杉良太郎

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すぎ りょうたろう
杉 良太郎
杉 良太郎
文化功労者顕彰に際して
公表された肖像写真
本名 山田 勝啓(やまだ かつひろ)
生年月日 (1944-08-14) 1944年8月14日(74歳)
出生地 日本の旗兵庫県神戸市
民族 日本人
身長 178cm
血液型 O
ジャンル 俳優歌手
財団法人日本・ベトナム文化友好協会理事長
法務省特別矯正監
外務省日本ベトナム特別大使
ベトナム社会主義共和国ベトナム日本特別大使
ハワイ州ホノルル市名誉市長
シンガポール日本文化協会名誉会長
活動期間 1965年 -
活動内容 1965年:デビュー
1967年:『文五捕物絵図
1970年:『大江戸捜査網
1974年:『右門捕物帖
1975年:『遠山の金さん
1977年:『新五捕物帳
1980年:『大捜査線
2009年紫綬褒章
2016年文化功労者
配偶者 伍代夏子
著名な家族 山田純大(子)
事務所 金剛プロダクション( - 1980年
杉友プロダクション(現・杉友)(1981年 - )
主な作品
テレビドラマ
文五捕物絵図』/『医師 問題無ノ介
一心太助』/『大江戸捜査網
同心暁蘭之介』/『遠山の金さん
新五捕物帳』/『大捜査線
右門捕物帖』/『武田信玄
喧嘩屋右近』/『徳川慶喜
下町ロケット

映画
嵐を呼ぶ男
『拳銃は俺のパスポート』
『花の特攻隊 あゝ戦友よ』
備考
紫綬褒章2009年
文化功労者2016年

杉 良太郎(すぎ りょうたろう、1944年昭和19年)8月14日 - )は、日本俳優歌手、元財団法人日本・ベトナム文化友好協会理事長

法務省特別矯正監外務省日本ベトナム特別大使ベトナム社会主義共和国ベトナム日本特別大使、厚生労働省肝炎総合対策推進国民運動特別参与、ハワイ州ホノルル市名誉市長シンガポール日本文化協会名誉会長、麻薬追放協会会長などの肩書を持つ。

本名は、山田 勝啓(やまだ かつひろ)。兵庫県神戸市長田区宮川町出身(父親は兵庫県三原郡三原町(現:南あわじ市)出身[1]。母親は鹿児島県徳之島出身[2])。神戸市立長田小学校、神戸市立西代中学校出身。高浜海員学校(現在は移転・改組の上、国立清水海上技術短期大学校)中退。

現在の夫人は、演歌歌手の伍代夏子。息子の俳優山田純大は、先妻との間の子。また巣立った子も含め今までに100人以上のベトナムの子の里親となる[3]

特技は合気道段位養神館合気道5段。栄典表彰歴としては緑綬褒章受章、紫綬褒章受章、平成28年度文化功労者[4]など。

来歴・人物[編集]

100万枚を超えるヒットとなった「すきま風」を持つ歌手であり、数々の時代劇に主演してきた。中高年女性層を中心に「杉様」の愛称とともに日本各地でディナーショーを主催している。

幼少時より歌手を志し各地の喉自慢に出場し続けたが、なかなか評価を受けなかった。1965年日本コロムビアから「野郎笠」で念願の歌手デビューを果たすも、不本意な売り方をされた(曰く、嫌な柄の着物を着せられた[5])上に全く売れず、テレビ番組に出演する際はギャラどころか逆に多額の金品を要求されたことを自著で書いている。特にTBSロッテ歌のアルバム」のプロデューサーは出演者に土産(賄賂)を要求することで有名だったという。

18歳から20歳の下積み時代は、カレー屋の丁稚奉公で食いつなぎ、3年間まかないのカレーライスしか口にできず、朝6時から夜11時まで無休で、休みは元日だけだった[6][7]

1966年より、日活に所属。現代劇の助演で活躍する一方で、1967年NHKの『文五捕物絵図』に主役として出演して以来、時代劇をメインに出演していく。『遠山の金さん』『右門捕物帖』(テレビ朝日)、『新五捕物帳』(日本テレビ)、『一心太助』『同心暁蘭之介』(フジテレビ)、『大江戸捜査網』『喧嘩屋右近』(テレビ東京)などシリアスからコミカルなキャラクターを演じた。舞台などでも活躍。明治座新歌舞伎座などで、連続して出演した。歌手を目指したきっかけは、長い時間拘束される俳優などと違い、一曲歌えばそれで良く、儲かると考えたからだという。しかし『EXILE魂』に出演時、それが甘い考えであり、ヒット曲が出るまで10年もかかる結果となってしまったと述懐している。

自身の体力面(長年の酷使によって椎間板ヘルニアを悪化させており「自分が望む座長芝居が出来なくなった」との理由)から2005年7月の新歌舞伎座での公演を最後に、自らの座長公演を勇退した後は、若い役者が座長を務める公演に脇役で出演しどんどんアドバイスを出していきたいとの考えを表明。2008年10月には大阪新歌舞伎座で山本譲二山川豊主役に迎えた初のプロデュース公演『闇の身代り地蔵』を上演した。また、2009年6月の大阪新歌舞伎座さよなら公演では、息子の山田純大を主役に迎え、初の親子共演を果たす。新歌舞伎座で松平信康切腹を演じた時には千秋楽に本当に腹を切りたくなり、豚の臓物と血もたっぷり入れた袋を腹に巻いて、その上からさらしを巻き、白装束を着て舞台に立ち、本物の短刀を突き刺した[8]。杉は「血が噴き出て、客席がシーンとなり、短刀を右へ斬ったら、腹から豚の腸が一気に噴出し、自分が倒れたところで緞帳が下りたから会場はパニックになった」と述べている[8]

過去には伊東四朗岡田英次青木義朗福本清三赤塚真人うえだ峻本阿弥周子ら多くの俳優が1980年代から1990年代の杉の主演作に常連の如く出演をしている。『同心暁蘭之介』25話では福本清三のために杉が役を用意し、福本も初めての大きな役だったと自伝『おちおち死んでられまへん-斬られ役ハリウッドへ行く』で述べている。また、親友であった江利チエミもゲスト女優として『同心暁蘭之介』に出演している。

1991年頃から、主に風景画を中心に油彩画を描いている。現代美術展で賞を受賞している、百貨店などで絵画展をたびたび開催する。24時間没頭した事もあったという。2007年5月1日、長女に第1子となる男児が誕生したことによりおじいちゃんとなる。しかし本人は会見で「孫には『お兄さん』と呼ばせる」と宣言した。2009年6月1日には芸能活動45周年を記念し、初の作詞作曲集を発売。

2011年6月22日、芸能活動全般についてエイベックス・マネジメントと業務協力契約を締結する[9]

2013年2月に杉の個人事務所が所有する東京・西麻布のビル2階に「杉良太郎演劇塾」を設立[10]。同年10月には『よろず占い処 陰陽屋へようこそ』で33年ぶりとなる民放連続ドラマの出演となった[11]

慈善活動[編集]

15歳でボランティア活動を始める。

日本の刑務所への受刑者慰問活動も積極的に展開し、“矯正活動への多大な貢献”により、法務省から、史上初となる「名誉矯正監」を拝命。その間の刑務所視察の功績が認められ、2008年(平成20年)には「特別矯正監」を法務大臣より任命される。長年にわたり、刑務官・受刑者に対し、多くの意見交換・講演などを行っている。

日本ベトナム社会主義共和国との親善にも20年間たずさわっている。ハノイ市等に教育施設(日本語学校等)の設置、無償援助に積極的に関わりベトナム政府から特別友好大使を委託されている。1997年(平成8年)12月には、ベトナム社会主義共和国国家主席チャン・ドゥック・ルオンより、友誼勲章(外国人に贈る最高位の勲章)を受章した。また、ベトナム人里子は100人以上に及ぶ。

1995年(平成7年)1月17日に発生した阪神・淡路大震災の救援と、慰問としてヘリコプター2機をチャーターし、被災者避難所へ寿司や飲料水、医薬品、衣料等2トンを空輸した。

2008年平成20年)4月29日、受刑者更生支援等奉仕者として、芸能人として初の緑綬褒章を受章。

5月24日、26日、日越外交関係樹立35周年記念行事の一つとして行われた、日本およびベトナムの有名歌手による「日越友好ハノイ-ホーチミン音楽祭(第1回日越友好音楽祭)」を、日越特別大使兼越日特別友好大使として主導した[12]

2009年平成21年)2月皇太子徳仁親王ベトナム社会主義共和国公式訪問では、現地での案内説明にたずさわる。同年、芸能活動の功績が認められ紫綬褒章を受章。

平成22年度、内閣府「災害被害を軽減する国民運動サポーター」に就任[13]

2011年平成23年)3月11日に発災した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)を受けて、被災地への支援活動を開始。大量の救援物資を載せた車両12台を手配し[14]、自ら炊き出しを行った[15]。1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災で、実家が被災し、以降被災地への支援活動を継続的に行なっており、2004年(平成16年)の新潟県中越地震でも精力的な活動を行なっている[16]。また地震で被災し全体の2/3が不通となっている三陸鉄道の復旧支援ヘッドマークのオーナー(名義としては個人事務所の杉友となる)となり、2011年9月28日よりマークをつけた列車の運行が開始されている[17]

10月8日、10月9日、ベトナム・ハノイ市で開催された「第2回日越友好音楽祭」を主導した。

2012年(平成24年)4月26日、福島第一原子力発電所事故福島第一原子力発電所現場作業員の拠点となっている、福島県双葉郡のサッカー練習施設「Jヴィレッジ」を、演歌歌手伍代夏子と共に訪れ、激励コンサートを開いた[18]

2012年5月1日、日本財団により、伍代夏子とともに「被災地で活動した芸能人ベストサポート」に選出され、表彰されている[19]。車両15台でカレー、サラダなど2万食の食事と入れ歯洗浄剤などの物資を届け、宮城県内の避難所を細かく廻り、また、岩手県の三陸鉄道や青森県の津軽鉄道支援、福島県も何度も訪れるなど、様々な支援を続けた[20]活動が評価された。

2012年11月19日、オーストリア・アルベルト・シュバイツァー協会より人道援助活動の功績が認められ「アルベルト・シュバイツァー章」受章[21]

2013年平成25年)2月25日、ASEAN特別大使に任命され[22]2014年平成26年)2月10日にアジア各国との文化交流に貢献したとして内閣総理大臣感謝状を安倍晋三から手交された[23]

2013年11月にフィリピンを襲った、台風ヨランダでは、チャリティコンサートを企画し、認定NPO法人アイキャンを通じて、現地に学校を建設した。

エピソード[編集]

  • 杉良太郎が「水戸黄門」で初代佐々木助三郎を演じた理由は、『助さん』という音の響きがよかったからという。『徹子の部屋』に出演した際、若い頃、黒柳徹子を好きだった事を、本人の前で告白した。
  • 第64回NHK紅白歌合戦で、ゲスト審査員を担当し、出場した妻の伍代夏子の歌「金木犀」を、舞台目の前で審査する事となった。
  • 1966年に放送された実写版『忍者ハットリくん』でケムマキを演じたのは杉だと言われていたが[24][25][26]実際にケムマキを演じたのは関西を中心として活躍していた人気子役の傍田勉であり間違いである。

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

配信ドラマ[編集]

映画[編集]

  • 続・東京流れ者 海は真っ赤な恋の色(1966年、日活)
  • 嵐を呼ぶ男(1966年、日活)
  • 花と果実(1967年、日活)
  • 紅の流れ星(1967年、日活)
  • 拳銃は俺のパスポート(1967年、日活) - 島津二代目
  • 愛は惜しみなく(1967年、日活)
  • 恋人と呼んでみたい(1968年、日活)
  • 青春の風(1968年、日活) - 岩上岩太
  • 娘の季節(1968年、日活)
  • 嵐の果し状(1968年、日活) - 川菜屋・佐吉
  • だれの椅子?(1968年、日活) - 高畠次郎
  • ある少女の告白 純潔(1968年、日活)
  • 花ひらく娘たち(1969年、日活) - 矢口忠吉
  • 夜の牝 花と蝶(1969年、日活) - 立石克也
  • 恋のつむじ風(1969年、日活)
  • 斬り込み(1970年、日活) - アキラ
  • 花の特攻隊 あゝ戦友よ(1970年、日活)
  • 朝霧(1971年、日活)

ドキュメンタリー[編集]

  • 一生懸命〜杉良太郎という生き様〜(2015年5月31日、BSフジ)

バラエティ[編集]

CM[編集]

  • オクト(1988年)
ブラジルエスタジオ・ド・マラカナンにてサッカー少年とパスの交換をする、という変わったシチュエーションのCM

音楽[編集]

シングル[編集]

# 発売日 A面
B面
タイトル 作詞 作曲 編曲
1960年代
1 1965年
-
A
野郎笠 関沢新一 市川昭介
B
東海道は西へトントン
2 1966年
-
A
男で来い 関沢新一 市川昭介
B
ドドンパ渡り鳥
3 A
燃えよ剣[29] 関沢新一 市川昭介
B
だるま人生
4 A
流れ者小唄 関沢新一 市川昭介
B
男の裏街 市川昭介 河村利夫
5 A
灼熱のブルース 雀部祐史 市川昭介 河村利夫
B
泣き別れ 石本美由起 市川昭介
6 1968年
-
A
砂の城 関沢新一 市川昭介
B
野ばら咲く丘 吉岡治
7 1969年
-
A
男ひとすじ 川内康範 市川昭介
B
花のさだめ
8 A
夜明けはいらない 吉岡治 市川昭介 郷徹也
B
風の吹くまま
9 A
霧の川中島 野村俊夫 古賀政男 佐伯亮
B
善光寺参り
(歌:都はるみ
-
1970年代
10 1970年
-
A
花の特攻隊 川内康範 猪俣公章 佐伯亮
B
あゝ戦友よ
11 1971年
-
A
江戸の夜明け[30] 川内康範 曽根幸明
B
きざな奴
12 A
たとえば“愛” 吉岡治 小谷充
B
歌ってあげよう悲しい君に 阿守俊彦
13 A
一心太助[31] 吉岡治 市川昭介 佐々永治
B
砂の城 関沢新一 市川昭介
14 1973年
-
A
三度笠[32] 藤田まさと 遠藤実 只野通泰
B
異三郎のバラード 神坂薫 今井茉至 栗田俊夫
15 1974年
-
A
さむらい追分 遠藤実 斉藤恒夫
B
燃える男[33] 山下リラ 遠藤実
16 1975年
-
A
なやみ 久仁京介 遠藤実 斉藤恒夫
B
忘れよう 稲葉爽秋
17 A
つめたい指 黒木望 遠藤実 斉藤恒夫
B
かえっておいで 遠藤実 只野通泰
18 1976年
10月1日
A
すきま風[34] いではく 遠藤実 京建輔
B
幸せホテル 遠藤実
19 1977年
10月
A
明日の詩[35] いではく 遠藤実 斉藤恒夫
B
江戸の黒豹[36]
20 1978年
6月
A
おまえとおれ 杉良太郎 遠藤実 斉藤恒夫
B
引き潮 いではく 朴成奎
21 1979年
5月
A
男の人生 藤田まさと 遠藤実 斉藤恒夫
B
良太郎節 いではく
1980年代
22 1980年
1月
A
君は人のために死ねるか[37] 杉良太郎 遠藤実 斉藤恒夫
B
いま愛のために いではく
23 1980年
11月
A
雪の宿 いではく 遠藤実 京建輔
B
愛と泪 斉藤恒夫
24 1980年
12月
A
恋は夢のなか[38] なかにし礼 浜圭介 前田憲男
B
清水よいとこ
25 1981年
3月
A
めぐり逢いふたたび なかにし礼 浜圭介 竜崎孝路
B
素晴らしき人生
26 1981年
9月
A
飛翔[39] 保富康午 浜圭介 竜崎孝路
B
俺に倖せ似合わない なかにし礼
27 1982年
3月
A
きずな いではく 遠藤実 斉藤恒夫
B
春という名の女 もず唱平
28 1982年
9月
A
雨の物語 なかにし礼 浜圭介 馬飼野俊一
B
バカなあいつ
29 1982年
11月
A
流離[40] もず唱平 弦哲也 斉藤恒夫
B
人生くれないに
30 1984年
4月
A
離別 吉屋潤 竜崎孝路
B
愛の時代 彩木潤子 沖田宗丸 京建輔
31 1985年
4月
A
SA-KU-RA 彩木潤子 後藤次利
B
再会 結城燎 後藤次利 飛沢宏元
32 1985年
12月
A
道標 結城燎 猪俣公章 石田勝範
B
男ざかり 橘由記
33 1986年
9月
A
ぬくもり[41] 橘由紀 堀内孝雄 石田勝範
B
ロンサム・リーダー 結城燎
34 1988年
11月
A
飲もうぜ 津村泰彦 丸山雅仁
B
少年よ、今日に熱くなれ 藤原蔵人
1990年代
35 1990年
6月21日
A
北からの手紙 なかにし礼 弦哲也 前田俊明
B
水草のように 荒木とよひさ 三木たかし 丸山雅仁
36 1991年
6月21日
A
夢の中まで いではく 遠藤実 丸山雅仁
B
俺のいい女
37 1991年
11月21日
A
ぼけたらあかん
長生きしなはれ
天牛将富 遠藤実 丸山雅仁
B
近江八幡堀 松井由利夫
38 1992年
7月1日
A
風が吹くまま[42] いではく 遠藤実 丸山雅仁
B
花一輪 松井由利夫
39 1993年
3月21日
A
瞼の母 坂口ふみ緒 沢しげと 丸山雅仁
B
花と龍 もず唱平 船村徹
40 1993年
12月16日
A
北の女 池田充男 伊藤雪彦 丸山雅仁
B
雪便り 織由之 浜圭介 高田弘
41 1994年
2月23日
A
まんまる音頭 杉良太郎 丸山雅仁
B
ぼけたらあかん
長生きしなはれ
天牛将富 遠藤実
42 1994年
11月23日
A
旅路 もず唱平 彩木雅夫 桜庭伸幸
B
冬牡丹 坂口照幸 弦哲也
43 A
人生釜ヶ崎 岸賢介 杉良太郎 丸山雅仁
B
霧の波止場 杉良太郎
44 1995年
12月16日
A
涙の河 岡田冨美子 鄭公山 丸山雅仁
B
天使たちよ 松本昭二 杉良太郎
45 1996年
3月21日
A
いくつになっても男と女[43] 金子裕則 桜庭伸幸
B
元・恋人同志
46 1997年
2月21日
A
心くばり 阿久悠 彩木雅夫 桜庭伸幸
B
真夜中の純情
47 1998年
4月22日
A
男よ 杉良太郎 若草恵
B
人生なかば 夢なかば 坂口照幸 弦哲也
48 1999年
3月25日
A
昭和残照 坂口照幸 弦哲也 桜庭伸幸
B
おれの道 杉良太郎 安藤実親 丸山雅仁
49 1999年
11月3日
A
吉野に風が 小椋佳 桜庭伸幸
B
善し悪しの彼岸
2000年代
50 2000年
10月25日
A
風暦 坂口照幸 弦哲也 前田俊明
B
港のちぎれ雲 山口洋子 竜崎孝路
51 2001年
6月21日
A
いいってことよ いではく 遠藤実 前田俊明
B
ほゝえみ
52 2002年
6月21日
A
おもいでの神戸 坂口照幸 弦哲也 前田俊明
B
酒場物語
53 2004年
7月22日
A
花の下にて 小椋佳 桜庭伸幸
B
54 2005年
6月22日
A
終着駅まで たかたかし 藤竜之介 桜庭伸幸
B
たそがれの街角 田尾将実
55 2006年
9月27日
A
杉良太郎の君こそわが命[44] 川内康範 猪俣公章 桜庭伸幸
B
恋石火 曽根幸明
56 2008年
5月21日
A
矢立の杉 大地良[45] 竜崎孝路
B
大好きふるさと
2010年代
57 2010年
6月23日
A
夫婦詩 大地良 南郷達也
B
お前の背中 竜崎孝路
58 2011年
11月23日
A
バラ色のダンス 杉良太郎 弦哲也 若草恵
B
忘れられない日々
59 2013年
8月21日
A
神様への手紙 杉良太郎 弦哲也 若草恵
B
男よ
〜ニューバージョン〜
杉良太郎
60 2015年
1月21日
A
俺は問題無ノ介 杉良太郎 弦哲也 竜崎孝路
B
夫婦抄 坂口照幸 前田俊明
61 2016年
8月24日
A
ひとり旅 杉良太郎 弦哲也 川村栄二
B
気づいていた二人 田村武也

著書[編集]

パチンコ[編集]

芸能活動以外での肩書[編集]

  • 日ベトナム特別大使[46] 兼 ベトナム日本特別友好大使
  • 法務省 特別矯正監
  • ハワイ州ホノルル市 名誉市長
  • シンガポール日本文化協会名誉会長
  • 肝炎対策国民運動特別参与[47]2012年7月18日厚生労働省

脚注[編集]

  1. ^ 杉良太郎さん“吟味”「南あわじ良太郎西瓜」5個を認定 兵庫
  2. ^ 有限会社ライトハウス - ライトハウス便り>徳之島の紹介!
  3. ^ 中日新聞・東京新聞『この道』第30回(2010年8月9日付夕刊)にて写真掲載あり。
  4. ^ “「勉強は死ぬまで」=文化功労者の杉良太郎さん”. 時事ドットコム. 時事通信社. (2016年10月28日). http://www.jiji.com/jc/article?k=2016102800409&g=soc 2016年10月28日閲覧。 
  5. ^ 時代劇専門チャンネル『瓦版』第311回
  6. ^ 2011年3月11日放送の「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングに初出演した際のトークなど
  7. ^ 「こころの玉手箱 杉良太郎①朝昼晩と食べたカレー」日本経済新聞2015年5月25日夕刊
  8. ^ a b 春日太一「杉良太郎 舞台切腹シーンで豚の臓物と血を使い劇場が大混乱」、『週刊ポスト』2014年5月2日号、小学館2014年4月26日2014年5月27日閲覧。
  9. ^ 「杉良太郎」所属個人事務所と業務協力契約を締結 (PDF)”. エイベックス・マネジメント株式会社 (2011年6月22日). 2014年7月10日閲覧。
  10. ^ 杉良太郎の「密室演技指導」 22歳清純派女優が決意の告白」、『週刊ポスト』2014年5月23日号、小学館、2014年5月13日2014年5月27日閲覧。
  11. ^ 杉良太郎、33年ぶり民放連ドラ出演「人生経験生かせる役」 スポーツ報知
  12. ^ 日越友好ハノイ-ホーチミン音楽祭の開催(在ホーチミン日本国総領事館サイト)、杉良太郎・日・ベトナム特別大使のベトナム訪問について(外務省プレスリリース)
  13. ^ 災害被害を軽減する国民運動サポーター 杉良太郎”. 内閣府 防災情報のページ. 2014年5月24日閲覧。
  14. ^ “【東日本大震災】杉良太郎、車両12台で救援キャラバン! +(1/2ページ)”. msn産経. (2011年4月3日). オリジナル2014年4月4日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110404122150/http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110401/ent11040107300001-n1.htm 2014年5月24日閲覧。 
  15. ^ “杉良太郎・伍代夏子さん夫妻、石巻で炊き出し”. YOMIURI ONLINE. (2011年4月3日). オリジナル2012年12月4日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121204164440/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110403-OYT1T00216.htm 2014年5月24日閲覧。 
  16. ^ http://www.bousai.go.jp/kouhou/h22/09/active.html
  17. ^ “三陸鉄道でヘッドマーク運行開始 復興支援の8社決定”. 47NEWS. (2011年9月28日). オリジナル2011年9月30日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110930131431/http://www.47news.jp/CN/201109/CN2011092801000720.html 2014年5月24日閲覧。 
  18. ^ “杉サマ&伍代、原発作業員に感謝…涙の激励コンサート「お会いしたかった」”. デイリースポーツ. (2012年4月27日). オリジナル2012年4月27日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120427123412/http://daily.co.jp/gossip/article/2012/04/27/0005006404.shtml 2014年5月24日閲覧。 
  19. ^ 日本財団会長 笹川陽平ブログ>被災地で活動した芸能人ベストサポート
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  21. ^ “第九回「アルベルト・シュバイツァー章」を受章 ”. http://www.r-sugi.com/archives/1060 
  22. ^ 杉良太郎氏に対する日・ASEAN特別大使としての委嘱状交付”. 外務省 (2013年2月25日). 2014年2月11日閲覧。
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  24. ^ 1983年発売の写真誌『スクランブルPHOTO』の記事
  25. ^ 本橋信宏『裏本時代』飛鳥新社、1996年、p.234
  26. ^ 講談社編『メーキング・オブ・東映ヒーロー ラディカルヒーローの世界2』講談社X文庫、1987年、p.92。東映の許諾を得ている同書でもケムマキは杉良太郎とされている。
  27. ^ “杉良太郎、『水戸黄門』助さん役以来、44年ぶりTBS連ドラ出演”. オリコン. (2015年9月6日). http://www.oricon.co.jp/news/2058745/full/ 2015年9月6日閲覧。 
  28. ^ “杉良太郎、14年ぶりに主演!時代劇ドラマで人情深い町医者に”. シネマトゥデイ. (2014年12月5日). http://www.cinematoday.jp/page/N0068773 2014年12月4日閲覧。 
  29. ^ テレビ東京系テレビドラマ「燃えよ剣」主題歌。
  30. ^ テレビ東京系テレビドラマ「大江戸捜査網」主題歌。
  31. ^ フジテレビ系テレビドラマ「一心太助」主題歌。
  32. ^ テレビ東京系テレビドラマ「旅人異三郎」主題歌。
  33. ^ テレビ朝日系テレビドラマ「右門捕物帖」主題歌。
  34. ^ テレビ朝日系テレビドラマ「遠山の金さん」主題歌。
  35. ^ 日本テレビ系テレビドラマ「新五捕物帳」ED主題歌。
  36. ^ 日本テレビ系テレビドラマ「新五捕物帳」OP主題歌。
  37. ^ フジテレビ系テレビドラマ「大捜査線」主題歌。
  38. ^ ジュディ・オングとのデュエット。
  39. ^ フジテレビ系テレビドラマ「同心暁蘭之介」主題歌。
  40. ^ 日本テレビ系テレビドラマ「右門捕物帖」主題歌。
  41. ^ TBS系テレビドラマ「氷紋」主題歌。
  42. ^ テレビ東京系テレビドラマ「喧嘩屋右近」主題歌。
  43. ^ 村田友里とのデュエット。
  44. ^ 水原弘の「君こそわが命」のカバーだが、歌詞が一部変更されている。
  45. ^ 杉良太郎のペンネーム。
  46. ^ 杉良太郎氏に対する「日ベトナム特別大使」の委嘱 - 外務省
  47. ^ 厚生労働省 フォトレポート「俳優の杉良太郎さんへ肝炎対策国民運動特別参与の辞令を交付した小宮山厚生労働大臣」(2012年7月18日)2012年11月25日閲覧)
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