京都サンガF.C.

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京都サンガF.C.
原語表記 京都サンガF.C.
呼称 京都サンガF.C.
愛称 サンガ
クラブカラー    [1]
創設年 1922年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J2リーグ
クラブライセンス J1
ホームタウン 京都府京都市[1]宇治市[1]城陽市[1]向日市[1]長岡京市[1]京田辺市[1]木津川市[1]亀岡市[1]南丹市[2]京丹波町[2]
ホームスタジアム
Nishikyogoku stadium20130428.JPG
京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場[1]
収容人数 20,588[1]
運営法人 株式会社京都パープルサンガ[1]
代表者 山中大輔[1]
監督 日本の旗 布部陽功
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社京都パープルサンガ
Kyoto Purple Sanga Co.,Ltd.[3]
種類 株式会社
本社所在地 600-8009
京都市下京区四条通室町東入凾谷鉾町87 ケイアイ興産京都ビル[1]
設立 1994年1月13日[3]
業種 サービス業
法人番号 5130001019476
事業内容 プロサッカークラブの運営他
代表者 山中大輔[1]
資本金 36億0,500万円[3]
売上高 17億4,300万円 (2016年12月期)[4]
営業利益 ▲2億6,500万円 (2016年12月期)[4]
経常利益 ▲2億6,600万円 (2016年12月期)[4]
純利益 ▲2億8,400万円 (2016年12月期)[4]
純資産 2億6,300万円 (2016年12月期)[4]
総資産 7億6,500万円 (2016年12月期)[4]
決算期 12月期
主要株主 京セラ[3]
任天堂[3]
関係する人物 稲盛和夫
外部リンク http://www.sanga-fc.jp
特記事項:1994年6月に株式会社京セラパープルサンガから商号変更。
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京都サンガF.C.(きょうとサンガエフシー、Kyoto Sanga F.C.)は、日本京都府京都市宇治市城陽市向日市長岡京市京田辺市木津川市亀岡市南丹市京丹波町をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

概要[編集]

1922年に創設された京都紫光サッカークラブが前身となり[1]1993年に一般公募で京都パープルサンガ(きょうとパープルサンガ)[1]のクラブ名に変更し、1996年にJリーグへ加盟[1]

2007年に現在のクラブ名となる京都サンガF.C.へ改称した[1]。運営会社は株式会社京都パープルサンガである[1]

旧クラブの由来は、京都光サッカークラブの『パープル』と、サンスクリット語で「仲間・群れ」を表す『samgha』と[1]、山紫水明の京都をイメージさせる「山河」の響きを掛け合わせた『サンガ』を合わせたもの。

ホームタウンは2010年8月まで京都府京都市1市。2010年8月より宇治市城陽市向日市長岡京市京田辺市の5市[1]、2012年4月より木津川市、2014年4月より亀岡市、2017年9月より南丹市京丹波町[2]がホームタウンに追加された。なお、宇治市などへ広域化された際に、クラブ側は「よりホームタウンを活性化させるには試合の本拠地である京都市やクラブハウスのある城陽市を含め京都府南部の市町村の連携が不可欠」とコメントしている[5]

ホームスタジアムは京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場[1]、練習場は京都サンガF.C.東城陽グラウンド[1](通称:サンガタウン城陽)である(詳細は#スタジアム・練習場を参照)。クラブマスコットは1995年に誕生した「パーサくん」と2003年に誕生した女の子のお友達「コトノちゃん」であり、いずれも「鳳凰」と「不死鳥」をモチーフとしている[1][3]

歴史[編集]

前史[編集]

1922年創設の京都紫光クラブ(設立時の名称は紫郊クラブ)が前身となり[1]、Jリーグ加盟クラブの前身チームの中で最も古い。1993年に「教育研究社FC京都パープルサンガ」が発足[1]。1994年1月、運営会社となる「株式会社京セラパープルサンガ」が設立された(6月に株式会社京都パープルサンガへ商号変更)[1]

1994年8月[6]Jリーグ準会員に承認[3]。1995年にジャパンフットボールリーグ(JFL)で2位の成績を収めて、1996年からJリーグ加盟が決定した[1]

1990年代[編集]

1996年のJリーグ開幕17連敗のスコア
会場 スコア 相手 会場 スコア 相手
1 等々力 0-1● V川崎   10 西京極 0-3● 福岡
2 西京極 0-2● 市原 11 日立柏 0-2●
3 カシマ 1-5● 鹿島 12 三ツ沢球 0-1● 横浜M
4 西京極 0-2● C大阪 13 西京極 1-2v● 磐田
5 三ツ沢球 0-3● 横浜F 14 国立 0-1v● 浦和
6 西京極 1-5● 清水 15 鳥取 2-3● 名古屋
7 広島ビ 0-3● 広島 16 西京極 0-3● 横浜M
8 万博 2-4● G大阪 17 磐田 1-2● 磐田
9 西京極 0-2● 平塚 18 西京極 1-0○ 浦和
1996年

大野俊三佐藤慶明といったJリーグ経験者を補強。開幕戦はV川崎に敗北。その後、シーズン開幕後17連敗を喫して、ジョゼ・オスカー・ベルナルディがシーズン途中で監督を解任された。5月にV川崎からラモス瑠偉藤吉信次山口貴之を獲得し、後半戦は8勝7敗と勝ち越した。

1997年

ペドロ・ローシャを監督に迎えたが、カポネクレーベルの両外国人選手が振るわず、更にラモスが退団した。年間成績は17チーム中14位。なお、この年に西田吉洋日本代表候補に選ばれた。

1998年

元日本代表監督のハンス・オフトが監督に就任。元日本代表の森保一岩本輝雄山田隆裕黒崎久志を獲得したが、下位に低迷。オフトは6月に監督を退任し、清水秀彦が後任となり、2ndステージは勝ち越し。なお、横浜フリューゲルスが横浜Mと合併したことでJ1参入決定戦への出場は回避した。

1999年

清水体制2年目。1stステージが14位。6月に清水が退任して、7月に元日本代表監督の加茂周が監督に就任。また、同じ7月に元日本代表の三浦知良を獲得。2ndステージは9位。年間成績は12位となった。

2000年代[編集]

2000年

加茂体制2年目。黒部光昭松井大輔朴智星が入団。リーグ戦は当初より不振で6月に加茂を解任。ゲルト・エンゲルスが後任の監督に就任したが、年間成績は15位に終わり、J2へ降格した。

2001年

エンゲルス体制2年目。三浦知良が神戸、遠藤保仁がG大阪へ移籍した。J2リーグ戦は28勝5分11敗の成績で優勝し、J1復帰を決めた。黒部は30得点を挙げ、J2得点ランク2位となった。

2002年

エンゲルス体制3年目。開幕直後こそ4連敗するものの、黒部、松井、朴に加えて平井直人角田誠といった下部組織出身の選手も活躍。年間順位で5位に躍進。第82回天皇杯全日本サッカー選手権大会は決勝で鹿島を破り、関西にホームを置くクラブでJリーグ発足後初のタイトルを獲得した。

2003年

朴がPSVアイントホーフェンへ移籍した一方、韓国・水原三星より高宗秀を獲得した。1stステージは最下位。6月にエンゲルスを解任、後任のピム・ファーベークも11月に解任し、木村文治が監督に就任。2ndステージも14位に終り、年間で最下位となり、2度目のJ2降格が決定した。

2004年

西村昭宏が監督に就任。市原から崔龍洙を獲得。一方、9月に松井がフランス・ル・マンUCへ期限付き移籍した(2005年7月に完全移籍へ移行)。リーグ戦は序盤戦から勝利に恵まれず、6月に西村を解任し、柱谷幸一を監督に迎えたが5位に終わった。

2005年
クラブスローガン :「ONE for TEAM -すべては勝利のために-

柱谷体制2年目。黒部がC大阪へ移籍した一方、山形から星大輔、福岡から米田兼一郎、湘南から加藤大志を完全移籍で獲得した。シーズンは7試合を残して2位以内が確定、第39節で2度目のJ2優勝を決めた。最終節は甲府に敗れて、2004年の川崎に次ぐシーズン勝点100以上はならなかった。なお、パウリーニョが22得点でJ2得点王を獲得し、15得点のアレモンと2人でチーム総得点(89)の4割強を占めた。

2006年
クラブスローガン :「ONE FOR TEAM -情熱旋風-

柱谷体制3年目。4月にG大阪から手島和希、5月に名古屋から角田誠を期限付き移籍で獲得したが、シーズン当初より低迷し10月に柱谷を監督から解任。ヘッドコーチの美濃部直彦が監督に就任したが、11月26日のG大阪戦に敗れ、最下位が決まり、J2降格が決定した。

2007年

美濃部体制2年目。2月からクラブ名称を京都サンガF.C.に変更[1](ただし運営法人の商号は現在も株式会社京都パープルサンガのまま)。同時に新しいエンブレムも制定された。名古屋から元日本代表DF秋田豊清水から森岡隆三、甲府から倉貫一毅を、福岡から平島崇を獲得した。開幕から大きな連勝はしないものの1度の連敗もなく安定して勝ち点を積み重ね、第44節終了時点で暫定3位と昇格圏内につけていた。10月13日に美濃部を解任して、総監督の加藤久が監督へ就任。リーグ戦は3位となり、J1・J2入れ替え戦広島に勝利を収めてJ1復帰を決めた。また、当初は残り試合に限定された暫定監督扱いとして就任した加藤の総監督留任も決定した。

2008年
2008年J1第20節 川崎フロンターレ戦
クラブスローガン :「SMILE KYOTO for the better future

加藤体制2年目。からGK水谷雄一G大阪から9シーズンぶりの京都復帰となるDFシジクレイFC東京からレンタル移籍でDF増嶋竜也千葉からMF佐藤勇人鹿島からFW柳沢敦と、各ポジションで実力者を獲得し、2年ぶりのJ1に臨んだ。シーズン途中にも、ディフェンス安定のためにG大阪からDF水本裕貴、怪我で長期離脱(登録抹消)したFWパウリーニョの穴を埋めるため、清水からFWフェルナンジーニョを獲得した。なお、シーズン成績は14位。天皇杯は5回戦で柏に敗北。

2009年
クラブスローガン :「前へ。PASSION REALITY OVATION

加藤体制3年目。名古屋から豊田陽平東京Vからディエゴ韓国代表李正秀などを獲得。また、前年怪我でシーズン途中に登録抹消されたパウリーニョも復帰した。しかし、主力に怪我人が相次ぎ、パウリーニョがシーズン途中で退団しブラジルに帰国するなどメンバー編成に苦しんだが、第33節(11月28日)の浦和戦に勝利し、残り1試合を残してJ1残留を決め、同時にJ1通算100勝を達成し、12位でシーズンを終えた。天皇杯は3回戦で甲府に敗北した。

2010年代[編集]

2010年
クラブスローガン :「SHI・N・KA

加藤体制4年目。李正秀鹿島アル・サッド)、林丈統佐藤勇人千葉)、松井謙弥C大阪)が完全移籍、豊田陽平鳥栖)がレンタル移籍、手島和希が引退、シジクレイが退団した。

一方で、大分から7年ぶりの復帰となる鈴木慎吾や、大宮から片岡洋介が移籍。ドゥトラ郭泰輝チエゴ(レンタル移籍)、ハウバート・ダン児玉剛福村貴幸らを獲得した。

リーグ戦は第4節終了時の8位が最高。第10節および第13節から第21節まで最下位で推移し、第14節終了後の7月27日に加藤を監督及びチーム統括職より解任し、コーチの秋田豊が後任の監督に就任した。第22節で17位に順位を上げたが以降も17位から順位は変わらず、第30節の浦和戦に敗れて4回目のJ2降格が決定した。天皇杯も3回戦で千葉に大敗した。

なお、秋田とは2011年までの契約で「J2に降格しても続投してもらう」方針[7] であったが、12月7日に監督を退任した[8]

2011年
クラブスローガン :「Change

監督に甲府元監督の大木武[9]ゼネラルマネージャー(GM)に千葉元GMの祖母井秀隆がそれぞれ就任した。

柳沢敦角田誠仙台渡邉大剛片岡洋介が大宮、増嶋竜也水本裕貴広島郭泰輝Kリーグ蔚山現代FC西野泰正讃岐へ移籍、平井直人が引退、中谷勇介が退団(のちに東京Vへ入団)、チエゴはレンタル移籍期間満了により退団した。また、8月にディエゴが仙台へレンタル移籍した。

一方で、工藤浩平(千葉)、秋本倫孝甲府)、アライール愛媛)を完全移籍で獲得、酒井隆介チョン・ウヨン内藤洋平が加入、駒井善成伊藤優汰らがユースから昇格した。

リーグ戦は、6月5日(第15節)まで2引き分けを挟んで5連敗を喫するなど、同節時点で僅か1勝(2分6敗)の19位に落ち込んだ。後半戦に入り、2種登録選手ながら10得点を挙げて、チーム得点王になった高校生FW久保裕也などの活躍もあり、最終順位は7位。

天皇杯は、第82回以来の決勝進出。決勝で同じJ2所属のFC東京に敗れたが、準優勝の成績を収めた。

2012年
クラブスローガン :「Changing〜俺たちは変わり続ける〜

大木体制2年目。森下俊川崎へ完全移籍、中村太亮新潟へ期限付き移籍した。

一方、中国・陝西宝栄からバヤリッツァ徳島から倉貫一毅を完全移籍で、浦和から原一樹らを期限付き移籍で獲得した。

開幕前は天皇杯準優勝などの実績より昇格候補に挙げられ、第8節の東京V戦まで4連勝、第16節の北九州戦まで5連勝で同節で首位に立ったが、第17節から3連敗を含む7戦連続勝ちがなく、第23節時点で8位へ順位を下げた。第27節の鳥取戦まで4連勝して6位に浮上(その後連勝を6に伸ばす)して以降、J1昇格プレーオフ圏内となる6位以上を保ち、第39節ホーム岐阜戦の勝利で自動昇格圏内の2位に浮上。第41節時点で2位をキープしたが、最終節の甲府戦でスコアレスドローに終わり、最終節勝利した湘南と入れ替わって3位となり、J1昇格プレーオフへ回った。J1昇格プレーオフは準決勝で6位の大分にホームで敗北し、J1昇格はならなかった。天皇杯は3回戦で磐田にPK負けした。

2013年
クラブスローガン :「必昇

大木体制3年目。中村充孝が鹿島、水谷雄一福岡へ完全移籍、チョン・ウヨンが磐田へ期限付き移籍した。

一方、川崎から山瀬功治湘南から三平和司(2012年は大分に期限付き移籍)、徳島からオ・スンフン、愛媛から田森大己Honda FCから中村祐哉を完全移籍で、G大阪から横谷繁を期限付き移籍で獲得した。7月に久保裕也BSCヤングボーイズへ完全移籍した。

開幕から4試合を2勝2分とし第4節時点で2位。第5節から2連敗を含め第9節まで1勝3敗1分に留まり第9節時点で11位に順位が低下するが、その後は第28節から第30節の3連敗を除いて連敗することなく推移し、第16節で4位に浮上して以降は昇格プレーオフ圏内をキープ。第32節からは7連勝し、第34節終了時点で3位に浮上したが、第40節・G大阪戦に敗れて自動昇格圏内の2位以内が消滅。なお、最終順位は2年連続の3位。J1昇格プレーオフ準決勝はホームで長崎に引き分け。規定により決勝へ進出したが、徳島に敗れて2年連続でプレーオフ敗退。天皇杯は3回戦で鹿島に敗北。シーズン終了後に大木が監督を退任した。

2014年
クラブスローガン :「NEVER GIVE UP 勝利へ

イラン代表元監督のヴァルデイル・バドゥ・ヴィエイラが監督に就任。安藤淳染谷悠太がC大阪、倉貫一毅鳥取秋本倫孝富山原一樹が北九州、中村祐哉が長崎、児玉剛が愛媛へ完全移籍した。

一方、名古屋から石櫃洋祐、ブラジル・アメリカFCからアレッサンドロらを完全移籍で、神戸から有田光希横浜FMから比嘉祐介杭州緑城から大黒将志を期限付き移籍で獲得した。

開幕節終了直後に首位に立ったが、その後第18節時点で7勝5敗6分の11位に留まり、6月18日にバドゥを監督から解任。後任決定までコーチの森下仁志が監督代行を務めた後、6月29日より元東京V監督の川勝良一が監督に就任し、徳島からドウグラスを期限付き移籍で獲得したが第41節・富山戦での引き分けにより昇格プレーオフ進出が消滅し、最終順位も9位に終わった。シーズン終了後に監督の川勝、GMの祖母井秀隆、強化部テクニカルディレクターの高間武らが退任した。

2015年
クラブスローガン :「SANGA INNOVATION

元神戸監督の和田昌裕が監督に就任。オ・スンフンジャイロが退団。ドウグラス、比嘉祐介田中英雄が期限付き移籍期間満了につき退団。高橋祐治が讃岐、田村亮介が鳥栖へ期限付き移籍。酒井隆介松本工藤浩平が広島、横谷繁が大宮、三平和司が大分、内野貴志長野へそれぞれ完全移籍した。

一方で、宮吉拓実が富山から、原川力が愛媛から復帰。清水圭介(大分)、山口智(千葉)、菅沼駿哉(磐田)、金南一全北現代)、黄辰成AFCテュビズ)、佐々木勇人(仙台)、ダニエル・ロビーニョ群馬)を完全移籍で獲得。奥川雅也らがユースから昇格した。

前半戦を終えて6勝12敗4引き分け。7月8日の徳島戦で敗北し、7月10日に成績不振を理由として和田が監督を解任され、ヘッドコーチの石丸清隆が後任の監督に就任した。10月25日の大宮戦の引き分けで7位以下が確定。最終順位は17位。

2016年
クラブスローガン :「一丸 よみがえる不死鳥(サンガ)

石丸体制2年目。ユース出身の駒井善成が浦和へ、伊藤優汰が新潟へ、原川力が川崎へ、宮吉拓実が広島へそれぞれ移籍。

一方で、名古屋から牟田雄祐本多勇喜、柏から菅野孝憲、松本から岩沼俊介、甲府から堀米勇輝、長崎からイ・ヨンジェ、C大阪から染谷悠太などを獲得。名古屋などでスカウトを務めた小島卓が強化担当で入団した。

開幕から4試合連続引き分けを含む5試合勝利なしで、第5節終了時には15位まで順位を下げるものの、第6節でシーズン初勝利を挙げてからの10試合で7勝2分1敗と躍進、第15節終了時にはプレーオフ圏内の5位に浮上する。その後はシーズン終了までプレーオフ圏内となる6位以上をキープしたものの、第18、26各節終了時の4位が最高で、J1自動昇格となる2位以上とは勝点で引き離されたまま5位でシーズンを終えた。3シーズンぶりに出場したJ1昇格プレーオフは、準決勝でC大阪と引き分け。規定により決勝進出はならなかった。

シーズン終了後、石丸が監督を解任。また、平井、古邊の両コーチ、U-18監督の森岡隆三が退任。矢島卓郎が現役を引退した。

2017年
クラブスローガン :「Josho(上昇-常勝)魂 サンガノタメニ

監督に前柏ヘッドコーチの布部陽功が就任。

山瀬功治(福岡)、有田光希(愛媛)、佐藤健太郎山口)らが完全移籍により、アンドレイ・ジロットが期限付き移籍満了でそれぞれ退団。永島悠史岐阜沼大希鳥取石田雅俊が群馬、山田元気が山口へ期限付き移籍した。

一方で、名古屋から小屋松知哉望月嶺臣(昨年は山口に所属)、田中マルクス闘莉王を、熊本から永井建成を、山形から伊東俊、韓国クラブからハ・ソンミンケヴィン・オリスを完全移籍で、柏から湯澤聖人を期限付き移籍で獲得。また大黒将志が山形から復帰した。

天皇杯は初戦でアスルクラロ沼津に敗れた。

成績[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

個人別[編集]

ハットトリック[編集]

得点数 選手名 開催日 対戦クラブ スタジアム 得点時間
J1 3得点 黒崎比差支 1998年8月8日(1st第17節) コンサドーレ札幌 西京極 49分にゴール 49分55分89分
三浦知良 2000年11月23日(2nd第14節) ヴェルディ川崎 37分にゴール 37分52分89分
黒部光昭 2002年4月6日(1st第5節) 東京ヴェルディ1969 08分にゴール 08分46分65分
2003年9月13日(2nd第5節) セレッソ大阪 長居 39分にゴール 39分43分57分
J2 3得点 崔龍洙 2004年8月21日(第29節) コンサドーレ札幌 西京極 68分にゴール 68分81分89分
パウリーニョ 2005年10月1日(第34節) モンテディオ山形 山形県 08分にゴール 08分78分87分
アンドレ 2007年5月13日(第15節) アビスパ福岡 博多球 35分にゴール 35分54分66分
パウリーニョ 2007年6月6日(第22節) ベガルタ仙台 福井 21分にゴール 21分55分76分
久保裕也 2013年6月9日(第18節) ロアッソ熊本 うまスタ 49分にゴール 49分64分72分
大黒将志 2014年4月5日(第6節) 大分トリニータ 大銀ド 03分にゴール 03分30分81分
2014年6月21日(第19節) ロアッソ熊本 うまスタ 45分にゴール 45分55分65分
田中マルクス闘莉王 2017年4月15日(第8節) 愛媛FC 西京極 52分にゴール 52分72分90+2分

スタジアム・練習場[編集]

ホームスタジアム[編集]

ホームスタジアムは、京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場[1] である。西京極はJリーグが定めるクラブライセンスでスタンドの屋根の占有率や、トイレ数などが充足していないが、今後、西京極のライセンス充足化工事の実施、及び京都スタジアム(仮称)の建設が計画されていることを理由に、同クラブに対するライセンス交付上の制裁は2015年度以後については行われていない。[10][11]

また、毎年霧島市国分運動公園でシーズン開幕前のキャンプを行っている。なお、過去のホームゲーム開催スタジアムは「当項目」を参照のこと。

練習場[編集]

1998年より京都サンガF.C.東城陽グラウンド[1](通称:サンガタウン城陽)を使用している。なお、クラブ創設当初は京都府立山城総合運動公園京都府宇治市)などの京都府及び滋賀県内のグラウンド、1995年から1997年まで「京セラ八日市総合グラウンド」(滋賀県東近江市)を使用していた[12]

ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd)
GK(1st)
GK(2nd) 水色 水色 水色
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

チームカラー[編集]

  •    [1]

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
京セラ 京セラ 1994年 - 1994年は「KyOCERa」と表記
背中上部 任天堂 任天堂 1994年 -
背中下部 KDDI au 2017年 -
京都銀行 京都銀行 2007年 -
パンツ 大和証券 大和証券 2002年4月 -

トレーニングウェア[編集]

  • KDDI(ロゴマークは2013年よりau表記)
  • 日本電産

スーツサプライヤー[編集]

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

  • 1994年 - 1995年:プーマ
  • 1996年:リーグ戦はミズノ、カップ戦はプーマ
  • 1997年 - 2002年:アンブロ
  • 2003年 - 2006年:ミズノ
  • 2007年 - 現在:ワコール(2007年 - 2012年は「CW-X」、2013年 - は「Wacoal」表記)

歴代ユニフォームスポンサー年表[編集]

年度 背中上部 背中下部 パンツ サプライヤー
1994 KyOCERa 任天堂 解禁前 - - PUMA
1995 京セラ
1996 Wacoal Mizuno /
PUMA
1997 UMBRO
1998
1999
2000
2001
2002 大和証券 /
大和証券SMBC
2003 Mizuno
2004
2005
2006 大和証券
2007 京都銀行 CW-X
2008
2009
2010
2011
2012
2013 Wacoal
2014
2015
2016 -
2017 au

スポンサー[編集]

アカデミー・育成[編集]

概要[編集]

育成組織(アカデミー)として、U-18、U-15、U-12SPコースを有する他、サッカースクールとして幼稚園・保育園在園児を対象とした「KIDSコース」、中学生、大人、女子、GKの4コースから構成される「クリニックコース」、小学2年生から6年生を対象とするプレミアコース・プレミアクラスも設置されている[13]。また、U-18年代を対象とした「スカラーアスリートプロジェクト」も併せて運営している。

主な大会の結果・成績[編集]

出身選手[編集]

スカラーアスリートプロジェクト[編集]

2005年時点で育成組織専用の練習場などが無かったため、当時サンガの監督であった柱谷幸一サンフレッチェ広島のユースチームと地元高校の連携を例に挙げて育成組織の改善をクラブ幹部に提案した[14]

2006年度から、産の京セラ、学の立命館、民のサンガが提携し、高校年代の生徒が勉学は立命館宇治高校、練習は京都サンガF.C.東城陽グラウンドにある育成組織専用の照明を完備した人工芝グラウンドで、生活はサンガが建設した寮で行い、学費は立命館が、寮費・食費はサンガが全面的に負担する、「SCHOLAR-ATHLETE PROJECT(スカラーアスリートプロジェクト、以下SAP)」が開始された[15]。2011年度にSAP開始以降初めて、SAP対象者がトップチームへ昇格した。

SP京都FCとの提携[編集]

2014年1月22日、SP京都FC(当時は佐川印刷京都)と選手育成、強化などを目的とする業務提携を締結した。業務提携の契約期間は2014年2月から2016年1月までであった。2014年は森岡隆三(サンガ元コーチ)がSP京都FCのヘッドコーチに就任し、國領一平および齊藤隆成が育成型期限付き移籍で加入した[16]

エピソード[編集]

Jリーグ初の試合中止[編集]

1996年のJリーグカップ柏レイソル戦(8月14日大分市営陸上競技場=サンガ主催ゲーム)が台風のため中止となったが、Jリーグ公式戦が中止となった初めてのケースである。

なお、代替試合は西京極が芝生の張替え工事中につき使用できなかったため、G大阪の許可を得て、G大阪のホームスタジアムである万博記念競技場8月24日に開催された。

五山送り火と同日のホームゲーム[編集]

毎年8月16日の夜に、京都の夏を代表する風物詩として知られる「五山送り火」が行われる[17]。当日はネオンや照明灯などの灯火を自粛するよう京都市から呼びかけが行われるため、サンガのホームゲームが重複する際は以下のような対応がとられた。

1997年のJリーグ

Jリーグ2ndステージ・第5節の横浜M戦が8月15日に開催された(他クラブは8月16日開催)。なお、試合は1-4でサンガの敗戦。

2007年のJリーグ ディビジョン2

J2第34節の札幌戦が8月16日の17時20分キックオフの薄暮開催となった。なお、試合は2-3でサンガの敗戦。

守備放棄試合[編集]

メディア[編集]

KBS京都(テレビ)
KBS京都(ラジオ)
NHK京都放送局
J:COM 京都みやびじょん
  • Foot Style 京都(ホームゲームハイライトなどを放映)
α-STATION

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag クラブガイド:京都サンガF.C.”. 日本プロサッカーリーグ. 2017年9月23日閲覧。
  2. ^ a b c “京都サンガF.C.ホームタウン追加について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2017年9月28日), https://www.jleague.jp/release/post-50837/ 2017年9月28日閲覧。 
  3. ^ a b c d e f g クラブ情報”. 京都サンガF.C.. 2017年3月26日閲覧。
  4. ^ a b c d e f 2016年度(平成28年度)Jクラブ個別情報開示資料”. 日本プロサッカーリーグ. 2017年9月23日閲覧。
  5. ^ “京都サンガF.C.のホームタウン広域化について” (プレスリリース), Jリーグ, (2010年8月17日), http://www.jleague.jp/release/article-00003627 2017年1月16日閲覧。 
  6. ^ 1993年9月に準会員申請をしたが、ホームスタジアムの整備などに問題があったため、11月の実行委員会・理事会では承認されず保留扱いとなった。
  7. ^ スポーツ報知 2010年11月2日
  8. ^ “秋田豊監督 退任のお知らせ” (プレスリリース), 京都サンガF.C., (2010年12月7日), http://www.sanga-fc.jp/news/detail/10556 2013年3月5日閲覧。 
  9. ^ “大木武氏 監督就任のお知らせ” (プレスリリース), 京都サンガF.C., (2010年12月10日), http://www.sanga-fc.jp/news/detail/10559 2013年3月5日閲覧。 
  10. ^ “鳥取は「停止条件付き」のJ2ライセンス…北九州はプレーオフ圏内でもJ1昇格はなし”. ゲキサカ. (2014年9月29日). http://web.gekisaka.jp/news/detail/?148337-148337-fl 2016年3月6日閲覧。 
  11. ^ “群馬と讃岐は練習場不備などでJ2ライセンスに…会計不正発覚した愛媛にもJ1ライセンス”. ゲキサカ. (2015年9月29日). http://web.gekisaka.jp/news/detail/?173068-173068-fl 2015年9月29日閲覧。 
  12. ^ 『京都サンガF.C. オフィシャルイヤーブック 2014』、p.154
  13. ^ a b 京都サンガF.C.フリーペーパーvol.11(p.8) (PDF) - 京都サンガF.C.
  14. ^ Jリーグニュースプラスvol.12(P.8-P.12) (PDF) 2013年3月6日閲覧
  15. ^ スカラーアスリートプロジェクト”. 京都サンガF.C. 2013年3月6日閲覧。
  16. ^ “佐川印刷京都との業務提携について” (プレスリリース), 京都サンガF.C., (2014年1月22日), http://www.sanga-fc.jp/news/detail/24052/ 2014年1月25日閲覧。 
  17. ^ 五山送り火”. 公益社団法人京都市観光協会公式サイト. 2013年3月11日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]