第44回NHK紅白歌合戦

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第44回NHK紅白歌合戦
NHK-Hall.jpg
会場のNHKホール
ジャンル 大型音楽番組
放送時間 金曜日19:30 - 23:45
放送期間 1993年12月31日(NHK紅白歌合戦第44回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 NHK
出演者 石田ひかり(紅組司会)
堺正章(白組司会)
森田美由紀アナウンサー(総合司会)他
音声 ステレオ放送
外部リンク NHK紅白歌合戦公式サイト
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第44回NHK紅白歌合戦
ジャンル 大型音楽番組
放送方式 生放送
放送期間 1993年12月31日
放送時間 金曜日19:30 - 23:45
放送局 NHKラジオ第1
公式サイト 公式サイト
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第44回NHK紅白歌合戦』(だいよんじゅうよんかいエヌエイチケイこうはくうたがっせん)は、1993年平成5年)12月31日NHKホールで行われた、通算44回目の『NHK紅白歌合戦』。19時30分 - 20時55分および21時から23時45分にNHK生放送された。

概要[編集]

  • 両軍司会は2年連続で石田ひかり堺正章(3年連続)が担当。一方、総合司会については、ここ2年間の担当者であった山川静夫から後輩の森田美由紀に交代となった。なお、今回の石田のケースを最後に『連続テレビ小説』ヒロイン経験者の紅組司会起用は第61回2010年)の松下奈緒(『ゲゲゲの女房』)までなかった。
  • 当初この年放送を開始した『NHK歌謡コンサート』の初代司会者となった東ちづる(この年の『思い出のメロディー』の司会も務めた)・堺が両軍司会の最有力候補とされていた。その後、番組側は秋口になりこの年下期の連続テレビ小説『かりん』でヒロインの母親役を務めた十朱幸代に紅組司会の打診を行い、内定まで漕ぎ付けた。だが、十朱が1994年1月2日から有楽町芸術座での芝居を控えており、年末にその稽古があるということで断念(番組側は十朱の起用に固執しており、通常は11月初旬から中旬にまで行う司会発表を同月最終週まで引き延ばし、十朱のスケジュール調整を待った)。
  • 最終的には司会発表の前日というタイミングで、同時期に放送されていたフジテレビ系ドラマ『あすなろ白書』に主演し人気をさらに上昇させていた石田が続投することが決定した。石田は司会発表会見で「昨日、聞いたものですから。あまりにも急なお話で驚いています」と述べた。プロデューサーの島田源領は「昨年は『(連続テレビ小説)ひらり』で高年齢層の支持を得て、今は『あすなろ白書』で10代、20代をがっちり掴んだ。大女優として帰ってきてくれた」とフジテレビのドラマを逆手に取ってNHK育ちの彼女を起用した理由を説明[1][2]。その他、森口博子も紅組司会の候補に挙がっていたとする報道もある[3]
  • 白組司会については、実際選出の堺以外に古舘伊知郎(元テレビ朝日アナウンサー。この年総合テレビにて古舘司会の『クイズ日本人の質問』が開始)が候補に挙がっていた。最終的に古舘起用案は番組側が見送る格好となった(「民放のアナウンサー出身ということでNHK内に一部慎重な声があったため起用が見送られた」と週刊誌で報じられた)。なお、翌年の第45回で古舘は初白組司会を務めた。
  • 「百歳の双子」として話題となったきんさんぎんさん(当時101歳)が安達祐実と共にステージ上で炬燵に入りながらの開会宣言をして始まった。
  • CDデビュー前のTOKIOが応援ゲストとして出演(光GENJIのバックダンサーもした)。
  • 後に安室奈美恵第46回1995年)初出場)、MAX第48回1997年)初出場)として、それぞれ紅白に歌手として出場することになるSUPER MONKEY'Sが、森口博子のバックダンサーとして出演。
  • X JAPAN前回のオリジナルソングとして同リーダーYOSHIKIが作詞・作曲した「Tears〜大地を濡らして〜」の大部分のキーと歌詞を変更した「Tears」をこの年発売し、本紅白にてこれを白組トップバッターで披露した。堺は曲紹介時に「去年皆で歌ったあの歌です」と述べた。
  • この年話題になった出来事を振り返る「1993ステージショー」というコーナーが設けられ、オープニングでは安達や平田実音などの当時の子役が、当時西田敏行が出演していたKDD(現:KDDI)のCMソング「ぜったいイチバン」の替え歌を歌った(なお西田本人は本紅白には出演していない)。またこのコーナーにて、森口博子がセーラームーン、西田ひかるがセーラーマーズ、坂本冬美がセーラーマーキュリーに扮してテレビ朝日系アニメ『美少女戦士セーラームーン』の主題歌「ムーンライト伝説」を歌った。
  • セサミストリート』のキャラクター・ビッグバードが応援ゲストとして登場。
  • 小椋佳が作詞・作曲したオリジナルソング「山に抱かれて」(翌年小椋が自身のソロ曲として発売)を出場歌手と小椋(ゲスト)で大合唱する演出があった。なお、小椋は翌年の第45回で白組歌手として初出場を果たしている。
  • 中山美穂はこの年上期の連続テレビ小説『ええにょぼ』の主題歌「幸せになるために」を歌唱、アコーディオニストの小林靖宏をゲストに迎え披露された。
  • 藤井フミヤは石田・筒井道隆(審査員)主演の『あすなろ白書』の主題歌「TRUE LOVE」を歌唱。堺は曲紹介時、「チェッカーズが前回のステージで解散したこと」「藤井がソロ歌手として今回出場したこと」(後述)に触れた後、石田に「この曲だけ白組を応援しないといけませんね」と述べ、石田が「この曲だけですね。本当に」と返す一幕があった。間奏中には石田・筒井が映された。歌唱終了後、石田から藤井に花束が贈られた。
  • 谷村新司はこの年の大河ドラマ琉球の風』の主題歌「階-きざはし-」を歌唱。堺は曲紹介時、このタイアップに触れている。
  • 都はるみの「おんなの海峡」、森進一の「さらば友よ」は、この年6月に急逝した猪俣公章を偲んで歌われたものである。
  • 紅組トリはこの年デビュー20周年を迎えた石川さゆりが務め、「津軽海峡・冬景色」を歌唱。
  • 白組トリおよび大トリは2年連続で北島三郎(30回出場達成)が担当し、「まつり」を歌唱。今回の北島を最後に2年連続以上での大トリ担当は第61回2010年) - 第64回2013年)のSMAPまで途絶えることとなった。
  • 優勝は白組。堺は五木ひろし、北島、そして白組司会の先輩である武田鉄矢海援隊)と抱擁した。
  • エンディングの「蛍の光」の指揮は、藤山一郎の死去に伴い、今回から第56回2005年)まで宮川泰が担当することになった。
  • 堺は翌年の第45回では古舘(先述)に白組司会を譲ることとなった。そして、今回を最後に紅白の司会を担当していない[4]。一方、堺は3年後の1996年から2011年までTBS系列『日本レコード大賞』(2005年まで紅白の裏番組)の司会を務めた。石田についても司会は今回までとなった(翌年の紅組司会は上沼恵美子に交代)。
  • 森田は紅白の司会担当は今回1度限りだが[5]、翌年の12月31日は第45回の中断ニュースを担当した(なお、翌年の総合司会は先輩且つ今回ラジオ実況を担当した宮川泰夫に交代)。
  • 裏番組として生放送された日本テレビ系列『スーパー電波バザール 年越しジャンボ同窓会』の企画で松本明子がNHKホール前から中継し本紅白への出演交渉をしたが出演することはできなかった。しかし視聴者からの反響は大きく、NHKの電話センターには出演させてほしい旨の電話が多く寄せられた。その結果、松本は翌年の第45回にコーラス隊として出演し「蛍の光」を歌った[6]
  • 翌年の第45回 - 第49回1998年)まで開始時間が20:00に繰り下がることとなり、第40回1989年)から続いていた19時台から放送する紅白は一旦終了となった(第50回1999年)以降は19時台開始に戻っている)。

司会者[編集]

演奏[編集]

審査員[編集]

大会委員長[編集]

  • 中村和夫・NHK放送総局長

出場歌手[編集]

紅組 白組
曲順 歌手 曲順 歌手
第1部
1 久宝留理子(初) 「男」 2 X JAPAN(3) Tears
3 西田ひかる(3) 涙止まらない 4 SMAP(3) $10
5 香西かおり(3) 無言坂 6 山川豊(3) 流氷子守歌
ショーコーナー・白組Mr.マイクロ・ジャクソン 
7 天童よしみ(初) 酒きずな 8 高山厳(初) 心凍らせて
9 GAO(2) LOVE 10 J-WALK(初) 何も言えなくて…夏
ショーコーナー・1993ステージショー
11 八代亜紀(20) もう一度逢いたい 12 鳥羽一郎(7) 男の港
13 由紀さおり安田祥子(2) 月の沙漠 14 南こうせつ(2)
15 いしだあゆみ(10) ブルー・ライト・ヨコハマ 16 渡哲也(2) くちなしの花
小椋佳・出場歌手一同「山に抱かれて」
第2部
17 DREAMS COME TRUE(4) go for it! 18 美川憲一(10) うたかたの夢
19 オルケスタ・デ・ラ・ルス(初) サルサに国境はない
ショーコーナー・マジックショー
20 前川清(3) 別れ曲(うた)でも唄って
21 長山洋子(初) 蜩 -ひぐらし- 22 光GENJI(6) 勇気100%
23 森高千里(2) 私の夏 24 福山雅治(初) MELODY
ショーコーナー・ふるさとのまつり
25 森口博子(3) ホイッスル 26 細川たかし(19) 恋の酒
27 中山美穂(6) 幸せになるために 28 少年隊(8) 服部良一メドレー・紅白バージョン[7]
ショーコーナー・紅白判定機
29 研ナオコ(11) かもめはかもめ 30 海援隊(3) 贈る言葉
31 大月みやこ(7) 女の港 32 吉幾三(8) 酒よ
ショーコーナー・紅組ブラックパフォーマンス スティームヒート
ショーコーナー・ルディー・コビーのショー
33 伍代夏子(4) 恋ざんげ 34 TUBE(初) 夏を待ちきれなくて
35 ケー・ウンスク(6) アモーレ 〜はげしく愛して〜 36 堀内孝雄(6) 影法師
37 中村美律子(2) 島田のブンブン 38 THE BOOM(初) 島唄
39 工藤静香(6) 慟哭 40 藤井フミヤ(初) TRUE LOVE
41 小林幸子(15) 約束 42 小林旭(4) あれから
43 藤あや子(2) むらさき雨情 44 さだまさし(6) 主人公
45 坂本冬美(6) 恋は火の舞剣の舞 46 五木ひろし(23) べにはな
47 和田アキ子(17) 星空の孤独 48 谷村新司(7) 階-きざはし-
49 都はるみ(25) おんなの海峡 50 森進一(26) さらば友よ
51 石川さゆり(16) 津軽海峡・冬景色 52 北島三郎(30) まつり

「1993ステージショー」の曲目・歌手は次の通り。

選考を巡って[編集]

天童よしみが初出場。なお、同時期にMBSで放送されていた『新・たかじんが来るぞ』(天童と親交が深かったやしきたかじん冠番組)では、「天童よしみの目指せ紅白出場」との企画が行われていた。天童は翌年から3年間出場から遠ざかったが、第48回1997年)で復帰を果たし、以後毎年出場している。

1984年アイドル歌手としてデビューした長山洋子はこの年1月、演歌歌手に転向し、再デビュー曲蜩 -ひぐらし-のロングヒットで初出場。

前回のステージで解散したチェッカーズボーカルである藤井フミヤはこの年ソロ活動を本格的に開始し、ソロ歌手として初出場を果たした。

福山雅治が初出場。この翌年以降も福山は多数の大ヒット曲を出していたものの、以後は自身主演の大河ドラマ『龍馬伝』の放送を翌年に控える第60回2009年)まで出場しなかった[8]。なお、福山がNHKホールで歌唱したのは今回のみである(第60回以降は全て中継出演)。

渡哲也第25回1974年)以来19年ぶり2回目、いしだあゆみ第28回1977年)以来16年ぶり10回目、海援隊第31回1980年)以来13年ぶり3回目、研ナオコ第36回1986年)以来7年ぶり11回目と、それぞれ久々に紅白出場を果たした。

この年下期の連続テレビ小説『かりん』の主題歌「カナディアン アコーデオン」を担当した井上陽水は「あの場は余りにもハデ。恥ずかしいから」という理由で辞退[9]。陽水の辞退理由はVOWネタにもなった。

その他NHKがオファーした松任谷由実サザンオールスターズ(この年デビュー15周年)・CHAGE and ASKA米米CLUB(前回初出場。翌年返り咲き出場を果たす)にも辞退された[9]

この年「ロード」がダブルミリオンを記録したTHE 虎舞竜は落選。同ボーカルの高橋ジョージ創価学会員・公明党支持を表明しており、そのイメージを嫌ったNHKに敬遠される形でオファーを受けなかったという。本人曰く「ダブルミリオンなのにオファーがなかった」[10]

その他[編集]

北島三郎は出場30回を達成。三波春夫の持つ白組歌手の最多出場記録に並んだ。

6年連続出場(通算20回)の八代亜紀は翌年落選し、今回で返り咲き以来の連続出場が途絶えた。八代は第50回 - 第52回2001年)で復帰している。

4年連続出場(通算6回)のさだまさし、2年連続出場(初出場以来)の南こうせつは今回で連続出場が途絶えたが、両者共に第46回1995年)で再出場を果たした。

初出場以来6年連続出場をした光GENJIも翌年不出場、その後1995年に解散したため、これが最後の出場となった。

ゲスト出演者[編集]

演奏ゲスト[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 合田道人『紅白歌合戦の真実』
  2. ^ 合田『紅白歌合戦の舞台裏』、183頁。
  3. ^ この年12月発売の『週刊女性』(12月14日発売)の記事より
  4. ^ ただし、白組司会再登板の可能性が幾度か取り沙汰されたほか、出場歌手や応援ゲストとしての出演はある。
  5. ^ ただし、第52回2001年)で紅組司会の候補に挙がったとされる。
  6. ^ [1],90'S チョベリー,2016年10月10日
  7. ^ 東京ブギウギ」「胸の振子」「三味線ブギ」のメドレー
  8. ^ この間、幾度となく出場を辞退した。返り咲き出場をしてからは連続出場している。
  9. ^ a b 読売新聞』1993年12月6日付東京夕刊、9頁。
  10. ^ TBS系列『サンデージャポン』での本人談

参考文献・出典[編集]

  • NHK『テレビ50年 あの日あの時、そして未来へ』(NHKサービスセンター 2003年2月)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]