郷ひろみ

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郷 ひろみ
出生名 原武 裕美
(はらたけ ひろみ)
生誕 (1955-10-18) 1955年10月18日(62歳)
出身地 日本の旗 日本 福岡県
学歴 日本大学法学部中退
ジャンル 歌謡曲J-POP
職業 歌手俳優
担当楽器
活動期間 1971年 -
事務所 バーニングプロダクション
公式サイト

郷ひろみオフィシャルウェブサイト

郷ひろみ スペシャルサイト

郷 ひろみ(ごう ひろみ、1955年10月18日 - )は、日本男性歌手俳優である。本名は原武 裕美(はらたけ ひろみ)。血液型A型、身長176cm[1]

福岡県出身(東京都育ち[2])。所属事務所はバーニングプロダクション。2014年10月よりマネージメントをエヴァーグリーン・エンタテイメントに委託し業務提携。幼少期の知能検査ではIQ140。肉体年齢は還暦を過ぎた現在も35歳レベルをキープしている。

来歴[編集]

幼少期[編集]

  • 1955年10月18日に生まれた。「ひろみ」という名前は祖父が付けた。「心が"美しく"、いろんな意味で"裕福"になるように」という意味が込められているという[3]
  • 父は福岡県三潴郡三潴町出身、母は福岡県糟屋郡志免町出身。
  • 生後まもなくジフテリアにかかり、3歳で赤痢にかかり、15歳で腹膜炎の一歩手前の状態で盲腸の手術を受けるなど、何度となく病にかかる。
  • 子供の頃、福岡の家は牛や馬、鶏などの家畜がいる農家の住まいだった。
  • 国鉄職員の父親の転勤で4歳の時に福岡から上京し[2][4]京浜東北線大井町駅に隣接する当時の国鉄大井工場敷地内に建つ社宅へ転居する。その後、父親は山手線新橋駅・同東京駅南武線尻手駅の助役として勤務した後、定年退職した。
  • 子供の頃は可愛くて評判だった。「『名犬ラッシー』の子役にそっくり」、「お人形さんみたい」と言われ、外国人と間違われることも多い美少年だった。
  • スパルタ教育の母親に厳しく躾けられて育った。「あなたは赤が似合う」という母の薦めで、赤いシャツを着用することが多かった。

学歴[編集]

  • 1968年3月、品川区立山中小学校卒業。
  • 1971年3月、品川区立伊藤中学校卒業。
  • 1971年4月、日本大学櫻丘高等学校に入学するが、芸能活動を優先するため2学期から堀越高等学校芸能コースに転校。高校を約5年かけて卒業すると[5]、大学進学をめざす事を公表する。
  • 1977年3月、一浪後、日本大学法学部に合格するが、芸能活動多忙につき受講はしなかった。

デビュー〜アイドル全盛期[編集]

  • フォーリーブスのバックダンサーとして出演して多くのファンを獲得する。芸名は、ファンからの声援「レッツゴーひろみ」から借名して「郷ひろみ」になり大阪ファンクラブが発足する。
  • 1976年、『さらば夏の光よ』で映画初主演する。
  • 8月、『明星』「アイドル人気投票」で7年連続で1位獲得し、日本テレビ音楽祭・トップアイドル賞を受賞する。
  • 11月15日 - 12月13日、TBSテレビドラマ『家路』の挿入歌「マイレディー」が『ザ・ベストテン』で5週連続1位を獲得する。
  • 1980年7月21日、新御三家で初のCMソングとなる「How many いい顔」が発売される。
  • 1981年12月6日、「お嫁サンバ」で第14回日本有線大賞・有線音楽賞を受賞する。
  • 1982年7月17日、外国曲のカバーで、自身初のスロー・バラード「哀愁のカサブランカ」が発売され、「よろしく哀愁」以来2度目の売り上げ50万枚超(オリコン週間チャート第2位)のヒット。
  • フジテレビ系『夜のヒットスタジオ』では同曲を号泣しながら歌う姿が再三見られた。歌詞が自身の過去の実体験とオーバーラップしたという。

渡米〜再興期[編集]

  • 1985年11月、翌年3月以降芸能活動を休止して渡米を告知する。
  • 2月11日、名古屋御園座『愛・時をこえて ドラキュラ・イン・ジャパン』座長公演で、昼の公演中にステージ上約3メートルの仕掛けから転落し、右手骨折肋骨骨折など全治約1か月半の重傷を負うが、そのまま続行して演じ終える。
  • 9月、日本武道館でデビュー25周年公演を開催する。

ニューヨーク充電以降[編集]

  • 2001年12月31日、『第52回NHK紅白歌合戦』への出演を最後として音楽活動を一時休止し、再びニューヨークに移住する。
  • 2004年12月6日、二谷友里恵に対し、離婚に際して交わした娘2人の養育費1億5000万円を信託銀行に預託するとの取り決めを実行していないことや、郷が娘に会う面会権を妨害され精神的損害を受けたとして訴訟を起こす。しかし、娘2人が「父親に会いたくない」と語ったため、取り下げた。
  • 2005年4月、「愛より速く」を発表し日本での芸能活動を再開。
  • 4月21日、公式サイト上で2度目の離婚を発表する。
  • 10月、ファンクラブが発足した思い出の地である大阪で、50歳を祝う「スペシャルバースデーライブ」を開催する。
  • 6月、「お嫁サンバ」の歌詞にかつての交際相手「せいこ」、「ゆりえ」、「なみ」などの100種類の女性の名前を入れた「着うた」の配信を開始。
  • 7月、出演したマンダムCMで、松田聖子の曲「青い珊瑚礁」の替え歌を歌う。当初は松田とのデュエットが企画されていたが、松田側が拒否したため、ソロで歌うことになった。CM発表会では、「僕がまさかOKするとはメーカーさんも思っていなかったんじゃない?」と答えた。
  • 2008年11月、『ベストヒット歌謡祭』において自身のメドレー冒頭で、松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌った。
  • 2009年9月2日、刑事事件に発展した渋谷の不祥事から10年、大阪・道頓堀グリコ看板前に船で現れ、ゲリラ風に「Get Real Love 〜GOLDFINGER'009」の発売イベントを開いた。
  • 2010年10月18日、55歳誕生日に2度目の日本武道館公演「55!伝説」を開催する。これは1955年生まれ、55歳、全国ツアー55公演目のファイナルステージである。
  • 12月4日、フジテレビ系『FNS歌謡祭』に出演しAKB48と競演したシーンが高視聴率をマークした。
  • 12月31日、9年ぶりに第61回NHK紅白歌合戦に出場。「GO!GO!イヤー紅白スペシャルメドレー」と題して「愛してる」「僕らのヒーロー」「男願 Groove!」の3曲を披露した。

エピソード[編集]

デビュー〜アイドル全盛期[編集]

  • デビューのきっかけは、15歳の時、近所のおばさんが東宝映画潮騒』の出演者募集に応募したこと。審査会場のある銀座で買い物がしたいという安易な気持ちでオーディションを受けることを決めたが、会場に向かう途中で怖気づき「やっぱりやめる」と母親に告げたところ「それでも九州男児か!」と数寄屋橋の交差点で平手打ちをされ、致し方なく会場に赴いたという。オーディションは不合格になるが、審査員として参加していたジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川の目に留まりスカウトをされた。
  • デビュー当時、母親は原宿で美容院を経営していた。福岡県糟屋郡志免町の母親の実家の祖父母が「ひろみ」の焼印がされた紅白の「ひろみ饅頭」の製造販売を始め、後に叔父・叔母が経営する「御菓子ひろみ」に引き継がれた(2015年頃に閉店)。
  • デビュー前、フォーリーブスのバックに出演し「ひろみです!」と紹介され、会場から「Go! Go! Let's Go Hiromi!」と声援を受け、そのまま芸名が郷ひろみとなる。また「郷」にはフォーリーブスの弟「5人目のフォーリーブス」という意味もかけている。可愛らしいルックスと鼻にかかった歌声が、若い女性の人気を博し、ファンによる親衛隊も誕生した。
  • 1974年10月、ドラマ『ちょっとしあわせ』で、共演の高沢順子とのキスシーンが騒動になる。ファンから局側に脅迫状が殺到。急きょ唇寸前でカット。釈明試写も開いて対応した。郷は週刊誌に「自分はマザコンで童貞である。」と告白している。
  • 「アイドル時代、チェックの厳しかった相手方の事務所の目を盗んで山口百恵を口説こうと、書籍に電話番号を書いてプレゼントしたが、相手にされなかった。」というエピソードを歌番組で明かした。エッセイ『若気の至り』にも「無視され続けた。」と書き綴っている。また同番組で「ライバルは誰だったか?」という質問に、「25歳の頃から、同世代で3つ年下のマイケル・ジャクソンをよき目標として意識してきた。」と答えた[10]。1972年、最後の日劇ウエスタンカーニバルでは先輩フォーリーブスを従えジャクソン5の「I want you back」を歌っている[11]
  • 1976年日本レコード大賞のノミネート会場(予選会)でキャンディーズとの決選投票に辛勝し、『あなたがいたから僕がいた』で第18回日本レコード大賞大衆賞の受賞が決定した際、感極まって歌が歌えないほど号泣した。レコード大賞では、新人賞で本選へ出場して以来の受賞であった(この年は、投票の様子をリアルタイムで中継していた)。
  • アイドル水泳大会』では競泳など多くの競技に出場し、特にフジテレビの番組では『ミスター水泳大会』と呼ばれた。同じく参加していた西城秀樹と常に競い合い、番組を盛り上げていた。郷は水泳の競技だけではなく、水着や体のラインまでライバル心を滾らせていたという。ハンドタオルを競泳用水着の下に忍ばせ、自らを雄雄しく見せる工夫までしていたという逸話はあまりにも有名。
  • 1977年、郷の特徴に良く似た人形を販売する業者を、肖像権侵害で民事提訴する。史上初の有名人が人形に関する肖像権訴訟であり、1980年5月、勝訴和解する。
  • 27歳ぐらいの時、水泳のコーチについて泳ぎを教わる。「この頃は、ちゃんとした水泳の泳ぎ方を知らずに、気力と負けず嫌いの性格だけで僕は勝っていた。」と当時を振り返り明かしている。2000年、深夜のバラエティ番組『ヤミツキ』水泳大会で10数年ぶりに水着姿を披露した。
  • 1981年8時だョ!全員集合で、中畑妊娠のコントが話題になる。
  • 1982年から洋楽バラードのカヴァーを次々と発売し、アイドル歌手から大人の魅力を持った本格派歌手への脱皮を図る。その洋楽カバー「哀愁のカサブランカ」は初めてのスロー・バラードのシングル曲であり、「よろしく哀愁」以来自身2度目の50万枚突破を記録した。哀しみの黒い瞳ロマンス〜禁じられた遊び〜、シャトレ・アモーナ・ホテルなどフリオ・イグレシアスの曲も歌った。また、ニューヨークボイストレーニングを受け、ブレス使いで力まずに声を出す手法を会得し、スロー・バラードをじっくり聞かせられるまでに歌唱力がアップする。
  • 1984年2月25日リリース『2億4千万の瞳』は国鉄のキャンペーンに使われた。2007年にはこの曲をアレンジしたものがBSデジタル放送3000万台突破記念キャンペーンソングとして用いられている。
事務所移籍
  • 1975年春、ジャニーズ事務所からバーニングプロダクションへ移籍。このジャニーズJr. 6人も伴う移籍騒動でジャニー喜多川社長は体調を崩すほどショックを受けたと言われる。フォーリーブスの江木俊夫は著書の中で、「ジャニーズ事務所に最大の利益を与えたのはSMAPだろうが、ジャニー喜多川さんが今でも理想のアイドル像として思い描いているのは郷ひろみだろう。」と述べている。
夜のヒットスタジオ
  • 1972年、「小さな体験」で初出演したフジテレビ系『夜のヒットスタジオ』は、ジャニーズ事務所の「アイドルを夜の番組にはあまり出演させたくない」という方針から新御三家の中では出演機会が少なかったが、バーニングプロダクション移籍後は原則として月1回のペースで出演するようになる。1982年、ランキング番組出演辞退の後もトリをつとめたり、過激かつ派手な演出を用意されるなど厚遇を受けた。1972年から1990年6月27日までの総出演回数は175回。
ランク付拒否
  • 1979年、「くれる物は戴きますが、今後授賞式には参加しない。」と『日本レコード大賞』、『日本歌謡大賞』などの音楽賞への出演を辞退することを公表する。数年後のインタビューで「年々権威が落ちていく音楽賞には興味がない。」と語った[12]。但し『日本有線大賞』には出演し賞を受けているほか、1999年には日本レコード大賞・最優秀歌唱賞受賞の打診を受けると、大衆賞を取った1976年以来23年ぶりにそのステージに立ち、ヒットメドレーを披露した。
  • 1982年8月、「哀愁のカサブランカ」で「もういちど思春期」以来10か月ぶりに『ザ・ベストテン』にランクインするが、「自分にとっては自分自身の歌は全部1番、他人に自分の歌のランク付けされるのは賛成しかねる。」という理由で、『ザ・ベストテン』、『ザ・トップテン』等、音楽に関するランキング番組の出演をすべて拒否する。
  • 当時、郷の音楽プロデューサーだった酒井政利は、雑誌『KAMZINE』(2005年6月号)で一連の辞退について触れ、「郷は新御三家として括られるのも好きでなかったし、アイドル的な定型から脱皮したいと思っていた。そして、"自分は人とは違うんだ!"という差別化戦略を選んだ。」と、戦略・挑戦のひとつだったことを明かしている。

渡米〜再興期[編集]

  • 1993年1月、楠瀬誠志郎のバラードカバー曲「僕がどんなに君を好きか、君は知らない」 を発売すると、最高位43位ながらジワジワと売り上げを重ね、「2億4千万の瞳」以来9年ぶりにヒット曲(17.7万枚)となる。これをきっかけに翌1994年言えないよ」、1995年逢いたくてしかたない」と続けてオリジナルのバラードを発売し、いずれもロングヒットを記録。この1990年代のバラードヒット3曲を総じてバラード3部作と呼んでいる。
  • 2000年11月、発表のエッセイ『若気の至り』では裏表紙に自らの女性遍歴を年表風にまとめ「大丈夫かこいつ?」と自虐的コピーをつけ『ダ・ヴィンチ』(2月6日号)で腰巻き大賞に選ばれる。「単に奇をてらう言葉ではなく著者の存在感との合わせ技だ。自虐的なコピーなのに少しも嫌味がないし、かえって好感に繋がってしまうのはヒロミ・ゴーの器量だろう。」と選評された。
  • 2001年6月にリリースした『獣は裸になりたがる』のジャケット写真は、特殊メイクで自ら「獣」になっている。この曲のキャンペーンで、フジテレビ系バラエティー番組『笑う犬の冒険』の「はっぱ隊」のコーナーに出演。股間にはっぱ一枚、郷特製ゴールデンリーフを付け、YATTA!の歌を踊った。
渋谷ゲリラ・ライブ事件
  • 1999年8月、「GOLDFINGER '99」のプロモーションとして、所轄の渋谷警察署道路使用許可を受けず、白昼ゲリラライブを敢行。JR渋谷駅前の交差点にトラックを止め、マスコミが逆サイドからカメラを構えると、野次馬が交差点に押し寄せ路線バスなど30分に渡って立ち往生し数本運休するという交通渋滞を引き起こす騒動になる。後に現場関係者6人が道路交通法違反容疑で書類送検され、レコード会社のプロデューサーは懲役3か月、執行猶予2年の判決を受ける事件に発展。当事者の郷も事情聴取を受けたが「何処でやるのかさえ知らされていなかった。」と供述し、罪には問われなかった。この宣伝効果により「GOLDFINGER '99」は有名になりチャートが上昇。最終的に46万枚を売り、代表曲のひとつとなった。
  • この日たまたま子供を連れ代々木公園を散歩していた石橋貴明が、公園内で入念なリハーサルを行う郷に遭遇。あまりの爆音に乳母車の子供がピーヒャラ泣いたエピソードを、後に郷ゲスト時の「うたばん」で披露。翌日の新聞を見て「これか!」と思ったとのこと[5]。またデビュー前のコブクロが、渋谷ハチ公前で路上ライブをするため現地に居合わせ事件の一部始終を目撃。黒田俊介は「背が高く、ワイドショーでもはっきり自分だと確認でき、メジャーデビューより先にワイドショーデビューになった。」と後に語った[13]
ジャケットプレイの由来
  • 結婚後移住していたニューヨークから日本に拠点を変え帰国した1990年代に入り、NY直系ダンスとして、ジャケットの上着をバタバタさせたりパンツをつかんだりするダンスを披露するようになる。
  • 1999年7月発売の GOLDFINGER '99 で、ジャケットを大胆にひるがえす振りが好評を得、続くシングル、2000年2月発売の「Hallelujah,Burning Love」では、ジャケットを使った振り付けをメインにし、それを"ジャケットプレイ"の名付けプロモーションを行ったのがネーミングの由来である[14]
  • ジャクソン5時代からのマイケル・ジャクソンを目標に意識してきたことは本人が明らかにしているが[10]、ジャケットプレイに関しては、鏡を見て自己研究から自然に開発させたものと語っており[15]マイケルの影響があるか否やについては明かされていない。近年ではバラエティー番組などで自らもギャグとして弄り弄られる事が多く、コミカルさが強調されている。

ニューヨーク充電以降[編集]

プライベート[編集]

  • 1978年ロサンゼルス在住の日系アメリカ人ドロシーと破局[17]。1975年、二十歳の時、現地日系人等を対象にロサンゼルス公演を行った際、日系人コミュニティのミス・ロサンゼルスとして郷に花束を手渡した女性に一目ぼれし交際がスタートした。破局原因は、ダンスレッスンのため仕事を1ヶ月休みアメリカに滞在していた郷に会いに来た彼女に(自分はレッスンで来ているので)一切会おうとしなかった事だったと、郷自身が近年告白している[15]
  • 1985年、祇園の芸妓、佳つ乃と浮名を流し、六本木のクラブのNo.1ホステスと『フライデー』される[17]
  • 1985年1月、交際を公にしていた松田聖子が突然単独で、東宝スタジオの食堂にて涙の破局会見を行った。この会見で松田は「生まれ変わったら一緒になろうねと話し合った」と語ったが、後に郷は「会見することも知らなかった。あんなセリフも言っていない」と述べた。
  • 1985年9月、郷が六本木のディスコで合コンしているところに二谷友里恵が来店し郷が一目ぼれ。その場で声をかけ、ゴルフデートの約束を取り交際がスタートする[18]
  • 1987年6月、二谷友里恵と結婚。結婚披露宴の模様は郷を支援するフジテレビが『おめでとう郷ひろみ・二谷友里恵結婚披露宴』と題して大々的に中継し、視聴率47.6%を記録 (披露宴中継、歴代最高視聴率)。結婚後、2年間ニューヨークに移住するなどし、2女を儲けた。
  • 1998年4月、結婚から11年で離婚を発表する。二人の娘の養育費として1億5千万円を支払った。離婚の際に発表した告白本『ダディ』 (幻冬舎) はミリオンセラーとなった。離婚は離婚届を提出した本の発売日まで一切明かされず、離婚会見の代わりとして「すべては本を見てくれればわかる」というものであった[19]。離婚の原因について郷は『ダディ』の冒頭で「僕の数人の女性との浮気」だと打ち明けている。
  • 2000年9月27日、元恋人松田聖子とのデュエット曲 「True Love Story/さよならのKISSを忘れない」を発売。郷側から声をかけ実現した。
  • 2000年9月同上、「交際していたニューヨーク在住の投資家の娘、大根田名美と11月に結婚する。」と発表。ニューヨークのアルマーニショップで店員をしていた所に郷が訪れる形で出会った。ファンに対して「一日の23時間55分が郷ひろみであり、残りの5分間だけが原武裕美に戻る時間。原武裕美は結婚しても郷ひろみは結婚しない。」と説明した。
  • 2001年3月、年内いっぱいで日本での芸能活動を一時休止し、妻の実家のあるニューヨークに移住することを発表。
  • 2001年5月、二谷友里恵が、ダディの続編的告白本『楯』(文藝春秋)を発売し、離婚後の二方の確執が明らかになった。内容について郷は、「子供たちのために反論しない」とノーコメントを通した。
  • 2005年4月21日、公式サイト上で突然二度目の離婚を発表する。「それぞれの道を歩んでいくことが今後の2人にとって最善の方法。ボクはより一層努力し郷ひろみを極めたい。」
  • 2004年2002年から2005年の活動休止中〜日本活動復帰最中ではあるが、非公式で首都圏でのファンクラブ限定出稼ぎコンサートツアーを行っていた。その際には日常的に側近へ指示し『夜の相手』を用意させていたため、相手をした若い女性の中には、嬉しさのあまり『口外しないように』という側近との約束を破り業界内外で話題となってしまった。
  • 2012年3月31日、交際していた元タレントで化粧品会社OL、徳武利奈との入籍を公式ホームページで発表[8]。「彼女は、僕よりも僕の両親を大事にしてくれる人」だと紹介した。郷にとって3度目の結婚である。
  • 2013年1月19日、結婚発表から約10か月を経て、芸能関係者ら約400人を招いた結婚披露宴を帝国ホテルで行った。その前に2012年10月下旬、ハワイにて二人だけで挙式している。
  • 2014年6月、双子の男児が誕生[8]
  • 2016年12月20日、『歌う!SHOW学校』に“講師”としてゲスト出演した際、他の出演者達から常に格好良くいられる秘訣を問われ、「“自分は今が一番格好良いんだ”と言い聞かせること、24時間366日“郷ひろみ”でい続けること」と答えた。

社会貢献活動[編集]

  • 1995年からチャリティー活動を実践し、アジアの子供達のために寄付を続け、フィリピンにおいて4つの学校建設に貢献した。
  • 1995年11月25日、東京・赤坂プリンスホテルにおいて、アジアの恵まれない子供のためのチャリティーディナーライブを開催。収益金4,388,983円を特別救済活動カスパルに寄付し、フィリピンの学校建設費用に当てられた[20]松田聖子とのデュエットソング(2000年9月発売)の売り上げの一部も同所に寄付すると発表された。その後もファンクラブサイトやファンクラブイベントでチャリティーオークションを行った売上の一部などを同所に寄付し続けた結果、1995年11月から2007年4月で約1200万円に達し、フィリピンでの4つの学校建設に貢献した[21]
  • 1999年10月、「GO's CLUB PARTY '99」オークションの売上の一部を「郷ひろみファンクラブ」から日本赤十字社を通じ、トルコ及び台湾の「被害をこうむられた方々が、元気を取り戻し、また、子どもたちが今までどおり、勉強したり遊んだりできるように、一日も早い復興を願い」、震災復興義援金に各50万円ずつの計100万円を寄付した。
  • 2000年11月5日、結婚に伴う、結婚祝いを複数のNPOに寄付した。
  • 2006年11月、ジュエリーブランドRosen Hemdenのプロデュースを始め、利益の一部を寄付する。
  • 2007年5月放送の日本テレビトシガイ』(自分の年齢の数だけ(51歳×1万円)お金を好きなものに使えるという番組企画)を通じて自身が学校建設に貢献したフィリピンを初めて訪問し、子供たちから歓迎を受ける。51万円でフィリピンの子供たちに文房具、Tシャツなどをプレゼントした。「これからもライフワークにしていきたい。」と語った[22]

所属レコード会社[編集]

一貫してソニー系レーベル(デビューから1991年まではCBSソニー、1991年以降はSony Music Records)に所属しており、他のレーベルに所属したことはない。2015年2月現在、Sony Musicに所属している日本人としては一番在籍期間が長い。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

発売日 タイトル
1st 1972年8月1日 男の子女の子
2nd 1972年11月1日 小さな体験
3rd 1972年12月21日 天使の詩
4th 1973年3月1日 愛への出発
5th 1973年6月21日 裸のビーナス
6th 1973年9月21日 魅力のマーチ
7th 1973年12月5日 モナリザの秘密
8th 1974年3月21日 花とみつばち
9th 1974年6月21日 君は特別
10th 1974年9月21日 よろしく哀愁
11th 1974年12月21日 わるい誘惑
12th 1975年4月21日 花のように鳥のように
13th 1975年7月21日 誘われてフラメンコ
14th 1975年10月21日 逢えるかもしれない
15th 1975年12月21日 バイ・バイ・ベイビー
16th 1976年2月1日 恋の弱味
17th 1976年5月1日 20才の微熱
18th 1976年8月1日 あなたがいたから僕がいた
19th 1976年11月1日 寒い夜明け
20th 1977年2月1日 真夜中のヒーロー
21st 1977年5月1日 悲しきメモリー
22nd 1977年7月21日 洪水の前
23rd 1977年9月1日 帰郷/お化けのロック
24th 1977年12月5日 禁猟区
25th 1978年3月21日 バイブレーション (胸から胸へ)
26th 1978年5月21日 ぼくのるすばん
27th 1978年6月21日 林檎殺人事件
28th 1978年9月21日 ハリウッド・スキャンダル
29th 1978年12月21日 地上の恋人
30th 1979年3月21日 ナイヨ・ナイヨ・ナイト
31st 1979年6月21日 いつも心に太陽を
32nd 1979年9月21日 マイレディー
33rd 1980年1月21日 セクシー・ユー (モンロー・ウォーク)
34th 1980年5月1日 タブー (禁じられた愛)
35th 1980年7月21日 How many いい顔
36th 1980年11月1日 若さのカタルシス
37th 1981年2月1日 未完成
38th 1981年5月1日 お嫁サンバ
39th 1981年8月8日 もういちど思春期
40th 1981年11月1日 哀愁ヒーロー Part1/Part2
41st 1982年2月1日 純情
42nd 1982年5月2日 女であれ、男であれ
43rd 1982年7月17日 哀愁のカサブランカ
44th 1982年11月21日 哀しみの黒い瞳
45th 1983年3月5日 美貌の都
46th 1983年4月21日 ロマンス
47th 1983年5月12日 素敵にシンデレラ・コンプレックス
48th 1983年9月1日 ほっといてくれ
49th 1983年12月1日 シャトレ・アモーナ・ホテル
50th 1984年2月25日 2億4千万の瞳 -エキゾチック・ジャパン-
51st 1984年6月21日 ヤクシニー
52nd 1984年11月10日 どこまでアバンチュール/ケアレス・ウィスパー
53rd 1985年3月6日 愛のエンプティーペイジ
54th 1985年5月22日 CHARISMA
55th 1985年8月25日 サファイア・ブルー
56th 1985年10月21日 Cool/LABYRINTH
57th 1987年3月21日 千年の孤独
58th 1988年6月1日 時をかさねたら
59th 1989年6月21日 最終便にまにあえば
60th 1990年5月12日 Wブッキング-LA CHICA DE CUBA-
61st 1990年10月21日 もう誰も愛さない
62nd 1991年4月25日 裸のビーナス/よろしく哀愁
63rd 1991年5月22日 迷イズム
64th 1992年5月2日 ヴィーナスたちのシエスタ
65th 1993年1月21日 僕がどんなに君を好きか、君は知らない
66th 1994年5月1日 言えないよ
67th 1995年4月21日 逢いたくてしかたない
68th 1995年6月14日 泣けばいい
69th 1996年2月1日 どんなに君がはなれていたって/裸の夢
70th 1996年4月12日 く・せ・に・な・る/甘い束縛
71st Don't leave you alone/いつもそばに君がいた
72nd 1997年4月21日 Zeroになれ
73rd 1997年10月1日 ゆっくり恋しよう
74th 1998年4月22日 KISSが哀しい
75th 1999年3月25日 男が恋に出逢うとき
76th 1999年7月23日 GOLDFINGER '99
1999年10月21日 GOLDFINGER '99 (Remix)
77th 2000年2月2日 Hallelujah,Burning Love
78th 2000年6月21日 なかったコトにして
(郷ひろみwith HYPER GO号 名義)
79th 2000年9月27日 True Love Story/さよならのKISSを忘れない
(郷ひろみ/松田聖子 名義)
80th 2001年2月21日 Only for you-この永遠がある限り-
81st 2001年6月20日 獣は裸になりたがる
82nd 2001年8月1日 ワキワキマイフレンド
83rd 2001年11月7日 この世界のどこかに
84th 2005年4月20日 愛より速く
85th 2005年10月19日 君が泣ける場所になる
86th 2006年9月6日 LIFE
87th 2007年5月23日 Boom Boom Boom/Come On Baby
88th 2007年12月5日 Good Times Bad Times
89th 2008年5月14日 君だけを feat.童子-T
90th 2008年10月29日 ありのままでそばにいて
91st 2009年5月27日 男願 Groove!
92nd 2009年9月2日 Get Real Love 〜GOLDFINGER'009
93rd 2010年6月9日 僕らのヒーロー
94th 2010年10月20日 愛してる/愛してはいけないひと
95th 2011年6月1日 笑顔にカンパイ!
96th 2012年4月25日 デンジャラー☆
98th 2013年5月28日 Bang Bang
99th 2014年5月21日 99は終わらない
100th 2015年5月20日 100の願い
101st 2016年6月1日 IRREGULAR
102nd 2017年5月10日 スキだから

オリジナル・アルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1972年11月1日 男の子女の子
2nd 1973年5月1日 愛への出発
3rd 1974年1月1日 ひろみの部屋
4th 1974年6月11日 ひろみの朝・昼・晩
5th 1975年6月21日 ひろみの旅
6th 1975年11月21日 HIROMIC WORLD
7th 1976年4月21日 さらば夏の光よ
8th 1976年12月5日 街かどの神話
9th 1977年10月1日 アイドルNO.1
10th 1977年12月21日 ピラミッド ひろみっど
11th 1978年7月21日 Narci-rhythm
12th 1979年4月1日 アポロンの恋人
13th 1979年8月1日 LOOKIN'FOR TOMORROW
14th 1979年12月21日 SUPER DRIVE
15th 1980年8月21日 MAGIC
16th 1981年1月1日 How manyいい顔
17th 1981年5月1日 PLASTIC GENERATION
18th 1981年12月21日 アスファルト・ヒーロー
19th 1982年9月22日 哀愁のカサブランカ
20th 1982年12月21日 愛の神話
21st 1983年4月1日 比呂魅卿の犯罪
22nd 1983年12月21日 TAILORED SONG
23rd 1984年12月1日 ALLUSION
24th 1985年10月2日 LABYRINTH
25th 1987年4月1日 LOVE OF FINERY
26th 1989年6月1日 DRIVING FORCE
27th 1990年6月1日 アメリカかぶれ
28th 1991年4月25日 準備万端 〜VINGT ANS〜
29th 1992年5月2日 CATALONIAN BLOOD
30th 1993年5月21日 LUNA LLENA
31st 1994年6月11日 GOrgeous
32nd 1995年7月1日 I Miss You 〜逢いたくてしかたない〜
33rd 1996年7月1日 く・せ・に・な・る
34th 1998年6月20日 心のカギ
35th 1999年8月21日 THE GOLDSINGER
36th 2000年7月5日 恋のハレルヤ大作戦 〜Mission Code is "G"〜
37th 2001年11月21日 PERIOD 〜この世界のどこかに〜
38th 2005年9月14日 Evolution
39th 2008年6月11日 place to be
40th 2010年11月20日 one and only...

ミニ・アルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 2006年11月22日 Winter Mood

ベスト・アルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1975年6月1日 郷ひろみデラックス
2nd 1976年6月1日 郷ひろみのすべて
3rd 1977年11月1日 フォーエバー・シリーズGO
3rd 1981年10月18日 金字塔ピラミッド
4th 1983年11月1日 黄金郷
5th 1984年6月10日 黄金郷I 〜2億4千万の瞳〜
6th 1985年11月21日 郷ひろみ全集/'72〜'85 DANDYISM
7th 1986年5月21日 郷ひろみベスト・コレクション
8th 1987年5月31日 MY SELF
9th 1992年2月21日 郷ひろみ全集/'86〜'91 DANDYISM
10th 1994年11月2日 THE GREATEST HITS OF HIROMI GO
11th 1995年11月22日 THE GREATEST HITS OF HIROMI GO VOL.II 〜Ballads〜
12th 1996年11月1日 THE GREATEST HITS OF HIROMI GO VOL.III セレクション
13th 2001年7月4日 MOST LOVED HITS OF HIROMI GO VOL.1 〜Heat〜
14th MOST LOVED HITS OF HIROMI GO VOL.2 〜Cool〜

コンピレーション・アルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1982年6月21日 マイ・コレクション
2nd 1991年5月22日 準備万端〜VINGT ANS〜SONGLESS
3rd 2001年3月28日 With Whom?
4th 2007年8月8日 SAMBA de GO 〜HIROMI GO Latin Song Collection〜

リミックス・アルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1991年11月21日 HIROMIX

ライブ・アルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1974年9月5日 フォーリーブス・郷ひろみ/ジョイント・リサイタル
2nd 1974年12月10日 HIROMI ON STAGE! -よろしく哀愁
3rd 1976年8月21日 GO GOES ON! HIROMI IN U.S.A. PartI
4th 1976年9月21日 GO GOES ON! HIROMI IN U.S.A. PartII
5th 1977年6月1日 ヒーロー
6th 1978年4月1日 フェニックス -HIROMI IN BUDOKAN-
7th 1978年10月1日 IDOL OF IDOLS
8th 1980年5月21日 MY OWN ROAD
9th 1981年9月5日 AT THE STARTING LIVE 〜READY SET GO!〜
10th 1986年3月21日 郷ひろみライブCONCERT TOUR LABYRINTH

サウンドトラック[編集]

発売日 タイトル
1st 1977年2月25日 おとうと オリジナル・サウンドトラック
2nd 1985年3月6日 聖女伝説 オリジナル・サウンドトラック

CD BOX[編集]

発売日 タイトル
1st 1997年8月1日 ALL THE SINGLES 1972-1997
2nd 2005年10月5日 Single Collection of Early Days vol.1
3rd 2005年10月19日 Single Collection of Early Days vol.2
4th 2005年11月2日 Single Collection of Early Days vol.3
5th 2005年11月16日 Single Collection of Early Days vol.4
6th 2005年11月30日 Single Collection of Early Days vol.5

VHS・DVD[編集]

タイアップ曲[編集]

曲名 タイアップ
天使の詩 TBS系『おやじ山脈』主題歌
よろしく哀愁 NETテレビ系『ちょっとしあわせ』挿入歌
帰郷 TBS系『ムー』挿入歌
お化けのロック TBS系『ムー』挿入歌
TBSドラマ『ムー一族』劇中歌
林檎殺人事件 TBSドラマ『ムー一族』劇中歌
How many いい顔 カネボウ化粧品 秋のキャンペーン・ソング
未完成 TBS系『ミセスとぼくとセニョールと!』挿入歌
素敵にシンデレラ・コンプレックス トヨタカローラ(E80型)」CMソング
2億4千万の瞳 -エキゾチック・ジャパン- 国鉄「エキゾチック・ジャパン」キャンペーンソング
BSデジタル放送3000万台突破記念キャンペーンソング
億千米CMソング
最終便にまにあえば テレビ朝日系「郷ひろみの宴ターテイメント」主題歌
もう誰も愛さない 日本テレビ主演ドラマ『刑事貴族』主題歌
ヴィーナスたちのシエスタ フジテレビ系『アルファベット2/3』主題歌
僕がどんなに君を好きか、君は知らない フジテレビ系『正しい結婚』主題歌
言えないよ TBS系『お見合いの達人』主題歌
逢いたくてしかたない 朝日生命 CMソング
泣けばいい TBS系『あした家族になあれ』主題歌
どんなに君がはなれていたって TBS系『ママは大ピンチ!!』主題歌
裸の夢 トリンプ CMソング
く・せ・に・な・る 朝日生命 CMソング
Don't leave you alone
いつもそばに君がいた ISUZUフォワード」CMソング
ゆっくり恋しよう 日本エアシステム「東京キャンペーン」CMソング
KISSが哀しい フジテレビk系『白衣のふたり』主題歌
GOLDFINGER '99 TBS系『ヤマダ一家の辛抱』主題歌
なかったコトにして 日本テレビ系『ダウンタウンDX』エンディングテーマ
サンヨー食品NEWカップスター』のCMソング
True Love Story ワコール『ポイントシェーバー』CMソング
Only for you-この永遠がある限り- 日本テレビ系『FACE〜見知らぬ恋人〜』主題歌
獣は裸になりたがる 高須クリニック CMソング
ワキワキマイフレンド フジテレビ系『はるちゃん5』主題歌
この世界のどこかに TBS系『ひとりじゃないの』主題歌
愛より速く 高須クリニック CMソング
君が泣ける場所になる 雪国まいたけ CMソング
Good Times Bad Times パチンコ『CR GO!GO!郷! 2nd Stage』使用曲
男願 Groove! エクササイズDVD『ヒップホップ・アブス』イメージソング
僕らのヒーロー NHKみんなのうた』2010年6月使用曲
笑顔にカンパイ! NHK「サラリーマンNEO シーズン6」オープニングテーマ
デンジャラー☆ パチンコ『CR Go!Go!郷3』使用曲
100の願い フジテレビ系『プラチナエイジ』主題歌

出演[編集]

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 対戦相手 備考
1973年/第24回 男の子女の子 アグネス・チャン 紅白初出場
1974年/第25回 2 花とみつばち 佐良直美
1975年/第26回 3 花のように鳥のように 南沙織
1976年/第27回 4 あなたがいたから僕がいた 桜田淳子
1977年/第28回 5 悲しきメモリー 桜田淳子(2) 先攻トップバッター
1978年/第29回 6 バイブレーション (胸から胸へ) 榊原郁恵 トップバッター(2)
1979年/第30回 7 マイレディー 石野真子 トップバッター(3)
1980年/第31回 8 How many いい顔 榊原郁恵(2) 先攻トップバッター(4)
1981年/第32回 9 お嫁サンバ 高田みづえ
1982年/第33回 10 哀愁のカサブランカ 松田聖子
1983年/第34回 11 素敵にシンデレラ・コンプレックス 河合奈保子
1984年/第35回 12 2億4千万の瞳-エキゾチック・ジャパン- 松田聖子(2)
1985年/第36回 13 Cool 小柳ルミ子
1990年/第41回 14 Wブッキング EVE 5年ぶり復帰出場
1994年/第45回 15 言えないよ 藤谷美和子大内義昭 4年ぶり復帰出場
1995年/第46回 16 逢いたくてしかたない 伍代夏子
1996年/第47回 17 2億4千万の瞳-エキゾチック・ジャパン-(2) 森高千里
1997年/第48回 18 お嫁サンバ'97 Le Couple
1998年/第49回 19 セクシー・ユー 坂本冬美
1999年/第50回 20 GOLDFINGER '99 松田聖子(3)
2000年/第51回 21 なかったコトにして 小林幸子
2001年/第52回 22 この世界のどこかに 安室奈美恵
2010年/第61回 23 GO!GO!イヤー紅白スペシャルメドレー aiko 9年ぶり復帰出場
2011年/第62回 24 Go Smile Japan!! 少女時代
2012年/第63回 25 デンジャラー☆ aiko(2)
2013年/第64回 26 Bang Bang E-girls
2014年/第65回 27 99は終わらない SKE48NMB48
2015年/第66回 28 2億4千万の瞳-エキゾチック・ジャパン-(3) 大原櫻子 先攻トップバッター(5)
2016年/第67回 29 言えないよ(2) 絢香
2017年/第68回 30 (未定)
  • 対戦相手の歌手名の()内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある()はトリ等を務めた回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。
  • トップバッターを4年連続4回務めており、白組出場歌手としての最多記録を持つ(通算では、浜崎あゆみ2012年に最多記録を更新した)。

音楽番組[編集]

バラエティ[編集]

他多数

ラジオ[編集]

ドラマ[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

アニメ[編集]

イベント[編集]

キャンペーン[編集]

CM[編集]

  • ジャパネットたかた 第14回利益還元祭(同社のCMソング『北の町から南の町まで』の替え歌)
  • クラブヤマノフェイシャルガーデンコスメティクス「ジャーマンクレイ無添加オーガニック」(共演:松井玲奈SKE48))

受賞歴[編集]

書籍[編集]

著書[編集]

  • 『20才の微熱』レオ企画 1976
  • 『たったひとり』(1980年、小学館
  • 『郷ひろみの紐育(ニューヨーク)日記』(1989年、朝日新聞社)※1991年文庫化
  • 『不惑』(1996年、工作舎)
  • 『ダディ』(1998年、幻冬舎)
  • 『若気の至り』(2000年、角川書店
  • 『NEXT 明日の僕がいちばん!』(2009年、講談社

写真集[編集]

  • 写真集『ムー一族』(1978年11月、レオ企画)
  • 「G 郷ひろみ」(2013年5月29日)※ジミー・ミン・シュン(香港)撮影、台湾ロケ

雑誌・漫画[編集]

  • 写真小説「郷ひろみ物語」(1973年1月 - 12月、『週刊マーガレット』連載、集英社
  • 郷ひろみに学ぶ 幸せのレシピ(1997年8月、いでまゆみ、幻冬舎)

ビジネス[編集]

レストラン[編集]

  • イタリアンレストランのプロデュース/SOGNI di SOGNI(ソーニ・ディ・ソーニ)※ 経営・運営は延田グループ

ブランド[編集]

  • ジュエリーブランドのプロデュース/Rosen Hemden(ローゼン・ヘムデン)※ 経営・運営は坂本貴金属
    • 2006年11月 - 、テーマは「大きな母の愛」。利益の一部は、アジアの恵まれない子供たちやシングルマザーのために寄付すると発表。
    • 「より多くのシングルマザーや子供たちが幸福に近づけることを望み、展開していくブランドにしたい」と語り、温かいブランドイメージをプロデュースした。
  • 日本酒のプロデュース/大吟醸 原武 ※製造販売は齋彌酒造店
    • 2009年、ブランドロゴは郷ひろみの父・原武英夫の文字。
  • オリジナルワインのプロデュース/2008 マグニフィカファイブ(ディレクターHIROMI GO)※醸造・販売、クラッシュパッド株式会社
    • 2010年カリフォルニア州のぶどう畑でワインを生産。郷がデザインしたオリジナル・ラベル「5」の郷ひろみ仕様のワイン。

脚注[編集]

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  1. ^ 郷ひろみを生きている、極めている ニッカン芸能(日刊スポーツ)2015/10/18
  2. ^ a b c サワコの朝TBS、2012年4月28日放送分
  3. ^ 東京中日スポーツ55周年企画「郷GO!!インタビュー<1>おふくろに平手で殴られた」2010年5月11日[リンク切れ]
  4. ^ 2010年10月20日 SONGS
  5. ^ a b TBS『うたばん』2005年4月28日放送
  6. ^ a b ハリウッドメジャースタジオ6社の傘下に属していない小規模予算のインディペンデント映画に属す
  7. ^ 『Hiromi Go official website』“ファンの皆さんへメッセージ”2012年3月31日[リンク切れ]
  8. ^ a b c “郷ひろみ、双子男児誕生に「この上ない喜び」”. ORICON STYLE (オリコン). (2014年6月24日). http://www.oricon.co.jp/news/2038974/full/ 2014年6月25日閲覧。 
  9. ^ TBSホット情報 4月15日(水)配信
  10. ^ a b 徹子とマツコの音楽時代(2012年3月29日放送分)
  11. ^ 日テレ「Music Lovers」(2010年6月13日放送)
  12. ^ 雑誌『KAMZINE』(2005年6月号)
  13. ^ 「僕らの音楽」(2008年10月24日放送)
  14. ^ TBS「うたばん」(2000年2月17日放送)
  15. ^ a b フジテレビ「堂本兄弟」ジャケットプレイ(2013年4月21日放送)/恋愛話(2010年11月21日放送)
  16. ^ “郷ひろみ 最高級ぶどう畑購入し、最高級ワイン作る”. アメーバニュース (サイバーエージェント). (2009年12月28日). http://news.livedoor.com/article/detail/4526152/ 2014年6月25日閲覧。 
  17. ^ a b 著書『若気の至り』裏表紙に自ら自身の女性遍歴を年表風にまとめた
  18. ^ 著書『ダディ』より
  19. ^ 幻冬舎社長見城徹インタビュー「情熱の系譜3」(WEB GOETHE・ウェブゲーテ)/TBS「がっちりマンデー」幻冬舎・見城徹の勝利方程式とは?(2005.11.20放送)
  20. ^ 「郷ひろみさんのチャリティーコンサート」『カスパルニュースレター (1996年12月)
  21. ^ 「郷ひろみ様に感謝いたします」『特別救済活動カスパル (2007年4月)
  22. ^ トシガイ』(日本テレビ)「第7回郷ひろみ (2007年5月17日)
  23. ^ 追っかけファンも祝福 郷ひろみに特別賞”. シネマ報知. 報知新聞社. 2012年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月25日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]