北島三郎

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北島三郎
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北島三郎(第58回宝塚記念パドック。2017年6月25日)
基本情報
出生名 大野 穣(おおの みのる)
別名 サブちゃん、親父、原譲二(作詞・作曲時のペンネーム
生誕 (1936-10-04) 1936年10月4日(81歳)
出身地 日本の旗 日本 北海道上磯郡知内村(現・知内町
学歴 東京声専音楽学校卒業
ジャンル 演歌
職業 演歌歌手シンガーソングライター俳優馬主
担当楽器 ギター
活動期間 1962年 -
レーベル 日本クラウン
事務所 新栄プロダクション
1962年 - 1972年
北島音楽事務所
1972年 - )
共同作業者 山本譲二松原のぶえ小金沢昇司ほか
公式サイト 公式ウェブサイト

北島 三郎(きたじま さぶろう、1936年昭和11年)10月4日 - )は、日本演歌歌手俳優作詞家作曲家馬主

函館の女』に始まる「女」シリーズ、『兄弟仁義』などの「任侠」シリーズなど、数多くのヒット曲がある。

一般にはサブちゃんという愛称で呼ばれているが、原 譲二(はら じょうじ)のペンネームでも知られ、自身の楽曲の作詞・作曲ばかりでなく自身の舞台のシナリオ・演出や、北島ファミリーはじめ、他の演歌歌手への楽曲提供など、マルチな活動を精力的に行っている。

作曲家・船村徹門下出身で、門下生で作る「船村徹同門会」(会長・鳥羽一郎)では名誉相談役を務める[1]

来歴[編集]

デビューまで[編集]

北海道上磯郡知内村(現:知内町)出身。北海道函館西高等学校に進学した。高校時代、海で溺れた小学生を救助したという逸話がある(この人命救助の件は当時の函館新聞にも掲載され、その記事が函館市の北島三郎記念館に飾られている)。高校在学中に函館で開催された『NHKのど自慢』に出場する。この時、鐘は2つだったが、司会の宮田輝から「良い声して学生さんですか?お上手でしたのにねえ…」と優しく声をかけられたことで、「歌やれば歌手の道あるかな?」と思うようになり、結局それが歌手への目覚めの第一歩になったという[2][3]

1954年、17歳で高校を中退後、東京の親族を頼って上京し、当初は東京声専音楽学校1989年、昭和音楽芸術学院に改称。2007年閉校)に入学。しかし歌謡曲志向であったため、渋谷を拠点に流しの仕事をしながらデビューを目指す。この頃に北島が当時都内で下宿していたアパートの大家の娘であった雅子(後の北島音楽事務所社長→副会長)と結婚。1959年11月30日、挙式。北島がレコードデビューする約3年前の挙式だった。式に出席したのは両家あわせて21人だけだった。北島は定収がなく、夫人の両親から結婚を反対されたと後に語っている。

1960年、流しの収入は3曲100円だったが、ある日羽振りのいい客が1000円を出してくれた。礼を言い1曲歌うと翌日に新橋の喫茶店に呼び出された。その相手は北島の評判を聞きつけた日本コロムビアの芸能部長で、この時、喫茶店で引き合わされたのが作曲家、船村徹だった。この時のことを振り返り北島は「こういうちょっとした出会いなんだけど、わずかな出会いが人生で物凄い出会いになってくる」と語っている[2]。これを契機に船村門下となり、レッスンの日々となる。

1961年、ある日のレッスン前、船村から「今日から他の歌はいいからこの歌を歌え、この歌を勉強しろ。」と譜面を渡される。これが後に最初のヒット曲となった『なみだ船』だった。この年には既にレコーディングも行われ、その場で船村から紹介されたのが新栄プロダクションの社長、西川幸男だった[4]。また、この年にはギター漫才『ゲルピンちん太ぽん太』の“ぽん太”として漫才コンビでのステージも経験している。これは歌の師匠である船村がなかなかデビューのチャンスを得られない北島にステージ度胸をつけさせるため、自ら台本を書き、もう1人の弟子とコンビを組ませ、知り合いの興行師に頼みこんで仕込んだ事で、東北地方の1か月興行の前座芸人として機会を与えられた。が、3日ほどで「使い物にならない」と帰され、ギャラは一切もらえなかったという[5]ロカビリー全盛のこの頃、正統派の演歌・歌謡曲の新人はなかなか需要が無く、船村自身「あんなに(売り込みに)苦労した弟子は他にはいなかった。」と述べている[6]

デビュー[編集]

1962年、新栄プロの先輩歌手、村田英雄の「王将」のヒット記念パーティーで歌手としての初舞台を踏む[7]。この年の3月には"呼びやすさ・親しみやすさ先行"で「北海道(北の島)生まれの三郎」という由来のもとに北島三郎と命名、デビューが決定する。ただ、当時の芸能界で、「既婚の新人歌手」はありえなかったため、プロフィール上は独身とした。

同年6月5日日本コロムビアから「ブンガチャ節」(作詞・星野哲郎、作曲・船村徹)でデビューしたがこの第一弾は不発に終わった。北島はレコーディングを済ませていた『なみだ船』を予想していたが、その予想は完全に覆された。「ブンガチャ節」は渋谷などの繁華街流しが歌っていた春歌(猥歌)の歌詞を変えて売り出したもので、発売から1週間で放送禁止となった[8](歌詞の中の"キュッキュキュ〜"との合いの手が「ベッドが軋む音」を連想させ卑猥だからという俗説もある)。北島自身は「テレビに3回出たら、放送禁止になっちゃった。」と語っている[2]。しかし1963年千葉真一主演映画やくざの歌』に出演した際に、ギターの弾き語りで「ブンガチャ節」を披露している。8月20日に急遽発売となったセカンド・シングル「なみだ船」がヒット(公称でミリオンセラー[9])し、出世作となる。

1963年の秋、日本クラウンの設立と同時に同社へ移籍。クラウンレコード第一回新譜に、美空ひばり[10]らと共に名を連ねる。また、この年紅白歌合戦に初出場。この年、長男が誕生。これを週刊誌にスクープされたことと、事務所社長・西川の勧めもあり、妻子の存在を公表する[11]

人気確立[編集]

1965年、この年の4月に「兄弟仁義」と「帰ろかな」、そして11月に「函館の女」と、この年リリースしたうちの3曲が大ヒットし、演歌歌手としての人気を確立。『兄弟仁義』は東映で映画化され自らも出演。これも大ヒットし、シリーズ化され、主演映画スターとしても活躍するようになる。

1972年10月9日、デビューから10年間所属した新栄プロダクションから独立し、北島音楽事務所を設立。

1978年、「与作」(NHK『あなたのメロディー』で公募)は千昌夫ミノルフォンレコード)との競作[12]となったが、親しみやすい歌詞とゆったりした曲調でヒットし、ファン層を拡大することに成功。

1980年代以降、『腹が丈夫』であったことをシャレにして自ら名づけたペンネーム・原譲二[13]を用いて自ら作詞や作曲、演出を手がけることが多くなってゆく。

1985年8月、飛行機に特設ステージを設け、機内コンサートを開催。なお、飛行機内での本格的コンサートは世界初。

1986年12月、広域暴力団稲川会の新年会に出席していたことが静岡県警の捜査で明らかになり、決定していた第37回NHK紅白歌合戦への出場を辞退する[14][15]。初出場から勇退までの半世紀で、不出場となったのはこの年のみ。

演歌の大御所として[編集]

1989年4月21日1月8日改元により制定された元号平成」にちなんだ楽曲「平成音頭」を発表。約16万枚を売り上げた[16]

1997年7月、北海道寿都町のイメージソング「風のロマン/弁慶岬」を発売、9月には演歌初のCDエクストラとなる「出逢い」を発売する。

1998年テレビアニメの主題歌(NHKおじゃる丸』主題歌「詠人(うたびと)」を歌うなど、新しいジャンルへも挑戦。

2003年11月29日、八王子観光大使に委嘱。

2006年10月4日古希と『芸道45周年』を祝うパーティーの席上、一番弟子で北島ファミリーの「長男」ともいうべき山本譲二2007年に「暖簾分け」の形で独立させることと、音楽事務所の社長を妻・雅子から長男・龍に交代させることを発表し、周囲を驚かせた。なお、北島は「今後も山本を支援し続けることに変わりはない」と明言している[17]。そうした動きの一方で、同月15日に発売した「あの日時代」がオリコン演歌・歌謡チャート(注・シングルチャートではない)で、最高位1位を記録(同チャート1位の史上最高齢記録を更新)[18]

2009年デジタル放送推進協会の「日本全国"地デジで元気!"」キャンペーンのキャンペーンソングとして「地デジで元気!音頭」を作曲し(原譲二名義)自ら歌った[19]。翌年6月、総務省から地上デジタルテレビ放送への対応を呼びかける「地デジ化応援隊」のメンバー6人の内の一人に選ばれた[20]

2010年3月4日、放送文化の向上に功績のあった人物を表彰する「第61回日本放送協会 放送文化賞」受賞が決定[21][22]3月29日には「北島三郎 特別公演」の名古屋・御園座公演千秋楽で「座長公演4000回」の大記録を樹立した。また、結婚50周年を迎えるこの年の1月、シングル『夫婦一生』をリリースしオリコンチャート10位を獲得、10万枚を売上げた。ソロでは73歳3ヶ月でのシングル・アルバムチャート共に10位以内の獲得は史上最年長での記録である。2010年10月には同曲が日本レコード協会ゴールドディスク認定を受け、日本におけるゴールドディスクの史上最年長記録を更新した[23]

2011年2月22日、第32回松尾芸能賞・大賞を受賞[24]3月29日、授賞式が行われた[25]。同年“芸道50周年”を記念する「北島三郎 特別公演」が東京(日生劇場)、福岡(博多座)、名古屋(御園座)、大阪(新歌舞伎座)の4大劇場で上演され、芝居では人気の高かった演目『清水の暴れん坊』を10年ぶりに再演。75歳にして清水次郎長森の石松の2役に挑んだ[23]

2013年第64回NHK紅白歌合戦で史上初の50回出場を達成するが、この回限りでの勇退を宣言[26]。渋谷の日本クラウン本社で異例の記者会見が行われた[27]。当日のステージは、史上初めて、紅白両軍の正規のトリの後にステージを設けられ、史上最多の13回目のトリで『まつり』を披露、半世紀の紅白出演を締めた[28]

2014年7月20日、実弟で北島音楽事務所常務取締役だった大野拓克が肝臓がんのため67歳で死去。この2か月前から体調を崩して入院加療を続けており、臨終の際には北島も立ち会った。24日の通夜、25日の告別式では施主を務めた[29]

同年9月23日、明治座で行われた『北島三郎最終公演』夜の部で、通算公演回数4500回を達成。明治座での歌手の座長公演としては国内最多となる[30]。ちなみに最終公演の演出担当には7月に死去した弟・大野拓克も名を連ねていた[31]

2015年1月の福岡・博多座公演をもって、座長公演からも退いた。通算公演数は4578回に達した。[32][33]

8月8日、NHK『思い出のメロディー』で司会を担当。当時の年齢が78歳であり、これは番組最年長司会となっている。

2016年春の叙勲で旭日小綬章を受章[34]

同年9月14日頸椎症脊髄症のため22日に予定されていたコンサートの延期を発表[35]。8月下旬に自宅の風呂場で転倒して持病の頸椎の痛みを悪化させ、9月12日に手術を受けていたことを、11月14日に明らかにした[36]

シングル・ディスコグラフィー(主な作品)[編集]

タイトル 発売日 収録曲 作詞 作曲 編曲 備考
1 ブンガチャ節 1962年 ブンガチャ節 星野哲郎 船村徹 船村徹 発売から1週間で放送禁止となった曲。
泣き虫横丁 星野哲郎 船村徹 船村徹
2 なみだ船 1962年6月5日 なみだ船 星野哲郎 船村徹 船村徹 第4回日本レコード大賞新人賞受賞。
バイバイ波止場 星野哲郎 船村徹 船村徹
3 東京は船着場 1962年 なみだ船 高野公男 船村徹 船村徹
ギター船 星野哲郎 船村徹 船村徹
4 さよなら船 1962年 さよなら船 星野哲郎 船村徹 船村徹
雨だれぼったん 野村俊夫 船村徹 船村徹
5 演歌師 1963年 演歌師 星野哲郎 船村徹 船村徹 映画『やくざの歌主題歌
あの頃の唄 星野哲郎 船村徹 船村徹
6 亜矢子の唄 1963年 亜矢子の唄 西沢爽 船村徹 船村徹 c/wは「愛のうず潮」(歌:島倉千代子
7 男の灯り 1963年 男の灯り 石本美由起 上原げんと 上原げんと このシングルよりステレオ盤
そうだろ節 星野哲郎 上原げんと 上原げんと
8 男の友情 1963年 男の灯り 高野公男 船村徹 船村徹 青木光一のカバー
なくな夜からす 星野哲郎 船村徹 船村徹
9 ギター仁義 1963年 ギター仁義 嵯峨哲平 遠藤実 遠藤実
ジャンスカ節 遠藤実 遠藤実 遠藤実
10 東京五輪音頭 1963年 東京五輪音頭 宮田隆 古賀政男 古賀政男 畠山みどりとのデュエット、8社競作。
c/wは「海をこえて友よきたれ」
(歌:藤原良・高石かつ枝・コロムビア合唱団)
11 銀座の庄助さん 1963年 銀座の庄助さん 三宅辰美 いづみゆたか[37] いづみゆたか クラウンレコード移籍第1弾。レコード番号CW-2[10]
遠き灯り 結城隆磨 いづみゆたか いづみゆたか
12 ソーラン仁義 1964年 ソーラン仁義 畔田耕吉 成田武夫 福田正
ギター泣け泣け 稲葉爽秋 木村孤童 福田正
13 喧嘩辰 1964年 喧嘩辰 有近朱実 関野幾生 福田正
がんす横丁 英玲二 関野幾生 萩敏郎
14 三郎太鼓 1964年 三郎太鼓 有近朱実 島津伸男 島津伸男
田舎へ帰れよ 有田めぐむ 中村貞夫 福田正
15 男の情炎 1964年 男の情炎 英玲二 関野幾生 福田正
残侠の唄 八反ふじを 島津伸男 島津伸男
16 あばよ東京 1964年 あばよ東京 太刀戸要 継正信 継正信
艶歌船 松坂直美 継正信 継正信
17 スポーツ音頭 1965年 スポーツ音頭 乗田正美 米山正夫 米山正夫 c/wは「スパット リンリン」(歌:守屋浩、高石かつ枝)
18 兄弟仁義 1965年3月10日 兄弟仁義 星野哲郎 北原じゅん 福田正 東映映画「兄弟仁義」主題歌
つらい恋だよ 八反ふじを 島津伸男 島津伸男
19 帰ろかな 1965年4月20日 帰ろかな 永六輔 中村八大 中村八大
誰も 永六輔 中村八大 中村二大[38]
20 度胸船 1965年 度胸船 星野哲郎 関野幾生 福田正
男の涙 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
21 喧嘩花火 1965年 喧嘩花火 南沢純三 関野幾生 福田正
男の涙
22 浪人独り旅 1965年 浪人独り旅 結束信二 阿部皓哉 阿部皓哉 NET系『素浪人 月影兵庫』主題歌
c/wは「あと追い笠」(歌:大川ひろみ)
23 函館の女 1965年11月10日 函館の女 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
北海道恋物語 南沢純三 関野幾生 中村貞夫
24 男の歌 1966年 男の歌 永六輔 中村八大 中村八大
恋のカクテル
25 勝負師 1966年 勝負師 星野哲郎 中村貞夫 萩敏郎
風雪月花
26 青雲五人男 1966年 青雲五人男 良池まもる 島津伸男 島津伸男 NTV系『青雲五人の男』主題歌
男子有情 南沢純三 島津伸男 島津伸男
27 ド根性大将 1966年 ド根性大将 良池まもる 池田耕造 池田耕造 松竹映画『ド根性大将』主題歌
やあ しばらく 星野哲郎 中村順範 福田正
28 裸一貫 1966年 裸一貫 八反ふじを 島津伸男 島津伸男
次郎柿ヤイ 佐々木貢 中村貞夫 中村貞夫
29 尾道の女 1966年 尾道の女 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
泣くな男だ
30 野良の大将 1966年 野良の大将 馬杉実 中村八大 中村八大
男だろ 比良九郎 北原じゅん 福田正
31 さよならだって明日がある 1967年 さよならだって明日がある 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
さよなら妹よ
32 博多の女 1967年 博多の女 星野哲郎 島津伸男 島津伸男 北島にとって初のオリコンランクイン作品となった。
からすとゆりの花
33 関東流れ唄 1967年 関東流れ唄 星野哲郎 島津伸男 島津伸男 東映映画『関東命知らず』主題歌
男人情花 星野哲郎 関野幾生 萩敏郎
34 男の一本道 1967年 男の一本道 星野哲郎 安藤実親 安藤実親
風雪の唄
35 薩摩の女 1968年 薩摩の女 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
霧島エレジー 水沢圭吾 関野幾生 小杉仁三
36 男の潮路 1968年 男の潮路 相川のぼる 桜井稔 福田正
越路の町に赤い灯がともる 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
37 伊予の女 1968年 伊予の女 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
西海旅情
38 伊勢の女 1968年 伊勢の女 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
さすらい花
39 浪人まかり通る 1969年 浪人まかり通る 結束信二 阿部皓哉 阿部皓哉 NET系『素浪人 花山大吉』主題歌
c/wは「風来坊笠」(歌:品川隆二
40 仁義 1969年 仁義 星野哲郎 中村千里 重松岩雄 売上42.6万枚・週間8位はともにオリコンの自己記録である。
さいはての宿 八反ふじを 中村千里 植原道雄
41 加賀の女 1969年 加賀の女 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
加賀かっちり
42 花と狼 1969年 加賀の女 奥野椰子夫 関野幾生 重松岩雄 フジテレビ系『花と狼』主題歌
おれの夜明け 水沢圭吾 関野幾生 清水路雄
43 1970年 星野哲郎 中村千里 重松岩雄
夢恋酒
44 俺がやらなきゃ誰がやる 1970年5月1日 俺がやらなきゃ誰がやる 八反ふじを 島津伸男 島津伸男 朝日放送てなもんや二刀流』主題歌
さすらい者 中山大三郎 前田利明 重松岩雄
45 伊豆の女 1970年 伊豆の女 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
城ケ崎ブルース 星野哲郎 関野幾生 関野幾生
46 1970年 星野哲郎 中村千里 清水路雄 歌手生活10周年記念曲
やってこな
47 なごやの女 1971年 なごやの女 星野哲郎 島津伸男 重松岩雄
親父の拳 南沢純三 島津伸男 島津伸男
48 任侠 1971年 任侠 水城一狼 水城一狼 牧一雄
男の道 原譲二 原譲二 牧一雄
49 男の未練 1971年 男の未練 八反ふじを 中村千里 岩代浩一
花と命 星野哲郎 中村千里 岩代浩一
50 渡り鳥いつ帰る 1971年 渡り鳥いつ帰る 阿久悠 猪俣公章 小杉仁三
肩に二月の雪が舞う 阿久悠 猪俣公章 猪俣公章
51 波止場 1972年 波止場 星野哲郎 市川昭介 成田征英
あばよ 星野哲郎 市川昭介 市川昭介
52 沖縄の女 1972年 沖縄の女 星野哲郎 島津伸男 清水路雄
島の乙女(みやらび) 南沢純三 前田利明 清水路雄
53 冬の宿 1972年 冬の宿 星野哲郎 紫しずか 栗田俊夫
別れの子守唄 梶野三郎 野々卓也 池田孝
54 宿なしの唄 1973年 宿なしの唄 原譲二 原譲二 福田正
君にあげようふるさとを 中山大三郎 山路進一 清水路雄
55 木曽の女 1973年 木曽の女 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
男泣き 星野哲郎 一の木優 湯野カオル
56 夕焼け三度笠 1973年 夕焼け三度笠 原譲二 原譲二 池多孝春
居酒屋 石坂まさを 高木勇次 池多孝春
57 寒流 1974年 寒流 星野哲郎 福田マチ 栗田俊夫
山田孝雄 原譲二 中村八大
58 ふたり旅 1974年 ふたり旅 花田典子
星野哲郎
(補作詞)
かっぱ音頭 星野哲郎 市川昭介 あかのたちお
59 みちのくの女 1974年 みちのくの女 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
乗換駅 南沢純三 関野幾夫 清水路雄
60 1974年 関沢新一 関野幾夫 重松岩雄
一騎打
61 いのち 1975年 いのち 星野哲郎 島津伸男 清水路雄
男で死ぬ 田畑しげき 大門勝 清水路雄
62 さよなら 1975年 さよなら 原譲二 原譲二 青木望
長崎は呼んでいる 星野哲郎 中村千里 小山恭弘
63 残雪 1975年 残雪 西郷たけし 大野一二三 安藤実親
わかれ話 原譲二 一の木優 池多孝春
64 お嫁に行っていいんだよ 1976年 お嫁に行っていいんだよ 野本高平 四方章人 青木望
離愁 星野哲郎 新井利昌 原田良一
65 1976年 関沢新一 安藤実親 安藤実親
一騎打 関沢新一 関野幾夫 重松岩雄 「祝」B面の再カップリング
66 丼池人生 1976年 丼池人生 梅林貴久生 島津伸男 島津伸男 NHK『丼池太閤記』主題歌
ジャンパー酒場 松井由利夫 島津伸男 島津伸男
67 海峡ブルース 1977年 海峡ブルース 星野哲郎 新井利昌 小杉仁三
68 終着駅は始発駅 1977年 終着駅は始発駅 佐東たどる
星野哲郎
(補作詞)
中村千里 池多千春 月刊平凡「北島三郎のうたう歌」歌詩募集 入選作
ふるさと 星野哲郎 中村千里 安形和巳
69 与作 1978年3月25日 与作 七沢公典 七沢公典 池多孝春 NHK総合テレビ『あなたのメロディー』の入賞曲。
千昌夫との競作 [12]
風の峠 南沢純三 関野幾夫 福田正
70 横浜の女 1979年 横浜の女 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
きままな男とはぐれた女 松井由利夫 原譲二 鈴木操
71 旅飛脚の詩 1980年 旅飛脚の詩 藤田まさと 山本丈晴 馬場良
さかずき仲間
72 風雪ながれ旅 1980年9月15日 風雪ながれ旅 星野哲郎 船村徹 丸山雅仁 第1回古賀政男記念音楽大賞 大賞受賞
雀のお宿 上尾美代志 船村徹 丸山雅仁
73 1981年 竹内良子絵
星野哲郎
(補作詞)
中村千里 池多孝治
東京ぐらし 星野哲郎 島津伸男 島津伸男
74 愛の道 1981年 愛の道 八代富子
芳野薫
(補作詞)
原譲二 斉藤恒夫
冬の宿 星野哲郎 紫しずか 栗田俊夫
75 炎の男 1982年 炎の男 原譲二 原譲二 鈴木操 テレビ朝日系『吉宗評判記 暴れん坊将軍暴れん坊将軍II』エンディングテーマ
雪・哀歌
76 1982年 関沢新一 中村典正 安形和巳
ふるさと 「終着駅は始発駅」B面の再カップリング
77 日本海 1982年 日本海 原譲二 原譲二 鈴木操
夕陽岬 新本創子 原譲二 鈴木操
78 漁歌 1983年 漁歌 山田孝雄 浜圭介 清水靖晃 北原ミレイとの競作[39]
漁歌 (インストゥルメンタル)   原譲二 鈴木操
79 夫婦絶唱 1984年 夫婦絶唱 関沢新一 中村典正 丸山雅仁
つくつく法師 那須野巌 船村徹 南郷達也
80 神奈川水滸伝 1984年 神奈川水滸伝 星野哲郎 船村徹 船村徹 東映映画『修羅の群れ』主題歌
修羅の橋
81 まつり 1984年11月21日 まつり なかにし礼 原譲二 鈴木操
木津川 佐治裕子 原譲二 鈴木操
82 男の劇場 1985年 男の劇場 星野哲郎 北原じゅん 池多孝治
栃木歳月 荒川利夫 船村徹 丸山雅仁
83 激唱 〜 青函トンネル 〜 1985年 激唱 〜 青函トンネル 〜 星野哲郎 船村徹 南郷達也
星野哲郎 船村徹 丸山雅仁
84 湯本ブルース 1985年 湯本ブルース 星野哲郎 原譲二 鈴木操
箱根のおんな
85 十九のまつり 1985年 十九のまつり なかにし礼 原譲二 鈴木操
女がひとり 原譲二 原譲二 鈴木操
86 浪曲太鼓 1986年 浪曲太鼓 原譲二
星野哲郎
(補作詞)
原譲二 斉藤恒夫
海の子守唄 新條カオル 桜田誠一 斉藤恒夫
87 北の漁場 1986年6月5日 北の漁場 新條カオル 桜田誠一 斉藤恒夫 第28回日本レコード大賞最優秀歌唱賞受賞曲。
芸道25周年記念曲。
風の追分
88 花の生涯 1987年8月22日 花の生涯 星野哲郎 船村徹 丸山雅仁
星野哲郎 中村千里 安形和巳
89 だまって歩けば 1987年8月22日 だまって歩けば 石野美由紀 吉田正 小杉仁三
俺のとなりに
90 1987年8月22日 野村耕三 池山錠 斉藤恒夫
旅路 野村耕三 桜田誠一 斉藤恒夫
91 息子 1987年8月22日 息子 星野哲郎 船村徹 斉藤恒夫 日中国交回復十五周年記念曲
夫婦山脈 星野哲郎 船村徹 船村徹
92 がまん坂 1988年 がまん坂 原譲二 原譲二 鈴木操 テレビ朝日『暴れん坊将軍III暴れん坊将軍IV』エンディングテーマ
流転笠
93 年輪 1988年 年輪 関根一
石本美由紀
(補作詞)
原譲二 鈴木操 「山の歌」作詩募集入選作
三郎杉 内田善士
石本美由紀
(補作詞)
原譲二
94 年輪 1988年 年輪 関根一
石本美由紀
(補作詞)
原譲二 鈴木操 「山の歌」作詩募集入選作
三郎杉 内田善士
石本美由紀
(補作詞)
原譲二
95 あじさい情話 1988年 あじさい情話 星野哲郎 原譲二 鈴木操
箱根ヨッシャ踊り
96 平成音頭 1989年 平成音頭 星野哲郎 原譲二 鈴木操
魂(こころ) 星野哲郎 船村徹 船村徹
97 夜汽車 1989年 夜汽車 木下龍太郎 原譲二 斉藤恒夫
越後情話 星野哲郎 原譲二 斉藤恒夫
98 1990年3月31日 星野哲郎 原譲二 斉藤恒夫 本作品からCDに移行。
さがさないで下さい 星野哲郎 原譲二 小杉仁三
99 北の大地 1991年1月1日 北の大地 星野哲郎 船村徹 南郷達也 第33回日本レコード大賞(演歌・歌謡曲部門)受賞曲
若かりし母の歌 星野哲郎 船村徹 蔦将包
100 1992年 石本美由紀 原譲二 前田俊明
小春日和 志賀大介 原譲二 鈴木操
101 1993年 志賀大介 原譲二 鈴木操
風の城下町
102 男道 1993年 男道 原譲二 原譲二 鈴木操
啼くな夜鴉
103 1993年 宴(うたげ) 志賀大介 船村徹 蔦将包
元気を出せよ
104 1993年 拳(こぶし) 野村耕三 原譲二 鈴木英明
一(いち) 南沢純三 原譲二 鈴木操
105 おやじの背中 1994年 おやじの背中 中谷純平 原譲二 蔦将包
こころの母は北斗星
106 1995年 星野哲郎 原譲二 南郷哲也
故郷は北の町 原譲二 原譲二 鈴木操
107 花虎 1995年 花虎 星野哲郎 原譲二 鈴木操
花虎の道 原譲二 原譲二 鈴木操
108 石狩川よ 1996年 石狩川よ 星野哲郎 船村徹 丸山雅仁 芸道35周年記念曲
夕日に偲ぶ
109 男一代 1996年 男一代 原譲二 原譲二 鈴木操
三年三月
110 海はいま 1996年 海はいま 伝井かほる 大地土子 川村栄二 「海の日」記念歌
海へ帰ろう 伝井かほる 大地土子 川村栄二
111 清き流れ 1996年 清き流れ 星野哲郎 原譲二 南郷達也 お伊勢さん2000年 記念歌
足跡は明日へ続く 星野哲郎 原譲二 松井忠重
112 1997年 久仁京介 原譲二 南郷達也
裏通り 沢村友美也 原譲二 鈴木操
113 1997年 野村耕三 原譲二 丸山雅仁
女房 木村龍太郎 原譲二 鈴木操
114 陽だまり人情 1997年 陽だまり人情 原譲二 原譲二 鈴木操 テレビ朝日系「暴れん坊将軍VII」主題歌
沢村友美也 原譲二 鈴木操
115 男の虹 1997年 男の虹 星野哲郎 船村徹 船村徹作曲家生活45周年記念曲
原譲二 船村徹 丸山雅仁
116 1997年 轍(わだち) 星野哲郎 原譲二 川村栄二 TBS月曜ドラマスペシャル「秋の旅情サスペンス 丹下晋蔵熱血記 函館望郷編」エンディングテーマ
塒(ねぐら)
117 根っこ 1998年 根っこ 鈴木紀代 原譲二
一路 鈴木紀代 原譲二 鈴木操
118 詠人 1998年 詠人 大地土子 大地土子 宮崎慎二 NHK教育おじゃる丸』主題歌
c/wはプリン賛歌(歌:SUS 4、『おじゃる丸』エンディングテーマ)
119 未来 1998年 未来 大地土子 大地土子 宮崎慎二 テレビ朝日系「暴れん坊将軍IX」主題歌
素顔に咲く花
120 十和田湖 1998年 十和田湖 北川文化 原譲二 丸山雅仁
こなゆきの里 原譲二 原譲二 鈴木操
121 港春秋 1999年 港春秋 星野哲郎 原譲二 鈴木操
海よおまえは
122 のぼり坂 2000年 のぼり坂 北川文化
原譲二
(補作詞)
原譲二 丸山雅仁
北のふるさと
123 2000年音頭 2000年 2000年音頭 原譲二 原譲二 鈴木操
一本道 沢村友美也 原譲二 鈴木操
124 約束の夏 2000年 約束の夏 大地土子 大地土子 宮崎慎二 映画『おじゃる丸 約束の夏 おじゃるとせみら』主題歌
詠人
125 2000年 仁井谷俊也 原譲二 鈴木操
北国の街 沢村友美也
原譲二
(補作詞)
原譲二 鈴木操
126 人生道 2001年 人生道 仁井谷俊也 原譲二 丸山雅仁
知床漁港
127 2001年 星野哲郎 船村徹 船村徹作曲生活50周年記念曲
四季 星野哲郎 船村徹 若草恵
128 妻よ 2001年 妻よ 秋浩二 原譲二 南郷達也
故郷(ふるさと)はいま
129 2001年 輝(かがやき) 大地土子 大地土子 宮崎慎二 テレビ朝日系「暴れん坊将軍XI」主題曲
あばれ馬 山田孝雄 原譲二 丸山雅仁
130 男の精神 2001年 男の精神(こころ) 志賀大介 原譲二 丸山雅仁
やる気で音頭
131 あづま男と浪花のおんな 2001年 あづま男と浪花のおんな 原譲二 原譲二 鈴木操
醍醐桜 大和路はるか 原譲二 丸山雅仁 中村美律子とのデュエット
132 感謝 2001年 感謝 星野哲郎 船村徹 蔦将包
新條カオル 船村徹 南郷達也
133 演歌兄弟 2002年 演歌兄弟 原譲二 原譲二 南郷達也
東京しぐれ 鳥羽一郎とのデュエット。日本クラウン創立40周年記念曲
134 次郎長富士 2002年 次郎長富士 原譲二 原譲二 鈴木操
次郎長笠 関沢新一 原譲二 鈴木操
135 父親 2002年 父親(おやじ) 遠藤実 遠藤実 丸山雅仁
父は待つ
136 2002年 情(なさけ) 宮原哲夫
原譲二
(補作詞)
原譲二 鈴木操
修羅の川
137 2002年 情(なさけ) 宮原哲夫
原譲二
(補作詞)
原譲二 鈴木操
俺の道 下地亜記子 原譲二 鈴木操
138 北の男船 2003年 北の男船 大屋詩起 原譲二 蔦将包
北の兄弟 中村要子 原譲二 蔦将包
139 北のわかれ雪 2003年 北のわかれ雪 原譲二 原譲二 鈴木操 c/wは「ふるさとの風はやさしかった」(歌:みち乃く兄弟)
140 恩返し 2003年 恩返し 数丘夕彦 原譲二 丸山雅仁
ふたつ星 岡部美登里 原譲二 蔦将包
141 大河 2003年 大河 星野哲郎 原譲二 南郷達也 星野哲郎作詞家生活50周年記念曲
天命 本作品から12cmCDシングルに移行。
142 花の兄弟 2003年 花の兄弟 水木れいじ
原譲二
原譲二 丸山雅仁
兄貴のふるさと 水木れいじ 原譲二 丸山雅仁 鳥羽一郎とのデュエット
143 2004年 沢村友美也
原譲二
原譲二 蔦将包
男 幡随院 久仁京介
原譲二
(補作詞)
原譲二 鈴木操
144 月夜酒 2004年 月夜酒 下地亜紀子 原譲二 蔦将包
のぞみ酒 水木れいじ 原譲二 蔦将包
145 2004年 沢村友美也
原譲二
原譲二 蔦将包
門出酒 原譲二 南郷達也
146 友情よ 2005年 友情よ(ともよ) 大地土子 原譲二 丸山雅仁
しぐれ道 原譲二 蔦将包
147 2005年 志賀大介 原譲二 南郷達也
男伊達
148 還暦 2005年 還暦 木津夢人 木津夢人 大野弘也
剛気
149 とよた夢音頭 2005年 とよた夢音頭 中谷純平 原譲二 丸山雅仁 祭座ニッポン イメージソング
祭りだ!日本 大地土子 大地土子 宮崎慎二 愛・地球博 パートナーシップ事業
150 風の坂道 2005年 風の坂道 倉持明生 原譲二 丸山雅仁
ソーラン鴎 原譲二 原譲二 丸山雅仁
151 男の明日に 2006年 風の坂道 中島光
原譲二
原譲二 蔦将包
花は黙って咲いている 中村要子 原譲二 丸山雅仁
152 路地の雨 2006年 路地の雨 たかたかし 原譲二 蔦将包
望郷ワルツ 中村要子 原譲二 丸山雅仁
153 はぐれ笠 2006年 はぐれ笠 たかたかし 原譲二 蔦将包
勘太郎しぐれ 中村要子 原譲二 丸山雅仁
154 2006年 標(しるべ) 鈴木紀代 原譲二 丸山雅仁
願(ねがい)
155 あの日時代 2006年 あの日時代 倉内康平 陣内常代 夏木淳司
156 あばれ松 2007年 あばれ松 原譲二 原譲二 鈴木操 2007年「北島三郎特別公演/あばれ無法松」主題歌。
1999年3月リリースシングルの再録音。
無法一代・恋しぐれ 久仁京介 原譲二 鈴木操
157 風よ 2007年 風よ 野村耕三 原譲二 蔦将包
男の忘文 中谷純平 原譲二 蔦将包
158 灯台あかり 2007年 灯台あかり 奥田龍司
原譲二
原譲二 南郷達也
国東半島
159 ジャンゴ 〜さすらい〜 2007年 ジャンゴ 〜さすらい〜 Luis Bacalov
Robert Melin
Franco Migliacci
MAKOTO°
(日本語詞)
Luis Bacalov
Robert Melin
Franco Migliacci
川村栄二 映画『スキヤキ・ウエスタン「ジャンゴ』主題歌
鼓動 MAKOTO° MAKOTO° MAKOTO°
160 ひとすじ 2007年 ひとすじ 久仁京介 原譲二 南郷達也
その名はこゆき 数丘夕彦 原譲二 南郷達也
161 忠治流れ旅 2008年 忠治流れ旅 久仁京介 原譲二 丸山雅仁
こぼれ紅
162 夢人 2008年 夢人 大地土子 大地土子 宮崎慎二 NHK教育『おじゃる丸』オープニングテーマ第2弾
c/wはぼくらの世界
(歌:水町レイコ、『おじゃる丸』エンディングテーマ)
163 俺らしく 2008年 俺らしく 麻こよみ 原譲二 丸山雅仁
ああ・おふくろょ
164 コスモス日和 2008年 コスモス日和 荒木とよひさ 原譲二 前田俊明
ふたり道 鈴木紀代 原譲二 前田俊明
165 波乱万丈 2009年 波乱万丈 倉内康平 原譲二 夏木淳司
倉内康平 陣内常代 夏木淳司
166 比叡の風 2009年6月5日 比叡の風 いではく 遠藤実 庄司龍 第51回日本レコード大賞作詩賞受賞曲。
大器堂々 いではく 原譲二 丸山雅仁
167 木曽恋しぐれ 2009年 木曽恋しぐれ 原譲二 原譲二 丸山雅仁
しのび笠
168 夫婦一生 2010年1月1日 夫婦一生 仁井谷俊也 原譲二 前田俊明
桜月夜 麻こよみ 原譲二 前田俊明
169 幡随院 2010年 幡随院 久仁京介
原譲二
原譲二 丸山雅仁
ほつれ髪 久仁京介 原譲二 丸山雅仁
170 海の兄弟 2010年 海の兄弟 原譲二 原譲二 前田俊明
港町 久仁京介 原譲二 前田俊明 鳥羽一郎とのデュエット
171 2010年 仁井田俊也 原譲二 前田俊明
人在りて 志賀大介 原譲二 南郷達也
172 男の人生 2011年 男の人生 いではく 原譲二 前田俊明
夢恋あかり 原譲二 原譲二 前田俊明
173 おとこの潮路 2011年 おとこの潮路 星野哲郎 原譲二 前田俊明 1968年の曲とは同名異曲。
男の一念 星野哲郎 原譲二 丸山雅仁
174 さだめ道 2011年 さだめ道 いではく 原譲二 丸山雅仁
兄弟達よ
175 港雪 2012年 港雪 中谷純平
原譲二
原譲二 南郷達也
男の母港(みなと) やしろよう 原譲二 丸山雅仁
176 職人 2012年 職人 原文彦 船村徹 蔦将包
おまえのことが・・・ 喜多條忠 船村徹 蔦将包
177 男橋 2012年 男橋 倉内康 陣内常代 夏木淳司
東京湾
178 男どうし 2013年 男どうし 仁井谷俊 原譲二 前田俊明
兄弟酒場 鳥羽一郎とのデュエット
179 ふたり咲き 2013年 ふたり咲き 下地亜記子 原譲二 南郷達也
旅なかば
180 勘太郎笠 2013年 勘太郎笠 久仁京介 原譲二 南郷達也 2013年北島三郎特別公演「伊那の勘太郎 信州ひとり旅」主題歌
里恋からす
181 百年の蝉 2013年 百年の蝉 田久保真見 原譲二 丸山雅仁
おとこ節
182 人道 2014年 人道 いではく 原譲二 丸山雅仁 北島にとって初となる「違うテーマのカップリング曲」を収録した2タイプを同時発売。
会津の女 タイプA
ふるさとへ帰りたいな タイプB
183 高尾山 2014年 高尾山 いではく 原譲二 南郷達也
笑顔の花
184 路遥か 2014年 路遥か 大地土子 大地土子 丸山雅仁
無事でよかった 原譲二 原譲二 南郷達也 北山たけしとのデュエット
185 大漁船 2015年 大漁船 大屋詩起 原譲二 南郷達也
男の季節 タイプA
泪の坂道 タイプB
186 涙の花舞台 2015年 涙の花舞台 原譲二 原譲二 丸山雅仁
おしどり峠 タイプA
御陣乗太鼓 タイプB
187 今日より明日へ… 2015年 今日より明日へ… 下地亜記子 原譲二 鈴木操
南郷達也
夜半(よわ)の風
188 人生に乾杯 2016年 人生に乾杯 たかたかし 原譲二 南郷達也
風の小僧
189 母を想えば 2016年 母を想えば たかたかし 原譲二 児島大樹 三山ひろしとのデュエット
190 夫婦綴り 2016年 夫婦綴り 伊藤美和 原譲二 前田俊明 藤あや子とのデュエット
191 父と娘 2016年 父と娘 たかたかし 原譲二 南郷達也 坂本冬美とのデュエット
192 2016年 久仁京介 原譲二 丸山雅仁 島津亜矢とのデュエット
193 風は吹く 2016年 風は吹く 吉幾三 原譲二 南郷達也 吉幾三とのデュエット
194 おとこの酒よ 2016年 おとこの酒よ 喜多條忠 原譲二 南郷達也 大川栄策とのデュエット
195 合わせ鏡 2016年 合わせ鏡 志賀大介 原譲二 丸山雅仁 大月みやことのデュエット
196 男の勝負 2016年 男の勝負 原譲二 原譲二 伊戸のりお
今を行く
197 山・美しき 2016年 山・美しき 関根和夫 叶弦大 丸山雅仁
四季の山
198 幾多の恩 2016年 幾多の恩 麻こよみ 原譲二 伊戸のりお
二人三脚、ふたり道
199 夢千里 2017年 夢千里 仁井谷俊也 原譲二 南郷達也
男華

アルバム[編集]

  • サブちゃんの十八番・北島三郎大いに歌う(LW-5019)
  • 函館の女ー北島三郎ヒット集ー(LW-5130)
  • 明治・大正演歌集(LW-5158)
  • 仁義 義理と人情を唄う(GW-6002)(1969年)
  • サブちゃんの心の旅路(GW-6020)
  • サブちゃんの人生劇場〜北島三郎 古賀メロディーを唄う〜(GW-7013)

ライブ・アルバム[編集]

  • オン・ステージ 梅田コマ劇場実況録音(GWS-83)
  • 風雪ながれ旅 梅田コマ劇場ライブ'80(GGA-5)

楽曲提供曲[編集]

作詞・作曲
  • 北山たけし
    • 男の出船
    • 片道切符
    • 勇気の一歩(作詞は、数丘夕彦と共作)
  • 瀬川瑛子
    • 愛の川
    • ふるさと景色
  • 憲三郎&ジョージ山本
  • 原田悠里
    • おんな坂
    • 明日(あす)を信じて
    • 女がひとり
  • みち乃く兄弟
    • みちのく渡り鳥
  • 和田青児
    • 演歌海道(作詞はいとう彩と共作)
    • リンゴのふる里へ
    • 別れの海峡
  • 大江裕
    • 真実この道はるかなり
    • ふる里は いま…
    • 今しばし
    • 男の出発(たび)
    • そして明日に(作詞は沢村友美也と共作)
    • 御免なすって [40]
  • 長井みつる
    • 心のふるさと
作曲
  • 北山たけし
    • 筑後川
    • 剣山(つるぎさん)
  • 小金沢昇司
    • 義経伝説
    • まごころの花よ
  • 瀬川瑛子
    • 恋間川
    • 命歌
    • あなたが命
  • 原田悠里
    • ビロードの夢
  • みち乃く兄弟
    • ふるさとに逢いたい
    • みちのく桜
    • ふるさとの風はやさしかった
  • 山口ひろみ
    • ひだまり坂
    • 春は二度来る、三度来る
    • その名はこゆき
    • どうするこの恋
  • 山本譲二
    • えくぼ
    • 長州の男
    • 生きる
  • 島津亜矢
    • 北海峡
    • 大器晩成
    • 温故知新
  • 和田青児
    • 夢一路
    • 望郷歌
    • 人生列車
    • 青春は終わらない
    • 甲州街道の渡り鳥
    • さいはての宿
    • 上野発
    • おやじさん
  • 里見☆しのぶ
    • めぐり逢い函館
    • おんなの桟橋
  • 大江裕
    • のろま大将
    • なんか一丁やったろかい
    • 夕焼け大将
    • 北風大将
    • 青春の翼
  • 底ぬけプレジデンツ(浜田雅功大竹一樹宮迫博之
    • これが恋だと分からずに
    • 男の生き様
  • 鳥羽一郎
作詞・補作詞
  • 山本譲二
    • 夢街道(補作詞)

歌碑・記念館[編集]

『港春秋』の歌碑

出演[編集]

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

1963年第14回NHK紅白歌合戦に初出場して以来、連続出場を続けていたが、第37回1986年)は暴力団との交際が明らかになったため直前に降板、連続出場回数は23回で止まる。翌年2年ぶりに復帰し、連続出場を続ける。当初は芸道50周年にあわせて第62回2011年、48度目)限りで紅白を勇退する予定であったが、同回の紅白は東日本大震災関連の演出などが優先されたため公表はせずに続投[41]第64回2013年)で史上初の出場50回を達成したのを機に、勇退した。通算トリ回数13回は美空ひばり・五木ひろしに並び歴代1位。通算大トリ回数11回は美空ひばりに並び歴代1位。またトリ前も13回担当しており、トリと合計26回は史上最多。出場年齢は勇退時で77歳となり、藤山一郎の78歳に次ぐ記録となった(その後、美輪明宏が80歳での出演を達成)。

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1963年昭和38年)/第14回 ギター仁義 03/25 松山恵子
1964年(昭和39年)/第15回 2 ソーラン仁義 01/25 朝丘雪路 トップバッター
1965年(昭和40年)/第16回 3 帰ろかな 24/25 こまどり姉妹 トリ前 (1)
1966年(昭和41年)/第17回 4 函館の女 07/25 畠山みどり
1967年(昭和42年)/第18回 5 博多の女 21/23 都はるみ
1968年(昭和43年)/第19回 6 薩摩の女 13/23 江利チエミ
1969年(昭和44年)/第20回 7 加賀の女 22/23 都はるみ (2) トリ前 (2)
1970年(昭和45年)/第21回 8 23/24 青江三奈 トリ前 (3)
1971年(昭和46年)/第22回 9 北海太鼓 10/25 島倉千代子
1972年(昭和47年)/第23回 10 冬の宿 23/23 美空ひばり トリ (1)
1973年(昭和48年)/第24回 11 帰ろかな(2回目) 22/22 島倉千代子 (2) 大トリ (2)
1974年(昭和49年)/第25回 12 寒流 14/25 水前寺清子
1975年(昭和50年)/第26回 13 残雪 22/24 都はるみ (3)
1976年(昭和51年)/第27回 14 22/24 青江三奈 (2)
1977年(昭和52年)/第28回 15 終着駅は始発駅 14/24 水前寺清子 (2)
1978年(昭和53年)/第29回 16 与作 19/24 小柳ルミ子
1979年(昭和54年)/第30回 17 与作(2回目) 22/23 都はるみ (4) トリ前 (4)
1980年(昭和55年)/第31回 18 風雪ながれ旅 18/23 都はるみ (5)
1981年(昭和56年)/第32回 19 風雪ながれ旅(2回目) 22/22 森昌子 大トリ (3)
1982年(昭和57年)/第33回 20 なみだ船 20/22 小林幸子
1983年(昭和58年)/第34回 21 漁歌 17/21 八代亜紀
1984年(昭和59年)/第35回 22 まつり 18/20 八代亜紀 (2)
1985年(昭和60年)/第36回 23 十九のまつり 17/20 八代亜紀 (3) 翌年は降板。
1987年(昭和62年)/第38回 24 18/20 石川さゆり 2年ぶり復帰。
1988年(昭和63年)/第39回 25 年輪 21/21 小林幸子 (2) 大トリ (4)
1989年平成元年)/第40回 26 夜汽車 20/20 石川さゆり (2) トリ (5)
1990年(平成2年)/第41回 27 27/29 和田アキ子
1991年(平成3年)/第42回 28 北の大地 27/28 石川さゆり (3) トリ前 (5)
1992年(平成4年)/第43回 29 帰ろかな(3回目) 28/28 由紀さおり 大トリ (6)
1993年(平成5年)/第44回 30 まつり(2回目) 26/26 石川さゆり (4) 大トリ (7)
1994年(平成6年)/第45回 31 年輪(2回目) 24/25 石川さゆり (5) トリ前 (6)
1995年(平成7年)/第46回 32 23/25 石川さゆり (6)
1996年(平成8年)/第47回 33 風雪ながれ旅(3回目) 25/25 坂本冬美 大トリ (8)
1997年(平成9年)/第48回 34 24/25 和田アキ子 (2) トリ前 (7)
1998年(平成10年)/第49回 35 根っこ 24/25 安室奈美恵 トリ前 (8)
1999年(平成11年)/第50回 36 まつり(3回目) 27/27 和田アキ子 (3) 大トリ (9)
2000年(平成12年)/第51回 37 帰ろかな(4回目) 27/28 和田アキ子 (4) トリ前 (9)
2001年(平成13年)/第52回 38 山(2回目) 27/27 和田アキ子 (5) 大トリ (10)
2002年(平成14年)/第53回 39 帰ろかな(5回目) 26/27 天童よしみ トリ前 (10)
2003年(平成15年)/第54回 40 風雪ながれ旅(4回目) 28/30 石川さゆり (7)
2004年(平成16年)/第55回 41 25/28 坂本冬美 (2)
2005年(平成17年)/第56回 42 風雪ながれ旅(5回目) 28/29 中島美嘉 トリ前 (11)
2006年(平成18年)/第57回 43 まつり(4回目) 27/27 川中美幸 大トリ (11)
2007年(平成19年)/第58回 44 帰ろかな(6回目) 22/27 天童よしみ (2)
2008年(平成20年)/第59回 45 北の漁場 22/26 一青窈
2009年(平成21年)/第60回 46 まつり(5回目) 25/25 DREAMS COME TRUE 大トリ (12)
2010年(平成22年)/第61回 47 風雪ながれ旅(6回目) 20/22 石川さゆり(8)
2011年(平成23年)/第62回 48 帰ろかな(7回目) 24/25 天童よしみ (3) トリ前 (12)
2012年(平成24年)/第63回 49 風雪ながれ旅(7回目) 24/25 石川さゆり(9) トリ前(13)
2013年(平成25年)/第64回 50 まつり(6回目)[42] 25/25 (対戦相手なし)[43] "究極の大トリ"として、対戦枠外での披露。 大トリ (13)
注意点
  • 対戦相手の歌手名のカッコ内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にあるカッコはトリ等を務めた回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

レギュラー番組[編集]

音楽番組[編集]

時代劇[編集]

  • 長谷川伸シリーズ 第13話「旅の馬鹿安」(1972年、NET
  • 暴れん坊将軍 I - XIIシリーズ(テレビ朝日) - 江戸町火消し『め組』頭・辰五郎(1978年 - 2002年)
    • VIIIシリーズから江戸町火消肝煎・辰五郎、IXシリーズから江戸町火消総元締・辰五郎として準レギュラーになる。暴れん坊将軍の全てのオープニング(IXシリーズ、XI・XIIシリーズ)・エンディング(Iシリーズ - VIIIシリーズ、Xシリーズ、800回スペシャル、春のスペシャル)も歌っていた。IXシリーズ、Iシリーズ - VIIIシリーズ、Xシリーズ、800回スペシャルの歌詞の作詞、作曲は原譲二(北島三郎)である。

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

ドキュメンタリー[編集]

  • 遥かなり!演歌道を行く〜北島三郎 紅白50回の軌跡〜(2013年12月30日、NHK総合)[45][46]
  • 北島三郎 78歳の挑戦 〜最終公演の軌跡〜 (2015年3月26日、NHK総合)

舞台公演[編集]

舞台「北島三郎特別公演」を初期より続けており、およそ1ヶ月の期間において行われていた。北島自身もシナリオ・演出に関与する時代劇ベースの人情芝居と、北島ワールド全開の歌謡ショーの(北島三郎大いに唄う)2部構成となっている。最後の「まつり」が流れる時の舞台は毎年違うセットである。劇中主題歌は幕が開く前にスクリーンにて歌詞を表示して流している。劇中主題歌はシングルにて販売している。

北島の舞台公演の会場として明治座東京都中央区)、梅田芸術劇場大阪市北区)、御園座名古屋市中区伏見)及び博多座福岡市博多区)が使われている。

  • 1968年 次郎長水滸伝
    • 出演者=中村竹弥 花柳小菊
    • 唄いまくる 北島三郎ショウ
  • 1971年 花の兄弟仁義
    • 出演者=由利徹 宮園純子
    • ヒットパレード 北島三郎10年の歩み
  • 1972年 北海の親子星
    • 出演者=近衛十四郎 由利徹
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1973年 あらくれ一代
    • 出演者=葉山良二 由利徹
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1974年 関東十人斬り
    • 出演者=伊藤雄之助 渥美マリ
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1975年 東京番外地
    • 出演者=伊藤雄之助 水島道太郎
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1976年 暴れ石松
    • 出演者=小川知子 水島道太郎
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1977年 上州鴉
    • 出演者=水島道太郎 内田朝雄
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1978年 母恋星
    • 出演者=三益愛子 水嶋道太郎
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1979年 花の喧嘩纏
    • 出演者=高田恭子 水嶋道太郎
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1980年 来たのはぐれ鳥
    • 出演者=宮園純子 葉山良二
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
全4,578回の内訳[47]
  • 東京 - 1,984回
    • 新宿コマ劇場 1790回(39公演[48]
    • 青山劇場 34回
    • ゆうぽうとホール 39回
    • 日生劇場 6回(東日本大震災発生後3月14日以降は中止となった)[49]
    • 明治座 115回(2014年9月23日、4,500回を達成)
  • 名古屋 - 277回
    • 御園座 277回
  • 大阪 - 1,762回
    • 梅田コマ劇場 1610回
    • 新歌舞伎座 152回
  • 福岡 - 555回
    • 博多座 555回

テレビCM[編集]

パチンコ・パチスロ[編集]

パチンコ
パチスロ
  • お見事! サブちゃん/め組のサブちゃん(2004年、オリンピア)
  • 続・お見事! サブちゃん/ノーマルだよ! サブちゃん(2010年、オリンピア)

通信カラオケシステムでの本人出演映像[編集]

  • 2003年頃より、通信カラオケシステムDAMの機種改良に伴い、同機種で配信する北島の代表曲で、背景映像に北島本人が出演する映像が多く採用されている。「与作」「北の漁場」「風雪ながれ旅」など。

声の出演[編集]

マスメディア[編集]

人物[編集]

  • 東京都八王子市暁町八王子本線料金所を見下ろせる場所にある、総数36部屋の大豪邸に、家族と内弟子と共に住んでいる(“三郎”からの語呂合わせで、36部屋作られた)。総敷地面積1500坪、総工費20億円のこの豪邸は、しばしばマスメディアに取り上げられている。
  • 演歌の振興や後進の育成にも貢献しており、山本譲二小金沢昇司など、北島音楽事務所所属、または北島を慕う演歌歌手によって北島ファミリーが形成されている。ファミリーからは親父もしくは先生と呼ばれている(北島の愛弟子であり、後に娘婿となった北山たけし先生と呼ぶ)。
  • 加山雄三とは親友である。
  • 体質的にが全く飲めず、奈良漬けを食べただけで酔ってしまう程の下戸。一方で若い頃から大の甘党である。高校時代は白飯に黒砂糖をかけただけの弁当が大好きだった。またコーヒーには大量の砂糖が必需品であり、舞台の前には「飲まないと調子良く歌えない」と漏らす程、炭酸を抜いた三ツ矢サイダーを愛飲している。ある日、北山が舞台前に三ツ矢サイダーをどうしても入手できず、黙って別メーカーのサイダーを北島に差し出したところ、違いを見抜いた北島から怒号が飛んだというエピソードがある。サイダーの炭酸を抜くのも、弟子の仕事の一つである[50][51]
  • 佛所護念会教団信者としても知られている。
  • カーマニアとしての顔もあり、過去にはフォード・ファルコン、ムスタングキャデラックなど、アメリカ車を中心に乗用車を購入している。自身がお気に入りでよく運転するのはクレネ英語版のカスタムカーで、北島が旅行先のラスベガスアメリカ合衆国ネバダ州)で展示されているのを見て惚れ込み、日本へ輸入された際に購入したというもので、本人曰く『世界で一台しかない』自慢の愛車である。北島がクレネを運転している際にはよく周囲から「これは何というクルマですか?」と尋ねられることもあると語っている[52]
  • 口癖は「アメリカジャズあり、フランスシャンソンあり、日本演歌あり」。
  • 1988年に結成し、2016年に解散した国民的男性アイドルグループのSMAPのことを「大好き」だと述べている[53]
  • NHK紅白歌合戦』に対し、対戦および男女対抗戦を撤廃するべきとの考えを持っている(実際、NHKにこの旨を伝えたこともあるという)[54]。この理由として、「男女混成グループの出場増加」「2010年代に入ってからの紅白が紅白両軍で出場者数が異なることが多いこと」を挙げている[55]
  • 2013年の『第64回NHK紅白歌合戦』のステージ上でAKB48からの卒業を発表した大島優子について、あれにしても、昔なら(私事を紅白で発表することは)考えられなかった。おかしいといえばおかしい。でも、それも時代ということなんだ」と語っている[56]
  • 50回に及ぶ紅白出場歴の中で、1番許せなかった共演歌手は2006年の『第57回NHK紅白歌合戦』でのDJ OZMAである[57]。また、「(紅白で)踊りを踊らされたりさ。あれから俺、だんだん(紅白が)嫌いになってきた」と述べている[58]

馬主として[編集]

第76回菊花賞表彰式にて(2015年10月25日、京都競馬場

デビュー当時に所属した新栄プロダクションの社業の傍ら、北海道に牧場を持つなどオーナーブリーダーとして活躍していた西川幸男に勧められ馬主活動を始める。

日本の競馬界では、1963年(昭和38年)以来[59]、「キタサン」の冠号で多くの競走馬を所有する馬主としても知られる(登録上の名義は法人である「有限会社大野商事」)。

現在の中央競馬における勝負服のデザイン(黒、茶三本輪)は、母校函館西高校ラグビー部(自身もラグビー部に属していた)のジャージを模したものである[60]

かつては日本中央競馬会(JRA)のマナー啓発のPRに起用され、2009年5月には東京競馬場で行われた第76回東京優駿の発走前に場内で国歌を独唱した[61]

2015年(平成27年)10月25日の第76回菊花賞にてキタサンブラック栗東:清水久詞厩舎・鞍上は北村宏司)が優勝し、北島に初めてGI競走勝利の栄誉をもたらした。この時、京都競馬場で、勝利した際の公約である、自ら持ち歌「まつり」の替え歌をアカペラで歌唱した[62]。2016年(平成28年)5月1日の第153回天皇賞(春・京都競馬場)や第36回ジャパンカップでキタサンブラックが勝利した(鞍上は武豊)時も、東京競馬場で「まつり」を披露している[63]。かつては紅白歌合戦の看板であった北島は、その紅白歌合戦から勇退したのと入れ替わる形となった(紅白歌合戦現役時には愛馬のGI制覇はなかった)が、このキタサンブラックの活躍によって、今度は馬主としての注目を集めるようになった。

地方競馬でも楠賞全日本アラブ優駿を制したトライバルセンプーとキタサンオーカンなどを所有(トライバルセンプーは夫人名義だが、北島が実質的なオーナーである)。川崎競馬場には北島が寄贈した馬の実物大模型[64]「キタサンカワサキ」が展示されている。

所有馬については「北島音楽事務所#主な所有競走馬」を参照のこと。

家族[編集]

  • 次男の大野誠は、ロックバンド『1st BLOOD』のボーカル“MAKOTO”として、1988年にデビュー。シングル「American Dream」は北島の「年輪」とオリコンシングルチャートに同時チャートインし、オリコン史上初の「親子同時チャートイン」を記録した[65]。当時既に“MAKOTO”の芸名で活躍していた北野誠がいたが、北島側が北野に“MAKOTO”名義を譲って貰えるよう申し入れをし、北野は芸名を本名に改名した。『1st BLOOD』は2枚のアルバムを発売後、解散。誠はその後大地 土子(だいち とこ)のペンネームで、北島の曲の作詞・作曲を手がけている。
  • 三女は女優声優歌手水町レイコである。
  • 愛弟子の一人で北島ファミリーの一員である北山たけしと次女が結婚したため、北山は義息子となった。
  • 演歌歌手の松前ひろ子とは従妹にあたる。同じく演歌歌手の三山ひろしは松前の娘婿(松前の次女の夫)[66]

北島ファミリー[編集]

  • 山本譲二2007年元日付で北島音楽事務所から独立したが、暖簾分けの形であり北島ファミリーの一員であり続けている。)
  • 原田悠里
  • 小金沢昇司2014年節分明けをもって北島音楽事務所から独立することが発表された。「暖簾分け」の形での独立である。)
  • 和田青児2012年元日付で北島音楽事務所から独立。「暖簾分け」の形で、ファミリーの一角である。)
  • 山口ひろみ
  • 北山たけし(北島の娘婿)
  • 大江裕
  • 長井みつる(28年にわたり北島の付き人を務め、2012年8月22日に北島の詞曲による『影』でデビューした。)
また、かつて北島音楽事務所には、大橋純子もんたよしのり松原のぶえやや、里見☆しのぶ、岸本ゆきえチャダらが在籍していた。

脚注[編集]

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  1. ^ “北島三郎 船村徹氏同門会であいさつ”. デイリースポーツ ONLINE. (2013年2月27日). オリジナル2013年3月2日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130302151432/http://www.daily.co.jp/gossip/2013/02/27/0005772201.shtml 2014年1月27日閲覧。 
  2. ^ a b c 北島三郎”. 堂々現役 巨匠からのメッセージ/BSフジ (2009年6月20日). 2014年4月6日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2014年4月6日閲覧。
  3. ^ NHKのど自慢|2015/01/03(土)放送”. TVでた蔵. ワイヤーアクション. 2015年1月4日閲覧。
  4. ^ “新栄プロ西川会長本葬 北島三郎、育ての親に最後のお別れ”. ORICON STYLE. (2013年2月4日). オリジナル2014年3月16日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140316115013/http://www.oricon.co.jp/news/2021307/full/ 2014年3月16日閲覧。 
  5. ^ 北島によれば、コンビ名は「ゲルピンぽん太、ちー太」という名で、4日でクビになったという(『読売新聞』1989年2月12日付東京本社朝刊37面)。
  6. ^ 番組ダイアログ「船村徹」 - 堂々現役 巨匠からのメッセージ”. BSフジ (2009年12月18日). 2014年4月6日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2014年4月6日閲覧。
  7. ^ 後年の映画出演でも『兄弟仁義』等の東映任侠路線で多数共演しており、このような縁から、こののちも村田との親交は続いた。
  8. ^ 読売新聞社文化部『この歌この歌手〈上〉運命のドラマ120』社会思想社、1997年、86頁。ISBN 4390116010
  9. ^ 『この歌この歌手〈上〉運命のドラマ120』83頁
  10. ^ a b 移籍を勧められたが、ひばりはコロムビアに留まった。その代わりに「ご祝儀代わり」として『関東春雨傘』が吹き込まれ、記念すべきシングル第1弾(レコードナンバー:CW-1)となった。
  11. ^ 番組ダイアログ「北島三郎」- 堂々現役 巨匠からのメッセージ”. BSフジ (2009年6月20日). 2014年4月6日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2014年4月6日閲覧。
  12. ^ a b ミノルフォン、KA-1144 c/w 雪ん娘峠
  13. ^ 『我が道 - 北島三郎』第15回 スポーツニッポン 2014年4月16日付22面にて自ら由来を明かしている。
  14. ^ 朝日新聞2011年8月24日朝刊
  15. ^ 北島三郎と渡哲也の決定的な違い”. 溝口敦の斬り込み時評 (2011年11月7日). 2013年12月20日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年12月21日閲覧。
  16. ^ 朝日新聞』1990年10月26日付朝刊(東京)。
  17. ^ “山本譲二の独立発表「死ぬ気でやります」”. ZAKZAK. (2006年10月5日). オリジナル2006年10月25日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20061025045051/http://www.zakzak.co.jp/gei/2006_10/g2006100506.html 2014年5月16日閲覧。 
  18. ^ “北島三郎、演歌・歌謡最年長1位!!”. ORICON STYLE. (2006年10月24日). オリジナル2014年4月19日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140419050109/http://www.oricon.co.jp/news/37911/ 2014年4月19日閲覧。 
  19. ^ “総務省とDpaが多様な取り組み デジタル放送完全移行まで2年”. 電通報 朝刊 (電通). (2009年8月3日) 
  20. ^ 望月麻紀 (2010年6月23日). “地デジ化応援隊に王さん、北島さんら”. 毎日新聞 朝刊 (毎日新聞社) 
  21. ^ “北島三郎さんらに放送文化賞 NHK”. 47NEWS. (2010年3月4日). オリジナル2014年4月16日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140416141151/http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010030401000800.html 2014年4月16日閲覧。 
  22. ^ 日本放送協会 放送文化賞受賞者(第61回 - 第65回)”. NHK. 2014年4月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月16日閲覧。
  23. ^ a b “芸道50周年記念公演を日生劇場など4劇場で上演=北島三郎、75歳にして次郎長と石松の2役に挑戦”. 連合通信.com. (2011年1月19日). オリジナル2013年3月11日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130311074517/http://rengo-tsushin.com/modules/music/index.php?page=article&storyid=895 2014年4月5日閲覧。 
  24. ^ “第32回松尾芸能賞大賞は北島三郎 優秀賞は中村翫雀、大空祐飛ら”. シアターガイド. (2011年2月23日). オリジナル2011年2月28日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110228093805/http://www.theaterguide.co.jp/theater_news/2011/02/23.php 2013年11月27日閲覧。 
  25. ^ 第32回松尾芸能賞各賞受賞者一覧”. 財団法人 松尾芸能振興財団. 2013年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年11月27日閲覧。
  26. ^ “北島三郎、紅白引退!節目の50回目大トリで幕「今年で身をひく」”. スポーツ報知. (2013年11月25日). オリジナル2013年11月27日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20131127030800/http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20131124-OHT1T00210.htm 2013年11月27日閲覧。 
  27. ^ “北島三郎さん紅白引退へ 心ある歌を”. NHK NEWS WEB. (2013年12月5日). オリジナル2013年12月5日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131205112955/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131205/k10013606831000.html 2013年12月7日閲覧。 
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  29. ^ “北島三郎の弟・大野拓克さん死去 67歳、事務所の常務取締役”. Sponichi Annex. (2014年7月24日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/07/24/kiji/K20140724008620220.html 2014年9月24日閲覧。 
  30. ^ “北島三郎 座長公演4500回を達成し「感無量」”. Sponichi Annex. (2014年9月23日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/09/23/kiji/K20140923008982220.html 2014年9月24日閲覧。 
  31. ^ “北島三郎「末の弟が先に旅立つなんて…」 大野拓克さん葬儀で号泣”. zakzak. (2014年7月26日). http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20140726/enn1407261001007-n1.htm 2014年9月26日閲覧。 
  32. ^ “北島三郎「線を引かせてもらいたい」 来年1月で座長公演に区切り”. Sponichi Annex. (2014年4月21日). オリジナル2014年4月22日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140422064921/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/04/21/kiji/K20140421008017750.html 2014年4月22日閲覧。 
  33. ^ “北島三郎 座長公演引退表明 舞台で“サブザイル”結成?”. Sponichi Annex. (2014年4月22日). オリジナル2014年4月22日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140422071714/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/04/22/kiji/K20140422008019660.html 2014年4月22日閲覧。 
  34. ^ 旭日大綬章に自見元郵政相=北島三郎、富司純子さんに小綬章-春の叙勲 時事ドットコム 2016年4月29日
  35. ^ “北島三郎、「頸椎症性脊髄症」治療で盛岡公演を延期”. ORICON STYLE. (2016年9月14日). http://www.oricon.co.jp/news/2078453/full/ 2016年9月15日閲覧。 
  36. ^ “北島三郎 自宅風呂場で転倒し手術 頸椎症性脊髄症、一時歩行も困難に”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2016年11月14日). http://sp.daily.co.jp/gossip/2016/11/14/0009666340.shtml#btnMore 2016年11月14日閲覧。 
  37. ^ 当時、市川昭介は日本コロムビアの専属作曲家だったため、この変名を使用している。詳細は『涙を抱いた渡り鳥』のページに記述あり。
  38. ^ 八大の実兄でクラリネット奏者。
  39. ^ ミノルフォン、KA-2089 c/w じゃらくの雨 北原は5月発売、北島は2か月遅れの7月発売だった。
  40. ^ “大江裕、新曲「御免なすって」で初の股旅 北島三郎が作詞作曲”. スポニチアネックス. (2016年10月25日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/10/25/kiji/K20161025013596700.html 2016年10月25日閲覧。 
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  44. ^ 北島三郎・水町レイコ親子がドラマ初共演「思い出」”. ORICON (2015年7月27日). 2015年7月27日閲覧。
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  49. ^ 日生劇場 | 公演スケジュール | 芸道50周年記念 北島三郎特別公演
  50. ^ “紅白引退の“御大”に意外な過去…北島三郎は漫才師だった!”. 日刊ゲンダイDIGITAL. (2013年12月13日). http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/146634 2015年12月1日閲覧。 
  51. ^ “紅白で大トリを務める北島三郎、その歌声の秘けつとは?”. サーチナ. (2009年12月24日). オリジナル2012年7月18日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20120718114429/http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=1224&f=entertainment_1224_001.shtml 2014年4月3日閲覧。 
  52. ^ 『我が道 - 北島三郎』スポーツニッポン 2014年4月14日付駅売り特別版 20面
  53. ^ 北島三郎.SMAPにエール 紅白で「締めくくるのが格好いい」,毎日新聞,2016年8月15日
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  60. ^ なお、個人馬主時代からを法人移行後に使用していた従前の勝負服のデザインは「紫、胴白二本輪、白袖」であった。
  61. ^ “北島三郎がダービー発走前に君が代独唱”. 日刊スポーツ. (2009年6月1日). オリジナル2013年4月27日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20130427114347/http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20090601-501493.html 2014年4月3日閲覧。 
  62. ^ “【菊花賞】サブちゃん悲願のG1制覇!キタサンブラックV”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2015年10月25日). http://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2015/10/25/kiji/K20151025011387150.html 2015年10月25日閲覧。 
  63. ^ “サブちゃん 愛馬で天皇賞・春V「まつり」熱唱、武豊にムチャ振りも”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2016年5月1日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/05/01/kiji/K20160501012506520.html 2016年5月1日閲覧。 
  64. ^ 川崎競馬場に実物大の馬の模型が贈呈される”. KEIBA.GO.JP (2008年1月18日). 2013年1月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月3日閲覧。
  65. ^ オリコン・ウィークリー(編)『小池聡行のオリコンデータ私書箱』オリジナルコンフィデンス、1991年、103頁。ISBN 4871310272
  66. ^ 日刊スポーツ2016年2月2日紙面

関連項目[編集]

外部リンク[編集]