松井謙弥

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松井 謙弥 Football pictogram.svg
名前
愛称 ケンヤ
カタカナ マツイ ケンヤ
ラテン文字 MATSUI Kenya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1985-09-10) 1985年9月10日(31歳)
出身地 静岡県掛川市
身長 187cm
体重 72kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 大宮アルディージャ
ポジション GK
背番号 50
利き足 右足
ユース

1998-2000
2001-2003
ヤマハジュビロSS掛川 (城北小)
ジュビロ掛川ジュニアユース(北中
ジュビロ磐田ユース (磐田北高)
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2009 ジュビロ磐田 2 (0)
2009 京都サンガF.C. (loan) 1 (0)
2010-2013 セレッソ大阪 15 (0)
2013 徳島ヴォルティス (loan) 36 (0)
2014 徳島ヴォルティス 6 (0)
2015 川崎フロンターレ 0 (0)
2016- 大宮アルディージャ
1. 国内リーグ戦に限る。2015年11月30日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

松井 謙弥(まつい けんや、1985年9月10日 - )は、静岡県出身のプロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー大宮アルディージャ所属。

来歴[編集]

地元掛川のヤマハジュビロサッカースクール掛川からユースを経てジュビロ磐田トップチームに昇格した。U-18やU-22などの各世代別の日本代表では、同世代の西川周作山本海人らとポジションを争っていたが、定位置確保にはいたらず。

ジュビロ磐田時代は、日本代表の正GKである川口能活と経験豊富な佐藤洋平が居り、ベンチ入り出来ない時期が続いたが、2006年は川口の代表招集による不在と佐藤の負傷による長期離脱があり、ナビスコカップでゴールマウスを守った。しかし、川口の壁は高く出場機会は殆ど得られなかった。

2009年京都サンガF.C.期限付き移籍したものの、正GK水谷雄一の負傷退場による途中出場1試合にとどまった。

2010年セレッソ大阪へ完全移籍。同年、韓国代表にも選ばれるキム・ジンヒョンの控えに回ったが、キムが出場停止中の開幕2試合と負傷欠場中にゴールマウスを守った。リーグ戦自身最多の15試合に出場し、チームの3位躍進に貢献した。その後もキムの控えを務めたが、以降出場機会はなかった。

2013年徳島ヴォルティスへ期限付き移籍し[1]レギュラーとしてJ1昇格に貢献し、2014年に完全移籍した[2]

2015年1月6日、川崎フロンターレへ完全移籍が発表された[3]。11月30日に契約満了が発表された[4]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2004 磐田 21 J1 1 0 0 0 0 0 1 0
2005 31 0 0 0 0 0 0 0 0
2006 0 0 4 0 0 0 4 0
2007 0 0 2 0 1 0 3 0
2008 21 1 0 5 0 2 0 8 0
2009 京都 30 1 0 0 0 0 0 1 0
2010 C大阪 1 15 0 1 0 2 0 18 0
2011 0 0 0 0 2 0 2 0
2012 0 0 3 0 4 0 7 0
2013 徳島 J2 36 0 - 1 0 37 0
2014 J1 6 0 1 0 0 0 7 0
2015 川崎 0 0 0 0 0 0 0 0
2016 大宮 50
通算 日本 J1 24 0 16 0 11 0 51 0
日本 J2 36 0 - 1 0 37 0
総通算 60 0 16 0 12 0 88 0

その他公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2011 C大阪 1 0 0
通算 AFC 0 0

代表歴[編集]

出場大会[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 松井 謙弥選手 期限付き移籍にて加入決定のお知らせ 徳島ヴォルティス 2013-01-11
  2. ^ 松井 謙弥選手 完全移籍にて加入決定のお知らせ
  3. ^ 松井謙弥選手加入のお知らせ川崎フロンターレオフィシャルサイト (2015年1月7日閲覧)
  4. ^ 契約満了選手のお知らせ”. 川崎フロンターレ (2015年11月30日). 2015年11月30日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]