オペラ座の怪人 (2004年の映画)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
オペラ座の怪人
The Phantom of the Opera
監督 ジョエル・シュマッカー
脚本 ジョエル・シューマカー
アンドリュー・ロイド・ウェバー
原作 ガストン・ルルー
製作 アンドルー・ロイド・ウェバー
製作総指揮 ポール・ヒッチコックオースティン・ショウ
ジェフ・アッバリー
ジュリア・ブラックマン
キース・カズンズ
ルイーズ・グッドシル
ラルフ・カンプ
出演者 ジェラルド・バトラー
エミー・ロッサム
音楽 アンドリュー・ロイド・ウェバー
撮影 ジョン・マシソン
編集 テリー・ローリングス
配給 アメリカ合衆国の旗 ワーナー・ブラザーズ
日本の旗 ギャガ
公開 アメリカ合衆国の旗 2004年12月22日
日本の旗 2005年1月29日
上映時間 143分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
イギリスの旗 イギリス
言語 英語
製作費 $70,000,000[1]
興行収入 $154,648,887[1]
テンプレートを表示

オペラ座の怪人』(オペラざのかいじん、原題: The Phantom of the Opera)は、2004年アメリカで製作されたミュージカル映画ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』の映画化だが、アンドルー・ロイド・ウェバーミュージカルの映画化と言った方が正しい。

ストーリー[ソースを編集]

1919年、オペラ・ポピュレールにて劇場の備品を処分する公開オークションを開催する。ラウル・シャニュイ子爵は猿の形をした張り子のオルゴールを購入し、黒いドレスを着た年配のマダム・ジリーが悲し気に見つめる。競売人は次に、荒廃したシャンデリアを「オペラ座の怪人による奇妙な出来事」で重要な役割を担ったと紹介する。シャンデリアは輝きを取り戻し、屋根の元の位置にゆっくりと上昇し、1870年に時代がさかのぼる。

グランド・オペラ『ハンニバル』のリハーサル中、ムッシュ・レフェーヴは退職を決心し、オペラ座は芸術関連に全く経験のないリチャード・フェルマンとギルズ・アンドレに買収されたことを発表する。座付きソプラノ歌手のカルロッタ・ジュディチェリが新たなマネージャーたちのために歌い始めると背景が壊れて人々は劇場下の地下墓地に住むと噂される「オペラ・ゴースト」の仕業だと口々に語る。バレエのリーダーのマダム・ジリーはダンサーのクリスティーヌ・ダーエがよく稽古を積んでいるためカルロッタの代役を務めることができると提案する。マネージャーたちは渋々同意し、クリスティンが実際に歌ってみせると驚くほどの出来にマネージャーたちは納得させられる。

その夜、クリスティーヌの舞台デビューは成功し、マダム・ジリーの娘のメグに亡き父が生前言及した「音楽の天使」というミステリアスな指導者に稽古をつけられていると語る。クリスティーヌが楽屋に戻るとオペラ座の新しい後援者で初恋の相手のラウルが待っていた。2人は幼い頃にクリスティーヌがラウルにだけ明かした秘密の思い出話をし、クリスティーヌの「おとぎ話」を一笑に付し、ディナーに誘うがクリスティーヌはこれを断る。マダム・ジリー以外誰にも知られずにオペラ座の怪人はクリスティーヌを楽屋に閉じ込め、姿を現してクリスティーヌを地下の隠れ家に連れていく。

怪人はクリスティーヌへの愛を明かし、愛されたいと願う。怪人がクリスティーヌに、ベールをかけウエディング・ドレスを着たクリスティーヌの姿の人形を見せると、クリスティーヌは気を失って怪人はクリスティーヌをベッドに横たえる。翌朝クリスティーヌが目を覚ますと怪人が作曲をしているのを見つける。クリスティーヌは怪人に近付き、好奇心から怪人の仮面を外す。怪人は激怒し手で顔を覆い隠す。怪人は醜い顔を見られたためクリスティーヌを一生ここに閉じ込めると語り、美への憧れを明かす。怪人を哀れに思ったクリスティーヌは仮面を返し、互いを理解し合う。怪人はクリスティーヌをオペラ座に返すことにする。

その朝、マネージャーたちはクリスティーヌの失踪、およびオペラ・ゴーストからそれぞれに届いた、給料や劇場経営に関する手紙について心配する。カルロッタが戻り、クリスティーヌではなくカルロッタが『イル・ムート』で伯爵夫人を演じるのであれば想像を絶する悲劇が起きると書かれた手紙に怯える。フェルマンとアンドレはゴーストの警告を無視し、カルロッタに主演を任せる。その夜、怪人は公演を中断させ、自分に従わなかったことを批判する。

カルロッタは演じ続けるが、声がカエルの鳴き声のようになり、主演はクリスティーヌが引き継ぐ。バレエ上演中、怪人は舞台係チーフのブケーを首吊りにして舞台上に下ろしたため会場は混乱に陥る。クリスティーヌはラウルと共に屋根の上に逃げる。クリスティーヌは怪人の顔を見たことと怪人への恐れがある反面、怪人への哀れみも持つことを明かす。ラウルはクリスティーヌに愛を語り、永遠にクリスティーヌを守ると誓う。クリスティーヌはラウルの愛に応え、情熱的なキスをして2人はその場を去る。これを目撃していた怪人は悲しみに打ちひしがれる。怪人はラウルへの怒りを増し、2人への復讐を誓う。

3か月後、オペラ座で仮面舞踏会が開催される。クリスティーヌはラウルからの婚約指輪を着用している。舞踏会は赤死病の仮面の扮装をした怪人に中断される。怪人は自身が作曲した『ドンファンの勝利』の楽譜を持参し、マネージャーたちにオペラで上演するよう強制する。ラウルは怪人との戦いの準備のため一旦退室し、クリスティーヌは怪人に近付く。怪人は婚約指輪を見つけ、それを奪って床下に逃げる。ラウルは怪人を追おうとするが、マダム・ジリーに止められ、ラウルにだけ怪人の過去の話をする。マダム・ジリーがまだ少女だった頃、見世物小屋に行くと醜い子供が檻に入れられているのを見る。その子供は皆が見ている前で殴られ笑われる。小屋の主人が子供の顔を隠していた袋を剥ぎ取ると、子供の醜い顔が現れる。少女だったマダム・ジリーのみがその子供を哀れに思う。マダム・ジリーはその場をなかなか離れられず、子供が主人の首を絞めるのを目撃する。警察に追われながら、マダム・ジリーは子供の逃走を助け、オペラ座の下に隠れ家を見付けて、以来マダム・ジリーは彼をそこにかくまっている。

クリスティーヌは馬車に乗り父の墓を訪れるが、怪人がこっそり御者に代わる。クリスティーヌが出掛けるのを見付けてラウルが追い掛ける。クリスティーヌが墓地に到着し、父の死を嘆く。怪人はクリスティーヌを取り戻そうと、父が言及していた天使の振りをするが、ラウルがやってきて怪人を止める。墓地で剣による闘争が始まり、ラウルは怪人の剣を落として殺そうとするが、クリスティーヌが止める。怪人は怒りが増幅するが、クリスティーヌとラウルが去るのを見送るしかなかった。

クリスティーヌは怪人への恐れを口にし、ラウルに怪人は自分を捕まえるのをやめないだろうと語る。ラウルは怪人が作曲したオペラが上演されれば必ず姿を現すだろうと確信し、この時に怪人を捕らえようと計画する。『ドンファンの勝利』が上演され、クリスティーヌと共に主演として現れる。ラウルはただボックス席から見ていることしかできず、クリスティーヌは怪人の手中に入る。しかしクリスティーヌはまた仮面を剥ぎ取り、観客全員が怪人の醜い顔を目撃し、恐れて叫ぶ。怪人はシャンデリアを落下させてオペラ座に火を放ち、クリスティーヌを連れて逃げる。

怪人は隠れ家にクリスティーヌを連れ戻る。マダム・ジリーはラウルに怪人の住みかを教え、ラウルはクリスティーヌを助けに行く。怪人はクリスティーヌにウエディング・ドレスを着させ、再度愛を伝えて求婚する。クリスティーヌは怪人の見た目を恐れてはいないが、怪人の怒りや欲しいものを手に入れるためには殺人をもいとわないことを恐れていると伝える。その直後ラウルが隠れ家にやってきて、怪人はラウルを門に縛り付け、クリスティーヌが怪人の求婚を受け入れなければラウルを殺すと脅す。クリスティーヌは決めることができずに、怪人に情熱的なキスをして怪人は世界でひとりぼっちではないことを伝える。怪人は生まれて初めて人の愛に触れてショックを受ける。自分の残忍な行為を恥じ、怪人はクリスティーヌとラウルを解放し、二度と戻ってこないよう語る。怪人は小さな猿のオルゴールに癒される。クリスティーヌが怪人に近付くと、怪人はクリスティーヌへの愛を告げ、クリスティーヌは静かに指輪を外して怪人に返す。クリスティーヌとラウルが去ると、怪人は地下の隠れ家にある鏡を全て壊し、警察が到着する直前にベルベットのカーテンの裏にある秘密の地下道を通って姿を消す。メグは怪人の白い仮面だけを発見する。

1919年、年老いたラウルがクリスティーヌの墓を訪れオルゴールを置く。ラウルはしばらく静かにたたずんで帰ろうとすると、怪人がクリスティーヌに与えた婚約指輪が黒いリボンで結びつけてある赤いバラを見つける。怪人はまだ生きており、クリスティーヌを愛し続けているのであった。

キャスト[ソースを編集]

日本語吹き替え[ソースを編集]

製作[ソースを編集]

経緯[ソースを編集]

1989年初頭、ワーナー・ブラザースは映画化権を購入し、ロイド・ウェバーが総合芸術監督となった[2]。最上級の監督たちが名乗りを上げたが、ロイド・ウェバーとワーナーはすぐにジョエル・シュマッカーを採用した。ロイド・ウェバーはシュマッカー監督の『ロストボーイ』での音楽の使い方に印象付けられたのだった[3]。同年、ロイド・ウェバーとシュマッカーは脚本を執筆し[4]、オリジナル舞台版に主演したマイケル・クロフォードサラ・ブライトマンが映画版にもキャスティングされた。1990年7月、イングランドにあるパインウッド・スタジオにて2,500万ドルの予算で撮影されることとなった[5]

しかし撮影開始日は1990年11月まで延期になりドイツミュンヘンにあるバベルスバーグ・スタジオ、チェコ共和国プラハにあるバランドフ撮影所の2ヶ所で撮影されることとなった[6]。ロイド・ウェバーとブライトマンの離婚により行き詰っていたのだ[7]。シュマッカーは「全てが暗礁に乗り上げ」、「他の仕事で実に忙しくなった」と語った[8]。その結果1990年代を通して製作は棚上げとなった[9]。1997年2月、シュマッカーは再度取り掛かろうとしたが、結局『バットマン』、『ニューオーリンズ・トライアル』、『ドリームガールズ』のため降板した[10]。ワーナーは主演にジョン・トラボルタのキャスティングを熱望していたが[11]、同時にテレビの特別番組『Andrew Lloyd Webber: The Royal Albert Hall Celebration 』で怪人役を歌うためヴォーカル・レッスンをしていたアントニオ・バンデラスとも接触した[12]

2002年12月、シュマッカーとロイド・ウェバーは『オペラ座の怪人』の製作を再開した[4]。2003年1月、ロイド・ウェバーが個人的に『オペラ座の怪人』を製作するため、自身が所有するリアリー・ユースフル・グループがワーナーから映画化権を買い取った[12]。ロイド・ウェバーは自費600万ドルを投資した[13]。『オペラ座の怪人』は予算5,500万ドルで製作されることとなった。さらに1,500万ドルが宣伝費用として追加され、予算は計7千万ドルとなった[14]。ワーナーはファーストルック契約の権利が与えられたが、主要キャストが決まってからの2003年6月に契約した[15]

キャスティング[ソースを編集]

ヒュー・ジャックマンが怪人役のオーディション参加のオファーを受けたが、『ヴァン・ヘルシング』のため多忙であった。2003年4月のインタビューで「彼らはしきりに私の予定を聞いてきた」「おそらく20名位の俳優に声をかけていたと思う。残念ながら私はできなかった。とても残念だ」と語った[16]。ロイド・ウェバーは「ややロックンロールの素質がある人が欲しかった」と語った。「彼はやや粗く、やや危険で、従来の歌手とは違う。クリスティーヌは怪人の危険な魅力にひかれるのだ」と語った[4]。シュマッカーはジェラルド・バトラーの『ドラキュリア』の演技が印象に残っていた[17]。オーディション前にプロの歌手の経験のないバトラーが4回ヴォーカル・レッスンを受けただけでロイド・ウェバーの前で『The Music of the Night 』を歌った[2]

2003年3月、ケイティ・ホームズがヴォーカル・レッスンを受け始め、クリスティーヌ役最有力候補とされていた[18]。しかし2004年、クラシックのソプラノのトレーニングを受けていたアン・ハサウェイに最有力候補が移った。しかし契約により出演が必須であった『プリティ・プリンセス2/ロイヤル・ウェディング』とスケジュールが重なり断念した[19]。その後エミー・ロッサムが浮上した。ロッサムは怪人とクリスティーヌの関係性をジョージ・バランシンとスザンヌ・ファレルの関係になぞった[13]パトリック・ウィルソンがそれまでのブロードウェイでの経歴が評価されラウル役にキャスティングされた。カルロッタ役にはミニー・ドライヴァーが傲慢なプリマドンナを大げさなキャンプとして役作りした。キーラン・ハインズは歌の経験に欠けるが、『ヴェロニカ・ゲリン』で関わったことのあるシュマッカーがリチャード・フィルマン役に配役した[3]ラミン・カリムルーがクリスティーヌの父グスタフ・ダーエの肖像として登場するが、カリムルーはのちにロンドンのウエスト・エンドで怪人役およびラウル役を演じることとなった。

撮影[ソースを編集]

2003年9月15日から2004年1月15日、プリンシパル・フォトグラフィの撮影が行われた。パインウッド・スタジオの8ヶ所のサウンド・ステージを使用し[20]、バックロットにガルニエ宮の下半分の外観が建てられた。上半分はComputer Generated Imagery(CGI)とシネサイト製スケールモデルを併用して撮影された。『All I Ask of You 』のパリの街並みはマットペイントで作成された.[3]。シャンデリアは実際のセットには大きすぎるため、シネサイトがミニチュアのシャンデリアを作成した[21]

プロダクション・デザイナーのアンソニー・D・G・プラットは、オリジナルのパリ・オペラ・ハウスを設計したフランスの建築家シャルル・ガルニエの他、エドガー・ドガジョン・シンガー・サージェントギュスターヴ・カイユボットラファエル前派ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティなどの影響を受けている。シュマッカーはジャン・コクトーの『美女と野獣』(1946年)の中のシャンデリアのあるホールに影響を受けている。墓地はペール・ラシェーズ墓地モンパルナス墓地を基にしている[22]。衣裳デザインのアレクサンドラ・バーンは仮面舞踏会のシーンで黒、白、金、銀をメインに使用した[3]

備考[ソースを編集]

  • 劇中に登場するシャンデリアスワロフスキー社製の物で、およそ1億2000万円の費用をかけて製作された。シャンデリアが落下するシーンはいわゆる「一発撮り」で撮影され、落下の際に落としたシャンデリアはガラス製の物である。
  • 日本の配給会社であるギャガは、2009年に本作の日本語吹き替え版を製作すると発表していたが、諸事情により実現することはなかった。しかし、2010年に日本テレビ劇団四季と共同で製作することが決定。2010年12月17日の「金曜ロードショー」で、台詞と歌の両方が吹き替えられている「特別版」として放送された[23]。映画版オリジナルの音源に、四季俳優の歌と台詞があてこまれている。ただし、放送時間の都合により、一部のシーンはカットされている。後にこの吹き替えは、2012年に発売された「Blu-ray コレクターズ・エディション」に収録された。
  • この映画を最後に東京都千代田区有楽町にあった東宝系映画館『日比谷映画』が閉館(2005年4月8日)した。当初は『あずみ2 Death or Love』が最終上映作になる予定だったが、不入りによりシャンテ・シネ(現:TOHOシネマズシャンテ)に移行された。
  • 2009年3月31日京都府京都市にあった東宝系映画館『東宝公楽』は、本作の特別上映をもって閉館した。

脚注[ソースを編集]

  1. ^ a b The Phantom of the Opera (2004)”. Box Office Mojo. 2009年12月18日閲覧。
  2. ^ a b Staff (2004年8月10日). “Movie Preview: The Phantom of the Opera”. Entertainment Weekly. http://www.ew.com/ew/article/0,,679403,00.html 2009年9月25日閲覧。 
  3. ^ a b c d The Making of The Phantom of the Opera, [DVD, 2005], Warner Home Video
  4. ^ a b c DVD production notes
  5. ^ Susan Heller Anderson (1990年3月31日). “Chronicle”. The New York Times 
  6. ^ Lawrence Van Gelder (1990年8月10日). “At the Movies”. The New York Times 
  7. ^ Staff (2004年8月10日). “Movie Preview: The Phantom of the Opera”. Entertainment Weekly. http://www.ew.com/ew/article/0,,679403,00.html 2009年9月25日閲覧。 
  8. ^ Todd Gilchrist (2004年12月20日). “Interview: Joel Schumacher”. IGN. http://movies.ign.com/articles/574/574586p1.html 2009年9月26日閲覧。 
  9. ^ Michael Fleming (2003年4月1日). “'Phantom' cues Wilson for tuner's adaptation”. Variety. http://www.variety.com/article/VR1117883926 2009年9月20日閲覧。 
  10. ^ Michael Fleming (1997年2月21日). “Helmer's 3rd At Bat”. Variety. http://www.variety.com/article/VR1117435255 2009年9月19日閲覧。 
  11. ^ Michael Fleming (1997年5月15日). “Krane Takes Bull By Horns”. Variety. http://www.variety.com/article/VR1117341748 2009年9月19日閲覧。 
  12. ^ a b Michael Fleming (2003年1月9日). “Lloyd Webber back on 'Phantom' prowl”. Variety. http://www.variety.com/article/VR1117878489 2009年9月19日閲覧。 
  13. ^ a b Phoebe Hoban (2004年12月24日). “In the 'Phantom' Movie, Over-the-Top Goes Higher”. The New York Times 
  14. ^ The Phantom of the Opera (2004)”. Box Office Mojo. 2013年3月18日閲覧。
  15. ^ Adam Dawtrey (2003年6月13日). “'Phantom' pic announces latest castings”. Variety. http://www.variety.com/article/VR1117887900 2009年9月20日閲覧。 
  16. ^ Michelle Zaromski (2003年4月29日). “An Interview with Michael Jakson”. IGN. http://movies.ign.com/articles/399/399999p1.html 2009年9月25日閲覧。 
  17. ^ Lynn Hirschberg (2005年3月13日). “Trading Faces”. The New York Times 
  18. ^ Michael Fleming (2003年3月13日). “'Men' treads carefully into sequel territory”. Variety. http://www.variety.com/article/VR1117882237 2009年9月20日閲覧。 
  19. ^ Anne Hathaway: Biography”. TV Guide. 2009年10月19日閲覧。
  20. ^ Staff (2003年10月1日). “Production Commences On 'Andrew Lloyd Webber's The Phantom of the Opera'”. Box Office Mojo. http://www.boxofficemojo.com/pr/?id=1434&p=.htm 2009年9月26日閲覧。 
  21. ^ Skweres, Mary Ann (2004年12月22日). “Phantom of the Opera: A Classic in Miniature”. Animation World Network. 2009年12月23日閲覧。
  22. ^ Missy Schwartz (2004年11月5日). “Behind the Music”. Entertainment Weekly. http://www.ew.com/ew/article/0,,768234__735580,00.html 2009年9月25日閲覧。 
  23. ^ オペラ座の怪人 金曜ロードショー特別版”. 金曜ロードショー. 2010年12月17日閲覧。

外部リンク[ソースを編集]