羽生結弦

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Pix.gif 羽生結弦
Yuzuru HANYU
Figure skating pictogram.svg
Yuzuru Hanyu-Sochi 2014.jpg
2014年ソチ五輪の表彰式にて
基本情報
代表国: 日本の旗 日本
生年月日: 1994年12月7日(21歳)[1][2]
出生地: 宮城県の旗 宮城県仙台市泉区[1][2]
身長: 171cm[3][2]
体重: 53 kg[3]
コーチ: ブライアン・オーサー(2012-)[4]
トレイシー・ウィルソン
元コーチ: 阿部奈々美(-2012)[5][6][7]
都築章一郎[7]、松田達義[8]、関徳武[8]
武者愛[5][6]
山田真実[9]
振付師: ジェフリー・バトル[7]
デヴィッド・ウィルソン[7]
シェイ=リーン・ボーン[7]
宮本賢二
元振付師: 関徳武[8]
阿部奈々美[5]
ナタリア・ベステミアノワ[10]
イゴール・ボブリン[10]
カート・ブラウニング
所属クラブ: 全日本空輸(ANA)[11]
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 330.43 2015 GP ファイナル
ショートプログラム: 110.95 2015 GP ファイナル
フリースケーティング: 219.48 2015 GP ファイナル
 
獲得メダル
フィギュアスケート
オリンピック
Olympic rings with transparent rims.svg
2014 ソチ 男子シングル
世界選手権
2012 ニース 男子シングル
2014 さいたま 男子シングル
2015 上海 男子シングル
2016 ボストン 男子シングル
四大陸選手権
2011 台北 男子シングル
2013 大阪 男子シングル
グランプリファイナル
2012 ソチ 男子シングル
2013 福岡 男子シングル
2014 バルセロナ 男子シングル
2015 バルセロナ 男子シングル
世界ジュニア選手権
2010 ハーグ 男子シングル
ジュニアグランプリファイナル
2009 東京 男子シングル

羽生 結弦(はにゅう ゆづる、1994年平成6年〉12月7日[5][8] - )は、宮城県仙台市泉区出身の日本人フィギュアスケート選手(男子シングル)。愛称は「ゆづ」[※ 1]全日本空輸 (ANA) 所属[12]

主要な戦績として、2014年ソチオリンピック男子シングル優勝。2014年世界選手権優勝。グランプリファイナル3連覇(2013年-2015年)。全日本選手権4連覇(2012年-2015年)。

男子シングル競技における、ショートプログラム(110.95点)、フリースケーティング(219.48点)、トータルスコア(330.43点)の現世界歴代最高得点記録保持者。現世界ランキング1位(2015-2016シーズン終了時)。

世界記録は2012年から10回更新しており、ISUジャッジングシステムのもとに開催された国際大会において、史上初めてショートプログラムで100点、フリースケーティングで200点、トータルスコアで300点超えを達成した男子選手である[13]

人物[編集]

仙台市立七北田小学校仙台市立七北田中学校東北高等学校を経て、早稲田大学人間科学部人間情報科学科通信教育課程(eスクール)在学中[14]

名前は「を結ぶように凛とした生き方をして欲しい」と父が命名した[3][15]

演技前に必ず行う胸の前で十字を切るような動作は、実際には「士」の形を描いており、「ジャンプの回転軸と両肩を平行に保つ意識を確認するためのおまじない」である。2015年11月以降から、両手で天を仰ぐような動作を最後に加えるようになった[16]

2歳の頃から喘息(ぜんそく)の持病があり、スケートを始めた当初の目的のひとつは、喘息を克服することにあった[17]。肺を大きく開いて息を吸い込むことができないため、長年体力や持久力の面で劣ると指摘されてきたが、投薬治療、吸入薬、鍼治療、移動時や練習時にマスクを着用することで心肺機能を上げるなどの対策を続け、改善されつつある[18]

尊敬する選手はエフゲニー・プルシェンコジョニー・ウィアー荒川静香。荒川は同じアイスリンク仙台(名称変遷あり)で育ち、東北高、早稲田大でも先輩にあたる。彼女の代名詞であるレイバック・イナバウワーを自身の演技に取り入れ、荒川へのリスペクトを示している。

2002年ソルトレイクシティ五輪での演技を見て以来、エフゲニー・プルシェンコに心酔し、技の手本とするに留まらず、彼のマッシュルームカットまで真似した時期もある[19][20]。また、彼の得意技であったビールマンスピンを自身の演技に取り入れ、リスペクトを示している[21]。これに対し、プルシェンコも羽生を賞賛する言葉を多々述べている[※ 2][22][23][21][24][25]。2015年のNHK杯で3つの世界記録を更新した翌日のインタビューでも、理想とする王者像はプルシェンコであり「彼のような存在になれるように努力していきたい」と述べている[26]

ジョニー・ウィアーも幼少期から憧れの選手に挙げており、ソチオリンピックシーズンの『ロミオとジュリエット』など、いくつかの衣装デザインを手掛けてもらっている。

スケート技術[編集]

14歳で優勝した2009年JGPファイナルのビールマンスピン

2種類の4回転ジャンプトウループサルコウ)を跳ぶが、最大の武器は確実に加点の付くトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)である[27][28]。 踏み切り直前に「カウンター」と呼ばれる難しいターンを行ったり、両足のつま先を外側に向けたスプレッドイーグルから踏み切るトリプルアクセルは、常に2~3点のGOE(出来栄え点)がつく[※ 3]。特に基礎点が1.1倍となる演技後半に組み込んだトリプルアクセルからのコンボは、4回転以上の強力な得点源となっている。フリップは踏み切りがアウトサイドになる癖がありエッジエラーの判定を受けていたが、2011-2012シーズンより矯正に成功した。

スピンへの評価も総じて高く、殆どが最高評価の「レベル4」がつく[29]。元々のスピンの速さとポジションの美しさに加え、回転しながら指先や腕などを動かすことでオリジナリティーを出し、プログラムの構成難易度を上げる工夫を行っている[30]。特に、柔軟性の高さを生かしたビールマンスピン[6]やドーナツスピンなどを、積極的に演技に取り入れている。レイバックイナバウアーも得意で多くのプログラムに入れている。 新たな4回転ジャンプや、4回転の連続ジャンプにも挑戦していると言われておりアクセル4分の1アンダー(回転不足)で転ぶくらいで、ある程度は回れる段階まできていると発言している[31]。 試合での挑戦は一度もないものの、4回転ループは2014年4月9日のショーで、また2015年4月19日の国別対抗戦におけるエキシビションのフィナーレでは、4回転ループ-3回転アクセルを着氷した[32][33]

経歴[編集]

2007年以前[編集]

ジュニア以前[編集]

1998年の長野五輪フィギュアスケート競技では、日本代表7人中4人(田村岳斗本田武史、荒川静香、荒井万里絵)が仙台市の東北高等学校に在学中の高校生選手で、かつ、4人とも長久保裕コーチの教え子だった[34]。すると、仙台ではフィギュアスケートブームが起こり、長久保コーチや4選手が所属するダイエー系列のスケートリンク(現・アイスリンク仙台[※ 4]佐野稔が開催した子供スケート教室に姉が通い始め、その姉の影響により[7]羽生も4歳でスケートを始めた[1][3][35][36]。同じダイエー系列の新松戸アイスアリーナが2002年1月に閉鎖になると、同アリーナの都築章一郎コーチが仙台に移ってきて、小学2年から小学6年まで指導を受けた[37]

2004年12月にホームリンク[※ 4]が経営難で閉鎖されたため、勝山スケーティングクラブ(仙台市)に練習拠点を移した。2006年5月23日ミヤギテレビOH!バンデス[※ 5]にて小学6年生(11歳)の「天才スケート少年」として羽生の特集が組まれ[38]、(年齢的に出場可能となるソチオリンピックで)金メダルを目指すと発言。2007年3月、閉鎖されたかつてのホームリンクがアイスリンク仙台[※ 4]として営業を再開すると、羽生も練習拠点を同リンクに戻した。

2007-2008シーズン[編集]

2007-2008シーズン、まだノービスの選手(中学1年)ながら全日本ジュニア選手権で3位となる。ノービスの選手が全日本ジュニア選手権の表彰台に上がるのは日本男子史上初[39]

2008-2009シーズン[編集]

2008-2009シーズンからジュニアに上がり、ISUジュニアグランプリ (JGP)に参戦。全日本ジュニア選手権で初優勝を果たし、初出場となった全日本選手権では出場選手中最年少ながら8位に入る。世界ジュニア選手権でも大会最年少ながら12位となった。

2009-2010シーズン[編集]

2009-2010シーズン、初戦のJGP トルン杯でJGP初優勝。続くクロアチア杯でも優勝し、JGPファイナルでは史上最年少(14歳)で総合優勝を果たした[※ 6]。全日本ジュニア選手権では2連覇を達成し、全日本選手権ではショートプログラム13位から、フリースケーティングの演技後半に3回転アクセル-3回転トウループ-2回転トウループのコンビネーションジャンプを決めるなどして追い上げ、総合6位となった。世界ジュニア選手権ではフリースケーティングで大幅にパーソナルベストを更新して優勝。日本人男子としては初の中学生で、高橋大輔2002年)、織田信成2005年)、小塚崇彦2006年)に続く、4人目の世界ジュニアチャンピオンになった。2010年4月、東北高校に進学。

2010-2011シーズン[編集]

16歳で銀メダルを獲得した 2011年四大陸選手権

2010-2011シーズン、シニアデビュー戦となったISUグランプリシリーズNHK杯で、フリースケーティングで自身初となる4回転トウループを成功させ4位に入った。出場3回目の全日本選手権では4位となり、四大陸選手権の代表に選出された。2011年2月に開催された四大陸選手権ではショート、フリー共に自己ベストを更新する演技で、初出場で銀メダルを獲得。男子選手としては四大陸選手権史上最年少のメダリストとなった。

3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生。地震発生時には仙台市のアイスリンク仙台で競技の練習中であり、スケート靴を履いたまま外へ避難した。羽生本人や家族、阿部コーチやリンクメイトは無事であったが、同リンクは被災して営業休止になり、自宅も大きな被害を受けたため避難所で4日間過ごした[40]震災で多くの死者・行方不明者が発生し、大勢の避難者が避難所生活をしている中、スケート続けることへの疑問を抱いていたが、自身が在学する東北高校野球部が避難所でボランティアをしながら第83回選抜高等学校野球大会(春のセンバツ甲子園)に出場し、3月28日の初戦を全力で戦っている姿をテレビで観て、スケートへの意欲を取り戻した[41]兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)の41日前に生まれた羽生は、4月9日に開催された兵庫県スケート連盟主催「東日本大震災チャリティー演技会 ~復興の街、神戸から~」に招待され、東北高校の先輩の田村・本田・荒川らと演技を披露した[42]。4月からは、テクノルアイスパーク新井田(青森県八戸市)や、かつて師事した都築コーチがいる神奈川スケートリンク(神奈川県横浜市)を仮の拠点とし、復興支援目的のアイスショーへ多数出演して各地を転々としながら練習を続けた[40][43][44]7月24日、アイスリンク仙台が営業を再開したため、羽生も拠点を戻した。

2011-2012シーズン[編集]

初出場で銅メダルを獲得した2012年世界選手権

2011-2012シーズン、9月にはネーベルホルン杯に出場し、シニアクラスの国際大会では初の優勝を果たす。ISUグランプリシリーズでは中国杯で4位に終わるも、続くロステレコム杯でグランプリシリーズ初優勝を果たし、ISUグランプリファイナル進出を決める。初のISUグランプリファイナルでは、総合得点でパーソナルベストを更新するが、1.73点の僅差で表彰台に届かず4位となる。全日本選手権では、ショートプログラムで4位と出遅れたが、フリースケーティングで1位となり総合3位、これにより自身初の世界選手権の代表に選出された。

世界選手権のショートプログラムでは7位と出遅れたものの、フリーでは中盤繋ぎの部分で転倒するアクシデントを起こしながらも巻き返し2位に躍進、初出場ながら総合で3位に入り、銅メダルを獲得した[45]。特に技術要素点ではパトリック・チャン・高橋大輔らを上回る同大会最高の点数をマークした[46]。なお17歳3ヶ月での世界選手権メダル獲得も、日本男子選手では羽生が最年少記録となった[※ 7]

2012-2013シーズン[編集]

2012年の4月にコーチをブライアン・オーサーに変更。夏からはオーサーの指導拠点となる「クリケット・クラブ」(Toronto Cricket Skating and Curling Club)があるカナダトロントに渡り練習を開始した[47]。羽生自身はオーサーの師事を決めた理由として、同じくオーサーの指導を受けることで4回転ジャンプの精度が上がったハビエル・フェルナンデスに着目し「自分の最大の武器である4回転が安定すれば、スケーティングや表現力など、他の部分も上達するチャンスが出てくると考えました。」と語っている[48]フィンランディア杯ではフリーでトゥループとサルコウの2種類の4回転ジャンプを成功させ優勝。グランプリシリーズでは初戦のスケートアメリカ、地元・宮城県で開催された第2戦のNHK杯と、2戦続けてショートプログラムで歴代最高得点を更新、GPファイナルでは2位となる。全日本選手権では初優勝を果たした。

四大陸選手権では、ショートプログラムでは1位だったものの、フリーでは4回転サルコウが2回転に、3回転ルッツが1回転になるミスがあり3位。総合得点では2位になった。しかし世界選手権では、2月からの体調不良と左膝の故障の影響からSPでは精彩を欠き9位と出遅れた。更にフリーの公式練習で右足首を故障したが、満身創痍で臨んだフリーでは3位となり、総合では日本男子最高の4位に入った(翌2014年2月開催のソチオリンピック男子シングル種目は、高橋大輔の6位との成績で最大の3枠を確保)[49]。左膝の故障の為、2013年世界フィギュアスケート国別対抗戦は辞退した[50]。2013年4月に早稲田大学に進学した。

2013-2014シーズン[編集]

自己ベストを更新し初優勝を果たした2013年GPファイナル

2013-2014シーズンを前に、2013年7月1日全日本空輸 (ANA) と所属契約した[51]。シーズンインするとフィンランディア杯で2年連続の優勝。スケートカナダエリック・ボンパール杯は共にパトリック・チャンに次ぐ2位。福岡市で開催された2013年GPファイナルではショートプログラムの歴代最高得点を更新、フリーでは自己ベストを大幅に更新し総合1位でGPファイナル初優勝を果たす。続く全日本選手権では2連覇[52]を達成し、オリンピック代表に初選出された。

ソチオリンピック金メダル[編集]

2014年2月、ロシアで開催のソチオリンピック本番では、同大会から新種目としてスタートした団体戦でショートプログラム1位となるが、日本代表の最終結果は総合5位に留まった[53]

男子シングル個人種目では、ショートプログラムの『パリの散歩道』で101.45点をマーク、公式大会世界最高得点かつ、史上初の100点超えを達成し首位に立った。しかしフリースケーティングでは、冒頭の4回転サルコウで転倒、直後の4回転トウループは成功したものの、3回転フリップで再び着氷失敗。演技後半の3回転アクセルからのコンビネーションは2回共成功させたが、3回転ルッツ-1回転ループの直後3回転サルコウが認定されないなど不本意な演技となり、自己ベストには程遠い178.64点にとどまった[54]。フリー演技終了直後のインタビューでは「(体が)全然動かなかった。(本番直前の)6分間練習から焦っていた。はっきりいって自分の演技に満足していない。終わった後は、金メダルは駄目かなと思った」と語っていた[55]。 SPで2位につけていたパトリック・チャン(カナダ)は羽生の直後に滑走。冒頭4回転-3回転トウループのコンビネーションを成功させるも、その後は単独の4回転トウループと3回転アクセルで手を着き、さらに終盤の2回転アクセルでもバランスを崩すなどの着氷ミスが続き、羽生のフリーの得点を上回れず銀メダルに終わった[56]。その後に滑走した2選手もメダル圏内には及ばず、結果羽生はフィギュアスケート男子シングルの種目において、日本人初(アジア人でも初)となる冬季オリンピックでの金メダルを獲得した[57][58][59]

ソチオリンピックで日本男子シングル史上初の金メダル獲得

2014年2月14日時点で羽生は19歳65日という年齢であり、フィギュアスケート男子シングルの金メダリストとしてはディック・バトンアメリカ合衆国)が1948年サンモリッツオリンピックで優勝した際の18歳202日に次ぐ史上2番目の年少記録となり、66年ぶり2人目の10代での金メダリストになった[60][61]。更にオリンピック初出場で金メダルを獲得したのは、ウルリッヒ・サルコウイリヤ・クーリックに次いで史上3人目。ソチオリンピックでは日本人唯一の優勝、また平成生まれの日本人として史上初の夏季・冬季を通して五輪の金メダル獲得となり、又さらに日本選手で過去冬季五輪の金メダリストは記念すべき10人目となった。

表彰後のインタビューではシカゴ・トリビューンの記者フィリップ・ハーシュから東日本大震災についての質問を受け、「金メダルをとったからといって、復興に直接つながるわけではない。自分には何もできていないんだという無力感がある。でも、金メダリストになれたからこそ、これをスタートとして、復興のためにできることがあるんじゃないかと今は思っています。」と回答し、故郷への感謝を述べた[62][63]。この質問をしたハーシュは「僕にとってソチ五輪で最も忘れられない瞬間は、誰かが成したことではなく日本の羽生結弦が言ったことだ。」とツイートし[64]、「19歳とは思えない成熟と謙虚さ、細やかな感受性をもって、この勝利について語った。」と羽生を称える記事を書いた[65]。また同席していたニューヨーク・タイムズ の記者ジェレ・ロングマンは「金メダルの獲得こそが、羽生が前進するための出発点となるだろう。」と結ぶ記事で勝利を称えた[66][67]

世界選手権初優勝[編集]

2014年3月、さいたま市で開催された世界選手権では、ショートプログラムの4回転トウループで転倒し3位と出遅れた。しかしフリースケーティングは、国際スケート連盟主催の大会で自身初の4回転サルコウジャンプを成功させる。その後の3回転フリップでエッジエラー判定を受けた以外は、ほぼパーフェクトな演技で総合首位に。総合2位の町田樹を合計得点0.33点の僅差でかわし、逆転優勝を果たした。日本男子シングル種目では、2010年世界選手権の高橋大輔以来、4年ぶり2人目の世界チャンピオンとなる。さらに「GPファイナル・冬季オリンピック・世界選手権」の主要3大会を全て制しての3冠達成は、2001-2002年シーズンのアレクセイ・ヤグディン以来、男女シングルを通じて史上2人目の快挙となった[68]

2014-2015シーズン[編集]

グランプリファイナル2連覇[編集]

オリンピックチャンピオンとして臨んだ2014-2015シーズンだが、度重なるアクシデントの影響により、当初挑戦する予定だったプログラムの難度の変更を余儀なくされた。

怪我を乗り越え2連覇を果たした2014年GPファイナル

初戦となる予定だったフィンランディア杯は腰痛のために欠場。2014年11月、初戦となった上海開催の中国杯ではショートプログラム2位スタート。フリースケーティング前の6分間練習で、中国の閻涵と衝突事故が起きた[69]日本スケート連盟は国際試合に医師を帯同させていなかったため、現場では米国の医師に応急処置を受け、頭部と顎にテーピングと包帯を施したままの状態で演技に臨んだ。流血事故を押しての出場は、当初脳震盪の可能性が疑われたため「危険だったのではないか」とメディアの賛否が分かれる事態に発展したが、脳震盪は起こしていないと現場の医師の診断を受けており、最後までプログラムを滑りきり銀メダルを獲得した[70][71]。この演技終了後に顎を7針、頭を3針縫い、表彰式とエキシビションには出演せず翌日に帰国[72]。精密検査の結果、頭部挫創、下顎挫創、腹部挫傷、左大腿挫傷、右足関節捻挫で全治2~3週間と診断を受けた[73]。次戦のNHK杯は開催直前まで出場の可否が検討されていたが、最終的には出場し総合順位は4位となる[74]。この結果、ISUグランプリシリーズポイントランキング6位となり、最下位でグランプリファイナルへと進出した。1番滑走で臨むことになったショートでシーズンベストを記録し首位に立ち、フリーでは2種類の4回転を成功させ自己ベストを更新[75]。日本男子初となる大会2連覇を達成し、[76][77][78]事故を乗り越えての勝利を「存分に体を使える幸せを感じた。今スケートができることが一番の幸せ。」と語った[79]

世界選手権銀メダル[編集]

続く2014年12月、全日本選手権では3連覇を達成したものの[80][81]、グランプリシリーズ時から断続的に続いていた腹痛の精密検査のため、エキシビションを欠場し緊急入院。「尿膜管遺残症」との診断結果により翌12月30日に手術を受けた。3連覇を達成した直後に、様々な困難を乗り越えた2014年について問われ「壁の先には壁しかない。課題を克服しても、自分は人一倍欲深いから、また超えようと思う。」と総括した[82][83]

手術後は2週間の入院および1か月の安静治療が必要とされたが[84]、退院後に練習を再開。しかし手術で腹部を4cmほど切り、腹筋の感覚に違和が生じたことが一因で練習時に右足首を捻挫。再び2週間の休養を要し、3月開催の世界選手権への出場は直前まで危ぶまれた[85]。しかし3月上旬から出場する意向での国内調整を進め、全日本選手権以来の復帰戦に挑むこととなった。

2015年3月、上述の衝突事故が起きた上海の会場で開催された世界選手権では、ショートプログラムで4回転が乱れたものの今季自己ベストをマークし首位に立った[86][87]。術後の回復をアピールしたかに見えたが、フリーの4回転をどちらも失敗。その後は落ち着いてジャンプを決め巻き返したものの、パーソナルベストには程遠いスコアに留まった。結果は、同門のハビエル・フェルナンデスに2.82点及ばず銀メダルとなり、日本人選手初となる世界選手権連覇はならなかった。連覇を逃した心境を「悔しさが9割だが、また追いかける事が出来る立場になった。悔しさをバネに進んでいける。」と語り、復帰戦を終えた[88][89][90]

捻挫のほか手術跡が炎症を起こすなどのコンディション不全から、続く4月開催の国別対抗戦への出場の可否は世界選手権後に協議されたが、自身初となる出場が決定[91]。ショートプログラムで96.27点と今季自己ベストを更新し首位に立ち[92]、翌フリープログラムも冒頭の4回転サルコウを決めたほか、ミスを最小限にとどめ首位に立った[93]。フリーの演技後に氷上で「ありがとう」と感謝の言葉を述べ、今季最後の試合を終えた[94][95]。日本は銅メダルを獲得。エキシビジョンでは『パリの散歩道』を同季唯一のノーミスで披露し、参考扱いながらも4回転ループ+3回転アクセルのシークエンスジャンプを成功させた。来季に向けては「また一つ一つ課題をクリアしていきたい」と展望を語り、シーズンを締めくくった[96]

2015-2016シーズン[編集]

世界記録更新とGPファイナル3連覇[編集]

2015年GPファイナルでは、世界記録を再び塗り替え、男子史上初の3連覇を達成した(フリー演技『SEIMEI』)。

映画『陰陽師』のサウンドトラックを用いた新たなフリープログラムを『SEIMEI』と自ら命名。「安倍晴明」の狩衣をイメージした衣装で、シェイ=リーン・ボーン振付によるの表現に挑んだ[97]

初戦のオータムクラシックで優勝[98]。続くスケートカナダのショートプログラムでは、演技後半のジャンプがルール上カウントされず0点となり73.25点の6位発進と出遅れたが[99]、フリープログラムで自身初となる4回転3本を着氷させ巻き返し2位となる[100]

続くNHK杯では「挑戦という意味を込めた」として、ショートプログラムに4回転サルコウと4回転トウループ−3回転コンビネーションの4回転2本を組み込む、自身最高難度の構成に急遽変更[101]。ノーミスの演技で、ソチオリンピックで自身が記録した101.45点の世界最高得点を更新する106.33点をマークした[102][103]。「絶対王者[※ 8]になると言い聞かせることで自分にプレッシャーをかけた[104]」として臨んだ翌日のフリーでは、演技後半の4回転−3回転コンビネーションを含む計3本の4回転のほか全てのジャンプを成功。技術点は出来栄え評価で23.08点もの加点を獲得し、演技点の「音楽の解釈(Interpretation)」の項目は、ジャッジ9人中6人が10点満点をつける9.89点という圧倒的な演技で安倍晴明を演じきり、史上初の200点台となる216.07点を記録した[105]。トータルスコアでも史上初の300点台となる322.40点を記録し、パトリック・チャンが保持していた295.27点の世界歴代最高得点を大幅に塗り替える前人未到のスコアで優勝を果たした[106][107]。この大会で羽生はショート、フリー、トータルの全スコアで世界記録を更新。ISUジャッジングシステムにおいて、史上初めてショートプログラムで100点、フリースケーティングで200点、トータルスコアで300点超えを達成した男子選手となった。

さらに2週間後のバルセロナで開催されたグランプリファイナルのショートプログラムにおいて、NHK杯を超える演技を披露。4回転サルコウと、4回転トウループ−3回転トウループの連続ジャンプは、9人中8人のジャッジがGOE(出来栄え評価)加点で満点の3点を付け、PCS(プログラム構成点)は満点の50点に肉薄する49.14点をマーク。110.95点を叩き出し、わずか2週間で再び世界記録を塗り替えた[108]

一日置いたフリーでもノーミスの演技を披露。4回転サルコウ、4回転トウループともにGOE満点を獲得し、技術点は120.92点に到達。構成点では9名のジャッジが10点満点をつけた項目が23にも及び、NHK杯を超える219.48点を記録。トータルで330.43点というスコアを叩き出し、再び全ての世界記録を更新した[109]。また、プログラム構成上の上限の点数に対する得点でみると、2位以下の選手が9割に満たなかったのに比べ、羽生は97%を超え、「満点」まであと9点に迫った[110][111][112]。男子選手としてISUグランプリファイナル史上初となる3連覇を成し遂げた[113][114]。歴史的な記録更新に、会場のインタビューで自身の演技を見た子供へのコメントを求められ「どうかスケートを、練習を、夢をあきらめないで」と語った[115]


続く全日本選手権ではさらなる記録更新に期待がかけられたが、フリーの演技後半の2度のジャンプの転倒が響き183.73点という得点に。トータルは286.36点にとどまった。2位の宇野昌磨に20点近い大差をつけ、男子史上29年ぶりとなる大会4連覇を果たしたものの「ひどい演技をしてしまった。自分の中では勝ったとは思っていない」と悔しさをあらわに、2015年を締めくくる試合を終えた[116][117]

世界選手権銀メダル[編集]

2016年3月にボストンで開催された世界選手権では、精神状態が乱れていたものの[118]、ショートでは自己ベストに肉薄する110.56点を記録。演技後に「よっしゃー!見たか!」と雄叫びを上げたが、これは「皆と、一つの答えにたどり着けた自分の感情に対して」発した叫びであると試合後に述べている[119]。同時に、冷静さを欠いた自身を「怒ってしまった自分がダメ」と分析[120]。一日あけて臨んだフリーでは「さらに完成度を高めるため」として、後半の4回転トーループを4回転サルコーに変更(実際には左足の靱帯損傷の悪化により変更となった)、しかしここで転倒するなどジャンプの精彩を欠いた演技で、自己ベストには程遠い184.61点にとどまった。トータルスコアは295.17点という結果となり、ショートのリードで逃げ切ることはできず、前回大会と同じく同門のハビエル・フェルナンデスに逆転され、2年連続の銀メダルとなった。期待されながらも王者奪還を逃した敗因を「良い演技をしたい、と欲張った結果が裏目に出た空回りであり自分の過ち」と分析[121]。演技後は「ここで金メダルを取れないようでは自分はまだまだ」と述べ、去年と同様に悔いの残る世界選手権を終えた[122]。 大会終了後、左足靱帯損傷の治療のため、帰国はせず練習拠点のトロントに戻ると発表された[123]。その後正式に「左足リスフラン関節靭帯損傷」により、全治2ヶ月と報じられた[124]

主な戦績[編集]

International Skating Union.svgマークが付いている大会はISU公認の国際大会。

大会/年 2006-07 2007-08 2008-09 2009-10 2010-11 2011-12 2012-13 2013-14 2014-15 2015-16
International Skating Union.svg 冬季オリンピック 1
International Skating Union.svg 世界選手権 3 4 1 2 2
International Skating Union.svg 四大陸選手権 2 2
International Skating Union.svg 世界国別対抗戦 3
全日本選手権 8 6 4 3 1 1 1 1
International Skating Union.svg GPファイナル 4 2 1 1 1
International Skating Union.svg GPNHK杯 4 1 4 1
International Skating Union.svg GP中国杯 4 2
International Skating Union.svg GPエリック杯 2
International Skating Union.svg GPスケートカナダ 2 2
International Skating Union.svg GPスケートアメリカ 2
International Skating Union.svg GPロシア杯 7 1
オータムクラシック 1
フィンランディア杯 1 1
ネーベルホルン杯 1
International Skating Union.svg 世界Jr.選手権 12 1
全日本Jr.選手権 7 3 1 1
International Skating Union.svg JGPファイナル 1
International Skating Union.svg JGPクロアチア杯 1
International Skating Union.svg JGPトルン杯 1
International Skating Union.svg JGPメラーノ杯 5
スケートコペンハーゲン 1 N
  • N = ノービスクラス

詳細[編集]

  • 赤い数字はISU公認国際大会での当時の世界最高得点(国内大会は含まない)。
2015-2016 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2016年3月26日-4月3日 2016年世界フィギュアスケート選手権ボストン 1
110.56
2
184.64
2
295.17
2015年12月24日-27日 第84回全日本フィギュアスケート選手権札幌 1
102.63
1
183.73
1
286.36
2015年12月9日-13日 2015/2016 ISUグランプリファイナルバルセロナ 1
110.95
1
219.48
1
330.43
2015年11月27日-29日 ISUグランプリシリーズ NHK杯長野 1
106.33
1
216.07
1
322.40
2015年10月30日-11月1日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダレスブリッジ 6
73.25
2
186.29
2
259.54
2015年10月12日-15日 2015年スケートカナダオータムクラシックバリー 1
93.14
1
184.05
1
277.19


2014-2015 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2015年4月16日-19日 2015年世界フィギュアスケート国別対抗戦東京 1
96.27
1
192.31
3
団体
2015年3月23日-29日 2015年世界フィギュアスケート選手権上海 1
95.20
3
175.88
2
271.08
2014年12月25日-28日 第83回全日本フィギュアスケート選手権長野 1
94.36
1
192.50
1
286.86
2014年12月11日-14日 2014/2015 ISUグランプリファイナルバルセロナ 1
94.08
1
194.08
1
288.16
2014年11月28日-30日 ISUグランプリシリーズ NHK杯大阪 5
78.01
3
151.79
4
229.80
2014年11月7日-9日 ISUグランプリシリーズ 中国杯上海 2
82.95
2
154.60
2
237.55


2014ソチオリンピック金メダル


2013-2014 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2014年3月24日-30日 2014年世界フィギュアスケート選手権さいたま 3
91.24
1
191.35
1
282.59
2014年2月6日-22日 ソチオリンピックソチ 1
101.45
1
178.64
1
280.09
2014年2月6日-22日 ソチオリンピック 団体戦(ソチ 1
97.98
- 5
団体
2013年12月20日-23日 第82回全日本フィギュアスケート選手権さいたま 1
103.10
1
194.70
1
297.80
2013年12月5日-8日 2013/2014 ISUグランプリファイナル福岡 1
99.84
1
193.41
1
293.25
2013年11月15日-17日 ISUグランプリシリーズ エリックボンパール杯パリ 2
95.37
2
168.22
2
263.59
2013年10月25日-27日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダセントジョン 3
80.40
2
154.40
2
234.80
2013年10月4日-6日 2013年フィンランディア杯エスポー 1
84.66
1
180.93
1
265.59


2012-2013 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2013年3月10日-17日 2013年世界フィギュアスケート選手権ロンドン 9
75.94
3
169.05
4
244.99
2013年2月6日-11日 2013年四大陸フィギュアスケート選手権大阪 1
87.65
3
158.73
2
246.38
2012年12月20日-24日 第81回全日本フィギュアスケート選手権札幌 1
97.68
2
187.55
1
285.23
2012年12月6日-9日 2012/2013 ISUグランプリファイナルソチ 3
87.17
2
177.12
2
264.29
2012年11月23日-25日 ISUグランプリシリーズ NHK杯利府 1
95.32
1
165.71
1
261.03
2012年10月19日-21日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカケント 1
95.07
3
148.67
2
243.74
2012年10月4日-7日 2012年フィンランディア杯エスポー 2
75.57
1
172.56
1
248.13


2011-2012 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2012年3月26日-4月1日 2012年世界フィギュアスケート選手権ニース 7
77.07
2
173.99
3
251.06
2011年12月22日-25日 第80回全日本フィギュアスケート選手権門真 4
74.32
1
167.59
3
241.91
2011年12月8日-11日 2011/2012 ISUグランプリファイナルケベック・シティー 4
79.33
3
166.49
4
245.82
2011年11月25日-27日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 2
82.78
2
158.88
1
241.66
2011年11月4日-6日 ISUグランプリシリーズ 中国杯上海 2
81.37
4
145.16
4
226.53
2011年9月21日-24日 2011年ネーベルホルン杯オーベルストドルフ 1
75.26
1
151.00
1
226.26


2010-2011 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2011年2月15日-20日 2011年四大陸フィギュアスケート選手権台北 3
76.43
3
151.58
2
228.01
2010年12月24日-27日 第79回全日本フィギュアスケート選手権長野 2
78.94
4
141.12
4
220.06
2010年11月19日-21日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 6
70.24
6
132.42
7
202.66
2010年10月22日-24日 ISUグランプリシリーズ NHK杯名古屋 5
69.31
4
138.41
4
207.72


2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年3月8日-14日 2010年世界ジュニアフィギュアスケート選手権ハーグ 3
68.75
1
147.35
1
216.10
2009年12月25日-27日 第78回全日本フィギュアスケート選手権大阪 13
57.99
5
137.23
6
195.22
2009年12月3日-6日 2009/2010 ISUジュニアグランプリファイナル東京 3
69.85
1
136.92
1
206.77
2009年11月21日-23日 第78回全日本フィギュアスケートジュニア選手権横浜 1
76.00
2
118.15
1
194.15
2009年10月7日-10日 ISUジュニアグランプリ クロアチア杯ザグレブ 1
70.78
1
130.37
1
201.15
2009年9月9日-13日 ISUジュニアグランプリ トルン杯トルン 1
66.77
1
131.88
1
198.65


2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年2月23日-3月1日 2009年世界ジュニアフィギュアスケート選手権ソフィア 11
58.18
13
103.59
12
161.77
2008年12月25日-27日 第77回全日本フィギュアスケート選手権長野 8
64.50
5
117.15
8
181.65
2008年11月21日-23日 第77回全日本フィギュアスケートジュニア選手権名古屋 4
57.25
1
124.92
1
182.17
2008年9月3日-7日 ISUジュニアグランプリ メラーノ杯メラーノ 6
51.06
4
95.62
5
146.68


2007-2008 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年11月24日-25日 第76回全日本フィギュアスケートジュニア選手権仙台 7
49.55
1
111.47
3
161.02


2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2006年11月25日-26日 第75回全日本フィギュアスケートジュニア選手権広島 18
38.80
4
90.16
7
128.96


プログラム使用曲[編集]

シーズン SP FS EX
2015-2016[125][126][127] バラード第1番ト短調
作曲:フレデリック・ショパン
振付:ジェフリー・バトル
SEIMEI
映画『陰陽師』サウンドトラックより
作曲:梅林茂
振付:シェイ=リーン・ボーン
天と地のレクイエム
東日本大震災鎮魂歌「3・11」
作曲:松尾泰伸
振付:宮本賢二
2014-2015[128][129] 映画『オペラ座の怪人』より
作曲:アンドルー・ロイド・ウェバー
振付:シェイ=リーン・ボーン
花は咲く
ボーカル:指田郁也
振付:阿部奈々美

The Final Time Traveler
ボーカル:サラ・オレイン
振付:宮本賢二
パリの散歩道
曲:ゲイリー・ムーア
振付:ジェフリー・バトル
2013-2014[130] パリの散歩道
曲:ゲイリー・ムーア
振付:ジェフリー・バトル
映画『ロミオとジュリエット』より
作曲:ニーノ・ロータ
振付:デヴィッド・ウィルソン
練習曲第12番 嬰ニ短調「悲愴」
作曲:アレクサンドル・スクリャービン
編曲:トルガ・カシフ
演奏:マキシム
振付:阿部奈々美

ノートルダム・ド・パリ
作曲:リカルド・コッチアンテ
振付:デヴィッド・ウィルソン

Story
ボーカル:AI
振付:宮本賢二

ホワイト・レジェンド
バレエ音楽『白鳥の湖』より
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
編曲・演奏:川井郁子
振付:阿部奈々美

映画『ロミオ+ジュリエット』より
映画『Plunkett & Macleane』より
作曲:クレイグ・アームストロング
振付:阿部奈々美

振付:ナタリア・ベステミアノワ[10]
振付:イゴール・ボブリン[10]
花になれ
曲:指田郁也
振付:宮本賢二
2012-2013 ノートルダム・ド・パリ
作曲:リカルド・コッチアンテ
振付:デヴィッド・ウィルソン
花になれ
曲:指田郁也
振付:宮本賢二
ハロー・アイ・ラヴ・ユー
曲:ドアーズ
振付:カート・ブラウニング
2011-2012 練習曲第12番 嬰ニ短調「悲愴」
作曲:アレクサンドル・スクリャービン
編曲:トルガ・カシフ
演奏:マキシム
振付:阿部奈々美

振付:ナタリア・ベステミアノワ[10]
振付:イゴール・ボブリン[10]
映画『ロミオ+ジュリエット』より
映画『Plunkett & Macleane』より
作曲:クレイグ・アームストロング
振付:阿部奈々美

振付:ナタリア・ベステミアノワ[10]
振付:イゴール・ボブリン[10]
ホワイト・レジェンド
バレエ音楽『白鳥の湖』より
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
編曲・演奏:川井郁子
振付:阿部奈々美

サムバディ・トゥ・ラヴ
曲:ジャスティン・ビーバー
振付:阿部奈々美[10]
2010-2011 ホワイト・レジェンド
バレエ音楽『白鳥の湖』より
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
編曲・演奏:川井郁子
振付:阿部奈々美
ツィゴイネルワイゼン
作曲:パブロ・デ・サラサーテ
振付:阿部奈々美
ヴァーティゴ
曲:U2
振付:阿部奈々美[10]
2009-2010 ザ・ベイト
ベア・アイランド
映画『ミッション:インポッシブル2』より
作曲:ハンス・ジマー
振付:阿部奈々美
パガニーニの主題による狂詩曲
作曲:セルゲイ・ラフマニノフ
振付:阿部奈々美
CHANGE
ボーカル・演奏:MONKEY MAJIK+吉田兄弟
振付:阿部奈々美[10]
2008-2009[5][131] ボレロ
映画『ムーラン・ルージュ』より
作曲:スティーブ・シャープルズ
振付:阿部奈々美[132]
2007-2008 シング・シング・シング
作曲:ルイ・プリマ
振付:阿部奈々美[132]
火の鳥
作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー
振付:阿部奈々美[132]
「シング・シング・シング」
振付:阿部奈々美[10]
2006-2007[10] 「アマゾニック」
「死の舞踏」
振付:関徳武
「サマーストーム」
振付:関徳武
-
2005-2006[10] - 「ロシアより愛を込めて」
振付:都築章一郎
-
2004-2005[10] 「スパルタカス」
振付:都築章一郎
「ロシアより愛を込めて」
振付:都築章一郎
-

受賞・栄誉等[編集]

日本政府
日本オリンピック委員会
日本スケート連盟
  • JOC杯(最優秀選手賞)(2013年[137]、2014年[138]
マスコミ
一般財団法人
自治体
世界記録

メディア出演[編集]

CM・広告・アンバサダー等[編集]

  • P&G「ママの公式スポンサー」キャンペーン(2013年12月 - 、高橋大輔と共演)
  • 全日本空輸「ANA応援CMソチオリンピック日本代表編」(2014年2月8日 - 2014年2月23日)
  • NTTドコモ「新料金プラン」シリーズ(2014年6月-)
  • ロッテ
ガーナミルクチョコレート」『羽生選手のキモチ』篇(2014年9月2日 - [161][162])『2人の羽生結弦』篇(2015年9月8日 - [163][164]
「キシリトールホワイト」『ホワイトが出た』篇(2014年10月 - [165][166])『ホワイトしてる』篇(2015年10月20日 - [167][168]
「はたちの献血キャンペーン」平成27年度(2015年1月1日 - 2月28日)[170][171] 平成28年(2016年1月1日 - 2月29日)[172]
東日本大震災復興支援事業」メッセンジャー就任(2015年2月 - )[173][174]
「&Free(アンドフリー)」(2015年4月5日 - )[177]
「羽毛ふとん『極める。』キャンペーン」(2015年11月1日 - )[178]

テレビ番組[編集]

  • NHK仙台『ワンダフル東北 東北未来人第4回 羽生結弦選手』(2010年11月19日)
  • NHK総合『もっと強く 〜羽生結弦 16歳の挑戦〜』(2011年1月10日)
  • NHK総合『アスリートの魂 羽生結弦 17歳 高みへ』(2012年11月19日)
  • BS-TBS『英雄たちの決断 18歳の決断 羽生結弦』(2013年2月12日)
  • NHK総合『被災地へとどけ 希望の舞 〜 羽生結弦の ”花は咲く”〜』(2014年7月12日)
  • 日本テレビ24時間テレビ37 小さなキセキ、大きなキセキ』(2014年8月30日)
「羽生結弦 被災地の思いを胸に 一夜限りのアイスショー」と題し、生放送で2011-2012シーズンのフリープログラム『ロミオ+ジュリエット』を披露した。[181]
  • 日本テレビ『24時間テレビ38 つなぐ〜時を超えて笑顔を〜』(2015年8月22日)
「被災地の想いをつなぐ 羽生結弦アイスショー」と題し、福島県仮設住宅を訪れた際に交流した人々を招待し、アイスショーを開催。EXプログラム「天と地のレクイエム」と「花になれ」の2曲を披露。ショーは当日録画であったため、放送時は日本武道館のほうに生出演した。また「チャリTシャツ」の笑顔マークの一つのデザインを手がけている。[182]
審査員をつとめた他、出場歌手全員で「花は咲く」を歌うコーナーでは、ステージ上での歌唱にも参加した[184]
  • 日本テレビ『教科書で学べない災害』(2016年3月1日)
被災後に一家で避難した学校の体育館を訪問し、当時の避難生活と震災について語った。[185]

映画[編集]

サポート・アドバイザリー契約[編集]

出版物[編集]

書籍
  • 『蒼い炎』(2012年4月20日、扶桑社
  • 『羽生結弦語録』(2015年9月25日、ぴあ[196][197]
  • 『羽生結弦 王者のメソッド 2008-2016』(2016年3月25日、文藝春秋[198]
  • 『蒼い炎Ⅱ-飛翔編-』(2016年7月2日、扶桑社[199]
写真集
  • 『YUZURU 羽生結弦写真集』(2014年10月24日、集英社
映像作品

趣味・嗜好[編集]

「いつも変わらないあの表情をみるとリラックスできる」との理由でくまのプーさんを好んでいる。また、フィギュアスケーターの練習に欠かせないティッシュもプーさんのケースに入れ、版権の問題で許可が下りない限りは、試合の際には必ず持参している[202][203]
スケート靴の調整は、中学生の頃から仙台市に工房を構える阿部年伸(阿部奈々美の夫)が担当している[204]。海外に拠点を移してからも小包で送るか帰国時に持ち込んで調整を依頼しており、工房でも羽生専用の研磨機を用意して対応している[205]
好きなアーティストとしてポルノグラフィティHi-Fi CAMP(羽生の地元である仙台出身)、BUMP OF CHICKENThe SketchbookKOHHなどを挙げている[3][206][207]。またGPファイナル3連覇を達成した際には、ONE OK ROCKの楽曲に助けられたと語っている[208]
音質に拘るオーディオマニアで、イヤホンを収集している[209]。普段から約50本のイヤホンを用途に応じて使い分けており[210]、最も高いイヤホンは自身の耳の型を取った特注品で約22万円[211]。また耳も非常に良く、普通の人は気づかないような微妙なノイズなどを聞き分ける聴力をもつ[212]
セントラル・リーグ:幼少期から広島東洋カープのファンであり、憧れの選手は前田健太である[213]。これに対し前田は「羽生選手に勇気をもらったから、今度は僕が勇気を与えたい」と語っている[214]。ちなみに小学生当時は「野球をやりたい」と思った時期もあったという[3][213][215]
パシフィック・リーグプロ野球再編問題によって2004年(羽生が10歳の頃)に新規参入した地元の東北楽天ゴールデンイーグルスも応援している[213]
地元のベガルタ仙台のファンだと報道されている[216]。震災発生直後の2011年5月には、ベガルタのホームスタジアム・ユアテックスタジアム仙台での募金活動に参加している[216]。なお、羽生の実家からユアスタは徒歩圏にある。
将棋を好んでおり「自身の2015年を漢字1文字で表すと?」と問われた際には、将棋の駒の「歩兵」が「と金」になることに例えて「成」と回答している[217][218]。またも好きで、引退したら名古屋城などをじっくり観覧したいとしている[219]けん玉も好きで『あさイチ』出演時などに実際に披露している[220]

その他[編集]

東日本大震災の復興支援ソング『花は咲く』を、羽生が実際に被災したアイスリンク仙台で滑る「花は咲く~羽生結弦Ver.~」が、2014年6月25日よりNHKで放送された[221]。さらに2014年の「NHK杯国際フィギュアスケート競技大会」(なみはやドーム)のエキシビションにおいける羽生の演技に、別角度から撮影した映像や練習風景などを加え、再編集を行った「羽生結弦 世界へ届ける「花は咲く」」が2014年12月より放送された[222]。「第65回NHK紅白歌合戦」では、緊急手術のため入院中だった羽生のコメントを櫻井翔が読み上げ、見舞いの言葉を述べたのち、徳永英明が『花は咲く』を歌唱。徳永の背後のスクリーンに羽生の演技映像を流すという演出がなされた[223]
  • 『夢に描くキセキ』
2014年2月6日に、パンダライオンが制作した羽生の応援歌「夢に描くキセキ」にのせて、羽生の地元・仙台にゆかりのある多数の著名人や羽生に関わりのある人物など総勢145名が、自筆メッセージを書いた紙を手に持って出演する動画『羽生結弦応援PROJECT「仙台が繋いだキズナ」』がYouTube上に投稿された[224]。この動画は羽生も閲覧していると発言しており、コメント欄を通じて応援メッセージを羽生に届ける場となっている[224]。ソチ五輪での金メダル獲得後は、祝福が綴られる場となった。
ソチ五輪ショートプログラムで使用したゲイリー・ムーアの「パリの散歩道」(Parisienne Walkways) が、団体SPの翌2月8日から16日までレコチョクデイリーランキングの洋楽ロック部門で1位になった[225]。また、同曲が収録されたムーアのベスト盤CDが、アマゾンの通販サイトにおいてベストセラーチャート「ハードロック部門」で1位になった[225]
  • 『覚醒の時』
2014年7月16日に発売された初の映像作品「覚醒の時」は初週売り上げ2.1万枚を記録し、オリコン週間DVDランキングで最高位1位を記録した。スポーツ選手のDVDが総合1位となるのは1999月4月のDVDランキング開始以来史上初となった。また、同時発売のBlu-ray Discもオリコン週間Blu-rayランキングの総合3位となっており、こちらもスポーツ関連Blu-ray Discとしては、DVD同様に歴代最高位と歴代最高初週売上枚数となった[226]
  • 『YUZURU 羽生結弦写真集』
2014年10月24日に発売されたファースト写真集「YUZURU 羽生結弦写真集」は初週売り上げ2.3万部を記録し、オリコン週間ランキング写真集部門とスポーツ関連部門で1位を獲得、BOOK(総合)部門では2位にランクインし、スポーツ選手写真集の本(総合)部門獲得順位と週間売上部数の両記録で歴代トップとなった[227]
  • 『蒼い炎』
自叙伝である「蒼い炎」シリーズの印税は全額、アイスリンク仙台へ寄付される。また扶桑社の売上げの一部も寄付される。第一弾「蒼い炎」は15万部のベストセラーとなった。[228]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 2014年流行語大賞候補ノミネート語。
  2. ^ プルシェンコは、2012年に「彼を見ていると昔の自分を思い出す。まだ17歳だが、私が見る限り彼がナンバーワンだ。」と語り、2014年ソチ五輪時には「私は彼のヒーローだったかもしれないが、今は彼が私のヒーローになっている」と語り、羽生の金メダル獲得後はTwitter上で「私のアイドル。よく頑張った。彼は天才だ」と勝利を称えた。2014年にゼビオアリーナ仙台で開催された凱旋公演で共演した際には、プルシェンコが羽生に花束を渡し祝福する一幕などが見られた。
  3. ^ 例として2014年世界選手権SP後半のGOE加点2.86 (PDF)2014年中国杯SPのGOE加点3点満点(9人中8人のジャッジが満点を付けた) (PDF) など
  4. ^ a b c 羽生の住居から徒歩圏にある。
  5. ^ 在仙台局の夕方ワイド番組
  6. ^ 日本人選手の優勝は2005-2006シーズンの小塚崇彦以来2人目。
  7. ^ 以前は本田武史2002年世界選手権で銅メダルを獲得した当時で20歳11ヶ月だった。尚、世界の最年少記録はプルシェンコの15歳4か月である。
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  213. ^ a b c 羽生結弦(フィギュアスケート) 15歳「4回転どんどん」(朝日新聞 2010年11月16日)
  214. ^ 集英社「Sportiva2015-2016 羽生結弦新たなる飛翔」p19
  215. ^ 羽生“マエケン流ジャンプ”研究”. デイリースポーツ (2013年2月12日). 2013年2月12日閲覧。フィギュア羽生の憧れはマエケン | 東スポWeb – 東京スポーツ
  216. ^ a b ベガルタのファンの羽生結弦、J1仙台にビデオレター…開幕戦ハーフタイムに上映(スポーツ報知 2014年2月27日)
  217. ^ “みうみま”は困惑した質問に王者・羽生は…さすがの回転力で名回答
  218. ^ 世界最高得点の羽生が帰国 GPファイナルで男子初の3連覇
  219. ^ 羽生 お城が趣味!?「引退したら、じっくりと拝見」
  220. ^ 羽生結弦、「あさイチ」登場にファン大興奮! ファクス6800通超、ツイッター「実況」も盛り上がる
  221. ^ NHK 仙台放送局 「花は咲く~羽生結弦Ver.~」
  222. ^ 羽生結弦 世界へ届ける「花は咲く」
  223. ^ 羽生結弦「また壁を乗り越えたい」 徳永英明とコラボ<紅白本番>
  224. ^ a b 羽生応援歌に仙台オールスター集合 さとう宗幸、サンドら145人(スポーツニッポン 2014年2月8日)
  225. ^ a b 羽生効果だ! SP使用曲、レコチョク洋楽ロック部門9日連続首位(スポーツニッポン 2014年2月18日)
  226. ^ 初週売上枚数も歴代最高
  227. ^ 羽生結弦が初写真集も“金”、2014年発売の男性写真集で最高週間売上。
  228. ^ “蒼い炎2-飛翔編-”. http://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594075132 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]