富田林市

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とんだばやしし
富田林市
Takidani-hudoumyououji-hondou.jpg
Flag of Tondabayashi, Osaka.svg
富田林町旗
Symbol of Tondabayashi Osaka.svg
富田林町章
1942年10月1日制定
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
団体コード 27214-1
法人番号 7000020272141
面積 39.72km2
総人口 113,214
推計人口、2016年8月1日)
人口密度 2,850人/km2
隣接自治体 堺市羽曳野市
河内長野市大阪狭山市
南河内郡太子町河南町千早赤阪村
市の木 クスノキ
市の花 ツツジ
富田林市役所
所在地 584-8511
大阪府富田林市常盤町1-1
北緯34度29分58.7秒東経135度35分50.1秒座標: 北緯34度29分58.7秒 東経135度35分50.1秒
富田林市役所
外部リンク 富田林市

富田林市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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富田林市中心部周辺の空中写真。1985年撮影の2枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

富田林市(とんだばやしし)は、大阪府南河内地域に位置する。本項では発足時の名称である富田林村(とんだばやしむら)、市制施行前の名称である富田林町(とんだばやしちょう)についても述べる。

紀伊国和歌山県)へ続く街道宿場町であり、戦国末期より、興正寺別院を中心とする寺内町として発展した。その他の市街地は、UR都市機構近鉄南海電鉄などにより開発されたベッドタウンとなっている。

富田林寺内町戦国時代に起源をもち、歴史的建造物からなる街並みが保存され重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

地理[編集]

大阪府の東南部に位置し、南北に流れる石川をはさんで平野が広がる。古くからまちが開けたところで、特に富田林寺内町は戦国時代からの町並みが残されている。南部は、金剛・葛城連峰を背景に丘陵と田園風景が広がり、農業公園やスポーツ公園などがある。また、西部丘陵地域には金剛ニュータウンがある。

隣接する自治体・行政区[編集]

人口[編集]

平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、3.61%減の119,454人であり、増減率は府下43市町村中38位、72行政区域中65位。

Demography27214.svg
富田林市と全国の年齢別人口分布(2005年) 富田林市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 富田林市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
富田林市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 75,754人
1975年 91,393人
1980年 97,495人
1985年 102,619人
1990年 110,447人
1995年 121,690人
2000年 126,558人
2005年 123,837人
2010年 119,454人
総務省統計局 国勢調査より

気候[編集]

富田林市は瀬戸内型気候に属する。[1]1998年〜2000年の3ヶ年の統計では、平均降水量は1300mm程度、平均気温が16℃程度である。[2][3]

歴史[編集]

先史時代より人々の暮らしが営まれ、弥生時代には二上山周辺に産出するサヌカイトを利用した石器が喜志や中野において大量に生産され、交易を通じて近畿地方に広く流通していたものと思われる。石川を望む丘陵上には石川流域に繁栄したであろう氏族の首長たちの古墳が多く造営されている。

南北朝時代には楠木正成の山城が築かれた。

応仁の乱においても、いくつかの山城が築かれ、群雄割拠の後、治世が落ち着き始めた16世紀の中頃の永禄年間に、京都興正寺門跡第16世証秀上人が「富田の芝」と呼ばれていた荒地を買い受け、寺と町衆の協力によって寺内町が造営された。

昭和25年の市制施行の後、高度成長期には大阪市近郊の住宅地として大規模な住宅開発が進み人口が急増し、これにあわせて都市基盤整備も進展してきた。

近年は、人口が減少しまちの活性化が課題となっており大阪芸術大学(河南町)と地域の課題解決や地域の振興に共同で取り組むための協定を締結するなど積極的に市の魅力の情報発信を行っている。

沿革[編集]

行政[編集]

市章について[編集]

富田林市章

1942年10月1日に制定し、富田林の頭文字「富」を「ト」とし、「ト」を三つ重ねて「トミ」と読み、各々の尖端が矢のようにされていることは、広く発展することを意味している。[4][5]

政治[編集]

衆議院[編集]

参議院[編集]

大阪府議会[編集]

市議会[編集]

定数は19人。2016年6月20日時点での会派構成は以下の通り。

会派名 議席数 所属党派
自由民主党 4 自由民主党
公明党 4 公明党
とんだばやし未来 4
日本共産党 3 日本共産党
無所属 4

経済[編集]

産業[編集]

  • 主な産業 - 市を縦断する石川の左岸に中小企業団地があり、食品から機械までさまざまな製品を生産している。
  • 産業人口 - 富田林市の就業者のうち、第一次産業従事者は699人、第二次産業従事者は11,237人、第三次産業従事者は34,598人である(平成22年国勢調査)。
  • 特産物 - 特産物は(すだれ)である。特に富田林市・河内長野市・大阪市で製造された簾は「大阪金剛簾」と呼ばれ、高級品のひとつにもなっている[6]
  • 農産物 - ナスエビイモイチゴキュウリズイキ

金融機関[編集]

銀行[編集]

信用組合[編集]

労働金庫[編集]

農協[編集]

  • JA大阪南
    • 大阪南農業協同組合 本店
    • 川西支店
    • 富田林支店
    • 喜志支店
    • 大伴支店
    • 錦郡支店
    • 東條支店
    • 青葉支店
    • 大伴営農経済センター

日本郵政グループ[編集]

(2012年12月現在)

  • 富田林郵便局(甲田(こうだ)) - 集配局。★
  • 富田林梅の里郵便局(梅の里)
  • 喜志郵便局(喜志町)
  • 富田林藤沢台郵便局(藤沢台)
  • 富田林久野喜台(くのきだい)郵便局(久野喜台)
  • 富田林小金台郵便局(小金台) ★
  • 富田林若松一郵便局(若松町)
  • 富田林大伴(おおとも)郵便局(北大伴町)
  • 富田林板持(いたもち)郵便局(西板持町)
  • 富田林錦織郵便局(錦織中)
  • 富田林寺池台郵便局(寺池台) ★
  • 富田林西口郵便局(寿町)
  • 富田林若松郵便局(若松町)
  • 東條簡易郵便局(佐備)
  • 青葉簡易郵便局(加太)
  • 富田林南大伴簡易郵便局(南大伴町)
簡易郵便局3箇所を除く各郵便局にゆうちょ銀行のATMが設置されており、★印の郵便局ではホリデーサービスを実施。

※富田林市内各区域の郵便番号は「584-00xx」(富田林郵便局の集配担当)となっている。

姉妹都市・提携都市[編集]

教育[編集]

公立8校全ての中学校で選択制中学校給食を実施している。

交通[編集]

鉄道路線[編集]

市の中心部にある富田林駅を境に西側が金剛ニュータウン、東側が旧市街地と分かれており、金剛ニュータウンに住んでいる人々は大阪狭山市にある金剛駅を利用することが多い。市の西側は南河内でも有数の閑静な住宅街、東側はのんびりした住農混在地となっている。[要出典]

バス[編集]

道路[編集]

名所・旧跡[編集]

富田林寺内町 城之門筋

祭事・催事[編集]

地車(だんじり)[編集]

毎年10月第2土日・第3土日に地区毎に曳行をし、各氏子区の神社へ仁輪加)を奉納する伝統行事。主に新堂大工組で制作された地車(石川型)が多く存在する。

地区名 奉納神社名 単位地区名
錦織地区 錦織神社 錦織廿山甲田五軒家宮甲田須賀新家伏山加太
佐備地区 佐備神社 下佐備中佐備上佐備
春日地区 春日神社 彼方 (富田林市)伏見堂
喜志地区 美具久留御魂神社 櫻井桜井)・喜志喜志新家川面尺度新堂若一若松町一丁目)
寺内町中野町毛人谷富田林町梅の里
建水分地区 建水分神社 北別井南別井東板持
石川地区 壹須何神社 北大伴南大伴
大伴地区 大伴黒主神社 山中田
板持地区 板茂神社 西板持

出身有名人[編集]

その他[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ <http://www.nichinan-city.com/22_kyouiku/5_kikou_kubun.htm>
  2. ^ <https://www.city.tondabayashi.osaka.jp/public/section/mizumidori/pdf/03.pdf#search='富田林市+気候'>
  3. ^ <http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/annually_a.php?prec_no=62&block_no=1062&year=1998&month=&day=&view=>
  4. ^ 図典日本の市町村章 p155
  5. ^ 富田林市市章、市民憲章
  6. ^ 大阪金剛簾:伝統工芸品一覧大阪府ホームページ
  7. ^ 諏訪市と大阪府富田林市 災害時相互応援協定締結長野日報(2006年9月2日)
  8. ^ 2004年ニュース富田林市ホームページ

外部リンク[編集]