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上野由岐子

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上野 由岐子
ビックカメラ高崎BEE QUEEN #7
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県福岡市
生年月日 (1982-07-22) 1982年7月22日(36歳)
身長・体重 174cm
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
経歴
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
五輪 2004年2008年
獲得メダル
日本の旗 日本
女子ソフトボール
オリンピック
2004 アテネ
2008 北京
世界選手権
2002 サスカトゥーン
2006 北京
2012 ホワイトホース
2014 ハーレム
アジア大会
2002 釜山
2006 ドーハ
2010 広州
2014 仁川

上野 由岐子(うえの ゆきこ、1982年7月22日 - )は、福岡県福岡市出身のソフトボール選手(投手)。背番号17。右投右打。愛称は「うえぴー」。女子ソフトボール日本代表。

アテネオリンピック銅メダリスト、北京オリンピック金メダリスト。九州女子高等学校(現・福岡大学附属若葉高等学校)出身、ビックカメラ女子ソフトボール高崎所属。

経歴

小学校3年生からソフトボールを始め、ピッチャーとして活躍。小学校で県大会優勝、柏原中学校で全国制覇。九州女子高等学校2年の時最年少で参加した1999年世界ジュニア選手権でエースとして優勝に貢献。ジュニア離れした速球(球速は高校生時で107km/h、日本人最速を記録していた)でオリエンタル・エクスプレスの異名を取った。

シドニーオリンピック候補にも名前が挙がったが、高校の体育の授業中に怪我(走り高跳び背面跳びの授業でマットのない地面に落ち、腰椎骨折)をし、シドニー行きを断念[1]。医者に普通の生活も送れなくなるかもしれないと言われる程の大怪我だったが、奇跡的な回復を遂げた。

2001年に高校を卒業後、日立高崎ソフトボール部(現・ビックカメラ女子ソフトボール高崎)に入部。史上初の2試合連続完全試合を達成し、2001年の新人王に選ばれた。実業団入りと同時に代表チームにも招集され、シドニー世代の石川多映子増淵まり子に代わって代表のエースとしても活躍を始める。

2002年世界大会デビュー戦となった世界選手権、アテネ五輪の出場権がかかった中国戦で完全試合を達成した。

2004年アテネオリンピックでは実質エースとして開幕戦のオーストラリア戦を任されたが、まさかの4回3失点KOで敗れる[2]。負ければ1次リーグ敗退が決まる予選最終戦の中国戦でオリンピック史上初の完全試合を達成[3][4]、3位で予選通過し、勝てばメダルが確定する決勝トーナメント準決勝の中国戦で再び登板してタイブレーカー8回を完封勝利するも、勝てば決勝進出のかかる3位決定戦のオーストラリア戦では登板機会はなく、敗れて銅メダルに終わった。3位決定戦で登板がなかったことについて、まだ監督に信頼されるピッチャーになれていなかった自分が悔しかったと語っている[5]。またこの大会中、風邪を引くなど体調を崩したこともあり、これ以降自分の体調管理に対して深く意識するようになる[6]。日本リーグでは4月25日の伊予銀行戦で完全試合達成。

2005年10月16日の大鵬薬品戦で完全試合達成。

2006年北京で開催された世界選手権では準決勝で世界一のアメリカを封じ込めたものの決勝では逆にKOされ、惜しくも銀メダルだった。12月14日、ドーハで行われたアジア大会決勝の台湾戦で5回をパーフェクトに抑え(コールド勝ちのため参考記録)、優勝した。日本リーグでは4月22日の大鵬薬品戦、10月22日のシオノギ製薬戦で完全試合達成。

2007年9月、日本人初の「1000奪三振」を達成[7]

2008年8月20日2008年北京オリンピック準決勝のアメリカ戦、同日夕刻の決勝進出決定戦の豪州戦と2試合続けて登板、いずれも延長戦となり合計318球を投げ完投(準決勝は敗戦、決勝進出決定戦は勝利)した。そして翌21日のアメリカとの決勝戦も先発して7回完投勝利、2日間3試合413球を投げ抜き、球技としてはモントリオールオリンピックの女子バレーボール以来となる日本の金メダルに大きく貢献した。この連戦連投で最終的に勝利を収めたその活躍ぶりは、かつての日本プロ野球の大投手稲尾和久になぞらえて、一部の新聞紙では「神様、仏様、上野様」と言う見出しが出る程になった[8]。またこの年の新語・流行語大賞で「上野の413球」が審査員特別賞を受賞した[9]

2009年4月1日から、ミズノとソフトボール関連アドバイザリースタッフ契約が締結[10]。2009年10月5日、日本リーグレギュラークラス(デンソー他)の選手を揃える愛知を退け、ときめき国体(新潟県上越市高田公園ソフトボール場)で優勝。貫禄のピッチングだった。特に宮城戦では3回をパーフェクトに抑え、外野フライさえも許さなかった。10月18日、日本リーグ山口大会で時速120km/hを超えるストレートを連発し、MAX121km/hで自己最速および世界最速を記録。11月8日には日本リーグ決勝トーナメントを制し、リーグ史上初の2年連続3冠(日本女子1部リーグ・全日本総合選手権大会・国民体育大会)を達成した。

2010年4月25日、日本リーグ豊田大会でタイブレーク延長8回、2アウトから自身初アーチとなる決勝2ランを放った。同年11月26日の広州アジア大会決勝戦、ストレートに加え、切れのある変化球で中国打線を翻弄し一安打完封で優勝。2002、2006年に続くアジア大会三個目の金メダルを獲得した。球速は国際大会世界最速の121km/hを記録した。

2012年の世界選手権では、7月16日予選の台湾戦で7回までパーフェクトに抑えるも0-0で延長戦に入ったため完全試合はならなかったが、延長10回タイブレークで1-0で勝利しノーヒットノーラン達成[11]。決勝トーナメントでは7月21日準決勝アメリカ戦に登板するが延長8回タイブレークの末3-1で敗れ、翌日22日の敗者復活戦でオーストラリアに2-0で勝利、同日1時間後に行われた決勝も連投し、延長10回タイブレークの末2-1で勝利し優勝。 北京での2日間で3連投を上回り、予選最終戦から3日間で4連投、決勝トーナメントを1人で投げ抜き、42年ぶり2度目の世界選手権優勝に大きく貢献した[12]

2013年6月1日の戸田中央総合病院戦でわずか68球で通算7度目となる完全試合達成[13]8月31日のペヤング戦で3回からリリーフ登板し5回をパーフェクトで抑える好投で勝利し、リーグ史上単独最多となる173勝目を挙げ、ミッシェル・スミス(元豊田自動織機)が持つリーグ最多勝利記録を更新し歴代1位となる[14]。翌日9月1日の太陽誘電戦で通算81回目の完封勝利で今季10勝目を挙げ、自らが持つリーグ最多記録を更新する174勝目[15]、また入団以来13年連続の2桁勝利達成となった。

2016年5月7日の豊田自動織機戦で左ふくらはぎに軽い肉離れを起こし、戦線を離脱[16]。日米対抗戦も欠場し[17]、世界選手権での復帰を目指していたが、リハビリの過程で古傷の左膝の前十字靱帯周辺にも軟骨の骨挫傷が見つかったためメンバーを外れた[18]9月10日NECプラットフォームズ戦(ベイコム野球場)で通算200勝を達成[19][20][21]

人物

上野が413球を投げた北京五輪は、ソフトボールが正式競技として行われる最後の大会となることが決まっていた中で行われた。このため、メダル授与後、銀・銅のチームを加え、2016年の夏季オリンピックでソフトボールが再び正式競技として復活するよう、ボールを並べてアピール。当然、上野もその中に加わっていた。その後も上野は、ソフトボール界の代表として、日本リーグでのプレーのみならず、あらゆる場面においてソフトボールの五輪での復活に向けてアピール活動を行った。

だが、そうした関係者の努力も空しく、2009年8月13日、国際オリンピック委員会は、2016年夏季オリンピックで競技に加える候補として、ゴルフと7人制ラグビーの2つに絞り込み、ソフトボールは野球とともに、復活が叶わなかった。落選決定後、上野は報道各社の取材に、「ソフトボールにとって五輪は最高の舞台。子供たちの夢が断ち切られ残念」という趣旨のコメントを述べた[22]

プレースタイル

121km/hを記録した世界最速といわれるストレートは、世界屈指の投手として認められてきた上野の真骨頂とされている。

そのスピードは野球での体感速度160-170km/hに匹敵し、投球後にキャッチャーミットに入るまでに0.3秒と極めて短く、その球威は金属バットをへし折ったこともあるほどである。

しかしながら、そのストレートだけではなく、シュートなどの多彩な変化球も投げることができるようになり、力で押す投球よりも相手に合わせて粘り強く投げるスタイルを取り入れている。

実際に北京オリンピックの決勝・アメリカ戦においては、連投による疲れから110km/h以上の速球を投げないように指示された中において、変化球を使いこなした投球を見せ、アメリカの強力打線を封じている。

またコントロールに関しても「上野選手の凄さって、ストレート球は世界一ですが、それだけではなくて、コントロールも世界一だと思います」と宇津木麗華監督が評するようにストレート、変化球のコントロールも抜群で、どの球種でもほぼ同じタイミング・同じフォームで投げ分けることができる [7]

2009年シーズンからピッチャーとしてだけでなく打者として打席にも立っている。飛距離はチーム一とも言われ、パワフルなスイングが持ち味。2009年開幕戦(西武ドーム)の初打席でいきなり痛烈な当たりの二塁打を放った。「打撃だけさせるなら四番打者」とはルネサス高崎(当時)の宇津木監督の言葉である。

2008北京オリンピック・決勝トーナメント

下の3つの試合、すなわち準決勝3位決定戦決勝戦全てを投げ抜いた。

準決勝(8月20日・デーゲーム)

国・地域 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
アメリカ合衆国 アメリカ合衆国 0 0 0 0 0 0 0 0 4 4 6 0
日本 日本 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 3 0
  1. 延長9回 (147球)

3位決定戦(8月20日・ナイトゲーム)

国・地域 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 R H E
オーストラリア オーストラリア 1 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 0 3 7 2
日本 日本 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 1 1x 4 11 1
  1. 延長12回サヨナラ (171球)

決勝(8月21日・ナイトゲーム)

国・地域 1 2 3 4 5 6 7 R H E
日本 日本 0 0 1 1 0 0 1 3 5 0
アメリカ合衆国 アメリカ合衆国 0 0 0 1 0 0 0 1 5 2
  1. (95球)

詳細情報

年度別投手成績





































W
H
I
P
2001




13 10 3 .769 79.1 36 3 3 4 87 1 10 9 7.68 0.79 0.49
2002 17 12 2 .857 110.1 35 3 12 5 147 0 11 8 9.33 0.51 0.43
2003 21 17 3 .850 138.1 54 1 7 1 156 2 6 5 7.90 0.25 0.44
2004 21 15 4 .789 132.0 52 0 16 1 157 3 12 7 8.33 0.37 0.52
2005 20 16 3 .842 139.1 54 2 6 2 186 1 12 8 9.35 0.40 0.43
2006 19 13 4 .765 117.1 51 0 7 3 159 1 11 6 9.49 0.36 0.49
2007 19 13 3 .813 114.2 42 2 5 2 141 0 8 7 8.61 0.43 0.41
2008 22 18 2 .900 141.1 79 0 11 6 153 1 15 11 7.58 0.54 0.64
2009 19 14 4 .778 118.0 61 4 14 2 133 3 14 13 7.89 0.77 0.64
2010 17 12 2 .857 96.0 41 1 8 2 116 0 9 7 8.46 0.51 0.51
2011 13 11 1 .917 81.0 45 1 9 3 81 1 8 7 7.00 0.60 0.67
2012 19 13 3 .813 110.2 60 1 13 3 126 0 14 6 7.97 0.38 0.66
2013 18 15 2 .822 99.1 50 4 7 6 126 2 12 6 8.88 0.42 0.57
2014 13 8 4 .667 72.1 50 5 11 3 81 1 21 16 7.84 1.55 0.84
2015 ビックカメラ 18 10 3 .769 97.0 58 6 14 9 99 3 20 15 7.14 1.08 0.74
2016 11 8 2 .800 56.1 38 3 9 2 60 1 13 12 7.46 1.49 0.83
2017 17 13 0 1.000 100.0 44 2 20 6 100 2 13 8 7.00 0.56 0.64
通算成績 297 218 45 .823 1803.1 850 38 172 60 2108 22 209 151 8.18 0.59 0.57
  • 2014年の成績終了時のもの。
  • 表中の太字は各年度のリーグ最高、赤太字はリーグ歴代最高記録

タイトル

  • 新人賞(投手部門)(2001年)
  • 最高殊勲選手賞(2002年・2003年・2005年・2008年・2009年・2013年・2015年・2017年)
  • 最多勝利投手賞(2003年・2004年・2007年・2008年・2011年・2012年・2013年・2017年)
  • 最優秀投手賞(2004年・2006年・2007年・2008年・2009年・2017年)
  • ベストナイン(投手部門)(2004年・2006年・2007年・2008年・2009年・2017年)

記録

  • 日本リーグ通算勝利数197勝(歴代1位)
  • 完全試合:7回(日本リーグ)、2回(世界大会) 
節目の記録
  • 1000奪三振:2007年9月 ※日本人初
  • 100勝[23]:2008年4月26日 日立ソフトウェア戦(滋賀県東近江市・長山公園グラウンド) ※日本人初
  • 1500奪三振[24]:2011年10月1日 Honda戦(群馬県高崎市・城南野球場)
  • 150勝[25]:2011年10月2日 太陽誘電戦(群馬県高崎市・城南野球場)
  • 200勝:2016年9月10日NECプラットフォームズ戦(兵庫県尼崎市・ベイコム野球場[26][27]
  • 2000奪三振:2016年11月5日、トヨタ自動車戦(愛知県名古屋市・パロマ瑞穂野球場) ※リーグ史上初[28]

賞歴

受賞

  • JOCスポーツ賞 新人賞(1999年度 第6回世界ジュニア選手権大会女子日本代表チーム)
  • JOCスポーツ賞 最優秀賞(2008年度 北京オリンピック日本代表チーム)
  • バカラ・アスリーツ・オブ・ザ・イヤー(2008年)
  • 福岡県民栄誉賞(2008年)

受章

関連情報

書籍

著書

関連書籍

関連映像

メディア出演

テレビ

CM

脚注

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  1. ^ “ターニングポイント 上野由岐子”. スポニチ. http://www.sponichi.co.jp/olympic/special/beijing_special/turn_ueno/kijilist.html 2014年10月15日閲覧。 
  2. ^ “日本まさかの黒星、上野被弾&無安打…”. サンスポ. (2004年8月14日). http://www.sanspo.com/athens2004/softball/news/0814/sb2004081402.html 2014年10月15日閲覧。 
  3. ^ “五輪初の「完全」、上野は22日中国再打倒だ”. サンスポ. (2004年8月21日). http://www.sanspo.com/athens2004/softball/news/0821/sb2004082102.html 2013年9月6日閲覧。 
  4. ^ “五輪史上初!上野が完全試合達成”. 日刊スポーツ. (2004年8月21日). http://athens2004.nikkansports.com/f-ol-tp0-040821-0031.html 2013年9月6日閲覧。 
  5. ^ オリンピアンの人間力”. 日本オリンピアンズ協会. 2014年10月15日閲覧。
  6. ^ 一流への道 Vol.1「気付く」意識 (PDF)”. DNS. 2013年9月6日閲覧。
  7. ^ a b 超人 第一章・直球”. BS-TBS (2008年4月27日). 2013年9月6日閲覧。
  8. ^ “ソフト上野に県民栄誉賞『神様、仏様、上野様』”. サンスポ. (2008年8月26日). http://www.sanspo.com/beijing2008/news/080826/oax0808261605000-n1.htm 2013年9月6日閲覧。 
  9. ^ “「上野の413球」審査員特別賞に”. スポニチ. (2008年12月2日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2008/12/02/kiji/K20081202Z00001550.html 2013年9月6日閲覧。 
  10. ^ 上野由岐子選手とアドバイザリースタッフ契約”. ミズノ (2009年3月31日). 2009年3月31日閲覧。
  11. ^ “上野が無安打無得点”. 日刊スポーツ. (2012-0717-). http://www.nikkansports.com/sports/news/f-sp-tp0-20120717-984954.html 2013年9月6日閲覧。 
  12. ^ “上野健在!42年ぶり世界選手権V”. スポニチ. (2012年7月24日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2012/07/24/kiji/K20120724003744030.html 2013年9月6日閲覧。 
  13. ^ “上野 完全試合達成!五輪復帰へ7年ぶり偉業”. スポニチ. (2013年6月2日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/06/02/kiji/K20130602005924140.html 2013年9月6日閲覧。 
  14. ^ “上野 リーグ史上単独最多173勝!東京五輪 ソフト復帰へ「祈る思い」”. スポニチ. (2013年9月1日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/09/01/kiji/K20130901006524150.html 2013年9月6日閲覧。 
  15. ^ “リーグ最多自ら更新 上野完封で174勝目”. スポニチ. (2013年9月2日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/09/02/kiji/K20130902006535020.html 2013年9月6日閲覧。 
  16. ^ “ソフトボール上野由岐子、肉離れでリーグ戦離脱”. 日刊スポーツ. (2016年5月8日). https://www.nikkansports.com/sports/news/1644137.html 2018年7月18日閲覧。 
  17. ^ “ソフト上野、ふくらはぎ肉離れ 日米対抗など欠場へ”. デイリースポーツ. (2016年6月15日). https://www.daily.co.jp/newsflash/general/2016/06/15/0009188477.shtml 2018年7月18日閲覧。 
  18. ^ “ソフト上野由岐子が世界選手権欠場、左膝の故障”. 日刊スポーツ. (2016年7月11日). https://www.nikkansports.com/sports/news/1676929.html 2018年7月18日閲覧。 
  19. ^ ソフト上野「1勝の積み重ね」前人未到200勝達成
  20. ^ 上野200勝!!ソフト界のレジェンド 前人未到の大記録達成
  21. ^ 上野由岐子投手が200勝 史上初16年で快挙 ソフト日本L
  22. ^ “ソフト五輪復活ならず…上野「悔しくて」”. 日刊スポーツ. (2009年8月14日). http://www.nikkansports.com/sports/news/p-sp-tp0-20090814-530822.html 2013年9月6日閲覧。 
  23. ^ 上野由岐子投手日本リーグ通算100勝達成!!コメント”. ルネサスHP. 2014年10月29日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年9月6日閲覧。
  24. ^ “上野「全然知らなかった」史上2人目通算1500K!”. スポニチ. (2011年10月2日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2011/10/02/kiji/K20111002001740820.html 2013年9月6日閲覧。 
  25. ^ “上野 完投で通算150勝!”. スポニチ. (2011年10月3日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2011/10/03/kiji/K20111003001747050.html 2013年9月6日閲覧。 
  26. ^ ソフト上野「1勝の積み重ね」前人未到200勝達成
  27. ^ 上野200勝!!ソフト界のレジェンド 前人未到の大記録達成
  28. ^ 上野由岐子リーグ史上初の通算2000奪三振を達成
  29. ^ “紫綬褒章の受章者”. 共同通信社. 47NEWS. (2008年11月2日). http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008110101000817.html 2013年1月25日閲覧。 
  30. ^ 北京オリンピック 栄光への道 ソフトボール日本代表”. 2016年3月21日閲覧。
  31. ^ 熱投 413球 女子ソフト・金メダルへの軌跡”. 2016年3月21日閲覧。

外部リンク