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サッカー大韓民国代表

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サッカー大韓民国代表
国または地域 大韓民国の旗 大韓民国
協会 大韓サッカー協会(KFA)
FIFAコード KOR
愛称 アジアの虎、太極戦士
監督 大韓民国の旗 洪明甫
キャプテン 孫興慜
最多出場選手 孫興慜(142試合)
最多得点選手 車範根(58[1]得点)
ホームカラー
アウェイカラー
初の国際試合
 韓国 5–3 メキシコ 
(ロンドン, イングランド; 1948年8月2日)
最大差勝利試合
 韓国 16–0 ネパール 
(仁川, 大韓民国; 2003年9月29日)
最大差敗戦試合
 韓国 0–12 スウェーデン 
(ロンドン, イングランド; 1948年8月5日)
FIFAワールドカップ
出場回数 11回(初出場は1954
最高成績 4位(2002
AFCアジアカップ
出場回数 15回
最高成績 優勝(1956, 1960
EAFF E-1サッカー選手権
出場回数 10回
最高成績 優勝(2003, 2008, 2015, 2017, 2019
FIFAコンフェデレーションズカップ
出場回数 1回
最高成績 グループリーグ敗退(2001

(サッカーだいかんみんこくだいひょう、: 대한민국 축구 국가대표팀は、大韓サッカー協会(KFA)によって構成される大韓民国サッカーナショナルチームである。アジアサッカー連盟(AFC)および東アジアサッカー連盟(EAFF)所属。

概要

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チームカラーはで、愛称は協会のシンボルであるにちなんだ「アジアの虎아시아의 호랑이 (アシアエ・ホランイ)、あるいは韓国国旗の別名「太極旗(テグッキ、태극기)」に由来する「太極戦士(テグッ・ジョンサ、태극전사)」である。また代表サポーターは「Red Devils」という愛称で呼ばれ、正式にこの集団は「붉은악마プルグンアンマ:赤い悪魔)」と命名された。

FIFAワールドカップ出場11回はアジア地区で最多である。なお、韓国代表のユニフォームは1996年からは大手スポーツメーカーのナイキが手掛けている。

テコンサッカー

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サッカー大韓民国代表は、「相手との接触をまったく恐れない肉弾戦」、「ラフプレーとは紙一重の荒々しいタックル」などで知られ、格闘技のテコンドーを踏まえ「テコンドーサッカー[2]ないし「テコンサッカー」と称されることもある[3]。激しいプレースタイルは、1986年と1990年のワールドカップに代表として出場した曺敏國朝鮮語版が「VARもある今のサッカー界で、同じことをやったらきっと全員退場だ」と冗談を言うほどである[2][4]

このような荒々しいプレースタイルは、女子代表にも通じるものとされる[3]

歴史

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20世紀

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FIFAワールドカップには、当時の李承晩大統領日本代表選手の韓国入国を拒否したため2試合とも日本で行われた1954年スイス大会アジア予選に1勝1分で勝利し初出場を果たした[5]。ただ、スイスまでの移動に列車と船で日本を経由、さらにはエールフランス機からアメリカ合衆国空軍機まで乗り継ぎ1週間を要した上、試合開始十数時間前に到着するという悪条件で本大会に臨むことになった。当時「マジック・マジャール」と呼ばれ3年間で32試合無敗を誇っていたハンガリーと初戦を戦うことになり、FIFAワールドカップ史上最悪記録となる0-9の大差で大敗。続くトルコとの試合でも0-7で敗れた。AFCアジアカップでは第1回大会(1956年)第2回大会(1960年)と連覇を果たした経験があるが、それ以降は今日に至るまで優勝から遠ざかっている。韓国のメディアは、「アジアカップ・ジンクス」という言葉を用いるなどアジアカップへの苦手意識を持っている[6]。準優勝は4回。

W杯出場は1954年大会以降遠ざかっていたが、1986 FIFAワールドカップ・アジア東地区最終予選で初出場を目指す日本に2連勝して、8大会ぶり2回目の本選進出を決めた[7]本大会の1次リーグでアルゼンチンイタリアに敗れたもののブルガリアに引き分けて初の「勝点1」を獲得した。

初めての連続出場となった1990 FIFAワールドカップではグループリーグ3連敗を喫した。1994 FIFAワールドカップではスペイン相手に2点ビハインドを背負ってからドローに持ち込み、ドイツ戦では0-3の敗北濃厚ムードの中2点を返すなど健闘を見せたが、2分1敗で決勝トーナメント進出にあと1歩届かず。アジア最終予選首位チームとして臨んだ1998 FIFAワールドカップでは1分2敗で5度目のグループリーグ敗退となった。

21世紀

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2000年代

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2002 FIFAワールドカップではオランダ人のフース・ヒディンクが監督を務め、初戦のポーランド戦に2-0で勝利した(W杯初勝利)[8]。2戦目のアメリカ戦では前半、アメリカに先制されるが78分に安貞桓が同点ゴールを決め、1-1の引き分けにもつれ込んだ。最終戦のポルトガル戦では70分、朴智星がゴールを決めて1-0で勝利を収め[9]、グループリーグを2勝1分の首位で突破した。決勝トーナメント1回戦では強豪イタリアと対戦、延長戦の末に安貞恒のゴールデンゴールでこれを下し、続く2回戦はスペインと対戦してPK戦の末に破った。アジア勢として初めてのベスト4に進出するも、準決勝は強豪のドイツの前に惜敗を喫した。3位決定戦でもトルコに敗れたものの、過去最高の4位となった。ところがイタリア戦、スペイン戦では誤審が取り沙汰され、特に当事者のイタリア、スペインにおいては韓国に対する一種の陰謀論も起こった。当時の主審は後にテレビ番組内で誤審だったと認めている。FIFAはこの件を調査し、不正はないという結論を出している(詳細については、2002 FIFAワールドカップの項目を参照されたい。)。この大会で韓国は、チームとしては大会に参加したチームの中で最もファンを魅了したとされるチームに贈られるエンターテイニングチーム賞を受賞し、個人では洪明甫柳想鐵がオールスターチームの先発メンバーに選出された。なお、洪明甫が大会最優秀選手を決める記者投票でオリバー・カーンロナウドに次いで3位となり、ブロンズボールを受賞した。

2004年に中国で開催されたアジアカップは、準々決勝でイランアリ・カリミハットトリックを決められるなど3-4と競り負け、2大会ぶりにベスト8敗退に終わった[10]

2006 FIFAワールドカップでは初戦のトーゴ戦に2-1で逆転勝利し、自国大会以外でのワールドカップ初勝利を挙げた[11]。2戦目のフランス戦では先制されるも、後半で同点に追い付き何とか引き分けに持ち込んだ[12]。しかし、最終戦のスイス戦ではスイスの堅守を崩すことができず0-2で敗れた。フランスとスイスが無敗だったため、1勝1分1敗の3位に終わりグループリーグでの敗退が決まった[13]

AFCアジアカップ2007では、1次リーグでバーレーンに敗れる不覚をとる[14]も、1勝1分1敗でサウジアラビアに次いで2位通過。決勝トーナメントでは準決勝でイラクにPK戦で敗退しベスト4が確定。3位決定戦では日本相手に数的不利に陥るも耐え忍んでPK戦に持ち込み、その末勝利して3位となった。

2010年代

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2010 FIFAワールドカップでは初戦のギリシャ戦に2-0で快勝し韓国人監督(許丁茂)でのワールドカップ初勝利を挙げた[15]。しかし2戦目のアルゼンチン戦ではゴンサロ・イグアインにハットトリックを決められるなど相手の攻撃に耐えられず、1-4と完敗した[16]。最終戦のナイジェリア戦では一時は逆転しながら追いつかれるも相手の猛攻に耐えきり2-2で引き分け、1勝1分1敗でグループリーグB組を2位で通過して自国大会以外で初の決勝トーナメント進出を勝ち取った[17]。その決勝トーナメント1回戦ではウルグアイと対戦した。前半8分にルイス・スアレスから先制ゴールを決められるも、68分にイ・チョンヨンのゴールで同点に追いついた。だが、80分に先制ゴールを奪ったスアレスにも勝ち越しのゴールを決められてしまい1-2で敗れ、ベスト16で敗退した[18]

AFCアジアカップ2011は、準決勝で日本にPK戦で敗退した[19]。エースの朴智星を欠いて臨んだウズベキスタンとの3位決定戦では3-2と接戦の末、勝利して2大会連続の3位となり、次回大会の予選免除を勝ち取った[20][21]。なお、同大会でフェアプレー賞を受賞している。

2014 FIFAワールドカップではアジア最終予選で苦しみ、3位ウズベキスタンを得失点差で1上回っての出場権獲得と間一髪だった[22][23][24]。本大会ではグループHに入り、初戦のロシア戦ではイ・グノのゴールで先制するも追いつかれ1-1で引き分け[25]、2戦目のアルジェリア戦では前半だけで3失点を喫したが50分にはソン・フンミンのゴールで1点を返すと、62分にはさらに突き放され72分にク・ジャチョルのゴールで1点を返した。が、反撃も及ばず前半だけで3失点を喫したことが重く響き、2-4で敗れた[26]。3戦目のベルギー戦にも0-1で敗れ、1分2敗の成績で4大会ぶりに1勝もできずにグループリーグ敗退が決まった[27]

AFCアジアカップ2015では、グループリーグで開催国のオーストラリアを破る快進撃で首位通過[28]。決勝トーナメントでもウズベキスタン、イラクを圧倒して1988年大会以来の決勝進出を決めた[29]。しかし決勝まで進んできたオーストラリアに敗れ、55年ぶりの悲願は果たせず準優勝に終わった[30]

2018 FIFAワールドカップではグループFに入り、初戦のスウェーデンに0-1、2戦目のメキシコに1-2と連敗を喫した[31]。なお、メキシコ戦では大会最多ファウル数を記録し話題になった[32]。自力でのグループリーグ突破が不可能となった最終戦のドイツ戦ではGKチョ・ヒョヌの再三の好セーブなどで後半アディショナルタイムまで0-0の状態から、93分にキム・ヨングォンのゴールが一旦オフサイドと判定されるもVARにより判定が覆り先制する。なお、勝たなければグループリーグ敗退が決まるドイツがパワープレイに出た96分には韓国陣内にいたドイツのGKマヌエル・ノイアーからボールを奪い前線にフィード、追いついたソン・フンミンが無人のゴールに蹴り込み2-0としそのまま試合終了。これで1勝2敗・勝ち点3となったが、スウェーデン、メキシコが共に勝ち点6で3戦目を終えたためグループF3位に終わり、2大会連続でグループリーグ敗退となった[33][34]

2020年代

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2022 FIFAワールドカップではグループHに入り、ポルトガル、ガーナ、ウルグアイと同じ組に入った。初戦のウルグアイ戦では攻め合いの展開となったものの、決め手を欠き0-0で引き分けて勝点1を獲得[35]。だが、2戦目のガーナ戦では前半に2失点を喫し後半にチョ・ギュソンの2ゴールで追いつくも、直後にモハメド・クドゥスのゴールで勝ち越しを許して2-3で敗れた(試合終了後にはパウロ・ベント監督にレッドカードが提示されるトラブルが発生した。)[36][37]。勝利以外ではグループリーグ敗退が決定する最終戦のポルトガル戦では、前半5分にリカルド・オルタのゴールで先制を許す苦しい展開となったものの前半27分、CKからキム・ヨングォンの2大会連続ゴールで同点にもつれ込んだ。後半は選手交代をしながら勝ち越しゴールを狙い続け、後半アディショナルタイムにはソン・フンミンのカウンターからファン・ヒチャンが勝ち越しゴールを決め、終了間際の大逆転劇で見事な逆転勝利を収めた。一方、韓国が勝利以外ならグループリーグ突破が決まっていたウルグアイはガーナに2-0で勝利したが、韓国とウルグアイで勝ち点と得失点差で並んだが総得点でウルグアイを2点上回った韓国がグループH・2位に入り、2010年南アフリカ大会以来3度目の決勝トーナメント進出を決めた[38][39]。迎えた決勝トーナメント1回戦では優勝候補のブラジルと対戦、76分にペク・スンホのゴールで1点を返したがこの試合で復帰したネイマールにPKを決められるなど前半だけで4失点を喫したことが重く響き、1-4で敗れベスト16で敗退した。大会終了後、ベント監督の退任が発表された[40]

AFCアジアカップ2023は、準決勝でヨルダンに0-2で敗れ、2大会ぶりの決勝進出はならなかった[41]

EAFF E-1サッカー選手権

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EAFF E-1サッカー選手権の優勝は5回であり、2025年大会終了時点の最多記録である。

EAFF E-1サッカー選手権2017は、初戦の中国戦は前半に9分に韋世豪に先制ゴールを奪われ、キム・シヌクイ・ジェイクのゴールで前半のうちに逆転したが、76分に于大宝に失点を献上して2-2のドロー。第2戦の北朝鮮戦は、64分のオウンゴールで1-0と競り勝ち2連勝。勝利すれば逆転優勝という状況で挑んだ最終戦の日本戦は前半3分にPKで先に失点したが、キム・シヌクの2ゴール、チョン・ウヨンの直接フリーキック、ヨム・ギフンの3人の活躍で4-1と快勝。日本を逆転し大会2連覇を達成した。

EAFF E-1サッカー選手権2019は、初戦の香港戦はファン・インボムナ・サンホのゴールで2-0と勝利し大会3連覇へ幸先の良いスタートを切った。第2戦の中国戦は13分にキム・ミンジェが先制ゴールを決めて前半を1点リードで折り返すも後半は追加点を奪えなかったが、1-0で逃げ切り2連勝。優勝するには勝利しかないという状況で挑んだ最終戦の日本戦は開始からゲームを支配する流れで前半28分にファン・インボムがミドルシュートを決め先制点を奪う。後半は前半より日本にチャンスを作られる場面が多くなるも最後まで逃げ切り1-0で勝利。日本を逆転し大会3連覇を達成した(この大会では史上初となる開催国優勝という快挙も成し遂げられた)。

EAFF E-1サッカー選手権2022は、初戦の中国戦はオウンゴールで先制するとその後もクォン・チャンフンチョ・ギュソンのゴールで3-0で勝利。続く香港戦も同じく3-0で勝利し、1位で2位日本との優勝決定戦となる第3戦に臨んだ。負け以外で優勝という状況で前半を0-0で折り返したが、49分に失点するとその後も64分・72分と立て続けに失点し、0-3で敗戦。日本に逆転され2位に終わり、大会4連覇を逃した。

EAFF E-1サッカー選手権2025は、初戦の中国戦はイ・ドンギョンのゴールで先制するとその後もチュ・ミンギュキム・ジュソンのゴールで3-0で勝利。続く香港戦もカン・サンユンイ・ホジェのゴールで2-0で勝利し、2連勝ながら得失点差で日本を下回って2位で1位日本との優勝決定戦となる第3戦に挑んだ。優勝するには勝利するしかないという状況で開始から韓国がゲームを支配し前半7分にナ・サンホが低く鋭い弾道のシュートを放つが、これが右ポストにはじかれてしまうと直後にジャーメイン良のダイレクトシュートで先制点を奪われてしまう。その後も度重なる決定機を生かせず前半を1点ビハインドで折り返すと後半は前半よりもチャンスを作る場面を増やして同点ゴールを狙うが、それらを大迫敬介のファインセーブなどで決めきれず、最後まで追いつけないまま0-1で敗戦。日本を逆転できず史上初となる日本戦の3連敗と2大会連続の2位で大会を終えた[42][43][44][45]

成績

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赤枠は自国開催

FIFAワールドカップ

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開催国 / 年 成績
ブラジルの旗 1950不参加
スイスの旗 1954グループリーグ敗退2002016
スウェーデンの旗 1958不参加
チリの旗 1962予選敗退
イングランドの旗 1966不参加
メキシコの旗 1970予選敗退
西ドイツの旗 1974
アルゼンチンの旗 1978
スペインの旗 1982
メキシコの旗 1986グループリーグ敗退301247
イタリアの旗 1990300316
アメリカ合衆国の旗 1994302145
フランスの旗 1998301229
日本の旗大韓民国の旗 20024位732286
ドイツの旗 2006グループリーグ敗退311134
南アフリカ共和国の旗 2010ベスト16411268
ブラジルの旗 2014グループリーグ敗退301236
ロシアの旗 2018310233
カタールの旗 2022ベスト16411258
合計出場11回38710213978

オリンピック

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開催国 / 年 成績
イギリスの旗 1948ベスト82101515
フィンランドの旗 1952不参加
オーストラリアの旗 1956予選敗退
イタリアの旗 1960
日本の旗 1964グループリーグ敗退3003120
メキシコの旗 1968予選敗退
ドイツの旗 1972
カナダの旗 1976
ソビエト連邦の旗 1980
アメリカ合衆国の旗 1984
大韓民国の旗 1988グループリーグ敗退302112
合計 3/11 8 1 2 5 7 37

アジア競技大会

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開催国 / 年 成績
インドの旗 1951不参加
フィリピンの旗 1954準優勝421512
日本の旗 19585401156
インドネシアの旗 1962540195
タイ王国の旗 1966グループリーグ敗退200204
タイ王国の旗 1970優勝632153
イランの旗 1974ベスト85113410
タイ王国の旗 1978優勝7610153
インドの旗 1982グループリーグ敗退310243
大韓民国の旗 1986優勝6420143
中華人民共和国の旗 19903位6501181
日本の旗 19944位6303177
タイ王国の旗 1998ベスト86402126
合計 12/13 61 36 8 17 128 63

AFCアジアカップ

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開催国 / 年 成績
香港の旗 1956 優勝321096
大韓民国の旗 1960330091
イスラエルの旗 19643位310224
イランの旗 1968予選敗退
タイ王国の旗 1972準優勝512276
イランの旗 1976予選敗退
クウェートの旗 1980準優勝6411126
シンガポールの旗 1984グループリーグ敗退402213
カタールの旗 1988準優勝6510113
日本の旗 1992予選敗退
アラブ首長国連邦の旗 1996ベスト84112711
レバノンの旗 20003位631296
中華人民共和国の旗 2004ベスト8421194
インドネシアの旗マレーシアの旗タイ王国の旗ベトナムの旗 20073位614133
カタールの旗 20116420137
オーストラリアの旗 2015準優勝650182
アラブ首長国連邦の旗 2019ベスト8540162
カタールの旗 2023ベスト462311110
合計 出場15回/優勝2回 73 38 19 16 117 74

ダイナスティカップ

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開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
中華人民共和国の旗 1990優勝330040
中華人民共和国の旗 1992準優勝312031
香港の旗 1995312041
日本の旗 19983位320142

EAFF E-1サッカー選手権

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開催国 / 年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
日本の旗 2003優勝321041
大韓民国の旗 20054位302112
中華人民共和国の旗 2008優勝312054
日本の旗 2010準優勝320184
大韓民国の旗 20133位302112
中華人民共和国の旗 2015優勝312031
日本の旗 2017321073
大韓民国の旗 2019330040
日本の旗 2022準優勝320163
大韓民国の旗 2025320151
合計 出場10回/優勝5回 30 15 10 5 44 21

歴代監督

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出典[46]
在任期間監督名
1948年6月大韓民国の旗 朴廷徽朝鮮語版(パク・ジョンヒ)
1948年6月 - 1948年8月大韓民国の旗 李栄敏朝鮮語版(イ・ヨンミン)
1948年12月 - 1949年2月大韓民国の旗 李裕灐(イ・ユヒョン)
1950年3月 - 1950年4月大韓民国の旗 金和集朝鮮語版(キム・ファジプ)
1953年4月 - 1953年5月大韓民国の旗 金容植(キム・ヨンシク)
1954年2月 - 1954年5月大韓民国の旗 裴宗鎬(ペ・ジョンホ)
1954年5月 - 1954年6月大韓民国の旗 金容植(キム・ヨンシク)
1956年2月 - 1956年6月大韓民国の旗 朱栄光朝鮮語版(チュ・ヨングァン)
1956年8月 - 1956年10月大韓民国の旗 金成汗(キム・ソンガン)
1958年1月 - 1958年3月大韓民国の旗 金圭煥朝鮮語版(キム・ギュファン)
1958年4月 - 1958年6月大韓民国の旗 閔丙大(ミン・ビョンデ)
1959年7月 - 1959年9月大韓民国の旗 鄭南湜朝鮮語版(チョン・ナムシク)
1959年11月 - 1959年12月大韓民国の旗 金容植(キム・ヨンシク)
1960年2月 - 1960年4月大韓民国の旗 閔丙大(ミン・ビョンデ)
1960年7月 - 1960年9月大韓民国の旗 朱栄光(チュ・ヨングァン)
1960年9月 - 1961年6月大韓民国の旗 金容植(キム・ヨンシク)
1961年9月 - 1962年3月大韓民国の旗 金圭煥(キム・ギュファン)
1962年5月 - 1962年6月大韓民国の旗 閔丙大(ミン・ビョンデ)
1962年7月 - 1962年10月大韓民国の旗 金圭煥(キム・ギュファン)
1963年7月 - 1963年9月大韓民国の旗 朴奎禎朝鮮語版(パク・ギュジョン)
1963年10月 - 1963年12月大韓民国の旗 閔丙大(ミン・ビョンデ)
1964年5月 - 1964年10月大韓民国の旗 金圭煥(キム・ギュファン)
1964年5月 - 1964年6月大韓民国の旗 朴日甲朝鮮語版(パク・イルガプ、Bチームでの指揮)
1965年7月 - 1965年8月大韓民国の旗 鄭南湜(チョン・ナムシク)
1966年7月 - 1966年9月大韓民国の旗 韓昌華朝鮮語版(ハン・チャンファ)
1966年9月 - 1966年12月大韓民国の旗 アン・ジョンス朝鮮語版
1967年5月 - 1967年10月大韓民国の旗 張慶煥朝鮮語版(チャン・ギョンファン)
1967年10月 - 1968年8月大韓民国の旗 朴日甲(パク・イルガプ)
1969年9月 - 1969年10月大韓民国の旗 金容植(キム・ヨンシク)
1969年11月大韓民国の旗 カン・チョンヨン朝鮮語版
1970年2月13日 - 1971年10月6日大韓民国の旗 韓洪基朝鮮語版(ハン・ホンギ)
1971年11月大韓民国の旗 洪徳泳朝鮮語版(ホン・ドギョン)
1971年12月7日 - 1972年6月15日大韓民国の旗 朴秉奭朝鮮語版(パク・ビョンソク)
1972年6月16日 - 1972年12月20日大韓民国の旗 咸興哲朝鮮語版(ハム・フンチョル)
1972年12月21日 - 1973年11月20日大韓民国の旗 閔丙大(ミン・ビョンデ)
1973年12月21日 - 1973年12月25日大韓民国の旗 文正植(ムン・チョンシク)
1974年1月31日 - 1974年11月17日大韓民国の旗 崔栄根朝鮮語版(チェ・ヨングン)
1974年11月17日 - 1976年5月13日大韓民国の旗 咸興哲(ハム・フンチョル)
1976年5月14日 - 1976年12月31日大韓民国の旗 文正植(ムン・チョンシク)
1977年1月1日 - 1977年9月16日大韓民国の旗 崔貞敏(チェ・ジョンミン)
1977年9月17日 - 1977年12月18日大韓民国の旗 金正男(キム・ジョンナム、コーチ)
1978年3月2日 - 1979年3月28日大韓民国の旗 咸興哲(ハム・フンチョル)
1979年3月29日 - 1980年5月3日大韓民国の旗 張慶煥(チャン・ギョンファン)
1980年5月3日 - 1982年6月20日大韓民国の旗 金正男(キム・ジョンナム、コーチ)
1982年6月21日 - 1983年1月28日大韓民国の旗 崔殷澤朝鮮語版(チェ・ウンテク)
1983年1月29日 - 1983年8月22日大韓民国の旗 趙潤玉(チョ・ユノク)
1983年8月23日 - 1984年7月2日大韓民国の旗 朴鍾煥朝鮮語版(パク・ジョンファン)
1984年7月3日 - 1985年1月11日大韓民国の旗 文正植(ムン・チョンシク)
1985年3月19日 - 1986年11月19日大韓民国の旗 金正男(キム・ジョンナム)
1986年11月20日 - 1988年7月5日大韓民国の旗 朴鍾煥(パク・ジョンファン)
1988年7月6日 - 1988年10月5日大韓民国の旗 金正男(キム・ジョンナム)
1988年10月6日 - 1990年7月2日大韓民国の旗 李会澤朝鮮語版(イ・フェテク)
1990年7月3日 - 1990年8月8日大韓民国の旗 李次満朝鮮語版(イ・チャマン)
1990年8月9日 - 1990年10月23日大韓民国の旗 朴鍾煥(パク・ジョンファン)
1991年5月22日 - 1991年7月27日大韓民国の旗 高在旭朝鮮語版(コ・ジェウク)
1992年7月8日 - 1994年7月23日大韓民国の旗 金皓(キム・ホ)
1994年7月24日 - 1995年2月26日ロシアの旗 アナトリー・ブイショヴェツ
1995年4月26日 - 1995年7月31日大韓民国の旗 朴鍾煥(パク・ジョンファン)
1995年8月1日 - 1995年8月12日大韓民国の旗 許丁茂(ホ・ジョンム、暫定監督)
1995年9月16日 - 1995年9月30日大韓民国の旗 丁炳卓(チョン・ビョンタク、暫定監督)
1995年10月20日 - 1995年10月30日大韓民国の旗 高在旭(コ・ジェウク、暫定監督)
1996年2月15日 - 1997年1月7日大韓民国の旗 朴鍾煥(パク・ジョンファン)
1997年1月8日 - 1998年6月21日大韓民国の旗 車範根(チャ・ボングン)
1998年6月22日 - 1998年6月25日大韓民国の旗 金平錫(キム・ピョンソク、暫定監督)
1998年10月14日 - 2000年11月13日大韓民国の旗 許丁茂(ホ・ジョンム)
2000年11月10日 - 2000年11月20日大韓民国の旗 朴恒緒(パク・ハンソ、暫定監督)
2001年1月1日 - 2002年6月30日オランダの旗 フース・ヒディンク
2002年11月18日 - 2002年11月20日大韓民国の旗 金鎬坤(キム・ホゴン、暫定監督)
2003年2月3日 - 2004年4月19日ポルトガルの旗 ウンベルト・コエリョ
2004年4月20日 - 2004年6月15日大韓民国の旗 朴成華(パク・ソンファ、暫定監督)
2004年6月24日 - 2005年8月23日オランダの旗 ヨー・ボンフレールオランダ語版
2005年10月1日 - 2006年6月30日オランダの旗 ディック・アドフォカート
2006年7月1日 - 2007年8月3日オランダの旗 ピム・ファーベーク
2007年12月7日 - 2010年6月30日大韓民国の旗 許丁茂(ホ・ジョンム)
2010年7月21日 - 2011年12月8日大韓民国の旗 趙廣來(チョ・グァンレ)
2011年12月21日 - 2013年6月19日大韓民国の旗 崔康熙(チェ・ガンヒ)
2013年6月26日 - 2014年7月10日大韓民国の旗 洪明甫(ホン・ミョンボ)
2014年9月5日 - 2014年9月8日大韓民国の旗 申台龍(シン・テヨン、暫定監督)
2014年9月8日 - 2017年6月15日ドイツの旗 ウリ・シュティーリケ
2017年7月4日 - 2018年7月31日大韓民国の旗 申台龍(シン・テヨン)
2018年8月17日 - 2022年12月6日ポルトガルの旗 パウロ・ベント
2023年2月27日 - 2024年2月16日ドイツの旗 ユルゲン・クリンスマン
2024年2月27日 - 2024年7月29日大韓民国の旗 黄善洪(ファン・ソンホン、暫定監督)
2024年7月29日 -大韓民国の旗 洪明甫(ホン・ミョンボ)

歴代選手

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太字は現役の選手

GK

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DF

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MF

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FW

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歴代記録

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脚注

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  1. Bum-Kun Cha - Century of International Appearances
  2. 1 2 サッカーダイジェストWeb編集部「韓国代表のレジェンドが語るマラドーナへの“テコンドーサッカー”「同じことをやったらきっと全員退場だ」」サッカーダイジェスト、2022年1月11日。2025年2月3日閲覧
  3. 1 2 ben2「テコンの戦いに持ち込んだ韓国が号泣して敗北のテコンサッカー」KJCLUB、2023年10月1日。2025年2月3日閲覧{{cite web ja}}: CS1メンテナンス: 数字を含む名前/author (カテゴリ)
  4. 韓国のレジェンドが過去のW杯をぶっちゃけ回顧「テコンドーサッカーは今なら全員退場だ」」『東スポWEB』東京スポーツ新聞社、2022年1月11日。2025年2月3日閲覧
  5. 代表TIMELINE | SAMURAI BLUE サッカー日本代表| 日本サッカー協会”. samuraiblue.jp. 2025年8月24日閲覧。
  6. “アジア制覇狙う韓国、「夢見心地」の日本を迎え撃つ”. スポーツナビ. (2010年10月12日) 2011年1月26日閲覧。
  7. 日本が最もW杯に近づいた「1985年日韓戦」とっておきの秘話”. 現代ビジネス (2024年1月29日). 2025年8月24日閲覧。
  8. 韓国、ついに悲願のW杯初勝利 ポーランドに2−0快勝”. 동아일보 (2002年6月5日). 2025年5月25日閲覧。
  9. W杯1次リーグ結果/韓国1-0ポルトガル”. 四国新聞社. 2025年5月25日閲覧。
  10. 「守備から作り直す」 アジア王者奪還失敗でボンフレール監督”. 동아일보 (2004年8月2日). 2025年5月26日閲覧。
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  12. W杯速報、フランス分ける”. ゲキサカ (2006年6月19日). 2025年5月26日閲覧。
  13. “Switzerland 2-0 South Korea” (英語). (2006年6月23日) 2025年5月25日閲覧。
  14. Bahrain 2-1 South Korea (Jul 15, 2007) Final Score (英語). ESPN. 2025年5月25日閲覧。
  15. 韓国 ギリシャを下し白星発進、W杯”. www.afpbb.com (2010年6月12日). 2025年5月25日閲覧。
  16. アルゼンチン、4-1で韓国を圧倒 2連勝飾る”. 日本経済新聞 (2010年6月17日). 2025年5月25日閲覧。
  17. 韓国が16強入り、ナイジェリアとドロー、W杯”. www.afpbb.com (2010年6月23日). 2025年5月25日閲覧。
  18. ウルグアイ40年ぶりの8強、韓国に勝利 W杯”. www.afpbb.com (2010年6月27日). 2025年5月25日閲覧。
  19. アジア杯準決勝 韓国戦:時事ドットコム”. 時事ドットコム. 2025年8月24日閲覧。
  20. 韓国朴智星不在も3-2で3位/アジア杯 - アジア杯2011”. nikkansports.com. 2025年5月25日閲覧。
  21. 韓国が逃げ切り3位!ウズベキスタン反撃届かず - スポニチ Sponichi Annex サッカー”. スポニチ Sponichi Annex. 2025年5月25日閲覧。
  22. 最終予選(4次予選)では、グループA、Bのそれぞれで5チーム中上位2チームが直接出場権獲得、3位が5次予選(AFCプレーオフ)に出場するという形式であった。
  23. Chosun Online | 朝鮮日報”. www.chosunonline.com. 2025年5月26日閲覧。
  24. サッカー=韓国監督「自分の責任」、イランに敗れ2位通過」『Reuters』2013年6月19日。2025年5月26日閲覧。
  25. ロシアと韓国、1-1で引き分け サッカーW杯”. 日本経済新聞 (2014年6月18日). 2025年5月25日閲覧。
  26. 韓国崩壊4失点…アルジェリアは32年ぶりW杯勝利”. ゲキサカ (2014年6月23日). 2025年5月25日閲覧。
  27. 10人のベルギーが韓国下し3連勝…アジア勢4チームは未勝利全滅”. ゲキサカ (2014年6月27日). 2025年5月25日閲覧。
  28. 【アジア杯2015】韓国がオーストラリアを破り3連勝、グループ首位に|Qoly サッカーニュース”. Qoly. 2025年5月25日閲覧。
  29. 韓国がイラクを撃破、アジアカップ決勝へ”. www.afpbb.com (2015年1月27日). 2025年5月25日閲覧。
  30. オーストラリア、延長で韓国下し初優勝 アジアカップ”. www.afpbb.com (2015年2月1日). 2025年5月25日閲覧。
  31. 韓国、連敗で自力突破消滅 孫興民「申し訳ない」/デイリースポーツ online”. デイリースポーツ online (2025年5月26日). 2025年5月25日閲覧。
  32. 韓国のラフプレーにメキシコ指揮官憤慨。ファウル24回は今大会最多【ロシアW杯】”. フットボールチャンネル (2018年6月24日). 2025年5月25日閲覧。
  33. Co.,Ltd, livedoor (2018年6月28日). ドイツ、韓国に敗れ最下位でW杯終了…前回王者が3大会連続グループ敗退”. サッカーキング. 2025年5月25日閲覧。
  34. 王者ドイツ、衝撃のグループ敗退! 韓国も敗退に終わったが歴史的1勝【ロシアW杯】”. フットボールチャンネル (2018年6月27日). 2025年5月25日閲覧。
  35. 2度ポストに救われた韓国代表、W杯ドロー発進。ウルグアイ代表と0-0で勝ち点1奪取”. Goal.com. 2023年6月10日閲覧。
  36. 【動画】ガーナ、クドゥスの2ゴールで打ち合い制し今大会初勝利!韓国は2点差追いつくも及ばず…”. Goal.com (2022年11月29日). 2023年6月10日閲覧。
  37. 韓国コーチ、敗れたガーナ戦後に「結果は完全にアンフェア。ドローですらフェアな結果ではない」”. Goal.com (2022年11月29日). 2023年6月10日閲覧。
  38. 韓国代表、後半ATの劇的弾でポルトガルに大金星! 勝ち点&得失点で並んだウルグアイを総得点数で上回る、3大会ぶり決勝Tへ”. Goal.com (2022年12月3日). 2023年6月10日閲覧。
  39. W杯決勝T進出に喜びの涙を流したソン・フンミン「この瞬間を長い間待っていた」”. Goal.com (2022年12月3日). 2023年6月10日閲覧。
  40. 韓国指揮官ベントがブラジル戦後に退任発表「彼らの監督であったことに誇りを感じている」”. Goal.com (2022年12月6日). 2023年6月10日閲覧。
  41. 韓国、アジア杯4強で敗れる!! 圧巻の大声援受けたヨルダンが史上初の決勝進出”. ゲキサカ (2024年2月7日). 2024年2月7日閲覧。
  42. 日韓戦3連敗は「不名誉な歴史」 0-1敗戦で優勝逸…史上初の屈辱に韓国メディア嘆き”. フットボールゾーン (2025年7月15日). 2025年7月16日閲覧。
  43. また負けた…サッカー韓日戦71年、韓国初の3連敗”. 朝鮮日報 (2025年7月16日). 2025年7月16日閲覧。
  44. "宿敵"日本に完敗「言い訳はもう通じない」…母国で危機感「圧倒していた時代は終わった」”. フットボールゾーン (2025年7月16日). 2025年7月16日閲覧。
  45. 「また負けた…」韓国嘆く3連敗 日本に"史上初"の屈辱、母国開催で「無気力」”. フットボールゾーン (2025年7月16日). 2025年7月16日閲覧。
  46. ko:역대 대표팀 감독”. 大韓サッカー協会. 2024年1月24日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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