深津尚子

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深津 尚子 Table tennis pictogram.svg
Aichi-Shinbun-May-23-1965-2000.jpg
世界卓球選手権大会女子シングルス優勝直後の1965年5月22日、名鉄東岡崎駅前にて[1]
基本情報
よみがな ふかつ なおこ
ラテン語表記 Naoko Fukatsu
現姓名 徳永 尚子
生年月日 (1944-12-23) 1944年12月23日(73歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県額田郡岩津町(現・岡崎市宮石町
居住 高知県の旗香川県高松市
性別 女性
選手情報
段級位 9段
利き腕
経歴
学歴 慶應義塾大学
受賞
日本スポーツ賞 1967
 
獲得メダル
世界卓球選手権
1965 リュブリャナ 女子シングルス
1965 リュブリャナ 混合ダブルス
1965 リュブリャナ 女子団体
1967 ストックホルム 女子シングルス
1967 ストックホルム 女子ダブルス
1967 ストックホルム 混合ダブルス
1967 ストックホルム 女子団体
アジア卓球選手権
1964 ソウル 女子ダブルス
1964 ソウル 混合ダブルス
1964 ソウル 女子団体
アジア大会卓球競技
バンコク1966英語版 女子シングルス
バンコク1966英語版 女子ダブルス
バンコク1966英語版 混合ダブルス
バンコク1966英語版 女子団体
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深津 尚子(ふかつ なおこ、1944年12月23日 - )は日本の元卓球選手。段級位は9段。

経歴[編集]

愛知県額田郡岩津町(現・岡崎市宮石町)出身[2]。生家は紡績業を営んでいた。7人きょうだいの末っ子[3]岡崎市立奥殿小学校、岡崎市立香山中学校(現・岡崎市立新香山中学校)、桜丘高等学校卒業。1963年、慶應義塾大学文学部社会学科に進学[2]

1965年4月、リュブリャナで開催された第28回世界卓球選手権大会女子シングルスで優勝、世界チャンピオンとなった。

1967年、日本スポーツ賞を受賞した。

現役引退後は結婚して徳永姓となり、香川県高松市で1946年創業の料亭の女将を長く務めていた[3][4]

2016年7月1日、岡崎市より市民栄誉賞が授与された[5]

成績[編集]

  • 1962年 - 全国高等学校卓球選手権大会 シングルス優勝
  • 1964年 - 全日本学生卓球選手権大会シングルス優勝、アジア卓球選手権(ソウル)ダブルス優勝、混合ダブルス優勝、団体優勝
  • 1965年 - 世界卓球選手権(リュブリャナ)シングルス優勝、ダブルスベスト16、混合ダブルスベスト4
  • 1966年 - 第6回アジア競技大会バンコク)シングルス優勝、ダブルス優勝、混合ダブルス優勝、団体優勝
  • 1967年 - 世界卓球選手権(ストックホルム)シングルス2位、ダブルス2位、混合ダブルス2位

脚注[編集]

  1. ^ 愛知新聞』1965年5月23日、4面、「〝卓球の女王〟故郷へ錦飾る さかんな歓迎ぜめ 初めて世界制覇の実感が」。
  2. ^ a b 東海新聞』1965年1月3日、7面、「深津さん世界のヒノキ舞台へ 〝中国遠征で自信つける〟 岡崎が生んだ日本女子卓球界のホープ」。
  3. ^ a b “「世界一への道」深津尚子 ―60年代を駆け抜けたきら星―1”. 卓球レポート. (2017年5月22日). http://www.takurepo.com/past_archive/2017/05/003979.html 2017年11月5日閲覧。 
  4. ^ 二蝶の歩み | 料亭 二蝶(香川県高松市百間町)
  5. ^ 市民栄誉賞 | 岡崎市ホームページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]