橋本聖子

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橋本 聖子
はしもと せいこ
Hashimoto Seiko (2019).jpg
生年月日 (1964-10-05) 1964年10月5日(57歳)
出生地 日本の旗 日本 北海道早来町
(現・安平町
出身校 駒澤大学附属苫小牧高等学校
前職 富士急行従業員
スピードスケート選手
自転車競技選手
所属政党自由民主党→)
無所属→)
自由民主党(安倍派
称号 フランス共和国国家功労勲章
公式サイト 参議院議員 橋本聖子オフィシャルサイト

内閣 第4次安倍第2次改造内閣
菅義偉内閣
在任期間 2019年9月11日 - 2021年2月18日

選挙区 比例区
当選回数 5回
在任期間 1995年7月23日 - 現職

その他の職歴
2020 Summer Olympics text logo.svg 第2代 東京オリンピック・パラリンピック競技大会
組織委員会
会長

(2021年2月18日 - 2022年6月30日
Liberal Democratic Party (Japan) Emblem.jpg 第29代 自由民主党参議院議員会長
(総裁:安倍晋三
2016年8月3日 - 2019年9月11日)
テンプレートを表示
2017年ジャパンカップ開催時、東京競馬場にて
2008年、イラクにて

橋本 聖子(はしもと せいこ、1964年昭和39年〉10月5日 - )は、日本政治家スピードスケート自転車競技選手自由民主党所属の参議院議員(5期)。戸籍名は、石﨑 聖子(いしざき せいこ)。

スピードスケートおよび自転車競技でオリンピック日本代表として出場。アルベールビル冬季オリンピックスピードスケート女子1500m銅メダル東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣女性活躍担当大臣内閣府特命担当大臣(男女共同参画)自由民主党参議院議員会長一般財団法人日本ドッジボール協会会長、公益財団法人日本スケート連盟会長、公益財団法人日本自転車競技連盟会長、公益財団法人日本オリンピック委員会副会長、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長[1]を歴任した。

略歴[編集]

北海道勇払郡早来町(現:安平町)の牧場で生まれ育つ[2]。祖父母は開拓者で、父方は宮城県三本木町から、母方は奈良県十津川村から入植した[2]。4人兄弟の末子。

父親の方針で3歳でスケート開始。小学3年の時、腎臓病にかかり、2か月間入院。2年間スポーツを禁止される[3]

中学3年の時、全日本選手権を初制覇の後、駒澤大学附属苫小牧高等学校に入学。全日本スプリント、全日本選手権で優勝。以後、10年間にわたって全日本選手権を制覇。高校1年で世界選手権の日本代表に史上最年少で選ばれる[4]

原因不明の呼吸器系の病気にかかり生死の境をさまようが、後に全日本選手権で「4種目完全制覇」を達成。

1983年、高校卒業後、富士急行株式会社へ入社。1994年、富士急行株式会社退社。

30歳のときに自由民主党の当時の幹事長だった森喜朗から「参議院議員に出馬をしないか」とすすめられる[2]1995年第17回参議院議員通常選挙比例区に自民党から立候補し初当選。

国会議員とスポーツ選手の二足のわらじを履く。日中は議員活動、早朝、深夜にトレーニングを行う[2]。午前3時に起きて自転車に乗り、昼間に国会議員としての活動をして、夜9時すぎから2時間のウエイトトレーニングという日課を繰り返し、の地方講演には自転車で移動をするなどして練習に充てていた。

1996年、現職国会議員としてアトランタオリンピックの自転車競技2種目に出場するも、12位と9位に終わる。この経験はスポーツの振興や人材育成に取り組む上で大きな財産になった[2]。現役スポーツ選手続行の体力があると自負していたものの、国会議員としてのオリンピック出場が政界とスポーツ界の両方から批判をされたことを理由に「両方の世界を傷つけた」としてスポーツ選手としての現役引退を決意する[5]

1998年、一般人の男性(警察官)と結婚。

2000年8月、園田天光光以来51年ぶり、現役国会議員として2人目、参議院議員としては初の出産。これに先立ち、妊娠判明後の同年3月、出産による本会議欠席を認める参議院規則改正が行われ、事実上、国会議員の産休が制度化する。橋本は直前まで議員活動をし、入院後2時間で初の出産。

2015年フランス共和国国家功労勲章シュヴァリエを受章[6]

2022年IOCから、女性のスポーツ参加に貢献した関係者や団体に贈られる「女性スポーツ賞」で最高位となる世界賞を受賞。日本人の受賞は初めて。2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の女性理事の割合を約4割に引き上げるなど、ジェンダー平等の取り組みを進めたことが評価された[7]

役職[編集]

選挙歴[編集]

当落 選挙 施行日 選挙区 政党 得票数 得票率 得票順位
/候補者数
比例区 比例順位
/候補者数
第17回参議院議員通常選挙 1995年7月23日 比例区 自由民主党 ' ' ' - 第13位
第19回参議院議員通常選挙 2001年7月29日 比例区 自由民主党 265,545 ' 6/27 - -
第21回参議院議員通常選挙 2007年7月29日 比例区 自由民主党 221,361 3.7 11/35 - -
第23回参議院議員通常選挙 2013年7月21日 比例区 自由民主党 279,952 6.4 5/29 - -
第25回参議院議員通常選挙 2019年7月21日 比例区 自由民主党 225,617 4.5 8/33 - -
当選回数5回 (参議院議員5)

スポーツ活動[編集]

オリンピック[編集]

オリンピック
日本の旗 日本
女子 スピードスケート
1992 アルベールビル 女子 1500 m
  • 1984年、サラエボ冬季オリンピック出場。当時スピードスケート女子全種目の4種目に出場したが、いずれも8位以内(入賞)には届かなかった(500m11位、1000m12位、1500m15位、3000m19位)。
  • 1988年カルガリー冬季オリンピックではスピードスケート女子全種目の5種目に出場し、全ての種目で日本記録を更新の上、入賞を果たす(500m5位、1000m5位、1500m6位、3000m7位、5000m6位)。但し3000mでは、同走の選手にクロッシングゾーンで本来譲られるべき走路(ほぼ同走時にはアウトからインに入るコースの選手が優先権)を、邪魔されてしまうアクシデントがあった(その同走選手は走路妨害を取られて失格)。さらに最後の出場種目だった5000mでは、レース終盤に苦悶の表情ながらも懸命に滑り続け、そして最後は完全に力尽きてしまい転倒してのゴールとなった(後に橋本本人は「あのゴール直後の転倒は私自身非常に恥ずかしく、スケート人生の中で一番悔いの残るレースだった」と語っている[14])。
  • 同1988年、ソウル夏季オリンピックに自転車の代表選手として出場した。このため、関ナツエとともに、日本人として男女を通して史上初めて冬・夏両方のオリンピックに出場した[15]
  • 1989年、世界オールラウンドスピードスケート選手権大会において、500m優勝を含む日本人初の総合銀メダル。
  • 1992年アルベールビル冬季オリンピックも女子スピードスケート全5種目出場。女子1500mでの橋本は、序盤から中盤まで積極的に飛ばし続け、終盤ラップタイムが落ちたものの屋外リンク自己記録の2分6秒88をマーク。結果3位入賞を果たし、日本人女性としては史上初となる冬季オリンピックで銅メダルを獲得する快挙を達成した[16]。1000mは5位入賞だった(他500m12位、3000m12位、5000m9位)。
  • 1992年バルセロナオリンピック出場(自転車競技)。女子3000m個人追抜で11位。
  • 1994年、リレハンメル冬季オリンピック出場。日本選手団の主将を務め、女子スピードスケートでは500mを除く4種目に出場。特に3000mでは、600m付近で当時世界記録保持者のグンダ・ニーマンの転倒に巻き込まれ、橋本自らも転んでしまい左肘と左脇腹に打撲傷を負うハプニングがあった。その後橋本の再レースが認められ、約1時間経過後の再レースでは当時の日本新記録となる6位入賞を果たした。5000mでも8位入賞だった(他1500m9位、1000m21位)。
  • 1996年アトランタオリンピック出場(自転車競技)。女子3000m個人追抜で12位、女子2万4000mポイントレースで9位。

合計7回(冬季大会4回・夏季大会3回)のオリンピック出場は日本女子最多記録である(世界最多記録は9回出場のニノ・サルクヴァゼが保有)。

引退後[編集]

現役引退後は後進の指導に当たる。個人の芸能マネジメント事務所「セイコ・ハシモト・インターナショナル(SHI)」を設立し、代表取締役に就任[17]

その他、前述の通り父が馬主であったことから、日本競馬にも幼き頃より造詣があり、自由民主党の競馬推進議員連盟の会長にも就いている[33]

受賞歴[編集]

政策・政治活動[編集]

  • 2007年12月7日に「南京の真実を検証する国民の集い」にメッセージを送った[36]
  • 2007年の第16回統一地方選挙においては自民党道連会長として、リレハンメル五輪で銅メダルを獲得したスピードスケート選手・堀井学北海道議会議員選挙への出馬を要請した(登別市選挙区から立候補した堀井は当選)[要出典]
  • 2001年の時点では選択的夫婦別姓制度には反対していた[37]。2019年の調査では「どちらとも言えない」としていた[38]。2020年10月9日の記者会見で、男女共同参画担当相として、「国民がどう望んでいるのか前向きに検討することは、非常に前進だと感じてもらえる」として、選択的夫婦別姓の導入に向けた議論に取り組む姿勢を示した[39]
  • 2012年ルネサンス佐世保散弾銃乱射事件を契機に改正された銃刀法の所持項目等を高校生射撃部員を増やすため緩めたい意向を明らかにした[40]
  • 憲法9条改正に賛成し、自衛隊を他国同様の「国防軍」にすべき(2013年毎日新聞アンケート)。
  • 日本の核武装について、国際情勢によっては武装すべき(同上)。
  • 首相や閣僚の靖国神社参拝は問題ないとしている(同上)[41]
  • 2020年、男女共同参画担当大臣として、性犯罪者へのGPS機器の装着義務化等を検討する政府の方針を発表した[42]

エピソード[編集]

  • 1964年東京オリンピックの直前に生まれ、聖火にちなんで「聖子」と名付けられた[43]。このことから、後にマスコミで「五輪の申し子」と呼ばれる[44]
  • オリンピック出場7回は女子として日本最多記録である[45][46]
  • 幼少期から慢性腎炎や呼吸筋不全症B型肝炎などの疾患を抱えている[2]ライフワークは「スポーツ文化をキーワードに健康寿命を延伸させ、余暇を充実させ誰もが心豊かに生きることができる環境づくり」である[2]

家族・親族[編集]

実家は養牛で知られ、父の善吉はマルゼン橋本牧場を経営し「のハシモト」として知られた牛の仲買商。後にサラブレッドJRA顕彰馬マルゼンスキーのオーナーとしても知られる。母方の大叔父には新十津川村長、衆議院議員を務めた松実喜代太がいる[2]。衆議院議員を務めた高橋辰夫は義理の兄(姉の夫)である[2]。現在、三男三女あり(実子3人。夫と、死別した前妻との子供3人)。現在は千葉県在住。

支援団体[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

著書[編集]

  • 「聖火に恋して」(日刊スポーツ出版社、東京、1995年2月 ISBN 978-4-81720138-6

論文[編集]

政治資金問題[編集]

橋本が代表を務める自民党支部が、2015年2月農林水産省補助金対象となった北海道内の2つの企業から計42万円の寄付を受けていたことが、2016年11月公開の政治資金収支報告書により判明。橋本は「補助金対象とは知らなかった」として、寄付金の一部を返還することとした[49]

脚注[編集]

  1. ^ 米国発表に中国対抗措置明言、豪英加続く/北京五輪外交ボイコット巡る動き”. 日刊スポーツ (2021年12月12日). 2021年12月12日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i 第201回国会 参議院本会議 第5号 令和2年2月14日 - くにさく。2020年11月21日閲覧。
  3. ^ 政治家としての道―葛藤と決意 橋本聖子公式サイト
  4. ^ 「史上最年少の橋本ら六選手 世界選手権代表決まる スケート」朝日新聞1980年12月20日付東京本社版17面(2021年6月3日聞蔵Ⅱビジュアルで閲覧)
  5. ^ 政治家としての道―葛藤と決意 橋本聖子公式サイト
  6. ^ 参議院議員の橋本聖子氏が国家功労勲章を受章”. 駐日フランス大使館 (2019年1月17日). 2021年6月19日閲覧。
  7. ^ 橋本聖子氏に女性スポーツ賞”. 朝日新聞 (2022年2月3日). 2022年2月4日閲覧。
  8. ^ “橋本聖子氏、自民参院会長に無投票当選 初の女性会長”. 朝日新聞. (2015年7月26日). http://www.asahi.com/articles/ASJ7V3168J7VUTFK003.html?iref=comtop_list_pol_n05 2016年7月26日閲覧。 
  9. ^ “首相臨時代理 1位は麻生氏、2位は加藤氏”. 日本経済新聞. (2020年9月17日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63978920X10C20A9PP8000/ 2020年9月17日閲覧。 
  10. ^ “橋本氏、五輪組織委会長受諾を首相に報告 五輪相の辞表提出”. 産経新聞. (2021年2月18日). https://www.sankei.com/politics/news/210218/plt2102180018-n1.html 2021年2月18日閲覧。 
  11. ^ “丸川五輪相「日本の男女共同参画、道半ば」 森氏発言念頭か”. 産経新聞. (2021年2月18日 22時48分). https://news.livedoor.com/article/detail/19719756/ 2021年2月18日 22時48分閲覧。 
  12. ^ “橋本聖子氏が新会長に就任 東京五輪・パラ組織委員会”. NHK NEWSWEB. NHK. (2021年2月18日). https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210218/k10012874001000.html 2021年2月18日閲覧。 
  13. ^ “橋本聖子参院議員が復党、自民の非改選議席は56に…五輪組織委会長就任で離党”. 読売新聞. (2022年7月1日). https://www.yomiuri.co.jp/politics/20220701-OYT1T50206/ 2022年7月2日閲覧。 
  14. ^ 著書「聖火に恋して」より
  15. ^ 橋本聖子、大菅小百合ら、夏季&冬季五輪に出場したアスリート=プレーバック五輪 第11回
  16. ^ Albertville 1992-Medals ceremony: BORNER J. (GER) 1st, NIEMANN G. (GER) 2nd, HASHIMOTO S. (JPN) 3rd.
  17. ^ 国会議員情報:橋本 聖子(はしもと せいこ) - 時事ドットコム
  18. ^ “橋本聖子氏がJOC理事”. 朝日新聞. (2009年11月18日). http://www.asahi.com/olympics/news/TKY200911180224.html 2013年10月17日閲覧。 
  19. ^ “平成25・26年度JOC新役員を決定”. 日本オリンピック委員会. (2013年7月1日). http://www.joc.or.jp/news/detail.html?id=4130 2013年10月17日閲覧。 
  20. ^ “JOC会長、竹田氏8選 選手強化本部長は橋本聖子氏”. 朝日新聞. (2013年6月28日). http://www.asahi.com/olympics/articles/TKY201306280372.html 2013年10月17日閲覧。 
  21. ^ リオ五輪選手団団長に橋本聖子氏、夏季大会で女性は史上初 - スポニチ
  22. ^ 橋本氏がJOC副会長就任へ - 時事ドットコム
  23. ^ No.530 10月号 - 日本ハンドボール協会
  24. ^ “自民・橋本聖子氏、告発選手名の公表を/柔道”. 産経スポーツ. (2013年2月6日). オリジナルの2013年7月31日時点におけるアーカイブ。. https://archive.fo/20130731114827/http://www.sanspo.com/sports/news/20130206/jud13020612310013-n1.html 2013年10月17日閲覧。 
  25. ^ “橋本聖子氏「告発選手名の公表を」”. 日刊スポーツ. (2013年2月6日). http://www.nikkansports.com/sports/news/f-sp-tp0-20130206-1081666.html 2013年10月17日閲覧。 
  26. ^ “柔道、匿名で告発に異議? 橋本聖子氏、後に釈明”. 朝日新聞. (2013年2月7日). http://www.asahi.com/sports/update/0206/TKY201302060380.html 2013年10月17日閲覧。 
  27. ^ “全柔連、副会長・専務理事も辞職へ 女性理事に谷亮子氏ら起用”. 日本経済新聞. (2013年6月25日). http://www.nikkei.com/article/DGXNZO56591720V20C13A6CR8000/ 2013年10月17日閲覧。 
  28. ^ 会長のご挨拶(橋本 聖子)”. 日本自転車競技連盟. 2019年7月10日閲覧。
  29. ^ 【お知らせ】公益財団法人全日本スキー連盟役員一覧 - 全日本スキー連盟
  30. ^ 原田雅彦氏、橋本聖子氏らが全日本スキー連盟理事に - 日刊スポーツ
  31. ^ 新会長に松丸氏=ライフル射撃協会 - 時事通信
  32. ^ 新副会長に橋本聖子氏 日本ホッケー協会 - 朝日新聞デジタル
  33. ^ インタビュー・コラム - 日本馬主協会連合会
  34. ^ 首相と都知事に特例で五輪功労章”. ロイター通信 (2021年8月8日). 2021年8月11日閲覧。
  35. ^ 橋本聖子氏に女性スポーツ賞 IOC 最高位は日本人初”. 共同通信 (2021年8月8日). 2022年2月4日閲覧。
  36. ^ “宮崎正弘の国際ニュース・早読み”. 宮崎正弘. (2007年12月8日). http://www.melma.com/backnumber_45206_3927357 2013年10月17日閲覧。  [出典無効]
  37. ^ 世界日報 2001年11月9日
  38. ^ 朝日・東大谷口研究室共同調査”. 朝日新聞 (2019年). 2019年7月8日閲覧。
  39. ^ 夫婦別姓「前向きに検討」、共同通信、2020年10月9日。
  40. ^ 2012年1月11日朝日新聞
  41. ^ 2013参院選 自民党 橋本聖子
  42. ^ 政府が方針を決定 性犯罪者にGPS義務化を検討
  43. ^ 橋本 聖子さん Interview 「競馬というのは世界最高のエンターテイメントだと思うんです。」 2/7 日本馬主協会連合会 2016年6月17日
  44. ^ 1988年9月16日、朝日新聞朝刊、「『聖子』の由来、いま実感 橋本さん、念願の聖火リレー」。
  45. ^ “橋本 聖子(はしもと せいこ)本名 石崎 聖子(いしざき せいこ)”. 参議院. https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/giin/profile/5995054.htm 2018年1月11日閲覧。 
  46. ^ “「真摯に挑む姿見せる」橋本聖子・日本選手団長”. 毎日新聞ニュース. (2016年4月26日). https://search.yahoo.co.jp/amp/s/mainichi.jp/sportsspecial/articles/20160427/k00/00m/050/078000c.amp%3Fusqp%3Dmq331AQECAEYAQ%253D%253D 2018年1月11日閲覧。 
  47. ^ “参院選で自民候補支援の宗教団体、靖国参拝に賛否”. 朝日新聞. (2013年8月16日). http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201308150478.html 2013年10月17日閲覧。 金曜日朝刊第3面記事
  48. ^ 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年
  49. ^ 補助金企業、橋本聖子氏の支部に寄付…一部返還 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代
鈴木俊一
日本の旗 国務大臣
東京オリンピック・パラリンピック競技大会担当

第6代:2019年 - 2021年
次代
丸川珠代
先代
片山さつき
日本の旗 特命担当大臣男女共同参画
第26代:2019年 - 2021年
次代
丸川珠代
先代
伊藤信太郎
山本一太
日本の旗 外務副大臣
伊藤信太郎と共同

2008年 - 2009年
次代
武正公一
福山哲郎
議会
先代
市川一朗
日本の旗 参議院文教科学委員長
2001年 - 2002年
次代
大野つや子
党職
先代
溝手顕正
自由民主党参議院議員会長
第29代:2016年 - 2019年
次代
関口昌一
先代
世耕弘成
自由民主党参議院政策審議会長
2012年 - 2013年
次代
山谷えり子
名誉職
先代
喜岡淳
最年少参議院議員
1995年 - 1998年
次代
鶴保庸介
その他の役職
先代
森喜朗
東京オリンピック・パラリンピック
競技大会組織委員会会長

第2代:2021年 - 2022年
次代
解散
先代
白川博
日本スケート連盟会長
第10代:2006年 - 2019年
次代
長島昭久