四條畷市

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しじょうなわてし
四條畷市
Shijonawate montage.JPG
Flag of Shijōnawate (Ōsaka).svg
四條畷市旗
Mark of Shijōnawate (Ōsaka).svg
四條畷市章
1970年7月1日制定
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
団体コード 27229-9
面積 18.69km2
総人口 56,046
推計人口、2016年2月1日)
人口密度 3,000人/km2
隣接自治体 寝屋川市交野市大東市
奈良県生駒市
市の木 クスノキ
市の花 サツキ
市のキャラクター くっすん
四條畷市役所
所在地 575-8501
大阪府四條畷市中野本町1番1号
北緯34度44分23.7秒東経135度38分22.3秒座標: 北緯34度44分23.7秒 東経135度38分22.3秒
四條畷市役所
外部リンク 四條畷市ホームページ

四條畷市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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四條畷市(しじょうなわてし)は、大阪府北河内地域に位置するである。

概要[編集]

大阪市から約15kmほどの近郊に位置しており、奈良県と接する。市域の3分の2は生駒山地の一部である北生駒山地であり、市の中心部は生駒山地の西麓に広がる。 市東部の田原地区は大阪府で唯一生駒山地の東麓に位置しており、しばしば奈良県域と誤解される[1]。なお、奈良県生駒市北田原町・南田原町に隣接しており、当市域を西田原、生駒市域を東田原と呼ぶこともある。

市中心部では国道163号国道170号が交差しており、かつJR片町線の沿線でもあり、四條畷地区の東側は金剛生駒紀泉国定公園に指定されている。反対に生駒山地の東側は農業地帯・新興住宅地である。
遺跡が多く、貝塚跡があり古墳も少なくない。飛鳥時代までには馬飼を行う渡来人の定住があったと伝わる。白鳳時代には持統天皇が幼少期を過ごしたと伝わる正法寺の大伽藍が聳え立ち、平安時代には荘園、延喜式神名帳には市域内の神社3社が記載され、1000年以上経た現在も残っている。また、1000年以上の歴史のある寺院も存在している。南北朝時代には四條畷の戦いの舞台となり、戦国時代初期には飯盛山城の攻防戦が幾度かあり、キリシタン教会も存在した。江戸時代には天領となり農業地帯であった。明治時代に入ると、北河内地区に四条畷中学(現在の大阪府立四條畷高等学校)が開校して、教育の中心となる。第二次世界大戦以降は「住宅都市」を目標とし、1955年頃から大阪市の近郊都市として四條畷地区を中心として開発が進み、大阪外環状線の開通・JR片町線が四条畷駅まで複線化され、都市化が進んだ。その結果、1970年7月1日市制を施行するにまで至った。市制施行後は、田原地区が関西文化学術研究都市に指定されると、それに則った開発が進められ、田原台などの新興住宅地が誕生した[2][3][4][5][6][7][8][9]

地理[編集]

四条畷市中心部周辺の空中写真。1985年撮影の3枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

面積[編集]

  • 18.74km²[11]
    • 四條畷地区 - 10.766km²[12]
    • 田原地区 - 7.974km²[12]

面積の変遷

広袤(こうぼう)[編集]

国土地理院地理情報によると四條畷市の東西南北それぞれの端は以下の位置で、東西の長さは7.3km、南北の長さは5.4kmである。[3][5]

隣接している自治体[編集]

歴史[編集]

紋章[編集]

  • 町章は1961年に田原村の編入合併を記念して2回にわたって公募で募集して同年12月に議会によって制定された。[13][14][15][16] 市章は市制施行に合わせて住民意識の向上のために公募で募集し、募集した結果、「し」と畷の「ナ」を鳩に図案化したもので未来に向かって羽ばたく姿を意味して、1970年7月1日の市制施行の日に合わせて制定された。[17] [3] [18] [19] [20]

市制施行前[編集]

市制施行後[編集]

1970年代

1980年代

1990年代

2000年代

2002年2月14日にこの建物の駐車場建設地に日本最古のキリシタン墓碑が発見される。

「四條畷」と「四条畷」[編集]

貼りなおされた四條畷市のカントリーサイン

市の固有名詞としては、四條畷村以来一貫して「四畷」と表記するのが正式である。「条」は「條」の略字であるが、戦後「条」が当用漢字(現・常用漢字)に指定されたため、「四畷」と表記されることがある。

現在でも新聞や道路標識などでは「四条畷市」と書かれることがあり、2003年度末までは四條畷市内の郵便局は「四条畷」表記だった(現在は「四條畷」表記となっている)。

JR西日本の四条畷駅は「条」の字を使っている。1895年に北河内郡四条村に開業した当初は、四条畷駅および所在地の四条村(のち町制を施行して四条町)ともに、「條」の字を使っていた。しかし、四条町は1956年の町村合併によって大東市となり廃止され、当時の国鉄が当用漢字の使用を推進していたこともあって、「条」の字を使うようになった。四條畷市はJR西日本に駅名の変更を申し入れているが、JR西日本側が「駅名変更は地元からの要望で行うが費用は自治体の全額負担」としており、さらに費用は数億円かかるため市側での負担が困難な状態なことから、現在も駅名の変更はされていない。

一方、四条畷駅と同様に大東市に所在する四條畷警察署は「條」の字を使っている。これは1978年に現在地へ移転するまで四條畷市内に庁舎があった名残で、移転後も変更されることなく現在に至る。

2003年の大阪府議会において、四條畷の表記に関する条例が可決された。大阪府庁ホームページ 大阪府議会だよりNo.119。四條畷市及び大阪府は、表記について次のように定義している。四條畷市役所ホームページ よくあるご質問!「四條畷?」「四条畷?」

以上の歴史的経緯から、四條畷市・大阪府の地方自治体は、官公庁関連の施設に関しては「條」を使用し、民間施設に関しては「条」を使用している。

奈良県五條市にも、四條畷市と類似の表記問題がある。

市町村合併[編集]

田原村との合併[編集]

  • 四條畷町(当時)は当村との合併を1961年初頭に活発な動きをし、編入合併を目指し、6月25日に発足を予定していた。その結果、合併が可決され、同年5月19日に合併調印式を開催し、同年5月22日に議会臨時会で議決され、同年5月23日に合併申請書を提出し、5月31日に定例府会で議決された。そして、予定通りに同年6月25日に編入された。そして、同年7月1日に合併を記念した祝賀式を開催した。[21] [45] [22]

大東市との合併[編集]

  • 勉強会は設置しているが、具体的な実現には至っていない。[46]

人口[編集]

  • 1965年から1975年までは大幅な増加を示しており、1960年の国勢調査では10,779人であり、1965年の国勢調査では19,314人であったが、1970年の国勢調査では37,893人であり、住宅開発をしていた四條畷地区の岡山・雁屋(雁屋北町雁屋南町)を中心に増加し、1960年から1965年の増加率は大阪府下の自治体では1番である79.6%を記録した。そして、1975年の国勢調査では52,368人であり、一旦ピークを迎えた。その後は減少し、1980年・1985年・1990年の国勢調査では5万人を少し上回る人口で推移してきた。しかし、田原地区が関西文化学術研究都市に指定されると、開発が進みその後は増加し、2003年には57,000人を突破した。その後は57000人台で推移しているが、市内の西部の再開発と田原地区の新興住宅地の開発でこれからも増加すると予測されている[47][4][5][48][8][9][49][50]
  • 平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、0.37%増の57,554人であり、増減率は府下43市町村中17位、72行政区域中35位。
Demography27229.svg
四條畷市と全国の年齢別人口分布(2005年) 四條畷市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 四條畷市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
四條畷市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 37,893人
1975年 52,368人
1980年 50,582人
1985年 50,352人
1990年 50,035人
1995年 53,763人
2000年 55,136人
2005年 57,342人
2010年 57,561人
総務省統計局 国勢調査より

人口の内訳

調査名[51] 総数[51] 15歳未満[51] 15歳から64歳まで[51] 65歳以上[51]
2005年国勢調査 57,342人 9,330人 38,597人 8,991人
2010年国勢調査 57,561人 8,721人 34,629人 11,623人

地域[編集]

四條畷市では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。

町名 町名の読み 設置年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施直前の町名 備考
大字南野 みなみの 1889年4月1日 未実施
南野一〜六丁目 みなみの 1976年11月1日 1976年11月1日 大字南野、大字清瀧の各一部
江瀬美町 えせびちょう 1974年10月7日 1974年10月7日 大字南野の一部
雁屋北町 かりやきたまち 1974年10月7日 1974年10月7日 大字南野の一部
雁屋南町 かりやみなみまち 1974年10月7日 1974年10月7日 大字南野の一部
雁屋西町 かりやにしまち 1974年10月7日 1974年10月7日 大字南野の一部
北出町 きたでちょう 1974年10月7日 1974年10月7日 大字南野の一部
二丁通町 にちょうどおりちょう 1974年10月7日 1974年10月7日 大字南野の一部
楠公一・二丁目 なんこう 1975年10月20日 1975年10月20日 大字南野の一部
米崎町 こめざきちょう 1975年10月20日 1975年10月20日 大字南野の一部
塚脇町 つかわきちょう 1976年11月1日 1976年11月1日 大字南野の一部
大字中野 なかの 1889年4月1日 未実施
中野一〜三丁目 なかの 1976年11月1日(一・二) 1976年11月1日 大字中野、大字南野、大字清瀧の各一部
1979年10月1日(三) 1979年10月1日 大字中野の一部
中野新町 なかのしんまち 1975年10月20日 1975年10月20日 大字中野の一部
中野本町 なかのほんまち 1977年10月1日 1977年10月1日 大字中野の一部
美田町 みたちょう 1975年10月20日 1975年10月20日 大字蔀屋、大字中野の各一部
大字蔀屋 しとみや 1889年4月1日 未実施
蔀屋本町 しとみやほんまち 1975年10月20日 1975年10月20日 大字蔀屋の一部
蔀屋新町 しとみやしんまち 1979年10月1日 1979年10月1日 大字蔀屋の一部
大字清瀧 きよたき 1889年4月1日 未実施
清滝中町 きよたきなかまち 1979年10月1日 1979年10月1日 大字清瀧の一部
清滝新町 きよたきしんまち 1979年10月1日 1979年10月1日 大字清瀧の一部
大字岡山 おかやま 1889年4月1日 未実施
岡山一〜五丁目 おかやま 1977年10月1日 1977年10月1日 大字岡山、大字中野の各一部
岡山東一〜五丁目 おかやまひがし 1979年10月1日 1979年10月1日 大字岡山、大字清瀧の各一部
砂一〜四丁目 すな 2013年11月5日 2013年11月5日 大字砂の全部
大字逢坂 おうさか 1889年4月1日 未実施
大字下田原 しもたわら 1961年6月25日 未実施
大字上田原 かみたわら 1961年6月25日 未実施
田原台一〜九丁目 たわらだい 1989年7月1日 1989年7月1日 大字下田原、大字上田原の各一部
さつきヶ丘 さつきがおか 年月日 2000年9月1日 さつきヶ丘の一部
2001年2月1日 さつきヶ丘のうち住居表示未実施区域の全部
緑風台 りょくふうだい 2003年3月1日 2003年3月1日 大字上田原の一部

四條畷地区

四條畷地区の範囲

田原村を編入する前の四條畷町の範囲であり、大阪平野の一部である。大阪市の近郊都市として、国道163号国道170号が交差しておりかつJR片町線の沿線である。また、農地や史跡が残されている地域もあり、地区の東側は生駒山地の北側に位置しており、金剛生駒紀泉国定公園に指定されている。また、旧大阪府立四条畷北高等学校第二京阪道路の近隣地帯である地区の開発も進められている。[3][5] [52]

田原地区

田原地区の範囲

旧田原村の範囲であり、奈良県の県境に位置する地区である。生駒山地の一部である北生駒山地の麓の農業地帯であるが、1969年5月20日に都市計画区域に指定され、その後は関西文化学術研究都市に指定されるとそれらに似合った開発し、1978年10月に土地区画整理事業の計画を終えてから、1984年10月に田原ニュータウンの起工が行われ、宅地として開発された。その結果、1990年5月11日にパークヒルズ田原が街開きされ、田原台などの新興住宅地が点在しており、それまで減少傾向であった市内の人口が増加した[3][37][6][53][54][7]

行政[編集]

四條畷市役所

市役所[編集]

  • 四條畷市役所

1912年に竣工した庁舎であり、老朽化・第二室戸台風に伴う被害・急激な人口増加に対する対応・田原村との合併に伴う行政の向上のために当町の建設計画事業の一環として建設され、1964年11月5日に新築移転され、現在の場所で業務を開始している。[3][25][26][55][56][57][58]

  • 田原支所

田原村と編入合併した結果、田原村役場跡に田原支所を設置した。[45]

財政[編集]

  • 市税収入は減ってきているため1998年から2007年度まで赤字を出していたが、人件費を削減したりと対策した結果、2008年度から3年連続で黒字を維持している。[59] [18]

歴代市長[編集]

[60] 氏名[60] 就任期間[60] 備考
初代市長 三牧信知 1967年10月15日 - 1972年10月14日 四條畷町長から継承
二代目 森本稔 1972年10月15日 - 2002年7月31日 汚職事件により辞職
市長職務代理者 2002年8月1日 - 2002年9月8日
三代目 田中夏木 2002年9月9日 - 2012年11月30日 健康状態を理由に辞職
市長職務代理者 大井俊道 2012年12月1日 - 2013年1月19日 副市長
四代目 土井一憲 2013年1月20日 - 現職

立法[編集]

市議会

  • 定数:12名(2015年の市議選より定数削減)
  • 任期:2015年5月1日 - 2019年4月30日
会派名 議席数
なわて政新会 4
市議会公明党 3
畷ビジョンの会 3
日本共産党市会議員団 1
市議会自民党 1

大阪府議会(大東市及び四條畷市選挙区)

  • 定数:2名 (2015年の府議選より、大東市と合区)
  • 任期:2015年4月30日 - 2019年4月29日
  • 橋本和昌(大阪維新の会)
  • 内海久子(公明党)

国政選挙

警察署・消防署[編集]

かつては警察署は市内にあったが、1978年1月9日大東市にある四條畷警察署に移転し、それ以降は市内にはない。

消防は四條畷市消防本部として市内に消防本部消防署を設置していたが、消防広域化の伴って大東市消防本部と統合し大東・四條畷消防組合で本部は大東市内となり、市内には四條畷消防署と田原分署がある[61]

市内に所在する施設[編集]

図書館[編集]

公園[編集]

  •  戎公園
  • 北谷公園[3]
  • 雁屋北公園[3]

病院[編集]

  • 畷生会脳神経外科病院
  • 北河内藤井病院
  • 阪奈サナトリウム

福祉施設[編集]

  • ハニコウム園芸[61]
  • なわて更生園[61]
  • 四條畷市立老人福祉センター[61]
  • 四條畷市立福祉コミュニティーセンター[61]

その他の施設[編集]

姉妹都市・友好都市[編集]

経済[編集]

産業人口[編集]

調査名[62] 総数[62] 第1次産業[62] 第2次産業[62] 第3次産業[62]
2010年国勢調査 23,404人 106人 6,431人 15,793人

商業施設[編集]

長らく大阪府下の市では珍しく、大型スーパーマーケットがないため隣接市などのショッピングセンター(SC)へ向かう流れが強かったが、2015年10月23日に寝屋川市にまたがる形でイオンモール四條畷がオープンした。

オープン以前の人の流れは、清滝峠以西の住民は守口市イオンモール大日大阪市鶴見区イオンモール鶴見緑地大東市ポップタウン住道寝屋川市イオンモール寝屋川ビバモール寝屋川または平和堂アル・プラザ香里園店への商圏になっていた。

清滝峠以東にある上田原・下田原・田原台・緑風台・さつきヶ丘地区の住民は奈良県生駒市にある近鉄百貨店生駒店やイオン奈良登美ヶ丘SC(現:イオンモール奈良登美ヶ丘)、2007年5月1日に開業した京都府木津川市のイオン高の原SC(現:イオンモール高の原)への商圏になっていた。

現在は、隣接する奈良県側からも買い物に来る車が多数見受けられる様になった。

四條畷市に本社を置く主な企業[編集]

日本郵政グループ[編集]

(2012年12月現在)

  • 四條畷郵便局(中野本町) - 集配局。★
  • 四條畷楠公(なんこう)郵便局(雁屋(かりや)南町) ★
  • 四條畷岡山郵便局(岡山東) ★
  • 四條畷南野(みなみの)郵便局(南野)
  • 四條畷二丁通(にちょうどおり)郵便局(二丁通町)
  • 田原(たわら)簡易郵便局(田原台)
田原簡易郵便局を除く各郵便局にゆうちょ銀行のATMが設置されており、★印の郵便局ではホリデーサービスを実施。

※四條畷市内各区域の郵便番号は「575-00xx」(四條畷郵便局の集配担当)となっている。

教育[編集]

幼稚園[編集]

小学校[編集]

中学校[編集]

高等学校[編集]

大学[編集]

特別支援学校[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

四条畷駅は四條畷市ではなく、隣の大東市にある。しかし、四條畷市の中心駅である。大阪府下では珍しく、市内には私鉄がなくJR線しか走っていない。(隣の大東市も同様。また、市内に鉄道路線が1本しかないという大阪府内のは、大東市の他にも松原市近鉄南大阪線のみ)、大阪狭山市南海高野線のみ)の2市がある)。

なお、田原地区の住民は奈良交通バスで奈良県生駒市にある近鉄生駒駅に出る場合が多い。

バス[編集]

道路[編集]

田原地区を縦断する国道163号
下田原で撮影


名所・旧跡[編集]

小楠公(御墓所)の楠
和田賢秀公の墓

人物[編集]

市出身の有名人[編集]

市ゆかりの有名人[編集]

  • 3代目桂南光 - 落語家(四條畷市在住)
  • 2代目桂南天 - 落語家(四條畷市在住、南光の弟子)
  • 河島英五 - シンガーソングライター(晩年は四條畷市に在住)
  • 石川優子 - 歌手Chageとのデュエット曲「ふたりの愛ランド」などのヒットで知られる)
  • 井田由美 - 日本テレビ解説委員・元アナウンサー府立四條畷高校に在学(福岡県北九州市生まれでその後大阪府に転居)
  • 安岡正篤 - 陽明学者、旧制四條畷中学校に在学
  • 伊與田覺 - 成人教学研修所学監
  • 持統天皇 - 字名を鸕野讃良皇女(ウノノササラノオオキミ)という(四條畷市史より)
  • 楠木正行 - (くすのき まさつら)- 南北朝時代、南朝方の武将、楠木正成の長男。貞和4年(1348年)、四條縄手の合戦にて敗れる。享年22。
  • 和田賢秀 - (にぎた かたひで)- 楠木正成の甥であり,「新発意」(しんぼち)とも呼ばれる。一族での武勇の誉れ高く、常に楠木正行とともに参戦。貞和4年(1348年)1月5日(旧暦),四條縄手の合戦において、敵本陣への潜入を試みるが発見され、敵兵を道連れに最期を遂げる。死亡時の年齢は不詳だが、20歳くらいと考えられている。
  • 行基 - 当市を東西に走る旧道,清滝街道を開いたといわれる。また、龍尾寺の開祖とも伝わる。
  • 星原健太 - サッカー選手(ギラヴァンツ北九州:四条畷FC出身)
  • 三好長慶 - 戦国時代初期の飯盛山城城主。織田信長の登場までは一時、畿内の覇者であった。城下の市域内にキリシタン布教の許可を与えた。
  • 徳川秀忠 - 大坂夏の陣で、大阪城に前進する前,忍陵神社境内に陣を構えた。
  • 徳川家康 - 本能寺の変の直後、堺(大阪府)から三河へ逃避する途中、飯盛山に登っている。

参考文献[編集]

  • 『図典 日本の市町村章』 小学館辞典編集部、小学館2007年1月10日、初版第1刷。ISBN 4095263113
  • 『四條畷町広報 1号 - 111号 1961 - 70』 四條畷市、初版第1刷。
  • 『四條畷町広報 町だより 1 - 111 1961 - 70』 四條畷市、初版第1刷。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 電話のMA地域でも実際に奈良MA(市外局番0743、市の大部分は072 (旧0720)枚方MA)であり、大部分の有線放送の営業エリアも配線の都合上奈良県扱いになっている。
  2. ^ a b c 四條畷市の概要”. 四條畷市. 2012年8月11日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak 第5次四條畷市総合計画【後期計画】 序論”. 四條畷市. 2012年8月11日閲覧。
  4. ^ a b 近世”. 四條畷市. 2012年8月11日閲覧。
  5. ^ a b c d 地域の現状”. 四條畷市. 2012年8月11日閲覧。
  6. ^ a b c d 田原地区地区計画”. 四條畷市. 2012年8月12日閲覧。
  7. ^ a b c 町だより 101号
  8. ^ a b 町だより 57号
  9. ^ a b 町だより 57号
  10. ^ 市の位置”. 四條畷市. 2012年8月12日閲覧。
  11. ^ a b c d 市域の変遷”. 四條畷市. 2012年8月12日閲覧。
  12. ^ a b 町丁字別面積”. 四條畷市. 2012年8月12日閲覧。
  13. ^ 町だより 5号
  14. ^ 町だより 5号
  15. ^ 町だより 10号
  16. ^ 広報 10号
  17. ^ a b c 図典日本の市町村章 p154
  18. ^ a b c 行財政の現状”. 四條畷市. 2012年8月11日閲覧。
  19. ^ a b c 市章・市民憲章”. 四條畷市. 2015年11月16日閲覧。
  20. ^ 町だより 特別号
  21. ^ a b 四條畷町の設置”. 四條畷市例規集. 2012年8月11日閲覧。
  22. ^ a b 町だより 4号
  23. ^ 町だより 7号
  24. ^ a b 町だより 7号
  25. ^ a b 町だより 21号
  26. ^ a b 町だより 21号
  27. ^ 町だより 110号
  28. ^ 町だより 111号
  29. ^ a b 四條畷町を市とする処分”. 四條畷市例規集. 2012年8月11日閲覧。
  30. ^ 広報 110号
  31. ^ 広報 111号
  32. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 市制施行(昭和45年)以降”. 四條畷市. 2012年8月11日閲覧。
  33. ^ 非核平和都市宣言”. 四條畷市. 2012年8月11日閲覧。
  34. ^ 青少年健全育成都市宣言”. 四條畷市. 2012年8月11日閲覧。
  35. ^ 健康づくり都市宣言”. 四條畷市. 2012年8月11日閲覧。
  36. ^ 作詞・金堀則夫、補作詞・島田陽子、作曲・キダ・タロー、編曲・大前成之(毎日、正午に防災無線を通じてこの曲が流れている。)
  37. ^ a b 沿革”. 四條畷市立田原中学校. 2012年8月11日閲覧。
  38. ^ 人権擁護都市宣言”. 四條畷市. 2012年8月11日閲覧。
  39. ^ 四條畷市・紀北町友好都市提携宣言”. 四條畷市. 2012年8月11日閲覧。
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外部リンク[編集]