小和田敏子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
小和田 敏子 Table tennis pictogram.svg
基本情報
よみがな こわだ としこ
ラテン文字 KOWADA Toshiko
現姓名 竹内 敏子
生年月日 (1947-11-17) 1947年11月17日(74歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 山形県河北町
選手情報
段級位 9段
利き腕
グリップ ペンホルダー
戦型 ドライブ主戦型
ITTFサイト ITTFプロフィール
経歴
学歴 中京大学
国内戦歴
獲得メダル
日本の旗 日本
女子卓球
世界卓球選手権
1969 ミュンヘン 女子シングルス
1969 ミュンヘン 女子団体
1969 ミュンヘン 混合ダブルス
1971 名古屋 女子団体
アジア卓球選手権
1968 ジャカルタ 女子ダブルス
1968 ジャカルタ 混合ダブルス
1968 ジャカルタ 女子団体
1968 ジャカルタ 女子シングルス
1970 名古屋 女子シングルス
1970 名古屋 混合ダブルス
1970 名古屋 女子団体
■テンプレート ■プロジェクト:卓球 ■選手一覧

小和田 敏子(こわだ としこ 1947年11月17日 - )は、日本の卓球選手。元世界チャンピオンである。

来歴・人物[編集]

山形県河北町出身。現姓・竹内。河北町立谷地中学校(現在の河北町立河北中学校)、山形県立谷地高等学校卒業。体育の教師になることを夢見て、両親の反対を押し切って中京大学体育学部に進学[1]

1969年世界卓球選手権ミュンヘン大会では女子シングルスで優勝、混合ダブルスと女子団体で銅メダルを獲得し、輝かしい成績を収める。

1970年3月、中京大学卒業。同大学体育学部の助手となる。

1971年の世界卓球選手権名古屋大会では、同じ河北町出身の大場恵美子、そして大関行江今野安子と共に女子団体で優勝を果たした[2][3]

現在は中京大学国際教養学部教授並びに日本卓球協会常任理事を務める[3]。愛知県豊田市在住[4]

主な戦績[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 『中日新聞』1970年7月26日付朝刊、中日サンデー版、20面。
  2. ^ 朝日スポーツ賞(1974~1929年度)”. 朝日新聞社. 2011年10月31日閲覧。
  3. ^ a b c ピンポン外交40周年記念会”. エイ・ワークス. 2011年10月31日閲覧。
  4. ^ 【info】卓球の鬼だった小和田敏子さん、その最大の才能とは?

外部リンク[編集]