奈良県

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ならけん
奈良県
Cherry blossoms at Yoshinoyama 10.jpg
奈良県旗 奈良県章
奈良県旗 奈良県章
日本の旗 日本
地方 近畿地方
団体コード 29000-9
ISO 3166-2:JP JP-29
面積 3,691.09km²
総人口 1,381,542
推計人口、2014年2月1日)
人口密度 374人/km²
隣接都道府県 大阪府京都府三重県和歌山県
県の木 スギ[1]
県の花 ナラヤエザクラ
県の鳥 コマドリ
他のシンボル 県のさかな:キンギョアユアマゴ[2]
県の歌:奈良県民の歌
奈良県庁
知事 荒井正吾
所在地 630-8501
奈良県奈良市登大路町30
北緯34度41分6.7秒東経135度49分58.6秒
奈良県庁
外部リンク 奈良県公式ホームページ
奈良県の位置

奈良県行政区画図

― 市 / ― 町 / ― 村

ウィキポータル 日本の都道府県/奈良県
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奈良県(ならけん)は、日本都道府県の一つで、本州中西部、紀伊半島内陸部、近畿地方の中南部に位置する県である。

令制国大和国の領域を占める。県庁所在地は奈良市。北西部の盆地部を除き、険しい山々がそびえている。

奈良県ではやまと21世紀ビジョンを作成し「世界に光る奈良県づくり」「関西のオアシス」を目指している[3]。また、古代より多くの都城が置かれたことから「日本の故郷」とされる。2010年には平城遷都1300年記念事業が県内全域で開催された。

地理・地域[編集]

概要[編集]

八剣山(八経ヶ岳)
曽爾高原
吉野山

紀伊半島中央の内陸部に位置し、北西部に奈良盆地、北東部に大和高原、それ以外は大台ケ原近畿地方最高峰の八経ヶ岳(八剣山)といった紀伊山地が広がる。

県内の地区を北和中和西和宇陀南和などと区分されることもあるが、それぞれの境界線は曖昧であり、近年は単に中央構造線によって北部、南部と表記されることも多い。

奈良盆地

奈良盆地は奈良県の中央から北西側に位置する。大阪との距離が近いこともあり、住宅開発が進んだ結果、大阪市京都市ベッドタウンとなっており、県民の8分の1が大阪市や京都市など県外へ通勤・通学している(奈良府民[4]。また、盆地外周の丘陵地(京阪奈丘陵・赤膚丘陵・矢田丘陵・馬見丘陵)ではニュータウンも開発された。

大和高原

大和高原は、奈良県東部に位置する。宇陀市では、榛原を中心にベッドタウン化が見られ、名阪国道沿いの奈良市都祁地区や山添村では、工業団地が見られる。基本的に、奈良盆地と比べても自然が多く、奈良市の月ヶ瀬梅林や、曽爾高原などのどかな風景が広がっている。

吉野山地

吉野地区は、奈良県の3分の2近くの面積を占める森林地帯である。範囲は吉野郡と同じ、もしくは五條市を加えたものである。吉野地区で特に知られるのは、吉野町千本桜で、春には多くの観光客が訪れる。また、世界遺産大峯奥駈道熊野古道小辺路)もあり、山岳信仰の霊地として古くから多くの信仰を集めている。大淀町など郡北部の一部の地域では、近鉄吉野線沿線であることや比較的可住地が多いことから、県北部と同様に大阪市京都市のベッドタウンとしてニュータウンが開発されている。その一方、上北山村野迫川村などほとんどの地域は険峻な山地であり可住地面積が少なく、また道路施策の遅れから交通の便も悪いため、人口は多くの村で1,000人前後と少ない。それら地域は過疎化の波に飲み込まれて地域存続の危機に瀕しているが、県は何の施策も講じていない[要出典]十津川村などの山間の村落が多く、年間を通してが多い、日本でも有数の多雨地帯である。

気候[編集]

奈良県内各地の気象データ(出典:気象庁・気象統計情報
平年値
(月単位)
平均気温 (°C) 降水量 (mm) 降水日数(日)
最暖月 最寒月 最多月 最少月 最多月 最少月
北西部 奈良 26.6
(8月)
3.8
(1月)
208.5
(6月)
40.7
(12月)
11.9
(6月)
5.8
(1月)
奈良市
23.6
(8月)
0.9
(1月)
239.5
(6月)
46.1
(12月)
13.1
(6月)
8.0
(12月)
田原本 194.3
(6月)
37.1
(12月)
12.3
(6月)
6.6
(12月)
北東部 宇陀市
大宇陀
24.6
(8月)
1.9
(1月)
219.9
(6月)
48.7
(12月)
13.6
(6月)
8.6
(12月)
五條
北部吉野
吉野 216.8
(6月)
53.1
(12月)
14.6
(6月)
7.8
(11月)
南東部 曽爾 274.0
(9月)
46.4
(12月)
14.0
(6月)
8.6
(12月)
上北山 23.9
(8月)
2.6
(1月)
446.6
(9月)
59.4
(12月)
14.9
(7月)
7.4
(12月)
南西部 十津川村
風屋
24.4
(8月)
4.6
(1月)
344.1
(7月)
58.5
(12月)
14.4
(6月)
8.1
(12月)

気温の年較差・日較差の大きいいわゆる内陸性気候で、奈良における年平均気温は14.6°Cと全国の気象官署の中でほぼ平均的な気温である。降水量は年間を通じて1333.2mmと比較的少なく、奈良盆地(奈良市・橿原市などの地域)では降雪の観測日数は多くない(年平均23.3日)。一方、五條地域・吉野地域・宇陀地域などは降雪・積雪に見舞われることがあり、天川村上北山村にはスキー場も存在する(大阪市から津市以南の近畿では両村だけ)。これらの地域では積雪が交通に影響を与えており、奈良県の道路政策には「雪害対策」の文言が含まれている。

気象は一般的に瀬戸内海式気候に属する北部(基準地は奈良市)と太平洋側気候に属する南部(基準地は吉野郡十津川村風屋)に大別される。天気予報では北部と南部に分けて発表される。

さらに北部を北西部(基準地は奈良市で狭義の奈良盆地の地域)、北東部(基準地は宇陀市で、山辺郡宇陀市)、五條・北部吉野(基準地は五條市で、旧大塔村の地域を除く五條市域と、吉野郡3町)と二次細分区分として3分割している。

南部は南東部(基準地は吉野郡上北山で、宇陀郡・吉野郡の大峯山系東側の地域)と南西部(基準地は十津川村風屋、五條市のうち旧大塔村の地域・十津川村野迫川村)と2分割している。

県内は典型的な盆地気候であり、夏場はかなり蒸し暑い。2005年7、8月における最高気温では十津川村風屋の37.3°C、上北山の37.0°C、五條の36.7°C、奈良の36.2°Cとなる。また最高気温25°C以上の夏日は奈良と五條がほぼ全日のうち60日間となっており、県内では最も多い。

冬の寒さはどの地域でも厳しい。近畿地方全体でも一、二を争うほどで、十津川では日本海側の豊岡よりも寒くなる日もある。一般に寒いと言われる京都盆地よりも、奈良盆地のほうが冬場の平均気温は低い。 また北部山岳部の冷え込みは3月頃まで続くことが多く、年間を通じての最低気温の記録が3月では宇陀市大宇陀で−6.2°C、奈良市針が−6.1°Cとなっており、これらの宇陀地域は遅霜などの影響を受けやすい。このほか前述の通り積雪による影響を受ける地域もあり、奈良県内でも気象は一概に言えない状況である。

台風の影響は内陸部のため大きな被害を受けることは稀であるが、1912年(大正元年)の暴風雨で死者93人[5]、1959年(昭和34年)の台風15号(伊勢湾台風)では風水害により死者行方不明者113名を出し、1998年(平成10年)の台風7号では室生寺五重塔など文化財が大きな損壊を受ける[6]など、台風が紀伊半島を北上する場合には地形の影響から大きな被害が出る。

隣接する都道府県・市町村[編集]

自治体[編集]

奈良県には12市7郡15町12村の自治体がある。町の読み方はすべて「ちょう」である。

都市圏[編集]

奈良県では、多くの自治体が大阪都市圏に含まれている。下記の表は、県内の都市雇用圏を表したものである。また、大阪都市圏の各自治体のほか、五條都市圏や吉野郡の一部も京阪神大都市圏に含まれる。県庁所在地である奈良市生駒市は県の最北部に位置し、大阪や京都へのアクセスにおいては至便で、大阪・京都のベッドタウンとなっている。また奈良県では主要な公共交通手段として近畿日本鉄道が大部分を担っており、県中部の橿原市御所市、県南部の吉野町などからも大阪都市圏に1時間程度でのアクセスが可能となっている。

自治体
('80)
1980年 1990年 1995年 2000年 自治体
(現在)
山添村 上野 都市圏 上野 都市圏 上野 都市圏 上野 都市圏 山添村
月ヶ瀬村 奈良市
都祁村 天理 都市圏 - 大阪 都市圏
1200 7663人
大阪 都市圏
1211 6540人
奈良市 大阪 都市圏
1117 0018人
大阪 都市圏
1184 2283人
大和高田市 大和高田市
大和郡山市 大和郡山市
天理市 天理 都市圏 天理市
橿原市 大阪 都市圏
1117 0018人
橿原市
桜井市 桜井市
御所市 御所市
生駒市 生駒市
香芝町 香芝市
新庄町 葛城市
當麻町
平群町 平群町
三郷町 三郷町
斑鳩町 斑鳩町
安堵町 安堵町
川西町 川西町
三宅町 三宅町
田原本町 田原本町
高取町 高取町
明日香村 明日香村
上牧町 上牧町
王寺町 王寺町
広陵町 広陵町
河合町 河合町
榛原町 宇陀市
室生村
菟田野町 - - - -
大宇陀町 - - - -
曽爾村 - - 大阪 都市圏
1200 7663人
大阪 都市圏
1211 6540人
曽爾村
御杖村 - - 御杖村
五條市 五條 都市圏 五條 都市圏 五條 都市圏 五條 都市圏 五條市
西吉野村
大塔村 - - - -

北部地域と南部地域[編集]

奈良県は可住地面積が全国最下位となっており、人口の9割以上が北西部の奈良盆地(大和平野)に集中している。北西部は京阪神大都市圏に含まれ、大阪や京都への交通の便もよく都市近郊地域として発展している一方、世界遺産世界文化遺産)である古都奈良の文化財法隆寺地域の仏教建造物など歴史的文化的遺産にも恵まれている。一方、南部地域はほとんどが山地であり、吉野杉に代表される林業や紀の川におけるレジャーなど自然を生かした産業があるほか、この地域でも世界遺産(世界文化遺産)の紀伊山地の霊場と参詣道といった歴史的文化遺産に恵まれている。

歴史[編集]

先史[編集]

本県でも約2万5千年前(炭素14年代測定法による)には旧石器時代の人々が生活を始めた。県西部の二上山一帯は石器石材となるサヌカイトの産出地で、二上山北麓遺跡群には60か所以上の旧石器の遺跡が分布しており、ナイフ形石器石核剥片などの遺物が出土している。

縄文時代には木津川吉野川水系の諸河川が流れる大和高原吉野山一体を中心に遺跡が分布している。近畿地方では縄文草創期の遺跡は少ないが、県下最古の縄文遺跡は山添村中峯山(ちゅうむざん)の大川(おおこ)遺跡があり、県北部の布目川流域では、山添村の桐山和田遺跡や北野ウチカタビロ遺跡から草創期の隆起線文土器が出土している。また遅瀬川流域の山添村上津の上津大片刈遺跡からも草創期の爪文形土器が出土している。

吉野川流域には大淀町の桜ヶ丘遺跡で、縄文前期・中期の竪穴住居址や跡などが検出されている。川上村迫の丹生川上神社上社の旧境内地には縄文早期から後期前期にかけての大遺跡宮ノ平遺跡があるほか、吉野町には縄文後期から弥生中期にかけての宮滝遺跡が所在する。宇陀地域では、縄文後期の本郷大田下遺跡(宇陀市大宇陀本郷)からはドングリ貯蔵穴(径・深さとも約1メートル)が45基発見された。

奈良盆地では布留遺跡、狐井遺跡など縄文早期からの遺跡が分布しているが、縄文中期の遺物は乏しい。縄文後期には遺跡数が増加し、布留遺跡では縄文後期の遺構に伴い硬玉製大珠も出土している。縄文晩期には橿原遺跡、竹内遺跡などがあり、畝傍山東麓の橿原遺跡からは魚骨類も出土しており、大阪湾岸地域との交易が想定されている。

弥生時代には奈良盆地を中心に集落遺跡が分布し、特に初瀬川左岸の唐古・鍵遺跡は弥生前期からの継続した大規模集落として知られる。唐古・鍵遺跡からは水田農耕の存在を示す水田遺構や環濠、木製農具をはじめ炭化米、高床式建物跡などの遺構が見られ、青銅器生産を示す鋳型も出土している。また、唐古・鍵遺跡の周辺にも分村的な多数の集落遺跡が分布している。

弥生後期には盆地周辺や宇陀地域において高地性集落が出現する。

古墳時代から奈良時代まで[編集]

神武天皇陵(橿原市)
飛鳥板蓋宮跡(明日香村)
石舞台古墳(明日香村)
朱雀門(復元・平城宮跡)
東大寺盧舎那仏像
今井町西環濠(橿原市)

紀元3世紀から4世紀頃の古墳時代前期に、この地方の豪族が力を強めて周辺地域に覇を唱えた。その後長い年月と代替わりを経て、他地域との交流・攻防や大陸との交流の末、現在の日本地域の大半を支配する大勢力となった。これがヤマト王権と呼ばれる。

ヤマト王権は、現在の天皇家の祖であるとされ、宮内庁比定の天皇陵などが集まっている。また、邪馬台国と同一視する説、北九州にあった邪馬台国の子孫が移住して新たに建国した国であるという説、神武天皇の東遷説などがある。大化改新前代に置かれていた宮廷直轄領である六御県(むつのみあがた)は、倭六県(やまとのむつのあがた)ともいい、天皇に献上するための蔬菜を栽培する菜園の霊を祀り、添(そふ)・山辺(やまのべ)・磯城(しき)・十市(といち)・高市(たけち)・葛城(かつらぎ)の六つの県(あがた)は、特別視された。県内には、御県神社が式内大社として存在している。

3世紀の半ば過ぎから邪馬台国連合・ヤマト政権の盟主墳と考えられる古墳が累々と奈良盆地に築造されている。それらを列挙すると、東南部の外山古墳群、纏向古墳群柳本古墳群大和古墳群であり、墳丘長200メートルを超す巨大古墳が6基も存在する。これらの古墳群をまとめて大倭古墳群と呼称することもある。曾布地域の佐紀丘陵には佐紀盾列古墳群、馬見丘陵周辺には馬見古墳群が所在する。

古代からの神道信仰の伝統、及び6世紀仏教伝来以来の国策により、この地域には神社仏閣が多数存在する。

ヤマト王権成立以来8世紀末まで、この地域に大和朝廷の累代の天皇の宮があり、が置かれた。大和時代から飛鳥時代にかけては、橿原市や高市郡に宮が置かれていることが多かった(飛鳥京跡)。特に藤原京は、690年(持統4)に着工され、694年に完成した条坊制による中国風都城として知られる。その後、710年平城京遷都が行われた(奈良時代の始まり)。

平城京から長岡京への遷都の一因ともなった影響力を持った寺社勢力は、遷都後もそれらはこの地域に残り、その後地域の耕作者を支配下において大きな勢力となった。

平安時代から室町時代まで[編集]

平安時代後期は、清和源氏源満仲の次男の源頼親(兄・源頼光/摂津源氏。弟・源頼信/河内源氏)の大和源氏の本拠地となった。なお、中近世の日本において大きな歴史的事件の舞台とはなっていないが、温暖で肥沃な盆地を抱える地域であるため、この地域の豪族はいずれも大きな力を持った。

一方、で南部の険峻な山地には、その地の利を活かして反中央勢力(中でも反主流派の皇族)が居を定め、中央政府(京都の朝廷、および幕府)とにらみ合う時代が長く続いた。南北朝時代後醍醐天皇吉野朝廷(南朝)が有名である。吉野朝廷は地の利を生かしながら、また各地の武家勢力を糾合しながら60年にわたって抵抗し続けたが北朝に降った。しかしその後も活動を止めず、応仁の乱では山名持豊の推戴も受けた。

奈良時代に建立された藤原氏氏寺の興福寺東大寺など南都寺院が大きな勢力を誇った。このため、鎌倉室町の武家政権は大和に定まった守護を置けなかった。平氏が東大寺焼討ちなどを行って南都を制圧しようと試みたが、うまくいかなかった。

戦国時代から江戸時代まで[編集]

戦国時代には筒井氏越智氏十市氏箸尾氏などが北大和地域に割拠し争ったが強力な支配勢力となりえず、細川氏や畠山氏・三好氏の後援を受けた赤沢朝経木沢長政松永久秀といった他国勢力の支配を受けた。16世紀末に戌亥脇党の筒井順慶織田信長の力を背景に大和を概ね制する。また、一向宗の布教拠点として今井町が環濠城塞都市化して信長軍と闘ったが、武装放棄されたものの検断権を許され商工業を盛んにし自治都市として発展した。続く豊臣秀吉の時代、順慶亡き後筒井氏は伊賀国に転出し、代わって郡山城大納言豊臣秀長が拠を構え、地域の再編と産業奨励に乗り出し大和は安定した。

江戸時代奈良奈良奉行)・五條(五條代官)・今井(惣年寄)を幕府が直轄支配し、郡山藩が15万石で最大石高(但し、津藩も山辺郡などに領有しており、津藩を含めた場合は津藩が最大石高)で、高取藩が2万5千石、丹羽国柏原へ移封したが元禄8年(1695)まで宇陀市大宇陀に所在した松山藩が2万8千石で、小泉藩柳生藩柳本藩芝村藩櫛羅藩などは陣屋であった。また、交代寄合の平野家の田原本陣屋があった。

このうち大和南部の広大な山域は、五條代官所管轄の天領(幕府直轄地)となった。実質はあまりに広域のため十津川村の十津川郷士などをはじめ各地域(郷村)による自治を行った。また、あまり知られていないことであるが、五條代官の支配地・管轄はかなり広域で現在の和歌山県の一部も含んでいた。

明治維新以後[編集]

1930年頃の奈良県庁
旧 JR奈良駅舎

1868年(慶応4年)1月、新政府添上郡奈良大和鎮台を設置。大和鎮撫総督府を経て、同年5月19日奈良府7月29日奈良県(第1次)となり、大和国一円の幕府領旗本領寺社領、十津川郷(翌年より)を管轄した。1869年(明治2年)に十津川郷を兵部省軍務官に(のち五條県に編入)、1870年(明治3年)に宇智郡吉野郡および葛上郡宇陀郡の一部を五條県にそれぞれ移管している。五條県分離当時の奈良県の管轄地域は、添上郡68村、添下郡8村、平群郡61村、広瀬郡12村、葛下郡34村、葛上郡31村、忍海郡8村、宇陀郡89村、式上郡21村、式下郡26村、十市郡38村、高市郡41村、山辺郡55村(いずれも郡域の一部)であった。

1871年(明治4年)に第1次府県統合により大和国10県が統合され、改めて奈良県が設置されたが、1876年(明治9年)に堺県に編入されてしまう。堺県は1881年(明治14年)に大阪府に編入され、奈良は「大阪府の大和地域」とされた。しかし、1887年(明治20年)11月4日には大阪府より分割され、奈良県(第2次)が再設置された。

1892年(明治25年)には湊町(現・JR難波駅) - 奈良間の鉄道開業で大阪と奈良が、1896年(明治29年)には奈良鉄道が木津 - 奈良間を開業することにより京都と奈良が結ばれたことで、神社仏閣の多い奈良県が観光地として栄えていくこととなる。さらに、1914年(大正3年)4月、大阪電気軌道近畿日本鉄道の前身)が、大阪の上本町駅(現・大阪上本町駅) - 奈良駅間30.8km(現・近鉄奈良線)開業をさせ、より大阪と奈良の交通アクセスが良くなったことで、多くの観光客が訪れることとなる。特に1940年(昭和15年)の紀元2600年祭には、神武天皇とゆかりの深い橿原神宮に多くの参拝者が訪れた。

近鉄学園前駅前

現在の近鉄奈良線に当たる鉄道の開業により、昭和初期(1950年代)には奈良市の学園前周辺が高級住宅地として開発が進んだことで、大阪のベッドタウンとしての発展の礎が築かれた。高度経済成長期(1955年 - 1973年)には近鉄奈良線沿線や近鉄大阪線沿線、近鉄南大阪線沿線では住宅地開発が進み、奈良盆地全域で急激な都市化が進行した。昭和末期から平成初期(1980年代後半 - 1990年代初頭)には、バブル景気により大阪都心部の地価上昇の影響を受け、県内でも地価上昇が進んだ結果、奈良盆地以外の宇陀市や大淀町、五條市でも住宅地開発が見られるようになり、県内の人口は増加していき、ドーナツ化現象の影響を大きく受けた。2000年(平成12年)以降は、都心回帰に影響もあって、人口は減少に転じているが、生駒市や香芝市、また県庁所在地である奈良市など、大阪から近いエリアでは開発が進んでいる。そのため、県外就業率が29.98%と埼玉県(2位)や千葉県(3位)を抑えて日本一高く(2005年国勢調査)、昼夜間の人口差が大きい。

また1987年には、関西文化学術研究都市の発足に伴い、生駒市と奈良市が同都市の対象地域に含まれるようになる。平城・相楽ニュータウンの開発や、奈良先端科学技術大学院大学の設置や平城宮跡の復元など学術研究の分野でも、発展することとなった。さらに、東大寺学園西大和学園など国内でも有数の難関私立進学校があるなど、文京地域としても知られるようになった。他に、1000世帯あたりのピアノの所有台数が日本一多い(1999年、359台)という統計などから、教養や教育に力を注いでいる家庭が多いのも奈良県の特徴である。

観光地としての面でも、1993年に法隆寺地域の仏教建造物が、1998年には古都奈良の文化財が、2004年には紀伊山地の霊場と参詣道が、ユネスコ世界遺産に登録され、今日では、古都と言えば京都と奈良と言われる程知名度が高く、世界的に有名な日本の観光都市として栄えている。現在、県内4箇所目の世界遺産登録に向け、明日香村が活動を行っている。

さらに、2010年は平城京に遷都されてから1300年目に当たり、平城遷都1300年記念事業が企画され、2005年5月に同事業協会が設立された。また、同事業の主たる企画として、2010年の年初から年末まで「平城遷都1300年祭」が、平城宮跡を主会場(同年4月24日から11月7日)として実施された。

県名の由来[編集]

人口[編集]

Demography29000.svg
奈良県と全国の年齢別人口分布(2005年) 奈良県の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 奈良県
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
奈良県(に該当する地域)の人口の推移
1970年 930,160人
1975年 1,077,491人
1980年 1,209,365人
1985年 1,304,866人
1990年 1,375,481人
1995年 1,430,862人
2000年 1,442,795人
2005年 1,421,310人
2010年 1,399,978人
総務省統計局 国勢調査より

奈良県の人口

  • 2007年10月1日現在 : 1,410,825人[7]
  • 人口増加率(2002年→2007年) : -1.9%

政治・行政[編集]

国政[編集]

衆議院小選挙区が4。参議院では、全県で1区を構成。

国会議員の選挙区・衆議院[編集]

衆議院議員小選挙区選出)において、奈良県は4つの選挙区(いずれも定数は1)から成り立っており、区割りは以下の通り[8]

  • 奈良1区 : 奈良市(旧都祁村域を除く)
  • 奈良2区 : 奈良市(旧都祁村域)、大和郡山市、天理市、生駒市、山辺郡、生駒郡
  • 奈良3区 : 大和高田市、御所市、香芝市、葛城市、磯城郡、北葛城郡
  • 奈良4区 : 橿原市、桜井市、五條市、宇陀市、宇陀郡、高市郡、吉野郡

国会議員の選挙区・参議院[編集]

参議院議員選挙区選出における奈良県選挙区の定数は2であり、3年ごとに1議席を改選する。

県政[編集]

歴代奈良県知事(公選後)[編集]

( )内は在任期間と在任任期数を表す。

  1. 野村万作(1947年4月21日 - 1951年4月14日、1期)
  2. 奥田良三(1951年4月30日 - 1980年9月30日、8期)
  3. 上田繁潔(1980年10月26日 - 1991年11月27日、3期)
  4. 柿本善也(1991年11月28日 - 2007年5月2日、4期)
  5. 荒井正吾(2007年5月3日 - 在任中、2期目)

財政[編集]

平成18年度[編集]

  • 標準財政規模 - 2760億3700万円
  • 一般会計歳入 - 4641億円
  • 一般会計歳出 - 4609億円
  • 経常収支比率 - 92.6% (都道府県平均 92.6)
  • 実質収支比率 - 0.3%
  • 実質公債費比率 - 12.6% (都道府県平均 14.7%)
  • 人口一人当たり地方債現在高 - 69万0526円
  • 人口100,000人当たり職員数 - 1,135.47人 (都道府県平均 1,173.11人)
  • ラスパイレス指数 - 100.4 (都道府県平均 99.6)
  • 人口一人当たり人件費・物件費等決算額 - 12万0572円 (都道府県平均 12万4759円)
地方債等の残高
  • 普通会計分の地方債残高 - 9842億1300万円
  • 上記以外の特別会計分(公営事業会計によるもの) - 1670億2900万円
    • おもな内訳:水道事業会計分 - 818億4200万円、流域下水道事業会計分 - 351億4500万円、医科大学費特別会計分 - 430億1500万円
  • 第3セクター等の債務保証等残高 - 622億2300万円
    • おもな内訳:奈良県土地開発公社分 - 109億7700万円、奈良道路公社分 - 414億2300万円
地方債等の残高合計 - 1兆2134億6500万円(連結会計)
  • 奈良県民一人当たり地方債等残高 - 86万2961円(連結会計)

財政力指数[編集]

財政力指数が0.3〜0.4のIIIグループ(11自治体)に分類されている

  • 平成18年度 : 0.39699 (都道府県平均 0.48)
  • 平成17年度 : 0.36(17年度)

その他[編集]

  • 近畿2府4県で唯一、関西広域連合に不参加となっている。
  • 1905年(明治38年)1月に東吉野村で捕獲された若いオスが、最後に目撃されたニホンオオカミである。
  • 2006年3月24日、未成年者の補導に法的根拠を与える「奈良県少年補導に関する条例(平成18年奈良県条例57号)」が奈良県議会で自民・公明の賛成多数で可決・成立した。本条例は未成年者の自由を著しく制限する、また警察権限拡大につながるのではないかなどといった批判がある。また、前年には全国で初めて児童ポルノの単純所持禁止を定めた条例が成立しており、いずれも日本国憲法第94条に定める法の範囲内の条例制定権を逸脱しているのではないかと言う指摘がある。「奈良県少年補導に関する条例(案)」に対する会長声明 - 日本弁護士連合会
  • 奈良県内は上記の通り歴史関係の施設や伝統行事、遺跡などが多い。NHK奈良や奈良テレビが放送する県内向けニュースでは歴史関係のニュースが多くなる傾向にあり、トップニュースのほか、そこから数項目続けて歴史・伝統行事関係のニュースといった編成になることも少なくない(奈良県内のローカルニュースはこれらと行政関連のニュースで大半を占めることが多い)。
  • 昨今の医療崩壊出産難民の例に漏れず、各地域から特に周産期医療に携わる医師が減少している。そのために高度な産婦人科の体制が非常に乏しい状態が続いている。2006年8月には大淀町立大淀病院事件が発生した。また、2007年8月には、腹痛を訴え救急搬送された妊娠7ヶ月の妊婦が、9病院へ問い合わせるも転院先が見つからず、せっかく見つかった搬送先への到着間際で交通事故に遭い、結果として流産する(但し、病理学的検索では既に胎内で亡くなっていた児の娩出に至った死産であり、搬送の遅れや事故と児の死亡に関連はないとみられる)という事故が発生した。
  • 同県が運営する奈良県立奈良病院五條病院の2病院が、当直勤務の産科医らに違法な時間外労働を課した上、残業代も支払っていなかったとして、同県が、奈良労働基準監督署から書類送検されていたことが判明している。また、両病院は、労働基準法で義務付けられている、使間で時間外労働や休日労働などについて取り決めることを求めた、いわゆる『36協定』も締結していなかったことも発覚している[9][10]
  • 他の近畿地方と同じく阪神ファンが多いとされるが、一方で現在は消滅した近鉄バファローズのファンが今なお数多く存在するとされる。なお、奈良県は近畿日本鉄道の主たる営業エリアであるほか、かつての本拠地である藤井寺球場にも近かった。
  • 2012年3月、徳島県徳島駐屯地が開設したことに伴い、全国で唯一、陸上自衛隊駐屯地が存在しない県となった[11]。2013年現在、奈良県では五條市などが陸上自衛隊の誘致に積極姿勢を見せている[12]

経済・産業[編集]

産業[編集]

  • 観光産業が発達しており、各地の神社仏閣や遺跡、万葉の故地などが観光客を集めている。東大寺二月堂修二会(お水取り)や春日若宮おん祭などの伝統行事や若草山の山焼き、また正倉院展なら燈花会などの新しいイベントなどが多くの観光客に親しまれている。奈良県への年間観光客数は約4000万人。一方で宿泊施設は少なくホテルの軒数は2006年度において全国都道府県別で46位、客室数は47位(最下位)であった[13]。そのためホテルの多い京都や大阪に宿泊者の多くを奪われている状況である。奈良県ではホテル誘致を推進している[14]
  • イチゴスイカ茶葉大和茶)の有数の産地でもある。特にイチゴは県内の地名が付いた“あすかルビー”という有名品種がある。
  • 和書・書道に欠かせないや筆(奈良市)、茶道に欠かせない茶筅生駒市高山)、等の産地。
  • 金魚では大和郡山市が国内の代表的な名産地として知られている。近年では金魚すくい大会(全国金魚すくい選手権大会)が賑わいを見せ全国から参加者が集まっている。出荷匹数は日本一である。ただし、都道府県の中では唯一水産試験場が無い県の事もあり、金魚の疾病などは県畜産課・家畜保健所が扱っている。
  • 素麺の四大産地である(桜井市三輪素麺)。また、手延べ素麺の三大産地の一つでもある。
  • 吉野地域の山間部において、林業が県南部の基幹産業となっている。吉野杉のブランドで知られる。
  • 中和地域において、靴下広陵町)や野球のグラブなどスポーツ用品の生産も高いシェアを得ている。
  • 三郷町では江戸時代、農家の農間渡世としてわら草履生産が行われており、現在もその伝統を継ぐ和履き製造(雪駄草履)を継承している。

金融機関[編集]

生活・交通[編集]

警察[編集]

交通[編集]

空港[編集]

奈良県内に空港はない。なお、人口の9割以上が居住する北西部の奈良盆地(大和平野)からの最寄りの空港は、大阪府にある関西国際空港または大阪国際空港である。他には神戸空港や、宇陀地域では(行先にもよるが)近鉄線経由で中部国際空港を利用するケースも見られる。十津川村など県最南端部では南紀白浜空港も選択肢に入る。

鉄道[編集]

奈良県内の鉄道路線は全線が電化されており、これは日本全国で当県を含め5県しかない(旅客営業を行う路線のみ)[15]。また、県内には気動車による定期列車が存在しない[16]。JRの駅は33駅、近鉄の駅は90駅と近鉄の方が多く駅を有し、列車の設定本数などもおおむね多い。

運営する鉄道会社は、JR西日本と近鉄の2社のみであるが、近鉄は大阪市交通局大阪市営地下鉄 中央線)・京都市交通局京都市営地下鉄 烏丸線)・阪神電気鉄道阪神なんば線)と相互乗り入れを行っている。路線バスも含め、同県の公共交通は近鉄グループが多勢を占める。

西日本旅客鉄道(JR西日本)

※2013年3月現在、奈良県はJRの鉄道路線がある46都道府県で唯一、特急・急行(定期の旅客列車)が1本も走っていない[17]

近畿日本鉄道(近鉄)

バス[編集]

路線バスは、奈良交通(奈良交通と子会社のエヌシーバス)がほぼ独占する。他に同じグループの近鉄バスおよび三重交通が県外から乗り入れるほか、京阪バス南海りんかんバスもわずかに奈良県内を走行する。また、西日本ジェイアールバス高速バスのみ運行しているが、かつては路線バスも運行していた。

観光バスも近鉄グループが強い(既出以外には奈良観光バスがある)。

高速自動車国道[編集]

当県の高速自動車国道は当道路のみで、総延長18.2kmは47都道府県中最下位である。

一般国道の自動車専用道路[編集]

京奈和自動車道、南阪奈道路、第二阪奈有料道路はいずれも一般国道のバイパス道路整備予算で建設されている(西名阪自動車道も1969年(昭和44年)3月21日の開通時点では一般国道25号バイパス道路予算の一般有料道路だったが、1973年(昭和48年)4月1日付で高速自動車国道へ昇格した)。

京奈和自動車道は奈良盆地を縦断する予定で、慢性的な渋滞に悩まされている国道24号のバイパス道路予算で建設される高速道路であり、奈良県内と和歌山県内では無料となる予定である(京都府内は西日本高速道路管理の一般有料道路)。

一般国道(上記以外)[編集]

主要地方道・一般県道[編集]

医療・福祉[編集]

災害拠点病院
保育所

教育[編集]

県内の大学では奈良県大学連合を結成しており、単位相互協定を結んでいる。

大学・短期大学

国立

県立

私立


高等専門学校
専修学校
特別支援学校
高等学校
中学校
小学校
幼稚園

メディア[編集]

テレビ放送[編集]

県域放送局
全国放送およびネットワーク局
備考
  • 奈良盆地を中心に県内の9割の世帯でNHK大阪総合テレビジョン(大阪府域局。リモコン番号1)の電波を区域外ながら区域内感覚で受信可能である。このため、奈良県は大阪府香川県佐賀県等とともに事実上大半の世帯でNHK総合テレビジョンが2局(場合により3~4局)受信が可能である。
  • 一部地域では、TXN系列のテレビ大阪(大阪府域局。リモコン番号7)の大阪親局または枚方中継局・柏原中継局が受信可能であるが、生駒山の大阪側の西中腹に送信所があるため、生駒山山頂とその周辺(海抜560m〜642mの部分)に遮られていないおよそ真南から南東にあたる地域以外では受信できない(放送区域は香芝市、大和高田市、葛城市、平群町、三郷町、王寺町、上牧町、広陵町の一部のみ)。また、奈良市・生駒市など北部の一部では枚方中継局が受信できる場合がある[18]。三郷町・王寺町・香芝市の一部は柏原中継局が受信できる場合がある[19]
  • 盆地部(生駒市生駒郡を含む)の大半では、京都市左京区比叡山から送信しているNHK京都総合(リモコン番号1)とKBS京都(リモコン番号5)が受信可能である。ただし、KBS京都は直接受信の場合、アナログでは受信良好だった世帯でも地上波デジタル放送では受信が厳しくなっている世帯が多い(デジタルはケーブルテレビに加入すればクリアに視聴可)。
  • 奈良市・生駒市・天理市王寺町香芝市などの一部地域では、神戸市灘区摩耶山から送信しているNHK神戸総合テレビジョン(リモコン番号1)とサンテレビ(リモコン番号3)が受信可能で、後者は近鉄ケーブルネットワークで区域外再放送されている(ただし、送信方式及び再送信実施期間に限定あり)。ただし、デジタルでは前者が奈良テレビ栃原、後者がNHK奈良総合栃原とバッティングする為受信困難となっていたが、2011年7月の完全デジタル化以降、栃原中継局の全チャンネルで周波数変更(リパック)が行なわれ、2012年1月31日をもって旧チャンネルが完全停波されたため混信は解消された。
  • 五條市旧市域ではNHK和歌山総合(リモコン番号1)とテレビ和歌山(リモコン番号5)の橋本中継局波または紀ノ川橋本・橋本東中継局波の受信が可能である。
  • 三重県との県境に近い、山添村の一部等(一部地域は放送区域内)では、東海テレビ(FNN系列。リモコン番号1)、NHK津総合テレビジョン(同3)、中京テレビ(NNN系列。同4)、中部日本放送(JNN系列。同5)、メ〜テレ(ANN系列。同6)、三重テレビ(独立UHF局。同7)の名張中継局が受信可能である。

ラジオ放送[編集]

全て、FM放送によるものである。

奈良県は全国で唯一、県域民放ラジオ局が無い(県域放送#ラジオ放送を参照)ほか、AM放送の中継局もNHK・民放ともに無い(必然的に、周辺府県局を受信する。下記聴取状況参照)。なお、県域民放ラジオ局の周波数 (85.8MHz, 500W) は1984年に割り当てられているが、開局について具体的な動きはない。

県域放送局
外国語放送
コミュニティ放送
奈良県初のコミュニティFM(1999年7月24日開局)、周波数 81.4MHz / 送信出力 10W
2000年6月1日開局、周波数 78.4MHz / 送信出力 20W
聴取状況

県北部の大半の地域で京阪神地域の、山添村の一部など三重県境では三重・東海地域の中波、FM各局の放送を聴取することができるため、受信できる局数自体は多い。また、radiko では2010年3月の実用化試験配信開始時より在阪民放各局が県内全域でサービスを実施している。

ケーブルテレビ[編集]

奈良県内におけるケーブルテレビ局(HFC方式で、かつ有線テレビジョン放送法に基づく)は近鉄グループの寡占産業となっている。以前は中部・南部に幾つかの小規模事業者が存在したが、これらは全て近鉄ケーブルネットワーク(KCN・奈良盆地部分)とKCN子会社のこまどりケーブル(主に山間部)に事業譲渡、または統合され、現在は2社だけで県内全域をカバーしている。

新聞[編集]

地方紙
2005年11月に休刊ののち、2006年9月に新社を発足し同年10月から復刊、日本新聞協会にも2009年に加盟するが、経営難が解消されず2010年に日刊紙としては再休刊となり、週刊紙となった。
全国紙
朝日新聞の都道府県内シェア(世帯普及率)が2007年時点で29.2%に達しており、47都道府県中で首位となっている。また、産経新聞の都道府県内シェアは21.9%で、全国で最も高い(産経のシェアが20%を超えているのは奈良県と大阪府のみである[20])。


文化・スポーツ[編集]

方言[編集]

奈良県の方言は、奈良市などの県北中部と十津川村などの奥吉野地方で大きく異なる。北中部の方言は大阪弁に近いものの、奥吉野の方言は東京式アクセントが主流で、「大根→だーこ」「赤い→あかー」のような連母音変化が起こり、「目ぇ」「気ぃ」のような長母音化が起こらないなど、近畿地方のなかで特殊な言語島となっている。詳しくは奈良弁を参照。

食文化[編集]

郷土料理

伝統工芸[編集]

経済産業大臣指定伝統的工芸品
伝統工芸品

スポーツ施設[編集]

スポーツチーム[編集]

サッカー
バスケットボール
フィールドホッケー

スポーツイベント[編集]

ホール[編集]

合唱・楽団[編集]

劇団[編集]

観光[編集]

法隆寺金堂と五重塔(斑鳩町)
興福寺東金堂と五重塔(奈良市)
平城宮跡の第一次大極殿(奈良市)
春日大社(奈良市)
唐招提寺(奈良市)

文化財など[編集]

ユネスコ世界遺産(都道府県としては日本最多)
ユネスコ無形文化遺産
国宝美術工芸品(都道府県としては東京、京都に次ぐ)
  • 143件
国宝建造物(都道府県としては日本最多、64件71棟)
特別史跡(都道府県としては日本最多、10件)
特別名勝(2件)
重要無形民俗文化財
特別天然記念物(2件)
重要伝統的建造物群保存地区
国立公園・国定公園

奈良県を舞台とした作品[編集]

文芸[編集]

舞台芸術[編集]

映画[編集]

漫画[編集]

アニメ・特撮[編集]

テレビ・ラジオドラマ[編集]

特記のないものはテレビドラマである。

クラシック音楽[編集]

奈良県で撮影が行われた作品[編集]

このほか、多様なジャンルの様々な作品で修学旅行等の行先になっている。


奈良県出身の人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 県のシンボル(奈良県)
  2. ^ “金魚・アユ・アマゴを「奈良県のさかな」に - MSN産経west”. 産経新聞. (2012年6月27日). オリジナル2012年6月27日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20120627160424/http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120627/wlf12062712140008-n1.htm 2012年6月27日閲覧。 
  3. ^ やまと21世紀ビジョン - 奈良県
  4. ^ 県外通勤の実態2 - 読売新聞
  5. ^ 誰か昭和を思わざる 大正ラプソディー (大正元年)、奈良県警の発表より
  6. ^ 強風による災害事例 - 奈良地方気象台
  7. ^ 奈良県統計課の調査による各年10月1日の人口
  8. ^ 「選挙区と定数」奈良県選挙管理委員会
  9. ^ 産科医当直は違法な「時間外」…奈良県を書類送検 読売新聞 2010年7月9日
  10. ^ 奈良の県立2病院、時間外労働の疑い 労基署が書類送検 - 朝日新聞(2010年7月9日)
  11. ^ “徳島に初の陸自駐屯地/第14旅団が編成完結式”. 四国新聞. (2012年3月27日). http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/social/20120327000361 
  12. ^ “自衛隊誘致実現を強化 - 県と五條市”. 奈良新聞. (2013年4月9日). http://www.nara-np.co.jp/20130409091645.html 2013年4月9日閲覧。 
  13. ^ 強み 弱み 世の中の動き 県内地域の状況 ニーズの変化 ホテル - 奈良県
  14. ^ 日経グローカル No.94 P.48 - 49(2008年、日本経済新聞社 産業地域研究所)。なお当記事では客室数・ホテル数の最下位は徳島県となっている。
  15. ^ 他の4県は、東京都神奈川県大阪府沖縄県である。
  16. ^ 都県内に気動車による定期列車が存在しないのは、当県のほかは東京都・神奈川県・沖縄県のみである。なお、2006年3月17日までは、気動車による急行「かすが」が奈良県内を走っていた。
  17. ^ 新幹線を除けば広島県もこれに該当する。
  18. ^ 放送区域は生駒市の一部のみ
  19. ^ 放送区域
  20. ^ 朝毎読日経 VS 地方紙のシェア争い - FACTA online

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

先代:
大坂町奉行
大和国内の幕府領旗本領
柳生県郡山県小泉県
柳本県芝村県田原本県
高取県櫛羅県五條県
行政区の変遷
1868年 - 1876年
(奈良府→第1次奈良県)
次代:
堺県
先代:
堺県の一部(大和国)
行政区の変遷
1887年 -
(第2次奈良県)
次代:
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