リヴァプールFC

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リヴァプールFC
原語表記 Liverpool Football Club
愛称 The Reds(レッズ)
クラブカラー     赤(レッド)
創設年 1892年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン リヴァプール
ホームスタジアム Panorama of Anfield with new main stand (29676137824).jpgアンフィールド
収容人数 54,074
運営法人 フェンウェイ・スポーツ・グループ
代表者 アメリカ合衆国の旗 トム・ワーナー
監督 ドイツの旗 ユルゲン・クロップ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

リヴァプール・フットボール・クラブLiverpool Football Club)は、イングランドリヴァプールをホームタウンとする、イングランドプロサッカーリーグ(プレミアリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。クラブカラーは。愛称はレッズReds)。

概要[編集]

1892年に創立。ホームスタジアムはリヴァプールアンフィールド(収容人数54,074)。アンフィールドとライバルクラブのエヴァートンとの関係から創設され、プレミアリーグ(当時はFAプレミアリーグ)発足時に参加した22クラブの内の一つである。

1960年代半ばから80年代にかけて、3連覇(1981-82、1982-83、1983-84)達成を含むフットボールリーグ優勝13回、UEFAチャンピオンズカップ優勝4回など、40以上のタイトルを獲得したイングランドの古豪。特に、イングランドだけでなく欧州の舞台でも活躍した1970年代以降の約20年については “黄金期” と称される一方で、ヘイゼルの悲劇ヒルズボロの悲劇という2つの暗い悲劇を経験した(後述)。

2005年にはインスタンブールの奇跡と呼ばれる勝利でACミランを下し、通算5回目となるUEFAチャンピオンズリーグ(旧UEFAチャンピオンズカップを含む)制覇を果たす。これによってイングランドで唯一のビッグ・イヤーの永久保持が認められた。

フットボールリーグにおいて、最多18回の優勝を誇る[1]。イングランドのトップリーグにおける最多優勝回数記録を長年にわたり保持していたが、2010-11シーズンのリーグを制したマンチェスター・ユナイテッドに抜かれ、現在はそれに次ぐ優勝回数となっている[1]。なお、国内タイトルでは唯一プレミアリーグ優勝の経験がない。

2012年に創設120周年を迎えた。クラブ史上、監督を務めたのは18人[2]。現在の監督は2015年10月に就任したユルゲン・クロップである[2]

世界中のサッカークラブのサポーター達に歌われ人気を得ているサポーターソング「You'll never walk alone」を最初に合唱したクラブでもある。

2014年1月、世界最大の会計事務所である『デロイト』の調査によると、2012-13シーズンのクラブ収入は2億4060万ユーロであり、世界のサッカークラブの中で第12位である[3]

歴史[編集]

黎明期[編集]

1891年、アンフィールドのオーナーであったジョン・ホールディング英語版は、当時アンフィールドを本拠地として使用していたエヴァートンに対して施設使用料の値上げを要求したが、エヴァートンはこれを拒否し、現在のグディソン・パークへの移転を決定した[4]。そこでホールディングはアンフィールドに新たなサッカークラブを設立することを決め[5]、当初は新たなクラブの名前を「エヴァートンFC・アンド・アスレティック・グラウンズ・リミテッド」(Everton F.C. and Athletic Grounds Ltd. 、略称: エヴァートン・アスレティック Everton Athletic)と定めたが、後に考えを改め、1892年3月15日に「リヴァプールFC」という全く新しい名前のクラブを創立した。同年9月1日に行われたロザラム・タウン英語版[6]との親善試合が、リヴァプールとしての初めての試合となった[7]

1936年6月、ジョージ・パターソンに代わってジョージ・ケイが監督に就任。サウサンプトンからの就任であった。ケイ就任後の12試合は3勝4分という成績で、最初の1936-37シーズンは18位でリーグを終える。翌1937-38シーズンは開幕戦の相手の本拠地スタンフォード・ブリッジでのチェルシー戦に1-6で敗れると、11位でリーグを終えた。

1938-39シーズン前に、ケイはボブ・ペイズリービショップ・オークランドから移籍金をかけずに獲得。またビリー・リッデルも獲得した。しかしリーグは第二次世界大戦へと突入し、活動の停止を余儀なくされる。

第二次世界大戦後[編集]

第二次世界大戦後、リヴァプールはアメリカカナダへの遠征を計画。この計画はジョージ・ケイによるもので、気候などが全く異なる北米でプレーすることは選手に有益であるという考えに沿ったものであった。1946-47シーズンに10試合の北米遠征が行われた。

1949-50シーズンにFAカップで決勝に進出したが、アーセナルに敗れ[8]、初のFAカップ制覇を逃す。その後ケイは1951年に引退し、監督の座はドン・ウェルシュに引き継がれた。

シャンクリーによる改革[編集]

アンフィールド前に建つビル・シャンクリーの像

クラブが大きな変革の時を迎えたのは1950年代に入ってからになる。1954年に2部に降格し、数年にわたり2部で低迷していたが、1959年にビル・シャンクリーが監督として就任[9][10]。シャンクリーは監督に就任すると、低迷した空気を払拭すべく大きな改革に乗り出した。まず、ロジャー・ハントイアン・キャラハンという後にクラブ史を背負って立つことになる若手選手をデビューさせたほか[11][12]、ブートルームの改修などを行った。就任初年度での昇格は逃したものの、翌シーズン(1960-61)にもケビン・ルイスゴードン・ミルンを獲得しチーム力の強化を図った。中でもルイスはシーズン32得点を挙げる活躍を見せたが、このシーズンでも昇格を逃してしまう。1961-62シーズン、シャンクリーは当時のクラブ史上最高額の移籍金でロン・イェーツイアン・セント・ジョンを獲得[13]。就任3年目にしてようやく2部リーグを制し、昇格を決めた。

久々の1部リーグとなった1962-63シーズンは出だしこそつまづいたものの、シーズン途中は13戦無敗などを記録し[14]、最終的には8位でシーズンを終えた。クラブはシーズン途中にウィリー・スティーブンソンを獲得したほか、翌シーズンに向けて夏にプレストン・ノース・エンドからピーター・トンプソンを獲得した[15]。迎えた1963-64シーズンは、序盤は取りこぼしが目立ったが、10月頃から成績が安定し始め、1964年3月20日のボルトン戦から7連勝を飾ると、本拠地アンフィールドにて1946-47シーズン以来となるトップリーグ優勝を果たし、クラブ史上初となるヨーロピアンカップへの出場権を手にした。ヨーロピアンカップでもクラブの躍進は止まらず、準決勝まで進んだ。準決勝では前年度覇者のインテルに敗れたものの、FAカップでは決勝でリーズを破ってクラブ史上初のFAカップ優勝を果たした。続く1965-66シーズンでは、前年度のFAカップ優勝で出場権を得たカップウィナーズカップへ出場し、準優勝。さらに再び国内リーグを制覇した。

そこから数シーズンはタイトルから離れるものの、その間にレイ・クレメンスエムリン・ヒューズアレク・リンゼイラリー・ロイドスティーブ・ハイウェイケビン・キーガンジョン・トシャックらを獲得し、チームの世代交代を果たす。それが実り、1972-73シーズンにはリーグ戦とUEFAカップの2冠を達成。翌1973-74シーズンもリーグ戦こそ2位止まりとなったが、再びFAカップを優勝した。このように低迷していたリヴァプールを立て直し、数多くのタイトルを獲得するまでに成長させたビル・シャンクリーは、1973-74シーズンを持ってクラブの監督を勇退した[16]

絶頂期と2つの悲劇[編集]

1974年にシャンクリーが辞任すると、後任の監督にはアシスタントコーチを務めていたボブ・ペイズリーが就任する。シャンクリーからチームを引き継いだペイズリーの下で、リヴァプールは国内・ヨーロッパを席巻し、絶頂期を迎える。ペイズリー体制下に初めて迎えた1974-75シーズン、クラブはテリー・マクダーモットフィル・ニールを獲得したが、国内リーグは2位、カップウィナーズカップは2回戦敗退と無冠に終わる。しかし翌1975-76シーズンはリーグ戦とUEFAカップの2冠を達成、さらに1976-77シーズンも国内リーグ戦を連覇したほか、クラブ史上初となるUEFAチャンピオンズカップ制覇を達成。このシーズン限りでクラブのエースだったケビン・キーガンは退団したが、ペイズリーはキーガンの後釜にセルティックからケニー・ダルグリッシュを獲得した。

Kenny Dalglish in a white shirt, wearing sunglasses.
ケニー・ダルグリッシュは1978年のUEFAチャンピオンズカップ決勝戦にて決勝ゴールを挙げるなど選手として活躍したほか、後に監督としても活躍した。

1977-78シーズンはリーグ戦は2位止まりも、UEFAチャンピオンズカップ連覇を達成。また、1978年1月にグレアム・スーネスを獲得している。1978-79シーズンはアラン・ケネディを獲得し、再びリーグを優勝した。続く1979-80シーズンも再びリーグ連覇を達成。オフシーズンにイアン・ラッシュを獲得し、迎えた1980-81シーズンには3度目となるUEFAチャンピオンズカップ制覇を達成したほか、リーグカップも優勝し、カップ戦の2冠を達成した。また、シーズン中にブルース・グロベラーを獲得している。

1981-82シーズン、リヴァプールはマーク・ローレンソンスティーブ・ニコルを獲得し、リーグ戦優勝、リーグカップ連覇を達成。なお、1978年から1981年までの3年間、本拠地アンフィールドにおけるすべてのリーグ戦・カップ戦は85試合連続で無敗だった。85試合中63試合はリーグ戦であり、63試合連続リーグ戦ホーム無敗記録も樹立している(このリーグ戦ホーム無敗記録は2007年にチェルシーに破られた)。1982-83シーズンにもリーグとリーグカップを連覇したが、これを置き土産にペイズリーは監督を辞任することを発表した。後任にはアシスタントコーチを務めていたジョー・フェイガンが就任。リーグ連覇中のチームを引き継いだフェイガンだったが、フェイガン体制でもリヴァプールの強さが揺らぐことはなく、1983-84シーズンもリーグ戦とリーグカップの連覇を達成。リーグ戦はクラブ史上初となる3連覇、リーグカップは4連覇となった。

しかし絶頂期を迎えた矢先、1984-85シーズンでのUEFAチャンピオンズカップの決勝ユヴェントス戦で「ヘイゼルの悲劇[17]」 が起きる。これによりイングランドのクラブは国際試合から無期限に締め出され(後にリヴァプールは7年、他クラブは5年となる)、リーグの力の相対的な地盤沈下をもたらした。この事件の責任を感じたフェイガンは監督を辞任、後任には選手兼任監督としてケニー・ダルグリッシュが後を引き継いだ。ダルグリッシュ体制でも3度のリーグ優勝、2度のFAカップ優勝を果たしたとはいえ、1988-89シーズンに起きた「ヒルズボロの悲劇[18] 」によってリヴァプールの勢いは大きく落ち込むこととなった。90年代に入るとやや低迷し、処分が解けた後も国際タイトルには手が届かずリーグでは依然として上位の常連であり続けたが、優勝からは遠ざかった。現在に至るまで1989-90シーズンのディヴィジョン1制覇が最後のリーグ制覇であり、プレミアリーグ移行後は優勝経験がない。

2000年代[編集]

新世紀以降は、国際試合での活躍が目立ち、「ヘイゼルの悲劇」の後遺症は完全に過去のものとなった。しかし、依然としてプレミアリーグでは優勝できていない。

2000-01シーズンにはFAカップリーグカップUEFAカップを制して3冠を達成した[19]。なお、1983-84シーズンにもリーグリーグカップUEFAチャンピオンズカップの組み合わせで3冠を達成している。

2004-05シーズン

シーズン開幕前にラファエル・ベニテスが監督に就任すると、ルイス・ガルシアシャビ・アロンソなどリーガ・エスパニョーラの選手を獲得し、積極的に登用し始める。一方、エースのマイケル・オーウェンレアル・マドリードへ放出した[20]チャンピオンズリーグではユヴェントス、チェルシーらの強豪を破り、決勝進出を果たす。決勝のACミラン戦において、前半終了時0-3のビハインドから、後半の6分間にジェラードスミチェルアロンソが立て続けに得点し、同点に持ち込んだ。そして、PK戦でACミランを下し、21年ぶりの欧州一の称号を手にした[21][注 1]。この試合はイスタンブールの奇跡と呼ばれるようになる。また、UEFAチャンピオンズカップとUEFAチャンピオンズリーグの合計優勝回数が5回となり、5チーム目となる優勝カップの永久保持が認められたクラブとなった。

2005-06シーズン

2005-06シーズンの夏、前シーズンがプレミアリーグ5位であったため[注 2]チャンピオンズリーグの出場権は逃していたが、タイトル防衛の機会が与えられるべきという意見から特例で予備予選1回戦からの出場が認められた[注 3]。2006-07シーズン以降は、前大会優勝チームはグループリーグにシード出場できるというルールが設けられた。

2005年12月、新設されたFIFAクラブ世界選手権2005出場のため来日。12月15日に行われた準決勝で北中米・カリブ海王者デポルティーボ・サプリサに3-0で勝利し決勝戦進出。12月18日の決勝戦では、南米王者サンパウロFCと戦い、接戦の末0-1で敗れ準優勝[22]

2006年のFAカップ決勝戦では、ウェストハムと対戦。三度先攻を許すも、後半終了間際のジェラードのミドルシュートが決まるなど、三度追いついた。その後の延長戦でも決着がつかず、PK戦の末、同大会で5年ぶりの優勝を決めた[23]

2006-07シーズン

2006-07シーズンはチャンピオンズリーグで決勝進出を果たした。対戦相手は2004-05シーズンと同じACミランであったが、この時ばがりは奇跡は起きず試合は1-2で敗れ、ACミランに2年前の雪辱を許す形になった[24]

2007-08シーズン

2007-08シーズンは夏期移籍期間にフェルナンド・トーレスを獲得[25]。シーズン開幕前には懐疑的な意見も聞かれたが、ルート・ファン・ニステルローイが保持していたプレミアリーグ初年度の得点記録を塗り替えた。チャンピオンズリーグはここ数シーズンと同様に、準決勝まで進出した。準決勝でチェルシーに2戦合計3-4で敗れ、敗退した[26]

2008-09シーズン

夏の移籍市場ではトッテナムから2030万ポンド (約41億円) でロビー・キーンを獲得[27]。また、在籍年数の長かったヨン・アルネ・リーセスティーヴ・フィナンピーター・クラウチハリー・キューウェルなどを放出し[28][29][30][31]、チームの顔ぶれを刷新した。マンチェスター・ユナイテッドと熾烈な優勝争いを演じるも、2位に終わった。

2009-10シーズン

中心選手であったシャビ・アロンソ、アルバロ・アルベロアを放出した。 中盤で攻撃を組み立てていたアロンソを放出したため、中盤の展開力不足、ジェラードとフェルナンド・トーレスへの依存度が更に高まるなどチームが機能せず最終的に7位で終了した。この結果BIG4時代が終焉した。 シーズン終了後、成績不振を理由に双方の合意の元ベニテス監督との契約を解除した。後任は同シーズンフラムUEFAヨーロッパリーグ準優勝に導いたロイ・ホジソンとなった。イングランド人監督が就任したことやプレミアリーグの規定変更などもあり、チームはイングランド化が進んだ。

2010年代[編集]

2010年4月16日(現地日時)、共にアメリカ人で共同オーナーを務めるジョージ・ジレットトム・ヒックスは新会長の就任発表と同時にクラブを売りに出したことを発表した。ジレットとヒックスは2007年にクラブを買収したが経営に失敗し資金繰りが悪化、英メディアによれば負債は売却発表時点で2億3700ポンド(発表時点で約335億円)に上る。これまでも中東の富豪との売却交渉などが報じられていたが、売却に向けての初めての正式発表となった。発表によれば、新会長マーティン・ブロートンブリティッシュ・エアウェイズ会長)がバークレイズ・キャピタルの支援を受け売却交渉を主導する。[32] なかなか売却交渉に進展がなかったが、10月15日の負債返済期限を前にしてヒックス、ジレットの両人による反発に遭い裁判にもつれながらもNESV(ニューイングランド・スポーツ・ベンチャーズ)によって約3億£で買収された。11月にはフロント改革の一環としてトッテナム元SDのダミアン・コモリをFD(フットボールディレクター)として招聘した。

2010-11シーズン

ハビエル・マスチェラーノヨッシ・ベナユンアルベルト・リエラジエゴ・カバリエリらを放出したが、資金不足によりラウル・メイレレス(FCポルト)やジョー・コール(チェルシー)、クリスティアン・ポウルセン(ユベントス)、ミラン・ヨヴァノヴィッチ(スタンダール・リエージュ)、ジョンジョ・シェルヴェイ(チャールトン)、ダニー・ウィルソン(レンジャーズ)、ポール・コンチェスキー(フラム)、ブラッドリー・ジョーンズ(ミドルズブラFC)などの獲得に留まり満足な補強ができず一時は降格圏にまで転落するなど低迷、上記買収後も調子が上がらずホジソンは解任された。 後任には暫定監督としてクラブのレジェンド、ケニー・ダルグリッシュが就任。フェルナンド・トーレスをチェルシーに英国史上最高額推定5000万£で放出し、アンディ・キャロルをトーレスの移籍金に次ぐ3500万£、ルイス・スアレスを2280万£で獲得するなどチームを立て直し、最終的に6位で終えた。しかし、他のリーグであれば6位の場合はUEFAヨーロッパリーグの出場権が与えられるが、5位のトッテナムと共に出場権を獲得したのがFAカップ決勝に進み準優勝だったストーク[33]、プレミアリーグがフェアプレーランキングで上位に入った事による恩恵を受けたフルハムカーリングカップの決勝に進んだアーセナルが4位でフィニッシュしており、アーセナルが優勝すればヨーロッパリーグの出場権を獲得出来たが、そのアーセナルがバーミンガム・シティに敗れ、18位で降格したにも関わらずバーミンガム・シティがヨーロッパリーグの出場権を獲得し、1999-2000シーズン以来12年ぶりにヨーロッパカップ戦の出場を逃した。

2011-12シーズン

ポール・コンチェスキーレスター・シティミラン・ヨヴァノヴィッチRSCアンデルレヒトクリスティアン・ポウルセンエヴィアン・トノン・ガイヤールFCラウル・メイレレスチェルシーFCナビル・エル・ザールレバンテUDエミリアーノ・インスアスポルティング・リスボンダビド・ヌゴグボルトン・ワンダラーズFCソティリオス・キルギアコスVfLヴォルフスブルクへと完全移籍で放出し、ジョー・コールLOSCリール・メトロポールアルベルト・アクィラーニACミランダニエル・パチェコアトレティコ・マドリードへレンタルで放出するなどした。夏の移籍市場では積極的な投資が行われ、ホセ・エンリケドニセバスティアン・コアテスを獲得しただけでなく、ジョーダン・ヘンダーソンチャーリー・アダムスチュワート・ダウニングクレイグ・ベラミーといった英国人も多く獲得し、総額5500万£を投じた。カーリングカップでは準決勝でマンチェスター・シティを下し決勝進出。決勝ではカーディフをPK戦の末に破り2005-06のFAカップ以来となるタイトル獲得となった。FAカップでも決勝進出を果たすなど、カップ戦では結果を残したが、リーグ戦ではアンフィールドでクラブ史上2番目に悪い6勝止まり[34]と(9分け4敗)得意である筈のホームで勝てず、8位と大規模投資(1億£)にあった結果とは言えず、シーズン終了後にダルグリッシュは契約解消という形で退任した。2012年6月、スウォンジー監督のブレンダン・ロジャースの就任を発表[2]

2012-13シーズン

夏の移籍市場ではアルベルト・アクィラーニフィオレンティーナチャーリー・アダムストーククレイグ・ベラミーカーディフマキシ・ロドリゲスニューウェルズディルク・カイトフェネルバフチェSKファビオ・アウレリオグレミオへと完全移籍で放出し、アンディ・キャロルをウェストハム・ユナイテッドへとローンで放出した。補強面ではレアル・マドリーからヌリ・シャヒンをローンで獲得し、ASローマからファビオ・ボリーニヘーレンフェーンからウサマ・アサイディスウォンジ・シティからロジャースのかつての教え子であるジョー・アレンらを獲得するも、カップ戦で無冠、前年のリーグカップ優勝によって出場したUEFAヨーロッパリーグゼニト・サンクトペテルブルクにアウェーゴール差で敗れベスト32で姿を消した。リーグでは冬にはジョー・コールウェストハム・ユナイテッドへ完全移籍で放出し、チェルシーからダニエル・スターリッジや、インテルからフィリペ・コウチーニョを獲得し、31節から最終節まで8戦連続無敗で巻き返したものの、上位6チーム(マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ、チェルシー、アーセナル、トッテナム、エヴァートン)相手に1勝しか挙げられず[35]、7位に終わった。ジェイミー・キャラガーがこのシーズンを持っての引退を表明した。

2013-14シーズン

2011-12以来となるヨーロッパカップ戦出場を逃したシーズン。移籍市場ではアンディ・キャロルスチュワート・ダウニングウェストハム・ユナイテッドジョンジョ・シェルヴェイスウォンジ・シティジェイ・スピアリングボルトン・ワンダラーズFCダニエル・パチェコADアルコルコンダニー・ウィルソンハーツへと放出し、ホセ・マヌエル・レイナスソファビオ・ボリーニウサマ・アサイディらをレンタルで放出した一方、サンダーランドからシモン・ミニョレマンチェスター・シティからコロ・トゥーレPSGからママドゥ・サコーバレンシアCFからアリ・シソコチェルシーからビクター・モーゼスセルタからイアゴ・アスパスセビージャからルイス・アルベルトスポルティングCPからチアゴ・イロリを獲得。リーグ戦では31ゴールを決めた得点王スアレスとそれに次ぐ21ゴールをあげたスターリッジの2トップ(SASコンビ)が2人だけで52ゴールを奪い、ジェラードがロジャースによってアンカーのポジションにコンバートされ、アレンとヘンダーソンとの3ボランチコンビを形成した。2014年4月13日のマンチェスター・シティをホームで破った試合も含めて11連勝を飾り、終盤戦まで優勝争いをしたが12連勝目を目指したチェルシー戦を落とし、クリスタルパレス戦では後半10分までに3-0としながらも34分から9分間で3失点を喫し、引き分けに持ち込まれドロー。結局最後の3試合は勝ち点4しか稼げず惜しくも2位に終わった。2009-10シーズン以来4シーズンぶりにチャンピオンズリーグ出場権を獲得したが、トップ4(シティ、チェルシー、アーセナル)の中では最も多い50失点を喫し、最少失点だったチェルシー(27失点)より倍近く失点を喫したり、トップ4に入った3チームのアウェーゲームを全て落とす等詰めの甘さも露呈した[36]。FAカップは優勝したアーセナルに5回戦で、キャピタル・ワン・カップはマンチェスター・ユナイテッドに3回戦で敗退。無冠でシーズンを終えた。

2014-15シーズン
17年間チームの中心選手であったジェラードが退団した。

昨シーズンの得点王であったルイス・スアレスFCバルセロナに移籍した。他にもイアゴ・アスパスルイス・アルベルトチアゴ・イロリセバスティアン・コアテスら余剰戦力をレンタルで移籍させ、ホセ・マヌエル・レイナFCバイエルン・ミュンヘンマーティン・ケリークリスタル・パレスFCダニエル・アッガーブレンビーIFへと完全移籍で放出した。ビクター・モーゼスアリ・シソコはレンタルバックした。それらの移籍金も使い、サウサンプトンからデヤン・ロヴレンアダム・ララーナリッキー・ランバートACミランからマリオ・バロテッリバイヤー・レヴァークーゼンからエムレ・ジャンSLベンフィカからラザル・マルコヴィッチセビージャFCからアルベルト・モレノアトレティコ・マドリードからハビエル・マンキージョと計8人を獲得し合計1億1700万£を投じたが、スアレスの穴を埋めることはできず、リーグ戦では前年21ゴールを挙げたスターリッジの故障で攻撃陣が振るわず前半戦は8位で折り返した。冬の移籍市場ではウサマ・アサイディスソを放出した。2015年1月2日、これまでリヴァプール一筋でプレーし、2003年からキャプテンも務めて数々のタイトルを獲得してきたスティーヴン・ジェラードが、2014-15シーズン終了後に退団する事を発表。17節のアーセナル戦から29節のスウォンジー戦まで13戦無敗を記録するも、30節以降の9試合は勝ち点を8しか稼げず、18勝8分12敗の6位でシーズンを終えた。5年ぶりに参戦したUEFAチャンピオンズリーグは前回王者のレアル・マドリードに2連敗を喫する等、初戦のルドゴレツ戦(アンフィールド)以外は勝ち点3を取れず、グループリーグを3位で終え敗退し、続くUEFAヨーロッパリーグベシクタシュJKと対戦し、1st legこそバロテッリのPKを守りきり勝利したものの、2nd legを0-1で落とし結局PK戦で敗れ、ベスト32で姿を消した。フットボールリーグカップFAカップ2つのカップ戦で準決勝に進むが、共に決勝進出はならなかった。

2015-16シーズン

マンチェスター・シティにMFのラヒーム・スターリングを当時の英国人の移籍金史上2位となる4900万£で売却した。[37]他にもFWリッキー・ランバートウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFC[38]、DFグレン・ジョンソンストーク・シティFC[39]、FWファビオ・ボリーニサンダーランドAFC[40]、DFセバスティアン・コアテスサンダーランドAFC[41]、FWイアゴ・アスパスセビージャFCに完全移籍で放出し[42]、FWマリオ・バロテッリやFWラザル・マルコヴィッチをローンで放出した。[43][44]その移籍金も使いながら補強面ではマンチェスター・シティからジェイムズ・ミルナー[45]サウサンプトンからナサニエル・クライン[46]バーンリーからダニー・イングス[47]チャールトンからジョー・ゴメス[48]ボルトンからボグダーン・アーダーム[49]ホッフェンハイムからロベルト・フィルミーノ[50]アストン・ヴィラFCからクリスティアン・ベンテケ[51]、そして前年度にすでに加入が決まっていたディヴォック・オリジLOSCリール・メトロポールから獲得する[52]など計8人を補強。しかし、第8節を終えた時点で3勝3敗2分の10位と苦戦し、10月3日に2012年から指揮を執っていたブレンダン・ロジャーズ監督を解任。10月8日に、ブンデスリーガボルシア・ドルトムントで一時代を築いたユルゲン・クロップを新監督に招聘した。クロップ監督の戦術の代名詞とも言える「ゲーゲンプレス」がチームに染み渡ったこともあり、初陣となったトッテナム・ホットスパー戦ではスプリント回数614回、走行距離116kmとらしさを発揮した。[53]リーグカップのAFCボーンマス戦で新体制初勝利を飾り、リーグ戦第11節のチェルシー戦ではコウチーニョの2ゴールもありリーグ戦初勝利を飾った。その後もマンチェスター・シティやレスター・シティなどの上位チームには勝利を挙げるものの、クリスタル・パレスやニューカッスルなど下位のチームに敗戦し苦しめられた。[54]冬の移籍市場では既存DFの身長の低さに不満を訴えていたクロップ監督の意向によりスティーヴン・コーカーを獲得。FCジロンダン・ボルドーらを抑えグループ首位通過したUEFAヨーロッパリーグにおいてはマンチェスター・ユナイテッドをベスト16で下し、さらにクロップ監督の古巣であるボルシア・ドルトムントとのベスト8の対戦では、後半12分にマルコ・ロイスにゴールを許し2戦合計1-3とされるもそこからコウチーニョ、サコー、ロヴレンが立て続けにゴールを挙げ2戦合計4-3で逆転勝利を飾った。[55]ベスト4でもビジャレアルCFを2戦合計3-1で下し決勝へ駒を進めた。[56]決勝ではダニエル・スターリッジが先制ゴールを挙げるも、後半に3点を奪われ1-3でセビージャFCに敗れ準優勝に終わった。[57]フットボールリーグカップにおいてもマンチェスター・シティに敗れ準優勝に終わった。リーグ戦では8位でシーズンを終え、ヨーロッパカップ戦への出場を逃した。

2016-17シーズン

クロップ体制2年目。マルティン・シュクルテルフェネルバフチェSKジョーダン・アイブAFCボーンマスホセ・エンリケレアル・サラゴサクリスティアン・ベンテケクリスタル・パレスFCジョー・アレンストーク・シティFCマリオ・バロテッリOGCニースコロ・トゥーレセルティックFCルイス・アルベルトSSラツィオへと放出し、クロップ監督の元で出場機会をあまり得られなかった選手およびローン生活を繰り返していた選手達を整理した他、ジョーダン・ロシターブラッド・スミスジョアン・カルロス・テイシェイラジェローム・シンクレアといったアカデミーの選手も完全移籍で放出した。[58][59][60][61][62][63][64][65][66][67][68]またラザル・マルコヴィッチダニー・ウォードジョン・フラナガンらをローンで放出している。[69][70][71]補強面ではサウサンプトンFCからセネガル代表であるサディオ・マネニューカッスル・ユナイテッドFCからオランダ代表ジョルジニオ・ワイナルドゥムシャルケ04からジョエル・マティプマインツからロリス・カリウスアウクスブルクからラグナル・クラヴァンアレクサンダー・マニンガーを獲得。[72][73][74][75][76][77]ベンテケやアレン、アイブの移籍金が高かったこともあり売却額が補強額を上回った。開幕戦でアーセナルをアウェイで下すと、第5節にはチェルシーもアウェイで撃破。第11節終了時には首位に躍り出る。その後も好調を継続し、前半戦を13勝4分2敗の2位で終える。しかし、1月にアフリカネイションズカップの影響でマネが離脱。得点王を欠いたチームは失速してしまい、リーグ戦でスウォンジーフットボールリーグカップサウサンプトンFAカップではウルヴァーハンプトンにアンフィールドで2012年10月以来の3連敗。すべてのタイトルの可能性が消滅、1月を1勝4分4敗の成績で終えた。第26節終了時には一時チャンピオンズリーグ圏外となる5位まで順位を落とすが、第27節にアンフィールドでアーセナルを下しシーズンダブルを達成するなど3位に再浮上。シーズン終盤にアーセナルに追い上げられるが、第37節では公式戦5試合勝ちなしと苦手にしていたウェストハムをコウチーニョの2G1Aの活躍などでアウェイで下す。最終節のミドルズブラFC戦も3-0で勝利。4位でシーズンを終え、チャンピオンズリーグ出場権を獲得した。またGKであるマニンガーがこのシーズン限りでの引退を発表した。

2017-18シーズン

クロップ体制3年目。移籍市場ではチェルシーからU-20イングランド代表FWのドミニク・ソランケASローマからエジプト代表FWであるモハメド・サラーハル・シティからスコットランド代表DFアンドリュー・ロバートソンアーセナルからイングランド代表MFのアレックス・オックスレイド=チェンバレンを獲得。 [78][79][80][81]一方で10年間チームに在籍したMFルーカス・レイヴァラツィオに移籍した。[82]他にもアンドレ・ウィズダムダービー・カウンティ[83]ケビン・スチュワートハル・シティ[84]ママドゥ・サコークリスタル・パレスFCにそれぞれ完全移籍で放出し[85]ディヴォック・オリジVfLヴォルフスブルクにレンタル移籍させた[86]。開幕戦をワトフォードFC相手に3失点で引き分け、その後も第4節マンチェスター・シティ戦で0-5、第9節トッテナム・ホットスパー戦で1-4で敗れると9位に転落。随所で守備の脆さを露呈した。冬の移籍マーケットでFCバルセロナにエースのコウチーニョを移籍金約218億円で放出し[87]サウサンプトンFCからフィルジル・ファン・ダイクをDF史上最高額の約114億円で獲得[88]すると徐々に守備が安定した。コウチーニョはそれまで3トップの一角を担っていたが、サラーの獲得によりポジションを1つ下げて出場する試合が増え、それが守備力低下の一因のなっていた面もあった。シーズン序盤からサディオ・マネロベルト・フィルミーノモハメド・サラーで形成してきた3トップも、試合を重ねるごとに成熟度を増し、オフェンス面はカウンター攻撃、ディフェンス面ではゲーゲンプレスで相手の脅威となった。これらの要因でシーズン中盤からは盛り返し、23節終了時に3位まで浮上したが、シーズン終盤で怪我人や過密日程によるターンオーバーも影響して勝ち点の取りこぼしが増え、最終的には4位でフィニッシュした。サラーが32得点で得点王となり、1995-1996シーズンにアラン・シアラーが31得点で樹立したプレミアリーグの1シーズンの得点記録を22年ぶりに更新した。チャンピオンズリーグでは8月に行われたプレーオフで1899ホッフェンハイムを2戦合計6-3で破ると、本選はグループEに入りセビージャFCスパルタク・モスクワNKマリボルと対峙、第3節ではマリボルをに7-0で大勝するなどして3勝3分で危なげなく首位突破した。チャンピオンズリーグにて決勝トーナメントに進出したのは2008-2009シーズン以来9年ぶり。その後FCポルトを2戦合計5-0、マンチェスター・シティを5-1、ASローマを7-6で順に破り、2006-2007シーズン以来11年ぶりの決勝進出を果たす。決勝ではレアル・マドリードとビッグイヤーを賭けて対戦するが、好調だったアレックス・オックスレイド=チェンバレンを怪我で欠いた上にエースのサラーが前半で負傷交代、ロリス・カリウスの後半の2つのミスなどで1-3で敗れ準優勝となる。リーグカップは3回戦でレスター・シティに、FAカップは4回戦でWBAに敗れ、シーズン無冠に終わる。

2018-19シーズン

プレミアリーグの規定変更により、このシーズンは選手の獲得が開幕前の8月9日で締め切られることになったが、リヴァプールはRBライプツィヒより前年に獲得が決まっていたMFナビ・ケイタ[89]ASモナコからはMFファビーニョ[90]、2部降格のストーク・シティFCからMFジェルダン・シャチリ[91]ASローマからGKアリソン・ベッカー[92]の4名を移籍金合計約250億円で獲得し、大型補強を敢行した[93]。更に1月にWBAへレンタル移籍していたダニエル・スタリッジ、同じくVfLヴォルフスブルクへのレンタル移籍からディヴォック・オリジの2名が戻り、プレシーズンマッチからチームに復帰した。一方でエムレ・ジャンは6月に退団後フリーでユヴェントスへ移籍[94]ジョン・フラナガンスティーブン・ジェラードが新監督を務めるレンジャーズFC[95]ジョーダン・ウィリアムスロッチデールAFC[96]ダニー・ウォードレスター・シティ[97]ラグナル・クラヴァンカリアリ[98]へそれぞれ完全移籍で放出した。ダニー・イングスは当該シーズンはレンタル移籍の契約だが、その後2019年7月に完全移籍に切り替わる契約でサウサンプトンFCへ移籍した[99]。さらに前シーズン途中から正GKを務めたロリス・カリウスベシクタシュJKへ2年間のローンで移籍した[100]。当該シーズン開始前後から、従来のゲーゲンプレスの戦術がストーミングと言う名でも呼ばれるようになった。そのハイプレス戦術と、懸案だったGKには前述のアリソンの補強、そしてファン・ダイクを中心としたディフェンス陣が噛み合い、チームは守備力が飛躍的に向上した。リーグ戦折り返し時点で喫した失点は僅か7と欧州5大リーグで最少である。攻撃面ではシーズン序盤こそ得点力に陰りが見られたものの、従来の4-3-3とシャチリの加入によって新たに4-2-3-1を併用するようになり、10月を過ぎるとそれがフィットし始めて息を吹き返すと43得点のリーグ2位。16勝3分無敗という好成績でリーグ戦を折り返した。チャンピオンズリーグではグループCでパリSGSSCナポリツルヴェナ・ズヴェズダと同居。初戦こそパリSGに辛勝するも、その後アウェイで全敗した。グループリーグ突破に黄色信号が灯った最終節、ナポリをホームに迎えて1-0で撃破し、ホームでは全勝して決勝トーナメント進出を決めた。ナポリとは勝ち点、直接対決の成績、総得失点差の3つで成績が並んだが総得点で上回り、僅差での突破であった。リーグカップは3回戦でチェルシーに、FAカップでは3回戦でウルヴァーハンプトンにそれぞれ敗れた。

成績[編集]

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

  • FAカップ:7回FA Cup.pngFA Cup.pngFA Cup.pngFA Cup.pngFA Cup.pngFA Cup.pngFA Cup.png
    • 1964-1965, 1973-1974, 1985-1986, 1988-1989, 1991-1992, 2000-2001, 2005-2006
  • リーグカップ:8回Carling.pngCarling.pngCarling.pngCarling.pngCarling.pngCarling.pngCarling.pngCarling.png
    • 1980-1981, 1981-1982, 1982-1983, 1983-1984, 1994-1995, 2000-2001, 2002-2003, 2011-2012

国際タイトル[編集]

2008年10月5日現在[101]

ダービーマッチ[編集]

同じマージーサイド州リヴァプールに本拠を置くエヴァートンFCとはライバル関係にある。両クラブの試合は「マージーサイド・ダービー」と呼ばれ、マンチェスター・ダービーノース・ロンドン・ダービータイン・ウェア・ダービーなどと並びイングランドでも最も盛り上がるダービーマッチの一つである。

また、マンチェスター・ユナイテッドとは昔からライバル関係にあり、両者は「ノースウェスト・ダービー(あるいはイングランド・ダービー、ナショナル・ダービー)」と呼ばれる伝統の一戦を通じて毎回白熱した試合を繰り広げる。イングランドサッカーを引っ張るチーム同士の対戦であるため、サポーターは試合前から相手チームを罵る歌を歌い、士気を高めている。選手同士もこの試合に関してはとても熱く、過去にはリオ・ファーディナンドピーター・クラウチの乱闘寸前劇や、ガリー・ネヴィルのリヴァプールファンへの挑発などが見られた。また、リヴァプール出身でライバルのエヴァートンからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍したウェイン・ルーニーへのブーイングなども見られ、毎回好ゲームが多い。

2004年にラファエル・ベニテスが監督に就任して以来、リーグ戦でマンチェスター・ユナイテッドに勝利を挙げたことがなかったが[102]、2008-2009シーズンの第4節でホームで逆転勝利を挙げると[103]、アウェイでも快勝した。

エンブレム[編集]

リヴァプールのエンブレムには、アンフィールドのシャンクリー・ゲートの門飾りや、サポーターのアンセムともなっている "You'll never walk alone" の文字、リヴァプール市の象徴ともなっている鳥「ライヴァー・バード(Liver Bird)」などが用いられている[104][105]

シャンクリー・ゲート

「ライヴァー・バード」の左右にある炎は、サッカー史に残る惨事と言われるヒルズボロの悲劇への追悼の意を表している。片方の炎はヘイゼルの悲劇への追悼の意を表していると誤認識されることがある[106]が、実際は異なる。また、「ライヴァー・バード」はリヴァプール市内のピア・ヘッドに位置するロイヤル・リヴァー・ビルディングの二つの時計台上部にある鳥をモチーフにしている。このライヴァー・バードはリヴァプールの船乗り達の守り神である。

ロイヤル・リヴァー・ビルディング時計台

スタジアム[編集]

アンフィールドのグラウンド

リヴァプールはアンフィールドと呼ばれるホームスタジアムを持つ。アンフィールドはアーチボルド・リーチ(Archibald Leitch)という建築技師によって設計され[107]、前述の通り、元々は地元のライバルであるエヴァートンのホームスタジアムであった。

リヴァプールのトレーニンググラウンドは、リヴァプールのウエスト・ダービーと呼ばれる地区に建つメルウッドである[108]。メルウッドは1950年代からウエスト・ダービーに建つが、同じリヴァプールのカービーに建つリヴァプールのアカデミーとは異なる。

サポーター[編集]

リヴァプールは多くのサポーターを持つ。サポーターはアンフィールドの "Kop" と呼ばれるスタンドで応援することから、自身をコップ(Kopites)と呼ぶ。

コップスタンド

サポーターは、試合開始前や試合終了直前に「You'll Never Walk Alone」(君は決して一人ではない。チームに関わる者、サポーターの我々は決して一人ではない。共に歩もう)という曲を歌う。この曲は元々リチャード・ロジャースオスカー・ハマースタイン2世がミュージカル『回転木馬』のために書いた曲であるが、1960年代初頭に「マージービート」と呼ばれた一連のポップ音楽の系譜に連なるバンドであるジェリー&ザ・ペースメーカーズが録音したものが、イギリスのヒットチャート1位を獲得した。この直後から「You'll Never Walk Alone」はリヴァプールサポーターの愛唱曲となり、現在に至っている。

その後、この曲は、セルティックアイルランド代表イプスウィッチ・タウンSKラピード・ウィーンフェイエノールトアヤックスベンフィカドルトムントFC東京などのサポーターにも歌われるようになった。また、2011年に発生した東日本大震災の直後に行われたリヴァプールの試合では、被災地である日本に向けて、「You'll Never Walk Alone」とスローガンを掲げて歌いメッセージが送られた。

著名人のサポーターには、ビートルズのメンバーのうち、ジョン・レノンジョージ・ハリスンリンゴ・スターの3人(なお、ポール・マッカートニーはエヴァートンファンである)、ダニエル・クレイグ(映画俳優、6代目ジェームス・ボンド役)、キャロライン・ウォズニアッキ(テニス選手)、ダレン・ティル(格闘家)、ミリー・ボビー・ブラウン(女優)、アダム・ウッドイヤット(俳優)、アンジェリーナ・ジョリー(女優)、ブラッド・ピット(俳優)、クライヴ・オーウェン(俳優)、ドクター・ドレー(ラッパー/音楽プロデューサー)、ゲイリー・バーロウ(歌手)、ジョン・ビショップ(コメディアン)、キム・キャトラル(女優)、ラナ・デル・レイ(歌手)、レブロン・ジェームズ(バスケットボール選手)、リーアム・ニーソン(俳優)、メラニー・チズム(歌手)、マイク・マイヤーズ(俳優)、レベッカ・ファーガソン(歌手)、スティーヴン・グレアム(俳優)[109]Suchmosボーカルの河西洋介(YONCE)などがいる[110]

スポンサー[編集]

メインスポンサー
企業名 本社所在地 使用開始シーズン 使用終了シーズン
日立 日本の旗 東京 1972-1973 1981-1982
Crown Paints イングランドの旗 ランカシャー州ダーウェン 1982-1983 1987-1988
Candy イタリアの旗 ブルゲーリオ 1988-1989 1991-1992
Carlsberg デンマークの旗 コペンハーゲン 1992-1993 2009-2010
Standard Chartered Bank イングランドの旗 ロンドン 2010-2011

現所属メンバー[編集]

2018-19シーズン フォーメーション

Soccer Field Transparant.svg

2019年1月31日現在
No. Pos. 選手名
3 ブラジルの旗 MF ファビーニョ
4 オランダの旗 DF フィルジル・ファン・ダイク (Flag of Suriname.svg)
5 オランダの旗 MF ジョルジニオ・ワイナルドゥム (Flag of Suriname.svg)
6 クロアチアの旗 DF デヤン・ロヴレン
7 イングランドの旗 MF ジェイムズ・ミルナー (副主将)
8 ギニアの旗 MF ナビ・ケイタ
9 ブラジルの旗 FW ロベルト・フィルミーノ
10 セネガルの旗 FW サディオ・マネ
11 エジプトの旗 FW モハメド・サラー
12 イングランドの旗 DF ジョー・ゴメス (Flag of The Gambia.svg)
13 ブラジルの旗 GK アリソン・ベッカー (Flag of Germany.svg)
14 イングランドの旗 MF ジョーダン・ヘンダーソン (Captain sports.svg)
15 イングランドの旗 FW ダニエル・スタリッジ (Flag of Jamaica.svg)
18 スペインの旗 DF アルベルト・モレノ
20 イングランドの旗 MF アダム・ララーナ
No. Pos. 選手名
21 イングランドの旗 MF アレックス・オックスレイド=チェンバレン (Flag of Jamaica.svg)
22 ベルギーの旗 GK シモン・ミニョレ
23 スイスの旗 MF ジェルダン・シャチリ (Flag of Kosovo.svg)(Flag of Albania.svg)
24 イングランドの旗 FW リアン・ブリュースター
26 スコットランドの旗 DF アンドリュー・ロバートソン
27 ベルギーの旗 FW ディヴォック・オリジ (Flag of Kenya.svg)
32 カメルーンの旗 DF ジョエル・マティプ (Flag of Germany.svg)
47 イングランドの旗 DF ナサニエル・フィリップス
48 イングランドの旗 MF カーティス・ジョーンズ
58 ウェールズの旗 MF ベン・ウッドバーン (Flag of England.svg)
62 アイルランドの旗 GK クィービーン・ケレハー
64 ポルトガルの旗 MF ラファエウ・カマーチョ (Flag of Angola.svg)
66 イングランドの旗 DF トレント・アレクサンダー=アーノルド

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

監督

ローン移籍[編集]

out
No. Pos. 選手名
1 ドイツの旗 GK ロリス・カリウス (ベシクタシュJK)
2 イングランドの旗 DF ナサニエル・クライン (AFCボーンマス)
16 セルビアの旗 MF マルコ・グルイッチ (ヘルタ・ベルリン)
28 イングランドの旗 FW ダニー・イングス (サウサンプトンFC)
34 ハンガリーの旗 GK アダム・ボグダーン (ハイバーニアンFC)
40 イングランドの旗 MF ライアン・ケント (レンジャーズFC)
53 イングランドの旗 MF オビエ・エジャリア(Flag of Nigeria.svg) (レディングFC)
No. Pos. 選手名
54 イングランドの旗 MF セイ・オジョ (スタッド・ランス)
59 ウェールズの旗 MF ハリー・ウィルソン (ダービー・カウンティFC)
68 スペインの旗 MF ペドロ・チリベジャ(Flag of Germany.svg) (エストレマドゥーラUD)
73 ポーランドの旗 GK カミル・グラバラ (オーフスGF)
-- ブラジルの旗 MF アラン (フルミネンセFC)
-- ナイジェリアの旗 FW タイウォ・アウォニイ (ロイヤル・エクセル・ムスクロン)

歴代所属選手[編集]

出場試合数[編集]

公式戦に限る[111] [112]

# 名前 期間 リーグ[注 5] FAカップ リーグカップ その他[注 6] 合計
1 イングランドの旗 イアン・キャラハン 1960–1978 640 (4) 79 (2) 42 (7) 96 (1) 857   (14)
2 イングランドの旗 ジェイミー・キャラガー 1996–2013 508 (24) 40 (1) 35 (7) 152 (3) 737   (35)
3 イングランドの旗 スティーヴン・ジェラード 1998– 472 (34) 39 (5) 27 (5) 124 (14) 666   (58)
4= イングランドの旗 レイ・クレメンス 1967–1981 470 (0) 54 (0) 55 (0) 86 (0) 665   (0)
4= イングランドの旗 エムリン・ヒューズ 1967–1979 474 (0) 62 (0) 46 (0) 83 (0) 665   (0)
6 ウェールズの旗 イアン・ラッシュ 1980–1987
1988–1996
469 (22) 61 (5) 78 (0) 45 (3) 660   (30)
7 イングランドの旗 フィル・ニール 1974–1985 455 (2) 45 (0) 66 (0) 81 (0) 650   (2)
8 イングランドの旗 トミー・スミス 1962–1978 467 (0) 52 (0) 30 (0) 89 (1) 638   (1)
9 ジンバブエの旗 ブルース・グロベラー 1980–1994 440 (0) 62 (0) 70 (0) 46 (0) 628   (0)
10 スコットランドの旗 アラン・ハンセン 1977–1991 434 (0) 58 (1) 68 (0) 53 (1) 620   (2)

得点[編集]

公式戦に限る[111][113]

# 名前 期間 リーグ[注 5] FAカップ リーグカップ その他[注 6] 合計
1 ウェールズの旗 イアン・ラッシュ 1980–1987
1988–1996
229 (469) 39 (61) 48 (78) 23 (45) 346 (660)
2 イングランドの旗 ロジャー・ハント 1958–1969 245 (404) 18 (44) 05 (10) 18 (34) 286 (492)
3 イングランドの旗 ゴードン・ホジソン 1925–1936 233 (358) 08 (19) 0 (0) 0 (0) 241 (377)
4 スコットランドの旗 ビリー・リッデル 1938–1961 215 (492) 13 (42) 0 (0) 0 (0) 228 (534)
5 イングランドの旗 ロビー・ファウラー 1993–2001
2006–2007
128 (266) 12 (24) 29 (35) 14 (44) 183 (369)
6 スコットランドの旗 ケニー・ダルグリッシュ 1977–1990 118 (355) 13 (37) 27 (59) 12 (58) 172 (515)
7 イングランドの旗 マイケル・オーウェン 1996–2004 118 (216) 08 (15) 09 (14) 23 (52) 158 (297)
8 イングランドの旗 ハリー・キャンバース 1915–1928 135 (315) 16 (28) 0 (0) 0 (1) 151 (339)
9 イングランドの旗 ジャック・パーキンソン 1903–1914 125 (200) 05 (19) 0 (0) 0 (1) 130 (220)
10 イングランドの旗 サム・レイボード 1900–1907 119 (211) 09 (14) 0 (0) 0 (1) 128 (226)

脚注[編集]

注釈[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ UEFAチャンピオンズリーグ 2004-05 決勝も参照
  2. ^ プレミアリーグの場合、前シーズンの最終成績が4位以上のクラブにUEFAチャンピオンズリーグの出場権が与えられる。5位のクラブにはUEFAヨーロッパリーグの出場権が与えられる。
  3. ^ その後の大会の詳細についてはUEFAチャンピオンズリーグ 2005-06を参照
  4. ^ 前身のUEFAチャンピオンズカップも含む
  5. ^ a b Football Allianceフットボールリーグプレミアリーグを含む
  6. ^ a b UEFAチャンピオンズリーグUEFAカップUEFAカップウィナーズカップUEFAスーパーカップコミュニティーシールドインターコンチネンタルカップを含む

出典[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b ロイター (2011年5月15日09:26). “マンU、史上最多19回目のリーグ優勝”. スポーツ. ロイター. 2011年5月18日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2012年6月2日閲覧。
  2. ^ a b c
  3. ^ Deloitte Football Money League 2014 Archived 2014年9月7日, at the Wayback Machine.(2014年1月に国際監査法人『デロイト』が公表した2012-2013シーズンの欧州サッカーのクラブ収入ランキング)
  4. ^ The Everton Story 1878-1930 Evertonfc.com,2008年8月26日閲覧
  5. ^ 1892 – Liverpool Football Club formed Archived 2008年6月19日, at the Wayback Machine.
    Liverpoolfc.tv - LFC Story,2008年9月17日閲覧
  6. ^ 後のロザラム・ユナイテッドFCの前身チームのひとつとなった1899年設立の同名のロザラム・タウンFCとは全く別のクラブである
  7. ^ リヴァプールFC - ロザラム・タウンFC 7:1
    アーカイブされたコピー”. 2008年4月16日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2008年2月18日閲覧。 LFChistory.net,2008年9月13日閲覧
  8. ^ http://www.fa-cupfinals.co.uk/1950.htm 2008年10月5日閲覧
  9. ^ 1959 - Shankly appointed manager
    Liverpoolfc.tv - LFC Story,2008年9月17日閲覧
  10. ^ Shankly signs in at Anfield”. Liverpool F.C. 2016年1月21日閲覧。
  11. ^ Ian Callaghan”. LFC History. 2015年12月20日閲覧。
  12. ^ Roger Hunt”. LFC History. 2015年12月20日閲覧。
  13. ^ Wilson & Murray 2013, p. 93.
  14. ^ Liverpool 4–1 Wolves”. LFC History. 2016年1月24日閲覧。
  15. ^ Kelly 1988, p. 66.
  16. ^ Shankly's Anfield farewell”. Liverpool F.C. 2016年1月21日閲覧。
  17. ^ 1985 - Heysel Disaster Liverpoolfc.tv - LFC Story,2008年8月26日閲覧
  18. ^ 1989 – Hillsborough Liverpoolfc.tv - LFC Story,2008年8月26日閲覧
  19. ^ 2001 - Clinching the cup treble
    Liverpoolfc.tv - LFC Story,2008年9月18日閲覧
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関連項目[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

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その他