サンドウィッチマン (お笑いコンビ)

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サンドウィッチマン
SANDWICHMAN
メンバー 伊達みきお
富澤たけし
別名 サンド
結成年 1998年
事務所 フラットファイヴグレープカンパニー
活動時期 1998年 -
出身 宮城県仙台市
影響 さまぁ〜ず
出会い 仙台商業高等学校ラグビー部(伊達と富澤)
現在の活動状況 テレビ・ライブツアーなど
芸種 漫才コント
ネタ作成者 富澤たけし
現在の代表番組 バイキング
帰れまサンデー
東北発☆未来塾
サンドのぼんやり〜ぬTV
熱烈!ホットサンド!
サンドウィッチマンの天使のつくり笑い
サンドウィッチマンの東北魂 他
同期 麒麟
トータルテンボスなど
公式サイト 公式サイト
受賞歴
2007年 M-1グランプリ - 優勝 (敗者復活枠)
2009年 キングオブコント - 準優勝
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サンドウィッチマンは、日本のお笑いコンビ。所属事務所グレープカンパニー1998年9月に結成。2007年M-1グランプリ王者。みやぎ絆大使、東北楽天ゴールデンイーグルス応援大使、ベガルタ仙台仙台市民後援会名誉会員、喜久福親善大使、宮城ラグビー親善大使、松島町観光親善大使、伊達美味PR大使、伊達なふるさと大使。

メンバー[編集]

  • 富澤たけし(とみざわたけし、本名:富澤 岳史、1974年4月30日 - AB型
    • 宮城県仙台市出身。
    • 極度の人見知り。その性格から『アメトーーク!』の「人見知り芸人」に出演している。
    • ボケ担当(ネタによってはツッコミに回ることも)。ネタの大部分を作成[1]
    • 食レポの際の決めゼリフは「ウマーベラス!」。
    • 愛称は「富澤君」、「トミー」、「おとみ」。有吉弘行が付けたあだ名は「哀しきモンスター」。

略歴[編集]

仙台商業高等学校(現仙台市立仙台商業高等学校)の同級生として、ラグビー部で知り合う。高校時代には、富澤は不良グループの1人で、伊達は優等生タイプであった。同じクラスにはなったことはない。

卒業後、お笑い芸人になりたかった富澤は、就職して正社員になると辞めにくいとの理由で、アルバイトをしていた。伊達は福祉系の専門学校へ進学するが、3か月で中退。父の斡旋で福祉関連の会社に就職し、サラリーマンとして生活していくつもりであった。富澤は、1995年に創立された吉本興業仙台事務所(仙台吉本)への所属を目標に別の相方と組んで「ゆやゆよん」というコンビ名でアマチュア活動をしていたが、所属以前に仙台吉本が撤退してしまった[2]

もともと伊達とコンビを組みたかった富澤は、既に福祉関係の仕事に就いていた伊達を、3年かけて口説き落とした。伊達は祖父の死に接して「限りある人生、どうせなら好きな事やらないと」と悟り、会社を辞める決意をしたというエピソードがある。1998年に2人で上京(これは同期だったポプラ並木が上京し、お笑い芸人として活動を始めた影響とのこと)。2人はまず『親不孝』というコンビを結成、その後、24歳の時に浜田ツトム(後に『メインストリート』というコンビで活動。解散後、『閃光少女』を結成)を入れたトリオで『サンドウィッチマン』を結成する。程無く浜田は脱退するが、元のコンビ名には戻さず現在に至る。当時は富澤が金髪で伊達が黒髪だった時期もあった。

ライブでは常に爆笑をかっさらっていたものの、テレビ出演がないまま年月は流れる。この頃富澤は、自ら伊達をお笑いの世界に誘いながら一向に結果が出ないことに負い目を感じ、コンビ解散や自殺まで考えていたという[3]。気が付けば30歳になっていた2人は、2005年を「勝負の年」と決め、アルバイトを減らして片っ端からライブに出演していく。そんな中、遂にその実力がテレビ関係者の目にとまり、日本テレビ系『エンタの神様』への出演が決定する。

2005年5月28日に『エンタの神様』に初登場。披露したネタは「ピザのデリバリー」であった(後にM-1グランプリ最終決戦で漫才として披露される)。以降は知名度が上がり、同番組に定期的に出演するようになった。

かつてはホリプロやH・R事務局に所属していた。しかしお笑いに理解のないマネージャー等に、ネタの中身について注意されることを嫌い、自由にネタをできる事務所を探した結果、フラットファイヴに所属する事になる[4][注 1]

2007年10月27日、2人の母校・仙台商業高等学校の文化祭「仙商祭」に出演した[5]。交通費代込みで10万円という破格の出演料であった。

M-1グランプリ2007において、ますだおかだアンタッチャブルに続く3組目の吉本外芸人にして、大会初、敗者復活枠からの優勝を果たす。これが、コンビとしての大きな転機となる。

2008年1月26日、イトーヨーカドー仙台泉店で、fmいずみ『サンドウィッチマンのラジオやらせろ!(仮)』の公開収録を行った(観衆は2000人)。宮城県知事から「みやぎ夢大使[6]」に任命され、泉区長から区長賞を授与された。

2009年5月11日、伊達がフリーアナウンサーの熊谷麻衣子と結婚することを自身のブログで公表、2009年7月11日に挙式・入籍した。また、同年6月8日、富澤が年下の一般人女性と2009年4月2日に入籍していたことを、所属事務所を通じて公表した。

キングオブコント2009ではM-1との2冠を目指し、決勝に進出。1stラウンドは2位以下に大差をつけて首位で折り返すものの、結果は東京03に逆転されて準優勝。翌年以降は出場していない。

2010年7月1日より、約5年間所属した事務所であるフラットファイヴを離れ、担当マネージャーが立ちあげたグレープカンパニーの所属となった。同時に、フラットファイヴに所属していた殆どの芸人達も、グレープカンパニーへ移籍した。これは、フラットファイヴの社長兼夫婦芸人であるホロッコがサンドウィッチマンのM-1優勝に触発されて漫才業を再開したため、『元々、お二人の事務所ですから』ということで独立せざるを得ない状況だったからである。

2011年3月、宮城県気仙沼市でのロケ中に東北地方太平洋沖地震が発生し被災したが、すぐに避難し2人ともブログで無事であることを報告[7]後述)。

芸風[編集]

ネタ[編集]

  • 漫才・コントを行う。動きや小道具よりも会話のやりとりで笑いを取るネタが多いため、コントを漫才に作り替えて披露することもある。2007年M-1グランプリで披露した漫才2本も、元々はコントとして作られたもの。「コント師」や「漫才師」ではなく「漫コン師」と自称するときがある(無論、下ネタである)。他にもショートコントを行う。
  • 2009年以降、毎年夏〜秋にかけて、新ネタを引っ提げて全国各地を巡る単独ライブツアーを実施している。計1万人以上(2016年は約1万3000人[8])を動員する大規模なツアーにもかかわらず、ほぼ全ての会場でチケットが即日完売するほどプレミア化している。春には、前年のライブの模様を収録したDVDがavexから発売されている。
  • ネタは主に富澤がノート携帯電話に書き込みながら作っている。ツッコミの部分は伊達が付け加えたりするときもあるが、台本に起こし最終的な構成をかけているのは富澤である。「結婚式のスピーチ」「母からの手紙」などの読み物ネタの作成には、伊達も少なからず関与している。
  • 富澤はパソコンで清書した台本を用いたいが、伊達の「富澤の女の子みたいな丸文字で書いた文字じゃないと頭に入らない」という理由から、長らく台本は手書きであった[9]。現在では、富澤が伊達にメールでネタを送信し、機械音痴の伊達がマネージャーに頼んでプリントアウトしてもらうという[10]
  • 初めてネタを披露したテレビ番組は、2005年のBSフジ『東京金歯(笑)』。
  • 漫才でネタに入る時には「(伊達)世の中興奮する事っていっぱいあるけど、一番興奮するのは◯◯する時だよね」「(富澤)間違いないね」と言って始めることが多い。もしくは設定に入った途端に伊達が「あ、◯◯(不動産屋など、舞台となる場所の名称)だ。興奮してきたな」と言う。終わる時は伊達が「もういいゼ!」と言い締める(「伊達のブログのタイトルにもなっている)。
  • 漫才のつかみ、またトーク番組等で何かやって欲しいと言われた際には、30秒以下のショートコントをすることがある。トーク番組やワイドショー、営業先などでショートコントをやる際にはオチの後に「はい、◯◯!」と番組名や地名などを叫ぶ。
  • ネタ以外ではボケ・ツッコミの役割分担を気にしない。昔は伊達がボケ、富澤がツッコミをやっていた時期もあったためか、ラジオやフリートークでは富澤が伊達につっこむ様子もよく見られる。
  • 単独ライブでは伊達がボケるネタも存在する。これらのネタは伊達が作っている(伊達曰く「台本はなくアドリブでやっている」)。
  • 伊達は哀川翔のモノマネをすることがある。単独ライブではこのモノマネのキャラクターは“哀川チョウ”(チョウの漢字は毎回異なる)の名で、コントとして披露されている(後半になるとほぼ地声に近づき、モノマネの精度が落ちてゆく)。『サンドウィッチマンライブ2010 新宿与太郎音頭』の映像特典(セル版のみに収録)には、哀川翔本人との対談が収録されている。
  • 「ちょっと何言ってるかわからないです」「なんで何言ってるかわかんねえんだよ!」や「630円になります」「630円? はい、丁度」「30円のお返しです」「600円じゃねえか!」など、お約束ともいえる掛け合いが多くのネタに盛り込まれている(伊達がネタ中に「好きだね、このくだり。いろんなのにチョイチョイ入れるね。」とツッコむこともある)。
  • 単独ライブでは、漫才の冒頭で、東京での初舞台から応援してくれているファンの「小島さん」をいじるのが恒例となっている。

評価[編集]

  • ビートたけしは、「サンドウィッチマンの漫才は、真似しようと思ってもできない」[11]、「本当に実力で売れた漫才師はサンドウィッチマンとナイツだけ」[12]と高く評価する。また、春風亭小朝は「漫才の天才」[13]と評し、島田紳助もM-1グランプリ2007終了後の会見において、後述のように「彼らは本当に圧倒的だった」と語っている。
  • Yahoo!意識調査「あなたが選ぶ『ベストオブベスト・M-1王者』は?」では、5万票以上を獲得し圧倒的な人気で1位に輝いている[14]
  • 幅広い年齢層から人気があり、笑点の「演芸」コーナーに度々出演している。三遊亭圓楽 (6代目)とは定期的に各地で「円楽 サンドウィッチマンの会」の開催し、立川志の輔とは「気仙沼さんま寄席」で共演、さらに毎年新春!お笑い名人寄席に出演するなど、落語家と同じ舞台に立つことも多い。

エピソード[編集]

共通点[編集]

  • 極めてコンビ仲が良いことで有名である。部活で知り合って以来の親友であり、大きな喧嘩をしたことは一度もない。
  • ラグビー部時代、部員数が出場必要最低限の15人丁度である中で石巻工業と公式戦1回戦で対戦した際には、一方的な試合展開に耐えかねて自軍が途中棄権を申し出たが認められず、結局101対0の大敗を喫してしまった[18]
  • 東京に進出をしてから9年間、M-1優勝までコンビ2人でアパートに同居していたが、現在は各々妻子と共に生活している(互いに2009年に結婚)[19]
  • 身長は170cm前後、体重は90kg前後。ネタでは伊達がデブキャラ扱いされることが多い。なお、トリオ時代のメンバーである浜田ツトムが、同程度の身長ながら体重50キロ台であったため、サンドウィッチのようだということで「サンドウィッチマン」と命名したという(他の候補として三途の川、三角関係、三角州などがあった)。
  • 2009年に結婚した。伊達の長女と富澤の長男が同級生となる。後に富澤には次男が生まれる。

M-1グランプリ[編集]

  • 決勝ファーストラウンドで「街頭アンケート」というネタを披露。当時の敗者復活枠の最高点だった[注 2] 651点を獲得し、ファーストラウンドを1位通過する。この時、審査員のオール巨人は「僕の中のこの92点(この回の巨人の最高評点)は完璧に近い」「何で、彼らが決勝のこの舞台に、敗者復活でなしに残ってへんのかなと思う」と寸評している。
  • 最終決戦は3番手で「ピザのデリバリー」というネタを披露。傍目には分からなかったものの、途中、伊達が一瞬だけセリフを飛ばしてしまう。それが伝染して富澤まで次のセリフを一瞬飛ばすが、伊達がすぐに思い出したため事無きを得た。後に伊達は「僕と富澤にしかわからなかった、サンドウィッチマン史上最大のピンチ」と語っている[21]
  • 結果は審査員7人中4票を獲得し、大会初の敗者復活戦枠から優勝した[注 3]。ちなみに準決勝では「結婚式のスピーチ」というネタをしており、ファーストラウンド1位通過後司会の今田耕司からそのネタを推されるが、「読み物漫才は決勝では不利」と聞かされていたため、「ピザのデリバリー」にネタを変更した(富澤曰く、「街頭アンケート」よりテンポが遅いことを考慮した結果。一応練習はしたものの、緊張のせいか呼吸が合わなかったらしい)。ただし、敗者復活戦会場の大井競馬場から決勝会場へ向かう最中に、2本目をどうするか話し合っていたと後に述べている[21]
  • 番組終了後の記者会見で島田紳助は、松本人志と「彼らが準決勝で落ちた理由が不可解だ」と話し合った旨発言した。本人たちは、準決勝で負けた理由について「ガチガチで緊張していたからだろう」と語っている。また、敗者復活だから力まずにネタが披露できた、決勝8組に残っていたらガチガチに緊張して優勝は無理だったとも述べている。[22]
  • 決勝の舞台で富澤はツカミで「名前だけでも覚えて帰って下さい」と述べた(後に自身のブログのタイトルにもなっている)。実は、敗者復活戦のツカミでは、富澤が股間を触る下ネタを使用していた(富澤曰く「キンタ漫才」)が、決勝の本番直前に番組スタッフから「下ネタはカットで」と言われたため、急遽変更したのであった。優勝後の漫才では「名前だけでも……もういいや」に変わり、伊達が「もういいよそれは。大体わかるだろ。」と返すこともあった。
  • トータルテンボス大村朋宏は、M-1終了後の『ヨシモト∞』にて「サンドウィッチマンかパンクブーブーが敗者復活の勢いをもって勝ち上がってきたら危ないと思っていた」と告白。M-1グランプリ2007のDVDに収録されている舞台裏の模様によれば、敗者復活戦の勝者が発表された際、決勝進出者の千鳥・ノブが「エライやつが出てきた」と発言している。さらには司会の今田耕司も、敗者復活枠を発表する際、サンドウィッチマンの名が記された紙を一目見て「おぉ~!」と感嘆の声をあげている。芸人の間では屈指の実力派として高い評価を得ていたと思われる。
  • 優勝後の記者会見で優勝賞金1000万円の使い道を聞かれた際、伊達が冗談半分で「親にあげる」と発言したため、M-1グランプリリターンズでの賞金の贈呈式には2人の母親が呼ばれ、賞金も500万円ずつ2人の母親に授与された。実際は親に全額渡したわけではなく、世話になった人や事務所(引っ越し費用として)に配ったり、借金返済に充てたと話している[23]
  • 島田紳助は「敗者復活組に優勝は無い。もし優勝するなら圧倒的な力を見せつけなければならない。しかし彼らは本当に圧倒的だった。」と語っている。実際に紳助はサンドウィッチマンにファーストラウンドでこの回の最高評点(98点)を与え、最終決戦でもサンドウィッチマンに投票した。その一方で紳助と同じく9回審査員を務めた松本人志、中田カウスはそれぞれ「トータルテンボス、キングコングも、もう一笑いあれば優勝の可能性は全然あった」(松本)[24]「実力は伯仲だったが、トータルテンボスが一番ネタが練られていた」(カウス)[25] と評している。また、3組が最終決戦に進出するようになった2002年度以降では初めて全ての最終決戦進出組が審査員から票を獲得した回となっており、他の審査員の中でも意見が分かれている[26]
  • M-1 2009終了直後のよしもとオンラインでは、「あくまで敗者復活枠からの優勝であり、本当は決勝8組に入って優勝したかった」と謙遜している。
  • 関西出身者が有利と言われている漫才の賞レースにおいて、東北出身者として初めて優勝した。

東日本大震災[編集]

  • 2011年3月12日に、伊達は公式ブログを更新、エントリー『みんな頑張れ!』[33] に『戦後、俺たちのじいちゃんやばぁちゃんは日本を復活させた。世界には奇跡と言われた日本の復興。必ず復興します! 日本をナメるな! 東北をナメるな!』という一文を掲載した。英国紙『インデペンデントジョン・マリン編集長は、編集部スタッフから「日本人の妻が感動的なブログを読んだ」と聞いて興味を持ち、「震災の悲惨さを伝えるのも大切だが、人々を勇気づけるメッセージ発信も新聞の役割」として津波の写真や福島第一原子力発電所事故の写真を掲載すべきだという意見を抑え、2011年3月13日の日曜版には「がんばれ、日本!(Don't give up Japan!)」「がんばれ、東北!(Don't give up Tohoku!)」の文字に日の丸をあしらった一面記事が掲載された[34]。なお、この一文『戦後、俺たちのじいちゃんやばぁちゃんは日本を復活させた。世界には奇跡と言われた日本の復興。必ず復興します! 日本をナメるな! 東北をナメるな!』は英訳され、インデペンデント電子版に紹介されている[35]
  • 2011年3月15日、日本テレビ系『DON!』に親族が罹災したフリーアナウンサーの生島ヒロシ[注 4] と共に出演。気仙沼市を襲った津波の様子などについて語った上で、避難所の映像などを積極的に放送し、安否情報を得られるようにして欲しいと訴えた[36]
  • 2011年3月16日、記者会見で『“東北魂”東北地方太平洋沖地震義援金口座』と銘打った銀行口座を開設し、募金活動を開始したことを発表[37][38]。2人で1000万円を寄付する[39]東北魂のロゴ入りチャリティグッズも販売を開始した[40]。富澤によれば、和田アキ子からも電話がかかって来て、「何をしたらいいか教えてくれ、テレビ見てて辛い」と泣いていたという(これがホリプロ「あの鐘を鳴らすのはあなた基金」の開設につながった)。5月27日、2人は宮城県庁を訪れ、義援金9000万円の小切手とチャリティグッズのTシャツを村井嘉浩県知事に手渡した。26日までに義捐金口座には26297人から振込みがあり、チャリティーライブとチャリティグッズの収益を含め2億9722万円が集まった。義援金は岩手県や福島県、宮城県など計6県に配る。被災状況から宮城県には9000万円を贈った[41]
  • 2011年3月18日、売れない時代からの目標であった『オールナイトニッポン』(ニッポン放送系列)を、ニッポン放送のオファーに応える[44] 形に初めて担当した。金曜パーソナリティはAKB48だったが、放送前日に急遽、一日限定で担当することが発表されている[45][46]。番組に届けられたメール数は通常放送時の約5倍にあたる10,000通であり、その内被災地からのメールが半数に上った[47]。このことは、ライバル局であるTBSラジオでも宣伝された(JUNKが休止になった際に、金曜担当のバナナマンから1時からの10分間生放送で伝えられた)。この様子をJUNKリスナーがFAXで伝えたところ、「涙が出そうなほど嬉しかった」と語った。またこの番組の後、TBSラジオで『サンドウィッチマンの10分もらえたぜ!』を担当することになった。
  • 2013年、国土交通省の気象庁災害啓発ポスターに起用された。

受賞歴[編集]

作品[編集]

映像作品[編集]

DVD

  • サンドウィッチマンライブ2007 新宿与太郎哀歌
  • サンドウィッチマンライブ2008 新宿与太郎行進曲
  • サンドウィッチマンライブ2009 新宿与太郎狂騒曲
  • サンドウィッチマンライブ2010 新宿与太郎音頭
  • サンドウィッチマンライブ2011 新宿与太郎完結篇
  • サンドウィッチマンライブツアー2012
  • サンドウィッチマンライブツアー2013
  • サンドウィッチマンライブツアー2014
  • サンドウィッチマンライブツアー2015
  • M-1グランプリ2005完全版〜本命なきクリスマス決戦!“新時代の幕開け”〜(敗者復活戦)
  • M-1グランプリ2006完全版〜史上初!新たなる伝説の誕生〜完全優勝への道〜(敗者復活戦)
  • M-1グランプリ2007完全版 敗者復活から頂上へ〜波乱の完全記録〜
  • サンドウィッチマンのエンタねた vol.1:エンタの神様ベストセレクション
  • サンドウィッチマンのエンタねた vol.2:エンタの神様ベストセレクション
  • サンドウィッチマンのエンタねた vol.3:エンタの神様ベストセレクション
  • サンドウィッチマンのエンタねた vol.4:エンタの神様ベストセレクション
  • ハチワンダイバー DVD BOX
  • お台場お笑い道
  • サンドのぼんやり〜ぬTV Vol.1 『真夏のサンド・水着オリンピック!』
  • サンドのぼんやり〜ぬTV Vol.2 『富澤の血液型・34年目の真実!』
  • 東北魂TV
  • 東北魂TV 2 -THE TOHOKU SPIRIT-
  • 東北魂TV ~みちのく元気旅でお腹いっぱい編~
  • 東北魂TV ~世間を欺くニューハーフ編~
  • 東北魂TV ~ギターをなくしたバンドマン編~
  • 漫才サミット ~実力派漫才師・ 笑いの頂上会談~
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.1 名古屋編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.2 埼玉&赤羽編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.3 浜松編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.4 大阪編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.5 大阪&渋谷編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.6 秋葉原&六本木編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.7 群馬&夏祭り! 編
  • 熱烈!ホットサンド!vol.1 愛すべき俺たちの商店街編
  • 熱烈!ホットサンド!vol.2 ディープ!北海道探険隊編
  • 東京ダイナマイト&サンドウィッチマンの漫才先生 in パラオ

シングルCD[編集]

  • サンドウィッチマンのラジオやらせろ!(仮) ひと口ラジオ(せんだい泉エフエム放送)

サンドウィッチマン&及川奈央

花は咲くプロジェクト

出演[編集]

現在のレギュラー番組[編集]

テレビ

ラジオ

過去のレギュラー番組[編集]

テレビ

ラジオ

ネット配信

  • サンドが笑えば日本が笑う!(2016年6月、hulu

不定期出演番組[編集]

ドラマ[編集]

アニメ[編集]

  • GON -ゴン-(2012年4月2日 - 2013年3月25日、テレビ東京)- ヌー 役、ワシ 役、イノシシ(第36話のみ)役(伊達)、リーダー 役(富澤)、第37話から第40話までAパートに放送されたミニ番組には実写で出演

映画[編集]

  • 銀色の雨(2009年) - 電気屋 役(伊達)、小島 役(富澤)

劇場アニメ[編集]

オリジナルビデオ[編集]

CM・広告[編集]

PV[編集]

ゲーム[編集]

  • くりぃむしちゅーも観ながらいろいろゴチャゴチャ言ってますけども… 笑いのタマゴLサイズ(おひとり様何回でも)(2006年3月23日、ハドソン) - PSP
  • 魁!!男塾 〜日本よ、これが男である!〜(2014年2月27日、バンダイナムコ) - PS3、初回封入特典のプレイヤーキャラとして登場

書籍[編集]

著書[編集]

  • 敗者復活(2008年9月、幻冬舎[58]
  • ちょっと何書いてんのかわかんないです……!!(2008年12月1日、講談社) - 富澤著[59]

雑誌・新聞連載[編集]

  • EX大衆「サンドウィッチマンの魁!人生漫才劇場」(2011年5月 - 、双葉社
  • 東京スポーツ「サンドウィッチマンの興奮してきたなぁ!」(2009年10月 - 2012年3月、東京スポーツ新聞社) - 、東京スポーツ・大阪スポーツ中京スポーツは隔週月曜、九州スポーツは隔週火曜。

関連書籍[編集]

  • お笑いTVLIFE Vol.1

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 以前所属していた事務所フラットファイヴの社長である堀田訓幸もホリプロ出身である。
  2. ^ 後にパンクブーブーが668点を記録し、更新される。
  3. ^ 2010年に大会が一旦終了するまで唯一。2015年に復活した第11回でトレンディエンジェルが敗者復活枠から2組目となる優勝を果たしている
  4. ^ 生島自身も仙台国際ホテルでの講演中に遭遇し、15時間かけて帰京している。また妹夫婦が津波の犠牲となった。
  5. ^ テレビ初出演
  6. ^ 『これが東北魂だ』は、2012年から年1本のペースで制作・放映されている。震災で受けた被害から立ち上がり、復興へと歩みを進める人々の姿を放映の前年から長期間にわたって追い、翌年の年明けに放映、という流れとなっている。
  7. ^ 溝端淳平演じる真剣師・菅田健太郎を応援する真剣師・角田吾郎(伊達)と飛鷹安雄(富澤)役を演じる。配役の都合でネタとは違い伊達は通常どおりチンピラ(?)だが、富澤は伊達の兄貴分になっている。
  8. ^ 公共放送であるNHKでCMは流れないが、民放におけるCMと同じ形式のものであることから、便宜上ここに掲載する。なおNHKではこれを「スポット番組」と称している。

出典[編集]

  1. ^ 『ちょっと何書いてんのかわかんないです……!!』著者紹介より。
  2. ^ サンドウィッチマン:「ぞうきんだからネタしかない」大逆転のM-1優勝を語る 毎日jp 2008年1月12日
  3. ^ サンド富澤 解散と自殺考えた過去激白「死んでおわびするしか…」、Sponichi Annex 2015年11月15日配信
  4. ^ テレビ番組「さんまのまんま」より
  5. ^ 2007年10月26日(伊達みきおのブログ)
  6. ^ みやぎ夢大使(宮城県)
  7. ^ サンドウィッチマン伊達のもういいゼ!”. とりあえず無事です。. サンドウィッチマン 伊達みきお (2011年3月11日). 2011年3月17日閲覧。
  8. ^ http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1630804.html
  9. ^ 2008年のテレビ情報誌『ザ・テレビジョン』でのネタ帳披露記事より
  10. ^ 2016年6月9日放送「内村てらす」での発言
  11. ^ 2012年12月14日放送「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」での発言
  12. ^ http://news.livedoor.com/article/detail/8797023/
  13. ^ 2013年4月13日「東日本大震災チャリティ落語会-落語の力-」での発言
  14. ^ http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/entertainment/23942/result
  15. ^ http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20150804/Cyzo_201508_exile_11.html
  16. ^ 2014年4月21日「バイキング」における坂上忍の発言
  17. ^ 2014年5月27日「JUNK爆笑問題カーボーイ」での発言
  18. ^ サンドウィッチマン[ お笑いコンビ ] 中高生部活応援マガジン 2012年07月15日
  19. ^ サンドウィッチマンが“男同士”10年間の同居生活を赤裸々に告白!?[リンク切れ]ザ・テレビジョン
  20. ^ 中部・北陸地方で2010年2月中旬から下旬に放送された番組 『BSNスペシャル ニッポンど真ん中! 〜サンドウィッチマンが行く! にいがた美食の裏めぐり〜』内での発言から。
  21. ^ a b 著書「敗者復活」より
  22. ^ 「M-1完全読本2001-2010」のインタビュー
  23. ^ ジャイケルマクソン
  24. ^ 2008年1月5日『放送室』[出典無効]。最終決戦ではサンドウィッチマンに投票。
  25. ^ 著書「襲撃 中田カウスの1000日戦争」より[要ページ番号]。最終決戦では実際にトータルテンボスに投票している。
  26. ^ トータルテンボス2票(中田カウス、ラサール石井が投票)、キングコング1票(大竹まことが投票)、他の4人の審査員(島田紳助松本人志上沼恵美子オール巨人)はサンドウィッチマンに投票。
  27. ^ “サンド伊達、鼓舞「東北をなめるな!」”. サンケイスポーツ. (2011年3月13日). http://www.sanspo.com/geino/news/110313/gnf1103130504000-n1.htm 2011年3月17日閲覧。 
  28. ^ 地震”. サンドウィッチマン 富澤たけし オフィシャルブログ (2011年3月11日). 2011年3月17日閲覧。
  29. ^ とりあえず無事です。”. サンドウィッチマン 伊達みきお オフィシャルブログ (2011年3月11日). 2011年3月17日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]