松野博一

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日本の旗 日本の政治家
松野 博一
まつの ひろかず
生年月日 (1962-09-13) 1962年9月13日(54歳)
出生地 日本の旗 千葉県木更津市
出身校 早稲田大学法学部
前職 ライオン従業員
所属政党 自由民主党細田派
称号 法学士
公式サイト 松野ひろかずホームページ

内閣 第3次安倍第2改造内閣
在任期間 2016年(平成28年)8月3日 - 現職

選挙区 千葉3区→)
比例南関東ブロック→)
(千葉3区→)
(比例南関東ブロック→)
千葉3区
当選回数 6回
在任期間 2000年(平成12年)6月26日 - 現職
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松野 博一(まつの ひろかず、1962年(昭和37年)9月13日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(6期)、文部科学大臣第21代)。

文部科学副大臣福田康夫改造内閣麻生内閣)、厚生労働大臣政務官安倍内閣)、衆議院文部科学委員長等を歴任した。

来歴[編集]

千葉県木更津市生まれ。千葉県立木更津高等学校早稲田大学法学部卒業[1]1986年(昭和61年)、ライオン株式会社に入社し、1988年(昭和63年)に退社した。その後、松下政経塾に入塾した(第9期生)[1]

1996年(平成8年)、自由民主党千葉県連の候補者公募に合格した[2]。同年、第41回衆議院議員総選挙千葉3区から自民党公認で出馬したが、新進党岡島正之に敗れ、落選。2000年(平成12年)の第42回衆議院議員総選挙では保守党の岡島を破り、初当選した。2003年(平成15年)の第43回衆議院議員総選挙では岡島正之の長男で、民主党公認で出馬した岡島一正917票の僅差で敗れ、千葉3区で落選したが、重複立候補していた比例南関東ブロックで復活し、再選。

2005年(平成17年)の第44回衆議院議員総選挙では、岡島に比例復活を許さず千葉3区で3選。2006年(平成18年)9月、安倍内閣厚生労働大臣政務官に任命された[1]2008年(平成20年)、福田康夫改造内閣では文部科学副大臣に任命され、麻生内閣まで務める[1]。教育問題がライフワークであり、文部科学副大臣在任中はスポーツ政策を担当していた[2]2009年(平成21年)8月の第45回衆議院議員総選挙では、千葉3区で岡島に敗れたが、重複立候補していた比例南関東ブロックで復活し、4選。

2012年(平成24年)の第46回衆議院議員総選挙では、民主党から日本未来の党に鞍替えした岡島や日本維新の会、民主党公認の新人らを破り、5選。同年より衆議院文部科学委員長[1]2014年(平成26年)9月から自由民主党副幹事長[1]。同年の第47回衆議院議員総選挙では、生活の党から出馬した岡島らを千葉3区で破り、6選。

2016年(平成28年)8月、第3次安倍第2改造内閣文部科学大臣に任命され、初入閣した[3]

政策・主張[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
馳浩
日本の旗 文部科学大臣
第21代:2016(平成28)年 -
次代:
(現職)
先代:
松浪健四郎
池坊保子
日本の旗 文部科学副大臣
山内俊夫と共同

2008(平成20)年 - 2009(平成21)年
次代:
中川正春
鈴木寛
先代:
西川京子
岡田広
日本の旗 厚生労働大臣政務官
菅原一秀と共同

2006(平成18)年 - 2007(平成19)年
次代:
松浪健太
伊藤渉
議会
先代:
川内博史
日本の旗 衆議院文部科学委員長
2012(平成24)年 - 2013(平成25)年
次代:
小渕優子