瀬谷ルミ子

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せや るみこ
瀬谷 ルミ子
生誕 (1977-02-23) 1977年2月23日(45歳)
日本の旗 日本 群馬県桐生市
出身校中央大学ブラッドフォード大学

瀬谷ルミ子(せや るみこ、1977年2月23日 - )は、認定NPO法人Reach Alternatives(REALs)の理事長、株式会社JCCP M取締役。現在はREALsにてアフガニスタン、ケニア、南スーダン、ソマリア、トルコ、シリアで紛争とテロの予防事業、女性を紛争解決の担い手として育成する事業、緊急支援などに携わる。世界の紛争地の復興、治安改善、兵士の武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)が専門[1]。過去にルワンダ、アフガニスタン、シエラレオネ等にて国連PKO職員、外交官、NGO職員として勤務。群馬県桐生市新里町生まれ[2]群馬県立前橋女子高等学校中央大学総合政策学部国際政策文化学科卒業[3]ブラッドフォード大学紛争解決学修士課程修了[3]

人物[編集]

群馬県桐生市に生まれ育つ。群馬県立前橋女子高等学校3年生の時に新聞で見たルワンダ虐殺の写真をきっかけに、紛争解決を職業とすることを志す。中央大学卒業後、イギリスのブラッドフォード大学平和学部に進学[4]。大学院の修士課程在学中に、秋野豊賞を受賞する。

紛争解決学の修士号を取得し大学院修了後[4]、ルワンダでNGO職員として働いたのち、2002年にシエラレオネの国連PKOに勤務、除隊兵士の社会復帰を行った。2003年からアフガニスタンの日本大使館において、軍閥の武装解除を担当したのち、2006年にコートジボワールの国連PKOで武装解除を担当した。

2007年に特定非営利活動法人 日本紛争予防センター(現: Reach Alternatives) の事務局長に就任。ソマリア、スーダン、ケニアなどで紛争予防活動を行うほか、アフリカのPKOの軍人、警察、文民の訓練カリキュラム立案や講師も務める。2013年より同理事長に就任[4]、同時にアフリカをはじめとする途上国への日本企業進出の支援を行うJCCP M株式会社を設立し取締役に就任[5]

受賞歴[編集]

  • 2011年、日本版ニューズウィーク誌の「世界が尊敬する日本人25人」に選出、「日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2012」準大賞を受賞[5]
  • 2012年、 週刊雑誌AERA「日本を立て直す100人」、日経ビジネス「未来を創る100人」に選出[5]
  • 2013年、エイボン女性年度賞大賞受賞、週刊AERA「2020年の主役50人」に選出
  • 2015年、イギリス政府によるInternational Leaders Programmeに選出、高校英語教科書「CROWN English Communication Ⅲ」(三省堂)に掲載:Lesson5 “Only a Camera Lens between Us”
  • 2022年、The New York Times「世界に影響を与えた10人の女性」に選出[6]

経歴[編集]

その他役職[編集]

  • NHK国際放送番組審議員(2012~2016)
  • アーツ前橋評議員(2013~)
  • 21 世紀構想懇談会(戦後70年談話の有識者会議)委員(2015年)

著書[編集]

メディア[編集]

関連項目[編集]

参照[編集]

  • 産經新聞すごいぞ日本取材班「世界に飛び込む」『すごいぞ日本』、産經新聞社、2009年、179-191頁
  • 「ひと」『朝日新聞』2008年8月13日付朝刊、第2面。
  • 「ニューズウィーク日本版」、阪急コミュニケーションズ、2011年5月18日号、52-53頁

出典[編集]

  1. ^ a b プロフェッショナル仕事の流儀 第116回 瀬谷ルミ子
  2. ^ 「心震えることを」瀬谷さん講演 大間々高で開校記念式典 - みんなの学校新聞みんなの学校新聞” (日本語). みんなの学校新聞. 2022年3月26日閲覧。
  3. ^ a b 瀬谷ルミ子” (日本語). SYNODOS. 2022年3月26日閲覧。
  4. ^ a b c 理事・役員紹介
  5. ^ a b c 会社概要 | JCCP M
  6. ^ ^ Rumiko Seya, REALs' President, Expands the Aid Group's Focus to Include Afghanistan - The New York Times (nytimes.com)
  7. ^ 瀬谷ルミ子(Rumiko Seya)(seyarumi) - Twitter
  8. ^ 国際文化会館新渡戸国際塾講義録4

外部リンク[編集]