今いくよ・くるよ

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今いくよ・くるよ
メンバー 今いくよ
今くるよ
結成年 1971年
解散年 2015年5月28日
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1973年1月 -
師匠 島田洋介・今喜多代
出身 京都府京都市
出会い 京都明徳高等学校
現在の活動状況 テレビ
ラジオ
舞台
芸種 漫才
公式サイト プロフィール
受賞歴
1981年 上方お笑い大賞 金賞
1982年 花王名人大賞 最優秀新人賞
1982年 上方漫才大賞 奨励賞
1984年 上方漫才大賞 大賞
1984年 咲くやこの花賞 大衆芸能部門 漫才
1986年 上方お笑い大賞 大賞
1987年 花王名人大賞 名人賞
1988年 花王名人大賞 大賞
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今いくよ・くるよ(いまいくよ・くるよ)は、日本女性漫才コンビである。所属事務所よしもとクリエイティブ・エージェンシー高校同級生コンビでもあった。弟子にサカイストがいる。2015年5月にいくよが亡くなったが、解散については否定している。

プロフィール[編集]

今いくよ[編集]

  • 本名 - 里谷 正子(さとや まさこ)[1]
  • 生年月日 - 1947年12月3日
  • 没年月日 - 2015年5月28日(満67歳没)
  • 出身 - 京都府京都市
  • 血液型 - A型
  • 痩せすぎているほど細い体型や厚化粧が特徴。長すぎる睫毛で、パチパチ瞬きをしたり首筋を掻く仕草が特徴で、中川剛をはじめとする他のお笑い芸人からよくマネされている。[要出典]
  • 胃がんの治療に専念するため2014年9月17日より休業[2]、12月3日に舞台復帰したが[3][4]2015年5月28日に逝去した[1]。67歳没。亡くなる17日前のなんばグランド花月が最後の舞台であった[5]。その舞台に立つ直前の楽屋フロアを訪れた笑福亭鶴瓶らと挨拶を交わした様子を映した『桃色つるべ〜お次の方どうぞ〜[6]が、最後のテレビ出演となった。
  • 相方のくるよによると、亡くなる数日前も看護師から名前を呼ばれた際に「里谷正子、28歳です!」とギャグを言って看護師らの笑いをとっていたという。
  • 戒名は「萬華院喜香正蓮大姉」(まんげいんきこうしょうれんだいし)[7]
  • いくよの通夜は5月29日、告別式は5月30日にそれぞれ京都市内で近親者のみで営まれたが、相方のくるよや宮川花子も参列、通夜の際、くるよは「日本一の相方とやってこられて私は、ほんまに幸せやった」と参列者の前で挨拶して参列者の涙を誘った。お別れの会は8月4日なんばグランド花月(NGK)で大崎洋吉本興業社長・吉野伊佐男吉本興業会長が発起人となって行われ、くるよや笑福亭仁鶴六代桂文枝西川きよしハイヒールシルクら吉本所属タレントを中心に約1,000人が参列して故人の冥福を祈った。NGKで吉本関連人物のお別れの会が行われるのは林正之助(吉本興業元会長。1991年没)以来24年ぶりで、所属芸人としては史上初であった。

今くるよ[編集]

  • 本名 - 酒井 スエ子(さかい スエこ)
  • 生年月日 - 1947年6月17日(69歳)
  • 出身 - 京都府京都市
  • 血液型 - A型
  • 6人兄弟の末っ子。いくよと正反対の肥満体型(ただし近年は痩せてきている)。肌の露出が多く派手な色柄やフリルのついた衣装を着て登場する。腹を叩いたり、両手を顔の前で交互に前後ろにしたり、「どやさ」と言ったりするのが持ちギャグ。身振り手振りがよく中川礼二からモノマネのネタにされている。専属のデザイナーがいて衣装は全て手作り。
  • 2015年、第50回大阪市市民表彰を受賞[8]

略歴・特徴[編集]

京都明徳高等学校(当時は明徳商業高等学校)時代、2人共ソフトボール部に所属していた。いくよがセンター(キャプテン)、くるよはマネージャー(当初キャッチャー)。3年生の時、全国大会で準優勝。

外見のイメージから、いくよがツッコミ、くるよがボケのような印象を持たれがちだが、実際の漫才では逆でいくよがボケ、くるよがツッコミである。共にドスのきいたハスキーボイスであり、声質は似ている。

師匠や先輩が「女芸人が結婚したら終わり」と冗談交じりに言われた事を守り抜き、2015年でも独身。いくよは生涯独身を貫いた。結婚予定がどちらもあったが、破談させている。

太っているくるよと痩せているいくよが、互いの体型や容姿・ファッションをけなし合うネタをよく演じるが、他人に対しては褒めることはあっても悪口を言ったり笑いに使うことはほとんどない。そのため、老若男女を問わず広いファンを持つ。2人が出会って40年以上経過するが、コンビ仲がとても良いことで有名[9]

共に独身で、男性を中心に後輩芸人の面倒見もよく彼女達を慕う芸人は非常に多い。毎年3月3日には2人が中心となってベテラン、若手問わずに吉本所属の女性芸人を集めて親睦会が行われる。また後輩芸人、スタッフにニックネームを付ける。

1970年、OLを辞め、島田洋介・今喜多代に弟子入り。弟子入り3ヶ月目、師匠についていった巡業先で急病で出れなくなった女流のマジシャンの穴埋めで初舞台を踏んだ。その直後のうめだ花月の公演に「スエ子・正子」のコンビ名で出演[10]。以降もスポットライトが当たることがなく、1980年になってようやくフジテレビ系「花王名人劇場」に出演するチャンスを得たものの、吉本興業から「これでウケなかったら最後」と通告されていた。リハーサルやネタ見せの段階では全く受けなかったが、本番になってくるよがお腹を叩いたところこれが受け、2人の漫才はカットされずに全国放送された(このときの他の出演者にはやすし・きよしなどの大御所が並んでいた)。翌日よりテレビラジオその他からの出演依頼が殺到。苦難の末、ようやく本格女流漫才師として日の目を見ることとなった。その後1984年には上方漫才大賞を、1988年には花王名人大賞を受賞している。

漫才では、いくよ「くるよちゃん、そんなとこ(肩)から足出して」くるよ「これは腕やっちゅうねん」。いくよ「私たち高校の頃にソフト部やってまして、私ピッチャーでエース。くるよちゃん、キャッチャーでロース(肉の部位)」。などの持ちネタがある。

他にもいくよの厚化粧をネタに、くるよが顔にファンデーションをはたくような仕草や、漫才途中から必ずくるよの派手で大きな衣装がズレてくるので、すそを何度も持ち上げての漫才をする。

2006年10月6日、『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングで、1984年8月30日(紹介者:田島令子)以来、丸22年ぶりの出演を果たした(紹介したのは友近)。

ダウンタウン松本人志は、いくよとくるよがどちらか混同するため、「こっちにガーーッて向かってくる方が“くるよ”」と覚えている。(松本出演のラジオ『放送室』より)。ただし、いくよとくるよの名前の由来自体がそもそもそういう意味で付けた可能性が高く、松本独自の覚え方ということでもない。

後輩の面倒見がよく、過去には中川家やレギュラージェットコースター(解散)、ミサイルマンらを食事に誘ったり、ラジオに定期的に出演させたりした。

2009年9月22日なんばグランド花月での公演中にくるよが引きつけを起こし倒れ、大阪市内の病院へ緊急搬送された。その後、検査入院となり心筋梗塞と診断。退院したくるよは12月1日に『ラジオよしもと むっちゃ元気スーパー!』で復帰を果たす。

くるよは風貌がフィギュアスケート選手の鈴木明子に似ている。バンクーバーオリンピック期間中は、なんばグランド花月の楽屋ではこの話題で持ちきりだった。

マクドナルドのハンバーガーを「パン」、フィレオフィッシュを「お魚のパン」と言う。

出演[編集]

レギュラー番組[編集]

テレビドラマ[編集]

今くるよ のみ
  • セレンディピティ物語〜新しい自分に出会う旅〜(2015年12月29日[注 1]MBSテレビ) - スナックのママ 役[11]

映画[編集]

CM[編集]

ゲーム[編集]

Music Video[編集]

  • NMB48「君と出会って僕は変わった」(AKB48 34thシングル TypeN収録曲)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 2015年12月28日深夜。日時表記は暦日表記で記載。

出典[編集]

  1. ^ a b “今いくよさん急死 67歳、昨年胃がん公表 くるよと漫才ブームけん引”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2015年5月29日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/05/29/kiji/K20150529010438120.html 2015年5月29日閲覧。 
  2. ^ “今いくよ、胃がんと診断…くるよショックも克服へ献身サポート”. 産経ニュース (産経新聞社). (2014年9月17日). http://www.sankei.com/entertainments/news/140917/ent1409170002-n1.html 2015年5月29日閲覧。 
  3. ^ “今いくよが胃がんから復帰 入院中の悩みは「素顔見せること」”. 東スポWeb (東京スポーツ新聞社). (2014年12月3日). http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/341362/ 2015年5月29日閲覧。 
  4. ^ “今いくよ 誕生日に電撃復帰!「長い付き合いに」胃がん治療継続”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2014年12月4日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/12/04/kiji/K20141204009398280.html 2015年5月29日閲覧。 
  5. ^ “女性漫才師の今いくよさん死去 67歳”. 産経ニュース. (2015年5月29日). http://www.sankei.com/west/news/150529/wst1505290019-n1.html 2015年5月29日閲覧。 
  6. ^ “『桃色つるべ〜お次の方どうぞ〜』の番組概要ページ(2015年6月17日分)”. gooテレビ番組. (2015年6月17日). http://tvtopic.goo.ne.jp/kansai/program/info/383730/ 2015年6月21日閲覧。 
  7. ^ “今いくよさん告別式…唇にビール「我慢してたから」”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ). (2015年5月30日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1484840.html 2015年5月30日閲覧。 
  8. ^ 今くるよ、大阪市市民表彰に喜び「いくよちゃんも天国で喜んでる」”. ORICON STYLE (2015年10月29日). 2015年10月29日閲覧。
  9. ^ 今いくよさん逝く 相方くるよが献身サポート、深かったコンビ仲”. スポーツニッポン. 2015年5月29日閲覧。
  10. ^ NHKラジオ第1「かんさい土曜ほっとタイム」2016年6月4日
  11. ^ 今くるよ、スナックママ役でドラマ出演 アドリブで「どやさ」”. スポニチアネックス (2015年11月24日). 2015年11月24日閲覧。

外部リンク[編集]