サッカーインド代表
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| 国または地域 |
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| 協会 | インドサッカー連盟 | |||
| 愛称 | Blue Tigers | |||
| 監督 |
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| 最多出場選手 | スニル・チェトリ(105試合) | |||
| 最多得点選手 | スニル・チェトリ(67得点) | |||
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| 初の国際試合 |
1938年9月3日対オーストラリア 3-5 | |||
| 最大差勝利試合 |
1956年12月12日対オーストラリア 7-1 2007年8月17日対カンボジア 6-0 | |||
| 最大差敗戦試合 |
1952年7月15日対ユーゴスラビア 1-10 | |||
| FIFAワールドカップ | ||||
| 出場回数 | 0回 | |||
| AFCアジアカップ | ||||
| 出場回数 | 4回 | |||
| 最高成績 | 準優勝 (1964年) | |||
サッカーインド代表は、インドサッカー連盟(AIFF)によって編成されるサッカーのナショナルチームである。
目次
概要[編集]
インドはかつてはアジアの強豪国の一つに数えられていた。1950年ブラジルワールドカップアジア予選に出場した3カ国のうち(当時、アジアは第二次世界大戦直後で、植民地から独立した国は国家建設に忙しく、その他の国も復興の最中で余裕が無かった)、ビルマ(現:ミャンマー)とフィリピンが予選を棄権したため、1950年ブラジルワールドカップ(W杯)本大会出場権を得た。ところが、大会直前になって参加を辞退した。辞退の理由は、裸足での参加を国際サッカー連盟(FIFA)に拒否されたためといわれ、1952年のヘルシンキ五輪(インド代表は同五輪に出場し、裸足でプレーしている[1])の後、サッカー競技規則第4条競技者の用具の項でシューズ着用義務が明確に規定されるようになった。
上述のように、長年にわたり1950年のワールドカップの出場辞退の理由が裸足でのプレーを拒まれたためと考えられてきたが、2011年にロサンゼルス・タイムズ紙が調査した結果、一番の大きな理由は、当時のインドにとってはオリンピックの方が重要で、FIFAワールドカップの重要性は認識されておらず、財政難のインドサッカー連盟(AIFF)がオリンピックに集中したかったためと判明した(もう一つの棄権理由とされるブラジルワールドカップの旅費も、実際にはW杯組織委員会が大部分を負担すると約束していたことが分かっている)[2]。
1956年メルボルンオリンピックで4位入賞を果たし、ネヴィル・ディソウザが開催国のオーストラリア戦でハットトリックを成し遂げた。この大会以外にも、1948年、1952年、1960年にも出場しているのでオリンピックには4大会連続で出場している。アジア競技大会においては、1951年、1962年に優勝、1970年に3位になったことがある。
南アジアサッカー連盟に所属。南アジアサッカー選手権は優勝6回、準優勝2回を数え、AFCチャレンジカップでも優勝を1回経験している。
ホームスタジアム[編集]
6つのスタジアムがホームスタジアムとなっている。
- ソルトレイク・スタジアム (コルカタ) 収容人数:85,000人
- カロール・インターナショナル・スタジアム (コーチ) 収容人数:60,000人
- ジャワハルラール・ネルー・スタジアム (ニューデリー) 収容人数:60,000人
- DY パティル・スタジアム (ナビムンバイ) 収容人数:55,000人
- インディラ・ガンディー陸上競技場 (グワーハーティー) 収容人数:30,000人
- ファトルダ・スタジアム (マドガーオン) 収容人数:19,000人
FIFAワールドカップ[編集]
- 1930年 - 不参加
- 1934年 - 不参加
- 1938年 - 不参加
- 1950年 - 予選を通過するも、本大会出場辞退
- 1954年 - 不参加
- 1958年 - 不参加
- 1962年 - 不参加
- 1966年 - 不参加
- 1970年 - 不参加
- 1974年 - 棄権
- 1978年 - 不参加
- 1982年 - 不参加
- 1986年 - 予選敗退
- 1990年 - 不参加
- 1994年 - 予選敗退
- 1998年 - 予選敗退
- 2002年 - 予選敗退
- 2006年 - 予選敗退
- 2010年 - 予選敗退
- 2014年 - 予選敗退
- 2018年 - 予選敗退
AFCアジアカップの成績[編集]
| 開催年 | 結果 | 試合 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | 得点 | 失点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 不参加 | |||||||
| 予選敗退 | |||||||
| 準優勝 | 3 | 2 | 0 | 1 | 5 | 3 | |
| 予選敗退 | |||||||
| 不参加 | |||||||
| グループリーグ敗退 | 4 | 0 | 1 | 3 | 0 | 7 | |
| 予選敗退 | |||||||
| グループリーグ敗退 | 3 | 0 | 0 | 3 | 3 | 13 | |
| 予選敗退 | |||||||
| グループリーグ敗退 | 3 | 1 | 0 | 2 | 4 | 4 | |
| 合計 | 4/17 | 13 | 3 | 1 | 9 | 12 | 27 |
南アジアサッカー選手権の成績[編集]
| 開催年 | 結果 | 試合 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | 得点 | 失点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
AFCチャレンジカップの成績[編集]
| 開催年 | 結果 | 試合 | 勝利 | 引分 | 敗戦 |
|---|---|---|---|---|---|
ネルー・カップの成績[編集]
| 開催年 | 結果 | 試合 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | 得点 | 失点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| グループリーグ敗退 | 5 | 1 | 2 | 2 | 6 | 8 | |
| グループリーグ敗退 | 3 | 0 | 0 | 3 | 2 | 5 | |
| グループリーグ敗退 | 5 | 1 | 0 | 4 | 1 | 7 | |
| グループリーグ敗退 | 3 | 0 | 0 | 3 | 2 | 5 | |
| グループリーグ敗退 | 5 | 0 | 1 | 4 | 0 | 14 | |
| グループリーグ敗退 | 3 | 0 | 2 | 1 | 2 | 4 | |
| グループリーグ敗退 | 5 | 0 | 1 | 4 | 2 | 12 | |
| グループリーグ敗退 | 5 | 0 | 0 | 5 | 2 | 9 | |
| グループリーグ敗退 | 4 | 0 | 0 | 4 | 2 | 9 | |
| グループリーグ敗退 | 4 | 0 | 3 | 1 | 3 | 5 | |
| グループリーグ敗退 | 4 | 1 | 1 | 2 | 3 | 9 | |
| 4位 | 4 | 0 | 3 | 1 | 4 | 5 | |
| 優勝 | 5 | 4 | 0 | 1 | 13 | 3 | |
| 優勝 | 5 | 3 | 0 | 2 | 6 | 5 | |
| 優勝 | 5 | 3 | 1 | 1 | 7 | 4 | |
| 合計 | 15/15 | 65 | 13 | 14 | 38 | 55 | 104 |
歴代監督[編集]
歴代代表選手[編集]
脚注[編集]
- ^ 松岡完「ワールドカップの国際政治学」朝日新聞社、1994年、P71
- ^ 裸足でのプレーを拒否されたため、1950年ブラジルワールドカップを棄権したのですか?-ロサンゼルス・タイムズ2011年7月19日
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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