。 
  4. ^ オフィシャルサイト 2011年12月18日 NEWS更新分
  5. ^ デイリースポーツ 2013年9月5日「内野聖陽「せいよう」に改名の理由」
  6. ^ インライフ 男の履歴書 内野聖陽
  7. ^ a b c "「風林火山」内野聖陽インタビュー". 銀河☆ナビ. 2010年7月4日放送.
  8. ^ a b 【内野聖陽さんインタビュー】 その生き様に感動!内野聖陽が大河ドラマ「風林火山」の魅力を語る。”. 銀河☆ナビ > 7月のおすすめ番組. チャンネル銀河 (2010年7月). 2010年10月9日閲覧。

外部リンク[編集]