内館牧子
| 内館 牧子 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| 誕生日 | 1948年9月10日 |
| 出身地 |
(出生地は秋田県秋田市) |
| 死没日 | 2025年12月17日(77歳没) |
| 死没地 |
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| 主な作品 | |
| テレビドラマ |
『想い出にかわるまで』 『ひらり』 『てやんでえッ!!』 『毛利元就』 『私の青空』 『昔の男』 |
| 受賞 | |
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1990年:日本女性放送者懇談会賞 1993年:第1回橋田賞 1995年:第10回文化庁芸術作品賞 『てやんでえッ!!』 | |
| その他 | |
| 2000年:横綱審議委員会委員 | |
内館 牧子(内舘 牧子[1]、うちだて まきこ、1948年〈昭和23年〉9月10日 - 2025年〈令和7年〉12月17日)は、日本の脚本家、作家、作詞家。
東日本大震災復興構想会議委員。東京都教育委員会委員、ノースアジア大学客員教授。元横綱審議委員会委員(2000〜2010年)。学位は造形学士(武蔵野美術大学)、修士 (文学)(東北大学)[2]。
略歴
[編集]生い立ち
[編集]秋田県秋田市[3][4]土崎港生まれ[5][6]。父親は岩手県盛岡市、母親は秋田市出身[7]。日本冷蔵(ニチレイ)に勤めていた父の転勤で、4歳から新潟県、小学校3年から高校2年までは東京都大田区雪谷で育った[3]。
新潟では幼稚園に馴染めず、いじめられて退園[3]。それ以来ずっと家で過ごすうちにラジオの大相撲中継を聞くようになった[3]。きっかけは、いじめられていた時にいつも助けてくれた男の子の体が大きかったこと。これが原体験となり、体の大きな男の子は優しいという意識が刷り込まれたという[3][8]。
東京都立田園調布高等学校を経て、1970年(昭和45年)、武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒。
シナリオライターの道へ
[編集]大卒後は三菱重工業に入社して横浜製作所に広報のOLとして13年間勤務した。当初は2、3年勤めて寿退社するつもりだったが当てが外れた[9]。また、仕事の上でも満たされず、茶道や華道など習い事をたくさんしていたという[9]。床山を志願して日本相撲協会に自らを売り込んだり、全国の新聞社に相撲記者の採用がないか問い合わせていたのもこの時代で、すべて断られたときには29歳になっていた[9]。
27歳の頃、シナリオスクールの新聞広告を見て、応募した。ある新人コンクールで佳作[10]をもらったことをきっかけに、NHKの新人脚本家養成講座の生徒に選ばれた[9]。そして何のあてもないまま1983年、35歳で三菱を辞めたが、養成講座の生徒井沢満に紹介された小学館の漫画雑誌の仕事を手始めに、NHKの番組や講談社の仕事などをこなしつつ約4年間を過ごした。一方ではこの1980年代半ば頃、橋田壽賀子の元に弟子入り志願をしに行き、「弟子は取ってない」と一度は断られるも、それでも橋田の元に通い続け、1986年のNHK大河ドラマ『いのち』など、橋田脚本の手直しや原稿整理などの手伝いをしていた[11][12]。
1988年(昭和63年)40歳にして脚本家デビューを果たした(『バラ』NTV)[9]。当初は素人時代から使っていた岸牧子の筆名で活動。出世作は1990年のドラマ『想い出にかわるまで』[9]。代表作に、NHK連続テレビ小説『ひらり』、『私の青空』、大河ドラマ『毛利元就』などがある。
2000年以降の活動
[編集]2000年より10年間大相撲の横綱審議委員会委員を務めた。この間、2003年の春より3年間東北大学の大学院で大相撲を研究、2006年より秋田経済法科大学(現・ノースアジア大学)客員教授、2007年より武蔵野美術大学映像学科客員教授としてシナリオ制作の実習授業を担当。
2011年4月東日本大震災復興構想会議委員に就任。
2017年5月7日、東京都内で第7回「忘れられない看護エピソード」表彰式に、ギプスをはめた車いす姿で出席。右足骨折で全治6ヶ月の重傷を負ったことが明らかになった[13][14]。
晩年〜死去
[編集]晩年は週刊誌の連載コラムやインタビューなどが主な仕事となっていた。
人物
[編集]武蔵野美術大学在学中はラグビー部の(初代女子[3])マネージャー[17][18]、三菱重工では同社の硬式野球部マネージャーを務めた。
大の格闘技ファン。特に好角家として知られるほか、プロレスにも造詣が深く、2009年から6年間東京スポーツ制定のプロレス大賞で特別選考委員を務めた[19]。
大学院での大相撲研究
[編集]2000年大阪府知事に初当選した太田房江が、大相撲大阪場所の土俵上で大阪府知事賞を授与すると発言して日本相撲協会から拒否されたことに関しては、従来より「大相撲における土俵の女人禁制」を守るべきとの考えから協会側の決定を尊重すべきとした。その翌年、朝日新聞紙上で再び持論を繰り返した太田府知事に対して同紙上で反論したことなどをきっかけに大学院での大相撲の研究を決心し[20]、志望校を定めて受験勉強を始めた[21]。
2002年9月、東北大学大学院文学研究科修士課程の社会人特別選抜[22]を受験して合格[8][23]。翌春、人間科学専攻(宗教学)へ入学し、『神事としてみた相撲』を研究テーマに宗教学を専攻。3年間仙台を中心に生活を送り[24]、2006年3月に修士課程(宗教学)を修了(修士〈文学〉)した[25]。同年、修士論文の趣旨を土台にした著書『女はなぜ土俵にあがれないのか』を刊行。相撲の歴史と伝統について宗教的儀式として論じ、男女共同参画の観点をこの種の領域に対し文化論争抜きに持ち込む風潮に異を唱えた。
東北大学大学院在学中の2005年、東北大学相撲部より招聘され「現役院生監督」となった[26]。これ以降、学生相撲やアマチュア相撲界、また他大学の監督、コーチ、学生相撲連盟などにも人脈を広げた[27]。
女性初の横綱審議委員会委員
[編集]太田府知事の「土俵女性差別」発言から約半年後の2000年9月、当時の時津風理事長(元大関・豊山)から、女性初となる横綱審議委員会(以下、横審)委員を委嘱され、約10年間活動した。この間、東京両国国技館の土俵下の席を通年で購入し、場所中12、3日間は会場に足を運んだほか、稽古総見は朝7時から始まる幕下から見るようにした[28]。内館の委員就任に最も反対していた協会幹部のひとりも、3年後には「今後も相撲界のためによろしく」と、直接内館に言葉を掛けた[29]という。
2002年1月場所前(同年1月7日)に行われた横審稽古総見の際、第67代横綱・武蔵丸が、前日までプロレス・ラグビー観戦をしていながら、当日左手首の故障を理由に稽古総見を欠席したことに対し、「社会人として最低。あんな横綱に優勝してほしくない」などと厳しく非難したほか、武蔵丸を庇った師匠の武蔵川親方(第57代元横綱・三重ノ海) [30]に対しては「気分転換をしても構わないが、それならば公式行事をサボらないで欲しい」と抗議して時津風理事長に聞き入れられ、以後の横綱・大関は入院でもしていない限り、「稽古総見は原則的に出席すべし」と決まった[31]。この一件がきっかけとなって「横審の魔女」の異名を冠するようになった[32]。
2003年1月場所で2場所連続優勝を果たし、場所後に第68代横綱に昇進した朝青龍について、同場所後の横審定例会では「今回、昇進させなければ、今後誰も横綱に昇進させられなくなってしまう」[33]と述べて昇進自体には賛成したが、同時に「問題は『客のために相撲を取っているんではない』などの言葉。品格をしっかりと直してほしいと注文した」[33]とも述べて、師匠の高砂親方(元大関・朝潮)に対しても、横綱の品格面で一層の指導を求めた。その後も、朝青龍の常識外れの行動・言動についてその都度猛批判しており、「朝青龍の天敵」としてマスコミに大きく取り上げられていた[34][35]。
もっとも内館は、私的な立場として「私はプロのスポーツ選手として朝青龍をすごく認めますし、超が3つつくほど好き」「アスリートとしては、150%好き」と好意をよせていた。しかし普段の辛口のコメントについては「でも大相撲には相撲道の精神がある。それを無視し続けていた朝青龍と、ビシッとした態度を全く取らない師匠(高砂親方)がいるから、私は毎回鬼のように怒らなきゃならなかった」「私自身朝青龍に対し『現役力士』として、『横綱』としても一切認めていない」[36]などと報道陣に述べた経緯がある。
2008年12月、心臓弁膜症で倒れ緊急入院・手術のため約4か月間治療に専念[37]。翌2009年4月29日の大相撲稽古総見で復帰の際、朝青龍の方から内館に近寄り「先生大丈夫ですか?心配しましたよ。元気になって良かったですね」と語りながら笑顔でハグされると、内館も思わず笑みを返す場面があった。その後内館は、記者陣に対し「(朝青龍は)まるで(豊臣)秀吉みたいな『人誑(たら)し』だわ。『天敵』の私を喜ばせるんだから」と皮肉交じりにコメントしている[38]。
2010年1月25日をもって、横審委員としての任期を満了した。同日最後となる横綱審議委員会の席で内館は、1月場所中の1月16日に泥酔暴行騒動を起こした朝青龍に対して「日本相撲協会は余りにも朝青龍に甘過ぎる。今回も『厳重注意』で済む問題じゃない。普通の企業なら間違いなくクビ、又次に何かやったら『引退勧告』すべきですよ」と苦言を呈している[39]。 ところがその数日後、朝青龍が暴行した相手は当初報道された個人マネージャーではなく、一般人だった事が発覚。内館の横審委員退任から僅か10日後の同年2月4日、朝青龍は度重なるトラブルに責任を取る形で、突如現役引退を表明した。その際に内館は「朝青龍が自ら引退したことはベストの選択だったと思う。今後は日本であれ外国であれ、その国と業界及びその仕事に対し、敬意を払うことを忘れないでほしい」等とコメントを述べている[40]。
なお、2011年3月の本場所中止の要因となった大相撲八百長問題に関しては、「全く知らなかった」「夢にも思わなかった」と言う立場を貫いている。
訴訟
[編集]『将棋世界』2013年7月号において、内館が自身の連載コラム「月夜の駒音」でコンピュータ将棋ソフトウェア「Puella α」と塚田泰明の対局を取り上げた際、ソフトウェア開発者の伊藤英紀が、その内容の中に「名誉を毀損し、侮辱する記載」があったとして、日本将棋連盟と同誌の発行元であるマイナビに損害賠償と謝罪を要求した。しかし両者ともこれに応じなかったため、同年12月に内舘、将棋連盟、マイナビの三者は伊藤より名誉毀損で提訴された[41]。裁判の結果、2014年12月に、被告は賠償金を支払って謝罪記事を載せた上で問題の記事を撤回するという、全面的に敗訴と言える内容で民事訴訟法の規定による和解をしている[42]。
2015年12月号を以て、「月夜の駒音」の連載を終了した。
その他
[編集]身長は168cmである。
脚本担当歴のある『連続テレビ小説』については、自身が手掛けていない作品も視聴しており、「朝ドラはすごく面白いと思う。自分だったらこうするのにとかは思わない。毎回楽しんで見ている」と述べている[43]。
前述の心臓弁膜症で手術・入院した際、1ヶ月以上意識不明が続いたことを2022年に出演した『徹子の部屋』で明かしている[44]。
日本レコード大賞の制定委員を、1996年頃から死の直前までの30年に渡り務めた。内館死去後の2025年12月29日には、自身の生前の功績を讃える形で、第67回日本レコード大賞・特別功労賞が同賞の制定委員会より追加贈与された[45]。
主な作品
[編集]映画
[編集]テレビドラマ
[編集]- 『特捜最前線』(テレビ朝日)原案。岸牧子名義
- シャムスンと呼ばれた女!(1981年)
- 殺人クイズ招待状!(1982年)
- 『中学生日記』(NHK名古屋)
- 二つのゴール(1986年11月16日)
- こころの冬(1987年1月11日)
- 東先生なんて大嫌い(1987年4月5日)
- ホンネでアタック(1987年10月25日)
- 『妻たちの課外授業II』(1987年、日本テレビ)後半部のみ2本。畑嶺明と共同執筆。
- 東芝日曜劇場
- 『バッグレディに春が来た!』(1988年、中部日本放送)直前に放送中止となり、現在も未放送。
- 『私の青空 -My Blue Heaven-』(1989年、中部日本放送)
- 『切ないOLのために』(1990年、中部日本放送)
- 『まま・あい・らぶ・ゆー』(1991年、北海道放送)
- 『切ないOLの反乱』(1991年、中部日本放送)
- 『風少女』(1988年、日本テレビ)
- 水曜グランドロマン(日本テレビ)
- 『バラ』(1988年)
- 『リトルボーイ・リトルガール』(1989年)
- 『男と女のエアポート』(1990年)
- 『嫁と姑フリフリ'91』(1991年)
- NHK特集『夏服の少女たち〜ヒロシマ・昭和20年8月6日〜』(1988年、NHK)
- 『オイシーのが好き!』(1989年、TBS)
- 『Winkの初体験!ドラマ コンプレックス 可愛いコになれない』(1989年、TBS)
- 『うらぎり』(1989年、TBS)
- 『想い出にかわるまで』(1990年、TBS)
- 『クリスマスイブ』(1990年、TBS)
- 『貴族の階段』(1991年、TBS)
- 『千代の富士物語』(1991年、関西テレビ)
- 『もう一度別れのブルースを 淡谷のり子物語』(1991年、日本テレビ)
- 『あしたがあるから』(1991年、TBS)
- 『…ひとりでいいの』(1992年、日本テレビ)
- 『オバサンなんて呼ばないで!』(1992年、NHK総合)
- 連続テレビ小説(NHK総合)
- 『都合のいい女』(1993年、フジテレビ)
- 『坊っちゃん -人生損ばかりのあなたに捧ぐ-』(1994年、NHK総合)
- 『出逢った頃の君でいて』(1994年、日本テレビ)
- 『てやんでえッ!!』(1994年、フジテレビ)
- 『転職ロックンロール』(1995年、テレビ朝日)
- 『寝たふりしてる男たち』(1995年、読売テレビ)
- 『妻の恋』(1995年、NHK総合)
- 『義務と演技』(1996年、TBS)原作のみ
- 大河ドラマ『毛利元就』(1997年、NHK総合)
- 『愛しすぎなくてよかった』(1998年、テレビ朝日)
- 『必要のない人』(1998年、NHK総合)
- 『週末婚』(1999年、TBS)
- 『昔の男』(2001年、TBS)
- 『年下の男』(2003年、TBS)
- 金曜時代劇『転がしお銀 父娘あだ討ち江戸日記』(2003年、NHK総合)
- 『汚れた舌』(2005年、TBS)
- 『白虎隊』(2007年、テレビ朝日)
- 『塀の中の中学校』(2010年、TBS)
- 『エイジハラスメント』(2015年、テレビ朝日)
- 『ハートロス 〜虹にふれたい女たち〜』(2016年10月2日、CBCテレビ ほか)[46]
- 『小さな神たちの祭り』(2019年11月20日、TBCテレビ)
舞台
[編集]著書
[編集]- 『BU・SU』講談社X文庫ティーンズハート 1987年9月 ISBN 4-06-190116-8
- 『BU・SU すべてのプリティ・ウーマンへ』講談社 1996年7月 ISBN 4-06-208246-2 / 講談社文庫 1999年6月 ISBN 4-06-264592-0
- 『A・I・TSU』講談社X文庫ティーンズハート 1988年5月 ISBN 4-06-190168-0
- 『Ka・p・pe』講談社X文庫ティーンズハート 1988年10月 ISBN 4-06-190227-X
- 『可愛いコになれない』角川文庫 1988年12月 ISBN 4-04-432001-2
- 『恋人なんていらない』角川文庫 1989年8月 ISBN 4-04-432002-0
- 『想い出にかわるまで』TIS 1990年4月 ISBN 4-8470-1109-0 / 角川文庫 1993年11月 ISBN 4-04-185404-0
- 『クリスマス・イヴ』角川書店 1990年12月 ISBN 4-04-872611-0 / 角川文庫 1992年11月 ISBN 4-04-185401-6
- 『出逢った頃の君でいて』講談社 1991年5月 ISBN 4-06-170851-1 / 講談社文庫 1993年4月 ISBN 4-06-185368-6
- 『ベティちゃんの地味なくらし』角川書店 1991年11月 ISBN 4-04-883300-6
- 改題『恋のくすり』角川文庫 1993年10月 ISBN 4-04-185405-9
- 『あしたがあるから』角川書店 1991年12月 ISBN 4-04-872680-3 / 角川文庫 1993年1月 ISBN 4-04-185402-4
- 『…ひとりでいいの』角川書店 1992年3月 ISBN 4-04-872696-X / 角川文庫 1993年3月 ISBN 4-04-185403-2
- 『切ないOLに捧ぐ』徳間書店 1992年5月 ISBN 4-19-554870-5 / 講談社文庫 1995年4月 ISBN 4-06-185918-8
- 『あなたが好きだった』世界文化社 1992年7月 ISBN 4-418-92514-7 / 講談社文庫 1995年7月 ISBN 4-06-263005-2
- 『ベティちゃんの心の情人』角川書店 1992年11月 ISBN 4-04-883324-3
- 改題『恋の魔法』角川文庫 1994年6月 ISBN 4-04-185406-7
- 『ひらり』角川書店 1993年1月 上巻 ISBN 4-04-872735-4 ・ 1993年3月 下巻 ISBN 4-04-872736-2
- 『ひらり』講談社文庫 1993年 全4冊(シナリオ)
- 『ひらり 1』1993年1月 ISBN 4-06-185360-0
- 『ひらり 2』1993年1月 ISBN 4-06-185361-9
- 『ひらり 3』1993年2月 ISBN 4-06-185384-8
- 『ひらり 4』1993年4月 ISBN 4-06-185385-6
- 『ハートが砕けた!』マガジンハウス 1993年5月 ISBN 4-8387-0453-4 / 講談社文庫 1996年4月 ISBN 4-06-263217-9
- 『恋愛レッスン』集英社 1993年6月 ISBN 4-08-780193-4 / 集英社文庫 1996年3月 ISBN 4-08-748463-7
- 『失恋美術館』角川書店 1993年12月 ISBN 4-04-883348-0 / 角川文庫 1997年7月 ISBN 4-04-185408-3
- 『ベティちゃんの「愛してる」と言わせて』角川書店 1994年1月 ISBN 4-04-883351-0
- 改題『愛してると言わせて』角川文庫 1995年9月 ISBN 4-04-185407-5
- 『リトルボーイ・リトルガール』講談社文庫 1994年7月 ISBN 4-06-185710-X
- 『朝ごはん食べた?』小学館 1994年11月 ISBN 4-09-379491-X / 小学館文庫 1998年1月 ISBN 4-09-402041-1
- 『切ない30代に捧ぐ』角川書店 1994年12月 ISBN 4-04-883391-X / 角川文庫 1999年1月 ISBN 4-04-185410-5
- 『徹夜対談・いつもロンリーだった』小林旭共著 講談社文庫 1995年1月 ISBN 4-06-185873-4
- 『寝たふりしてる男たち』幻冬舎 1995年3月 ISBN 4-87728-038-3 / 幻冬舎文庫 1998年6月 ISBN 4-87728-598-9
- 『愛しくてさよなら 朝ごはん食べた? 第2集』小学館 1995年12月 ISBN 4-09-379492-8 / 小学館文庫 1999年1月 ISBN 4-09-402042-X
- 『義務と演技』幻冬舎 1996年1月 ISBN 4-87728-082-0
- 『別れてよかった』世界文化社 1996年11月 ISBN 4-418-96526-2 / 講談社文庫 1999年11月 ISBN 4-06-264708-7
- 新装版 講談社文庫 2021年5月 ISBN 978-4-06-522752-7
- 『内館牧子の毒をひとつまみ』読売新聞社 1996年12月 ISBN 4-643-96116-3
- 『男は謀略女は知略』小学館 1997年2月 ISBN 4-09-379493-6 / 小学館文庫 2000年1月 ISBN 4-09-402043-8
- 『小粋な失恋 悩むより、殺し文句が恋に効く』講談社 1997年3月 ISBN 4-06-208393-0 / 講談社文庫 2000年4月 ISBN 4-06-264848-2
- 『バスがだめなら飛行機があるさ』幻冬舎文庫 1997年4月 ISBN 4-87728-410-9
- 『女は腕力男は魅力』小学館 1997年11月 ISBN 4-09-379494-4 / 小学館文庫 2001年10月 ISBN 4-09-402044-6
- 『愛しすぎなくてよかった』講談社 1997年12月 ISBN 4-06-323702-8 / 講談社文庫 2001年1月 ISBN 4-06-273068-5
- 『あなたはいないけど…』日本放送出版協会 1997年12月 ISBN 4-14-005287-2 / 幻冬舎文庫 2000年8月 ISBN 4-344-40003-8
- 『必要のない人』角川書店 1998年5月 ISBN 4-04-873075-4 / 角川書店 2000年9月 ISBN 4-04-185411-3
- 『言うんじゃなかった・・・ 対談集』読売新聞社 1998年7月 ISBN 4-643-98061-3
- 『女は三角男は四角』小学館 1998年12月 ISBN 4-09-379495-2 / 小学館文庫 2004年7月 ISBN 4-09-402045-4
- 『週末婚』幻冬舎 1999年2月 ISBN 4-87728-284-X / 幻冬舎文庫 2002年8月 ISBN 4-344-40260-X
- 『憎いものが好き』小学館 1999年12月 ISBN 4-09-379496-0 / 小学館文庫 2006年1月 ISBN 4-09-402046-2
- 『愛しすぎたら愛は死ぬ』世界文化社 2000年12月 ISBN 4-418-00527-7
- 『あなたはオバサンと呼ばれてる』講談社 2001年7月 ISBN 4-06-347251-5 / 講談社文庫 2004年7月 ISBN 4-06-274817-7
- 『女は愛で男は哀で』小学館 2001年5月 ISBN 4-09-379497-9
- 『きょうもいい塩梅』文藝春秋 2001年5月 ISBN 4-16-357400-X / 文春文庫 2004年11月 ISBN 4-16-769001-2
- 『忘れないでね、わたしのこと』朝日新聞社 2002年5月 ISBN 4-02-257730-4 / 幻冬舎文庫 2004年8月 ISBN 4-344-40546-3
- 『プロレスラー美男子烈伝』文藝春秋 2002年7月 ISBN 4-16-358800-0
- 『夢を叶える夢を見た』幻冬舎 2002年12月 ISBN 4-344-00276-8 / 幻冬舎文庫 2005年4月 ISBN 4-344-40637-0
- 『内館牧子の仰天中国』JTB 2003年10月 ISBN 4-533-04856-0 / 幻冬舎文庫 2007年10月 ISBN 978-4-344-41017-6
- 『転がしお銀』文藝春秋 2003年11月 ISBN 4-16-322180-8 / 文春文庫 2006年11月 ISBN 4-16-769002-0
- 『愛なんて、明日どうなるかわからない』大和書房 2004年6月 ISBN 4-479-01171-4
- 『なめないでね、わたしのこと』幻冬舎 2004年6月 ISBN 4-344-00630-5 / 幻冬舎文庫 2007年6月 ISBN 978-4-344-40962-0
- 『食べるのが好き飲むのも好き料理は嫌い』日本放送出版協会 2004年12月 ISBN 4-14-005471-9 / 講談社文庫 2009年11月 ISBN 978-4-06-276500-8
- 『愛し続けるのは無理である。』講談社 2005年9月 ISBN 4-06-213044-0 / 講談社文庫 2008年9月 ISBN 978-4-06-276143-7
- 『あやまりたいの、あなたに』幻冬舎 2006年3月 ISBN 4-344-01138-4
- 『養老院より大学院―学び直しのススメ』講談社 2006年10月 ISBN 4-06-213661-9 / 講談社文庫 2007年9月 ISBN 978-4-06-275774-4
- 『女はなぜ土俵にあがれないのか』幻冬舎新書 2006年11月 ISBN 4-344-98002-6
- 『おしゃれに。男』潮出版社 2006年12月 ISBN 4-267-01751-4
- 『おしゃれに。女』潮出版社 2006年12月 ISBN 4-267-01752-2
- 『お帰りなさい朝青龍』朝日新聞社 2008年1月 ISBN 978-4-02-330271-6
- 『エイジハラスメント』幻冬舎 2008年7月 ISBN 978-4-344-01537-1 / 幻冬舎文庫 2015年6月 ISBN 978-4-344-42364-0
- 『内館牧子の艶談・縁談・怨談』潮出版社 2009年1月 ISBN 978-4-267-01804-6
- 『「横審の魔女」と呼ばれて』朝日新聞出版 2010年3月 ISBN 978-4-02-250727-3
- 『二月の雪、三月の風、四月の雨が輝く五月をつくる』潮出版社 2012年3月 ISBN 978-4-267-01896-1
- 『心に愛唇に毒』秋田魁新報社 さきがけ文庫 2012年5月 ISBN 978-4-87020-313-6
- 『十二単衣を着た悪魔 源氏物語異聞』幻冬舎 2012年5月 ISBN 978-4-344-02175-4 / 幻冬舎文庫 2014年12月 ISBN 978-4-344-42274-2
- 『カネを積まれても使いたくない日本語』朝日新書 2013年7月 ISBN 978-4-02-273513-3
- 『女盛りは意地悪盛り』幻冬舎文庫 2014年4月 ISBN 978-4-344-42174-5
- 『毒唇主義』潮出版社 2014年6月 ISBN 978-4-267-01979-1 / 潮文庫 2017年12月 ISBN 978-4-267-02118-3
- 『きれいの手口 秋田美人と京美人の「美薬」』潮出版社 2015年6月 ISBN 978-4-267-02017-9 / 潮出版社 潮新書 2019年7月 ISBN 978-4-267-02185-5
- 『続 心に愛唇に毒』秋田魁新報社 さきがけ文庫 2015年7月 ISBN 978-4-87020-373-0
- 『見なかった見なかった』幻冬舎文庫 2015年8月 ISBN 978-4-344-42368-8
- 『終わった人』講談社 2015年9月 ISBN 978-4-06-219735-9 / 講談社文庫 2018年3月 ISBN 978-4-06-293876-1
- 『ある夜のダリア 迷いの日々には、いつも花があった』島本美知子画 潮出版社 2016年10月 ISBN 978-4-267-02063-6
- 『言わなかった言わなかった』幻冬舎文庫 2016年10月 ISBN 978-4-344-42530-9
- 『聞かなかった聞かなかった』幻冬舎文庫 2017年4月 ISBN 978-4-344-42587-3
- 『女盛りは腹立ち盛り』幻冬舎文庫 2017年12月 ISBN 978-4-344-42673-3
- 『女盛りは心配盛り』幻冬舎文庫 2018年2月 ISBN 978-4-344-42695-5
- 『すぐ死ぬんだから』講談社 2018年8月 ISBN 978-4-06-512585-4 / 講談社文庫 2021年8月 ISBN 978-4-06-524585-9
- 『大相撲の不思議』潮出版社 潮新書 2018年9月 ISBN 978-4-267-02149-7
- 『男の不作法』幻冬舎新書 2018年11月 ISBN 978-4-344-98523-0 / 幻冬舎文庫 2021年2月 ISBN 978-4-344-43054-9
- 『女の不作法』幻冬舎新書 2018年11月 ISBN 978-4-344-98524-7 / 幻冬舎文庫 2021年2月 ISBN 978-4-344-43055-6
- 『牧子、還暦過ぎてチューボーに入る』主婦の友社 2018年11月 ISBN 978-4-07-432969-4 / 潮文庫 2023年3月 ISBN 978-4-267-02387-3
- 『女盛りは不満盛り』幻冬舎文庫 2020年2月 ISBN 978-4-344-42942-0
- 『今度生まれたら』講談社 2020年12月 ISBN 978-4-06-521872-3 / 講談社文庫 2023年4月 ISBN 978-4-06-531272-8
- 『小さな神たちの祭り』潮出版社 2021年3月 ISBN 978-4-267-02284-5 / 潮文庫 2025年3月 ISBN 978-4-267-02452-8
- 『大相撲の不思議2』潮出版社 潮新書 2022年3月 ISBN 978-4-267-02326-2
- 『消えた歌の風景 PART1 懐かしい21の童謡・唱歌』清流出版 2022年3月 ISBN 978-4-86029-520-2
- 『消えた歌の風景 PART2 懐かしい21の童謡・唱歌』清流出版 2022年5月 ISBN 978-4-86029-524-0
- 『心に情唇に鬼』秋田魁新報社 さきがけ文庫 2022年9月 ISBN 978-4-87020-425-6
- 『続 心に情唇に鬼』秋田魁新報社 さきがけ文庫 2022年9月 ISBN 978-4-87020-426-3
- 『老害の人』講談社 2022年10月 ISBN 978-4-06-529924-1 / 講談社文庫 2025年4月 ISBN 978-4-06-539087-0
- 『女盛りはモヤモヤ盛り』幻冬舎文庫 2024年1月 ISBN 978-4-344-43348-9
- 『女盛りはハラハラ盛り』幻冬舎文庫 2024年2月 ISBN 978-4-344-43357-1
- 『大相撲の不思議 3』潮出版社 潮新書 2024年5月 ISBN 978-4-267-02425-2
- 『迷惑な終活』講談社 2024年9月 ISBN 978-4-06-536568-7
アンソロジー
[編集]「」内が内館の作品
- 『おすもうさんのおしり』福武文庫 1993年1月 ISBN 4-8288-3260-2 「内館流大相撲観戦法」
- 『花梨酒』楡出版 1994年5月 ISBN 4-931266-17-7 「「あいまいさ」の味」
- 『別れの手紙』角川書店 1995年3月 ISBN 4-04-872846-6 / 角川文庫 1997年12月 ISBN 4-04-185421-0 「夢はにほへと」
- 『私の父、私の母 Part 2』中央公論社 1996年3月 ISBN 4-12-002548-9 「吉宗と宗春が同居」
- 『新茶とアカシア』光村図書出版 2001年6月 ISBN 4-89528-098-5 「ケーキ」
- 『読んで演じたくなるゲキの本 小学生版』幻冬舎 2006年6月 ISBN 4-344-01185-6 「ノラ猫ゴンベエ」
- 『猫は音楽を奏でる』竹書房 2013年3月 ISBN 978-4-8124-9390-8 「うちのかま猫」
- 『書斎の宇宙 文学者の愛した机と文具たち』ちくま文庫 2013年12月 ISBN 978-4-480-43126-4 「6Bの鉛筆」
- 『タイトル読本』左右社 2019年9月 ISBN 978-4-86528-245-0 「別れてよかった」
- 『Day to Day』講談社 2021年3月 ISBN 978-4-06-521842-6 「6月25日」
- 『おでかけアンソロジー ふたり旅』だいわ文庫 2026年3月 ISBN 978-4-479-32159-0 「決別の旅」
- 『おでかけアンソロジー 鉄旅・空旅 ときどき、船旅』だいわ文庫 2026年7月 ISBN 978-4-479-32172-9 「夜汽車に乗って」
- 『ベスト・エッセイ 2026』日本文藝家協会 編 光村図書出版 2026年7月 ISBN 978-4-8138-0694-3 「当たり前に愛を形に」
漫画原作
[編集]- 『ライオンは泣かない』高橋千鶴著 講談社コミックスミミ 1989年1月 ISBN 4-06-170222-X
- 『クリスマスイヴからはじめよう』あいかわももこ著 Young rosé comics 1991年12月 ISBN 4-04-928013-2
- 『有名人』ヤマザキマリ漫画 KCデラックス 2001年12月 ISBN 4-06-334485-1
連載
[編集]メディアミックス
[編集]テレビドラマ
[編集]映画
[編集]漫画
[編集]- 『愛しすぎなくてよかった』入江紀子漫画 講談社コミックスミミ 1996年 - 1997年
- 1巻 1996年6月 ISBN 4-06-327504-3
- 2巻 1996年9月 ISBN 4-06-327510-8
- 3巻 1997年1月 ISBN 4-06-327518-3
- 4巻 1997年5月 ISBN 4-06-327523-X
- 『すぐ死ぬんだから』くさか里樹作画、KIBO COMICS
- 1巻 2020年8月 ISBN 978-4-267-02246-3
- 2巻 2020年9月 ISBN 978-4-267-02247-0
舞台
[編集]- 小さな神たちの祭り(2026年、東京グローブ座)[53]
音楽作品
[編集]作詞
[編集]受賞・受章歴
[編集]- 1990年
- 1992年
- 第2回TV-LIFE年間ドラマ大賞1992 脚本賞(『ひらり』『…ひとりでいいの』)[55]
- 1993年
- 1995年
- 第10回文化庁芸術作品賞(『てやんでえッ!!』)
- 2001年
- 第29回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 脚本賞(『昔の男』)[57]
- 2019年
- 旭日双光章[58]
- 2025年
- 第67回日本レコード大賞 特別功労賞[59]
脚注
[編集]- 1 2 『官報』号外第151号18頁 令和1年11月5日
- ↑ 内館牧子『養老院より大学院』講談社、2007年、巻頭カラー頁。
- 1 2 3 4 5 6 斎藤明美『家の履歴書:文化人・芸術家篇』キネマ旬報社、2011年、p380-384
- ↑ Ms Wendy224号 「注目の人 脚本家/内館 牧子さん」 Wendy-Net
- ↑ “秋田人物伝 2022年1月29日(土)15:00〜放送 Vol.5『内館牧子』”. 秋田テレビ (2020年12月). 2022年3月6日閲覧。
- ↑ “広報あきたオンライン版”. 秋田市 (2005年11月1日). 2022年3月6日閲覧。
- ↑ 『私の父、私の母PartII』中央公論社、1996年、34-35頁
- 1 2 内館牧子(2007): 『養老院より大学院』講談社文庫, 259p.
- 1 2 3 4 5 6 斎藤明美『家の履歴書:文化人・芸術家篇』キネマ旬報社、2011年、p384-387。
- ↑ 月刊雑誌『ドラマ』(映人社)主催・第4回ドラマ新人賞(1981年)佳作受賞作・岸牧子(内館牧子)『春のつむじ風』
- ↑ “泉ピン子 内館牧子さんを悼む 40年来の付き合い 「私がごちそうする」約束果たせず…「安らかに眠って」”. スポーツ報知 (2025年12月26日). 2025年12月27日閲覧。
- ↑ 朝日新聞 2025年12月27日朝刊30面。泉ピン子の談話による。
- ↑ 日刊スポーツ 2017年5月8日
- ↑ 内館牧子:「派手に転倒」で足骨折 「ほとんど外の仕事ができない」 - MANTANWEB(まんたんウェブ)
- ↑ 植木裕香子 (2019年11月3日). “秋の叙勲 旭日双光章 元東京都教育委員・脚本家 内館牧子さん(71) 現場の声生かし都立高改革”. 産経新聞社. 2022年9月23日閲覧。
- ↑ 「内館牧子さん死去、77歳 脚本家、女性初の横綱審議委員」『中日新聞』中日新聞社、2025年12月26日。2025年12月26日閲覧。
- ↑ 男の原点 強さと品格、綱と通じる…内館牧子さん 特集:ラグビーワールドカップ 2019 日本大会:読売新聞
- ↑ 内館牧子『養老院より大学院』講談社、2007年、141頁。
- ↑ メジャー、インディーを問わず観戦しているらしく、2009年のプロレス大賞ベストバウト(大日本プロレス11月20日後楽園ホール大会・カミソリ十字架ボード+αデスマッチ・伊東竜二 vs 葛西純戦)について、評価がされにくいインディー団体である大日本プロレスのデスマッチを三田佐代子とともに強く推したことが、三田の出演するインディーのお仕事で告げられている。
- ↑ 内館牧子『養老院より大学院』講談社、2007年、15-17頁。
- ↑ 内館牧子『養老院より大学院』講談社、2007年、22頁。
- ↑ 願書とともに4千字程度の小論文を提出。外国語一科目、専門分野一科目のペーパーテスト、専門分野における口頭試問。
- ↑ なお、当初は同年春に受験する予定だったが武蔵丸の稽古総見欠席(後述)の影響で騒動後の横綱審議委員会と東北大大学院の入試日が重なり、同年秋の受験に変更した結果、的外れだった入試対策の修正ができ、これが功を奏したという。
- ↑ 内館牧子『養老院より大学院』講談社、2007年、150頁。
- ↑ 内館牧子『養老院より大学院』講談社、2007年、216頁。
- ↑ 内館牧子『養老院より大学院』講談社、2007年、171-177頁。
- ↑ 内館牧子『養老院より大学院』講談社、2007年、178頁。
- ↑ 内館牧子『養老院より大学院』講談社、2007年、125、126頁。
- ↑ 内館牧子『養老院より大学院』講談社、2007年、126、127頁。
- ↑ なお、武蔵川親方は「武蔵丸はケガをおして冬巡業を参加したのに、気分転換して何が悪い。横審委員にこんな言われ方するのは心外だ」と、反論したという。
- ↑ 内館牧子『養老院より大学院』講談社、2007年、29、30頁。
- ↑ 内館牧子『「横審の魔女」と呼ばれて』(朝日新聞出版)
- 1 2 朝日新聞2003年1月28日付朝刊スポーツ面
- ↑ “「朝青龍はまた同じ過ちを繰り返す」内館牧子が引退勧告”. J-CASTニュース. 2007年9月25日. 2008年1月12日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2011年2月15日閲覧.
- ↑ “小倉智昭「イジメ」指摘 朝青龍か例の問題か”. J-CASTニュース. 2009年5月26日. 2010年1月26日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2011年2月15日閲覧.
- ↑ 内館牧子「朝青龍と相撲以外で会っていたら気が合ったはず」 NEWSポストセブン 2014年05月02日
- ↑ 『朝日新聞』2009年6月22日
- ↑ 「人たらし」朝青龍“天敵”内館委員と和解? スポニチアネックス 2009年04月30日
- ↑ 内館氏「次はクビ」朝青メッタ斬り締め 日刊スポーツ 2010年1月26日
- ↑ “天敵”内館氏「ベストの選択だった」 スポニチアネックス 2010年02月05日
- ↑ 連載の途中ですが、ここでお知らせです
- ↑ 【裁判終了】賠償金&謝罪ゲット【完全勝利】
- ↑ あさイチ プレミアムトーク 内館牧子,goo
- ↑ “内館牧子さん死去、77歳 朝ドラ「ひらり」脚本、女性初の横審委員…大相撲を愛しラグビーを愛し”. サンケイスポーツ (2025年12月27日). 2025年12月27日閲覧。
- ↑ @TBS_awards (2025年12月29日). “内館牧子さんに特別功労賞を贈呈!…”. X(旧Twitter)より2025年12月29日閲覧.
- ↑ “再ブレイク中の斉藤由貴、平凡な主婦に訪れた刺激的な日々を熱演”. ORICON STYLE. 2016年9月14日. 2016年9月13日閲覧.
- ↑ “すぐ死ぬんだから”. allcinema. 株式会社スティングレイ. 2026年8月16日閲覧。
- ↑ “今度生まれたら”. allcinema. 株式会社スティングレイ. 2026年8月16日閲覧。
- ↑ “老害の人”. allcinema. 株式会社スティングレイ. 2026年8月16日閲覧。
- ↑ “義務と演技”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2026年8月16日閲覧。
- ↑ “内館牧子、69歳で映画デビュー ジャージー姿でカメオ出演しご満悦「女優冥利」”. オリコンニュース(ORICON NEWS). オリコン (2018年5月10日). 2026年8月16日閲覧。
- ↑ “伊藤健太郎、伊藤沙莉が明かす撮影シーンのハプニングに「監督の指示」”. WEBザテレビジョン. KADOKAWA (2020年10月21日). 2026年8月16日閲覧。
- ↑ “藤井直樹、八乙女光と初共演で新たな発見 福田悠太が苦笑い「切り取ったらヤバいことになる」”. オリコンニュース(ORICON NEWS). オリコン (2026年3月30日). 2026年8月16日閲覧。
- ↑ “歴代受賞者”. 日本女性放送者懇談会 SJWRT. 2016年6月21日閲覧。
- ↑ “TV LIFE年間ドラマ大賞 受賞リスト”. TV LIFE web. ワン・パブリッシング. 2025年3月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ “橋田賞受賞者リスト”. 一般財団法人 橋田文化財団. 2025年5月20日閲覧。
- ↑ “ドラマアカデミー賞 - 過去の受賞作品一覧”. KADOKAWA. 2006年12月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年4月30日閲覧。
- ↑ 『官報』号外第151号、2019年11月3日
- ↑ @TBS_awards (2025年12月29日). “内館牧子さんに特別功労賞を贈呈!…”. X(旧Twitter)より2025年12月29日閲覧.
外部リンク
[編集]- 内館牧子 - テレビドラマデータベース
- 内館牧子 - allcinema
- 内館牧子 - KINENOTE
- 内館牧子 - 日本映画データベース
- Makiko Uchidate - IMDb
- 内館牧子 - NHK人物録