南河内郡

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大阪府南河内郡の位置(1.太子町 2.河南町 3.千早赤阪村 薄黄:後に他郡に編入された区域)

南河内郡(みなみかわちぐん)は、大阪府

人口35,148人、面積76.73km²、人口密度458人/km²。(2016年2月1日、推計人口

下記の2町1村を含む。

郡域[編集]

1896年明治29年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2町1村のほか、概ね下記の区域にあたる[1]

歴史[編集]

1.富田林村 2.新堂村 3.喜志村 4.大伴村 5.石川村 6.磯長村 7.山田村 8.白木村 9.河内村 10.中村 11.千早村 12.赤阪村 13.東条村 21.廿山村 22.錦郡村 23.彼方村 24.市新野村 25.長野村(長野町) 26.天野村 27.高向村 28.三日市村 29.加賀田村 30.天見村 31.川上村 41.金岡村 42.南八下村 43.北八下村 51.古市村 52.駒ヶ谷村 53.西浦村 61.国分村 62.玉手村 71.狭山村 72.三都村 73.大艸村 74.日置荘村 75.野田村 76.平尾村 77.黒山村 78.丹南村 79.丹北村 80.埴生村 81.高鷲村 82.長野村(藤井寺村) 91・92.道明寺村 93.柏原村 94.志紀村 96.太田村 97.小山村(左紫:堺市 下桃:富田林市 下赤:河内長野市 橙:羽曳野市 上黄:藤井寺市 左緑:大阪狭山市 右紫:八尾市 上桃:松原市 上赤:柏原市 下黄:河南町 右緑:太子町 水色:千早赤阪村 95は中河内郡三木本村)
  • 明治29年(1896年
  • 明治31年(1898年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 明治32年(1899年3月30日 - 廿山村が改称して川西村となる。
  • 明治38年(1905年5月20日 - 大艸村が改称して大草村となる。
  • 明治43年(1910年9月1日 - 長野村が町制施行して長野町となる。(2町47村)
  • 大正2年(1913年5月1日 - 太田村が中河内郡三木本村に編入。(2町46村)
  • 大正4年(1915年
    • 1月1日 - 柏原村が町制施行して柏原町となる。(3町45村)
    • 11月10日 - 小山村・藤井寺村が合併し、改めて藤井寺村が発足。(3町44村)
  • 大正5年(1916年
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年
    • 7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
    • 7月20日 - 山田村の一部(山田の一部)が磯長村に、磯永村の一部(春日・葉室の各一部)が山田村にそれぞれ編入。
  • 昭和3年(1929年10月15日 - 藤井寺村が町制施行して藤井寺町となる。(5町42村)
  • 昭和6年(1931年
    • 6月1日 - 国分村・玉手村が合併し、改めて国分村が発足。(5町41村)
    • 6月16日 - 狭山村・三都村が合併し、改めて狭山村が発足。(5町40村)
  • 昭和10年(1935年)時点での当郡の面積は321.66平方km、人口は144,370人(男72,718人・女71,652人)[2]
  • 昭和13年(1938年9月1日 - 金岡村が堺市に編入。(5町39村)
  • 昭和14年(1939年)7月1日 - 柏原町が中河内郡堅下村堅上村と合併して中河内郡柏原町が発足。(4町39村)
  • 昭和15年(1940年)6月1日 - 長野町・千代田村・天野村が合併し、改めて長野町が発足。(4町37村)
  • 昭和16年(1941年)4月1日 - 国分村が町制施行して国分町となる。(5町36村)
  • 昭和17年(1942年)4月1日 - 富田林町・新堂村・喜志村・大伴村・川西村・錦郡村・彼方村が合併し、改めて富田林町が発足。(5町30村)
  • 昭和25年(1950年)4月1日(5町28村)
    • 富田林町が市制施行して富田林市となり、郡より離脱。
    • 野田村・大草村が合併して登美丘町が発足。
  • 昭和26年(1951年
    • 1月1日 - 道明寺村が町制施行して道明寺町となる。(6町27村)
    • 4月1日 - 狭山村が町制施行して狭山町となる。(7町26村)
    • 9月1日 - 日置荘村が町制施行して日置荘町となる。(8町25村)
  • 昭和29年(1954年)4月1日 - 長野町・三日市村・高向村・天見村・加賀田村・川上村が合併して河内長野市が発足し、郡より離脱。(7町20村)
  • 昭和30年(1955年)4月1日 - 高鷲村が町制施行して高鷲町となる。(8町19村)
  • 昭和31年(1956年
    • 1月1日 - 志紀村が町制施行して志紀町となる。(9町18村)
    • 9月30日(10町4村)
      • 磯長村・山田村が合併して太子町が発足。
      • 国分町が中河内郡柏原町と合併し、改めて中河内郡柏原町が発足。
      • 石川村・白木村・河内村・中村が合併して河南町が発足。
      • 平尾村・黒山村・丹南村が合併して美原町が発足。
      • 千早村・赤阪村が合併して千早赤阪村が発足。
      • 古市町・高鷲町・埴生村・西浦村・駒ヶ谷村・丹比村が合併して南大阪町が発足。
  • 昭和32年(1957年
    • 1月15日 - 東条村が富田林市に編入。(10町3村)
    • 4月1日(9町3村)
      • 志紀町が八尾市に編入。
      • 南大阪町の一部(多治井)が美原町に編入。
      • 美原町の一部(丹南)が松原市に編入。
    • 10月15日 - 北八下村が分割し、一部(河合)が松原市に、残部(中・野遠・南花田)が堺市にそれぞれ編入。(9町2村)
  • 昭和33年(1958年
    • 7月1日 - 南八下村が分割し、一部(大饗・菩提・石原・小寺の各一部)が美原町、残部(野尻および大饗・菩提・石原・小寺の各残部)が堺市に編入。(9町1村)
    • 10月20日 - 日置荘町が堺市に編入。(8町1村)
  • 昭和34年(1959年
  • 昭和35年(1960年)1月1日 - 藤井寺道明寺町が改称して美陵町となる。
  • 昭和37年(1962年)4月1日 - 登美丘町が堺市に編入。(5町1村)
  • 昭和41年(1966年11月1日 - 美陵町が市制施行・改称して藤井寺市となり、郡より離脱。(4町1村)
  • 昭和62年(1987年10月1日 - 狭山町が市制施行・改称して大阪狭山市となり、郡より離脱。(3町1村)
  • 平成17年(2005年2月1日 - 美原町が堺市に編入。(2町1村)

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 住居表示実施地区の境界は不詳。
  2. ^ 昭和10年国勢調査による。国立国会図書館の近代デジタルライブラリーで閲覧可能。
  3. ^ 現・松原市丹南
  4. ^ 中河内郡堅上村堅下村を編入したことによるもの。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

先代:
石川郡錦部郡八上郡古市郡
安宿部郡丹南郡志紀郡(一部)
行政区の変遷
1896年 -
次代:
(現存)