杉良太郎

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すぎ りょうたろう
杉 良太郎
杉 良太郎
本名 山田 勝啓(やまだ かつひろ)
生年月日 1944年8月14日(72歳)
出生地 日本の旗兵庫県神戸市垂水区
民族 日本人
血液型 O
ジャンル 俳優歌手
財団法人日本・ベトナム文化友好協会理事長
法務省特別矯正監
外務省日本ベトナム特別大使
ベトナム社会主義共和国ベトナム日本特別大使
ハワイ州ホノルル市名誉市長
シンガポール日本文化協会名誉会長
活動期間 1965年 -
活動内容 1965年:デビュー
1966年日活専属
1970年:フリー
配偶者 伍代夏子
著名な家族 山田純大(子)
事務所 金剛プロダクション( - 1980年
杉友プロダクション(現・杉友)(1981年 - )
主な作品
映画
嵐を呼ぶ男』/『拳銃は俺のパスポート』
『花の特攻隊 あゝ戦友よ』
テレビドラマ
医師 問題無ノ介』/『一心太助』/『大江戸捜査網』/『同心暁蘭之介
遠山の金さん』/『/新五捕物帳』/『大捜査線
右門捕物帖』/『武田信玄
喧嘩屋右近』/『徳川慶喜
備考
身長:178cm 体重:77kg

杉 良太郎(すぎ りょうたろう、1944年8月14日 - )は、日本歌手俳優、元財団法人日本・ベトナム文化友好協会理事長法務省特別矯正監外務省日本ベトナム特別大使ベトナム社会主義共和国ベトナム日本特別大使、厚生労働省肝炎総合対策推進国民運動 特別参与、ハワイ州ホノルル市名誉市長シンガポール日本文化協会名誉会長、麻薬追放協会会長などの肩書を持つ。

本名:山田 勝啓(やまだ かつひろ)。兵庫県神戸市長田区宮川町出身(父親は兵庫県三原郡三原町(現:南あわじ市)出身[1]。母親は鹿児島県徳之島出身[2])。神戸市立長田小学校、神戸市立西代中学校出身。高浜海員学校(現在は移転・改組の上、国立清水海上技術短期大学校)中退。現在の夫人は演歌歌手の伍代夏子。息子の俳優山田純大は、先妻との間の子。また巣立った子も含め今まで100人のベトナムの子の里親となる[3]。特技は合気道段位養神館合気道5段。栄典表彰歴としては緑綬褒章受章、紫綬褒章受章など。

来歴・人物[編集]

100万枚を超えるヒットとなった「すきま風」を持つ歌手であり、数々の時代劇に主演してきた。中高年女性層を中心に「杉様」の愛称とともに日本各地でディナーショーを主催している。

幼少時より歌手を志し各地の喉自慢に出場し続けたが、なかなか評価を受けなかった。1965年日本コロムビアから「野郎笠」で念願の歌手デビューを果たすも、不本意な売り方をされた(曰く、嫌な柄の着物を着せられた[4])上に全く売れず、テレビ番組に出演する際はギャラどころか逆に多額の金品を要求されたことを自著で書いている。特にTBSロッテ歌のアルバム」のプロデューサーは出演者に土産(賄賂)を要求することで有名だったという。

18歳から20歳の下積み時代は、カレー屋の丁稚奉公で食いつなぎ、3年間まかないのカレーライスしか口にできず、朝6時から夜11時まで無休で、休みは元日だけだった[5][6]

1966年より、日活に所属。現代劇の助演で活躍する一方で、1967年NHKの『文五捕物絵図』に主役として出演して以来、時代劇をメインに出演していく。『遠山の金さん』『右門捕物帖』(テレビ朝日)、『新五捕物帳』(日本テレビ)、 『一心太助』『同心暁蘭之介』(フジテレビ)、『大江戸捜査網』『喧嘩屋右近』(テレビ東京)などシリアスからコミカルなキャラクターを演じた。舞台などでも活躍。明治座新歌舞伎座などで、連続して出演した。歌手を目指したきっかけは、長い時間拘束される俳優などと違い、一曲歌えばそれで良く、儲かると考えたからだという。しかし『EXILE魂』に出演時、それが甘い考えであり、ヒット曲が出るまで10年もかかる結果となってしまったと述懐している。

自身の体力面(長年の酷使によって椎間板ヘルニアを悪化させており「自分が望む座長芝居が出来なくなった」との理由)から2005年7月の新歌舞伎座での公演を最後に、自らの座長公演を勇退した後は、若い役者が座長を務める公演に脇役で出演しどんどんアドバイスを出していきたいとの考えを表明。2008年10月には大阪新歌舞伎座で山本譲二、山川豊を主役に迎えた初のプロデュース公演『闇の身代り地蔵』を上演した。また、2009年6月の大阪新歌舞伎座さよなら公演では、息子の山田純大を主役に迎え、初の親子共演を果たす。新歌舞伎座で松平信康切腹を演じた時には千秋楽に本当に腹を切りたくなり、豚の臓物と血もたっぷり入れた袋を腹に巻いて、その上からさらしを巻き、白装束を着て舞台に立ち、本物の短刀を突き刺した[7]。杉は「血が噴き出て、客席がシーンとなり、短刀を右へ斬ったら、腹から豚の腸が一気に噴出し、自分が倒れたところで緞帳が下りたから会場はパニックになった」と述べている[7]

過去には伊東四朗岡田英次青木義朗福本清三赤塚真人うえだ峻本阿弥周子ら多くの俳優が1980年代から1990年代の杉の主演作に常連の如く出演をしている。『同心暁蘭之介』25話では福本清三のために杉が役を用意し、福本も初めての大きな役だったと自伝『おちおち死んでられまへん-斬られ役ハリウッドへ行く』で述べている。また、親友であった江利チエミもゲスト女優として『同心暁蘭之介』に出演している。

1991年頃から、主に風景画を中心に油彩画を描いている。現代美術展で賞を受賞している、百貨店などで絵画展をたびたび開催する。24時間没頭した事もあったという。2007年5月1日、長女に第1子となる男児が誕生したことによりおじいちゃんとなる。しかし本人は会見で「孫には『お兄さん』と呼ばせる」と宣言した。2009年6月1日には芸能活動45周年を記念し、初の作詞作曲集を発売。

2011年6月22日、芸能活動全般についてエイベックス・マネジメントと業務協力契約を締結する[8]

2013年2月に杉の個人事務所が所有する東京・西麻布のビル2階に「杉良太郎演劇塾」を設立[9]。同年10月には『よろず占い処 陰陽屋へようこそ』で33年ぶりとなる民放連続ドラマの出演となった[10]

慈善活動[編集]

15歳でボランティア活動を始める。

日本の刑務所への慰問活動も積極的に展開し、“矯正活動への多大な貢献”により、法務省から、史上初となる「名誉矯正監」を拝命。その間の刑務所視察の功績が認められ、2008年には「特別矯正監」を法務大臣より任命される。長年にわたり、刑務官・受刑者に対し多くの意見交換・講演などを行っている。

日本ベトナム社会主義共和国との親善にも20年間たずさわっている。ハノイ市等に教育施設(日本語学校等)の設置、無償援助に積極的関わりベトナム政府から特別友好大使を委託されている。1997年(平成8年)12月には、ベトナム社会主義共和国国家主席チャン・ドゥック・ルオンより、友誼勲章(外国人に贈る最高位の勲章)を受賞した。また、ベトナム人里子は81人に及ぶ。

1995年(平成7年)1月年2日、同年同月17日に発生した阪神・淡路大震災の救援と慰問としてヘリコプター2機をチャーターし被災者避難所へ寿司1,000人分0飲料水、医薬品、衣料療等2tを空輸した。

2008年平成20年4月29日、受刑者更生支援等奉仕者として芸能人として初の緑綬褒章を受章。

5月24日、26日、日越外交関係樹立35周年記念行事の一つとして行われた、日本およびベトナムの有名歌手による「日越友好ハノイ-ホーチミン音楽祭(第1回日越友好音楽祭)」を、日越特別大使兼越日特別友好大使として主導した[11]

2009年平成21年2月皇太子徳仁親王ベトナム社会主義共和国公式訪問では、現地での案内説明にたずさわる。同年、芸能活動の功績が認められ紫綬褒章を受章。

平成22年度、内閣府「災害被害を軽減する国民運動サポーター」に就任[12]

2011年平成23年3月11日に発災した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)を受けて、被災地への支援活動を開始。大量の救援物資を載せた車両12台を手配し[13]、自ら炊き出しを行った[14]。1995年の阪神・淡路大震災で実家が被災し、以降被災地への支援活動を継続的に行なっており、2004年の新潟県中越地震でも精力的な活動を行なっている[15]。また地震で被災し全体の2/3が不通となっている三陸鉄道の復旧支援ヘッドマークのオーナー(名義としては個人事務所の杉友となる)となり、2011年9月28日よりマークをつけた列車の運行が開始されている[16]

10月8日、10月9日、ベトナム・ハノイ市で開催された「第2回日越友好音楽祭」を主導した。

2012年(平成24年)4月26日、福島第一原子力発電所事故で修復作業員の拠点となっている、福島県双葉郡のサッカー練習施設「Jヴィレッジ」を、演歌歌手伍代夏子と共に訪れ、激励コンサートを開いた[17]

2012年5月1日、日本財団により、伍代夏子とともに「被災地で活動した芸能人ベストサポート」に選出され、表彰されている[18]。車両15台でカレー、サラダなど2万食の食事と入れ歯洗浄剤などの物資を届け、宮城県内の避難所を細かく廻り、また、岩手県の三陸鉄道や青森県津軽鉄道支援、福島県も何度も訪れるなど、様々な支援を続けた[19]活動が評価された。

2012年11月19日、オーストリア・アルベルト・シュバイツァー協会より人道援助活動の功績が認められ「アルベルト・シュバイツァー章」受章[20]

2013年平成25年)2月25日、ASEAN特別大使に任命され[21]2014年平成26年)2月10日にアジア各国との文化交流に貢献したとして内閣総理大臣感謝状を安倍晋三から手交された[22]

2013年11月に発生したフィリピンの台風ハイエンでは、チャリティコンサートを企画し、認定NPO法人アイキャンを通じて、現地に学校を建設した。

エピソード[編集]

  • 杉良太郎が「水戸黄門」で初代佐々木助三郎を演じた理由は、『助さん』という音の響きがよかったからという。『徹子の部屋』に出演した際、若い頃、黒柳徹子を好きだった事を、本人の前で告白した。
  • 第64回NHK紅白歌合戦で、ゲスト審査員を担当し、出場した妻の伍代夏子の歌「金木犀」を審査する事となった。

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

  • 続・東京流れ者 海は真っ赤な恋の色(1966年、日活)
  • 嵐を呼ぶ男(1966年、日活)
  • 花と果実(1967年、日活)
  • 紅の流れ星(1967年、日活)
  • 拳銃は俺のパスポート(1967年、日活) - 島津二代目
  • 愛は惜しみなく(1967年、日活)
  • 恋人と呼んでみたい(1968年、日活)
  • 青春の風(1968年、日活) - 岩上岩太
  • 娘の季節(1968年、日活)
  • 嵐の果し状(1968年、日活) - 川菜屋・佐吉
  • だれの椅子?(1968年、日活) - 高畠次郎
  • ある少女の告白 純潔(1968年、日活)
  • 花ひらく娘たち(1969年、日活) - 矢口忠吉
  • 夜の牝 花と蝶(1969年、日活) - 立石克也
  • 恋のつむじ風(1969年、日活)
  • 斬り込み(1970年、日活) - アキラ
  • 花の特攻隊 あゝ戦友よ(1970年、日活)
  • 朝霧(1971年、日活)

ドキュメンタリー[編集]

  • 一生懸命〜杉良太郎という生き様〜(2015年5月31日、BSフジ)

バラエティ[編集]

CM[編集]

  • オクト(1988年)
ブラジルエスタジオ・ド・マラカナンにてサッカー少年とパスの交換をする、という変わったシチュエーションのCM
  • 塩野義製薬さわやかコレクト(1998年)※CMを見たさにMUSIC FAIRにチャンネルを合わせる年配の女性が続出したと言う
  • UHA味覚糖ユーハのど飴 プロポリスラボ(2009年)

ディスコグラフィ[編集]

所属レコード会社は日本コロムビアCBSソニー(1970年代後半- )→テイチク(1990年代- )と変遷している。ちなみにデビュー前、テイチクのオーディションには落ちたそうである(「いつみても波瀾万丈」出演時にコメント)。

  • 野郎笠/東海道は西へトントン(1965年 コロムビア SAS-584 デビュー盤)
  • 男で来い/ドドンパ渡り鳥(1966年 コロムビア)
  • 流れ者小唄/男の裏街(1966年 コロムビア SAS-757)
  • 灼熟のブルース/泣き別れ(1966年 コロムビア)
  • 砂の城/野ばら咲く丘(1968年 コロムビア SAS-1101)
  • こんな奴/花のさだめ(1968年 コロムビア)
  • 男ひとすじ/花のさだめ(1969年 コロムビア)
  • 夜明けはいらない/風の吹くまま(1969年 コロムビア)
  • 霧の川中島(1969年8月 コロムビア SAS-2002) - B面は都はるみの「善光寺参り」
  • 江戸の夜明け(1971年5月 コロムビア SAS-1525 『大江戸捜査網』エンディング)
  • 三度笠(1973年5月 コロムビア P-221)
  • 燃える男(1974年 コロムビア 『右門捕物帖』NET版エンディング)
  • なやみ(1975年4月21日 CBSソニー SOLB-255)
  • つめたい指(1975年 CBSソニー SOLB-361)
  • すきま風(1976年10月1日 CBSソニー 06SH-69 『遠山の金さん』主題歌) - オリコン最高25位、100位圏内に147週チャートイン
  • 明日の詩(1977年10月1日 CBSソニー 06SH-211 『新五捕物帳』エンディング) - B面は『新五捕物帳』オープニング「江戸の黒豹」
  • おまえとおれ(1978年6月21日 CBSソニー 06SH-353)
  • 男の人生(1979年5月21日 CBSソニー 06SH-527) - オリコン最高64位
  • 君は人のために死ねるか(1980年1月21日 CBSソニー 06SH-694 『大捜査線』主題歌) - オリコン最高88位。
  • 雪の宿(1980年11月21日 CBSソニー 07SH-903)
  • 恋は夢のなか(1980年 CBSソニー 07SH-908 『御存知!!清水次郎長』主題歌) - 「杉良太郎 & ジュディ・オング」名義
  • めぐり逢いふたたび(1981年3月21日 CBSソニー 07SH-954)
  • 飛翔(1981年9月21日 CBSソニー 07SH-1049 『同心暁蘭之介』主題歌)
  • きずな(1982年3月21日 CBSソニー 07SH-1129)
  • 雨の物語(1982年 CBSソニー 07SH-1207)
  • 流離(さすらい)(1982年 CBSソニー 07SH-1237 『右門捕物帖』主題歌)
  • 離別(1984年 CBSソニー 07SH-1482)
  • SA-KU-RA(CBSソニー 07SH-1632)
  • 道標(CBSソニー 07SH-1729)
  • ぬくもり(1986年9月21日 CBSソニー 07SH-1817)
  • 飲もうぜ(1988年11月21日 CBSソニー 07SH-3140/10EH-3140)
  • 北からの手紙(1990年6月21日 テイチク TEDA-10007/TESA-7)
  • 夢の中まで(1991年6月21日 テイチク TEDA-10069/TESA-69)
  • ぼけたらあかん長生きしなはれ(1991年11月21日 テイチク TEDA-10082/TESA-82) - 天牛将富の詩に曲をつけたもの。
  • 風が吹くまま(1992年7月1日 テイチク TEDA-10234/TESA-234 『喧嘩屋右近』主題歌)
  • 瞼の母(1993年3月21日 テイチク TEDA-10262/TESA-262)
  • 北の女(1993年12月16日 テイチク TEDA-10299/TESA-299)
  • まんまる音頭(1994年2月23日 テイチク TEDA-10305/TESA-305)
  • 旅路(1994年11月23日 テイチク TEDA-10323/TESA-323)
  • 人生釜ヶ崎(1994年11月23日 テイチク TEDA-10324/TESA-324)
  • 涙の河(1995年12月16日 テイチク TEDA-10351/TESA-351)
  • いくつになっても男と女(1996年3月21日 テイチク TEDA-10356/TESA-356)
  • 心くばり(1997年2月21日 テイチク TEDA-10379/TESA-379)
  • 男よ(1998年4月22日 テイチク TEDA-10417/TESA-417)
  • 昭和残照(1999年3月25日 テイチク TEDA-10436/TESA-436)
  • 吉野に風が(1999年11月3日 テイチク TEDA-10457/TESA-457)
  • 風暦(2000年10月25日 テイチク TEDA-10485/TESA-485) - アルバム『男の十二章〜吉野に風が〜』からのシングルカット
  • いいってことよ(2001年6月21日 テイチク TEDA-10503/TESA-503)
  • おもいでの神戸(2002年6月21日 テイチク TEDA-10536/TESA-536)
  • おもいでの神戸'03(2003年7月2日 テイチク TECE-20406/TETE-20406) - ミニアルバム
  • 花の下にて(2004年7月22日 テイチク TECA-11638/TESA-638)
  • 終着駅まで(2005年6月22日 テイチク TECA-12009/TESA-12009)
  • 杉良太郎の君こそわが命(2006年9月27日 テイチク TECA-12067/TESA-12067) - 水原弘の同曲のカヴァーだが、歌詞を一部書き換えて発売された。
  • 矢立の杉(2008年5月21日 テイチク TECA-12140/TESA-12140)
  • 夫婦詩(2010年6月23日 テイチク TECA-12238/TESA-12238)
  • バラ色のダンス(2011年11月23日 テイチク TECA-12312/TESA-12312)
  • 神様への手紙(2013年8月21日 テイチク TECA-12411/TESA-12411)
  • 俺は問題無ノ介(2015年1月21日 テイチク TECA-12575/TESA-12575 『医師 問題無ノ介』主題歌)

著書[編集]

パチンコ[編集]

2005年、「CR杉さまのこれにて大当り」(藤商事)でパチンコ機のモデルとなる。

芸能活動以外での肩書[編集]

  • 日ベトナム特別大使[25] 兼 ベトナム日本特別友好大使
  • 法務省 特別矯正監
  • ハワイ州ホノルル市 名誉市長
  • シンガポール日本文化協会名誉会長
  • 肝炎対策国民運動特別参与[26]2012年7月18日厚生労働省

脚注[編集]

  1. ^ 杉良太郎さん“吟味”「南あわじ良太郎西瓜」5個を認定 兵庫
  2. ^ 有限会社ライトハウス - ライトハウス便り>徳之島の紹介!
  3. ^ 中日新聞・東京新聞『この道』第30回(2010年8月9日付夕刊)にて写真掲載あり。
  4. ^ 時代劇専門チャンネル『瓦版』第311回
  5. ^ 2011年3月11日放送の「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングに初出演した際のトークなど
  6. ^ 「こころの玉手箱 杉良太郎①朝昼晩と食べたカレー」日本経済新聞2015年5月25日夕刊
  7. ^ a b 春日太一「杉良太郎 舞台切腹シーンで豚の臓物と血を使い劇場が大混乱」、『週刊ポスト』2014年5月2日号、小学館2014年4月26日2014年5月27日閲覧。
  8. ^ 「杉良太郎」所属個人事務所と業務協力契約を締結 (PDF)”. エイベックス・マネジメント株式会社 (2011年6月22日). 2014年7月10日閲覧。
  9. ^ 杉良太郎の「密室演技指導」 22歳清純派女優が決意の告白」、『週刊ポスト』2014年5月23日号、小学館、2014年5月13日2014年5月27日閲覧。
  10. ^ 杉良太郎、33年ぶり民放連ドラ出演「人生経験生かせる役」 スポーツ報知
  11. ^ 日越友好ハノイ-ホーチミン音楽祭の開催(在ホーチミン日本国総領事館サイト)、杉良太郎・日・ベトナム特別大使のベトナム訪問について(外務省プレスリリース)
  12. ^ 災害被害を軽減する国民運動サポーター 杉良太郎”. 内閣府 防災情報のページ. 2014年5月24日閲覧。
  13. ^ “【東日本大震災】杉良太郎、車両12台で救援キャラバン! +(1/2ページ)”. msn産経. (2011年4月3日). オリジナル2014年4月4日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110404122150/http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110401/ent11040107300001-n1.htm 2014年5月24日閲覧。 
  14. ^ “杉良太郎・伍代夏子さん夫妻、石巻で炊き出し”. YOMIURI ONLINE. (2011年4月3日). オリジナル2012年12月4日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121204164440/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110403-OYT1T00216.htm 2014年5月24日閲覧。 
  15. ^ http://www.bousai.go.jp/kouhou/h22/09/active.html
  16. ^ “三陸鉄道でヘッドマーク運行開始 復興支援の8社決定”. 47NEWS. (2011年9月28日). オリジナル2011年9月30日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110930131431/http://www.47news.jp/CN/201109/CN2011092801000720.html 2014年5月24日閲覧。 
  17. ^ “杉サマ&伍代、原発作業員に感謝…涙の激励コンサート「お会いしたかった」”. デイリースポーツ. (2012年4月27日). オリジナル2012年4月27日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120427123412/http://daily.co.jp/gossip/article/2012/04/27/0005006404.shtml 2014年5月24日閲覧。 
  18. ^ 日本財団会長 笹川陽平ブログ>被災地で活動した芸能人ベストサポート
  19. ^ 日本財団>被災地で活動した芸能人ベストサポート>表彰者一覧
  20. ^ “第九回「アルベルト・シュバイツァー章」を受章 ”. http://www.r-sugi.com/archives/1060 
  21. ^ 杉良太郎氏に対する日・ASEAN特別大使としての委嘱状交付”. 外務省 (2013年2月25日). 2014年2月11日閲覧。
  22. ^ “首相、杉良太郎さんに感謝状 ASEANとの交流評価”. 朝日新聞DIGITAL. (2014年2月10日). オリジナル2014年2月11日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/MhU5C 2014年5月24日閲覧。 
  23. ^ “杉良太郎、14年ぶりに主演!時代劇ドラマで人情深い町医者に”. シネマトゥデイ. (2014年12月5日). http://www.cinematoday.jp/page/N0068773 2014年12月4日閲覧。 
  24. ^ “杉良太郎、『水戸黄門』助さん役以来、44年ぶりTBS連ドラ出演”. オリコン. (2015年9月6日). http://www.oricon.co.jp/news/2058745/full/ 2015年9月6日閲覧。 
  25. ^ 杉良太郎氏に対する「日ベトナム特別大使」の委嘱 - 外務省
  26. ^ 厚生労働省 フォトレポート「俳優の杉良太郎さんへ肝炎対策国民運動特別参与の辞令を交付した小宮山厚生労働大臣」(2012年7月18日)2012年11月25日閲覧)
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外部リンク[編集]